仏教解明 1/4

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 イエス・キリストがインドを訪れたことは、ロシア人ジャーナリストのニコラス・ノートヴィッチが1894年著した『知られざるイエス・キリスト伝』で一般に知られるようになりました。
 イエス・キリストは30歳ごろまでの記録は簡潔です。
 マルコの福音書による12歳の記事から30歳でヨルダン川でバプテスマを受けて伝道活動を始めるまでの17年間、どこで何をしていたかの記載がありません。

 西チベットの旧ラダック(ラダカ)王国の首都であったレーから北へ40kmの所にチベット仏教へミス(ヒミス)僧院に「イッサ伝」が伝わっていたといいます。

 ホルガー・ケルステンの『インドに生きたイエス(邦題:イエス復活と東方への旅~誕生から老齢期までのキリストの全生涯)』(1983年)、作家エリザベス・クレア・プロフェットの『イエスの失われた歳月(邦題:イエスの失われた十七年)』(1984年)と続きます。
 ホルガー・ケルステンの英訳版『Jesus Lived in India: His Unknown Life Before and After the Crucifixion』が大きな反響を呼んだのは1994年のことです。
 37か国語400万部のベストセラーとなりました。

 インドのネルー首相(1887年‐1864年)が、のちに首相になる娘のインデラ・ガンジー(1917年‐1984年)にあてた書簡集『父が子に語る世界歴史』の1932年の書簡には、次のようの述べられています。
 「イエスが、中央アジア一帯、カシミール、ラダカやティベットではいまでも……イエスがその辺りを旅したことがかたく信じられている。
 彼がインドを訪れたと信じている者もいる。
 いずれも確かなことは断言できないが、イエスの生涯を研究した最も権威のある専門家たちは、イエスがインドや中央アジアに来たとは信じていない。
 けれどもそういうことがぜんぜんありえないとする根拠もない。」 (p.160)

 「イッサ伝」には、次のようなことが記されているといいます。
 「イッサは妻を娶るのに良いとされる13歳になると、富貴な人々は彼を婿にしたいと願った。
 しかしイッサはひそかにエルサレムを離れ、商人たちとともにインドのシンドへ向かった。
 それは神の言葉にいて自らを完成させ、偉大なるブッダの法を学ぶためだった。

 イッサはシンドに入り、この驚くべき少年の評判はシンド北部にいきわたった。
 ジャイナ教の人々はイッサにとどまるよう願ったが、イッサは正道を踏み外している彼らのもとを離れジャガンナートへ向かった。
 そこでブラフマーの白い僧侶たちに迎えられた。

 イッサはジャガンナートなどの町で6年をすごし、誰が彼を愛した。
 彼はヴァイシャ、シュードラ(カーストの最下位階級)の人々と平和に暮らし、聖なる教えを説いた。
 しかし、バラモン(カーストの頂点階級)クシャトリヤ(カースト第2位階級)と接することは禁じられていると言った。
 彼は人としての権利を奪う者たちを非難し、「父なる神は子供たちのあいだにいかなる差別をもうけていない」と述べた。

 イッサはトリムルティ(三神一体説)と、すなわちヴィシュヌやシヴァ、そのほかの神々にパラブラフマーがあらわれるという考えを否定した。

 イッサはこう教えた。
 「兄弟から幸せを奪う者は、幸せを奪われるだろう。バラモンとクシャトリヤはシュードラとなるだろう。
 ただ、最後の裁きの日には、彼らは許されるだろう。彼らは知らなかったのだから。」

 バラモンとシュードラは感銘を受け、どのように祈ったらよいのでしょうかとイッサにたずねた。
 「偶像を崇拝してはならない。
 それらはあなたがたの言うことを聞かないのだから。
 ヴェーダを崇拝してはならない。
 そこには真実がゆがめられているのだから。
 自己本位に考えてはいけない。
 また隣人を辱めてはいけない。
 貧しき者や弱き者を助け、だれをも傷つけないように。
 他人の持ち物を欲しがらないように。」

 イッサがシュードラたちに説教していることを知った白い僧侶(バラモン)と戦士(クシャトリヤ)たちは、この若い預言者を殺害するべく追っ手を差し向けた。
 危険を察したイッサは夜のうちに逃げ出し、山を越えてブッダの生地であるゴータマの地へのがれた。
 そこで唯一神ブラフマーを崇拝する人々と暮らした。

 パーリ語を完全に理解したイッサは聖なるスートラ(仏教経典)を学び始めた。
 6年後、ブッダが聖なる言葉を広めるために選んだイッサは聖なる文書を説けるようになっていた。
 そしてネパールを離れ、ラージプットの国の谷を降りて西へ向かった。

 イッサは隣人に善行を行うべきだと説いた。
 「もともとの純粋さを回復したものは、死ぬときに罪の赦しを得ているだろう。
 そして偉大なる神の姿を熟視する権利を得るだろう。」
 異教の地を巡りながら「目に見える神を崇拝するのは自然の摂理に反している」と説いた。
 イッサの言葉は異教徒の地に広がり、彼らは偶像を捨てた。


 ニコラス・ノートヴィッチは旅行中、たまたまチベット仏教の僧から聞いたイエスのアジア訪問に関する古写本について聞かされ、ロシア正教徒であった彼は興味をそそられ、ついに1887年にヒミス僧院に保存されていたその古写本を通訳を通して書き写してきたということです。

 結論から述べると、ニコラス・ノートヴィッチの述べる「イッサ伝」の内容はほとんどが創作です。
 ホルガー・ケルステンは、ノトヴィッチがレーで歯の治療を受けたという外国人医師による診断書を見つけていて、ノトヴィッチがラダックに来てヘミス僧院を訪ねたことはまちがいなさそうです。
 チベット仏教の僧などの話を聞いて、売れるように脚色して創作して書籍を出版したのが真実でしょう。
 ノートヴィッチの述べる足を骨折したことがきっかけとなり秘密の文書を目にするというエピソードは、神智学協会を創立したブラヴァツキー夫人の『ヴェールを剥がれたイシス』(1877年)のエピソードを拝借したもののようです。

 しかし「イッサ伝」はあります。

 ベンガル人ラーマクリシュナの弟子のスワミ・アベーナンダは真偽のほどを確かめようと実際にその地まで足を運んだ人です。
 カリフォルニア大学サンスクリット学教授でもあるスワミ・アベーダナンダの調査では「イッサ伝」の原本はラサ近くのマルブル(Marbour)寺院にあるということですが、合致するものがないので、ポタラ宮が建っている丘のマルポリ(Mar po ri)ではないかと考えられます。
 ポタラ宮殿内にはナムギェル寺がありました。

 1894年にフランス語版が出版されると、インド学の権威フリードリヒ・マックス・ミュラーは、「イッサ伝」がチベットのカンジュルにもタンジュルにも見いだされないことを偽書の証拠としています。
 ミュラーは当初より「イッサ伝」をノートヴィッチによる完全な偽作であると決め込んでいて、「イッサ伝」の存在だけでなくノートヴィッチがヒミスを訪れた事までをも否定しようとしました。

 しかし、ノートヴィッチの論敵であるマックス・ミューラーがロテリ枢機卿に意見を求めたところ、 バチカン図書館には宣教師たちがインド、アラビア、中国、エジプトなど世界各地から持ち帰った「イッサ伝」と同様の古文書が63巻ほど収蔵されていると語りました。

 アメリカ最高裁判所判事ウィリアム・ダグラス、 カリフォルニア州立大学人類学教授ロバート・ラヴィッツ、 アメリカの探検家エドワード・ノアックらは、チベットのヒミスやレーなどは、イッサ来訪の民間伝承があることを現地調査で確認しています。

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 シャンバラ(アルザル)に行ったニコライ・リョーリフはアジア一帯を調査中、その古写本を調査する機会を得ました。
 リョーリフは『アルタイ・ヒマラヤ 旅日記』の「ラマユル・ヘミス 1925」の条でイッサ伝説について述べています。
 「たった1日の間に3つのイエス伝説を知ることになった。
 あるヒンドゥー教徒が私に言った。
 『ラダックのある官吏から聞いたのですが、ヘミス僧院の元住持によるとレーに小さな池があり木が立っていて、その横でイエスが教えを説いたそうです」(これは池と木の挿話の新しいバージョンだ)
 宣教師は言った。
 「ヘミス僧院に何か月も滞在したポーランド人がナンセンスなものを捏造したそうです」(それはほかのバージョンや証拠と一致するかもしれないので、なぜ捏造したか聞くべきなのに)
 もう1人の宣教師が言う。
 「それはネストリウス派の伝説ではないでしょうか? 
 ネストリウス派の伝説や本当の話はたくさんあるのです。
 でも宣教師はそれについて何も知らないですからね。」

 善良で感性あるヒンドゥー教がイッサの生涯の経典について意味深げに語る。
 「どうして人はイエスがパレスチナにいないとき、エジプトに行ったと言いたがるのでしょうか。
 イエスは若いときずっと勉強していたはずです。
 彼がどのように学んだかは、のちの彼の説教を聞けばわかるはずです。
 説教はもともとどこから来たのでしょうか。
 エジプト人でしょうか。
 どうして人はインドの仏教だと考えないのでしょうか。
 イッサが隊商とともにインドへ行ったこと、いまチベットとよばれる地域へ行ったことをどうしたら否定することができるでしょうか。」

 1939年春、スイス人音楽家のエリザベス・カスパリは西欧におけるゾロアスター教運動を率いていた女性とともにチベット巡礼団に参加した途中、ヘミス僧院で「イッサ伝」の写本を見たと述べています。

 シカゴ大学神学部のリチャード・ゲール博士が8年以上カシミールに滞在して調査した際、2世紀半に成立したヒンドゥー教の聖典『バビシャ・マハープラーナ』に外国から来た神の子がシャリバハーナ王を訪れて会談した記録が残されています。
 神の子は、イシュバラ・プラタム、イシャ・マシー、カニャ・ガルバムと名乗り、この古代サンスクリット語は、
イシュバラ・プラタム=神の子、イシャ・マシー=メシア・イエス、カニャ・ガルバム=処女から生まれた、と訳せます。

 ジェームズ・E・タルメージ長老は、こう述べています。
 「イエスは30歳になるころまでナザレに住んでおられた。
 そして名前の上に生まれ故郷の名を付けて呼ぶ習慣によって、主は一般にナザレのイエス(マタイ 21:11ヨハネ 18:5,19:19使徒 2:223:6)と呼ばれるようになられた。」 (『キリスト・イエス』 p.114)

 「イッサ伝」は内容は不明ですが、イエス・キリストは復活後にチベットなどの「行方の知れない10部族」を訪れ伝道したのでしょう。

  参照 7 UFOの正体と2つのイエス・キリスト教会

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  観音菩薩
 
 菩薩(ボーディサットヴァ)とは悟りを開いたのちに如来(真理を悟った者)として天へ帰らず、この世にとどまった存在です。
 個人的な成仏を超えて苦しむ衆生のため己を犠牲にしてまで人々を救おうとするのが菩薩です。

 これは霊体であったヤハウェが受肉して、人間イエス・キリストとして地上に誕生したことを象徴しています。

 さまざまな名前の菩薩がいますが、すべてはイエス・キリストに収斂(しゅうれん)します。
 代表的な菩薩は「観音菩薩」です。
 菩薩は人々にとって救世主であり正体はメシヤであるイエス・キリストです。

 観音菩薩とは、サンスクリットでは「アバロキテーシュバラ」といい、観世音は意訳で観自在は直訳です。
 「あまねく」「見る」「自在者」という語の合成語です。
 昔は中国では「観世音菩薩」とよばれていました。
 正式には「観世音菩薩」、もしくは「観自在菩薩」といい、観音菩薩はその略称です。
 「観」とはすなわち観ることで自由自在にこの世の中のすべてを見て、聞き、苦しむ人々の姿を見て、その声を聞き救いの手を差し伸べるのが観音菩薩なのです。
 有名な仏典である『法華経』の「普門品(ふもんぼん)」には、どんなときでもどんな所にいても誰であってもその名前をよべば、観音菩薩は必ずこたえすべての人々を助けると記されています。

 シルクロードを逆にたどれば、観音はもともと男性の姿です。
 経典などでは釈迦が観音に向かって「善男子よ」とよびかけ、また「観音大士」という言葉もあることから、本来は男性であったと考えられています。


      coming

 イスラエル10部族のいたチベットに観音菩薩が空から降臨しました。
 チベットのポタラ宮殿は、観音菩薩が降臨した山に建てられたといいます。
 つまり、かつて復活したイエス・キリストが降臨したのです。
 
 人々を救うために、観音菩薩はさまざまな姿になります。
 変化観音として「六観音」、さらには33の化身となる「三十三観音」が知られています。
 本来は観音菩薩は男性ですが、ときには女性となりときには子供、老人、王、貧民、夜叉や龍にもなります。
 観音菩薩には「三十三応身」という信仰があり、「三十三観音」や「三十三霊場」「三十三間堂」など「33」が存在します。

 観音菩薩の別名「観世音菩薩」は、一説に「観自在菩薩」の誤訳ともされていますが、なぜこの名称が採用されたのでしょうか。
 その理由の1つは、「世」の漢字にあります。 
 漢和辞典には、本来「世」とは「三十」の意味とあり、「十」を2つ重ねると「廿」となり、3つ重ねると「世」の字になり、「世」の字の中に「十」が3つあります。
 しかし、これは表の意味で、実は裏にもう1つ別の意味があります。
 「十」の字は、もともと縦の棒線1本だけの「|」だけでした。
 これは本来の象形文字では、「針」を意味していたらしいです。
 つまり、もともと「|」だけで「十」を意味していたのです。
 「十」は「|」と「一」から成り立っているので、「十」=「|」+「一」=「10」+「1」=「11」で、数字では「11」を表現していることになります。
 つまり、「十」は「10」でありながら、「11」でもあるのです。
 「命の木」の実が全部で10個ですが、隠された知識(ダアト)の実を含めると11個になります。
 このことを暗示しています。

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 しかし、「10」が「11」であるならば、それを重ねた「廿」は「22」であり「世」は「33」を示すことになります。
 ここに出てくる「22」が「命の木」の象徴図形おける実ををつなぐ「パス」(小径)の総数であり、「33」は「実」とパスの合計数になっているのです。
 
 さらに、これを数秘術ゲマトリアで解釈すれば、33は「3+3=6」となり、人間の数字「6」となります。
 「7」が完全数であるのに対して1少ない「6」はこの「世」の数字であり「世界」の数字なのです。
 したがって「世」を背負う観音菩薩はそのまま如来にならずに、この世に姿を現して人々を救うのです。
 同時に十字架に磔になって死んだイエス・キリストの年齢が「33歳」であったことを示しています。
 イエスは33年間生きることによって、この世の数字を体現したのです。
 言い換えれば、人間の数字「3+3=6」が示すように、神であるヤハウェは受肉して人間として誕生し人間として死んだことを意味します。

 観音菩薩は大日如来の化身です。

 これは御父エロヒムから、救いの計画を遂行する全権を担った御子ヤハウェ=イエス・キリストを暗示しています。
 その観音菩薩はさまざまな姿になり、33というのは象徴であり実際は多数の化身となり人々を導いています。
 つまり、イエス・キリストがさまざまな名前でよばれ、地上のあらゆる宗教で崇拝されていることと同じなのです。

 仏の智慧(ちえ 仏教用語)は「普賢(ふげん)菩薩」「文殊(もんじゅ)菩薩」として表現されます。
 智慧が2人の菩薩として立てられているのは智慧が「知識」と「知恵」からなるからです。

 ユダヤ密教(カバラ)では、知識を禁断の木の実で知られる「知識の木」すなわち「死の木」とし、知恵を「命の木」としました。
 エデンの園においてアダムとエバは「死の木」の実を口にしたがために、堕落したまま永遠の命をもたらす「命の木」へ近付くことを禁じられました。(モーセ 4章
 
 神の歩み知識を正しく用いて知恵にするのです。



  地蔵菩薩

 イエス・キリストが救うのは生きている人間だけではなく霊界にいる死者のをも救います。
 霊界の獄の人々を救うのが、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)です。

 地蔵菩薩 サンスクリットでクシティ・ガルバは、クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で意訳して「地蔵」といいます。
 苦悩の人々をその無限の慈悲の心で包み込み救うところから名づけられたとされます。

 釈迦が入滅して弥勒菩薩が下生するまでの間、地蔵菩薩が霊界の人々を救う役目を担います。
 地蔵菩薩は、すべての人々を救おうとするイエス・キリストを表しているのです。
 
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 キリストは生前に多くの人々を救い、十字架で死んだのち3日間も霊界のパラダイスにくだり、死者たちに福音と救いを宣べ伝えました。
 
 
 キリストも、あなたがたを神に近づけようとして、自らは義なるかたであるのに、不義なる人々のために、ひとたび罪のゆえに死なれた。
 ただし、肉においては殺されたが、霊においては生かされたのである。
 こうして、彼は獄に捕われている霊どもの所に下って行き、宣べ伝えることをされた。 (1ペテロ 3:18-19
 
 見よ、主は義人の中から軍勢を組織し、力と権能をまとった使者たちを任じて、暗闇の中にいる者たち、すなわちすべての人の霊のもとへ行って福音の光を伝えるように彼らに命じられた。
 このようにして、福音が死者に宣べ伝えられたのである。
 選ばれた使者たちは、主の恵みの日を告げ知らせ、束縛されている囚われ人、すなわち、自分の罪を悔い改めて福音を受け入れるすべての人に自由を宣言するために出て行った。
 このようにして、真理を知らずに罪のうちに死んだ者や、預言者たちを拒んで背きのうちに死んだ者に、福音が宣べ伝えられた。 (教義 138:30-32

  霊と霊界 1/2~2/2


 閻魔(えんま)は仏教、ヒンドゥー教などでの霊界の王として死者の生前の罪を裁く神です。

 日本仏教においては地蔵菩薩と同一の存在と解され地蔵菩薩の化身ともされています。

 昔の日本ではどこにでも地蔵が立っていました。
 子供の守り手として知られた穏やかな地蔵が、一変すれば閻魔大王となって人間を裁きます。
 それはまさに、救世主であり子供を大切にしたイエス・キリストが、人間を霊界のパラダイスと霊界の行きに分ける構図と同じです。

 閻魔は、サンスクリットおよびパーリ語のヤマの音訳とされていますが、閻魔は聖書に出てくる「インマヌエル」だという説があります。
 インマヌエルは、イエス・キリストの呼び名の1つでインマヌ(われらとともにいる)とエル(神)を組み合わせた名前で「神われらとともにいます」という意味のヘブル語から出た言葉です。

 インマヌエル → エンマヌエル → エンマと変化したのかもしれません。

 
 それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。
 見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。 (イザヤ 7:14

 それゆえ、主は自らしるしをあなたがたに与えられる。
 見よ、おとめが身ごもって男の子を産み、その子の名をインマヌエルと呼ぶ。 (2ニフ 17:14
 
 マタイは、インマヌエルに関するイザヤの言葉はイエスの降誕の預言であると明確な指摘をしています。
 

 イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。
 母マリヤヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
 夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。
 彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
 
 すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。
 すなわち、「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。
 これは、「神われらと共にいます」という意味である。
 ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
 しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。 (マタイ 1:18-25

 兄弟たちよ、わたしたちはこのような偉大な大義において前進しようではありませんか。
 退かずに前に進んでください。
 兄弟たちよ、勇気を出してください。勝利に向かって進み、進んでください。
 心を喜び楽しませ、大いに喜んでください。地は声を放って歌いなさい。
 死者は、王なるインマヌエルに向かって永遠の賛美の歌を語り出しなさい。
 王なるインマヌエルは、わたしたちが死者を獄から贖えるようにする方法を、世界が存在する前に定められました。
 獄にいる者たちは解放されるのです。
 (教義 128:22

 イエス・キリストは裁き主です。


 父はだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子にゆだねられたからである。
 それは、すべての人が父を敬うと同様に、子を敬うためである。
 子を敬わない者は、子をつかわされた父をも敬わない。
 よくよくあなたがたに言っておく。
 わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである。
 よくよくあなたがたに言っておく。
 死んだ人たちが、神の子の声を聞く時が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きるであろう。
 それは、父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に、子にもまた、自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである。
 そして子は人の子であるから、子にさばきを行う権威をお与えになった。 (ヨハネ 5:22-27

 さて、わたしはすべての者に別れを告げる。
 わたしは間もなく行って、神のパラダイスで安息を得る。
 その後、わたしの霊と体は再び結合する。
 そしてわたしは勝利を得て空中に上げられ、生者と死者双方の永遠の裁き主である大いなるエホバの楽しい法廷であなたがたに会うことになる。アーメン。 (モロナイ 10:34
 
  死者のためのバプテスマ

 

  弥勒菩薩

 経典では釈迦の弟子の1人として登場しますが、弥勒菩薩を1人の神として解釈する場合、弟子の1人とすることにこだわる必要はありません。
 いくら正しい教えであっても時がたてば、教えを伝える僧が勝手な解釈をして、本来の教義が捻じ曲げられてしまうのを釈迦は見通していました。

 釈迦の予言では、釈迦の教えは廃れこの世は終わりを迎えます。
 釈迦の死後、教えが正しく説かれ、それに基づいた生活が行われる時代の正法の世が500年続き、正法に似た仏法の時代の像法の世が500年続き、教えだけが残り本質が見失われてしまう時代の末法が1000年続き、やがて教えのみが存在して悟りに入る人がいない時期の滅法になる釈迦の死後2500年後に、兜率天で修行している「弥勒菩薩」が下生し地上の人々を救います。
 それゆえ弥勒菩薩は未来仏とよばれます。
 釈迦の生没年は諸説あり、死亡年は紀元前550年~紀元前490年とされています。
 つまり、現在は「末法の世」の終わりの直前で、約2010~2050年ごろに弥勒菩薩が降臨することになります。

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 未来に降臨する弥勒菩薩とは、世の終末に地上に再び降臨するイエス・キリストのことです。
 観音菩薩はイエス・キリスト、弥勒菩薩は再臨するイエス・キリストです。

 弥勒菩薩の弥勒とは、サンスクリットで「マイトレーヤ」といいます。
 マイトレーヤとは、ミトラから転用された神名です。

 ミトラは本来「契約」の意味ですが、のちには転じて契約によって結ばれた親密な関係にある「盟友」をも意味するようになりました。
 マイトレーヤはその派生形容詞、名詞で「友好的な、友情に厚い、慈悲深い(者)」の意味となります。

 慈悲も友情もイエスキリストの属性です。


 あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。
 僕は主人のしていることを知らないからである。
 わたしはあなたがたを友と呼んだ。
 わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。 (ヨハネ 15:14-15

 イエス・キリストも契約する神です。

 ミトラとは、バラモン教(古代ヒンドゥー教)にまでさかのぼる古い神で一般にアーリア人が信仰していた太陽神です。 
 もともと古代アーリア人の故郷はコーカサス地方です。
 そこから紀元前13世紀に東へ進み、インド亜大陸に侵入してきたのが、現在のアーリア系インド人です。 
 一方、インド亜大陸にまで侵入せず、その手前でとどまった一派がペルシャ人です。 
 現在、ペルシャ人はイランの国名を掲げていますが、イランとはペルシャ語でアーリアのことです。

 インド人とイラン人は民族的に兄弟なのです。

 音韻(おんいん)の転訛に注目してみましょう。 
 音韻とは、もともと日本語・中国語などで漢字の音を構成する声、音などの総称です。

 インドの「アスラ」がペルシャでは「アフラ」になるのと同様に、アーリア系の「ミトラ」は、ペルシャでは「ミスラ」、もしくは「ミフル」とよばれるようになります。
 このとき、音の最後に「k音」が付加されることがしばしばあり、実際は「ミスラカ」「ミフラク」の発音になります。
 古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』においてはアーディティヤ神群の一柱であり、ヴァルナ神と対をなす、契約の神でした。
 
 マイトレーヤが漢訳されて弥勒=ミロクとなった背景には、次のような転訛がありました。

 ミトラ → ミスラ → ミスラカ → ミフラク → ミラク → ミロク 弥勒
 
 ミスラはクシャーナ朝ではバクトリア語形のミイロとよばれました。

 また、弥勒の実名以外に呼び習わされた名である「阿逸多(あいった)」はミトラの母であるアーディティヤが変化したものといわれています。
 
 つまり、弥勒はインド名をマイトレーヤとされていますが実際は太陽神ミトラに起源をもちます。
 したがって、弥勒菩薩も1人の菩薩としてだけではなく太陽神ミトラにまでさかのぼって考えてみる必要があります。
 ミトラはアーリア人の太陽神ですが時代によって少しずつ性格を異にし、当初は確かに太陽神であり光明神でした。
 紀元前4世紀ごろ、アレクサンドロス3世が東方遠征を開始しギリシャ世界とペルシャ世界、それにインド世界が融合しました。
 宗教が互いに入り混じる状況が生まれたのです。

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 この時代を境にギリシャ文化の彫刻の影響が仏教にもおよび、ガンダーラ(現パキスタン)を中心として多くの仏像が作られたことはよく知られます。
 
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 ガンダーラ地方は当時、アケメネス朝ペルシャの支配下にありましたが、アレクサンドロス3世の遠征軍によって征服されます。
 もちろんこの地方にも多くのギリシャ人が入植します。
 そののちに遠征軍は撤退を始め、ここが最果てのギリシャ人都市となりました。
 一方、ペルシャの太陽神ミトラ信仰は、ギリシャ、ローマ世界にも広がりました。 
 紀元前1世紀に、ローマは小アジアキリキアの南部沿岸地方を次々と征服し、戦いで捕らえた多くの人々をローマへ連れて行きました。
 これによって偶像礼拝ローマ帝国に持ち込まれたのです。

 釈迦は、偶像礼拝をを弟子に堅く禁じていました。
 これは原始ユダヤ教、原始キリスト教、原始神道と同じす。
 神の教えは、偶像礼拝を禁じています。
 しかし、釈迦の死の500年後、人々は外敵から国土を守って欲しいため仏陀の偶像が多数彫られました。

 

 
  ミトラ教

 ミトラ教のミトラはとくにローマ帝国においてはローマ風に「ミトラス」とよばれ、一種独特な密儀宗教へと発展します。
 ミトラ教はローマで主に紀元1世紀~4世紀にかけて、キリスト教と並ぶ救済宗教として絶大な支持を集めていました。
 各地にミトラ神殿が建立され、歴代ローマ皇帝の中にもミトラ神を政治的に利用するだけではなく信仰した者がいました

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 ミトラ教の密儀の特徴は殺牛にあり、儀式に参加した人間は暗い洞窟の中で殺牛儀式を行いました。
 ミトラが天の牛を殺すことによって、世界を救ったという伝説にちなみます。

 古いキリスト教の教会はミトラ教の神殿を破壊して造られたことが分かっています。
 キリスト教徒がミトラ教の神の上に教会を造ったわけは、ミトラ教の神がイエス・キリストだからです。


 ミトラが天の牛を殺すことによって、世界を救ったという伝説は、イエスが犠牲の儀式をやめさせ世界を救うための贖罪を行ったと解釈できます。
 旧約時代に後世に犠牲になるイエス・キリストの雛形とする牛などの犠牲を生け贅としてささげていました。
 そして、イエスが全人類の罪を背負って十字架上で最後の犠牲の生け贄となったので、そののちは動物の生け贄の儀式は行いません。

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 獅子頭と翼をもち蛇が体に巻きつた異貌の神像がこれまでに約40体ほど発見されていますが、神名やミトラ教においてどのような役割をもつのか、文献による証言をはじめミトラ教の碑文にないために正体は不明です。

 「獅子」はユダ族の血統を表し、イエス・キリストはユダ族の血統です。
 ヤコブが子供のユダ祝福師の祝福を与えたとき、ユダは「獅子の子」と「成人の獅子」の両方にたとえられ、キリストの来るときまでつえが彼の子孫から離れることはないと約束されました。


 ユダよ、兄弟たちはあなたをほめる。あなたの手は敵のくびを押え、父の子らはあなたの前に身をかがめるであろう。
 ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。
 彼は雄じしのようにうずくまり、雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができよう。
 つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。 (創世 49:8-10

 「翼」は神の力を表します。
 
 「蛇」はヤハウェを表します。
 旧約時代に預言者モーセは竿に青銅製の蛇を掲げ、十字架にかかるイエス・キリストの予型にしました。
 モーセの旧約時代には、ヤハウェは蛇として予型にされたのです。

  シンボルを理解していますか?

       mithra456

 ミトラ教は原始キリスト教に酷似しています。
 キリスト教の祭司、水によるバプテスマ、ブドウ酒とパンの聖餐の儀式は、ミトラ教に共通するのです。
 とくにキリストの生誕を祝うクリスマスは、もともとミトラ教の儀式でした。 
 クリスマスの12月25日前はちょうど冬至であり、太陽神であるミトラの死と復活に見立てたのがクリスマスの原型なのです。
 古代アーリア人が崇拝していたミトラは次第にインドやペルシャに広がりました。
 最初ミトラは明るい空に輝く光の神でしたが、のちのローマ時代になると太陽神の性格からギリシャ神話の太陽神であるヘーリオス、光明神の性格をもつアポローンとも同一神であると考えられました。
 太陽の神すなわち太陽神「ソル・インウィクトゥス・ミトラ」として崇拝されるようになりました。
 
 ソール(Sol)は古代ローマにおける太陽神で、紀元2世紀ごろに「無敵の太陽神ソール」としてローマ帝国内で急速に広まり始め、ほとんど主神のように篤く信仰されました。
 ローマ貨幣における図像として用いられることも多く、その4頭の馬にひかれたチャリオット(太陽の戦車)に乗る姿からギリシャのヘリオスと同一視されますが多くのローマの神がそうであるように、ソールはギリシャからもたらされた神ではなくローマ土着の神です。

 ソールとは、もともと北欧神話に登場する太陽の女神です。
 北欧神話とは、キリスト教化される前の古代北欧人の信仰に基づく神話です。
 スカンジナヴィア神話ともよばれ、ゲルマン神話の一種で、ノルウェースウェーデンデンマークアイスランドフェロー諸島に伝わっていた神話の総称です。

 ユリウス・カエサルは、皇帝になって1年目に暦の改革を行い、地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた暦法で、太陽暦の一種のユリウス暦を紀元前45年1月1日から導入します。
 その暦によれば12月25日が1年の中でも最も昼間の短い日、つまり冬至とされました。
 カエサルの時代はこの日は何ら宗教的に特別な意味をもっていた日ではありません。
 ユリウス歴の問題点は天文学的な暦からすれば若干長いことで、以後数百年の間に冬至は少しずつ前にずれるようになり古代後期には12月21日となりました。
 そこでアウレリアヌス帝(即位紀元270年)が12月25日を太陽神ソールの誕生日として国家の祝日として定めました。
 
 しかしながら、そののち冬至が前にずらし誕生祭を変更する天文学的補正は行われず、ソールの誕生祭はこれまでどおり12月25日に祝いました。
 この祝日の最古の考古学的証拠はエジプトのカレンダーにある記載で、紀元3世紀の後半であったとされています。
 そこでは12月25日のメモ書きとして「太陽の誕生日、光が増える……」と書かれています。
 そして同じカレンダーの12月22日には冬至であることが書かれています。

 太陽神を崇拝する人々は、1年で最も昼の短い日である冬至の直後に祭典を行っていました。
 太陽が南半球へ移る瞬間に停滞する時期です。
 太陽がこの最下点から上昇していく様子をミトラの再生と考えたのです。
 そして、ローマ人は毎年12月25日にミトラの誕生日を祝いました。
 この祝日には祭典や祝宴を開き友人に贈り物をし住居を常緑樹で装飾してお祭り騒ぎを展開したのです。

 背教してしまった当時のキリスト教は最大のライバルであるミトラ崇拝を次第に凌駕していきました。
 そして、ミトラの誕生を祝っていた祭りの日をキリストの降誕を記念する日としたのです。

 ローマ文化に深く根ざしていた太陽崇拝は、キリスト教徒の間で最大の祭典の1つに置き換えられました。
 こうしてクリスマスは感謝と喜びの日、人々に活力と善意をもたらす日として今日まで伝えられてきました。
 
 クリスマスの12月25日にイエスが生まれたと多くの人に信じられているのは思い違いです。
 ユダヤ地方の12月25日ごろは、雨季で非常に寒く羊飼いや羊たちが夜に外にいることはありません。
 しかし、『聖書』には羊飼いが夜に外で番をしていたときに天使が現れ、キリストの誕生を告げたことが記されています。

       nativity

 イエスが地上にお生まれになったのは、ユダヤのエルサレムのベツレヘムにおいて、4月6日です。


 この終わりの時におけるキリストの教会の起こり。
 それは、わたしたちの主であり救い主であるイエス・キリストが肉体を取って来られてから千八百三十年であって、第四の月、四月と呼ばれる月の第六日に、神の御心と命令により、わが国の法律にかなって正式に組織、設立された。 (教義 20:1
 
 この教義と聖約20章1節は、元の文章には含まれておらず、教会歴史家ジョン・ホイットマーによって加えられた可能性があり、「わたしたちの主であり救い主であるイエス・キリストが肉体を取って来られてから千八百三十年であって」とは「1830年」のていねいな文章表現で、文章の意味は教会設立の日を指定するものという意見があります。
 教会は公式にイエス・キリストの誕生年月日を教義として公表していません。
 J・ルーベン・クラーク・ジュニア副管長は1958年メルキゼデク神権教科書の『福音書に描かれたわれらの主』で、イエスの誕生は紀元前5年末から紀元前4年初めであったと述べています。

 ジェームズ・E・タルメージ長老は、キリストの誕生日についてのいろいろな学説を概説したのちに、それを現代の啓示と比較し、こう断言しています。
 「私たちは、イエス・キリストがユダヤのベツレヘムにおいて紀元前1年の4月6日にお生まれになったことを信じる。」 (『キリスト・イエス』 p.100)
 
 このことについて、ハロルド・B・リー大管長はこう述べています。
 「1973年4月6日という日は、とくに意義深い日である。
 それは、この日がこの神権時代における末日聖徒イエス・キリスト教会の設立を記念する日であるということだけでなく、私たちの救い主であり、主であるイエス・キリストの生誕を祝う日でもあるからである。」 (「シオンのステークを固くせよ」 『聖徒の道』 1973年10月 p.465)

 1975年4月の総大会で、スペンサー・W・キンボール大管長は次のように述べています。
 「イエス・キリストの名とその意味するものは世界の歴史の奥底に深く根を下ろしており、それが抜き取られることはけっしてありません。
 キリストは4月6日にお生まれになりました。
 神の息子の1人であり、また神の独り子であるキリストの誕生にはこの上ない大きな意味があります。」 (“Why Call Me Lord, Lord, and Do Not the Things Which I Say?”)

 デビッド・A・ベドナー長老は、こう述べています。
 「今日は4月6日です。
 私たちは啓示によって、この日が救い主がまさに降誕された正確な日であることを知っています。
 4月6日は末日聖徒イエス・キリスト教会が組織された日でもあります。(教義 20:1、ハロルド・B・リー “Strengthen the Stakes of Zion,” Ensign 1973年7月 p.2、スペンサー・W・キンボール “Why Call Me Lord, Lord, and Do Not the Things Which I Say?” Ensign 1975年5月 p.4、スペンサー・W・キンボール “Remarks and Dedication of the Fayette, New York, Buildings,” Ensign 1980年5月 p.54、Discourses of President Gordon B. Hinckley, Volume 1:1995-1999〔2005年 p.409参照)」 (「容易に重荷に耐えられるように」 総大会 2014年4月)

 教会はキリストの誕生日に関して正式な公表をしていません。



  キリスト教とミトラ教の共通点

 羊飼いの姿も、ミトラと共通します。
 実際、アゼルバイジャンバクー周辺)のミトラ神話のミトラは羊飼いの姿で人々の前に現れます。

 ミトラもキリストも、「良い牧人」「良い羊飼い」とよばれます。
 ミトラ教では信徒を聖牛に、キリスト教では羊にたとえます。

 ミトラにもイエス・キリストにも、処女の母から生まれた伝説があります。
 
 また、ミトラは岩もしくは洞窟で生まれた伝説があります。

 イエス・キリストが生まれのたが洞窟の「厩(うまや)」(馬小屋)だとする伝説を思わせます。
 キリストも岩の洞窟状の墓から新しく生まれ復活しました。(マタイ 28章

 『聖書』にはキリストが馬小屋で生まれたとは書いていません。
 ルカによる福音書に「初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。」(ルカ 2:7)とあるのみです。
 「飼葉桶」から家畜小屋で生まれたと連想できます。
 当時は家畜を洞窟で飼っていたという説があります。

 紀元2世紀ごろの外典『ヤコブ原福音書』では、イエスは洞窟で生まれたとしています。

 このほかにもミトラが生まれたときには、キリスト生誕のしるし「ベツレヘムの星」のように、天空に見知らぬ星が現れたという説もあります。(マタイ 2章

 クルドのクシン王伝承ミトラにもキリストにも12名の使徒がいます。(『ケウル-ミトラ聖典』の西方ダウル記1 p.9)

 12星座が十二使徒を思わせるからでしょうか、そのまま中心をイエス・キリストに置き換えた図像もこの時期、多数描かれています。

 ミトラは悪の根を絶つために肉体から抜け出て冥府に下り3日後に戻りました。(『ケウル-ミトラ聖典』の西方ダウル記1 p.8)
 キリストは十字架にかけられて死に霊界に行きましたが3日目に復活しました

 ミトラは冥府に降りて悪の根を絶ったのちに、12弟子とともに最後の聖餐をとりました。(『ケウル-ミトラ聖典』の西方ダウル記1 p.8-9)
 キリストは十二使徒とともに最後の聖餐を受け、そののちに十字架にかけられました。

 ミトラは天界に帰るとき、いつかまたここに来て友たちとともに歩むと約束しました。(『ミトラ神学 3』 p144-145)
 キリストも再臨します。
 イエス・キリストは白馬に乗った姿で現れ、同じくミトラも白馬に乗って降臨します。 


 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。
 それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。 (黙示 19:11

 白い馬とは汚れのないことを意味し、また白く輝く日の栄え栄光を表します。
 キリストが実際に白い馬に乗っておいでになるのではなく、再臨のときに主が王としてすべての悪を征服なさることを象徴しているのです。

 イエス・キリストは自分の友とともに最後の戦いで、闇の軍団と戦います。
 ミトラは天に帰る際、自分が再び帰ってきて、光の友と一緒に歩むとの言葉を残しています。
 そして、ミトラの友は最後の戦いで光の天使軍に加わり闇の軍団と戦います。

 ミトラもキリストも、日曜日を聖日とします。
 
 ここまで似ているわけは、ミトラの正体がヤハウェ=イエス・キリストだからです。

 古代アーリア人がヤハウェを指してミトラとよんだのです。
 古代アーリア人の社会の中にも預言者がおりイエス・キリストが降臨することを預言し、その儀式を伝えていたのです。
 したがって、ミトラと起源を同じとする弥勒菩薩も正体はイエス・キリストなのです。

 弥勒菩薩 = ミトラ = イエス・キリスト

 経典では転生して再び人間として生まれてくるように描かれていますが、それは比喩であり象徴です。
 弥勒菩薩が現れるときには、まさに兜率天=天界から、栄光に満ちた聖なる肉体をともなって地上に降臨するのです。
 それはイエス・キリストの再臨です。
 弥勒菩薩は、イエス・キリストで、世の終末に地上へ再臨するイエス・キリストのことを未来仏、弥勒菩薩の下生として仏教では表現しているのです。

 弥勒菩薩が降臨するのは、釈迦入滅の56億7000万年後に、弥勒菩薩が地上に降臨するという預言があります。
 しかし、釈迦入滅の56億7000万年後に、弥勒菩薩が地上に降臨するというのは、誤訳からの誤解です。
 甲骨文字の時代には「年」の字源は「成熟した人」を意味します。
 56億7000万とは、年数ではなく「 人数 」なのです。


 つまり、世界人口が釈迦の生きた時代の約3億~4億人から、さらに56億7000万人増えた時代を示しているのです。
 それは、世界人口が60億人にたっした日です。

 カバラのゲマトリア(数秘術)で、この世を示す「6」が極まる(6+0+……+0=6)した日です。
 
 「6」とは、完全数「7」になりきれない不完全な「この世の人」を象徴します。
 60億人とは、不完全なこの世が極まったことを意味します。

 世界の人口調査を行っている「国際連合人口募金」は、1999年度版人口調査で、10月12日に60億人になったと公表しています。
 この数字は統計学上の推論で1つの目安で、アメリカ商務省経済統計局も本当の世界人口は分かっていません。

 地球が太陽系のすべての惑星から構成される十字架にかけられる形となったグランドクロスの日、1999年8月18日に世界の人口は60億人にたっしたと思われます。

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 グランドクロスの7日前の1999年8月11日に日食が起きました。
 このとき、地球は十字架にかけられたのです。
 2012年12月21日、太陽が銀河の中心を横切る「銀河食」が起こり、地球から見た位置では、地球、太陽、銀河の中心が一直線の棒状になりました。
 そこを横切ったのが、ホロスコープでの、いて座です。

 これは、イエスが絶命したかどうかを確かめるために、わき腹に槍を突き刺したロンギヌスの槍の象徴です。
 地球、太陽、銀河の中心の棒にいて座の矢の先を付けたら、まさしく突き刺した感じになります。

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 したがって、地球は史上最大の人口地帯を横切った日食が起きた日である1999年8月11日から、実際にグランドクロスが起きた18日に十字架にかかり、そして2012年12月21日に絶命したことを表現しています。



  ノストラダムスの真相
 
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 ミシェル・ド・ノストラダムス(1503年12月14日‐1566年7月2日)は、フランスにいたイスラエル12部族のイッサカル族の血統です。
 両親は、熱心なユダヤ教徒でしたが、当時のカトリック教会はカトリック教徒以外を迫害していて、その迫害から逃れるためにノストラダムスは9歳のときに彼の家族とともにカトリック教会に表面上所属しました。 (参照
 
 しかし、彼は聖書の理解が深く神の教えに従いました。
 彼の祖父にユダヤ密教(カバラ)学者のジャン・ド・サン・レミがいました。
 サン・レミは、ユダヤ密教の知識を後継する器として、ノストラダムスを選びました。
 ノストラダムスは家を離れ、サン・レミとの学習生活に入ります。
 ノストラダムスは、フランス語、ギリシャ語、ヘブル語、数学、天文学、文学、さらには化学や医学まで徹底的に訓練学習していきました。
 ノストラダムスは、サン・レミの死後、医学校に行きます。
 そして、 当時の非科学的な医術に対して、科学的に正しい医術で患者を助け、やがて人々から敬愛される「奇跡の医師」とよばれ有名になります。

 イエス・キリストはこの世にいたときに、イエスに従う人々の間に御自身の教会を確立されました。
 しかし、イエス・キリストが天へ帰り、その使徒たちが亡くなったのちに背教が広まったために完全な福音はこの世から取り去られてしまいました。

 個人としてまたは団体として福音の原則に背くとき、その人たちは背教していることになります。
 救い主による教会設立後に「大背教」が起こりました。
 福音の原則は歪められ、教会の組織と神権儀式に独断的な変更が加えられました。

 現在は、完全な福音が回復され神の預言者が召されイエス・キリストの教会があります。
 大背教の間、人類は生ける預言者を通してからの導きを受けることができませんでした。
 人々が勝手に多くの教会が設立しましたが、父なる神とイエス・キリストに関する真の知識に人を導く神権の力がありませんでした。
 聖文の中には歪められたり、取り去られたりした箇所があり、聖霊の賜物を授ける権能をもつ人やそのほかの神権の儀式を執行できる人が1人もいませんでした。

 神権は、神の永遠の権能と権威です。
 神権を通して神は天地を創造し、統治しておられます。
 この権能を通して、神は命の木の永遠の命を与えるために神の子供たちを助けます。
 神は教会のふさわしい男性会員に神権の権能を授け、彼らが神の子供たちの救いのために神の御名によって業を行うことができるようにされます。
 神権者は福音を宣べ伝え、救いの儀式を執行し、地上における神の教会を統治する権能を受けることができます。
 教会には2つの神権、すなわちメルキゼデク神権アロン神権があります。
 メルキゼデク神権は、神の御子の位に従う大神権であり管理する権利を有し、教会におけるすべての職を管理する力と権能をもつ神権です。

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 預言者アブラハムの時代に生きていた偉大な大祭司メルキゼデク(別名セム)にちなんで、メルキゼデク神権とよばれています。(Times and Seasons 6:746 ジョン・テイラー編集)

 メルキゼデク神権には、使徒七十人祝福師大祭司長老の職があり、大神権の長が教会の大管長(預言者)です。

 アロン神権は、大神権すなわちメルキゼデク神権に付属するもので、備えの神権とよばれます。
 アロン神権を与えられて奉仕する神権者が、メルキゼデク神権を受け、神殿祝福にあずかり、愛にあふれる夫や父親となり生涯にわたってたゆまず努力するために備えるからです。

 古代において完全な福音でない備えの福音とよばれるモーセの律法のもとで、レビ族はレビ神権をもち、犠牲をささげたり俗世にかかわる律法のさまざまな儀式にたずさわっていました。
 モーセの律法のもとで、レビ神権のうちの上位のアロン神権の職の1つの祭司に任命されているのは、世襲でありモーセの兄アロンとその息子たち(アロンの子孫の男性)だけでした。 
 古代においてアロンの子孫の男性が保持していた祭司の職は、レビ神権の最高位の職で犠牲として奉納された動物の血を扱ったりしていました。 
 そして、モーセの律法のもとでのアロン神権の管理役員の大祭司は、世襲でありレビ族のアロンの家系の長子を通して受け継がれました。
 つまり、アロンとその息子たちは、アロン神権の祭司に任命され、アロンの家系の長子は、大祭司に任命されました。
 そして、資格ある残りのレビ族(レビ人)たちは、現在の教師や執事に相当する職において働きました。
 キリストの降誕によって、神権の世襲が取り除かれ、部族を問わずふさわしい男子がこの神権を受けることができるようになりました。
 
 ノストラダムスの大背教時代には、大神権はなく神の教会もありませんでした。
 つまり、ノストラダムスは、神権を有しなく神の教会の預言者ではありませんが、予言をする能力を神から与えられていました。


 これは、彼の清い人格とユダヤ密教の知識の理解から得られた、人々をイエス・キリストとやがて回復される神の教会に導くための神の贈り物でした。
 彼自身が「予言は神からきている」と宣言しています。
 
 ノストラダムスは息子あての手紙という形で、『予言集』の解読をする人々へ向けた『息子セザールへの手紙』で、次のように教えています。
 「われわれだけの知識では何も得ることはできず、我々の創造主なる神の奥義の働きによってこそ得られるのだ。
 聖句の『時期や場所は、父が御自分の権威によって定めておかれるのであって、あなたがたの知るかぎりではない』というとおりである。」
 
 「預言者は予言についての純然たる光によって、人間(預言されたことが現れたのを見て知る)と同様にして、神的事柄を知るのであり、それははるか遠くまで広がるのだ。」

 「さあ息子よ、私はここで預言者として名を連ねたが、かの崇高なる聖句の言葉『かつては見る人と言われたが、今や彼は預言者と呼ばれている』は、自分にはとても当てはまらない。
 しかし、私は自分に預言者としての名称は望まない。
 私は死すべき人間にしかすぎないのだ。
 ただ私は自力で、地球からというより感覚的に天から遠くない存在だと言える。
 私は正しいことをなし、失敗することのないように仕向けられている。」 

 「それゆえ息子よ、お前の感じやすさにもかかわらず、のちに起こった事柄を理解し、天の光や預言の霊によって語ってほしいのだ。」 (『息子セザールへの手紙』)
 
 
 そして、ノストラダムスは占星術などを禁じています。
 聖書では明確に占いや霊媒(口寄せ)の類いを禁じているのです。
 
 
 あなたがたのうちに、自分のむすこ、娘を火に焼いてささげる者があってはならない。
 また占いをする者、卜者、易者、魔法使、呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない。
 主はすべてこれらのことをする者を憎まれるからである。
 そしてこれらの憎むべきことのゆえにあなたの神、主は彼らをあなたの前から追い払われるのである。
 あなたの神、主の前にあなたは全き者でなければならない。
 あなたが追い払うかの国々の民は卜者、占いをする者に聞き従うからである。
 しかし、あなたには、あなたの神、主はそうすることを許されない。 (申命 18:10-14

 男または女で、口寄せ、または占いをする者は、必ず殺されなければならない。
 すなわち、石で撃ち殺さなければならない。その血は彼らに帰するであろう』」。 (レビ 20:27
 
 人々は、占いや霊媒の答えが神から出たのか悪魔から出たのか分からない危険があります。
 この世の霊媒は、悪魔から出ています。
 
 
 ノストラダムスの当時は、錬金術化学、占星術と天文学の境がまだ曖昧だったため、ノストラダムスを占星術師と誤解する人々もいます。
 ノストラダムスは、正確な時計がない時代、悪魔さえも偽造できない「天の大時計」を使用し、星の位置の組み合わせによって「時」を示したのです。
 
 ノストラダムスの予言書を正確に解釈するには、言語、聖典の正しい知識理解している条件が必要です。
 
 『予言集』を理解できない愚かなる批判家たちは、結果的に神聖なる神の言葉を混乱させ人々を誤った方向へと導くことになります。
 
 ノストラダムスは警告として『愚かなる批評家にささげる詩』を残しています。
 
 「これらの詩を読む人々へ
 彼らに充分成熟した心で考えさせたまえ
 神聖さを汚すことがないように
 そして、無知なる人々を探求におもむかせ
 すべての占星術師ども 愚か者 異邦人を招き寄せたまえ
 さもなければ、彼らの行為は神聖さの前でその掟により大いなる罰が下されよう。」<

 
 彼が残した予言書の『予言集』(諸世紀)は、神からの預言なので当然外れません。
 ユダヤ密教を理解していない解読者が誤っているだけです。
 『予言集』は、カトリック教会の迫害を防ぐ意味もあり、象徴やたとえを用いて予言詩を残しました。
 彼の生きていた時代からずっとのちに、完全な福音と神の預言者と教会が回復される予言が『予言集』の最も重要な予言です。

 『予言集』の冒頭には、「ユダヤ密教」、福音の基本を理解している証拠を賢明な読者だけに分かるように記しています。

 Estant assis de nuit secret estude,
 Seul repous sus la selle d'rain:
 Flambe exigue sortant de solitude,
 Fait proferer qui n'est croire vain.
 
 夜に秘密の書斎で着座し
 1人青銅の三脚椅子に休む
 淡い火が静寂の中に出現し
 信じるに値することを自分に語らせる (1:1)

 「三脚椅子」によって、思いや望み、目的において一致している同一のグループの三方である「神会」を表しています。

 La verge en main mise au milieu de BRANCHES
 De l'onde il moulle & le limbe & le pied.
 Vn peur & voix fremissent par les manches,
 Splendeur diuine. Le divin prs s'assied.

 神殿の中央で棒を手に
 足と棒を水に浸し
 畏敬と声が袖を通じて震える
 神々しい輝き、神が傍らにおられる (1:2)

 ノストラダムスの生きていた時代は、ルネサンスのころで、古典ギリシャとローマ文化の再発見が盛んに奨励されていました。
 ノストラダムスは、次のように述べています。
 「ときの統治者、各党派、並びに宗教と信仰の分野の人々から、足で踏みつけ、向きなおってかみつかれないようにした。」 (『息子セザールへの手紙』)
 
 国や政治や宗教にかかわる人々に、焚書にされないように工夫したのです。
 
 『予言集』の冒頭にある2つの4行詩は、古代ギリシャの文学である「デルポイに住む巫女のピティアが、1人で三脚椅子に休みながら神託を受ける」場面と同様の描写になっています。
 原文で大文字で記された「ブランシュ」(BRANCHES)は、「ブランコス」(Branchos)のラテン語形「ブランクス」(Branchus)のことです。
 ブランコスは山中で家畜を追っているときにアポローンから予言の能力を授けられ、小アジアミレトス南方のディデュモイにアポローンの神託所を開設しました。
 したがって、「ブランシュ」(BRANCHES)とは、アポローンの神託所、つまり「神殿」を表しています。
 神殿とは主の宮であり、書斎に神が来られるので、神殿と表現したのです。
 また、冒頭の一文は、新プラトン主義を唱える、ムグリクスの著書である『エジプトの神秘』の中の「ブランクスの巫女は、神聖な場所に腰を落とし、杖を手に持ち、足先と衣の裾を水に浸ける。こうして女は神と交わり予言を語る」ともそっくりです。
 
 そして、この『エジプトの神秘』にいたるきっかけは、ノストラダムスが韻文訳にした『オルス・アポロ』でした。
 
       Foot washing2

 「足と棒を水に浸し」とは、洗足の儀式を暗示させます。
 十字架にかけられる少し前に、イエスは使徒たちの足を洗われました。
 こうすることによって、律法に基づいたユダヤ人の習慣を守り、それを儀式として確立されました。
 
 
 ペテロはイエスに言った。
 「わたしの足を洗っていただくには及びません。」
 イエスは彼に答えられた。
 「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもなくなる。」
 シモン・ペテロはイエスに言った。
 「主よ、では、足だけでなく、どうぞ、手も頭も。」
 イエスは彼に言われた。
 「すでに手と頭を洗っている者は、足のほかは洗う必要がない。
 全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。
 しかし、みんながそうなのではない。」
 さて、これは彼らの律法の下でのユダヤ人の習わしであったので、イエスは律法を成就するためにこれを行われたのである。 (ジョセフ・スミス訳 ヨハネ13:10
 
 聖徒たちがカートランド神殿を建築していたとき、ジョセフ・スミスは洗足の儀式は神殿の中で行うべきものであると述べました。
 
 この儀式は、神殿の中で受ける大いなる儀式のうちの一部となるものでした。
 初期の教会指導者たちをその働きに備えるために、この儀式は執行されました。
 同じように、私たちも神殿の儀式を受けることによって、この世で召される業を行うための力を授けられるのです。
 
 ノストラダムスは、主から召され、この世で業を行うための力を授けられたと暗示させる文章を記したのです。

 ノストラダムスは、神からの賜物である予言は外れるようなものではなく、多くの事件を予言しジョセフ・スミスや末日聖徒イエス・キリスト教会のことも予言しました。
 
 
 ノストラダムスの予言詩にこうあります。

 L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
 Du ciel viendra vn grand Roy deffraieur
 Resusciter le grand Roy d'Angolmois.
 Auant apres Mars regner par bon heur.
 
 1999年、7か月
 天から地に落とされた恐怖の大王は 
 アングーモアの大王を蘇らせようと
 その前後にマールスは幸福の名のもとに支配するだろう (10:72)
 
 
 歴史的背景を知る必要があります。
 フランス西部のアングーモアで、1358年に起きたフランスの農民一揆がありました。
 加わった人々は、百年戦争で生じた大飢饉から民衆を救うために戦いました。

 百年戦争は、フランス王国の王位継承をめぐるヴァロワ朝フランス王国と、プランタジネット朝ランカスター朝イングランド王国の戦いで、現在のフランスとイギリスの国境線を決定した戦争であり、両国の国家体系と国民の帰属意識は、この戦争を通じて形成されました。
 
 自らを「グランド・サタン」と名乗る男が首領になったとたん一揆の人々は豹変し、大強盗団と化して民衆を襲い苦しめました。
 この首領のことが「アングーモアの大王」です。
 
 「マールス」とは、ローマ神話の戦いの神「軍神」であり、「軍神」は世界一の軍事国家のアメリカ合衆国を指します。
 
 2行目の「天から地に落とされし、恐怖の大王」とは、サタンを指します。
 
 「7か月」は、1999年ごろの7か月であり、1998年8月21日、アメリカが対テロリズム戦争としてアフガニスタンスーダン宣戦布告なしでトマホークミサイルを打込み、のちに続く戦争は始まりました。
 軍神のアメリカは、平和を盾に支配に乗り出したのです。
 サタンに従うに者たちの「秘密結社」がある軍事大国であるアメリカが、首尾良く世界支配に乗り出すというのがこの予言です。

 すべて予言のとおりになっています。
 
 1998年8月21日、ホロスコープ上で地球は十字架にかけられています。
 
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 しかも四隅に獅子座、牡牛座、水瓶座、蠍座が配置されています。
 水瓶座、獅子座、牡牛座、蠍座は互いに90度の角度をもって十字に配置されていて、宇宙の東西南北を示しているのです。
 ノストラダムスの時代は、蠍座が鷲座とされていました。
 
 ホロスコープの四方に配置される生き物は、獅子、牛、人間、鷲となります。
 これは、「神の玉座メルカバー」が地球に配置されたことを意味します。
 
 中央に神がいて、その周りの四方に、4つの獣がいる神の御座をメルカバーといいます。(英語 参照)(エゼキエル 1:4-26
 
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 メルカバーの4つの獣は、それぞれ四方を向いていて、人の顔は人が水をくむ水瓶座、獅子は獅子座、牛は牡牛座、鷲は昔は鷲座だった今の蠍座を示しています。
 メルカバーは天の宇宙の四方を示す方位の象徴でもあります。


 御座からは、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが、発していた。
 また、七つのともし火が、御座の前で燃えていた。
 これらは、神の七つの霊である。
 御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。
 御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。
 第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶ鷲のようであった。
 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。
 そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。
 昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。 (黙示 4:5-8

 ジョセフ・スミス訳では、「御座のそば近くそのまわりには」が、「御座のそばにいた二十四人の長老とそのまわりには」になっています。

 
 ヨハネは、御座の前に「七つのともし火」があったと記しています。
 それを「七つの霊」とも記していますが、最も清い聖数「7」である7つのともし火は7つの純金の燭台であり、7つの霊とは神の7人の僕を示しています。
 
 また、ヨハネは御座の前に水晶のような「ガラスの海」が広がっているとも述べています。
 「最後の裁き」のあと、地球も復活しガラスの海のような日の栄えの身体になり、日の栄えの王国に移動します。


 神が住んでおられる所は、一つの雄大な「ウリムとトンミム」である。
 この地球は、聖められて不滅の状態になると、水晶のようになり、そこに住む者たちにとって一つの「ウリムとトンミム」になる。
 そして、これによって下位の王国、すなわち低位のすべての王国に関するすべてのことが、そこに住む者たちに明らかにされる。また、この地球はキリストのものとなる。
 そのとき、黙示録第二章十七節に述べられている白い石は、それを受ける各個人にとって一つの「ウリムとトンミム」になる。
 そして、これによって高位の王国に関することが知らされる。
 日の栄えの王国に来る各人に一つの白い石が与えられる。
 その石の上には新しい名前が記されており、それを受ける者のほかにはだれもそれを知らない。
 その新しい名前は鍵の言葉である。 (教義 130:8-11

  ヨハネの黙示録 2章参照

 
 問い。黙示録第四章六節でヨハネにより述べられているガラスの海とは何か。
 答え。それは聖められた、不滅かつ永遠の状態にある地球である。 (教義 77:1

       地球 日の栄え

 ガラスの海とは、汚れのない水晶のような世界を示唆する比喩で、すべてが終わった状態を示しています。
 隅々まで光が行き届いた状態ですべてがクリアになった地球、この世が役目を終え終焉した姿なのです。

 ブリガム・ヤング大管長は、次のように述べています。
 「この地球は日の栄えの天体となる。
 すなわちガラスの海のようになり、1つのウリムとトンミムのようになる。
 そして、何か知りたいことがあるとき、この地球をのぞき込めば、神にかかわる永遠の事柄がすべて分かるのである。」 (『説教集』 8:200)
 
 ガラスの海が出現するのは、物質がすべて超高熱のプラズマの火で焼き尽くされたあとです。

        8007722

 御座に座る神は、光であるプラズマを支配する存在です。
 神の体は、超高エネルギーの日の栄えの栄光を生じさせ、永久ではなく時間をも超越する永遠の体であり、視覚的に表すと白く発光する神の姿となります。

       eb8804

 問い。同じ節の中で述べられている四つの生き物によって、わたしたちは何を理解すべきか。
 答え。それらは黙示者ヨハネが神のパラダイスである天、および人と獣と這うものと空の鳥の幸福を描写するのに用いた比喩的な表現である。
 霊のものは現世のものの形であり、現世のものは霊のものの形である。
 人間の霊はその体の形であり、また獣の霊、および神が創造されたほかのあらゆる生き物の霊も同様である。 
 問い。それらの生き物が持っていた目と翼によって、わたしたちは何を理解すべきか。
 答え。それらの目は、光と知識の表れである。すなわち、それらは知識に満ちている。
 また、それらの翼は力の表れであり、動く力や、行動する力などを表す。 (教義 77:2-4
 
 それぞれの領域において救いを受けたこれらの生き物は、実際の生き物でしたが、「永遠の幸いを享受する」(教義 77:3)ことになるはずの生き物(人、獣、這う物、鳥)の階級を象徴的に表しているのです。
 1843年4月8日土曜日にノーブーで開かれた大会における説教の中で、ジョセフ・スミスは、ヨハネの記述にある天で見た生き物について説明し、さらにヨハネの述べた生き物と昔の預言者たちの語った生き物とを比較対照しました。
 教義と聖約 第77章2から4節の説明は、ペラティア・ブラウン長老が、ヨハネの黙示録 第5章8節を誤って解釈し、この四つの生き物は地上における神の王国の異なった段階を表していると述べたために行われました。

 また、ジョセフ・スミスはある説教で動物の復活について語っています。
 しかし、そのときもそれ以上のことは述べていません。(『教会歴史』 5:343参照)
 
 聖典には日の栄えの王国にいる動物について記されているだけで、ほかの王国に行くかどうかは憶測の域を出ません。
 しかし、ジョセフ・フィールディング・スミス長老は、動物が3種の栄えの王国に分けられることは「大いにありえる」と語っています。(『インプルーブメント・エラ』 1958年1月 p.16-17)

 動物は動物が復活して来世でもとの飼い主のもとへ行くということはありえます。
 オルソン・F・ホイットニー長老は、ジョセフ・スミスが愛馬と永遠に住む日を待ち望んだと記しています。(『インプルーブメント・エラ』 1927年8月 p.855)
 
 人間は神の子供であり、動物は人間のために存在しています。
 しかし、そうだからといって、動物に対する責任をなおざりにしてよいということではありません。
 あらゆる時代の預言者が、動物にも公正と慈悲をもってその扱いに責任をもつように述べています。 

 ジョセフ・F・スミスは、次のように述べています。
 「数年前、イエローストーン国立公園に行ったとき、私は小川や美しい湖を小鳥たちが少しも人を恐れないで泳いでいるのを見た。
 小鳥たちは飼い鳥のように通行人がそばを通っても恐れなかった。
 また、美しい鹿の群れが道路の傍らに集まっており、家畜のように人を恐れなかった。
 それを見たとき、私はこの地上で中でもシオンの住民の中で、誰も傷つける者、悩ます者のいない時代が来るのをかいま見たような気がした。
 これらの鳥は、もしも人の住んでいるほかの地域に行けば人なつっこいので簡単に狩猟家のえじきになることだろう。
 同じことがあの美しい動物、鹿とカモシカについてもいえる。
 もし彼らが、公園の保護区を迷い出ると当然彼らの命をねらう人々のえじきとなることだろう。
 
 私はどうして人が動物の命を奪いたいというような血に飢えた望みをもつようになるのか全然理解できない。
 小鳥を何百羽と撃ち殺す『スポーツ』を楽しんでいる人々を私は知っている。
 私たちの中にもそのような人々がいる。
 彼らは1日のスポーツが終わると、害のない鳥をどれだけ殺したかを自慢し合う。
 そして猟の許されている期間中、毎日何十人、何百人という人々が狩りに行くのである。(鳥たちにも保護の期間が設けてあって危険を気遣う必要のないときがある)
 狩猟解禁の朝早く、大軍隊が戦闘を始めたかのような鉄砲の音がとどろきわたる。
 そして、罪のない小鳥たちの虐殺が行われるのである。
 
 食料として必要でないかぎり、誰も動物を殺してはならないと私は考えている。
 人の食用とならない罪のない小鳥を殺してはならない。
 命のある動物を殺そうとすることは、人にとって悪いことだと私は思う。
 ある著名な人々が、動物の血を流すことを楽しみのようにしているのを見て、私は驚いたことがある。
 動物の血を流すことは間違っている。」 (Gospel Doctrine 『福音の教義』 p.265-66)
 
 ジョセフ・スミスは機会をとらえて陣営の隊員に、自然資源を大切にし無役な殺生はしないように教えています。
 ある日の午後、テントの設営をしていたジョセフたちは、3匹のガラガラ蛇を見つけました。
 ほかの人たちが殺そうとしてるのを見て、ジョセフはこう言っています。 
 「かまわないでおきなさい。傷つけてはなりません。
 神の僕が蛇の毒と同じような攻撃性をもち続けて蛇と敵対している間は、蛇もその毒を失なわないでしょう。
 蛇よりもまず人が先にほかに害をおよぼさない者とならなければならないのです。
 人が悪意をもつ傾向をなくして動物を殺すのをやめるとき、ライオンと小羊がともに生き乳飲み子が蛇と安全に戯れるようになるのです。〔教義 101:26イザヤ 11:6-8〕」
 そこで3匹の蛇は、棒で川の向こう側に運ばれ放されました。
 ジョセフ・スミスは陣営の隊員に、飢えを避けるためにどうしても必要であるとき以外はどのような動物も殺さないようにと教えました。(History of the Church 2:71-72)

 多くの預言者が人は現世で動物を正しく扱わなければならないとしばしば教えていますが、永遠における動物の状態についてはほとんど語っていません。
 それよりも人が福音に従い、天父のみもとに帰れるようにふさわしく生活することの大切さのほうが強調されています。
 そうすれば、おのずとそのような疑問も明らかになるからです。
 

 巻物を受けとった時、四つの生き物と二十四人の長老とは、おのおの、立琴と、香の満ちている金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。
 この香は聖徒の祈である。 (黙示 5:8

 預言者ジョセフ・スミスは、主は「きわめて気高く、また栄光に満ちた重要なもの、すなわち神の王国の栄光と尊厳とを表すのに、野蛮な動物をその表象として」使わないと教えました。
 神は「上位のものを表すためにそれよりも下位の表象を」使われないのです。 (『預言者ジョセフ・スミスの教え』 p.288-289)
 
 解釈に混乱が生じた原因の1つは「生き物」あるいは「獣」の言葉が、ヨハネの黙示録の中で2つの意味で用いられている点にあります。

 ジョセフ・スミスは、この説教の中でその2つの用法について触れています。
 ヨハネが天にいる実際の動物について述べた箇所では、「ゾーン」とギリシャ語が使われています。
 「ゾーン」は翻訳すると「生き物」の意味です。
 一方、ヨハネが現世の堕落した王国、言い換えればサタンの王国の象徴として「獣」の言葉を使うときには、「野の獣」と訳されるギリシャ語の「セリオン」の語を使っています。
 このように「生き物」と訳されている「ゾーン」の語は天で見た実際の動物を表し、一方「獣」と訳されている「セリオン」の語は象徴的概念を表すときに使われています。

 ジョセフ・スミスは、この2つの語の意味を次のように説明しています。
 「神は預言者たちに与えた示現の中で、獣を象徴として使われたが、それは堕落して自らの選びによって腐敗し野蛮になり獣のようになった王国、すなわち邪悪な世の堕落した王国を表すために使われたのである。
 しかし、神は御自分の王国を表す象徴として、獣を使ったり、そのほかの野蛮な動物を使ったりされたことは一度もない。……
 昔の預言者たちが語った示現や象徴と、ヨハネの黙示の中で述べられている示現や象徴との間には大きな差異がある。……
 預言者たちが言おうとした本来の意味と現在の翻訳との間には大きなずれがある。
 預言者たちは、獣あるいは獣たちを見たと言わず、獣の象徴を見たと言っているのである。
 ダニエルが見たのは、実際の熊や獅子ではなく、熊や獅子の象徴であった。
 預言者たちが獣について語っている
 箇所はすべて『獣』ではなく『象徴』と翻訳すべきであった。
 しかし、ヨハネが天で見た動物は、実際の獣である。
 それは獣たちが実際に天に存在しているのをヨハネに示したのであって、地上に存在するものの象徴として示されたではなかった。……
 ヨハネは、不思議な姿形をしたさまざまな動物が天に存在しているのも目にした。
 彼は天にいるすべての生き物を見た。
 あらゆる動物や鳥や魚が実際に天にいて、神に栄光を帰している光景を見たのである。
 あなたがたはこれをどう証明するだろうか。……


 またわたしは、天と地、地の下と海の中にあるすべての造られたもの、そして、それらの中にあるすべてのものの言う声を聞いた、「御座にいますかたと小羊とに、さんびと、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくあるように」。 (黙示 5:13

 おそらくヨハネは、何千種類もの生き物が天にいるのを見たと思われる。
 これは、何万何千の地球のような星から救われた生き物であって、現在の私たちには想像もつかない変わった種類の動物がことごとく天にいたと考えられるのである。
 これらはすべて天で見ることができる生き物である。
 この大いなる奥義が与えられたのは、天に存在するものをヨハネに示すためであった。
 こうしてヨハネは、神が御自身の手で造られたすべてのもの、すなわち獣や鳥、魚、人などすべてを救うことによって御自身の栄光を受けられたことを学んだのである。
 そして、神は今後もこれらの生き物をもって御自身に栄光を受けられるであろう。
 『私は獣の救いを信じられない』と言う人がいる。
 あなたにこのように告げる人がいるとすれば、その人は啓示が真実でないとあなたに告げている。
 ヨハネは神に栄光を帰す生き物の声を聞き、それを理解した。
 生き物を造られた神は、それらの生き物が語るすべての言葉を理解おできになった。
 4つの生き物は、彼らの創造の目的をたっした最も来高い生き物であり、ほかの世界から救われた物であった。
 というのは、彼らは完全であったからである。
 彼らは彼らの天体における天使のような存在であった。

 彼らがどこから来たのか告げられていないし、私はそれを知らない。
 しかし、彼らが神をたたえ、栄光を帰しているのをヨハネは目にし、耳にしたのである。」 (『預言者ジョセフ・スミスの教え』 p.289-292)

 ヨハネは、天界の実際のさまざまな生物を見ていました。
 御座を囲む四方にいる4つの不可思議な生き物は、天の生物であり、生き物(人、獣、這う物、鳥)の階級の象徴として表現されました。

 
 第一の生き物はししのようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶわしのようであった。
 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。
 そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。
 昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。 (黙示 4:7-8

 これらの4つの獣は生物の種類を表わし、エゼキエルの示現の生き物の顔も同様です。


 わたしが見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた。
 その火の中に青銅のように輝くものがあった。
 またその中から四つの生きものの形が出てきた。
 その様子はこうである。
 
 彼らは人の姿をもっていた。
 おのおの四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。
 その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のように光っていた。
 その四方に、そのおのおのの翼の下に人の手があった。
 この四つの者はみな顔と翼をもち、翼は互に連なり、行く時は回らずに、おのおの顔の向かうところにまっすぐに進んだ。
 顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。
 四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。
 彼らの顔はこのようであった。
 その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の二つをもってからだをおおっていた。
 彼らはおのおのその顔の向かうところへまっすぐに行き、霊の行くところへ彼らも行き、その行く時は回らない。
 この生きもののうちには燃える炭の火のようなものがあり、たいまつのように、生きものの中を行き来している。
 火は輝いて、その火から、いなずまが出ていた。
 生きものは、いなずまのひらめきのように速く行き来していた。 
 わたしが生きものを見ていると、生きもののかたわら、地の上に輪があった。
 四つの生きものおのおのに、一つずつの輪である。
 もろもろの輪の形と作りは、光る貴かんらん石のようである。
 四つのものは同じ形で、その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。
 その行く時、彼らは四方のいずれかに行き、行く時は回らない。
 四つの輪には輪縁と輻とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた。
 生きものが行く時には、輪もそのかたわらに行き、生きものが地からあがる時は、輪もあがる。
 霊の行く所には彼らも行き、輪は彼らに伴ってあがる。生きものの霊が輪の中にあるからである。
 彼らが行く時は、これらも行き、彼らがとどまる時は、これらもとどまり、彼らが地からあがる時は、輪もまたこれらと共にあがる。
 生きものの霊が輪の中にあるからである。
 生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。、
 大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの二つの翼をもって、からだをおおっている。
 その行く時、わたしは大水の声、全能者の声のような翼の声を聞いた。
 その声の響きは大軍の声のようで、そのとどまる時は翼をたれる。
 また彼らの頭の上の大空から声があった。彼らが立ちとどまる時は翼をおろした。 (エゼキエル 1:4-25
 
 
 エゼキエルが示現で見た「大いなる雲」とは、実際の物理現象でも説明できます。
 低温で水蒸気が飽和状態にある条件の高空ではちょっとしたきっかけで直ぐに雲が発生し、プラズマは水蒸気を空気中で発生させます。

 モーセを導いた雲の柱や火の柱は、プラズマの物理作用で夜はプラズマ発光によって光ります。
 霊体はプラズマです。 


 主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。
 昼は雲の柱、夜は火の柱が、民の前から離れなかった。 (出エジプト 13:21-22

 そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。
 モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
 雲が幕屋の上からのぼる時、イスラエルの人々は道に進んだ。彼らはその旅路において常にそうした。
 しかし、雲がのぼらない時は、そののぼる日まで道に進まなかった。
 すなわちイスラエルの家のすべての者の前に、昼は幕屋の上に主の雲があり、夜は雲の中に火があった。彼らの旅路において常にそうであった。 (出エジプト 40:34-38
 
 
 エゼキエルは、神の御座が4つの生き物の上にあるのを見ています。

 エゼキエル 1:4-26
 
 
 彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。
 またその位の形の上に、人の姿のような形があった。
 そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。
 わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見た。
 そして彼のまわりに輝きがあった。
 そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。
 主の栄光の形のさまは、このようであった。
 わたしはこれを見て、わたしの顔をふせたとき、語る者の声を聞いた。 (エゼキエル 1:26-28

 この配置は、人、獣、あらゆる生き物に、神はふさわしい階級に従って永遠の栄光に入るための手段を備えて、神自身ですべての生物の支配権をもっていると示しています。


 その足はまっすぐで、足のうらは子牛の足のうらのようであり、みがいた青銅のように光っていた。 (エゼキエル 1:7

 7節の「まっすぐ」の語は、座ったときやひざまずいたときに曲がらずに垂直なことを意味します。
 この状態を推測すると、この生き物は人のようには歩かない動物であると思われます。
 足の裏を子牛の足の裏にたとえたのは、ひづめの滑らかさと艶やかさが、よく磨かれた光沢のある青銅製の物に表現するのに適していたからのようです。


 翼は互に連なり、行く時は回らずに、各々顔の向かうところにまっすぐに進んだ。
 顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。
 四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。
 彼らの顔はこのようであった。
 その翼は高く伸ばされ、その二つは互に連なり、他の二つをもってからだをおおっていた。 (エゼキエル 1:9-11

 エゼキエルの見た示現の生き物は、完全な調和と一致を見せています。
 それらは1つになって働き、神の御心に従うすべての生き物の間の全体の調和を象徴しています。

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 これは「命の木」を暗示します。

 だから、「炭の火」や「たいまつ(松明)」の火のような閃光が「いなずま(稲妻)」となって、パス(小径)の間を行き交うのです。
 それがセフィロトを下りながら、同時に各セフィロトを行き交い続けます。

 4つの生き物が向かう所にまっすぐに進んだとあるのは、それが「不変の位置」に存在するからです。

 ここで重要なのは比喩にも事実が含まれていることで、用いる比喩が現実と無関係なら比喩は意味をなしません。

 そこで4つの生き物をあらためて見てみると、「人、獅子、雄牛、鷲」となり、それぞれ霊長類、肉食獣、草食獣、鳥類の王とよばれるに相応しい風格を備えた生き物ばかりです。
 人はすべての生き物に秀でた存在で、また鷲はすべての野鳥に抜きんでています。
 牛はあらゆる家畜に、獅子はすべての野獣に抜きんでています。
 百獣の王たる獅子は、ピラミッドを含むソロモン神殿の前にも鎮座しています。
 雄牛は聖なる生き物の代表格で、捨てる部位のないことからイスラエルでは幡祭のためにささげられました。
 鷲はすべての猛禽類の王で、力強さの象徴です。
 人、獅子、牛、鷲は、個々の生き物の世界観を象徴します。
 それぞれに主権を受け、すばらしい特性を授けられていますが、すべて神の力の下に服しています。
 これらが神の玉座を囲んでいるのは、それぞれが神にとって重要な意味のある生き物であると表しています。

 それぞれの領域において救いを受けたこれらの生き物は、実際の生き物でしたが「永遠の幸いを享受する」(教義 77:3)ことになるはずの生き物(人、獣、這う物、鳥)の階級を象徴的に表しているのです。
 これらは、いくつかの種類の生き物が永遠の幸福を享受するときのそれぞれに定められた創造の階級、領域についての神の栄光を表現するためにヨハネに示されました。
 
 ヨハネは四つの生き物が神の前にいて、神に「栄光とほまれとを帰し、また、感謝をささげている」(黙示 4:9)光景を目にしました。
 
 ジョセフ・スミスは、こう述べています。 
 「ヨハネは神に栄光を帰す生き物の声を聞き、それを理解した。
 生き物を造られた神は、それらの生き物が語るすべての言葉を理解おできになった。
 4つの生き物は、彼らの創造の目的をたっした最も気高い生き物であり、ほかの世界から救われた物であった。
 というのは、彼らは完全であったからである。
 彼らは彼らの天体における天使のような存在であった。
 彼らがどこから来たのか告げられていないし、私はそれを知らない。
 しかし、彼らが神をたたえ、栄光を帰しているのをヨハネは目にし、耳にしたのである。」 (『預言者ジョセフ・スミスの教え』 p.292)

 中央に神がいて、その周りの四方に、4つの獣がいる神の御座をメルカバーといいます。 (英語 参照
 
 
 またその中から四つの生きものの形が出てきた。
 その様子はこうである。
 彼らは人の姿をもっていた。
 おのおの四つの顔をもち、またそのおのおのに四つの翼があった。 (エゼキエル 1:5-6
 
 顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。
 四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。 (エゼキエル 1:10


 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。
 そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。
 昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。 (黙示 4:8

 「目」とは、光と知識の表象であるといえ、それらは知識に満ちています。
 この「翼」の意味は、力の表象であり、動く力や行動する力などを表しています。
 4つの獣によって4つの位階を表現しています。 (参照) 

 観音菩薩は世の苦しみを救う姿で、地蔵は死者裁き死者を救う姿で、弥勒菩薩はこの世が終わる寸前に善人たちを救い出すためにこの世に再降臨します。
 

 また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。
 そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとすることを思い、恐怖と不安で気絶するであろう。
 もろもろの天体が揺り動かされるからである。
 その時、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。 (ルカ 21:25-27
 
 仏教では、弥勒菩薩=再臨したイエスキリストが統治する世界を「西方浄土」といいます。
 釈迦の誕生地とされるネパールから西方には神が定めた聖なるエルサレムがあり、釈迦の祖先のイスラエル10部族のガド族がいたイスラエルの方角を仏教界では特別な方位として重要視したのです。


 弥勒菩薩=再臨したイエスキリストが統治する福千年では、古代のエルサレムが正しく再建され、再臨の直前に末日聖徒がアメリカに建設するシオンと天から降りてくるエノクの町が合体し新エルサレムになり、再建された古代のエルサレムと新エルサレムは福千年時の偉大な2つの首都になります。 (参照

  仏教解明 3/4