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 使徒ヨハネに与えられた啓示の「ヨハネの黙示録」で、ヨハネはこのように述べています。


 またわたしが見ていると、が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。
 それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、によってさばき、また、戦うかたである。
 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。
 また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。
 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。
 彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。
 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。 (黙示19:11-16

 イエス・キリストが多くの名でよばれていることが「その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。」の記述で暗示されています。

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 イエス・キリスト地球マリヤから産まれる前の霊体だったときは、ヤハウェ (英語エホバ)とよばれ、ヤハウェは古代エジプトの神ラーであり、イスラム教の神アッラーフであり、ヒンドゥー教の神ブラフマー、神道の豊受大神です。
 
 またイエス・キリストは、古代エジプトのホルス、バラモン教のミトラ、ヒンドゥー教のクリシュナ、仏教の観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩であり、神道の天照大神であり、アイヌのオキクルミ・カムイであり、古代アメリカのケツァルコアトル、ククルカンでもあります。
 そして、国が違えば同じイエス・キリストでも英語ではジーザス・クライストと発音します。
 このようにさまざまな国や民族の神が、イエス・キリストであり、多くの名でよばれているのです。

 背教時代をへて人の考え(哲学)や、政治的な理由から曲げられてしまったイエス・キリストの教えを信じているクリスチャンたちは、いかに盲目で自己中心的な的外れな信じ方をしていたのでしょうか。
 私たちはもっと広い視野で真実を理解する必要があるのです。


 真実以外信じても本当の救いは得られず、真実以外を無駄に信じても笑うのは悪魔です。


 世界人口約72億のうち、約16億人のイスラム教徒がいます。
 このイスラム教徒の約8割を次の国々で占めます。

 アラブ : サウジアラビア、エジプト、イラク、湾岸諸国など、イラン、トルコ
 アジア : アフガニスタン、パキスタン、インドネシア
 アフリカ : モロッコ、モーリタニア、スーダンなど

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 イスラム教(イスラーム)の神「アッラーフ」のもともとの名称は「アル=イッラーフ」、アラビア語で神を表す「イッラーフ」に冠詞「アル」を付けた呼び名です。
 ユダヤ教の一派の預言者とされているムハンマド(マホメット)が、神アッラーフ(ヤハウェ)から啓示を受けて、聖典 『クルアーン』をまとめ上げ、イスラム教を確立しました。
 クルアーンとはアラビア語の動詞qara’a,すなわち「読む」「朗読する」を語源とします。
 イスラームには(神への)「帰依」という意味があります。
 イスラム教の信者はイスラム教徒(ムスリム)とよばれ、ムスリムには「帰依する者」という意味があります。

 アブラハムにはイサクイシマエル(イシュマエル)の2人の息子がいましたが、イサクの子ヤコブ(のちのイスラエル)からイスラエル12部族が誕生し、イシマエルからイシマエル12部族(アラブ人)が誕生し、ムハンマドはその子孫です。
 つまり、ユダヤ人の先祖とされるアブラハムはアラブ人の先祖でもあるのです。
 そして、イスラエル12部族が神の選民になれると同じく、イシマエル12部族も神ヤハウェから祝福を受けて誕生しました。

 アブラハムには2人の息子、イシマエルとイサクがいました。
 イシマエルはアブラハムの妻サラの奴隷ハガルが生んだ子、イサクはアブラハムの妻サラが生んだ子です。
 ユダヤ人はイサクの息子ヤコブ (イサクの子)の子孫です。
 ヤコブが改名した名前がイスラエルであることから、ユダヤ人は「イスラエルの民」とよばれます。
 アラブ人はイシマエルの子孫です。
 イサクが生まれる前、出産をあきらめていたサラは、女奴隷のハガルによってアブラハムにイシマエルをもうけさせていました。
 ところが、ハガルは増長して主人のサラを軽視するようになり、サラの腹から生まれたイサクをイシマエルがからかっている光景をサラが目にしたことから、サラはアブラハムに母子を追い出すよう迫ります。
 アブラハムは神の「心配せず妻のいうとおりにせよ」との啓示を受けてこの母子を追い出しました。
 母子は放浪のあげく、泉を見つけて安心します。
 ハガルはヤハウェから祝福を受けました。


 またイシマエルについてはあなたの願いを聞いた。
 私は彼を祝福して多くの子孫を得させ、大いにそれを増すであろう。 
 彼は十二人の君たちを生むであろう。
 私は彼を大いなる国民としよう。 (創世 17:20

 第1の妻の子であるイサクから「イスラエル12部族」が誕生したように、イシマエルにも12人の息子「イシマエル12部族」が生まれたのです。 
 アラブ人はその子孫です。


 モーセを通して神から与えられた十戒で、ヤハウェの名をみだりに口にしないと戒められているため、ユダヤ教徒、キリスト教徒は「主(アドナイ)」とよび、イスラム教徒はアドナイのアラビア語 「アッラーフ」を使用しています。
 つまり、ヤハウェ = アドナイ = アッラーフなのです。 
 末日聖徒イエスキリスト教会は、ムハンマドが神の真理の一部を受け取っていると考えています。


 七十人だったB・H・ロバーツ長老は、こう述べています。
 「神は人の子らの中にあってあちこちで、その国で生まれ、その国の言葉を話し、人々が理解できる方法で教える賢人や預言者をおたてになる。
 これらの賢人や預言者はイエス・キリストの完全な福音にあるような真理のすべてを教えるのではなく、人々が受ける備えができている分の真実を教える。……
 アラビア人をして偶像礼拝というそれまでの神に対する概念よりはるかに優れた天地の創造主の概念へと変えた、かの奔放なアラビアの預言者とても同じである。……
 賢明で純粋な人、御霊が意思疎通のできる人がいると、神はこの人に人々を教えさせる。」
 (Defense of the Faith and the Saints〔信仰と聖徒の弁護〕 Revelation and Inspiration〔啓示と霊感〕 第1巻 第3部 第4章 p.512-513)

 十二使徒だったオーソン・F・ホイットニー長老は、こう述べています。
 「全能の神は、ほかの善良で偉大な人、神権は保持してはいないが深遠な考えや偉大な英知をもち、人々を高揚したいと望んでいる人を、完全な福音を教えるためではなく、人々が受け入れることができ、それを賢明に使える部分だけを教えるために、数多くの国々へ送られた。」 (大会報告 1921年4月 p.32-33)

 1978年2月15日、大管長会は「全人類への神の愛」と題する公式声明を発表しました。
 それには、ムハンマド、孔子宗教改革者などの偉大な宗教指導者、そしてソクラテスプラトンなどの哲学者たちは、神の光の一部を受けたと述べられています。
 すべての国々を啓蒙するために、そして個人がより高いレベルの理解を得るように、神は彼らに道徳的な真理を与えられたのです。
 ムハンマドは、人類がより従順になって不変の道徳的真理へと高められるために、神から霊感を受けたのです。 

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  ハンマドの言葉

 「信者たちは、他人への愛、慈悲、親切心は体のようなものである。
 一か所でも具合が悪いと、体全体が睡魔と熱に冒される。」
 
 『新約聖書』でも同様の表現があります。
 
 
 からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。
 なぜなら、わたしたちは皆、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によって、一つのからだとなるようにバプテスマを受け、そして皆一つの御霊を飲んだからである。
 実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。
 もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
 また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。
 もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。
 もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。
 そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。
 もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。
 ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。
 目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。
 そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、
 からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。
 麗しくない部分はいっそう麗しくするが、
 麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。
 それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。
 もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。
 あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。 (1コリ 12:12-27
 

 ムハンマドは亡くなるまでのおよそ25年間、多くの啓示を受けたと述べています。
 彼はまず故郷の町に住む人々にそれらの啓示について語り、来るべき神の裁きについて警告し、人々に悔い改めるよう、また未亡人や孤児、貧しい人々の世話をよくするよう勧告し、さらにすべての死者の復活と神の最終的な裁きについて説き教えました。
 しかし、彼と彼の信奉者は、嘲笑と迫害が非常に激しくなったため、らくだに乗っておよそ4日かかる北方の町マディーナ(メディナ)に逃げ出さざるを得ませんでした。

 その地で、ムハンマドの役割は劇的に変わりました。
 単なる説教者、また警告者としての存在から、アラビアの要所の町、さらにのちにはアラビア半島の立法者、司法官、また政治指導者になったのです。
 こうして早期に信者の共同体が確立されたことで、イスラム教は、律法と正義に基づく宗教的アイデンティティーを与えられたのでした。
 非常に印象的で、論理に矛盾のない特質の中にそれが残っています。

 紀元632年のムハンマドの死後、イスラム共同体の指導者として彼の後を継ぐのは誰かという問題に端を発し、信奉者の間に2つの大きな派閥が生じました。
 その最大のものがスンニ(スンナ)派となりました。
 この派は、スンナ、すなわちムハンマドの慣行に従っていると主張しており、継承の問題については比較的柔軟です。
 もう1つは,ムハンマドの娘婿アリーを中心にして発展した派で、シアト・アリー(アリー派)とよばれました。
 この派は現在、シーア派としてのみ広く知られています。
 スンニ派と違ってシーア派は、共同体の指導者としてムハンマドを後継する権利はムハンマドに最も近い男性親族であるアリーと彼の子孫にあると信じています。


 ムハンマドの教えは、イエス・キリストの教えと同様の教えが多いです。
 「同胞を自分と同じように愛せないうちは、本当の信者ではない。」

 「信仰において最も完璧な信者とは、道徳心の最も優れた者である。
 その中で最も優れた者は妻を大切にする者である。」

 「慈悲深いものは最も慈悲深い神から慈悲を見せられている。
 地上のものに慈悲を示しなさい。
 すると神があなたに慈悲を示すであろう。」

 「神はあなたを外見や財産から判断するのではない。
 あなたの心と行いを見るのである。」
 
 
 ムハンマドは、奴隷の苦しみを軽減するために貢献することができました。
 ムハンマドは、捕らわれた母親から子供や兄弟を離れ離れにすることを禁じ、彼は神の褒賞に値する哀れみの行為として、奴隷の解放を推薦しました。
 また幼児殺害を廃止し、彼の宗教の不可欠な部分として動物にも思いやりを示し、正直に計量することを主張し、高利貸しの強要を禁じ、別の方法で債務者の状態を軽減しました。
 また賭博、酒の使用を禁じました。
 もしムハンマドはがこれらの不摂生のどれかを完全にイスラム社会から解放することに成功しなかったとしても、少なくともアラブ社会に以前存在していたこれらの悪習を激減させることができたのです。

 イスラム教徒は、神の使いがムハンマドを訪れてムハンマドが預言者として召されたことを知らせたと信じています。
 ムハンマドは、人類に対する神の言葉を示され、それは新しい聖典となりました。
 やがて彼は信者の社会を築き世界有数の宗教に発展したのです。
 
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  宗教間の関係について

 ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、宗教間の対話と尊重を一貫して教えています。
 「〔さまざまな教派に属する〕私たちはそれぞれ、神の解釈については意見を異にしているかもしれませんが、神が父親であることを信じています。
 一人一人が大きな家族、人類家族、神の息子娘の一部であり、したがって兄弟姉妹です。
 信奉している教義と信条のいかんにかかわらず、私たちは互いに寛容を示し、もっと努力して相互尊重と忍耐の姿勢を構築しなければなりません。」 (Teachings of Gordon B. Hinckley p.665)
 
 ヒンクレー大管長は教会員に、宗教、政治、意見の異なる人々と私たちの「類似点を肯定的に受け止め感謝する気持ちを養う」よう勧めるとともに、そのような人々と接するときに「自分たちの信条についていささかも妥協することのない」ように戒めています。 
 
 また、このように勧告しています。
 「人の意見や気持ちを尊重してください。
 長所を認めてください。
 あら探しをしないでください。
 強さとを探してください。
 そうすれば、自分自身の生活の助けとなる強さと徳を見いだすことでしょう。」 (『リアホナ』 2002年6月 p.32)

 ヒンクレー大管長が宗教間の理解を築くことを強調するのは、神が全人類を愛しておられることを認めることが根底にあるからです。
 これらはイエス・キリストによって、また古代と現代の預言者によって教えられてきた原則です。

 迷い出た羊のたとえに見られるように、救い主は天の御父が一人一人の息子、娘の幸福についてかぎりない関心を寄せておられることを繰り返し断言されました。(ルカ 15章参照)
 
 良いサマリヤ人のたとえで、真の弟子であるための鍵の1つは、政治や人種や宗教の違いを超えて人々に親切と思いやりをもって接することであると主は教えておられます。(ルカ 10:25-37参照)

 主は宗教団体が互いに偏狭になり対抗意識をもつことや自分たちの徳の高さを誇示して、他宗派の霊性をさげすむことを非難されました。

 「自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して」語られた1つのたとえの中で主は、「神よ、私は他の人たちのような……者で……ないことを感謝します」と祈るパリサイ人を非難され、「神様、罪人の私をおゆるしください」と嘆願する取税人の謙遜さを称賛されました。(ルカ 18:9-14参照)

 預言者ジョセフ・スミスはしばしば、神の愛の普遍性と言うテーマについて、またそれに関連して、神の光知識の源となるすべてのものに対して心を開いておく必要性についてくわしく説明しました。
 「神の教会の精神のとくに根元的な原則の1つは、ある事柄が真実であるならば、たとえその出所が何であっても、それを受け入れることです。

  信仰箇条 13

 
 ロバート・D・ヘイルズ長老は、こう述べています。
 「非難する人にどう応じるべきか知りたがっているすべての人に答えます。
 私たちは彼らを愛します。
 キリストに従い、クリスチャンらしい勇気を示すなら、人種、信条、宗教、政治的信念を問わず、愛さねばなりません。
 彼らよりも優れていると思っているのではなく、より優れた道、イエス・キリストの道を愛をもって示したいのです。」 (「クリスチャンらしい勇気──弟子としての犠牲」 『リアホナ』 2008年11月 p.75)


 ジョセフ・スミスは、教会員に対して「世界にある立派な真実の原則をすべて集めて、それらを大切に蓄えるべきです」と熱心に勧告しました。

 ジョセフ・スミスは、こう述べています。
 「長老派教会に何か真理があるでしょうか。
 あります。
 バプテスト教会、メソジスト教会などに何か真理があるでしょうか。
 あります。……
 私たちは世にある正しい真実の原則をすべて集めて、それを大切にしなければなりません。」 (History of the Church 5:517)

 「私たちは誰にも、すでに得ている善いものを捨てるように求めているわけではありません。
 ここへ来て、さらに多くを得るように願っているだけです。
 もし全世界の人々がこの福音を受け入れたらどうなるでしょう。
 人々は気持ちが通い合うようになるでしょう。
 そして、神の祝福が人々のうえに注がれるでしょう。
 これこそ、私が心の底から願っていることです。」 (『歴代大管長の教え ジョセフ・スミス』 p.155)

 教会の指導者は、ほかの宗教の人々がもっている霊的な真理を認めたり、彼らと私たちの信条や生活様式に存在する類似点に注目したりすることによって、彼らとの間に積極的な関係を築くよう絶えず教会員を励ましてきました。
 教会指導者は会員たちに、たとえ同意できないことがあるときにも柔和であって対立を避けるよう教えています。

 十二使徒定員会のブルース・R・マッコンキー長老は、タヒチで開かれた地域大会において、このテーマを探り上げて、末日聖徒とほかの宗教の会員たちに向かって次のように述べました。
 「今もっているすべての真理と善とを守りなさい。
 健全で正しい原則を捨ててはいけません。
 にかなった正しい過去の標準を捨てないでください。
 すべての真理は、かつて世界中のすべての教会にあったと信じています。
 しかし、すべての人々に申し上げます。
 神がこの時代に回復されたさらなると真理のもとに来て、それを味わってください。
 真理を学べば学ぶほど、今地上で受けている喜びはさらに大きくなります。
 もっと多くの真理を受ければ、それだけ永遠にわたる報いも大きくなります。」

 1991年10月の総大会において、当時十二使徒定員会会長の任にあったハワード・W・ハンター大管長はこのように語りました。
 「私たちはイエス・キリストの教会の会員としてすべての真理を受け入れたいと願っています。
 またと理解の輪を全世界の人々の中に広げたいとも願っています。
 私たちはこのように、平和幸福をキリスト教の世界だけでなく全人類の間に確立したいと努力しています。」

 同様に、十二使徒定員会のラッセル・M・ネルソン長老は、1992年10月に大管長会と十二使徒定員会が公に発表した声明を引用しています。
 「世界中のすべての人々が、寛容と相互の尊重という昔ながらの理想に心を向けるよう願っています。
 思いやりと哀れみの心で互いに認め合うなら、どれほど大きな相違が横たわっていようと平和に共存できることを私たちは見いだすでしょう。
 私たちは心からそう信じています。」
 
 さらに、ネルソン長老はこのように述べています。
 「この声明は、かつて預言者ジョセフ・スミスが人々に寛容さを切に求めたときの言葉を再確認したものです。 
 私たちは、1つになってこれに答えることができます。
 罪に対して寛容にならず、価値観の異なる隣人に対しては寛容になるのです。
 世界中の愛する兄弟姉妹は、皆、神の子供です。」 (『聖徒の道』 1994年7月)
 
 M・ラッセル・バラード長老は、このように述べています。 
 「私たちの教義と信条は私たちにとって大切なものです。
 私たちはそれを深く信じ、いとおしんでいます。
 私はけっしてそのようにすべきでないと提案しているのではありません。
 逆に、私たちの特異性と、回復されたイエス・キリストの福音のメッセージがもつ特殊性は世の人々に明確な選択をさせるために、不可欠な要素なのです。
 また私は、自分や家族を霊的な危険にさらすような関係に身を置くよう提案しているのでもありません。」

 1978年の大管長会メッセージを引用しながら、バラード長老はこう明言しました。
 「私たちのメッセージは……宗教的信条や人種、国籍にかかわらず、すべての男女の永遠の福利に特別な愛と関心を寄せるというものです。
 なぜなら、私たちは同じ永遠の御父の息子、娘であって、真の兄弟姉妹であることを知っているからです。」 (大会報告 2001年10月 p.44-45) 
 
 ブリガム・ヤング大管長は、こう説明しています。 
 「私たち末日聖徒は、まことに勝手ながらほかのキリスト教の兄弟たちより多くのことを信じさせていただいています。
 聖書を信じているだけでなく、イエス・キリストが私たちに与えられた救いの計画全体を信じています。
 私たちは、主イエス・キリストを信じるほかの人々と違っているでしょうか。
 いいえ、ただより多くのことを信じているだけなのです。」 (Journal of Discourses 『説教集』 13:56)

 多くの人々の間で愛と理解の輪を広げましょう。
 
 ジョセフ・スミスは、こう述べました。 
 「もし人類が間違いを犯していると思ったら、私は彼らを責めるでしょうか。
 いいえ。彼らを高めようとするでしょう。
 もし私の道のほうがよいことを納得してもらえなければ、彼らの道に従って高めようとするでしょう。
 強制的に自分と同じように信じさせようとはせず、ただ理を説くだけです。
 いずれにしても真理は自らの道を切り開いて進むからです。
 あなたがたはイエス・キリストと、イエス・キリストが明らかにされた救いの福音を信じているのですか。
 私も信じています。
 クリスチャンは互いに口論し論争するのをやめて、自分たちの中に結束と友情の原則を奨励するべきです。」 (『預言者ジョセフ・スミスの教え』 p.314)

 オーソン・F・ホイットニー長老は、こう述べています。
 「神は御自分の偉大な驚くべき業を達成するために、複数の団体を用いられます。
 末日聖徒だけですべてを行うことはできません。
 それは、どの宗教団体にとっても、独自で行うにはあまりにも広大で、骨の折れる仕事です。……
 私たちは〔ほかの宗教の人々と〕言い争う必要はありません。
 彼らはある意味で、私たちのパートナーなのですから。」 (大会報告 1928年4月 p.59)
 
 真の原則を大切に蓄える末日聖徒の姿勢を示す例の中で注目に値するものの1つは、ムハンマドの果たした霊的な貢献に対して教会指導者が長年敬意を表してきたことがあげられます。
 1855年、ほかのキリスト教の出版物がこぞって、ムハンマドを蔑視してきた時代に十二使徒定員会のジョージ・A・スミス長老やパーレー・P・プラット長老はそれぞれムハンマドについての長時間の説教をしました。
 それらの説教は、イスラム教の歴史を性格にまた偏見を差し狭まずに説明し、ムハンマドの指導性を高く評価するものでした。
 
 ジョージ・A・スミス長老は、ムハンマドが「アブラハムの子孫であって」、偶像礼拝をやめるよう人々を導く目的のために「神によって立てられたことは間違いない」との見解を明らかにしました。
 スミス長老はまたイスラム教徒の苦境に対して同情を示しました。
 彼らは末日聖徒と同様、自分たちについて「正確な歴史」が中々書き伝えられなかったのです。
 
 次に話したプラット長老はムハンマドの教えを称賛する言葉を述べると、「一般的に、……イスラム教の民は多くのキリスト教国よりも優れた道徳心と社会制度をもっている」と断言しました。(Journal of Discourses, 3:28-42)
 
 また全人類に対する神の愛について1978年に大管長会が出した声明は、ムハンマドが歴史上果たした役割について末日聖徒が正しく認識していることを明らかにしています。
 この宣言はとくにムハンマドに触れて「神のの一部」を受けた「世の偉大な宗教指導者」の1人であり、「これらの指導者は全国民を啓発し、人々により高度な理解をもたらすために、神から善悪についての真理を与えられた」と確認しました。


 イスラム教の高官との最近の会議で、十二使徒定員会のニール・A・マックスウェル長老は、こう述べています。
 「神は天と地上における光の源です。
 私たちは、あなた方と信仰を共有しています。
 私たちは俗界に抵抗します。
 私たちは、あなた方と同じで人生には意味と目的があると信じています。……
 私たちは家族制度を崇敬します。……
 私たちはあなた方が家族制度に関心があることに敬意を表します。……
 共通の関心、友情、および愛は今日の世界で貴重なものです。
 私たちは、私たちのイスラム教の兄弟姉妹に対してもこのような同じ気持ちを感じています。
 愛にはけっしてビザは必要ありません。
 愛はすべての境界線を越え、世代と文化を繋ぎます。」 (ジェームズ・A・トロント 「末日聖徒のモハメッドに対する見方」 『エンサイン』 2000年8月参照)

 当時十二使徒だったハワード・W・ハンター長老は、こう述べています。
 「エジプトの閣僚が、私にかつてこう言いました。
 『もしキリスト教とイスラム教の間に橋が架けられるとしたら、きっと末日聖徒イエス・キリスト教会が橋を架けるに違いない』
 彼がなぜそのような発言をしたのか尋ねる際に、兄弟愛の共通の接点と類似点に関する彼の口述に私は感動しました。
 ユダヤ人もアラブ人も皆、天父の子供たちです。
 彼らは約束の子供たちであり、教会はどちらか一方を支持したりしません。
 私たちは両方の人々を愛し興味を示します。
 イエス・キリストの福音の目的は高位な愛、一致、兄弟愛をもたらすことです。」 (「すべてのものは神に似て」 1979年2月4日 ブリガムヤング大学での話)



  ムハンマドの生涯

 それでは、ムハンマドはどのような人で、彼の生涯と教えのどのような点が教会指導者の関心と尊敬を集めているのでしょうか。
 イスラム教徒の生活様式のどのような長所や徳高い行為が、ヒンクレー大管長が語ったように、私たちの霊的生活に役立つものとなるのでしょうか。
 紀元21世紀の始まりである現時点で、イスラム教は世界で最大であり、最も急成長を遂げている宗教の1つに数えられています。
 現在、イスラム教徒は世界人口の4分の1以上に達しています。
 イスラム教徒は主に、東南アジア、インド、中東、北アフリカに分布しており、ヨーロッパと北アメリカにもかなりの人数がいます。
 この躍動感あふれる、そして一部の人々から誤解を受けている宗教組織のルーツは、約1400年前にムハンマドが一から創設の努力を始めた時代にまでさかのぼります。

 イスラム教徒は、ムハンマドを神が長い間遣わされてきた預言者たちの最後の預言者であって、世界にイスラム教を教えるために遣わされた人物であると考えています。

 ムハンマド(アラビア語で「称賛すべき者」)は、紀元570年にメッカで生まれました。
 メッカアラビア半島北西部において隊商と宗教巡礼者が行き交う地として栄えた都市でした。
 幼いころに両親を失ったムハンマドは少年時代に貧しい生活を強いられ、一族や近隣の人々の家畜番として働きました。
 この仕事のおかげでムハンマドは人々から離れて、人生の大切な疑問について思い巡らしながら多くの時間を過ごすことができました。

 ムハンマドは以下の物語が示すように、地域住民から信頼される調停者であり、平和を作り出す人として名声を得ていました。
 「あるときクライシュ族(ムハンマドの属していた部族)の人々はカアバ(聖なる礼拝堂)を建て直すため、基礎の上に石を積み上げていました。
 彼らは1つの角の部分に黒石を置きたいと思っていましたが、その栄誉を誰に与えるかを決めかねていました。
 部族の全員が尊敬し信頼していた青年ムハンマドがそこへ来なかったら、激しい争いに発展するところでした。
 彼らはムハンマドに……争いを鎮めてくれるように頼みました。
 ムハンマドは大きなマントを広げて、中央に黒石を置くように言いました。
 人々はそのとおりにしました。
 するとムハンマドは争っていた4つの氏族からそれぞれ代表者を指名して、マントの四隅を持つように言いました。
 このようにして全員が石を運ぶ栄誉を受けたのでした。」

 ムハンマドは25歳のときに、夫に先立たれたハディージャと結婚しました。
 ハディージャはムハンマドより15歳年上の女性でキャラバンを使った貿易で成功していました。
 彼女はムハンマドが評判の正直者であり働き者であることを知っていました。
 ハディージャから結婚を申し込み、2人は幸せな家庭を築き、4人の娘と2人の息子に恵まれました。
 それからの15年間、ムハンマドはハディージャとともに家業を盛り立て子供たちを育てることに専念しました。
 この期間もムハンマドはしばしば1人で砂漠へ行っては、祈りをささげ瞑想し礼拝していました。

 彼は人々の腐敗、偶像礼拝、社会悪がメッカを汚していることに不満を抱いていました。
 そのようなムハンマドは、自分や民に平和と正義と霊的な高揚をもたらすより高度な真理を探し求めました。
 ムハンマドが40歳を迎えた紀元610年に、彼の霊的な探求と準備は完成の域に達しました。
 イスラムの歴史によれば、ある晩ムハンマドはメッカに近いヒーラ山に登って祈り瞑想していると、天使ガブリエルが現れて、アッラーフからのメッセージを伝えました。

 この世を去るまでの22年間、すなわち紀元610年から亡くなった紀元632年まで、ムハンマドは、彼の言葉によると、天使ガブリエル(ノア)を通してアッラーフからお告げを受けました。
 それらをムハンマドは記憶して弟子たちに告げました。

 しかし、偶像礼拝、多神礼拝、女児殺害、さらに宗教と社会の腐敗をついたムハンマドの教えはメッカで激しい反対に遭いました。
 ムハンマドの教えは最初メッカにおいて受け入れられませんでした。


 ムハンマドが組織した改宗者社会の大部分は、数人の家族と親しい友人たちで構成されていました。
 この誕生したばかりの共同体は拒絶され迫害され拷問さえ受けました。
 のちに、ヤスリブという町から来た一団の男がムハンマドに、町を完全に破壊しようとしている論争の調停を依頼しました。
 ムハンマドは弟子たちを苦しみから解放する機会が到来したことを知ってメッカを去ることに同意しました。
 ムハンマドは最初に弟子たちを遣わして、それから自身もヤスリブへ向かいました。
 この町はそれ以降、アラビア語で「預言者の町」を意味するマディーナ・アン=ナビー、または単にマディーナとよばれています。

       
             マディーナのムハンマドのモスク
 
 メッカからマディーナへの移動は紀元622年に行われました。
 イスラム教徒はマディーナがムハンマドの生涯とイスラム教徒社会の本質を転換させる時機であったと考えています。
 かつては拒まれた説教者だったムハンマドは、その時期を境に、政治家、立法者、裁判官、教育者、軍事指導者となりました。
 イスラム教徒はマディーナにおいて安全に定住したり政治と教育組織を築いたりする自由を得て繁栄しました。
 メッカにおいて宗教的少数派として迫害を受けていた境遇とは正反対でした。
 マディーナから数年前に、ムハンマドはメッカに戻ることができました。
 メッカでも彼の教えは次第に浸透していきました。 
 今日、イスラム教徒はメッカがイスラム教の霊的な中心地であり最も聖なる都市であって、マディーナが第2、エルサレムが第3の聖地であると考えています。

 紀元632年に、62歳のムハンマドは突然発熱しすぐに他界しました。
 欧米社会では、彼の名前や業績はさまざまな論議の対象となりましたがムハンマドはあらゆる点で驚異的な成功を収めた人でした。
 しかし、20世紀の後半に入るとイスラム信者でない歴史家たちもムハンマドの政治と宗教の分野における業績を公平に評価して敬意を表すようになりました。
 ムハンマドは歴史上最も影響をおよぼした人物の1人であると認められるようになっています。
 欧米社会ではムハンマドをキリスト教徒の敵として画一的な見方をしていますが、イスラム教の資料はムハンマドが不変の謙遜さ、親切、優れたユーモア、寛大さ、気取らない性格の持ち主であったことを伝えています。

 ムハンマドはよくほほえみましたが、めったに笑わない人であったとのことです。
 その理由とされているのは、ある有名な『ハディース』(ムハンマドの言行録)に記述された、「もし私が知っていることを知っていたらあなたは四六時中涙を流してばかりで、ほとんど笑うことがないでしょう」という彼の言葉によります。
 
 また、彼の豊かなユーモアは以下の話によく現れています。
 「ある日、小柄な老婦人がムハンマドのもとへやってきて、みすぼらしい老婆でも天国に行けるのかと尋ねました。
 『いいえ』と彼は答えました。
 『天国には老婆はいないのですよ。』
 老婦人の悲しそうな顔を見ながらムハンマドはほほえんで言いました。
 『天国では皆、姿を変えられるのです。そこでは、一人残らず若々しくなるのです。』」

 ムハンマドが弟子たちに与えた知恵は、富んだ実際的な知恵でした。

 1人の男が、自分は神の助けと守りを信じているので、らくだをつないでおかなくてもらくだは逃げないのではないかと尋ねられたときに、ムハンマドはこう答えました。
 「最初にらくだをつなぎなさい。それから神を信頼しなさい。」

 ある説によると、ムハンマドの家族は貧しかったため、ひもじい思いで毎日を過ごすことが多く食べる物と言っても時々上等でないパンを買えるくらいだったということです。
 「faqrifakhri」(「私の貧しさは、私の誇りです」)と語った彼の言葉には、素朴な楽しみに対する喜びが表されています。
 この言葉は、のちにイスラム修道者のスローガンになりました。

 ムハンマドはとくに子供が好きでした。
 祈っている間に2人の孫が、背中によじ登ることがあってもそのままにさせておきました。
 ある人は、孫のハッサンにキスをしたムハンマドをとがめて「私には10人の息子がいますが、キスをしたことなど一度もありません」と言いました。
 ムハンマドはそれに答えて言いました。
 「哀れみを表さない人は、哀れみを受けることができません。」

 亡くなるその日に、ムハンマドはマディーナのモスクで最後の説教を行いました。
 30年以上にわたって、犠牲を払って尽くしてきた人々に別れを告げる彼の言葉には謙遜さと寛大さが表れています。
 「もし私が誰かの名誉を傷つけていたら、今ここでその罰を受けます。
 もし私が不正に誰かの体に危害を加えていたら、その報復を受けます。
 もし私が誰かに少しでも負債があるとしたら、ここに私の財産があります。どうぞ自由にしてください。
 誰も『私はこの神の使いから恨みや怒りを買うのではないか』と考える必要はありません。
 私は、誰に対しても恨みを抱いていません。
 私の性質と気性に合わないのです。私は恨みや怒りを大いに忌み嫌っています。」

 ムハンマドについて以上のことの理解をもっていると、私たちはイスラム教徒がなぜ彼の名をたたえ、会話の中で、彼の名を口にし誕生日を祝うのかを理解することができます。
 敬虔なイスラム教徒は、服装、身繕い、食事の作法、宗教の儀式、人々に対する愛情等生活のあらゆる面でムハンマドをまねるように努力します。



  クルアーン

        

 ムハンマドが受けたとされる啓示は、彼の死後10年か20年のうちに『クルアーン』にまとめられました。
 114章から成る『クルアーン』は、ムハンマドについての話ではありません。
 イスラム教徒は、それをムハンマドに直接与えられた神の言葉と考えています。

 普通の善良な市民の普通の人たちの師弟が、小学校に入る前の夏休みに子供たちをモスクに送ります。
 そこで『クルアーン』の勉強をして、預言者のムハンマドの言行録の基本的な点を勉強します。
 そこには「人間がどう生きるか」というのが全般的に記されています。
 科学的な記述も含まれています。
 たとえば『クルアーン』の中に、科学、霊的なことが記されていて、最も多いのは社会的なルールに関することです。
 そして、天体としての地球や地球の地理的な問題も含めていろいろなことが書いてあります。
 世界中の科学者や医者が、科学的な記述の真理を認めています。
 しかし、一方で凝り固まった盲信者は、科学と一致する真理を研究しようとも認めようともしません。
 どのような組織にもこのような人々はいます。

 『クルアーン』の科学的記述は正確です。
 『クルアーン』の中で、人間の胎児の発育段階について述べています。
 「私は泥の精髄から人間を創った。
 次に、私は彼を精液の一滴として、堅固な住みかに納めた。
 それから私は、その精適を1つの アラカ (ヒル、つりさががったもの、血の塊)に創り、次にその アラカ から ムドゥガ (かみつぶした物)を創り……」 (クルアーン 23:12-14 意味解釈)

      

 アラビア語の「アラカ」には3つの意味があります。

 1.ヒル 2.つりさががったもの 3.血の塊です。

 アラカの段階での胎児をヒルと比較すると類似性が見られます。
 またこの段階の胎児は母親の血液から栄養を摂りますが、ヒルも同じようにほかのものの血を吸って生きます。

           

 アラカの2番目の意味は「つりさががったもの」です。
 アラカの段階で、胎児は母親の子宮の中につりさががっています。

              

 アラカの3番目の意味は、血の塊です。
 アラカの段階での胎児の外観とその嚢は、血の塊と似ています。
 この段階の胎児の中に、比較的大量の血液が存在するためです。
 またこの段階では、胎児の中の血液は第3週目が終わるまで循環しません。
 そのため、この段階での胎児は血の塊に似ているのです。

 このように、アラカという言葉の3つの意味は、アラカの段階にある胎児の内容と正確に一致しています。
 『クルアーン』の中で述べられている2番目の段階は、ムドゥガです。
 アラビア語のムドゥガは、かんだ物を意味します。
 ガムを口の中に入れてかみつぶした物をムドゥガの段階にある胎児(28日目)にある胎児の写真と比較するとかんだ物のようになります。

               
 
 深海に関しての記述も科学的に正しいです。
 「また (不信心者の状態は)、深海の暗黒のようなものである。
 その上に波があり、その上をさらに雲がおおっている。
 暗黒の上に暗黒が重なる。
 人が手を差し伸べても、それを見ることができない……」 (クルアーン 24:40)

 この節は深海や大洋の中の暗闇について述べています。
 そこでは人が手を伸ばしても見ることができません。
 深海や大洋の暗黒は水深200m以下の所にあります。
 この深さでは、ほとんど光がありません。
 水深1000mでは光はありません。
 人間は潜水艦や特別な装置がないと水深40m以上潜ることができません。
 科学者たちは近年になって特別装置や潜水艦を使って大洋の深海に潜れるようになってから初めて、この暗黒を発見したのです。

 「……深海の……その上に波があり、その上をさらに雲がおおっている。」

 海や太陽の深海は波でおおわれ、その波の上にまた波があります。
 すなわち私たちが見ている波は表面の波なのです。
 科学者たちは、濃度の異なる層が合流する所で発生する海中の波があることを発見しました。 
 海中の波は海や大洋の深海をおおっていますが、その理由はその深海がその上にある海水よりも濃度が高いからです。
 海中の波は水面上の波のように機能します。
 それらの波は、表面の波と同じように途絶えることがあります。
 海中の波は肉眼で見ることができませんが、ある一定の場所では温度や塩度の変化を調べることによって検知することができます。

 
 
  失われた輝かしい過去
 
 科学雑誌のページをめくっていて、科学者にイスラム教徒の方はほとんどいません。
 もしいたとして、たいていは西洋に住んでいます。
 当然いくつかの例外はあります。
 今日のこの状況は過去のイスラム教社会とは対照的です。 
 世界的に見て、主に紀元9世紀~紀元13世紀の間(イスラムの黄金期)に、堅実な科学、哲学、医学を実践していたのはイスラム教徒でした。
 古代の知恵を保存しただけでなく、意味のある革新や拡張をももたらしていました。
 
 今日では、この伝統が失われてしまっています。
 イスラムの黄金期に科学が開花したのは、ムータジラ派として知られる知識人集団によって維持されていた強力な合理主義的な伝統がイスラムにあったからです。
 この伝統は、あらかじめ定められていて人間にはアッラーフにすべてをゆだねる以外の道はないと説く宿命論者に強く反対し人間の自由意志を強調しました。
 紀元8世紀中期~10世紀中期まで栄えたイスラム神学の一派ムータジラ派が政治権力をもっている間、知識は育ったのです。
 しかし紀元12世紀になって、ある一派が科学を反イスラムであると断罪しました。
 この束縛の中、イスラム世界は知恵への歩みが遅くなりました。

 ムハンマドの死と現在見つかっている最古の年代の『クルアーン』の間には150年間の隔絶があり、ウマイヤ朝以前に『クルアーン』の文章が改変されたり変更された可能性が指摘されています。

 ムハンマド自身は文盲であったため、彼を通じて伝えられた啓示はムハンマドと信徒たちの暗記によって記憶され、口伝えで伝承され、また書記によって記録され伝承されました。
 しかし、のちにムハンマドにじかに接し啓示を記憶した者たちが虐殺されはじめ、記憶を留めるためにクルアーンを一冊にする作業がはかられ始めました。

 このように書物の形にまとめられる以前は、イスラーム共同体全体としての統一した文字化が行われなかったため、次第に伝承者や地域によって内容に異同が生じたり、伝承者による恣意的な内容の変更や伝承過程での混乱が生じました。
 現代使用されている『クルアーン』では、イエス(イーサー)は神の子ではなく預言者であり、十字架にもかけられておらず、生きたまま天にあげられたとされています。
 そして、聖書は正しく、とくに律法とイエスの福音を大切にせよとされています。
 イスラム教は聖書の正しさを証明するものなのです。 

 ジハードは、本来神に従う努力の意味です。
 『クルアーン』とムハンマドの言行を法源とする法律のイスラーム法(シャリーア)は、イスラーム共同体からウマイヤ朝、アッバース朝へと発展していった8世紀から10世紀ごろにかけてできました。
 シャリーアは、「外へのジハードとは、イスラーム世界を拡大あるいは防衛するための戦い」という観念を作り出しました。
 
 ドイツ人のクリストフ・ルクセンブルグが、『クルアーン』の言語について行った研究があります。
 彼はアラビア語の文語および方言の専門家で哲学者ですがシリア語と紀元6世紀と紀元7世紀にかけて広く使われていた「アラブ・シリア語」の権威でもあります。
 彼は『クルアーン』が、どの言葉で最初に書かれたのかを問題意識として研究しました。
 難しいのは、知られている『クルアーン』の一番古いテキストは子音だけで書かれていることです。
 ずっと後世になってから、具体的にいつどのようにということは分かっていませんが、母音が表記できる表記システムが完成され、発音の区別が正確にアラビア語で表記できるようになったのです。
 この問題はよく知られていることですが、彼はもう一歩踏み込んで、『クルアーン』の従来の意味がよく分からなかったくだりを古代のアラブ・シリア語の語彙で解読しようとしたのです。

 『クルアーン』のマリヤの懐妊(19:24)の所では、生まれたばかりのイエス・キリストはマリヤを慰めるのですが、通常の『クルアーン』では「悲しむことはない。神はあなたの足を小川の流れに入れてくださいます」と書かれており意味不明です。
 しかし、アラブ・シリア語を使って判読すると「悲しむことはない。神はあなたの出産を正当なものと認めています」という意味になるのです。

 そして、『クルアーン』で有名な天国の楽園の処女たちとは、象徴としてぶどうの実のことであったのが正しい解釈でした。
 『クルアーン』に書かれている天国で待ち受けている誤訳の「目が大きい処女たち」とは「水晶のような白い果物」と読むべきだったのです。

 自殺攻撃をするイスラムの勇士たちはテロリズム実行にあたり、誤解から天国の処女たちと天国で結ばれるために局部を念入りに聖なる白布で保護します。
 「水晶」は日の栄えの王国の象徴です。

       地球 日の栄え

 「神の時、天使の時、預言者の時、人間の時は、彼らが住んでいる惑星によって計算されるのか」との質問に対する答えとして、
 わたしは、そのとおりであると答える。
 しかし、この地球において教え導く天使たちで、この地球に属していない者、あるいはかつて属していなかった者はだれもいない。
 天使たちはこの地球のような惑星には住んでおらず、彼らは神の前で、ガラスと火の海のような球体の上に住んでいる。
 そこでは、彼らの栄光のために、過去も現在も未来もすべてのことが明らかにされ、またそれらは絶えず主の前にある。
 神が住んでおられる所は、一つの雄大な「ウリムとトンミム」である。
 この地球は、聖められて不滅の状態になると、水晶のようになり、そこに住む者たちにとって一つの「ウリムとトンミム」になる。
 そして、これによって下位の王国、すなわち低位のすべての王国に関するすべてのことが、そこに住む者たちに明らかにされる。
 また、この地球はキリストのものとなる。
 そのとき、黙示録第二章十七節に述べられている白い石は、それを受ける各個人にとって一つの「ウリムとトンミム」になる。
 そして、これによって高位の王国に関することが知らされる。
 日の栄えの王国に来る各人に一つの白い石が与えられる。
 その石の上には新しい名前が記されており、それを受ける者のほかにはだれもそれを知らない。
 その新しい名前は鍵の言葉である。 (教義 130:4-11
 
 ムハンマドは、この「水晶のような白い果物」は「ぶどう」と述べています。
 
 ぶどうは初期のヘブル文化圏で広く栽培されており、聖地に広がる台地や丘陵は、ぶどうの木を栽培するのに理想的な環境にありました。
 土地はきちんと手入れされ、ぶどうの木は丘の斜面に植えられました。
 ぶどう園には動物や人間の侵入を防ぐために念入りに垣根が張り巡らされ、ぶどうの木はできるかぎり多くの実がなるように栽培され、剪定されました。 剪定はぶどう栽培でおそらく最も大切な作業でしょう。
 良い実を結ばない枝は切除します。
 ぶどうの親枝がある一定の長さになったところで、先端を切り取り、刈り込みます。
 わきに出た芽を育たせるためです。
 このような剪定作業によって枝先の生長が止まり、新しい枝に栄養が行き届くようになります。
 そして、このような側枝(わきえだ)は生長すると、剪定をしなかった場合のぶどうの木1本になるのと同量の実をそれぞれが結ぶようになるのです。
 ぶどうの木の茎は頑丈で、地中深く根を張り、よく実をつける細長い側枝に栄養を与えます。
 
 ヨハネによる福音書で、救い主はぶどうの木をたとえとして用い、主と主の弟子となる人々との関係はどのようなものかについて説明されました。
 ゲツセマネへと出発されるに先立ち、救い主は使徒たちに主の弟子としていつもふさわしくあるにはどのような生活を送らなければならないかを教えられました。
 
 イエス・キリストは預言者たちに向かって、自分をぶどうの木にたとえました。
 
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 「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である。
 私につながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれを取り除き、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。
 あなたがたは、私が語った言葉によって既にきよくされている。
 私につながっていなさい。
 そうすれば、私はあなたがたとつながっていよう。
 枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたも私につながっていなければ実を結ぶことができない。
 私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。
 もし人が私につながっており、また私がその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。
 私から離れては、あなたがたは何一つできないからである。
 人が私につながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。
 人々はそれをかき集め、火に投げ入れて、焼いてしまうのである。
 あなたがたが私につながっており、私の言葉があなたがたにとどまっているならば、何でも望むものを求めるがよい。
 そうすれば、与えられるであろう。
 あなたがたが実を豊かに結び、そして私の弟子となるならば、それによって、私の父は栄光をお受けになるであろう。
 父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛したのである。
 私の愛の内にいなさい。
 もし私の戒めを守るならば、あなたがたは私の愛の内におるのである。
 それは私が私の父の戒めを守ったので、その愛の内におるのと同じである。
 私がこれらのことを話したのは、私の喜びがあなたがたの内にも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。」 (ヨハネ 15:1-11

 キリストは「まことのぶどうの木」、天父は「農夫」、預言者たちはその「枝」です。
 枝になる実は、永遠の命です。
 したがって、天父なしにキリストは存在せず、キリストなしに預言者は存在しないのです。 
 そして、預言者なしに永遠の命は得られないのです。

 また、シュメールの王ウルイニムギナはその碑文で「船頭や牧人を解放し人々の負担を減らし税金を軽減し神官や監督者の横暴を抑え、困っている母を保護し孤児と寡婦を権力者は圧迫してはならぬ」と説いています。
 ウルイニムギナ王は、ぶどうの木を命の木と表現しています。
 そして、1945年にエジプトで発見された初期キリスト教文書の『ナグ・ハマディ写本』の中に、命の木は美しくのようであって、命の木の実の色は白で白いぶどうです。

          

 ユダヤ密教(カバラ)の命の木の象徴図形は、ぶどうを表しています。

  命の木 1/4~4/4


 リーハイは、命の木の示現を見ました。

 
 そして、一本の木が見えたが、その実は人を幸せにする好ましいものであった。
 そこで、行ってその木の実を食べると、それは、今までに味わったどんな実よりもずっと甘いことが分かった。
 またその木の実は白く、今までに見たどんな白いものにも勝って白かった。
 そしてその木の実を食べると、わたしの心は非常に大きな喜びに満たされた。
 それでわたしは、家族にも食べてほしいと思い始めた。
 その実が、ほかのどんな実よりも好ましいことが分かったからである。 (1ニーファイ 8:10-12
 
 命の木とは、神の愛を表します。 


 すると天使がわたしに言った。「神の小羊、まことに永遠の父なる神の御子を見なさい。あなたは父が見た木の意味を知っているか。」
 それでわたしは答えて言った。
 「はい、その木は人の子らの心にあまねく注がれる神の愛です。だから、どんなものよりも好ましいものです。」
 すると天使はわたしに、「そのとおり。それは人にとって最も喜ばしいものである」と言った。 (1ニフ 11:21-22

 神の最も深い愛の現れは、イエス・キリストの贖罪に見ることができます。 


 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。
 それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。 (ヨハネ 3:16-17

 リーハイとニーファイの見た示現に加え、エデンの園にあった命の木の象徴があります。


 「さて見よ、わが子よ、このことをあなたに説明しよう。
 見よ、主なる神はわたしたちの始祖をエデンの園から追い出して、彼らの肉体が造られた土を耕すようにされた後、まことに主なる神は人を追い出された後、エデンの園の東の端にケルビムとあらゆる方向に回る燃える剣を置いて、命の木を守らせられた。
 わたしたちが知っているように、人は神のようになり、善悪をわきまえるようになった。
 そこで、人が手を伸ばして命の木からも取って食べ、とこしえに生きながらえることのないように、主なる神はケルビムと燃える剣とを置いて、人がその木の実を食べられないようにされた。
 このことから分かるように、人が悔い改めることを許された期間があった。
 まことに、それは試しの時期であり、悔い改めて神に仕える時期である。
 
 見よ、もしアダムがすぐに手を伸ばして命の木から取って食べていたら、彼は悔い改めの期間がまったくないまま、神の御言葉のとおりにとこしえに生き長らえたであろう。
 そして、神の御言葉はむなしくなり、偉大な救いの計画は挫折したことであろう。
 しかし見よ、人は死ぬものと定められた。そこで人は、命の木から絶たれたときに、地の面から絶たれることとなった。
 そして人は、とこしえに迷った状態になり、まことに、堕落した者となったのである。」 (アルマ 42:2-6
 

 このように命の木は、不死不滅永遠の命を象徴するだけでなく、それを授ける力もあるのです。


 さて、信仰についてわたしがすでに語ったように、信仰とは物事を完全に知ることではない。
 したがって、もし信仰があれば、あなたがたはまだ見ていない真実のことを待ち望むのである。
 さて見よ、あなたがたに言う。このことを覚えておいてほしい。
 それは、神は御自分の御名を信じるすべての人に憐れみをかけられるということである。
 したがって、神はまず初めに、あなたがたが、まことに神の御言葉を信じることを望んでおられる。
 
 さて、神は天使によって、人々に、まことに男ばかりでなく女にも御自分の御言葉を伝えられる。
 それだけではない。知者や学者を辱める御言葉が、これまで何度も幼い子供に与えられてきた。
 さて、わたしの愛する同胞よ、あなたがたは今、苦しめられ、追い出されているので、どうすればよいかわたしから聞いて知りたいと望んでいる。
 ところで、わたしは事実によってだけあなたがたのことを判断しようとしていると思われたくない。
 つまり、あなたがた全員がやむを得ずへりくだっているのではないということである。
 どのような境遇にあっても進んでへりくだろうとする人々が、あなたがたの中に何人もいることを、わたしは確かに信じているからである。
 
 さて、信仰についてわたしが言ったように、信仰とは完全に知ることではない。
 わたしの言葉についてもそのとおりである。信仰が完全に知ることではないのと同じように、あなたがたはわたしの言葉が確かであることも最初から完全に知ることはできない。
 しかし見よ、もしあなたがたが目を覚まし、能力を尽くしてわたしの言葉を試し、ごくわずかな信仰でも働かせようとするならば、たとえ信じようとする望みを持つだけでもよい。
 わたしの言葉の一部分でも受け入れることができるほどの信仰になるまで、その望みを育ててゆけ。
 さて、御言葉を一つの種にたとえてみよう。
 さて、もしあなたがたが心の中に場所を設けて、種をそこに植えるようにするならば、見よ、それがほんとうの種、すなわち良い種であり、またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようなことがなければ、見よ、その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。
 そして、あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると、心の中で次のように思うであろう。
 『これは良い種、すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ、わたしの理解力に光を注ぎ、まことに、それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』
 
 さて見よ、これによってあなたがたの信仰は増さないであろうか。
 わたしはあなたがたに言う。信仰は増す、と。
 にもかかわらず、まだ完全に知るというところまでは行かない。
 しかし見よ、その種がふくらんで芽を出し、生長し始めると、あなたがたはその種を良いものであると思うに違いない。
 見よ、それがふくらんで芽を出し、生長しているからである。
 さて見よ、これはあなたがたの信仰を強めないであろうか。
 まことに、それはあなたがたの信仰を強めるであろう。
 あなたがたは、『これは良い種であることが分かる』と言う。
 見よ、それが芽を出し、生長し始めているからである。
 
 ところで見よ、あなたがたはこれが良い種であると確信しているであろうか。
 確信していると、わたしはあなたがたに言う。種はその種独自の形を生じるからである。
 したがって、もし種が芽を出して生長するならば、それは良い種である。
 しかし、芽を出さなければ、見よ、それは良い種ではないので捨てられる。
 さて見よ、あなたがたはすでに試して種を植え、その種がふくらんで芽を出し、生長し始めているので、その種が良いものであることを知るに違いない。

 さて見よ、あなたがたの知識は完全であろうか。
 そのとおり、あなたがたの知識はそのことに関しては完全であるが、あなたがたの信仰は眠ったままである。この理由はあなたがたが知っている。
 というのは、あなたがたは、御言葉があなたがたの心を高めたのを知っており、またあなたがたは、それがすでに芽を出し、あなたがたの理解力に光が注がれ、あなたがたの心が広がり始めているのを知っているからである。
 おお、それならば、このことはほんとうではないだろうか。
 わたしはあなたがたに言う。確かにほんとうである、と。
 なぜなら、それは光だからである。光は何であろうと善である。
 というのは、そのように見分けがつくからであり、こうしてあなたがたは、それが善であることを必ず知るようになる。

 さて見よ、この光を経験した後、あなたがたの知識は完全であろうか。
 見よ、そうでないとあなたがたに言おう。あなたがたは自分の信仰を捨ててはならない。
 あなたがたは、種が良いものかどうかを知ろうとして、ただ信仰を働かせてその種を植えてみただけだからである。
 そして見よ、木が生長し始めると、あなたがたは、『この木が根付き、生長し、わたしたちのために実を結ぶように、十分に注意して養いを与えよう』と言うであろう。
 
 さて見よ、あなたがたが十分に注意して養いを与えれば、それは根付き、生長し、実を結ぶであろう。
 しかし、もしあなたがたがその木に構わず、養い育てることに心を配らなければ、見よ、それが根付くことはないであろう。
 そして、太陽の暑さが及んでその木を熱すると、その木はまったく根がないので枯れてしまうであろう。そこであなたがたは、その木を抜いて捨てる。
 さてこれは、種が良くなかったからでもなければ、実が好ましいものでなかったからでもない。
 ただ、あなたがたの土地がやせているためである。
 あなたがたがその木に養いを与えようとしないので、実を得ることができないのである。
 このように、もし信仰の目をもって実を期待しながら御言葉を養おうとしなければ、あなたがたは決して命の木の実を得ることができない。
 しかし、あなたがたが御言葉に養いを与えようとすれば、つまり、その木が生長を始めるときに、非常な熱意と、忍耐を伴う信仰を働かせてその実を期待しながら養いを与えようとすれば、それは根付くであろう。
 そして見よ、それは生長して永遠の命をもたらす木になるであろう。 (アルマ 32:21-41

  参考 幸せな自分を育てる