2 戦争によって壊れた人々 

       33528

  アメリカ同時多発テロ事件の陰謀

 アメリカの最終的な意図は、アメリカ一国で支配する世界の構築です。
 その前段階として、アメリカ主導による世界政府を樹立せねばならず、そうなるには世界規模の戦争が起きなくてはならないのです。
 世界政府の樹立の前に、必ず立ちはだかってくる邪魔な国を事前に消し去ります。

  アメリカ同時多発テロ事件


 2001年9月11日に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」通称「9.11事件」は、アルカーイダというテロ組織が起こした戦争ということに公式発表ではなっていますが、事件後かずかずの真実が明らかになってくるにつれ「被害者」であるアメリカ政府に対する疑惑が大きくなってきました。

 アメリカ同時多発テロ事件はアメリカの自作自演であり、いくつもの物証があります。

 俳優のチャーリー・シーンは、CNNで「9.11事件はアメリカ政府の自作自演」と爆弾発言をして以来、全米から攻撃と賞賛を浴びています。
 
 この記事内の動画の内容は、すべてが正しい内容ではありません。
 

  
 
 
 個人や組織で模造動画で詐欺をした人もいて、テレビ局に高値で売り込んだと思われます。
 視聴率競争があるので、テレビ局側も模造動画を製作したかもしれません。


 
 
 


 疑問1.ペンタゴンに開いた穴が旅客機(ボーイング757)より小さいのはなぜか?


 

 

 

 

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 旅客機とされる物が激突したのは、ペンタゴンの改装工事中の部分で多くのオフィスが空でした。
 設置担当の民間の職員だけしかいないオフィスもあり、犠牲者の大多数は民間の職員で死亡した軍人は1人の将軍だけでした。

 なぜ旅客機がぶつかったペンタゴン(国防総省)があのような小さな被害ですんだのか。

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 『ペンタゴン・レポート』による横幅約27mの穴の大きさは、翼幅約38mの旅客機の翼はまず根元から壁に激突し、後ろに折りたたまれながら突入していったであろうと考えられます。
 ぶつかった旅客機とされる残骸は多くありません。

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 ぶつかったのは巡航ミサイルの可能性があるともいわれています。

 2001年9月11日のペンタゴン攻撃後の残骸の後始末で呼び出された空軍技術士の退役軍人が政府がいう航空機という説明は、説明になっていないと語りました。
 証拠とされたものは演出されたものだと語ったのです。
 この人物はAFPのインタビューに対面形式で応えてくれることに同意してくれましたが、以下のような理由のため人物の特定がされないことを条件としました。
 つまり人物が特定されれば空軍は厳しく罰すると考えられるからです。

 この空軍技術士は17年間空軍に所属し危険な残骸物処理では多くの経験を積んだ人物で、最初の湾岸戦争時にアフガンに2度配属となっています。
 次のように述べています。
 「エンジンの一部と着陸装置の一部がグランドにあった。
 何かそこに配置されたように見えた。
 翼はどこにいったのか?尾翼部分は?多くの残骸があると思っていたが、ほとんど何もなかった。」

 さらに「2つの巨大エンジン」が政府の説明によればペンタゴン内部に突入したというが、「しかしペンタゴンにできた穴はあまりにも小さい」ので、それが本当のこととは思われないと述べました。
 ペンタゴンにできた穴は、プレデターというリモートコントロールで飛ぶスパイ飛行機でできたサイズくらいの大きさであったといいます。

 テレビ局にしてもフリーの写真家にしても、事件後すぐにに衝突現場の撮影は許可されませんでした。

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 この撮影されたエンジンの部品は、ペンタゴンに突っ込んだとされる航空機はロールスロイス製のRB211ターボファンエンジンのものかどうは、はっきりとは分かりません。

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 ペンタゴンに突っ込んだとされる航空機と同型の残骸は発見されていますが、陰謀説を主張する人々はペンタゴンに衝突した物ではなく「置かれた」物という可能性も考えています。

 ペンタゴン当局によれば、ペンタゴンビル内部で飛行機はエンジンなどのきわめて熱に強く破壊されにくいものを除き機体の大部分が原形をとどめずに破壊されたといいます。
 しかし、2006年ムサウイ裁判資料として採用された写真によると、ペンタゴンビル内部で撮影されたとしている犠牲者の遺体は人体の形を留め、衣服を残しているものもありました。
 ビル内部の状態と照らし合わせるなら、乗客乗員のものなのでしょうか。


 

 

 

 

 


 『ワシントン・ポスト』は、9.11事件当日のペンタゴンの攻撃を報道する記事で、現場証言として、ペンタゴン職員のErvin Brownが「小型飛行機の残骸のようなものが地面にあるのを見た」同じくTom Seibertが「ミサイルのような音を聞いたあと、爆発が起きた」と発言したと報じました。 (Barbara Vobejda 2001年9月11日. “'Extensive Casualties' in Wake of Pentagon Attack”. Washington Post)

 アメリカの超党派団体「9/11の真実を求める学者たちの会」は、航空宇宙工学エンジニアのマイケル・メイヤー(Michael Meyer)の次の主張をWebに掲載しています。

 「物理学的に、機体の構造・材質上、ボーイング757がペンタゴンに激突した際の(運動)エネルギーは、航空機本体が粉砕されることに、ほとんどが消費されるはずである。
 したがって、9.11事件でのペンタゴンの9フィートの厚さをもつ6層対爆コンクリートが突き破られ、均整の取れた洞穴状に、ペンタゴンの『Cリング』(外側から3番目の棟)まで破壊された状況は、ボーイング757によって引き起こされたものではない。」 (Michael Meyer  2006年3月3日 “A Boeing 757 did not hit the Pentagon”. Scholars for 9/11 Truth)

 不思議な点は次のようなものです。
 
 ・衝突場所の前面の芝生部分に残骸がまったく飛び散っていない。
 ・ペンタゴンの外側の棟の1階にだけ、ダメージを与えることができるのだろうか。
 ・熱によりほとんどの残骸が消滅に近いかたちで残っていない、といった事故はあまり例がない。

 アメリカのPilots for 911 truth(パイロットや航空業界関係者による911真相追求団体)は、2006年に次の記事を公表しました。
 「NTSB(国家運輸安全委員会)の公表したペンタゴン突入航空機(アメリカン航空77便)の飛行記録を、実際にフライト・シミュレーターで解析してみた。
 政府公式発表によると実際の現場で、77便はペンタゴン突入途中に街灯に接触したとされるが、解析の結果、街灯の上空では海抜480フィート(誤差+/-75フィート)を飛行していたことが明らかになり、街灯を航空機がなぎ倒すことは不可能であると分かった。
 この矛盾点をNTSBに対して問い合わせたが、回答は拒否された。」 (Pilots for 911 truth 2006年8月20日. “Flight Data Recorder Analysis - Last Second of Data - 09:37:44”. Pilots for 911 truth)

 CNNは、9.11事件当日にペンタゴン攻撃直前にペンタゴン上空を航行していた飛行機を撮影した画像を保有しており、これが一般の旅客機ではなく、アメリカの軍用機のE4-Bに外形が酷似していると指摘する番組を2007年に放映しました。
 また同じ番組の中では、アメリカ政府公式報告の中に、この飛行機に関する言及がないことも指摘しています。 (CNN's John King reports 2007年9月12日 “9/11: The mystery plane”)


 

 

 

 

 


 それでは、ペンタゴンに衝突したことになっている「アメリカン航空77便(ボーイング757ー200/機体記号 N644AA)」は、どこへ消えたのでしょうか。

 実際は機内で悪戦苦闘の末にテロリストを押さえつけ、そののち某軍事基地に誘導されて着陸していました。
 英雄として迎えられた乗組員と乗客らは、軍事基地エリア51まで輸送され、アメリカ軍の自作自演劇を封印するため、全員がアメリカ軍によって殺害されました。
 その中には女子供や赤ん坊まで含まれていました。

 ペンタゴンへミサイル攻撃したのは、ブレイディ債詐欺の捜査資料が保管されてたからです。
 ブレイディ債とは、ラテンアメリカ諸国によってドル建てで発行されたアメリカ財務省のゼロクーポン債(利払いのない中長期の割引債)を担保とした債券です。
 債券とは、国や地方公共団体、企業などが資金調達のために発行する有価証券(財産権を表示する文書)。
 通常、保有者に対して一定の期間ごとに利息が支払われ、あらかじめ決められた期日に元本が返却されます。

 海軍諜報部は、2001年9月12日に返却期限になっていた1200億ドル(約12兆円)のブレイディ債がらみの犯罪の調査をしていました。
 ペンタゴン以外で、このブレイディ債の捜査資料が置かれていたのがワールドトレードセンター(WTC)のツインタワーとWTC7です。
 ペンタゴン攻撃の結果、海軍の諜報部と会計監査官が選択的に殺されています。
 攻撃の対象となった場所に彼らが集められていたのです。
 突入と同時に内部爆破が行われた可能性もあります。
 ブレイディ債がらみの不正を追いかけていた海軍諜報部の係官と捜査種類が、組織が丸ごと消されたのです。

 そもそも公表されているだけでもペンタゴンは空からの攻撃に対して二重の防衛装置で守られています。
 飛行物体がペンタゴンからある一定の距離内に入る前に、友軍機であるという無線を飛ばさないと、すぐ近くのアンドルーズ空軍基地からジェット戦闘機のスクランブル発進がかかるシステムになっているのです。
 また、建物の周りには地対空ミサイルが配置してあって、飛行物体が近づくと自動的にそれを打ち落とす仕組みになっています。

 2006年になって77便の裁判の審理過程において、周辺の監視カメラの画像を政府が提出しました。
 9月15日にシットゴーのガスステーション、12月2日にヒルトン・ファミリー・ブランドであるダブルツリーホテルの監視カメラからという触れ込みの画像ですが、どちらも飛行機の姿はなくホテルからの画像にはペンタゴンの建物さえも写っていません。 (CNN 12/02/06、 Judicial Watch 9/15/06)

 ここにその公表された画像についてのニュースを報じたビデオがあります。
 女性のアナウンサーは「飛行機の姿がまったく見えない」と言っています。
 
 そして、なぜ当局は事故の数分以内にNexcomガソリンスタンドのセキュリティビデオを押収し、ペンタゴンに衝突したことを証明するためにこのビデオを公開しなかったのでしょうか。 


 


 調査隊は10月まで、事故現場に立ち入ることが許可されませんでした。
 2006年5月に2つのビデオフィルムが、ペンタゴンから公開されましたが、ペンタゴンにぶつかる物体を見えなくするために加工された偽造のフィルムだと思われます。
 
 炎を大きくし飛行物体を隠したのです。
 この大きさの炎が本当なら芝生が燃えて焦げていなければなりませんが、実際は燃えていません。
 
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 偽造の根拠は2つあります。
 1つは大きくあがる火炎と黒煙の影がまったくありません。
 2つ目は2台のカメラは少なくても4~5m離れているはずですが、上がる炎が見える角度はほとんど同じです。 (参照

 2001年の10月12日にラムズフェルド国防長官が、パレードマガジーンとのペンタゴンでのインタビューで話した言葉です。
 「……アメリカ市民を満載したアメリカの飛行機、この建物を壊したミサイル、WTCを破壊した似たような物を使うことについてわれわれは話しているんだ。……」
 
 ラムズフェルドは、うっかりペンタゴンを壊したのはミサイルだと言ってしまったのです。

 一般大衆が自作自演でペンタゴンをミサイル攻撃したという仮説をいきなり聞かされたら、ほとんどの人々はばかげていると感じます。
 そこが「秘密結社」の狙いです。
 秘密結社は、一般大衆が知らないうちに心理操作をしているのです。
 この事実をばかげた仮説と判断した人々は発見される証拠や証言も事実と思わずにばかにして、秘密結社の企みを知らずに終わるのです。
 秘密結社のテクニックは、人の感情、人の固定観念、常識を利用します。
 自分の意思で選らんだと思い込んでいる行動は、秘密結社のテクニックにより、選ばせたい行動を選ばされているのです。

 ボーイング機が突入したとされるペンタゴンから、発見されたということになっている遺体は、アメリカ陸軍病理研究所(AFIP)によれば189名分。
 そのうちの125名はペンタゴン職員で、アメリカン・エアライン77便の乗客59名の身元が鑑定により確認され、鑑定できなかった5名分が「テロリスト」のものということにされています。
 しかし、ペンタゴンは事件発生当時完全に封鎖されています。

 現地で発見された遺体というのも当局発表です。
 ペンタゴン内部で撮られた被害者乗客の写真は、そのように解説されただけで、実際にペンタゴン内部で撮られたのかは不明です。
 「乗客遺体」のペンタゴン内での分布に関する分析から「乗客遺体」に関するアメリカ土木工学会報告書(FBIの受け売り)が信用できないことをすでに示しています。

 ペンタゴン前での「機体破片」についても、ボーイング757‐200型機の特徴とは違うことを分析済みです。
 
 
 
 
 
 

 疑問2.飛行機がぶつかっていない世界貿易センター第7ビルが崩壊したのはなぜか?

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      WorldTradeCenter

 世界貿易センター第7ビルは、飛行機が突っ込んでもいないのに、なぜツインタワーの崩壊から8時間後に倒壊したのかとの疑問がもたれました。
 政府の見解では「第7ビルはビルの周囲の火災の影響で、9月11日の午後5時半に崩壊した」とされていますが、火災がなぜ崩壊に結びついたのかの説明は不明といいます。


 航空機が衝突したツインタワーから離れた場所にあり周りのビルが崩壊を免れたのに、第7ビルだけが完全に崩壊したのは不可解です。

 WTCのリース権を事件の6週間前に取得していたラリー・シルバースタイン(シルバースタイン社社長、ユダヤ文化遺産美術館理事)は、アメリカの公共放送番組『PBSドキュメンタリー・アメリカの再建』に出演し、こう語っています。
 「消防署長からの連絡を受け、『もう第7ビルの鎮火は無理だ』と聞かされた。
 そこで私は『多くの人命が失われてしまった。
 おそらく最も賢い方法はビルを「pull it」(建築用語で解体するという意味)ことでしょう』と答えた。 
 そして彼ら(消防隊員)は解体を決定し、私たちはビルの崩壊を見届けた」

 のちにシルバースタインはこの発言を訂正し「pull it」は「解体」ではなく「 引く(消防士を退避させる)」の意味で使ったとしていますが、彼が消防署長から連絡を受けたのはすでに消防士たちが退避したあとのことで言い訳になっていません。

 2001年9月8日には、警備の都合で第7ビルから全員が退去させられています。
 このときにビルに爆薬が仕掛けられ、9月11日に予定通り爆破されたのでしょう。


 オランダにあるビル爆破解体専門会社であるJowenko Exposieve Demolitie B.V.のダニー・ジョウエンコが、2006年9月にオランダのTV番組「Zembla investigates 9/11 theories」出演の際に、WTC7が爆破解体されたことを断言しました。

 9.11事件前に危険性を指摘されていた6000ガロンのタンクに対して、42000ガロンのディーゼル燃料がWTC7ビル地上階そばに保管され、ルドルフ・W・ジュリアーニ市長の指揮センターやシークレット・サービス、そのほかのテナントのための緊急発電機用の小さなタンクにパイプでつながれていました。
 カリフォルニアのメンロー・パーク在住で土木工学の実践として人災分析評論家協会の代表を勤めるジョン・D・オステラースは技術者を討論を行い、燃料がなかったとしたらWTC7の崩壊はなかったと述べています。


 疑問3.火災で崩壊した鉄筋コンクリートの高層ビルは、この事件だけなのはなぜか?

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 2007年9月14日、長崎放送の番組『報道センター』にて、長崎大学の戸田清教授の話や、ドキュメンタリー映画『ルース・チェンジ』の映像を交えながら、アメリカ同時多発テロ事件陰謀説が特集されました。 
 

 

  
 

 
  WTCタワーの爆発音に関する証言

 当時の報道を見ると多くの人から「爆発があった」「爆発の音が聞こえた」との証言がありました。
 現場にいた被害者や警官、タワーの中で救助活動していた消防士たち、さらにテレビ局のリポーターまでが爆発音について述べています。
 事件当時ビルの保安員として崩壊寸前の世界貿易センタービルに入り、最後の脱出者となるまで多くの人命を救助したウィリアム・ロドリゲスの証言があります。

 彼は当時国民的ヒーローとしてブッシュ大統領からも讃辞をたたえられるほどだったのですが、彼の口から事件の真実の一部が語られるようになった途端、マスメディアからはシャットアウトされてしまいました。
 消防士とともにビルの中で救助活動をしているときに、飛行機が衝突した93階から98階とは別の20階から34階にかけて奇妙な爆発音を複数回聞いています。
 これは彼だけではなく同僚もまた同じように爆発音を耳にしています。

 彼はビルを脱出する際にこう叫んだそうです。
 「ビルの中に仕掛けられた爆弾が破裂したぞ!」
 しかし、この事実はマスメディア関係に取り上げられることなく、もちろん政府の「独立調査委員会」の報告書などの政府が発表した9.11事件関連の公式文書には記載はありませんでした。 

 「爆発音の正体」になりえる要因は、現場にある可能性があり、閃光にしても電気配線がショートしていたなどの可能性もあります。

 9月11当日の午後に録音されたCNNによるロドリゲスの電話インタビューは次のようなものです。
 「私は地下にいた。管理会社のための階だ。そして大きなとどろくような音を聞いた。
 衝突するような音ではなかった。
 大量の家具を動かしているような大きな音だった。
 そして突然、別の轟音を聞いた。
 そして、男がかけてきた。われわれの事務室にかけこんできた。
 彼の皮膚はすべて剥がれおちていた。全部の皮膚が。」

 2009年1月、「9/11 Commission Records」が公開され、ロドリゲス氏の証言は次のようなものです。

 「彼はすぐに爆発はジェネレータによって生じたものだと思った。
 最初の爆発の直後、2回目の爆発が建物を揺すり職場の仮天井を破壊した。
 これらの爆発のあとに、ひどい火傷をおったFelipe David氏が職場にかけこんできた。
 ロドリゲス氏は3番目の爆発もあったとし、そのときは、爆発は地震によって生じたものだと思ったと話している。」

 2006年にはロドリゲスの証言は、次のように変わっています。
 「私は下からの大爆発を聞いた。B2かB3階だ。
 男が階段を登ってくるのを見た。彼の腕の皮膚は剥がれて…、垂れ下がっていた。
 そして別の爆発を聞いた。それは上からだった。
 それは最初の旅客機が建物に激突した音だった。」 (参照





 

 

 
 実はWTCは旅客機の突入に耐えられました。
 WTCのツインタワーの計画前、1945年にエンパイア・ステート・ビルディングに誤って爆撃機が激突するという事故がありました。
 そのためWTCのツインタワーは、当時最大の旅客機だったボーイング707が突っ込んでも大丈夫なように設計されていたのです。

 その構造は、ビルの中央に芯となる47本の柱が並び、外側を240本の柱と鋼鉄の格子で支えるというものでチューブを建てたような構造でした。
 設計者Leslie E. Robertsonは、次のように述べています。
 「このビルは、たとえ複数の旅客機が突入しても耐えられると思います。
 というのもこのビルの構造は、非常に強度の高い網戸のような物なのです。
 もし旅客機が突っ込んでも、それは網戸に鉛筆を突っ込むのと同じで、網戸全体には大きな影響を与えないのです。」 (「航空機衝突で柱が壊れても持ちこたえる構造だった」と世界貿易センター設計者 日経BP社 2001年11月19日)

 ジェット燃料で起きた火災は、実際は小さかったのです。
 南タワー崩壊直前に、飛行機が突入した78階にたどり着いた消防隊員から入った無線連絡によると「2か所に火災があり、ホース2本で消火できると思う」とのことでした。
 当時の映像を見ても炎よりも煙が多いように見えることから火災はそれほど深刻ではなかったように見受けられます。
 しかも今まで、火災によって鋼鉄のビルが崩壊した例はないのです。

 北タワーが崩壊したのは火災発生から1時間40分後のことでしたが、2005年に火災を起こしたマドリッドのビルは20時間も燃えたのにビルは崩壊することはありませんでした。
 
 公式発表は、「鋼鉄は溶けたのではなく、熱によって強度を失い変形や歪みが生じた」と説明しています。
 鋼鉄は600℃を超えると強度が半減します。
 しかし燃えていたのは「ビル上部」です。
 火災による鋼材の軟化だけが原因でしょうか、

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 崩壊は衝突に続いて生じた火災による加熱で、外周部の強度低下と曲がりが生じて、図のような外周部壁上のコラムと内部コア構造体の間のフロアーを支えるangle clips(隅のつかみ)が構造的弱点になったと考えられています。


 ユナイテッド航空175便が南棟に衝突する寸前、プラズマ兵器のプラズマが旅客機を誘導するシーンも映されています。

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 実はWTCタワーが崩壊する寸前、上空からプラズマ兵器が打ち込まれた瞬間が映されています。

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 その直後、次々と爆薬が連鎖反応式に起爆しビル全体が崩れ落ちて自己崩壊します。
 2号棟へ航空機が衝突した直後、物体は黒煙を上げている1号棟の上空から一瞬で飛び去ります。
 通常、重力で崩落したビルは、各階が押し潰されてて重なります。
 ところがツインタワーの崩落現場では、ほとんどの瓦礫が粉々になり太い鋼鉄の柱までが切断されたようになっていました。
 これは古いビルを爆破解体するときの様子ととてもよく似ています。

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 また当時の写真や映像から旅客機の突入とは無関係と思える白い煙が多々確認されています。 
 崩壊中のビルの映像からも、まだ壊れていない下の階からなぜか白い煙が噴き出しているのが見てとれます。 
 圧縮された空気が建物の弱い部分から粉塵を噴出してるだけでしょうか。
 爆破などで出る煙は有機物が不完全燃焼を起こして生じる炭素の微粒子の「すす」が本体なので、白い煙とは粉塵なのでしょうか。


 

 

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 ブリガムヤング大学の物理学・天文学科スティーブン・E・ジョーンズ教授は、「ビル地下の溶けた金属を調べると、瞬間的に鋼鉄を切断する際に使用されるテルミットのような高熱を発する爆発物を使用した形跡が見られ、爆発物が3棟すべてのビルにあらかじめ仕掛けられていたのは理にかなっている」として根拠を示した研究論文を発表しました。
 Jones, Steven E. (September 2006)) “Why Indeed Did the World Trade Center Buildings Completely Collapse?” PDF
 
 中性子爆弾の可能性もあります。
 化学技術者のT. Mark Hightowerは、爆発物がある物質を粉々に砕くあるいは破壊するには、その爆発物はその物質中での音の速さと同等かそれ以上のdetonation velocity(爆轟速度)をもっていなければならないといいます。
 テルミットの遅い爆轟速度では、コンクリートが粉々にならないのです。
 またテルミットでは10万トン以上の爆薬であったことになり非効率です。
 そして、瓦礫からは放射性物質が発見されています。
   
 骨組みの鋼鉄を溶かすには摂氏1482℃が必要で、ジェット燃料の燃焼温度である摂氏982℃を大きく上回っています。
 ジェット燃料はすぐにに気化するため、鉄骨の融解点にもたっしません。
 摂氏1093℃で6時間以上の耐熱後UL(損害保険者研究所)が認証された建物が2棟も崩壊することは物理学的にありえないのです。
 彼がそのデータを発表した際、60人の専門家のうち59人が彼の主張に同意し1人だけ反対しましたが、翌日にはその1人も自分の反対意見を撤回しました。
 WTC7とツインタワーが、衝突による損傷と火災のみによってでなく、入念に計画された爆発物/焼夷物質の使用によって崩落させられたという説について本格的な調査を要求しました。
 彼は制御解体説について豊富な証拠を提供しました。
 これは検証と反証が可能でありながら、アメリカ政府援助下のいかなる研究においても真剣に検討されていません。 

 WTCの各階フロアーはセンターコアから張り出し形式(構造力学的には片持ち梁)で設置されていました。
 WTCの崩壊は、飛行機の爆発燃焼の熱はあまり関係はなく、爆発と同時に発生した衝撃波とあらかじめ仕掛けられていたテルミットにより建物の構造骨格が破壊されました。

 まず飛行機が突入爆発するとそれにともなって衝撃波が発生し、突入位置はビル上層部で閉鎖空間だから衝撃波の大部分はセンターコアを通して下に伝播すると考えられます。
 伝播した衝撃波は基盤層から反射し上から来た波と重なって振幅を増幅させます。 
 これは「2~3回の縦揺れを感じた」という生存者証言を裏付けます。
 
 この結果、センターコアの構造がダメージを受け、同時にあらかじめ仕掛けられていたテルミットを使用しセンターコアなどを破壊します。
 そして、それに引きずられる形で各階フロアーが落下するのです。
 これは第1ビルでのアンテナ塔の落下、各ビルで外壁が内向きに崩壊しているように見える現象を説明できます。
 
 WTC崩壊から発生した粉塵を科学者グループが分析したところ、アメリカの軍でしか作れない「ナノテルミット」が大量に含まれていることが判明しました。
 ナノテルミットは鋼鉄を簡単に溶かすほどの高温を出せるだけでなく、ダイナマイト以上の爆破力をもっています。
 このナノテルミットがまだ未反応の状態で粉塵の中に大量に含まれていることなどを、コペンハーゲン大学のニールス・ハリト(化学)がデンマークのテレビニュースで説明しています。
 
 
 

 

 
 WTC7ビルディングは約5秒で一気に崩壊したことが確認できます。
 これは真空状態での物体の落下速度と同じです。
 WTC7ビルディングと同じ高さから鉄の球を落とす実験をした場合、空気抵抗があるため5~6秒かかります。
 4~5秒で落ちる状態を作るには爆薬を使うしかないのです。
 下の階を爆破して真空状態にすることで、抵抗力なくビルの上層部分を落下解体させることができるのです。

 9月11日の数週間前、土日の祭日に外壁の隙間で得体のしれない工事音が響いていました。
 今にいたるまで、それが何の工事だったか明らかにされていません。
 WTC7ビルディングは付近の建物に被害がないように行う爆破による解体なのです。


 

 


 このテロ事件での当日のBBCのニュース内においてニューヨークに中継がつながれたときに女性記者が、実際のWTC7ビルが背後にしっかりと映っているにもかかわらず、中継内で「たった今、ソロモンブラザーズビル(WTC7ビル)が崩壊したという情報が入ってきました」と言いました。
 その直後に中継が不可解に中断し、なおかつBBCがこの中継の録画テープを紛失したため、BBCが第7ビルの爆破解体という陰謀に関与した説があります。( Peter Phillips, Project Censored, Project Censored 2007 Censored 2008: The Top 25 Censored Stories of 2006-07. Seven Stories Press. p.142) (参照


 
  壊したかったWTCビルディング

 WTCビルディングは30年前に建てられ、維持するだけでもかなりの金がかかる上に古くなった設備は評判が悪くテナントの数も減る一方でした。
 さらにこのビルには鉄骨に吹きつけられている発癌性物質のアスベスト(石綿)の除去には、10億ドル以上かかり、アスベストを除去する必要に迫られていました。
 タワーを管理していたニューヨーク・ニュージャージー港湾公社は、80万ドルのさまざまな改築工事の予算を組んでおり、その中で一番の比率を占めるものはアスベストの減少処置でした。

 WTCビルディングは、建設以来初めてのビルオーナーの交代が9.11事件の直前にありました。
 オフィスビルのリース契約が不動産開発会社に移転したばかりでした。
 新たな契約内容は32億ドルで99年間というもので、ビル本体もオフィスの賃貸料もすべて保険で補償されていました。
 再建資金はすべてが保険金によってまかなわれ、その再建までに要する期間の賃貸料まで年間1億1000万ドルが毎年支払われる仕掛けになっていました。
 近くのビルも地上げして、第7ビルなどの所有権も有していたユダヤ人大手不動産会社のオーナーのラリー・シルバースタインが、その地域全体を再開発しようとして、保険金狙いの保険金詐欺も意図して起こした「手のこんだビル破壊計画」でもありました。
 彼は「テロ保険」で、事件後に保険金などを合わせて80億5千万ドルもの大金を手にしました。


 
 

 
 2001年9月14付の中日新聞の記事です。
 「名古屋市瑞穂区出身でニューヨーク在住の芸術家、荒川修作さん(65)が、世界貿易センタービルに飛行機が突入するのを目撃していた。
 13日の夜(日本時間)、荒川さんは本紙の電話取材に対し、激突の様子や食料が調達できるようになった現在のマンハッタンの状況などを生々しく語った。 
 同センタービルから約1,5km離れて住む荒川さんは、当日住んでいるビルの階下から聞こえてきた「火事だ」という声でセンタービルを見上げた。
 「今、冷静になって考えてみると不思議だが」と語ったうえで、飛行機がぶつかる直前にセンタービルからはすでに煙が出ていたように見えたといい、1機目2機目が相次いで突入するのを目撃。
 そのまま7時間、現場から目が離せなかったという。」
 
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 これは「ニューヨーク・ポスト」に掲載された写真です。
 不鮮明ですが、飛行機が突入する前にビルの北棟から、煙が出ているのを確認できます。
 しかし「ニューヨーク・ポスト」の遅版では写真が差し替えられています。

 WTCビルディングの安全管理会社は、イスラエルのMagna BSP社です。
 福島第一原子力発電所も同じ安全管理会社です。

 なぜ24時間臨戦態勢にあるはずの迎撃戦闘機が、どの空軍基地からも緊急出動しなかったのでしょうか。
 民間旅客機がハイジャックされたり、規定の飛行進路をそれて管制塔からの呼びかけに答えなかったりした場合、連邦航空局(FAA)はただちに米軍と北アメリカ防空司令部(NORAD)に通報し、戦闘機を緊急発進させる手続きをとります。
 しかし、緊急発進指令、緊急対応システムはそのときだけ解除されていました。
 9月11日当日の朝、事件前から事件が起きていた最中にかけて、少なくとも5つの大規模な軍事模擬演習が実施されていたからです。
 アメリカ国家偵察局(NRO)本部ビルへの旅客機突入の模擬演習組まれていました。
 NROのスポークスマンによれば、事件発生後、必要最小限の要員だけを残し、局の本部で働く3000人のほとんどが帰宅を命じられたといいます。


 
  株取引疑惑

 9.11事件によるユナイテッドエアラインの株価暴落を見越した株取引疑惑があります。
 9.11事件発生前の9月5、6、10の三日間にユナイテッドエアラインの株価の暴落を見越した異常な量のプットオプション取引がシカゴ証券市場において発生しました。
 プットオプションとは、対象となる商品を、決められた期日までに、決められた価格で売る権利のことです。
 行使価格は決められているので、原商品の価格が行使価格よりも下がれば、プットオプションの価値は上がります。
 つまり、プットオプション取引は、株価が下がったときに利益を得ます。
 この取引額は通常の6倍になりました。
 この取引の利益は、500万ドルに上ります。
 ユナイテッドエアラインのみならず、WTCビルディングに拠点を置く、メリルリンチソロモン・ブラザーズなどの株にも通常の取引額をはるかに上回るプットオプション取引が発生しました。
 ユナイテッドエアラインのプットオプションは1998年まで、アルビン・バーナード・クロンガードが経営責任者を勤める会社によって行われました。
 
 9.11事件のハイジャッカーたちと、中東でのアメリカの同盟国と思われ、世界最大の石油埋蔵量があるサウジアラビアの政府との関係に関する情報があります。
 それらの高官のうちの1人がサウジアラビア大使バンダル王子であるといわれていますが、彼の夫人ハイファ王女は、サン・ディエゴ時代、9.11事件のテロリストの少なくとも2人に間接的な資金援助をしていました。
 王子はブッシュ・ファミリーときわめて親密なので「バンダル・ブッシュ」として知られています。
 
 タイム誌は、アメリカの商業航空路がなお市民に閉ざされていた9月11日直後に、ブッシュは1機のジェット機がアメリカの10の都市に立ち寄り、ビン・ラーディンの親族を含む140人の著名なサウジアラビア人を乗せ空路帰国することを許したと報じています。

 9.11事件に関しては、ほかにも数多くの疑惑がありました。
 たとえば、ハイジャックされた機内の乗客が携帯電話でテロリストたちの様子を地上の家族や友人に伝えてきたというものがあり、犯人像はすべてアラブ系となっていました。
 ところが、携帯電話の請求書に通話記録がないのです。
 そもそも物理的に不可能な方法で機内電話を使用していた例も次々と明らかとなりました。
 人々に同情の涙を誘った通話談の多くがデマであったと分かりました。

 9.11事件は、アメリカ軍がアラブのテロリストたちを泳がせながら旅客機をハイジャックさせ、そののちアメリカ軍が全面協力して9.11事件を演出したのです。


 ブッシュ家とビン・ラーディン家が昔から仲良しなのは、新聞などで欧米では一般的に広く知られています。
 ブッシュ・シニアが顧問を勤めるアメリカの投資ファンドカーライル・グループに、ビン・ラーディン家が数億円の投資をしていました。
 これをウォール・ストリート・ジャーナルが9.11事件以降にすっぱ抜いて、ビン・ラーディン家は慌てて投資を引き上げました。
 カーライル・グループは、この戦争によってかなりの利益を上げました。

 ブッシュ・ジュニアがテキサスにいたころに経営していた石油掘削会社アルブスト・エネルギー社には多額のビンラディン家からの投資があり、ウサマの兄であるサレムが株主となっており事実上の共同経営者でした。
 9.11事件が起きる2か月前、ドバイのアメリカ系病院にビン・ラーディンが10日ほど入院したとき、CIAの職員が病室を訪れたとイギリスのガーディアン紙とフランスのフィガロ紙がすっぱ抜きました。
  そして、そのCIAの職員は1996年の時点でビン・ラーディンを捕まえるチャンスがあったのに、あえて捕まえませんでした。
 アメリカが国をあげてテロリストとしているビン・ラーディン家とブッシュ家は昔から、仲良しなのは知られている事実です。
 9.11事件の前に、ブッシュはビン・ラーディン家を国外に逃がしました。

 2011年5月2日、パキスタンにおいてアメリカ軍によりビン・ラーディンの殺害が確認されたことになっています。
 30年間、存在を知られることなく活動を続けてきた対テロ特殊戦を担当する米軍最強の部隊が、ビン・ラーディンが潜伏する豪邸を急襲し約40分の銃撃戦の末に邸宅を制圧し、ビン・ラーディンを殺害したと発表されました。
 オバマ米大統領は「正義はなされた」と宣言しました。

 しかし、ビン・ラーディンは殺しませんし殺せないのです。
 ビン・ラーディンは、アメリカの手先でしたが自分が悪役として殺される可能性を知っていたので、自分を殺すなら自分はアメリカの手先だったと世界に暴露するようにしておいたのでしょう。

 ビン・ラーディンの死体はあえてイスラム教に反する海に水葬にし、イスラムの人々を侮辱したのです。
 これは、さらにイスラムが団結し、欧米に敵対するようにするためです。
 海に水葬にしたら探しようもないのでビン・ラーディンだったのか調べようがありません。
 
 パキスタン最大のTVネットワークGEOのイスラマバード支局は、ビン・ラーディンの遺体として報じた写真について「フォトモンタージュ(偽造)された写真で、2009年にはすでにネット上に存在した」と発表しました。
 当支局のジャワド氏は「調査によって偽造写真であると確認されたため回収した」と述べました。

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 イランのメヘル通信は「ウサマの死はうそ」と明言し、イランの国営テレビは、ビン・ラーディンの遺体が水葬されたことで不可解さが増したと伝えました。



  9.11事件の目的は何だったのか
 
 
 犯人たちは短時間に次々と大型ジェット機4機をハイジャックしました。
 つまりビン・ラーディンがアメリカ政府・軍部に通じた者でないかぎり、9.11事件は起こせなかったのです。

 アメリカ政府が、なぜ多くの自国民の命を犠牲にするようなことを行ったのか疑問に思うでしょう。
 しかし、1941年の真珠湾攻撃の際に前例があります。
 当時のルーズベルト大統領は日本軍の暗号を解読し、約3週間も前に真珠湾攻撃が始まる日時を正確に把握していました。
 ところがハワイ駐留アメリカ軍から暗号解読器を取り上げ、あえてその事実を報告しませんでした。 (参照

 自国民を犠牲にして不意打ちされたシナリオを作ることで、アメリカ市民の怒りを煽り参戦への支持を取り付ける戦略は、戦争の常套手段です。

 そして、基本的に大衆を操作するには恐怖を与えるのが一番です。
 個人の思想の自由を妨げ操作し個人の信念をこの世の価値観内にして、無知とうそで事実を曲げてうそが正しいと思い込ませます。
 
 9.11事件以降の流れを思い出してください。
 9.11事件の直後には、疸菌事件が発生しました。
 炭疽が含まれた郵便物が、なぜか野党議員だけに送られ死者も出ました。

 イスラム教徒が記したと思われるような「……アメリカに死をイスラエルに死をアラーは偉大なり」という手紙も政治家やメディアに送られ、ワシントンD.C.を中心にアメリカ市民は恐怖に怯えました。

 アメリカ政府はテロリズム警戒の色別コードを設定して、テロの警戒が高まる毎に、アメリカ市民にメディアを通じて注意を呼びかけました。
 そして翌2002年の10月、元軍人でイスラム教に改宗した犯人による無差別狙撃事件がワシントンD.C.で発生しましたが、これはマインドコントロールの結果であったとも囁かれています。

 このようにアメリカ政府は市民にイスラム世界に対する恐怖を植えつけ、政府依存体質を作っていきました。

 
 
  アメリカが言うようなアルカーイダは存在しない 
 
 ウサマ・ビン・ラーディンはサウジアラビアの裕福な家庭に生まれました。
 彼は1988年、アフガニスタンにアルカーイダとよばれる国際テロ集団を設立しました。
 アルカーイダとは中東で話されているアラビア語という言語で「基地」を意味します。
 アルカーイダはイスラム主義運動ターリバーンに対し資金援助などの支援を行いました。

 ターリバーンとはアフガニスタン政府を支配し、国民に厳しい戒律に従うよう強制した集団です。
 イスラム教の聖典を『クルアーン』(コーラン)といい、イスラム教の信者をムスリムといいますが、ターリバーンとアルカーイダは、『クルアーン』の最も保守的な解釈に従うイスラム原理主義を信奉しています。
 ターリバーンとアルカーイダは西欧世界、とくにアメリカを敵とみなしています。
 
 ウサマ・ビン・ラーディンはターリバーンからの依頼を受けて、アフガニスタンでテロリストを訓練したりテロリズムの計画をしたりしています。
 そして2001年9月11日、ビン・ラーディンがアルカーイダやターリバーンの理想を実現するため合衆国を攻撃するよう命じたのです。

 

 
 
 フランス人ジャーナリスト、リシャール・ラベヴィエールは「アルカーイダは存在しない」と主張しています。 
 フランス国立東洋言語文化学院のナディーヌ・ピコドゥ教授は、次のように述べています。
 「アルカーイダという名の過激な行動をとりうる者のリストがあり、そこから選ばれてテロリズムを実行するとアルカーイダの犯行ということになる。
 ほかのイスラム過激派組織も皆強固な一枚岩ではなく数え切れないほどの組織があって、それぞれがある指導者に忠誠を誓っては撤回するということを繰り返している。」

 基本的に大衆を操作するには恐怖を与えるのが一番効果的です。
 そして個人の思想の自由を妨げ操作して、無知とうそで事実を曲げてうそが正しいと思い込ませます。
 世界のメディアの多くは、アメリカの新保守主義(ネオコン)を「アメリカは民主主義を世界に広げることを国家としての目標にすべきで、世界を民主化するためにアメリカの圧倒的な軍事力を活用すべきだ」と主張する「理想主義者」の集団であるとしています。

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 アメリカが世界の平和を守るという大義を成り立たせる、アメリカが最強の正義であることがアメリカの自己正当化の要です。
 しかし、その正義はアメリカの一握りの人々のお金儲けのためのうその正義であり欲望を満たすための悪行です。
 アメリカは、ビン・ラーディンはテロリストのネットワークを有しているとし、テロリストを捕まえてはアルカーイダにしたて幻のテロ組織をでっちあげました。
 
 テロリスト側はこの虚を突いてイスラムの脅威を自ら誇張するために「脅威ではないアルカーイダ」を真実に見せかけようとしたのです。
 アメリカとテロリスト双方から必要とされる偽の脅威は、アメリカによって作られた大衆操作のためのうそなのです。

 トルコ南部の地中海岸の地中海を航行するクルーザーが多く寄港する観光地港町アンタルヤの港の近くの家で火事が発生し警察が火事の原因を調べてみると、家の中から750kgもの爆弾が発見されました。
 2005年、この事件でトルコ当局はルアイ・サクラというシリア人の男を逮捕し尋問すると、サクラはアルカーイダの幹部でアンタルヤに入港するイスラエル人のクルーザーに爆弾を積んだ小船を突っ込ませて爆破テロリズムを行う計画だったと自白しました。
 
 そればかりでなく、2003年11月にトルコのイスタンブルでイギリス系銀行やユダヤ教の礼拝所が爆破された同時多発テロ事件に関与したほか、9.11事件にも実行犯たちにパスポートを用意するなど関与したことも明らかにしました。
 サクラは「アルカーイダで5番目に重要な人物」として報じられましたが、彼はトルコの警察当局をもっと驚かせる別の話も明かしました。
 それは彼がこれまでにアメリカの中央情報局(CIA)に2度拘束され、その際にエージェントスパイ)としてCIAのために働かないかと持ちかけられて了承し、多額の活動資金ももらっていたという話でした。

 この件を報じたトルコの大手紙『ザマン』によると、CIAは2000年にトルコ国家情報機構(MIT)に対しサクラを捕まえてくれと連絡しましたが、MITも捕まえたサクラに対しスパイになるよう要請し再び自由の身にしてやりました。
 このほかサクラは母国シリアの情報機関(ムハバラート)からもエージェントになれと要請され、アメリカ、トルコ、シリアという3つの国の諜報機関に情報を流す「三重スパイ」として機能していました。
 アルカーイダの幹部は、アメリカのエージェントでもあったのです。
 
 トルコのテロ専門家は『ザマン』紙に対しこう述べています。
 「アルカーイダという名前の組織は存在しない。
 アルカーイダとはテロ戦争を永続できる状況を作ることを目的とアメリカの諜報機関が行っている作戦の名前である。
 テロ戦争の目的は、常に低強度の危機が持続している状態を作ることでアメリカが世界から頼られる独裁体制を維持することにある。」
 
 アメリカは対テロ戦争を永続させるために、当局がテロリズムを誘発させるという作戦は、アメリカ国防総省も行っています。
 国防総省は2002年、テロ組織に対して故意にテロリズムを誘発させるような作戦を行う「先制作戦グループ」(Proactive, Preemptive Operations Group)を省内に作りました。
 
 作戦はテロを扇動することで休眠状態のテロ組織を活動させ取り締まりを容易にするためと説明されましたが、実際にはテロリズムが増えただけで取り締まりは容易になっていません。
 イラクゲリラ活動が活発化したのは、このグループの作戦です。
 世界各地での出来事を見ると「アメリカは被害者でイスラム過激派が加害者だ」という常識はもはや間違いであり、アメリカ当局の中にテロリズムを煽っている者たちがいるのではないかという疑念を抱くことの方が正当であるような状況になっています。
 イギリスでは相次いで起きた同時多発テロ事件が、当初は「2つともアルカーイダの犯行」と発表されていたのに、そののち「アルカーイダの指示を受けて行われたものではない」と変わっています。

 
 

 
 そもそもアルカーイダという名称はアメリカ政府が付けたものです。
 ウサマ・ビン・ラーディンの名前は1980年代から知られていましたが、「アルカーイダ」という組織名は、9.11事件とともに聞かれるようになったものです。
 それ以前には「ムジャーヒディーン(聖戦士)」などとよばれていました。
 
 1998年のケニア・タンザニアのアメリカ大使館同時爆破テロのころから実体が見えにくくなり、代わりにアメリカやイスラエルの情報機関の影が見え隠れするようになりました。
 そして、2000年ごろからアメリカのマスメディアでは「何十年も続くテロリストとの戦い」を予測する特集記事が目につくようになりました。
 
 9.11事件の目的は、アラブ人を世界の悪者と見立て、それをアメリカ国民と世界に知らしめることで、イスラム世界に仕掛ける戦争を正当化する口実を作ろうとしたのです。

 なぜ戦争を仕掛けたいのでしょうか。
 戦争をすると儲かるからです。
 そして、アダムの時代からのサタンを頭とする秘密結社が人類を肉体的にも的にも滅ぼそうとしているからです。
 

  サタンに従う「秘密結社」

 
 イタリアのフランチェスコ・コッシガ元大統領は、2007年11月30日発行のイタリアの日刊紙『コリエーレ・デラ・セラ』のインタビューで、次のように述べています。
 「9.11事件はアメリカ政府の内部犯行だ。」
 「イタリアの中道左派の最先端の人々は、この大規模な攻撃がアラブ諸国に非難を向け西側諸国をアフガニスタンとイラクの戦争に参加させるため、シオニスト(イスラエル民族主義者)の世界的グループの協力のもとアメリカのCIAとイスラエル諜報機関により計画され実行されたということを熟知している。」
 「この情報はアメリカ、ヨーロッパの民主勢力に共有されている。」 ("Osama-Berlusconi? Trappola giornalistica Corriere della Sera 2007 2008-5-16)
 
 
 アメリカの映画監督アーロン・ルッソニコラス・ロックフェラーの会話があります。
 アーロン・ルッソは2006年、アレックス・ジョーンズとのインタビューにおいて、ロックフェラー家でCFR(外交問題評議会)上級メンバーであるニコラス・ロックフェラーから9.11事件発生の11か月前に「新世界秩序 (New World Order)」構想の実現計画の一環として次のような話を聞かされ、ニコラス・ロックフェラーのグループに参加するよう勧誘されたといいます。

 「これからある出来事が起こる。
 ある出来事によって米軍はアフガニスタンに侵攻する。
 さらにイラクに侵攻して油田を確保して、中東に(米軍)基地を構築してこれらの地域を新世界秩序に取り込む。
 これらの米軍侵攻のすべてが巨大なでっちあげである。」

 ニコラス・ロックフェラーは次のようにも述べています。
 「アフガニスタンを侵略するだけで石油のパイプラインが引け、イランを侵略すれば油田も奪うことができる。
 そこにアメリカ軍基地を置けば、中東を新世界秩序に取り込める。
 アメリカに批判的なベネズエラのチャベス大統領は殺せばいい。」


  
 
 

 
 

 本来の意味は「奮闘する」とか「努力する」という意味で、異教徒との戦いを意味するものではなかった「ジハード」の言葉を異教徒との戦いに結びつけ「ジハード(聖戦)」に置き換え、イスラム教徒が守るべき義務としたのはアメリカが教えました。
 ソ連がアフガニスタンに政権介入した第一次アフガン戦争のときにアメリカは、聖戦の概念、自爆テロで死んだ戦士は死後「目が大きい処女たち(誤訳からの誤解)」が花嫁としてもらえるといったようなことを、学校教育を通して教えこんでいたのです。

 アメリカ同時多発テロ事件陰謀説

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 アメリカ同時多発テロ事件以降、アラブの莫大なオイルマネーは、これまでのアメリカ国債に多く使うことを改め、自国の経済のために使い始めました。
 そして、アメリカ同時多発テロ事件以後、アメリカは大量破壊兵器の開発を名目にフセイン大統領を追いつめ、2003年の「イラク戦争」へと発展させます。


 


 アメリカは開戦に踏み切る前、フセインがアルカーイダと手を組んでいた証拠を発見したと断定していましたが、フセイン体制はイスラム原理主義から遠く、むしろアルカーイーダはフセインを嫌っていました。

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 フセインはムハンマドより目立つようイラク中に自画像を掲げていて、これらはイスラム原理主義のアルカーイダから見て許せない行為なのです。

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 2003年3月20日に主に米英軍がイラクに対し仕掛けたイラク戦争は、イラク武装解除問題の進展義務違反が理由でした。
 しかし、アメリカの目的はイラクの石油利権奪取です。

 国連査察団の調査の結果、イラクは大量破壊兵器を保持していませんでした。
 アメリカは、戦争前からイラクは大量破壊兵器がないのは承知の上で、最後通牒を行ったのです。

 アメリカがイラクを攻撃した理由は二転三転し、理由のいずれもがうそでした。
 つまり、平和のための戦争という大義名分がうそだったのです。
 大量殺獄を目的とする化学兵器の保有の可能性だけで攻撃が正当化されるのなら、アメリカ軍はどこの国でも攻撃できることになります。

 イラクのフセイン大統領は2000年の10月6日に、反米のイラクはドルに依存するよりはユーロを頼ったほうが安全なので原油の取引をドル建てからユーロ建てに切り替えました。
 また、産油国ベネズエライランも同じ動きをしていました。
 アメリカは貿易収支の赤字を拡大し続ける世界最大の借金国なので、石油通貨がドルからユーロに変わればアメリカ経済には打撃となります。
 アメリカは、「原油のドル建て取引」を維持するために「アメリカ同時多発テロ事件」を敢行し、それを口実にイラク侵略を行ったのです。

 2006年12月30日、フセイン元大統領の死刑が、バグダードで執行されました。 (参照
 12月26日の死刑確定からわずか4日での執行となりました。
 
 フセインは言いました。
 「共和国防衛隊がイラクの権利を行使しただけだ。」
 「公的行為が犯罪なのか?」
 
 ジョージ・W・ブッシュは、言いました。
 「イラクの民主化を進める画期的な出来事だ。」 

 シークレット・ガバメントは、情報操作と心理操作の専門集団による世論操作術にも長けており、戦争参入に不賛成だったアメリカ国民を、一挙に参戦に持ち込むということもやってしまいます。 
 イラク戦争では、ブッシュ・ジュニアは国連決議を完全に無視し、テロ活動と無関係だったイラクに難癖をつけ一方的に侵略しました。
 そののち、アメリカはイランに対し強圧的な態度をとり続けています。
 イスラム原理主義のイランは、近い将来イスラエル問題でアメリカと衝突するアメリカにとっては邪魔で、どこかの国とイランを戦争させ滅ぼそうとしています。

 アメリカにとって最も邪魔な国は、中国でもなくロシアでもなく、同じ自由圏の欧州連合(EU)です。
 思想が近いだけにアメリカ主導の世界統一政府の樹立の際は、フランスドイツが文句をつけてきます。

 フランスはイラクに油田の採掘権をもっていて、石油利権を確立する政策を推し進めてきました。
 そしてアラブを中核とするイスラム諸国と宗教戦争を再発させ、アメリカの世界政府樹立にとって邪魔な国を崩壊させるのです。

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 2009年10月の政権交代を機に財政赤字が公表数字よりも大幅に膨らむことを明かしたことに始まる一連の経済危機であるギリシャ経済危機が起きました。
 ギリシャのような弱小経済国がEUに加盟できたわけは、財政赤字の借金を隠したからです。
 ギリシャは弱体通貨「ドラクマ」と、全労働人口の5分の1が公務員というアンバランスさで、さらに税金も金持ちほど納めない体質でした。
 さらに年金と公務員給与手当が政府支出の40%を占める政策がまかりとおっていたため、借金国家になりました。 
 
 実はそこにアメリカの甘い罠が仕掛けられていました。
 ロックフェラー家の次期当主ジェイ・ロックフェラーゴールドマン・サックスが、巧妙な粉飾決算の抜け道を伝授していたのです。
 『ニューヨーク・タイムズ』の報道では、ゴールドマン・サックスがギリシャ政府に対し、2000年から2001年にかけギリシャ政府に対し、数十億ドルの裏資金を提供したといいます。 (参照

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 この金融取引で融資された資金はローンではなく為替取引として会計上記録されるため、表向きは財政赤字は国内総生産(GDP)比3%程度でしたが、政権が変わりGDP費13%の赤字と暴露された結果、ユーロ危機にまで発展し、イタリア、スペイン、ポルトガルは不安定化しました。

 ギリシャ経済危機チュニジアからのアラブの石油産出国の民主革命の大混乱はEU破壊と戦争に駆り立てるアメリカの戦略です。


 


 自然発生的なものに見えるチュニジアに端を発する「アラブの春」は、アメリカによって周到に仕組まれたものでした。
 かつてはラテンアメリカアフリカなどで行っていた武力による政権転覆工作をより洗練されたソフトなものとするため、市民的自由が諸国で守られているか監視することを目的とする国際組織フリーダムハウスなどの実際は政府によって作られた組織の非政府組織(NGO)を隠れ蓑にした組織によって、扇動されやすい若者を操作します。
 その際の武器は「民主主義」と「人権」という耳に心地良い言葉であり、TwitterFacebookなどのアメリカ製のITツールです。

 中東で広まる反政府運動の原因は、国境なきハッカー集団の「アノニマス」と名乗る謎の集団です。
 アノニマスは個人的なハッカーが集団化した擬似組織と思われていますが、アノニマスの背後にはアメリカ軍の諜報機関「アメリカ国家安全保障局(NSA)」がいます。 

 「人権が軽んじられているのを見逃すわけにはいかない」「独裁者を排除し、民衆に民主主義を」という、愛国者法により警察国家となったアメリカのことは棚に上げたダブルスタンダードのフレーズによりアメリカを正当化しています。

 ダルフール紛争の大虐殺はイラクの大量破壊兵器同様、アメリカが侵略の口実に作り出したものです。
 アメリカの狙いはロシアがエネルギーを供給することで、その影響下に置こうとしている周辺国家とを分断することです。
 アメリカだけが世界中のエネルギー資源の支配者でなくてはならないのです。 

 リビアにおいて2011年2月15日に発生したカダフィに対する反政府運動は2011年リビア内戦へと発展しました。
 西側諸国(NATO)やアメリカが、積極的に軍事介入して、カダフィは10月20日に殺害されました


 


 カダフィは石油を金本位制の新たなアフリカ統一通貨「ディナ金貨」を計画していました。
 力をつけ始めていたアフリカ諸国、周辺のイスラムの国々は「ディナ」発足に前向きでした。
 軍事介入されるの1か月前にもディナ金貨への参加を呼びかけ、資源国の多いアフリカの黄金時代を築こうとしていました。

 2011年、ジャスミン革命によってチュニジアでは政権が倒れ、リビアのカダフィは反政府勢力に殺害され、エジプトではムバラクが失脚し、シリアを含む中東全域に拡大し、産油国が次々と民主化と称する革命に巻き込まれています。 
 2011年1月26日より、シリアで続いている反政府運動やシリア政府軍と反体制派による武力衝突のシリア騒乱は、アメリカに仕組まれたものです。


 


 中東各国で欧米式の民主選挙が実施された場合、その多くはイスラム原理主義を標榜する政党が一気に台頭するのです。
 イスラム教を国教あるいは公定宗教としつつも、大多数の国は一応は近代的な法制度を中心としています。
 サウジアラビアは、厳格なイスラム主義の国で『クルアーン』が憲法であると宣言しています。
 一部、地方選挙が行われたことはありますが、選挙で選ばれる国会は存在しません。
 国民への抑圧も深刻で、宗教警察が国民の道徳違反を監視しています。

 イランは建前上、議会制度を採用していますが、厳格なイスラム法の国です。
 選挙で選ばれる大統領や国会議員はいますが、宗教指導者のハーメネイーが国政の最終判断を下しています。
 そして、原理主義的な革命防衛隊や民兵組織が市民を監視し、言論の自由を抑圧しています。

 日本で眺めていると中東の一連の流れは「民主化運動」の一環で歓迎されるように思えますが、中東の優等生とよばれたエジプトでさえムバラクを追い出したのち軍が一時的に政府を代行する暫定政権で安定政権もなければまともな野党勢力もない有様です。
 ムバラクが長期独裁政権を維持するために野党勢力を徹底的に弾圧してきたからであり、だからエジプトは平和時でさえ戒厳令下にありました。
 リビアはカダフィ大佐の個人独裁下で政党政治の類は存在しない国家で、カダフィの独裁で国民は従うだけでした。

 イスラム諸国は団結し欧米に敵対させ、アメリカが仕掛けるようにイスラム原理主義で一致していきます。 

 ビン・ラーディンとブッシュ・ジュニアは、ともに原理主義者です。
 とくにブッシュが所属する「WASP/ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント」や「スカル&ボーズ」などは、原理主義であり、イスラム教を滅ぼそうとしています。
 一方のビン・ラーディンも、キリスト教との最終戦争を不可避とする原理主義者で、ある時点で両者はそれぞれの人類最終戦争の預言を成就させるため協力関係を結んだのです。 (参照) 


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  貨幣の仕組み

 この世には、汗を流して働く人々と、ごくわずかの何もしなくてもお金が入ってくる人たちに分けられます。
 大富豪である人たちから見ると、汗を流して働く人々は、自分たちの経済、軍事による支配力でいいなりにできるので、逆らったら懲らしめて殺し、人口が多すぎるのなら殺せば良いと考えています。
 奴隷や家畜と思っている大衆のことなど、こき使い太らせて食べるだけで、あとはどうでも良いと思っているのです。 
 大富豪たちの支配者は、奴隷たちを自分たちが奴隷と気づかないようにします。

 貨幣の仕組みを理解している人は、ほとんどいないのが実状です。
 貨幣はかつては金・銀・銅などの金属でした。
 貨幣の量はどれだけ金(銀・銅)が発見されるかにかかっていました。
 そして、交換価値の尺度となる重量や純度が一定の鋳貨(コイン)は、権威と信用のある国王(政府)が造る権利をもっていました。
 貨幣発行権とは、つまり「誰にどれだけ貨幣を分配するか」を決めるとても大きな権利です。
 人々は取引きのときに、その対価に相当する鋳貨を支払っていました。
 当時のお金持ちは金貨を空き巣や強盗から守るために、立派な金庫をもつ金細工師や両替商にその貨幣を預けていました。

 人々は金貨を使って取引きするより、預り証を使って決済する方が便利で安全であることに気づき、その預り証が通貨(紙幣)の役割をもつことになります。
 こうして人々が紙幣で取引きし始めると、金庫の中にある金貨は眠ったままになります。
 もし預金者全員が一度に金貨を引き出しにこなければ、この金貨を担保に紙幣を発行しても良いのではないかと考えます。
 こうしてお金に困っている人に紙幣を貸し出し、その貸し出し料として利子を受け取る近代式の銀行業が始まりました。

 銀行カルテルは物質的な金に囚われることなく自ら貨幣を作り、それを誰にどれだけ分配するか決める権限をもったのです。
 このように貨幣の主流が、銀行が発券する紙幣に変わっていくと、これまでのように国家がお金をコントロールができなくなりました。 
 紙幣をすることができる中央銀行兌換(金との交換)銀行券(紙幣)の大量発行を行うことで膨大な利益を作ることになりました。
 保障となる金の手持ちが少なくても、その何倍もの紙幣が発行できるのです。
 ヨーロッパの国家は戦争時に軍事費のためなどに貨幣を必要としますが、税収を上げられないとなると銀行家から借りるしかなくなりました。


 外国人には利息を取って貸してもよい。
 ただ兄弟には利息を取って貸してはならない。
 これはあなたが、はいって取る地で、あなたの神、主がすべてあなたのする事に祝福を与えられるためである。 (申命 23:20
 
 富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陥るのである。
 金銭を愛することは、すべての悪の根である。
 ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。 (1テモテ 6:9-10

 キリスト教は、他人にお金を貸して利息を取ることは罪悪であると考えていました。
 ところが、ユダヤ教は異邦人から利子を取ることを許していたので、ユダヤ人は古くから自由に高利貸業を営みました。
 イスラムの銀行には「金利」を取らない仕組みが、実施されています。
 金利を取らないイスラム銀行の利益は、投資の形で事業に参加し、共同経営者として儲けを受取ります。
 もし事業が破綻すれば、当然出資額は回収できないことになります。


 富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。 (箴言 22:7

 こうして次々と国家に対して貸付けることによって、ロスチャイルド家は絶大な影響力を手に入れるようになったのです。
 初代ロスチャイルド、マイアー・アムシェル・ロートシルトは、フリーメイソンだったと思われます。 
 フリーメイソンリーの中には、儀式のとき以外でも、ハンド・サインをすることがあり、フリーメイソンたちの集合写真でも、それぞれの階級を示すためにハンド・サインをしたりします。
 肖像画を描くときやポートレートなどの写真を撮影するときにハンド・サインをするメンバーもいて、ポピュラーなのは右手を胸の部分の懐に入れるポーズです。

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          solomon-rothschild

 近代ヨーロッパの著名人の肖像画や写真には、このポーズをしている人々がいます。 (参照) 
 マイアー・アムシェル・ロートシルトには、5人の娘と5人の息子がいました。
 この息子たちが成長し、ヨーロッパの主要な都市に支店を開いていきます。
 1804年、三男のネイサンがイギリスのロンドンへ行き、のちに金融王となります。
 1817年、五男のジェームズがフランスのパリへ行き、鉄道王とよばれ鉄道を足がかりにフランスの産業を支配していきます。
 1820年、次男のザーロモンがオーストリアのウィーンへ、1821年には四男のカールがイタリアのナポリへ、そして長男のアムシェルは、ドイツのフランクフルト本店を継ぐことになります。

 この5人兄弟は、伝書鳩や高速艇、専用の馬車をもっていて、各国の情勢を手紙で情報交換していました。
 今の情報ネットワークを利用して投機で儲けるという国際金融ビジネスの原型を築いたのです。
 1814年、イギリス東インド会社のインド貿易独占権が廃止になり、そののちはロスチャイルド家が利権を受け継ぎ植民地支配を続けることになります。
 1815年、ロスチャイルド家はイングランド銀行を支配下に置き、イギリスの通貨発行権と管理権を手中に収めました。

 ロスチャイルドら国際金融資本家は、国家に金を貸すと同時に通貨を発行する「債務から通貨を創造する」という狡猾な仕組みを作りました。

       Battle-of-Waterloo

 ロスチャイルドには真偽が定かではない「ワーテルローの戦いで大儲け伝説」があります。
 1815年、ナポレオン率いるフランス軍とイギリスとオランダとプロイセンの連合軍のヨーロッパの覇権を賭けた戦いのワーテルローの戦いが起こります。

 
 

 このときイギリスは国債を発行することによって戦費を調達していました。
 イギリスが負けることになれば、当然、イギリスの国債は大暴落しまいます。
 ある日、ネイサン・ロスチャイルドが、急にイギリスの国債を売り始めました。
 ネイサンが独自の情報ネットワークをもっていて、いち早く情報を入手できることは知られていたので、それを見て投資家たちはイギリスが負けると思い込み、イギリス国債を売り始め最終的に大暴落しました。
 その裏でネイサンは秘密の代理人を使って、大暴落したイギリス国債を買いまくっていたのです。

 そして、のちにイギリス勝利の情報とともにイギリス国債は大暴騰しました。
 これにより多くの投資家とほぼすべての名門の家系が破産したのに対して、ネイサンは当時としては天文学的な数字である約100万ポンドの利益を得て、当時の財産300万ドルをさらに2500倍の75億ドルに増やしたといわれています。
 このことはのちに「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが、実際に勝ったのはロスチャイルドだった」ということわざとなりました。

 ロスチャイルドのワーテルロー伝説のバリエーションは 伝書鳩を使ったとか早馬の伝令を用いただとかフランス将校を買収してナポレオンに負けさせたなど、いくつかあります。
 1913年に小説家Ignatius Ballaが書いた『The romance of the Rothschilds』では、ネイサン・ロスチャイルド自らワーテルローに参戦し勝敗を見極めてことになっていますが、この内容をめぐって訴訟にまで発展します。
 このような誹謗中傷が含まれるロスチャイルド家のイメージを変えるように、1934年に『The House of Rothschild』というロスチャイルド家のワーテルローの戦いを美談化した映画を作りました。

 そして、このときを契機として、ロスチャイルドのイングランド銀行支配が始まります。
 1820年代には各国の大蔵大臣がロスチャイルド5人兄弟に買収され、国の借金を作り、公債を発行して、その2倍近い金額をロスチャイルド商会に支払いました。
 ヨーロッパ諸国のすべてがロスチャイルド商会を頼るようになり、ヨーロッパ全王室がロスチャイルド家に金を借りにきたといわれています。
 ロスチャイルド商会の資産総額は、1815年には333万フランでしたが、10年後の1825年には1億6500万フランにまで増えました。 
 初代マイヤー・アムシェル・ローシルトの妻であり、国際銀行でヨーロッパを支配した5人のロスチャイルド兄弟の母であるグートレ・シュナッパーは、「私の息子たちが望まなければ、戦争が起きることはありません」と言っています。
 
 1820年に14歳だったジョセフ・スミスが、どの教会に加わるべきか尋ねた祈りにこたえて、父なる神とイエス・キリストが御姿を現されました。
 1870年、イタリアの統一によって教皇領を奪われたカトリック教会は、それまで領地からの得ていた収入を絶たれ、深刻な財政難に陥りました。

 この窮地に立ったバチカンに救いの手を差し伸べたのがロスチャイルドです。
 それ以降、バチカンの資金運用はロスチャイルド人脈によってなされるようになりました。
 1877年、松方正義がフランス蔵相と会談し、日本に中央銀行設立を勧められます。
 このフランス蔵相の背後には、アルフォンス・ド・ロスチャイルドがいました。
 そして、5年後の1882年、日本銀行が設立されます。

 1881年、世界最大の金・ダイヤモンド鉱山を支配するためにイギリスが南アフリカに介入し、第一次ボーア戦争が勃発します。
 1884年、イギリスでピール銀行条例が制定され、イングランド銀行以外の銀行による発行業務が禁止、金本位制が確立し、イングランド銀行が世界で最初の近代的中央銀行となります。
 このピール銀行条例を制定するよう働きかけたのがロスチャイルドで、背景としてはボーア戦争による南アフリカの金鉱山支配がありました。
 
 ロスチャイルドの融資を受けて、帝国主義者、人種差別主義者でもあったセシル・ローズデビアス社が全世界のダイヤモンドをほぼ独占的に支配しました。 
 ヨーロッパの石油支配者がロスチャイルド家で、アメリカの石油支配者はロックフェラー家です。

 1907年、産油国のインドネシアを植民地にしていたオランダのロイヤル・ダッチとシェルが合併して、ロイヤル・ダッチ・シェルが誕生します。
 1909年、今のイランにアングロ・ペルシャ石油が設立されます。 これは、のちのブリティッシュ・ペトロリアム(BP)のことです。
 ロスチャイルドは、バクー油田の利権をもっていますから、ロシアインドネシアイランと大産油国の石油を掌中に収めたことになります。
 アメリカでは石油王ロックフェラーが全米の石油を手中に収め、「スタンダード・オイルのほかには石油会社はない」と言われていました。
 現在では、シェルやBP、あるいはロックフェラーのエクソンモービルなど、国際石油資本がもつ油田の総埋蔵量は世界の全埋蔵量の10%を切っていて、残りは産油国の国有石油会社がもっていますが、商品取引所による価格形成メカニズムを用いて影響力を堅持しています。 
 ヘンリー・キッシンジャーは、「石油を支配する者は、諸国を支配する。食糧を支配する者は、人口を支配する。マネーを支配する者は全世界を支配する」と語りました。 

 20世紀初頭は、アメリカ国立銀行に準じる連邦準備制度(FRS)を設立してロックフェラー、モルガン、ロスチャイルドが大株主になります。

       Front-of-the-Federal-Reserve-Building
 
 1913年、ウッドロウ・ウィルソン大統領がやや強引に、アメリカに連邦準備制度(FRS)を設立しました。 
 大統領選挙から、ウッドロウ・ウィルソンを支援していたのは、ポール・ウォーバーグとジェイコブ・シフクーン・ローブ商会の共同経営者でした。

 連邦準備制度(FRS)は、国際金融資本家は、お金を刷れば刷るほど儲かるシステムです。
 アメリカの憲法1条にもあるように、貨幣の発行権はアメリカの議会だけが独占的にもっています。
 したがって、民間会社の連邦準備制度理事会(FRB)は、貨幣の発行はできません。
 そこで、政府が差し入れる「利子がつく巨額国債」の代償として通貨である「利子がつかない小額に分割された国債」を発行することで通貨供給を行います。
 ドル紙幣が憲法に抵触しないために、ドル紙幣は通貨・銀行券ではなく、無利子の小口国債である連邦準備券という名目にしたのです。
 ドル紙幣の表側には「Federal Reserve Note」と印刷されており、連邦準備制度(FRS)の小口の債権証書(利子の付かないFRBの社債)なのです。

 アメリカの財政が赤字になるほど、FRBが儲かる仕組みです。
 財政が赤字になると、その穴埋めのために政府は、国債を大量に発行します。
 FRBは利子がつく巨額国債を連邦政府から受け取ります。
 国民は納税によってドル紙幣を政府に償還し、政府はFRBに国債の利子を支払う仕組みなのです。
 FRBは国債と同額の無利子のドル紙幣を発行します。
 FRBは膨大な利子分を利益とすることができ、しかもこの利益には法律により税金がありません。

 そして通貨供給を減らしたいときは、利子がつく巨額国債を売却してドル紙幣を回収します。
 FRBは政府から受け取った利子がつく巨額国債の代わりに、ドル紙幣として流通させます。
 FRBは金などの価値実体の準備がなくても、ドル紙幣が発行できるのです。 

 ウッドロウ・ウィルソンは、晩年になって連邦準備制度設立に加担したことを後悔して、こう言い残しています。
 「私は最も不幸な人です。
 私はうっかりして、私の国を滅亡させました。
 大きな産業国家は、その国自身のクレジットシステムによって管理しています。
 私たちのクレジットシステムは一点に終結しました。
 したがって、国家の成長と私たちのすべての活動は、ほんのわずか人たちの手の中にあります。
 私たちは、文明化した世界において支配された政府、ほとんど完全に管理された最悪の統治の国に陥ったのです。
 もはや自由な意見による政府、信念による政府、大多数の投票による政府はありません。
 小さなグループの支配者によって拘束される政府と化しました。」


 


 連邦準備制度理事会(FRB)は、経済成長やインフレーション抑制を目的として、公定歩合公開市場操作などの金融政策を遂行します。 
 連邦準備制度理事会(FRB)は、ロックフェラー、ロスチャイルド、モルガンら大富豪が半数以上の株を所有する巨大民間企業で、公的機関ではありません。
 FRBの実態は、民間と政府の共同経営の中央銀行を一握りの大富豪たちがアメリカの金融政策を統制する運営できることになったのです。
 1913年の時点で大富豪たちの都合で自由にドルを刷れる法案が可決され、ドルを利用しながら金融政策を思うままに操ることができます。
 ロックフェラーは、通貨発行権と通貨発行益を独占し「この金の出る蛇口があつたら、大統領の席も議会もいらない」と豪語しました。

 21世紀初頭、ロスチャイルド家が中央銀行の所有権をもっていない国は、全世界でアフガニスタンイラクイラン北朝鮮スーダンキューバリビアの7か国だけでした。
 そののち、アフガニスタン、イラクに対するアメリカの侵攻により、現在では残り5か国のみになっています。

 1790年、初代ロスチャイルド、マイアー・アムシェル・ロートシルトはこう述べています。
 「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。
 そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」

 中央銀行制度がない国にかぎって、クーデターが起こります。
 つまり、国際金融資本家がクーデターを起こしているのです。
 紛争が起きてそれが収まると、中央銀行制度にしようという提案が出てが採択されます。
 世界政府の下地として各国の経済を支配し富を奪い取り人々を奴隷化するために、中央銀行制度がない国に中央銀行制度を作るのです。

  
 
 共和党議員で1920年代に議会の銀行・通貨委員会の議長を務めたルイス・T・マクファッデンは、1929年からの世界恐慌中の1932年6月10日に、アメリカ議会で行った演説でこのように述べています。
 「わが国には世界中で過去に存在した数ある有害な制度の中で最悪なものがあります。
 私は連邦準備制度のことを言っています。
 この悪魔の制度は、合衆国の国民を貧乏にします。
 そして、事実上合衆国政府を破産に追い込むでしょう。
 それはFRBをコントロールする金持ちによる腐敗した策略によって成し遂げられるのです。」

 彼はこの演説で世界大恐慌はFRBが意図して起こしたものであるということと、ロシア革命の成功は国際金融資本家が、資金を用立てた結果であると話しています。
 彼はFRBに対する弾劾決議を議会に提出しようとしていた矢先に暗殺されました。
 この演説の4年後、1936年10月1日からニューヨーク市に滞在していたのだが、そこで風邪を引いたのでインフルエンザ用の薬を服用した直後に心臓が停止し2日後に死亡しました。
 これは、風邪薬と偽って毒を盛られて暗殺されたのでしょう。
 彼が命を狙われたのはこれが初めてのことではなく、過去にワシントンで2回も危機一髪で助かっています。
 タクシーを降りたところを短銃で撃たれましたが弾は逸れて助かり、次にパーティーで口にした物に毒が盛られていましたが、その場に医者が居合わせたので、すぐに胃洗浄を行って一命をとりとめました。

 人類は長い間、金を通貨の基本として、経済は金によって行われてきたのです。
 しかし、金は重く扱いにくいので両替商は、金の引換券として預かり証を発行するようになりました。
 やがて、その両替商が銀行に預かり証が銀行券(貨幣)に発展したのです。
 この貨幣は兌換券(だかんけん)とよばれ、いつでも金に交換することが約束されていました。
 ところが、実際に兌換券が金に交換されることはきわめて少なかったので、銀行は預かった金以上の免換券を発行し利益を得るようになったのです。
 そののち、世界的に経済が発展すると、金ですべての兌換券を保証することは不可能になりました。

 戦後になると世界各国が、金とは無関係に貨幣を発行する管理通貨制度へと移行しました。
 ところが、アメリカだけは戦後も金本位制を維持していました。
 そしてアメリカは世界中から膨大な量の金を集め、世界で唯一の金に裏付けられた貨幣として、ドルを基軸通貨として定着させていったのです。

 基軸通貨とは国際取引の決済を担う通貨ということであり、通貨とはシステムであり通貨発行権がシステム管理権です。
 したがって基軸通貨の発行国は世界の貿易や投資の決済システムの管理権を得られるということです。
 管理国には莫大な役得と権限が付随します。
 国際投資は基本的に基軸通貨を使って行われます。
 その基軸通貨を発行する国は必然的に国際投資・国際金融のセンターになり、そこで得られる手数料や収入はその国の所得になります。
 基軸通貨国は自国通貨建てで国際取引ができるため、為替変動リスクの心配がほとんどありません。

 基軸通貨国は基軸通貨の発行権・管理権をもっています。
 たとえばアメリカが相手国を懲らしめるなら、アメリカは相手国のもっている口座を凍結させてしまえば良いのです。
 基軸通貨国は、自国通貨で外国への支払いができるため、国際収支の制約をあまり受けません。 

 1944年、国際通貨基金(IMF)は、金・ドル本位制のドル基軸通貨体制を確立するために作られました。
 この金・ドル本位制は、ドルでしか金と交換できないこと金との交換を請求できるのは通貨当局のみであることが、従来の基軸通貨体制と大きく異なっています。
 これによりドルの希少価値が高まります。

 また貿易決済がロンドンでの金保有高による決済からドル保有高による決済になったことも加わり、各国の外貨準備は唯一金と交換できるドルでもつようになります。
 こうしてドルは絶対的な地位を確立したのです。

 そして、アメリカは、戦後復興という巨大プロジェクトを通じてドルを世界中にばら撒き、ドル基軸通貨体制を確固たるものにするために、実質はアメリカが主導権を握る世界銀行を作りました。

 ヨーロッパ復興から貧困国への融資へと対象が変わったため、世界銀行は新たに国際開発協会(IDA)を設立し、貧しい開発途上国へも無利子で貸付を行えるようにします。

 エコノミック・ヒットマンとよばれる国際金融資本家は、資源のある発展途上国の国の指導者に近づいて世界銀行の融資を受ければ飛躍的な経済成長が可能になるともちかけ巨額の借入をさせます。
 しかし、実際の受益者は巨大なインフラ構築を請け負うべクテルやハリバートンのよう大部分はアメリカの巨大企業と現地のエリート階級のみであり、庶民には国家が背負った巨大な負債のみが残ります。
 融資は無利子ですが融資を受けるとそこから先は借金が待ち受けているのです。

 発展途上国は輸送手段と販路を既に握られているので、先進国のように世界各地へと売りさばくことができません。
 貿易で豊かになろうと思えば一次産品の輸出を続けるしかなく「緑の革命」を受け入れ、各国が競って輸出したため価格が暴落します。
 
 緑の革命とは、高収量品種の導入、灌漑施設の整備、病害虫の防除技術の向上、農作業の機械化などで穀物の生産性を飛躍的に向上させ、後進国を貧困から救おうという計画です。
 しかし、実際は緑の革命が広まるほど貧困は増え続けます。
 緑の革命は初めから、途上国からの冨の搾取を目的としていたのです。
 そして途上国は再び融資を受けるのですが、その際に借金返済のための構造調整プログラムを受け入れることを条件とされ債務国は自国の経営権を失うことになります。

 構造調整プログラムとは次のようなものです。

 ・国営企業の民営化。
 ・各種規制緩和を始めとする、金融、投資、貿易の自由化。
 ・医療、教育、福祉、保険、環境整備予算の削減。あるいは公務員の解雇、賃下げ。
 ・生産性や外貨を向上させる産業の促進。
 ・高金利や通貨切り下げ。
 ・付加価値税などの増税。

 つまり利益をあげられる公的部門は売却してその収入で借金を返済させ、増税 して国民からお金を集め借金を返済させ公的サービスを切り詰めて借金を返済させます。
 自国民が食べる物を作らせるのもやめさせ外貨を稼げる換金作物を作らせ、それを外国に売って借金を返済させます。
 債務の返済はドル・ユーロなどの国際市場で他国の通貨と自由に交換できる強い通貨で行わなければならないので、外貨獲得のため、唯一外貨を稼げる一次産品を生産・販売することになります。
 そうするとさらに価格は暴落します。
 それでも借金は返済しないといけないので低価格で輸出します。
 こうして食べ物を作っているのにもかかわらず「飢餓輸出」といわれる現象が起こるのです。

 通貨の価値を下げることで貿易黒字にし借金を返済させるのです。
 しかし、通貨を切り下げると自動的に借金は膨らみ、途上国は借金まみれになるのです。
 そして、規制を緩和して多国籍企業が参入しやすい環境を整われます。
 発展途上国に借金が返済できないようにして、世界銀行により社会福祉や民生支出が大幅に切り詰められ、大部分はアメリカの巨大企業に天然資源が略奪されるのです。
 世界銀行グループの1つ国際金融公社(IFC)は現地企業への融資を行いますが、多くは現地に参入したアメリカ企業への融資となるのでその貨幣はアメリカ企業へと吸い込まれていくことになります。


 


 世界にはドルという裏付けのないぺーパーマネーが、アメリカの意のままに国際基軸通貨として利用されるようになったのです。 
 銀行が無からお金を発行し利子付きで国に貸しています。
 無からお金を作り出すとは、何の労働や商品と交換する価値のない貨幣の製造のことです。


 


 1776年の革命以来、アメリカの歴史は大部分において欧州の国際銀行化による支配と、植民地の人々が自由を得るための闘争という側面があります。
 この苦闘は1913年にウッドロー・ウイルソン大統領がサインした連邦準備制度理事会条例によって、アメリカのお金の創造の利権が国際銀行カルテルに引き渡され終わりを迎えます。

 第一次、第二次世界大戦を起して、世界中の金をアメリカに集めます。
 第二次大戦後は連邦準備銀行が発行するドルを金と交換可能な兌換紙幣として国際通貨の地位を確立します。
 ロックフェラーが設立したスタンダード・オイル系列の7大石油会社がミネラルウォーターよりも安い原油を世界に供給することで、世界のエネルギーを石炭から石油へ転換させます。
 それと並行して国際通貨の地位を確立したドルを石油取引の通貨としての地位を確立させます。

 そして、連邦準備銀行がドルを大量に印刷し世界中の富を得てドルを保有する国々がアメリカが保有する金以上にドルを発行している疑いを抱き始めたなら、アメリカはベトナム戦争の出費を理由にドルと金の交換を停止します。
 そのようなことを行うと通常は通貨が大暴落しますが、石油取引としての国際通貨の位置を確立していたので、通過の価値は2割程度しか下落しませんでした。
 そして、石油価格とドルをコントロールしてさらに儲けていきます。

 ラテンアメリカの近代史はアメリカ合衆国による侵略と支配、収奪の歴史であり、アメリカはその政策をまず中南米で実践し、そののち中東、アジアなどほかの地域で大規模に展開してきました。
 ラテンアメリカ多くの国が共産主義革命と独立を叫び、アメリカ企業を国から追い出したのです。
 経済活動はアメリカに依存していますが、ラテンアメリカ諸国は反アメリカです。

 アメリカは、南アメリカベネズエラの石油利権を奪おうとしていましたが、ベネズエラのチャベス大統領は反アメリカ政策として、ベネズエラの石油掘削企業を国営化しアメリカ企業を追い出しています。
 チャベス大統領の影響で、南アメリカの国は反アメリカに向かっています。
 2006年9月20日、国連演説でチャベス大統領がアメリカのブッシュ・ジュニア大統領を「悪魔」と8回よび、前日にブッシュが演説したテーブルに硫黄の臭いが残っていると十字を切る仕草までし発言に対して盛大な拍手が巻き起こりました。

 ベネズエラはロシアからさまざまな最新兵器の供与を受けていて、ほかの南アメリカの反アメリカ勢力の国々にもロシアは影響力を発揮しています。

 世界最大の石油埋蔵量を誇るベネズエラは本来、現在見られているような国民の困窮や経済の混乱があるはずのない立場でした。
 しかし、アメリカはベネズエラの最大の石油の貿易相手でしたが、アメリカへの石油輸出量が減りました。
 アメリカではシェールガスシェールオイルの生産が活発化しているので、アメリカの方ではベネズエラを必要としなくなりつつあります。
 ラテンアメリカは反イスラエルでもあります。
 イスラエルの戦争行為に対して、反対しているのです。
 ボリビアのエボ・モラレス大統領は、イスラエルをテロ国家に指定し、イスラエル国民に対する査証(ビザ)免除措置を打ち切りました。
 ブラジルのジルマ・ルセフ大統領がイスラエル軍の作戦は虐殺だと発言し、その1週間前の時点でブラジルが駐イスラエル大使を召還しました。
 ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は大量虐殺という言葉でイスラエルを批判しとこともあります。

  4 戦争預言


 
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