コロナコロナとずっと言われているのですが
明日への種まき(農業もビジネスも)しないと進めないので進むしかありません
海外にはまったく行けなくなりましたが、そのうち行けるでしょう
(最後の海外は1月の上海農科院での講演です)
ちょうどタイミング良く、春はイチゴの直売を、夏は新イチゴハウスの建設を、
秋には日本に来ているアフリカ人留学生たちのインターン受入をするようになって
アグレッシブで国際的な日々は変わりません
冬には再びイチゴ直売(今度のは移動式販売車なのでいろいろなところに売りにいきます)と
ハウス解体、再び新ハウス建設を行います


飲食店へのマスコミのコロナ狙い撃ちでヨーロッパみたいに数年したら事業者皆死んでしまい外食が2倍の値段になるかもと気がかりですが、
うちのスタッフ慰労会や外での懇親会も様変わりし、倉庫でバーベキューをしたり、私の家で簡易なパーティーをしています、会って酒飲んで情報交換するおじさんの集まりもなくなってさみしい限りです、あとテイクアウトメニューでネット宅配してもらえる品質の良い満足できるフレンチやらイタリアンはまだ無いです、待ってます

Web会議もあまり好きではありませんが、以前より海外とのやり取りで使っていましたので、最近は日本人のおじさんたちも使えるようになってきたね、という印象です
オンラインの会議は場所を選ばないのが楽だけど、1対Nは効果無いですね、話をかぶせる雑談ができない、1対1から3くらいまでで過去の交友を温めなおすのは良いなあ、とか思います
なので行政がやってるオンライン商談会には否定的です、行政の目的は商談セット数ですけど、事業者の目的は幾ら金額商売が決まるかなので、目的が違います、今の時期は新規ビジネス開拓より旧交を深めたほうがよいと思います


前置きはこの程度にします


今年はイネの収量が少なく稲刈りが早く終わり、最近は暑いくらいですが夏の高温秋の低温でイチゴの生育も遅れて収穫が始まるまで少し時間がありますので、この期間に帯広まで出張してきました
2年ぶりでした、2年前は台湾人の政治家御一行様をアテンドしてました
今回は次の春からインターン受入をする子と会うために帯広まで行ってきました


ABEイニシアティブという外務省が予算を持っているプログラムがあって、国際協力機構JICAが運営していて、アフリカのポテンシャルの高い若手行政官や大学教員、民間企業に勤めている子らを日本の大学院に留学させて、良い気持ちにさせて、彼らが国に帰ってから今後30年間以上親日的にいてもらい、あわよくば日本の企業が彼らの国に進出するときには、水先案内人をさせてしまおう、という外務省のしたたかな政策です
私の同級生の外務省人に聞いたら、そんな戦略は知らなくて、対中国で日本へ留学させるくらいしかアフリカの人が喜ぶことってないよなあ、でも日本に送り込んだら在外の大使館の人は後は知らないよ、とか言ってたけど、なかなかうまく機能してきているんじゃないか、と私は現場から思います

うちにはここ2年で合計で8か国の子たちがインターンに来ています
コロナ後には南アフリカの旅(南アフリカ、ナミビア、モザンビーク、マダガスカル、コモロ)や西アフリカの旅(セネガル、ブルキナファソ、ガンビア)ができるなあと楽しく考えたりもしています


出張の道中、釧路の酪農や十勝の畑作を眺めていて、農家4代目ですとか、とにかく土にこだわってます、とか、釧路原野の開拓してのだだっ広さや十勝の土の微生物発酵しての蒸気があがる様、とか農業はとにかく時間をかけて勝負するものだと感じました。
開拓1代目が苦労し、2代目で広がり、3代目以降で享受する、といった感じでしょうか。
この100年でたった100回しか麦の種まきしていないのか、とか麦畑を見て思いましたね
50年前までは馬が畑を耕していた時代ですよ
人類の考え出した機械や設備の発展、土にかじりつく農民の気概に感動してました

だから新規就農者を開拓1代目に例えるなら、開拓は大変なんだと思いました
1代では苦しいだけで、苦労の成果その果実を味わえないとも思いました
だから新規就農者は3代あとに享受できるようになるといいね
現代の農業はコストがかかりすぎるため、新規就農者はとにかく促成で金銭的に成功しないといけないのが苦しいのだと思います、
1代目で開墾し、2代目で教育し、3代目で享受する、それくらいの覚悟を自分自身に問われても、何も答えられません
自分のことにも振り返ってみます
私の家はひいおじいさんがこの地に出てきて100年、その世代のひいおばあさんが農業しながら旦那は宮大工で働き、少しずつ農地を買っていきました、戦後の農地解放も経て、小作地だったところは自作地へ農地が増え、市街化が進むにつれ農地を売り田舎に農地を買い替え、また30年前からの政策変更で市街化区域内の農地が不動産資産化しました、現代は市街化調整区域の農地も物流センター誘致でこれもまた50年前に購入した農地がお金にかわるかもといった様子のところに住んでいます、私はきっとひいおじいさん世代の苦労を果実にかわっている享受している世代なのでしょう


目の前の私の農業の事業では、人口が多い、高齢者も多い、農地が小さい、競合イチゴ農家がいないといった地域事情から今まで取り組んでいた業販(スーパーや加工業者と取引し、間接的に消費者に届ける事業)から直接イチゴを食べる人に届ける直販事業に切り替えていっています
業販ならば、この物流が発達した時代なので岐阜の田舎や行政支援の手厚い長野などほかの地方でやればいいとも思いました
なので徹底的にスーパーができないことは何か、地方の業務出荷の農家ができないことは何かを考え、彼らのできないところで勝負しようとしています
目下の敵は地方分権といいながら結局国の言いなりで地域事情に合わせられていない硬直的な地方行政の法令制度と職員でしょうか
今後も、農地が小さく転用期待があるこの地では農業の発展はあまり進まないと思います、現状17ha以上300枚以上農地管理していますがあと数年で10ha以上は増えるでしょう、ただ東京や大阪にはかないませんが高齢のお金をもっていると思われる消費者が多いこの地、高速道路のインターが6か所もある物流適地、海岸線から50キロ以上離れており津波被害がないだろうと思われるこの地、いろいろな戦い方が考えられるのだろうとと思います

結局は同級生のコンサルに聞くと、ゴールを見据えることだと言いますが、
ゴールが見えないこと、チャレンジの満足感が私の人生のゴールなのかなとも最近思います
イチゴで岐阜やほかの地方に行って面積拡大するのか、スイーツや直販の拠点を作るのか、移動販売業を広げるのか、それとも海外でのイチゴの展開にアクセルを踏みこむのか、不動産業者になるのか、不動産業者以外の事業はお金の匂いがしませんね

うーん
ということでここまでにします

2020-11-20_11-27-37_9022020-11-20_11-27-23_696