Evolution-is-Pagan

 アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱された「認知的不協和」という次のような仮説があります。
 不協和の存在は、その不協和を低減させるか除去するために、何らかの圧力を起こす。
 つまり、複数(通常は2つ)の要素の間に不協和が存在する場合、一方の要素を変化させることによって不協和な状態を低減または除去することができる。
 不協和を低減させる圧力の強弱は、不協和の大きさの関数である。
 つまり、認知的不協和の度合いが大きければ、不協和を低減させる圧力はその度合いに応じて大きくなります。

 人は自分の信じている認知と相容れない物事に出会うとき、その不協和である不快感や自分にとって信じたくないことを解消するような考えを作り出して、自分に相容れない物事を判断する場合があるのです。
 その事実誤認になる判断は、自己正当化や自分にとって都合の良い判断になります。
 頭が悪い人ほど根拠が正しいかどうかは関係なく「自分が正しい」と信じ込みたいのです。
 人の心理として労力や費用をかけた分だけ分引くに引けなくなり、自分の間違えを認められなくなるのです。

 高慢な人は自分は頭が良くて自分の判断は正しくて、簡単にだまされたりしないと信じている傾向があり、その信念に反する事実が出てきたときに、自尊心が脅かされおかしな状態になります。
 事実と自分の間違っている信念との矛盾が大きすぎて収拾がつかず苦痛を感じます。
 この苦痛を解決する方法は、2つあります。
 1つは自分の信念が間違っていたと認める方法であり、これは健全で正しいまともな人の行動です。
 しかし、高慢な人はこのまともな解決方法が難しいのです。
 その理由は、自分が思っていたほど自分が有能ではなかったと認めることが不快で苦痛だからです。
 そして、このような高慢で自己改善できない人は、もう1つの解決方法を選びます。
 それは、事実をあるがままに受け入れずに、自分に都合の良い解釈をつけたり事実を完全に無視します。
 この方法によって、事実よりも正義よりも利己心を優先して、自分の間違っている信念を間違っていると思わないで、自分は正しかった思えるのです。

 しかし、この方法では私は正しかった思いたくても、自分が正しいという証拠を含む根拠が乏しいので、事実を歪曲したり捏造したりします。
 さらに、自分が間違っていかもしれないと考えたりもしたくないほど、うぬぼれた高慢な人々は、自分の変えたくない信念に反する反証は間違いであり悪であると思いたいので攻撃します。
 そして、反論者にも攻撃して反論者が間違いであり悪であると認めさせようとします。
 高慢な人々は、自分の不快感や恐怖や怒りを他人を攻撃して不幸にすることで解決しようとするのです。

 よく分からない、または分かった気になって妄信している人々は、たとえ気休めでも依存して麻痺してしまう狂った頭の悪い人々も多くいるのです。
 頭が悪い人とは自分が頭が悪いと自覚できない場合があります。
 頭の悪い人は客観視ができな場合があるので、何の根拠もなく自分は頭が悪くないと思い込んでいる場合があるのです。
 そして、頭の悪くない人は事実を歪みがなく認識できているので、自分が経験していなくても、事実があるのなら「このように対処しよう」と考えられます。
 しかし、頭が悪い人は知識不足で事実を歪んで認識していて、さらにその間違いを自覚していない人なので、自分が経験しないとほとんど学べない場合があるのです。

       comfort-zone

 脳の働きで経験や現象が現実か脳内イメージなどの非現実かよりも、臨場感の強いほうを現実と判断しがちな場合があります。
 この視床下部が司ってい働きを「恒常性(ホメオスタシス)」といいます。
 人間や生物には生体内の環境を一定に保とうとする「恒常性維持機能」が備わっています。
 恒常性は、肉体だけでなく「心」にも働き、ストレスや恐れ、不安を感じることがなく安心して過ごせる環境(コンフォートゾーン)を維持しようとします。

 コンフォートゾーンとは簡単に言えば慣れ親しんでいる場所「ぬるま湯」のことです。
 脳はホメオスタシスとコンフォートゾーンを優先して「網様体賦活系(RAS)」というフィルターで必要な情報と必要でない情報を振り分けています。
 自分が強く真実と信じ込んでいた期間が長いほど、ぬるま湯から出たくなくなるのです。
 頭の悪い人は「自分の中の常識」を捨て、苦労してまで本当の事実を知りたくありません。
 自分がすでに知っているつもりのことが正しいと保証してくれるものが欲しいのです。

 人は事実や物理の法則に反してでも自分勝手に無知や誤解の自分が納得できることだけを信じようとする場合があります。
 このような人は物事の真偽は関係なく自分が信じたいかどうか納得できるかで判断するために、事実の認識にいたる正しい判断ができない傾向にあるのです。
 科学での真偽は、事実の証拠がどれだけあるかで判断され、間違っていることを示す証拠がないなら、それは正しい仮説です。
 科学的知識を多く理解していない人々は、科学的な仮説などを事実のように捉えていますが、これは根本的で大きな間違いです。
 このような間違った思いの人は、事実に対して事実とは違う科学の仮説と照らし合わせて、事実のほうが間違いという狂った判断をしまう場合があります。

 人は自分の核となる考え方と矛盾するできごとに遭遇すると、ある程度のストレスを感じます。
 脳が新しい情報を嫌うので、自分の考えを支持してくれる仲間を探したりグループを作ったりします。
 その際、その考え方が正しいかどうかは関係ありません。
 多くの人が同意していさえすれば、反論を突き付けられたとしても、その意見を無視するのは難しくありません。
 人がそのような行動をとるのは、「自分は相手のことをよく知っている。相手は自分のことをそれほど知らない」と考える「非対称な洞察の錯覚」という現象のせいでもあります。
 この自己中心的な現象のせいで、人は自分のものの見方と相反する情報を軽視し、自分の知っていることに固執してしまいます。
 つまり、自分のほうがほかの人よりもよく分かっていて、仲間も自分を支持してくれていると考えるからこそ、変化に抵抗してしまうのです。
 インターネットを含む狭い範囲の仲間が集団化した場合の共鳴し合って、自分たちが正しくて世間が間違っていると思い込む現象を「エコーチェンバー」といいます。
 同じ意見をもった人たちの閉鎖的なコミュニティで彼らと違う意見を発すると、その意見はかき消され、彼らと同じ意見を発すると増幅されて返ってきて「自分の声」がどこまでも響き続けるのが「エコーチェンバー」です。

 商売でも政治でも宗教でも「真実」に対する「確かな正しい証拠」を示さないのであれば、信じられませんし信じる必要もないです。
 そして、「確かな正しい証拠」を示さないのであれば、「真実」ではなく「うそ」です。
 まともな人は真実でないうそを信じるのは、ばかげていて有害と分かっているので、「恐怖に訴える論証」などの人の心理を操作する技術を悪人たちは使います。

 「真理だけではない常識にとらわれている」「融通がきかない」という考え方の人は、高齢になるほど頭が固くなる傾向があります。
 個人の先入観に基づいて観察し、自分に都合の良い情報だけを集めて、否定する情報を見ようとしない「確証バイアス」の結果として、自分の価値観や見方の先入観がますます強いものになるのです。
 確証バイアスには、バックファイア効果という現象があります。
 バックファイア効果とは、自分が信じるものを否定する情報があると、さらに自分の考えが強化される現象です。

 自分が好きなものや信じていること、慣れ親しんでいる価値観などが固定観念としての確証バイアスを生み出し、見たいものだけを見て聞きたいものだけを聞くという状況を自ら作り出してしまいます。
 自分は正しいと信じられる居心地の良い場所の安心感を優先して、真実から目をそらしてしまうのです。
 頭の悪い人にとっては真実かどうかは重要ではなく、自分が好む信じたいことを信じようとするのです。
 このような人は、自分が本当だと思っていることを確かめるための情報は探しますが、反証となるような証拠を無視したり、探す努力を怠ったりします。

       fjfx6y

 アメリカの脳科学者A・ダマシオは「思考は知性でからではなく感情から生じる」という考え方を述べています。
 感情は思考を生み出す要因、感情の作用で思考が形成されるといいます。
 これは、知性や理性と信念が弱い人々には当てはまるでしょうが、生活で常に感情をコントロールしようと訓練している人々は、知性や理性が感情や思考をコントロールするでしょう。
 思考形成にかかわる感情で重要なのは、「」と「憎悪」、つまり「好き」「嫌い」でしょう。

 人は好きか嫌いかを、その理由を知るより先に判断します。
 好き嫌いは、そのものを初めて見たときにすでに評価が始まっていて、試せば本当は好きなものを試さずに嫌いと判断してしまう傾向があります。
 脳は過去のパターンとのマッチングで日常の物事を分類していて、その分類がしにくいものは好まれにくいのです。
 なじみのないものに対して好感はもちづらく、何度も経験していくうちに学習して好きになります。
 繰り返し接すると好意度や印象が高まるという効果の「単純接触効果」があります。
 心理学者のロバート・B・ザイアンスは、1968年に発表した論文で「ある刺激に繰り返しさらされるだけで、刺激に対する態度に変化が生じるに十分である」と述べています。
 つまり、私たちは、ある食べ物を繰り返し食べたり、ある音楽を繰り返し聴いたりすることで、その対象を好きになることがあります。
 好みとは期待と記憶のことで、何かを楽しみにしているときでも、それを前回楽しんだときの記憶をふり返っています。
 好きと嫌いは、トップダウン処理の先入主となって対象をありのままに経験するのを妨げかねないのです。

  なぜ頭が悪い?  頭が良くなる3つの鍵

       darwin-origine

 「進化論」は、19世紀以来、世界各国で常識であるかのように小学校から大学にいたるまで、あらゆる学校で教えられてきました。
 進化論では、生命はアメーバのような単純な単細胞生物に始まって、次第に進化を遂げ、長い時間をかけてバラエティに富んだ生物界が生まれ、やがて高等な生物も出現していきました。

 人間はその生物進化の最高点に位置する存在だとしています。
 かつて学校で教えてくれたこれらのことは、とくに日本では本当だと信じられています。
 しかし、進化論は証明されていません。
 真実ではないので、証明できません。
 進化論の「証拠」は、まったくありません。
 進化論を否定する証拠は多くあります。
 無神論者や福音理解していない者たちによって、進化論が受け入れられているのは、証拠によって真実だと証明されたからではありません。

 神は存在しないと思っているので、神による創造など信じられないからです。
 研究現場では、進化論には疑問点や矛盾点、解決できない問題点が多くあることが分かっています。
 しかし、学校の教師や教科書は、そのことをよく知らないか進化論を仮説ではなく真理と信じこんでいるのです。
 また、進化論がおかしいと思いつつも商売や立場上、反対できない事情もあると思います。
 進化というものは単純なものから複雑なものへ、あるいは下等のものから高等のものへと、時とともに変化していくという意味です。
 進化をこのように定義すると、これは事実に基づいてはいません。

 遺伝の研究からは、進化を証明する原理や事実が明らかにされています。
 しかし、これは、進化を変化という意味に限定した場合だけです。
 現在の生物にも明らかに小さい変化は起こってはいますが、だからといって過去に際限なく変化が起きたと結論するほどの根拠はありません。

 現在、動植物の新しいが作り出されています。
 世界中の動植物のほとんど止まることのない遷移、弱肉強食による適応といったことから変化が起きます。
 しかし、ある基本種から別の基本種にどのように大変化は起こっていません。
 現在の動物も植物も変化はすることでしょう。
 しかし、その変化の幅には限度があります。
 これまである基本種から別の基本種への変化を証明できてはおらず、化石からも地球の過去の歴史上、そのような変化は起こってはいません。

 人工的な品種改良など小さな変異はしますが、交配ができなくなるほどの大きな変異なく、小さな変異の蓄積が種を超える進化にはならないのです。
 進化論の根本思想は、創造主の存在の否定と宇宙や生命の自然発生です。

 アメリカ、ミシガン州アンドリューズ大学地球科学研究所で古生物学担当教授を務めるハロルド・G・コフィンは、生命がどのようにして始まったかについて、科学者の立場から見解を発表しました。
 コフィン博士は、こう述べています。
 「チャールズ・ダーウィンがかつて進化論を支持するために用いたさまざまな証拠を、新しい視点で見直す時期がきている。
 膨大な量の新しい科学的情報がもたらされたためである。
 生命の起源について諸説入り乱れる中で、目をしっかりと据えて見る勇気のある人なら、生命の起源を説明するには創造説が最も優れているという重要な証拠を今の科学が握っていることに気づくであろう。
 次の4点を深く考えれば、おのずとこの結論に到達する。

 1.生命とはほかに類を見ない存在である。
 2.高等動物は突然出現した。
 3.過去における変化は限られたものであった。
 4.現在における変化も限られたものである。

 真理に関心をもつ人なら誰でも、この4点について真剣に考察してみる必要がある。
 進化論に対するこの挑戦にこたえて、現代の聡明かつ正直な数多くの科学者が生命の起源に関する自説の再検討を始めている。」 (『創造:科学からの証言』 p.1)

 「またある科学者は、たんぱく質が偶然に形成される可能性に関心をもって、次のように自説を発表している。
 『この5つの元素(炭素、水素、窒素、酸素、硫黄)が一緒になって分子を構成する可能性や、絶えずかくはんしておく材料の量、そしてその仕事を完成させるために要する時間などはすべて計算可能である。
 チャールス・ユージン・ガイというスイスの数学者は、これを計算して次の結果を得た。
 それによると、そのようなことが起こる可能性は10の160乗分の1、言い換えれば10の160乗という言葉で書き表せないほど膨大な回数に1回ということになる。
 また、たんぱく質1分子を生み出すために、かくはんに要する材料の総量は、この全宇宙にある物質の数百万倍の量がなくてはならず、それがこの地球上で起こるためには、およそ無限ともいえる時間(10の234乗年)が必要だということである。』〔フランク・アレン 「地球の創造 偶然か故意か」 ジョン・グローバー・モンスマ編 『拡大する宇宙に神が存在する証拠』 p.23〕」 (コフィン 『創造』 p.3-4)

       0432770

       15672341

       94610

       1897417

       841119

       87694501

 進化論は、科学的手法に従っていません。
 科学的手法とは、実際に起きている事柄を観察し、その観察に基づいて理論を立て、その理論を観察と実験によって試験し確かめます。
 無生の物質から生命を創始する自然の過程を再現する実験に1度も成功していません。
 神を排除している科学者たちは、そのことがどのように起きたのかを分からないのです。
 無機化合物から有機化合物が蓄積され、有機化合物の反応によって自然に生物に進化していったたという仮説にしろ、宇宙から有機化合物がふってきて自然に生物に進化していった仮説にしろ、何十億年たとうがそのようになる確率はゼロ%です。
 なぜなら不可能だからです。
 物理学者は常識的に「確率的にはゼロ同然のことは起こらない」と結論するのに、進化論者は狂信的「確率的にはゼロ同然のことが起こったから進化する」と結論します。

 カナダ、モントリオール大学の精神分析医カール・スターンは、進化論を偶然に生命が発生し、膨大な時間の中で精神をもった人間が発生し、文化を生み出したという考え方と要約したうえで次のように述べています。
 「精神医学の立場からみると、こういった考え方は統合失調症患者の抱く妄想に似ている。」

 十分長い時間をかけて自然選択を行えば、偶然の変異から秩序が生まれ、進化が起きるという意見は詭弁です。
 そんな証拠はないのです。


       ryey567y

 ダーウィンの進化論の普及に役立ったドイツの動物学者エレンスト・ヘッケルが1874年に発刊した発生学のテキスト『Anthropogenie』にヘッケルが意図的に改ざんした図解が掲載されていました。
 個体発生は系統発生を繰り返す「反復説」の根拠とされた観察事例はうそでした。

    6758453
              ヘッケル胚の比較図

 人の初期の胎児に現われる鰓裂は、ヘッケルによって祖先が魚類だった証拠であるとされてきましたが、弓状の襞と溝にすぎません。 

 魚を含めてあらゆる脊椎動物の幼生に存在し、魚の場合、成長につれてここに開孔ができ、鰓になるだけのものです。 
 最近の専門家は誤解を避けるために、咽頭弓または咽頭溝とよびます。

        Haeckel_fraud
           上がヘッケルのうその絵    下が胚の実際の写真

 生物学者は確かめもせずヘッケルのうそのスケッチと主張を流用し続けました。
 『Natural History』2000年3月号の論文で、スティーヴン・J・グールドは、ヘッケルの絵が脊椎動物の胚の間の初期段階の違いを詐欺的に曖昧にしているだけでなく、それらが不当にも教科書に用いられていることを認めました。

 ロンドン自然史博物館の世界的に有名な古生物学者で『現代進化学入門』の著者でもあるコリン・パターソン博士は、1981年11月5日、アメリカ自然歴史博物館で進化論専門家を前に講演でこう述べました。
 「去年のことですが、突然ある事実を実感しました。
 自分では、20年以上も何らかの形で進化論の研究にかかわってきましたが、ある朝目を覚ましたとき、一夜のうちに変化が起きたことに気づきました。
 20年以上も研究してきたのに、何も分かっていないことを悟ったのです。
 私自身、これはおどろきでした。
 20年以上も検討違いのことに時間を費やしてしまったのです。
 それから数週間、いろいろな人に1つの質問をしてまわりました。
 あなたは進化論について何を知っているのか、何か1つでもいいから検証可能なことを教えてほしいと。
 しかし、答えはいつも沈黙でした。
 答えがないということは、進化のは事実ではない、またも事実だととしても、私の耳に入っていないということです。
 この部屋におられる皆さまも、過去を数年間に進化論について少しでも考えたとしたら、それは知識としてではなく信念というべきだったろうと思います。
 私の場合もそうでした。
 進化論は科学的に事実ではないばかりか、むしろその正反対のもののように思います。」

 ドイツ、エヤランゲン大学の進化論者アルバート・フライシュマン教授は、こう述べています。
 「進化論には重大な欠陥がある。
 時がたつにつれて、これらの欠陥はいっそう明らかになってきた。
 もはや実際の科学的知識と一致しないし、事実を明確に把握するにも充分とはいえない。」

 アメリカ原子力委員会のT・N・タシミアン博士は、進化論を「ごまかしと、あてずっぽうの込み入った寄せ集め」と言い、こう述べています。
 「進化を生命の事実としてふれまわる科学者は、はなはだしく人を欺くものであり、その語るところは、最大の人かつぎとなりかねない。」

 進化論のもたらすものは、単なる科学上の知識や観念にとどまりません。
 人生観、価値観にも、深い影響を与えます。
 確実な物的証拠がなく、生物が進化して今にいたったとするチャールズ・ダーウィンの仮説(珍説)を前提に話が進んできました。
 この仮説にすぎない進化論を信じる歴史は、物的証拠と確実な科学的検証という科学の科学たるスタンスを無視した状況なのです。

 物理学者H・S・リプソンは、こう述べています。
 「受け入れられる唯一の説明は創造である。
 現に私自身にとってそうであるように、これが物理学者にとって禁句であることを私も知っているが、実験的証拠によって裏付けられている説を、自分たちが好まないという理由で退けるようなことをしてはならない。」 (物理学ブルテン誌 1980年 第31巻 p.138)

       jesusi965

 進化論は、神の存在を信じたくない者たちが作り出した架空の理論であり、誤った根拠の学説です。
 悪魔が関与したと思える一種の怪奇現象といえるでしょう。
 なぜならジョセフ・スミスと同じ時代に、ダーウィンは進化論を発表したのです。
 進化論は、イエス・キリストの神聖な使命を破壊する悪魔の企てであり、悪魔の主要な武器です。
 完全な永遠の福音に対抗するように、悪魔の切り札である「進化論」を世に広めました。
 そして、多くの人々が悪魔にだまされています。

 学者たちは、もし自分たちの依存するアカデミズム(保守的な立場を固持しようとする態度)の理論が崩壊した場合、それまで構築した自分の名声や権威を一挙に失いかねない事態に陥ることになります。
 物事が振り出しに戻るのは、大学で尊敬されてきた教師が学生と同じレベルに落ちることを意味します。
 したがって、地位が高く高名な学者ほど自分の地位保全の傾向が強く、彼らは今のパラダイム構造の中でこそ権力を握っていられるので、もしアカデミズム体制の脅威ともなる敵が出てきた場合は叩き潰しにかかるのです。
 それがたとえ正当な理論や発見であっても利己心が勝っているので関係ありません。
 アカデミズムを多少揺るがす程度のものは黙認されるとしても、根幹を崩壊させる大理論だけは容認されないのです。
 彼らにとって重要なのは、自分の権威の獲得と地位の保全であり、それらはアカデミズムという牙城があってこその特権なのです。
 学者の世界は、互いの説の絶え間ない潰し合いなのです。


 アメリカにとって最悪のシナリオとは、聖典の預言を通してアメリカの世界支配構想の実態が世界中にばれてしまうことです。
 聖書は世界中で手に入るため、一度火がつけば、インターネットによって世界中に広がりる危険性をもっています。
 シークレット・ガバメントの中核の上層部の「秘密結社」は、聖書はそれほど力がないのを知っています。
 なぜなら、原始キリスト教徒の預言者が迫害で殺され教会は背教の渦に飲み込まれ腐敗し、イエス・キリストの教会がこの地上にはなくなりました。
 また聖書は翻訳を重ねられ重要な教義が失われ曲げられ、イエス・キリストの教えから離れた解釈も混じったものになっているからです。

       1377ty2

 秘密結社は、真理である完全な福音を知り、信じることを恐れています。
 秘密結社の頭はサタンでサタンが敵対しているのは、イエス・キリストが頭の末日聖徒イエス・キリスト教会です。
 サタンの目的は、人々が自分のように惨めになることです。 (参照

 永遠の命を得られる力と方法が載っている聖典をもち、神権に支えられ聖霊に導かれ、預言者がいるイエス・キリストの教会に人々が導かれ喜びを得るのを、サタンは憎んでいます。



  妄想と矛盾だらけの進化論

 真理である多くの科学知識の中には仮説があり、また誤りを真理としている定説があります。
 また、神の教えに科学が追いついていない事柄もあります。

 物理学者アルベルト・アインシュタインは、こう述べています。
 「科学を真剣に追究している者は誰であっても、宇宙の法則の中に神の霊が顕在していることを確信するにいたる。
 神の霊は人間の霊をはるかにしのいでいて、神の霊を前に人間は自らの力がわずかであることを知り、謙虚にならざるを得ない。」 (A.Einstein,The Human Side,Helen Dukas and Banesh Hoffman,eds. Princeton,N.J:Princeton University,Press 1999)


 しかし、アルマは彼に言った。
 「あなたはすでに数々のしるしを十分に持っている。
 あなたは神を試みようとするのか。
 あなたの同胞であるこのすべての人のと、すべての聖なる預言者たちの証があるのに、あなたは『しるしを見せてくれ』と言うのか。
 あなたの前に聖文が置いてある。
 まことに、万物は神がましますことを示している。
 まことに、大地も、大地の面にある万物も、大地の運動も、また各々整然と運行しているすべての惑星も、それらのすべてが至高全権の創造主がましますことを証している。 (アルマ 30:44

       669uyo

 左側の脳内神経細胞の写真はアメリカ、マサチューセッツ州ブランダイス大学の博士過程で、脳内において特定の神経細胞(ニューロン)同士が接続するメカニズムを研究するマーク・ミラーによるもので、薄くスライスしたネズミの脳を染色し、神経細胞同士の接続を可視化してあります。
 この画像では、左側にある3つの神経細胞(赤いものが2つと黄色いものが1つ)同士が接続する様子を確認できます。
 右側の宇宙の写真は、宇宙物理学者の国際チームがコンピューターシミュレーションによって、宇宙が成長し進化する様子を再現したもの。
 シミュレーションによる画像は、数千もの星々や銀河、大銀河団(明るい黄色のもの)の宇宙の姿です。


 進化論者から創造論者に転向した元東北大農学部教授の高橋清博士は、こう述べています。
 「ある日、創造科学の視点に立ってこれまでの出来事を見てみました。
 すると、進化論の主張がトリックに満ちていることが見えてきたのです。」

 ノーベル物理学賞受賞者である素粒子研究の世界的権威の益川敏英(京大名誉教授)とノーベル生理・医学賞受賞候補者であるiPS細胞研究の世界的権威の山中伸弥(京大教授)は、ヒトが猿から進化した証拠は何もないと両氏の対談で語っています。

 遺伝子工学の世界的権威の村上和雄(筑波大名誉教授)も1つの遺伝子に組み込まれている膨大な量の情報を研究しているうちに進化論は絶対にありえないという結論に到達し進化論を否定しています。

 アメリカ、オハイオ州立大学のクリス・ウィリアムズは、次のように述べています。
 「遺伝・代謝スクリーニングの分野で働く生化学者として、私は生命の複雑さにおどろかされ続けています。
 たとえば、私たち一人一人は、すべての細胞に60億個のDNAを持つ巨大なコンピュータプログラムです。
 そして、その細胞は受精卵から発展していき、きわめて機能的な有機システムの中ですべてを結びつけるのです。
 遺伝学や生化学の外にいる人はほとんど気づいていないことですが、進化論主義者は、まだ生命の起源について実証的な説明をしていないのです。
 とくに最初に誕生した自己複製型の有機体における遺伝情報の起源についてはまったく説明できていません。」

 イギリス、コヴェントリー大学のコリン・リーブズは、こう述べています。
 「ダーウィン主義は、ごまかしの説明でもまかり通った19世紀では興味深いアイデアでした。
 しかし、ダーウィンの時代の科学を学んだ私たちは、複雑な生物学的システムを生み出す自然選択の能力に疑いの目を向けます。
 ダーウィン主義に有利に働く議論は今日でも、ごまかしでしかないのです。」

 「ダーウィン主義への科学的反論(A Scientific Dissent from Darwinism)」というダーウィンの進化論に異議を唱える声明が発表され、760人以上の科学者が賛同しています。

  A Scientific Dissent From Darwinism



  こじつけの中間型化石

 多くの化石を所有しているアメリカ、シカゴのフィールド自然博物館のデビッド・ラウプ館長は、こう述べています。
 「ほとんどの人は、化石は一般に普及している生命の歴史をダーウィン流に解釈するのに有利な論拠の重要な証拠を提供していると考えている。
 これは正しくない。」

 進化論の「進化とは自然淘汰であり、優れたものが競争の結果勝ち残る」という考えや「小さな遺伝子変異が積み重なって新しい種が生まれる」という考えは、実験では確かめられていません。
 化石の研究から判断しても新しい種は突然生まれてきており、小さな遺伝子変異の積み重ねの結果ではありません。

 進化論の矛盾である進化の途上に位置するとされる発見されていない中間形の化石、生物である「ミッシングリンク」の問題は、人類だけではなくすべての生物に該当します。
 綱(こう)類(るい)だけでなく、もっと細かな生物の中間形態にまでそれはおよびます。
 ミッシングリンク(Missing-link)とは連続性が期待されている事象に対して、非連続性が観察される場合、その比較的顕著な間隙を指します。
 
 化石は「編集室で1000コマにつき999コマが失われてしまった進化の映画フィルム」のような物です。(2004年 『ナショナル・ジオグラフィック』)

 化石は実際には「進化の蓄積がない」ことを示しているのです。
 始祖鳥は、爬虫類と鳥類の中間種ではなく鳥類です。
 始祖鳥だけではなく、歯があった絶滅した鳥は多くいます。
 始祖鳥には翼にかぎ爪がありますが、多くの鳥にもかぎ爪があります。
 始祖鳥の長い尾骨は白鳥にも同じような物があります。
 進化論では馬の祖先の小型のヒラコテリウムから進化して大型の馬が生まれたとしています。

 現在では、この考え方自体が間違いだと分かり、この馬の進化を否定しています。
 現在生きている馬で25~50cmの馬がいます。
 馬が進化して生まれたことも証明されていません。

 生物学者ジョナサン・ウェルズは、こう述べています。
 「のレベルにおいて、共通の先祖からの変化をともなう由来は、観察された事実ではない。
 化石および分子の証拠から見るかぎり、それは十分な根拠のある理論でさえない。」

 ダーウィンはガラパゴス諸島のフィンチ類の観察に基づき、資源を得ようと争ったときに種の特性が分岐する可能性があると提案しましたが、雑種は進化ではありません。
 進化とは簡単に説明すると「単細胞生物→魚類→両生類→爬虫類→哺乳類」のように、異生物への連鎖的変化を指します。
 あらゆる「種」と「種」の間で移行型とされる中間形態は、まったく発見されていません。

 生物学者デュアン・T・ギッシュ博士、リチャード・B・ブリス博士も、次のように述べています。
 「化石記録上、種の間には整然とした間隔がある。
 進化モデルに基づいて期待される中間種の化石は、単細胞生物と無脊椎動物の間、無脊椎動物と脊椎動物、魚類と両生類、両生類と爬虫類、爬虫類と鳥類または哺乳類、または下等な哺乳類と霊長類のいずれの間にも見いだされない。」

 進化論者が中間形態としている化石などは、進化論による解釈のこじつけです。

       78ts4j

 両生類と魚の中間化石とされるティクターリクは、進化にこじつけた例です。 
 ティクターリクとは、2004年にカナダので3体の化石が約3億7500万年前とされる地層で化石が見つかり、2006年に科学誌『ネイチャー』に発表されました。

 魚であるのにひれの内部に両生類がもつような骨の構造をもっているので、魚類と両生類の中間形態であると考えられています。
 しかし、魚類のトビハゼは干潟に生息して跳び回って移動し、両生類に近い生活を送っています。
 ティクターリクは進化の途上にあるのではなく、トビハゼ同様の魚類なだけなのです。

 中間形態として無理に何かの生物を当てはめようとしても無駄です。
 やればやるほど、逆に無数に中間形態が増えるだけで、ミッシングリンクの数が増えていくのです。
 進化論者からすれば、爬虫類からの枝分かれとして鳥類も入るのでしょうが、鳥類のほうが爬虫類より古い地層から出てくるのはどう解決するのでしょうか。

       78448237

       909114961

 それに昆虫は大昔から進化という変化はしていません。
 アメリカの著名な古生物学者キッツ博士は、こう述べています。
 「古生物学者は、中間種がないのが事実であるということを認める状態に、いよいよ傾いている。」 

 生物学者ジェフリー・シュワルツ博士は、アメリカの権威ある科学誌『サイエンティフィック・アメリカン』1999年9月号にこう書いています。
 「ミッシングリンクは、すべて、いまだにミッシングである。
 それは将来もけっして発見されないだろう。
 なぜなら、そんなものはもともと存在しなかったからだ。」

 そして、いわゆる分子のメカニズムの複雑性をもった規則の存在は、進化していくことによって説明することができません。
 これらのメカニズムの構成をともなった進化は、もしこれらすべての要素がそろっていなければ、システムが機能することはないのです。 
 それゆえに、徐々に進化することは不可能なのです。 

       ilhj9887

 進化論は理論で仮説にすぎないのです。
 「キリンは高い木の葉を食べようとして首が長くなった」というラマルク説の進化論があります。
 フランスの博物学者ラマクスは、生物は単純なものから複雑なものへ進化する性質を必然的にもっていて、環境条件によって得た性質は遺伝するという進化論をダーウィンの進化論の前に提唱しました。
 一方「高い木の葉まで食べられる首の長いキリンが代々生き残った」というのが、「自然選択説」のダーウィン説です。

       MK81660

 私たちの体で不必要な組織と考えられていた盲腸虫垂は、進化の証拠といわれていますが無知からの誤解です。
 腸の内壁は薄く養分を吸収しやすい分、異物や細菌にも侵入されやすいです。
 そのため腸の各所に免疫を担うリンパ組織があり、とくに虫垂には集中しています。
 不衛生な環境では虫垂がもつ免疫の役割がより大きかったのです。
 2014年、大阪大学の大学院医学系研究科感染症・免疫学講座(免疫制御学)/免疫学フロンティア研究センターの竹田潔教授らのグループは、虫垂に存在するリンパ組織が、粘膜免疫で重要な役割を果たし、大腸および小腸に動員される「IgA」の産生に重要な場であり、腸内細菌叢の制御、維持に必要なリンパ組織であることが明らかになりました。
 2011年、ショウジョウバエを54年間、1300世代にわたって暗黒の条件下で飼育しても、光をあてると昼夜のある生活をする生物とほぼ同じ約24時間周期の活動リズムを示すことを、京都大学の今福道夫名誉教授(動物行動学)らが突き止めました。
 ハエの1300世代は人間に置き換えると3万2500年に相当します。

       56785hgki

 遺伝子に進化を促すDNAが含まれているという学説があります。
 進化を起こす主要因は、どちらかといえば外的要因の環境ではなく、内的要因に潜んでおり環境はその遺伝子を目覚めさせる要因にすぎないとします。
 最近の遺伝子研究から、DNAを一部を変えるだけで、ショウジョウバエの頭部から脚を生えさせたり、ブラックライトを当てるとホタルのように発光する豚などを自由に作ることができるようになりました。
 そもそも遺伝子を操作した変化を進化というのであれば、突然変異と同じで、劣性遺伝の部分が必ず出現します。
 置き換えた遺伝子を子孫に残せない以上、それは進化ではなく奇形にすぎません。
 この遺伝子万能の進化論が正しいなら、進化論の最も根の部分となる「単細胞生物」の中に、のちに無数の枝葉を生み出す無限大の情報が濃縮されていなければなりません。

 突然変異は、10回に1、2回の割合でしか起こりませんが、そのほとんどのものが機能障害をきたしていて、突然変異の積み重ねによって退化はしても進化はしないことが分かります。
 また、突然変異に関する多くの実験の結果、突然変異では動植物の新しい種類ができたことは一度もなく、同じ種類内の変化にすぎませんでした。
 自然選択と突然変異などを総合しても同じことです。

 ジョン・ホプキンス大学で情報理論を教えていたリー・スペットナー博士は、こう述べています。 
 「突然変異によって情報が失われるにもかかわらず、突然変異によって種を超える進化が起こり得ると考える人がいるとすれば、その人は物を売るごとに必ず赤字を出しながら大量に売れば儲けが出ると考えた商人のようなものである。」

       hjyuii4

 ニューヨーク・ロックフェラー大学のマーク・ストークルと、スイス・バーゼル大学のデビッド・タラーは共同で、アメリカの遺伝子データバンク(GenBank)にある10万種の生物種のDNAをDNAバーコードディングで徹底的に調査し、2018年に人類進化学の専門誌『Journal of Human Evolution』に掲載されました。
 その結果、ほとんどの動物がヒトとほぼ同時期に出現したことを示す証拠を発見しました。
 人間を含む現在地球上に存在する生命種のうちの 90%がアカデミズムの間違った算出法での10万~20万年前に出現したことが明らかになったといいます。

 この結果の証拠とするのは、中立な遺伝子変異にばらつきがなかったことです。
 中立な遺伝子変異とは、世代を超えて生じる分子レベルでの微少な変化のことで、集団内でそれが固定化されることにより分子進化が起こるという説です。
 この遺伝子変異がどれくらい起こっているのかを調べることにより、その種が誕生したおおよその時期を特定できると考えます。
 さらに今回の研究で分かったのは「生物種には非常に明確な遺伝的境界があり、2つの間に位置する中間種は何もなかった」という事実です。

 進化論者は、現生の種の遺伝的多様性が生じたのが10万~20万年前であると解釈します。
 その時期に現生のすべての生物は氷期を経験しているとされ、多くの種はそこで大量に絶滅してボトルネック効果(遺伝的多様性の急激な減少)を起こしていると解釈します。

 しかし、地球上に存在する生命のほとんどは10万年から20万年前にほぼ同時期に現れ、生物種の中間種が存在しない事実は、進化論が事実でないことを証明しています。

         創造

 スミソニアン協会の著名な生物学者オースチン・H・クラークは、進化論について、こう述べています。
 「人間が下等な生命形態から、段階的に発達してきたという証拠はない。
 いかなる形においても人間を猿に関連付けるものは何もない。
 人間は突然に、今日と同じ形で出現した。」

 このように多くの問題点が指摘されているにもかかわらず、進化論が定説として揺るぎない地位を保ってきたのは、進化論を正しいとする力の行使があったからです 
 指摘される問題点は、その都度大勢の力でもみ消し触れることすらタブーとしてきたことは、知る人ぞ知る事実なのです。

 メンデルの法則からも明らかで、犬にはさまざまな変種ができても犬から猫は生まれません。

 進化論では、進化と変種を混同しており変種ができているうちに別の種類のものになるだろうと思い違いをしているのです。
 これは想像上の産物で科学上の事実ではありません。
 真の科学者は、事実を素直に認める態度をもっている人です。

         4656367

  猿から人へ進化したといううそ

 進化論の証拠として出された化石は、猿と人の中間である猿人原人ではありせんでした。
 進化論を支持する化石は、まったく発見されていません。
 猿と人の中間に位置するとされた化石については、いずれも絶滅した猿または人のどちらかなのです。
 いまだにそれぞれの化石を狂信的に進化の根拠としている者は、真実を知らないだけなのでしょう。
 誰も見たことのない大昔の人々の姿や表情は、化石や石器という証拠を解剖学と考古学の知識にもとづき比較研究することによって、身体の特徴や精神活動が推測され、さらに想像力を加味して復元が完成します。

         dd7f84a0

 人類発祥をアフリカのサバンナと豪語していた大前提も今では完全に崩壊しています。
 なぜなら人類の最古の祖先とされるアウストラロピテクスの完全な化石が出て、その化石の脚が木の上の猿と同じ親指が離れていたからです

 解剖学と人類学の教授チャールズ・オクスナード博士が多変量解析で調べた結果を1975年に発表しましたが、アウストラロピテクスは人でも類人猿やその中間の移行型でもなく、まったく異なったものであることを示していました。

 また、リチャード・リーキー博士がのちに発見したより完全なアウストラロピテクスの前脚と後脚の化石は、この動物が直立歩行をしていなかったことを示していて、手首がこぶしをついて移動するチンパンジーやゴリラと同じ構造だったのです。
 全身の骨格も、チンパンジーやゴリラなどの類人猿と似ていて、耳の構造をCTスキャンで調べた結果も、この動物が習慣的に直立していたことはありえないことを示していました。

 アメリカ、ラトガース大学の人類学者アシュレー・モンテギュー教授はこう述べています。
 「アウストラロピテクス類は……ヒトの直接の祖先にも、ヒトにいたる進化の系列にもなりえない。」
 アウストラロピテクスはチンパンジーやゴリラの仲間だったのです。

         90y89uy

 猿にしては比較的大きな脳をもっているホモ・ハビリスは、中間型化石とされます。
 ホモ・ハビリスの脳の容積は、チンパンジーやゴリラやオランウータンよりは少し大きいですが、単に脳の容積が少し大きい猿の仲間なだけです。
 そもそも2つの異なるタイプが分類されたホモハビリスは、有効な分類群ではありません。

 ジャワ原人とよばれている化石が発見されたのは、頭蓋骨と歯と大腿骨の3つだけですが、頭蓋骨は大腿骨から14m離れた所で発見され歯は頭蓋骨から数m離れた所で発見されました。
 これでは同一の体の物とは判断できません。 
 のちに同じ地層から人の遺骨も発見されています。

 ジャワ原人とされた化石は、頭蓋骨の一部と歯と大腿骨だけで、しかもそれらが同一の体に属していた証拠はなかったのです。

 北京原人は、1914年、スウェーデンの地質学者ヨハン・アンダーソンが中国でその化石を発見しました。

 1927年、カナダの人類学者ブラックが発見した歯の化石をもとにシナントロプス・ペキネンシスと命名しました。
 さらに、1929年に中国の考古学者の斐文中(はいぶんちゅう)が完全な頭蓋骨を発見したことで世界的に知られるようになりました。
 これまでに合計十数人分の原人の骨が発見されたといわれています。
 現在、北京原人の骨は行方不明となっています。
 北京原人の骨格化石は見つかっていないものの、ドイツのワイデンライヒ教授が残した標本資料からその復元が作られています。
 隆起した眼窩(がんか)や額が後ろに傾斜しているなど、原人の特徴が見られます。
 北京原人は、骨の疾患を患った人間です。 

          pekinensis

 北京原人の骨はモンゴロイド特有の特徴が見られ、発見された場所が洞窟で一説には虐待されて殺された形跡もあることから長く洞窟に隠れて住んでいた可能性があり、そのため日照不足でクル病の疾患を患って骨が少し変形していたのです。

 クル病はビタミンDが欠乏することによって、骨が萎縮したり変形したりする病気です。
 そのビタミンDは日光にあたることによって体内で合成されるため、日照不足や室内に閉じこもりっきりになると発症します。
 現在では遺伝子疾患によるクル病も報告されており、骨の変形が子孫へと受け継がれる可能性があります。

          neanderthalensis

 ネアンデルタール人の正体は、まぎれもなく現生人類です。
 かつて進化論者は、ネアンデルタール人を、前かがみでひざをひきずる毛深い姿として、進化論を広めるために利用しました。
 この想像の姿は20世紀初頭に発見されたネアンデルタール人の1体の肢骨の状態から曲がったひざをもっていて、前かがみで歩いていたものなのだと誤解されまた。
 しかし、ほかにもネアンデルタール人の化石は多く見つかっており、それらは完全な直立歩行をしていたことを示していました。
 そもそも、ネアンデルタール人の頭蓋骨の復元も基本的に現生人類との差はほとんど人種の差でしかないのです。
 極端な話、髪や髪を整え洋服を着せれば、まったく現生人類とは区別がつかないとする研究家もいるように生物学的にヒトであることが判明しています。

 アメリカ、アリゾナ州の学研究調査所の所長ジェフリー・グッドマン博士はこう述べています。
 「ネアンデルタール人が肩を曲げ、かがんだ形で、あまり賢くない動物だと考えるのは、主に初期研究者たちの先入観による間違った固定観念である。」

 最初に科学的研究の対象となったネアンデルタール人類の化石が見つかったのは1856年で、場所はドイツのデュッセルドルフ郊外のネアンデル谷にあったフェルトホッファー洞窟でした。
 これは石灰岩の採掘作業中に作業員によって取り出された物で、地元のギムナジウムで教員を務めていたヨハン・カール・フールロットのもとに届けられました。
 フールロットは母校であるボン大学で解剖学を教えていたヘルマン・シャーフハウゼンと連絡を取り、共同でこの骨を研究し、1857年に両者はこの骨をケルト人以前のヨーロッパの住人の骨とする研究結果を公表しました。
 この化石は顔面や四肢遠位部などは欠けていましたが保存状態は良好であり、低い脳頭骨や発達した眼窩上隆起などの特徴があります。

 ドイツのボン大学のオーギュスト・マイヤーはカルシウム不足のコサック兵の骨ではないかと主張し、病理学の世界的権威であったドイツ、ベルリン大学のルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョーもクル病や痛風にかかって変形した現代人の老人の骨格と主張しました。
 ネアンデルタール人の脳の容積は現生人類とまったく変わらず、個体によっては大きい物もあります。
 一部の研究家はネアンデルタール人の化石から抽出したミトコンドリアDNAが現生人類と異なる部分があると指摘するものの、それは遺伝子疾患の範囲でしかありません。 

 生物学者デュアン・T・ギッシュ博士は、こう述べています。
 「今では、これらの『原始的特徴』は、栄養上の欠陥と、病的状態によるものであることが分かっており、ネアンデルタール人は完全なヒトとして分類されている。」

 つまり、ネアンデルタール人もクル病にかかっていた人々だったのです。

 クロマニョン人は、少し筋肉が発達している点を除けば現代人と区別できないヒトです。

 ほかの生物と同様に猿と人の中間の化石は発見されていませんし存在しません。



  無知と誤解、不信仰と罪の教会内の進化論

 ジョセフ・フィールディング・スミス長老は、こう述べています。
 「進化論は悪魔の理論である。
 もう1つの考え方、すなわち体に宿ることを許されず地上で進歩する特権を拒まれたため、すべての人が自分と同じように惨めになることを願っている悪魔の理論は、人を低くするものであって、人を啓発し、高める思想は一かけらもない。」 (『救いの教義』 1:143-144)

 ブルース・R・マッコンキー長老は、こう述べています。
 「啓示された〔私たちの〕宗教の真理と生物進化の理論との間には、けっして調和はない。」 (『モルモンの教義』)

           joseph-fielding-smith

 ジョセフ・フィールディング・スミス長老は、こう述べています。
 「私ははっきり申し上げる。
 生命は自然発生的にこの地上で始まったのではない。
 生命の起源はここではなかった。
 生命はこの太陽系が存在し始めるはるか昔から存在した。
 事実は、神のかたちにかたどって男と女とに創造された人が存在しなかった時はなかった、ということである。
 主はジョセフ・スミスに、人は初めに神とともにあったという真理を啓示された。(教義 93:21-26)……
 主は創造の業について、また数多くの惑星を作られたことについて私たちに知らされた。
 この啓示からすると、人の存在に始まりはなく、宇宙のどこかに人が存在しなかった時は一度もなかったのである。
 そして、この地球に人を住まわせる時がくると、主なる神はほかの惑星から今日地上に見られる生命を移された。 
 神は人を御自身の形に似せて創られた。
 もし地球を抜け出してほかの被造物、宇宙の他の世界を訪れることができれば、そこにも私たちによく似た人々が住んでいるのを発見するだろう。
 なぜなら彼らも神の子であって、私たちと同じ種族だからである。
 あるいは彼らのほうが水準が高いかもしれないが彼らも私たちと同じように神の姿形をしているであろう。
 アダムは穴居人ではなかった。
 それどころか、姿、資質ともに最も私たちの御父であり創造者である方に近い完全な人であったと思われる。

         Adam and Eve

 進化論は誤っている。
 すべては海の表面の浮き泡ほどの微生物に始まり、徐々に繰り返しに発達して、野の獣、空の鳥、海の魚、地表の植物など、あらゆる形をした生物が皆1つの源から生じた、というこの考えは完全に誤りである。
 この考えの中には、ひとかけらの真理もない。……
 知性があり、科学的な知識と知恵をもっていると自称する人々が、この地上の生命は皆自然に発生したものであると公言し、ほかの惑星については何も知らないことを認め、さらに地上の生命はことごとく同一かつ単一の単純な源から発生したと断言するとは何と愚かで、視野が狭く、見下げ果てたことだろうか。……
 アダムは下等生物から進化したのではない。
 アダムが動物の王国から除々に発達して何かの動物から人になって、主が彼にを入れ彼を人とよんだという考え方である。
 あなたはこの考え方を受け入れるだろうか。
 中にはそう信じている人がいる。……
 人の起源に関する進化論を信じ、同時に主なる神が示された救いの計画を受け入れることはできないことをとくに強調したい。
 人は片方を選んで他方を捨てなければならない。
 なぜなら両者はまっこうから対立し、2つを隔てる淵は深く、いくら努力しても橋をかけることはできないからである。……

 進化論が大きく有神論と無神論に分かれていることは事実である。
 このうち有神論の進化論者は優柔不断で不信の宗教家であって、いつも聖典に記されているいろいろな奇跡について弁明しており、イエス・キリストが神から受けた使命を果たしていない。
 もう一度繰り返すが、誰も矛盾なく進化論者の理論を受け入れると同時に贖い主の使命を信じることはできない。
 両者を調和させて2人の主人に仕えることはできない。……

 進化論者が主張しているように地上の生命が始まったとすれば、それが偶然によるものであろうと、作為者の手によるものであろうと、教会の教義は誤っていることになる。
 そして、エデンの園もアダムもエバも、また堕落もなかったことになる。
 もし堕落がなく、死が聖典の告げるように世にきたのではなかったら、贖罪の必要もなく、イエス・キリストも神の御子ではなく、その死もアダムの背きのためのものではなくなる。
 また死も復活もなかったことになる!

 首尾一貫した進化論者であるためには、この考え方を受け入れなければならない。
 矛盾なく理論に従って話を進めれば、ほかの考え方はなくいずれか一方を取らなければならない。
 さて兄弟姉妹、あなたがたはこの見解を受け入れられるだろうか。」 (『救いの教義』 1:135-139抜粋)

       iu67xhs

 人は神の霊の子供であり、アダムは神が創造したという真理を聖霊によって知ることができます。

  聖霊の影響力 1/2~2/2

             reading-the-book-of-mormon

 マリオン・G・ロムニー長老は、次のように指摘しています。
 「多くの人々はパウロの偉大な教義、すなわち神のことは神の力によって理解され、人のことは人の知恵によって理解されるという教えをよく知っている。
 『生まれながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。
 それは彼には愚かなものだからである。
 また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない。』(1コリ 2:14
 私たちはけっして世の学問に、欺かれてはならない。
 人間の知恵に基を置く教義は、安全のために常に拒むようにすべきである。」 (大会報告 1960年10月 p.77)

      maxresdefault

      mnv6w

 霊体の存在と真理が、進化論を完全に論破します。
 私たちの霊体の始まりは、前世において父なる神の霊の子供として生まれたときでした。
 この霊体は今一時的に死すべき身体に宿っています。
 死と復活の間、霊界で私たちは霊として引き続き生きますが、最終的に霊と肉体は復活によって結合され不死不滅の体になります。

 動物、鳥、魚、植物など、すべての生命の形態は、「地の面に自然に存在するに先立って」、前世において別個の霊の存在物として創造されました。
 すなわち、彼らはこの世に来る前に、霊の動物、霊の鳥というように霊の存在物として生きていました。
 それぞれの霊の創造物は、外形において現在の死すべき状態と同じ姿をしていました。


 ……人間の霊はその体の形であり、また獣の霊、および神が創造されたほかのあらゆる生き物の霊も同様である。 (教義 77:2

  霊と霊界 1/2~2/2

            Smith

 ジョセフ・F・スミス大管長と大管長会は、次のような声明を公表しました。
 「……アダムは地上に現れた最初の人ではなく、人の起源は下等動物から進化したものであると主張する人々がいます。
 しかし、これはあくまでも人が考えた理論です。
 主はアダムが『すべての人の最初の者』であると宣言されました。(モーセ 1:34
 したがって、私たちはアダムを人類の父祖と考える必要があります。
 すべての人が最初に神の形にかたどって造られたことは、ヤレドの兄弟に示されたとおりです。(エテル 3:15
 これが霊の創造または肉体の創造、あるいは両方の創造の意味であれ、同じ結論に達します。
 すなわち、人は天の御父に似た形をした人間として生活を始めたということです。

 確かに人の体は、小さな胎芽や胎児から始まり、特定の段階で幕屋の主人である霊によって成長が促されて、誕生したのちに乳幼児となり、子供へと成長を続け、成熟して大人になります。
 しかし、ここには最初の人つまり人類の最初が、人よりも下等なもの、あるいは人となる胎芽や胎児よりも下等なものであるということを示す根拠は何もありません。
 人は探究によって神を見いだすことはできません。
 助けがなければ、人の起源に関する真理を見いだすことはできません。
 主が御自身を現されないかぎり、それは解明されないのです。
 このことは、アダムの家系の起源についても同様です。
 すなわち、これを明らかにできるのは神だけです。
 しかし、その事実の一部はすでに知らされており、それを受け入れ、保持することは私たちの義務です。
 古代においても現代にあっても神からの啓示を信仰の基礎とする末日聖徒イエス・キリスト教会は、人は神の直系の子孫であると宣言しています。
 神御自身は昇栄された人であり、完全になり、玉座に就かれた至高の御方です。……
 人は神の形に造られ、神の属性を授けられた神の子供です。
 地上の父親と母親の間に生まれた幼児でさえやがて大人になるように、日の栄えの両親のもとに生まれた未熟な子供も、永劫の長きにおよぶ経験により、次第に成長して神の位まで昇ることができるのです。」 (“The Origin of Man” Editor's Table Improvement Era 1909年11月 p.80-81)

  神のようになる

  1 天国と救いの計画の真相

  天地創造と地球のバプテスマ