昨日、JAの青年部関係のすべての役職を退任しました。
5年間お世話になりました。

地元の青年部長を2年(兼任期間あり)
愛知県の委員長を3年(兼任期間あり)
ブロック長や全国理事を各1年
愛知県の参与を1年

よくぞ続いたと思います。
ビジネスの世界では一番活躍ができるこの30代の時期に私は団体活動をがんばることを選択しました。
5年前までやっていた、中国大陸での水稲とイチゴの海外生産や、香港でのパン屋ケーキ屋がひと段落し、海外ビジネスでのうまくいかない面を身に染みていたころです。
ほぼ一人でがんばる海外ビジネスに限界を感じていましたね。
そこで、日本で仲間を作ることが大切だと思い農協青年部活動で地元から愛知県、そして全国へと仲間を広げていきました。
また就農以来ぼちぼち付き合っていた農水省とのパイプがより太くなりました。
政治の世界とも付き合うようになり、この魑魅魍魎の世界も意外と悪くないな、とか思ったりもしてました。


■この5年の変化の図
タイトルなし

■水稲作が増えました
まったく規模拡大は希望していませんが、兼業農家の離農や、高齢のオペレーター農家の規模縮小で田んぼが増えていっています。
トラクターや田植え機、コンバインの機械を中古ですが更新して対応しています。
手伝ってくれる人を雇い対応しています。
乾燥調製、保管、物流など委託できる仕事は委託しています。
農地管理のICTも導入しました。
販路も自ら開拓しています。
それに伴い特別栽培といった農法の選択をしています。

■イチゴ作はあまり変化ありません
イチゴ狩りをやってましたが自分に向いていないの様なので一部を除きやめました。
それに伴い、出荷用に品種を選定しなおしました。
スタッフが育ってきたので栽培に関してはほぼおまかせの状態でした。
大きな農地が確保できない都市に近い地域なので、どうイチゴ作りと販売をやっていくか、考えないといけない時期に来ていますね。
ICTは導入してますが、技術があがった気はしていません。

■コンサルの仕事が増えてきています。
昨年は農水省の仕事をうけてみたり、これからJICAの仕事をしてみたり、海外が主戦場ですが日本国を背負ってがんばるって感じですね。

■全国に仲間がいっぱいです。
5年前までは気があとか、経営の考え方が一緒といった仲間が多かったのですが
青年部やっていろんな人と出会って、いろんな農村にも足を運んで、日本の農村の現状を知ったので
私はとてもやさしくなりました。知り合った仲間は各地域の農業や農村に忙殺されていますので、フットワークは軽くないですが地元まで行けば会って酒を飲んでいろんな話ができる関係って良いですね。

日本の農業の業界では、ものすごく能力の高い人がめいいっぱい働いてもああそんな程度かの所得しか得られないことがわかりました。
程度がそこそこの人が一般社会に出るときにタイミングよくある程度名前の知れた企業に勤めることができて適当な働きでそこそこの給料をもらっているのを目の当たりにして、世の中にやるせなさを感じています。
そんなことから農家の結婚の問題や、子供の教育の問題、社会保障の問題に一般社会との格差を感じています。今後は農業企業の経営者と従業員の間でも格差も広がっていくのでしょう。


■農水省や議員会館に出入りするようになりました。
農村から若者たちを連れて見学や意見交換に行きますが、
こういった国家権力の集中するところに出入りすることで、
ちょっと偉くなった気分になる若者がいるようですが、
我々は民主主義を経ての公権力を獲得している立場ではないので、
ほどほどにしたいと思っています。
政治は万能ではないことがわかりました。
行政も世の中の全部ではなく一部です。

■その他
会食が多く5年かけて7キロ太りましたが、この1年で一気に体重を落としました。
健康は失いたくありません。


という感じで振り返ってみました。!(^^)!