18 悪魔の王国と2人の証人 

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  悪を破壊しに現れるアルザル軍

 シオンを築く教会員たちを迫害から守るために、アルザルの教会員たちが出撃します。

 ヨハネは第5の天使がラッパを吹くと、1つの星が地上に落下して底知れぬ所の穴が開くと預言しています。 


 第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。
 するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。
 この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。
 そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。
 すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
 その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。 (口語訳 黙示 9:1-3

 第五の天使がラッパを吹いた。
 すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。
 この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が穴から立ち上り、太陽も空も穴からの煙のために暗くなった。
 そして、煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た。
 このいなごには、地に住むさそりが持っているような力が与えられた。 (新共同訳 黙示 9:1-3)

 ジョセフ・スミス訳では「この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた 」が「御使いに底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた」になっています。

 底なしの所の穴とは、この世界とプラズマ亜空間を結ぶ「プラズマ・トンネル」のことです。
 ギリシャ語では、この「穴(フレアル)」は「縦穴」で、「底知れぬ所の穴」を両極に口開く磁力線の穴と解釈すれば、そこから暗黒プラズマが噴出すると思われます。

 地球内部には、一般的な現代科学では不可解なプラズマ法則下にある亜空間世界が広がっています。
 地球内部は、プラズマの物理作用よって、ぎっしりと物質が詰まった地球内部に、もう1つ重なるようにして別の空間が存在するのです。
 その亜空間に月とほぼ同サイズの地球内天体「アルザル」が存在しています。


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 地球の磁力線が北極から集約して地球内部に入り込むことで、両極にこの世界とプラズマ亜空間を結ぶ「プラズマ・トンネル」が開きます。
 プラズマ・トンネル現象が意味することは、1つの空間に2つの物質が重なることを可能とする亜空間を作り出せることです。

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 地球ではプラズマ・トンネルの行き着く先に「超高温のプラズマ反応炉」ともいえる核が存在し、無数の磁力線がその中心部の一点で磁気リコネクションしています。

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 そうなると、地球内部に2つの世界が同居していてもまったくおかしくなくなるのです。
 地球の金属核と亜空間領域が、同時に同じ場所に存在している世界が地球内部なのです。
 そこは一種の巨大なプラズマ世界であり、天体規模の質量をもつ地球のプラズマ発生装置が引き起こす亜空間が存在しているのです。
 地球内部がいかに高圧力・高温状態でも、亜空間にはまったく影響がありません。
 地球内部のプラズマは核で生成されているため、当然ながら、その内部に広がる亜空間の大きさは核よりも小さいです。
 
 プラズマにおおわれている亜空間世界は、昼夜の区別がなくいつも空は明るく輝いています。
 その世界では太陽はまったく必要なくプラズマ世界全体が光輝く世界であり、巨大ですが密度が薄いプラズマ世界だけに人体が発火するほどではなく自律神経が冒されるほどではありません。

 地球内部に形成された亜空間世界へ通じるプラズマ・トンネルが北極に開きます。
 地磁気の磁力線が集中する北極には目に見えないプラズマ領域が存在し、そこにもうひとつ別なプラズマ領域を発生させれば、亜空間世界への扉が開くのです。

  行方の知れない10部族と月の住人 1/3~3/3

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 見よ、主なる神は、天のただ中で叫ぶ天使を遣わして、このように言わせる。
 『主の道を備え、その道筋をまっすぐにせよ。主の来臨の時は近いからである。
 そのとき、小羊はシオンの山に立ち、額に小羊の父の名を記された十四万四千人の人々が小羊とともにいるであろう。』
 それゆえ、あなたがたは花婿の来臨に備えなさい。行きなさい。花婿を迎えに出なさい。
 見よ、彼はオリブの山に、また広大な大洋、すなわち大いなる深みの上に、また海の島々の上に、またシオンの地に立つであろう。

 そして、彼はシオンから声を発し、またエルサレムから語って、その声はすべての人の中で聞かれるであろう。
 それは大水のとどろきのような、また激しい雷鳴のような声であり、山々を崩すであろう。
 そして、もろもろの谷は見えなくなる。
 彼が大いなる深みに命じると、それは北の地方へ退き、島々が一つの地となる。
 エルサレムの地とシオンの地は、それぞれの所に戻り、陸地はそれが分けられる前の時代のようになる。
 そして、主すなわち救い主が、その民のただ中に立ち、すべての肉なるものを治める。

 また、北の地にいる者たちは、主の前に覚えられるようになる。
 彼らの預言者たちは主の声を聞き、もはや自分自身を抑えない。
 そして、彼らは岩を打ち、氷が彼らの前に崩れ落ちるであろう。
 一つの大路が大いなる深みのただ中に設けられるであろう。

 彼らの敵は彼らのえじきとなるであろう。
 不毛の砂漠に生ける水の池が現れ、焼けた土地はもはや乾いた地ではなくなる。
 彼らは、わたしの僕であるエフライムの子らに貴い宝を持って来るであろう。
 永久の丘の境は彼らの前で揺れ動くであろう。
 彼らはそこで、すなわちシオンにおいてひれ伏し、主の僕たち、すなわちエフライムの子らの手により栄光を冠として与えられるであろう。
 そして、彼らは永遠の喜びの歌をもって満たされるであろう。
 見よ、これはイスラエルの諸部族への永遠の神の祝福であり、エフライムとその同胞の頭に授けられるさらに貴い祝福である。
 また、ユダの部族の者たちも、苦しみを受けた後、主の前で聖なる状態に聖められ、日夜とこしえにいつまでも主の前に住むであろう。 (教義 133:17-35

 行方の知れない10部族は北の地方から戻り、エフライムの子孫のもとへ来て祝福を受けます。
 この大いなる集合は、末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長の指示のもとに行われます。
 大管長が集合に関する管理の権限であり指示を与える力の鍵を所有しているからです。

 1916年10月の総大会で、ジェームズ・E・タルメージ長老は次のように預言しました。
 「この各部族は必ず来る。
 彼らは主にとって失われたのではない。
 彼らはすでに預言されているように、必ず連れ出される。
 さればわたしはあなたがたに言う、主がすでに預言したもうたとおりにユダヤ人の記録すなわち『聖書』、およびニーファイ人の記録すなわち『モルモン書』と1つにされる失われた10部族の記録を生きて読む人たちが現在世の中に住んでいる。
 然り、この場にもその中のいくらかがいるのである。

 また人間にとって失われたがなお再び見いだされる各部族がもたらす記録は、このアメリカ大陸で復活したキリストがニーファイ人に現れてから彼らを訪れたもうたことを語るに違いない。」 (『信仰箇条の研究』
p.698-699)」

  20 帰ってくるエノクの町

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 「人の子のしるし」の惑星が引き連れてきた隕石落下が引き金となり、地球は大規模な地殻変動を起こします。
 その影響は地表のみならず、地球内部の深い所の内核にまで到達します。
 
 ジョセフ・スミス訳で「この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた 」が「御使いに底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた」と解説されてあるように、この巨大隕石落下は御使いの働きによるものです。


 彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。
 彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。
 彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。 
 その時には、人々は死を求めても与えられず、死にたいと願っても、死は逃げて行くのである。
 これらのいなごは、出陣の用意のととのえられた馬によく似ており、その頭には金の冠のようなものをつけ、その顔は人間の顔のようであり、また、そのかみの毛は女のかみのようであり、その歯はししの歯のようであった。
 また、鉄の胸当のような胸当をつけており、その羽の音は、馬に引かれて戦場に急ぐ多くの戦車の響きのようであった。
 その上、さそりのような尾と針とを持っている。
 その尾には、五か月のあいだ人間をそこなう力がある。
 彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシヤ語ではアポルオンと言う。 
 第一のわざわいは、過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る。 (黙示 9:4-12


 「底知れぬ所」とは、ギリシャ語で「底」(ビュソス)という名詞に否定を表す接頭語「ア」が付いた合成語「アビュソス」で、その意味は「底がない」という意味です。
 ギリシャ語の「アビュソス」には、「非常に、または一際深い」、また「測りがたい、果てしない」を意味します。
 「底知れぬ所」はプラズマ亜空間のことでしょう。
 亜空間なので測りがたく底知れないのです。

 ヨハネは、底知れぬ所の穴であるアルザルから煙が出て、太陽と月の姿を隠すとしています。
 火山活動で暗くなっている地球が、さらなる暗黒に包まれるというのです。

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 「人の子のしるし」の惑星が引き連れてきた巨大隕石落下が、地球の磁場のバランスを大きく狂わせ、地球規模の暗黒プラズマが噴出します。
 
 磁極移動(ポールシフト)だけではなく、地球磁場そのものが消失します。
 それはプラズマ・バランスの崩壊でもあり、それが地球内部のプラズマ亜空間世界の最期を意味するかもしれません。 
 
 そして、煙の中から多数のいなごのようなものが出てきて、さそりの力で人々に襲いかかるといいます。
 「さそりが持っているような力」の「力」とは、ギリシャ語で「エクスーシア」で、自由に行動する権利を意味します。

 さそりのような力を与えられた「いなご」は、忠実な教会員の聖徒ではない額に神の印を押されていない人々だけを苦しめる力が与えられます。
 その期間は「五か月」であり、150日の期間はノアの時代の洪水で地に水が満ちていた期間と同じです。
 
 
 神はノアと、箱舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。
 神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。
 また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった。
 それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、
 箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。 (創世 8:1-4
 
 「煙の中から、いなごの群れが地上へ出て来た」の「いなご」は、何を意味するのでしょうか。
 聖書においていなごは穀物を食い荒らす害虫として描かれるケースが多く、地上の人々にとってあまり良い兆しとは思えません。

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 聖書の中で、いなごは時折数えきれないほど多いものを表わすのに用いられています。


 彼らは彼の林がいかに入り込みがたくとも、それを切り倒す。
 彼らはいなごよりも多く、数えがたいからであると、主は言われる。 (エレミヤ 46:23

 その所で火はあなたを焼き、つるぎはあなたを切る。
 それはいなごのようにあなたを食い滅ぼす。
 あなたはいなごのように数を増せ。ばったのようにふえよ。 (ナホム 3:15

 ペトエルの子ヨエルに臨んだ主の言葉。
 老人たちよ、これを聞け。すべてこの地に住む者よ、耳を傾けよ。あなたがたの世、またはあなたがたの先祖の世にこのような事があったか。
 これをあなたがたの子たちに語り、子たちはまたその子たちに語り、その子たちはまたこれを後の代に語り伝えよ。
 かみ食らういなごの残したものは、群がるいなごがこれを食い、群がるいなごの残したものは、とびいなごがこれを食い、とびいなごの残したものは、滅ぼすいなごがこれを食った。
 酔える者よ、目をさまして泣け。すべて酒を飲む者よ、うまい酒のゆえに泣き叫べ。うまい酒はあなたがたの口から断たれるからだ。
 一つの国民がわたしの国に攻めのぼってきた。その勢いは強く、その数は計られず、その歯はししの歯のようで、雌じしのきばをもっている。  (ヨエル 1:1-6

 イスラエルの家は罪悪によって、霊的には酩酊状態に陥っていたため、神の大いなる裁きが下ろうとしていました。
  その裁きがあまりにも過酷なため、預言者ヨエルはは民に悔い改めの心を起こして泣き叫べと呼びかけました。
  警告は厳しいものでしたが、もし民が悲しんで悔い改めて神に立ち返れば、神はそれにこたえて災いは避けられるとヨエルは保証しました。
 典型的な旧約聖書の預言のように、ヨエルの預言も両義性があります。
 警告は、差し迫ったアッシリアとバビロニアによる征服を意味するとともに、末日福千年の直前に再びイスラエルを脅かす破壊を直接的に語っています。

 ヘブル語でかみ食らういなごは、「かむもの」を意味する「ガーザーム」です。
  群がるいなごは「多くの」を意味する「アルベ」です。
 とびいなごは「なめるもの」を意味する「イェレク」であり、滅ぼすいなごは「食い尽くすもの」を意味する「ハーシール」です。
 これらのヘル語の単語は、いなごの一生の成長段階を示しています。
 こうした比喩は、ヨエルが預言した末日の荒廃をユダヤ人の心に末永く焼きつけました。

 ヨエルの時代にユダに起きた出来事から、かみ食らういなごはアッシリアとバビロニアによるパレスチナ侵攻の比喩であると考える学者が多くいます。
 この2つの王国が残したものを、メデア人とペルシャ人が侵略によって「食べ」たと考えた場合、4節はヘブル語の両義性の一例と見ることができます。


 かみ食らういなごの残したものは、群がるいなごがこれを食い、群がるいなごの残したものは、とびいなごがこれを食い、とびいなごの残したものは、滅ぼすいなごがこれを食った。 (ヨエル 1:4

 預言者は1つの出来事を語りながら、ほかのことを表すことがあります。
 たとえばとびいなごは、アレクサンドロス3世とその後継者によるギリシャのパレスチナ侵攻と圧政を表わしていると考えられます。
  滅ぼすいなごは、ユダ王国がローマに踏みにじられて、ついにはローマ帝国の皇帝ティトゥスに滅ぼされて食い尽くされることを表わしているのでしょう。
 それは福千年の直前に北方の軍勢が集まって戦う、ハルマゲドンの戦いを指しているとも考えられます。 (参照

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 ヨエルは、イスラエルに集合する軍隊の破壊力をこのように述べています。

 
 あなたがたはシオンでラッパを吹け。
 わが聖なる山で警報を吹きならせ。国の民はみな、ふるいわななけ。
 主の日が来るからである。それは近い。
 これは暗く、薄暗い日、雲の群がるまっくらな日である。
 多くの強い民が暗やみのようにもろもろの山をおおう。
 このようなことは昔からあったことがなく、後の代々の年にも再び起ることがないであろう。
 火は彼らの前を焼き、炎は彼らの後に燃える。
 彼らのこない前には、地はエデンの園のようであるが、その去った後は荒れ果てた野のようになる。これをのがれうるものは一つもない。
 そのかたちは馬のかたちのようであり、その走ることは軍馬のようである。
 山の頂でとびおどる音は、戦車のとどろくようである。
 また刈り株を焼く火の炎の音のようであり、戦いの備えをした強い軍隊のようである。 (ヨエル 2:2-5

 馬は戦いの象徴であり、戦車は非常に強力な軍隊を象徴しています。
 火や炎は、ミサイルや戦車やヘリコプター、戦闘機などや、都市の爆発炎上を表しているのでしょう。
 さらにヨエルは、その軍勢がきわめて高く訓練された戦闘力ともち、実質的に打ち破ることができないと述べています。


 そして、まぼろしの中で、それらの馬とそれに乗っている者たちとを見ると、乗っている者たちは、火の色と青玉色と硫黄の色の胸当をつけていた。
 そして、それらの馬の頭はししの頭のようであって、その口から火と煙と硫黄とが、出ていた。
 この三つの災害、すなわち、彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった。 (黙示 9:17-18

 「馬」はヨハネの時代の「戦車」を意味する言葉で、ローマ軍の戦車も馬が引いていました。
 「硫黄の色の胸当て」は、湾岸戦争(1991年)やイラク戦争(2003年)でもアメリカ軍兵士が着用した砂漠地帯専用の黄銅色をした迷彩服のことで、彼らは同じ色に統一された軍用リュックサックや銃器で身を固めていました。


 その前にもろもろの民はなやみ、すべての顔は色を失う。
 彼らは勇士のように走り、兵士のように城壁によじ登る。
 彼らはおのおの自分の道を進んで行って、その道を踏みはずさない。
 彼らは互におしあわず、おのおのその道を進み行く。
 彼らは武器の中にとびこんでも、身をそこなわない。
 彼らは町にとび入り、城壁の上を走り、家々によじ登り、盗びとのように窓からはいる。
 地は彼らの前におののき、天はふるい、日も月も暗くなり、星はその光を失う。
 主はその軍勢の前で声をあげられる。
 その軍隊は非常に多いからである。そのみ言葉をなし遂げる者は強い。
 主の日は大いにして、はなはだ恐ろしいゆえ、だれがこれに耐えることができよう。 (ヨエル 2:6-11

 非常に強い兵士が進軍し、行く手にあるエデンさながらの園を荒れ地に変え、嘆きと苦しみをもたらします。
 これらの出来事が起きる時、エルサレムの住民は恐怖にうちに震えることになります。
 町には激しい攻撃が加えられ、軍隊がイスラエルの地を荒らし、城壁は破られ家々は破壊されてしまいます。
 「彼らは武器の中にとびこんでも、身をそこなわない」という句は、侵略者に対する彼らの軍備は役に立たないという意味を表わしています。

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 世界政府の樹立後、ロシアや中国などの反アメリカ連合が結成され、世界最終戦争ハルマゲドンが起こります。
 反アメリカ連合の2億人規模の軍隊がユーフラテス川を越えて、イスラエルのハルメギド(メギドの丘)に来ます。
 アメリカを含む世界中の軍隊がイスラエルに集結するのです。 (参照

 いなごには戦争のイメージもあり、聖書では軍隊の象徴として登場することもあります。
 
 
 万軍の主はみずからをさして誓い、言われる、わたしは必ずあなたのうちに、人をいなごのように満たす。
 彼らはあなたに向かって、かちどきの声をあげる。 (エレミヤ 51:14

 「額に神の刻印をない人々」がいるということは、地上には神の刻印を額にもつ人々もいるということです。
 いなごに象徴される生き物は、そのような神の刻印を額にもつ人々を見分けるのです。

 比喩なので昆虫のいなごではありません。
 知能の高い生き物で胸当てを着けたり頭に冠に似たものをかぶるのですから人間です。
 ヨハネは「顔は人間の顔のようであった」と記し「髪の毛は女の髪のよう」とも記しています。

 ヨハネが示現で約2000年前に現代の兵器を見たら、似ているものに喩えるでしょう。
 だから武器は「蛇」や「針」、ヘルメットを「金の冠のようなもの」、エンジンの轟音を「戦場に急ぐ多くの戦車の響き」で表現したのでしょう。
 
 「女の髪のような髪の毛」は、しばしばいなごの感覚や運動を司る触角を指していると考えられ、アラビアの格言では、いなごの触覚は女の髪になぞらえられています。
 感覚や運動を司る触角は、エイリアンクラフトの特殊なレーダーである「プラズマ・レーダー」のことかもしれません。


 わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。
 わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。 (民数 13:33

 イスラエル人は、自らを「いなごのよう」と表現しています。

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 ダニエルの意図が歴史的展開を強調することではなく、ただ主の民に影響をおよぼす時代背景として語ったのであることは、ダニエル書 第11章の時代の出来事がおおまかにしか預言されていないことから明瞭です。
 この預言はセレウコスプトレマイオスの歴史上の戦争を預言したものではなく、北と南の王たちの戦争一般を観念的に語っているのです。
 それによって、預言の言葉の個々の多様な要素が現実に成就したのは確かだが、実際の歴史上の出来事が預言の内容にはっきり対応するわけではありません。
 11章と歴史上の事実との間に直接の一致がないことは、ダニエルが将来の出来事を詳細に書き連ねるのではなく、主の民に影響する主要な出来事をいくつか概観するつもりだったことを示していると思われます。
 11章で預言されている出来事のいくつかは、世の王国と神の王国の抗争の様子を示すもので将来の出来事の予型です。

 覇権を競う2王国(プトレマイオスとセレウコス)の戦いによって、聖約の地と聖約の民は悲惨な境遇に陥ったばかりか、世の王国と神の王国の関係を象徴する戦争の特別な的ともなりました。
 生ける神への礼拝を根絶してユダヤ人の宗教を潰そうという王の企みは、世の勢力が発展の最終局面で神の王国に対して挑む大戦争の予型でもありました。

 ダニエルが述べたいくつかの事柄は、一時代ではない両義性をもっています。


 しかし東と北からの知らせが彼を驚かし、彼は多くの人を滅ぼし絶やそうと、大いなる怒りをもって出て行きます。
 彼は海と麗しい聖山との間に、天幕の宮殿を設けるでしょう。
 しかし、彼はついにその終りにいたり、彼を助ける者はないでしょう。 (ダニエル 11:44-45
 
 「東」と日本であり「北」は10部族族(+2部族+レビ族)の本隊が住む地球内部のプラズマ亜空間世界にある「アルザル」です。
 日本からの知らせとは、ヨハネの黙示録 第11章に記されている2人の証人(黙示 11:3-6)とレビ族である天皇陛下、レビの子ら(教義 13:1128:24)が関係しています。 (詳細は非公開記事)
 アルザルからの知らせは、ヨハネの黙示録 第9章に記されています。

  日本人のルーツと神道、仏教の真実

  行方の知れない10部族

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 「アルザル」を知らない聖書解説者は、底知れぬ所の使の破壊者をサタンを意味すると考えて、この呼び名を何らかの邪悪な勢力にあてはめていますが、黙示録の全体的な流れはそれとは反対です。
 「アバドン」はサタンの使いではなく、神の使いであって神の指示のもとに悪を滅ぼすための神の業を行うのです。
 黙示録の中で一貫して描かれているように、神は人々にに災いをもたらすために、御使いたちを使うからです。

 「底知れぬ所の使を王している」とは、アルザルにいるイエス・キリストの使徒である預言者ヨハネを王としているという意味です。
 「いなご」であるアルザル軍が地上の邪悪な軍隊を破壊するとき、ヨハネはヘブル語でアバドン、ギリシャ語のアポルオン「滅び」と表現されます。
 ヨハネやアルザル人たちは邪悪な軍隊を破壊する「破壊者」なのです。

 ヘブル語の「アバドン」の語は、「滅び」という意味で『旧約聖書』のヨブ記にも記されています。


 これは滅びに至るまでも焼きつくす火であって、わたしのすべての産業を根こそぎ焼くであろう。 (ヨブ 31:12

 前1世紀ごろの死海文書群『感謝の詩篇』第3章には、次のように記されています。
 「主よ、感謝します。
 げにあなたは私の命を滅びから贖い、アバドンの陰府から永遠の高きに私をひき上げもうた。……
 そしてベリアルの奔流はアバドンに突入し、淵の深みは泥を吐き出す轟音でざわめく。
 地は世界に臨んだわざわいのために叫び、その深みはいっせいにうめく。
 地上の者はみな気が狂い、大いなる禍いの中に滅び去る。」

 「ベリアル」という言葉は邪悪を意味します。

  仏教解明

 
 1831年6月3~6日、オハイオ州カートランドで開かれた大会においてジョセフ・スミスは、愛弟子ヨハネがイスラエルの行方の知れない10部族の間で働き、10部族が戻ってきて父祖の地を再び所有するための備えをしいると述べました。 (『教会歴史』 1:176)
 
 預言者ヨハネは、主によって月の栄えの体に身を変えられ、現在もアルザルにいるのです。
 
 ジョセフ・スミスは、こう述べています。
 「身を変えられるのは将来の使命のためである。」 (『教会歴史』 4:425)
 
 つまり、ある人々はその身に変化を受け、それにより主の大切な御業を遂行するために常人の寿命を超えて肉体のまま生き続けることができるのです。


 ペテロはふり返ると、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのを見た。
 この弟子は、あの夕食のときイエスの胸近くに寄りかかって、「主よ、あなたを裏切る者は、だれなのですか」と尋ねた人である。
 ペテロはこの弟子を見て、イエスに言った、「主よ、この人はどうなのですか」。
 イエスは彼に言われた、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか。あなたは、わたしに従ってきなさい」。
 こういうわけで、この弟子は死ぬことがないといううわさが、兄弟たちの間にひろまった。
 しかし、イエスは彼が死ぬことはないと言われたのではなく、ただ「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」と言われただけである。 
 これらの事についてあかしをし、またこれらの事を書いたのは、この弟子である。
 そして彼のあかしが真実であることを、わたしたちは知っている。 (ヨハネ 21:20-24

 するとイエスは、彼らに言われた。
 「見よ、わたしはあなたがたの思いを知っている。あなたがたは、愛するヨハネがわたしに願ったことを願っている。
 ヨハネとは、わたしがユダヤ人によって上げられる前に、わたしとともに務めに携わっていた者である。
 したがって、あなたがたはさらに幸いである。あなたがたは決して死を味わうことがない。
 わたしが天の力をもってわたしの栄光のうちに来るときまで、すなわち父の御心のとおりにすべてのことが成就するそのときまで、あなたがたは生き長らえて、父が人の子らのために行われるすべてのことを見るであろう。 (3ニフ 28:6-7

 主はわたしに言われた。
 「わたしの愛するヨハネよ、あなたは何を望むか。
 あなたの欲することを求めれば、授けられるであろう。」
 そこで、わたしは主に申し上げた。
 「主よ、わたしが生き長らえて、人々をあなたのみもとに導くことができるように、死を制する力をお与えください。」
 すると、主はわたしに言われた。
 「まことに、まことに、あなたに言う。あなたがこれを望んでいるので、わたしが栄光のうちに来るときまであなたはこの世にとどまり、もろもろの国民、部族、国語の民、民族の前で預言するであろう。」
 そしてこのために、主はペテロに言われた。
 「わたしが来るときまで彼がこの世にとどまっていることを、わたしが望んだとしても、それがあなたに何の関係があろうか。彼は人々をわたしのもとに連れて来ることを望んだが、あなたはわたしの王国においてわたしのもとに速やかに来ることを望んでいるからである。
 わたしはあなたに言う。
 ペテロよ、これは善い望みであった。
 しかし、わたしの愛する者はそれ以上のこと、すなわち、彼がこれまで行ってきたことよりもさらに大いなる業を人々の中で行うことを望んだ。
 まことに、彼はさらに大いなる業を引き受けた。
 それゆえ、わたしは彼を燃える火のようにし、また仕える天使とする。
 地上に住んでいる救いを受け継ぐ者のために、彼は仕えるであろう。
 また、わたしはあなたを、彼とあなたの兄弟ヤコブのために仕えさせよう。
 そして、わたしはあなたがた三人に、わたしが来るときまでこの力とこの務めの鍵とを授けよう。
 まことに、わたしはあなたがたに言う。
 あなたがたは二人とも、望みどおりに与えられるであろう。
 あなたがたは二人とも、望んだことを喜びとしているからである。」 (教義 7:1-8
 
 そして、ヨハネのもう1つの使命は、行方の知れない10部族たちがいるアルザルで預言者として、イスラエルの部族の集合を助けるという使命です。

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 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。
 それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。
 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。
 また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。
 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。 (黙示 19:11-14

 ヨハネが見たキリストの再臨の示現の中では、主は白い馬に乗っておられました。
 それはキリストが実際に白い馬に乗っておいでになるのではなく、再臨のときに主が王としてすべての悪を征服なさることを象徴しているのです。
 白い馬とは汚れのないことを意味し、また白く輝く日の栄え栄光を表します。

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 神は過去から、それぞれの国で人々が理解できる方法で教える預言者や賢人をおたてになります。
  
 十二使徒だったオーソン・F・ホイットニー長老は、こう述べています。
 「全能の神は、ほかの善良で偉大な人、神権は保持してはいないが深遠な考えや偉大な英知をもち、人々を高揚したいと望んでいる人を、完全な福音を教えるためではなく、人々が受け入れることができ、それを賢明に使える部分だけを教えるために、数多くの国々へ送られた。」 (大会報告 1921年4月 p.32-33)
 
 1978年2月15日、大管長会は「全人類への神の愛」と題する公式声明を発表しました。
 それには、ムハンマド孔子宗教改革者などの偉大な宗教指導者、そしてソクラテスプラトンなどの哲学者たちは、神のの一部を受けたと述べられています。
 すべての国々を啓蒙するために、そして個人がより高いレベルの理解を得るように、神は彼らに道徳的な真理を与えられたのです。

 イエス・キリストが多くの名でよばれていることが「その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。」(黙示 19:12)の記述で暗示されています。

 イエス・キリスト地球マリヤから産まれる前の霊体だったときは、ヤハウェ (英語エホバ)とよばれ、ヤハウェは古代エジプトの神ラーであり、イスラム教の神アッラーフであり、ヒンドゥー教の神ブラフマー、神道の豊受大神です。

 またイエス・キリストは、古代エジプトのホルス、バラモン教のミトラ、ヒンドゥー教のクリシュナ、仏教の観音菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩であり、神道の天照大神であり、アイヌのオキクルミ・カムイであり、古代アメリカのケツァルコアトル、ククルカンでもあります。
 そして、国が違えば同じイエス・キリストでも英語ではジーザス・クライストと発音します。
 このようにさまざまな国や民族の神が、イエス・キリストであり、多くの名でよばれているのです。

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 ヒンドゥー教では、この世の終わりに世界を浄化する「カルキ」が、白馬に乗って現れると予言されています。

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 再臨時にイエス・キリストが「白い馬」に乗って降臨するという表現は、シャンバラの最後の王カルキが乗る白い馬とも一致するのです。

 カルキは、ヒンドゥー教ではヴィシュヌの化身である魚、亀、猪……と続く10番目の最後のアヴァターラ(不死の存在で超越者と人間の間の仲介者)のことです。
 神会は一致しているので、イエス・キリストは天父の化身とも表現されます。
 ヒンドゥー教の神ヴィシュヌ=天父の化身は、カルキ=イエス・キリストなのです。

 カルキ(イエス・キリスト)は、シャンバラ(アルザル)の王とされています。
 晩年の釈迦が説いたとされる仏教の最終経チベット密教の『時輪タントラ』(カーラチャクラ・タントラ)によると、初代シャンバラ王「スチャンドラ」は釈迦から直接的に教えを受けて感激し、その教えをシャンバラに持ち帰ったといいます。

 8代目からシャンバラ王は「カルキ」の称号を与えられ、子孫が100年ずつ「カルキ」に即位しました。
 カルキは25代まで予言されており、最後のカルキを「ルドラ・チャクリン」といい、名の意味は「永遠」「時間」「汚物を破壊する者」です。

 最初のシャンバラ王の歴代数は「7」代で、次のカルキの歴代数は「25」代ですが、ゲマトリアの1桁変換で「2+5=7」で、神を表す完全な聖数の「7」を示しています。
 つまり、シャンバラの王はイエス・キリストですが、アルザルのイエス・キリスト教会の長である預言者が王を委任されているのです。

 福千年ではイエス・キリストが地球の王として治めます。
 預言者はイエス・キリストと一致しているので『時輪タントラ』ではシャンバラの最後の王である預言者の「ルドラ・チャクリン」は、イエス・キリストの再臨時の様子になぞられて表現されています。

 『時輪タントラ』には最終戦争が預言され、クリシュナ(イエス・キリスト)が地球を離れ、自身の住んでいる場所へ帰った以降の大戦争などの悪行が極まるカリ・ユガとよばれるこの世が崩れいく時代がくれば、「ラ・ロ」と名乗る地上の大王が強大な大軍を率いてシャンバラに攻め込もうとすると記されています。
 ラ・ロは地上世界を武力によって征服する大王で、シャンバラが唯一の邪魔な存在になるために地上に出てくるシャンバラの人々を許すことができません。

 ルドラ・チャクリン(ヨハネ)は、ラ・ロの大軍をシャンバラの勢力で破壊して打ち負かします。

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 旧約聖書外典第2エズラ記(ラテン語)』第13章には、「海から昇って来た人」とヨハネが表現されています。 

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 七日の後、夜わたしは夢を見た。
 見よ、海から風が起こり、潮の流れが逆巻いていた。
 わたしが見ていると、見よ、人が天の雲とともに飛んでいた。
 彼が顔を向けて見つめると、見つめられたものは皆、震え上がった。
 彼の口から声が出ると、どこでもその声を耳にした人は皆、蝋が火に触れて熔けるように燃え上がった。
 その後、わたしが見ていると、見よ、無数の人々の群れが天の四方から集まって来て、海から昇って来た人と戦おうとしていた。
 さらに見ていると、見よ、その人は自分のために大きな山を刻み出し、その上に飛び上がった。
 わたしは、山が刻み出された地方または場所を見ようとしたが、できなかった。
 その後、更に見ていると、彼と戦おうとして、集まって来た人々は皆、ひどく恐怖にかられたが、それでもあえて戦い始めた。
 すると、見よ、彼は群衆の襲撃を見ても手を上げず、投げ槍も取らず、何の武器も取らなかった。
 ただわたしが目にしたのは、彼が口から火の流れのようなものを、唇から炎の息を、舌からは稲妻の嵐を発している有様だった。
 そして、火の流れと炎の息と大嵐はすべて、同時に混ざり合った。
 それは、戦おうとして襲って来た群衆の上に落ち、すべての者を焼き尽くした。
 すると、たちまち無数の群衆は見えなくなり、灰の粉と煙のにおいだけになってしまった。
 わたしはこれを見て驚いた。
 この後、わたしは、この人が山から下りて、別の平和な群衆を自分のもとに招いているのを見た。
 彼のもとに、さまざまな顔の人々が近づいて来た。
 喜んでいる者もいれば、悲しんでいる者もいた。
 ある者は縛られており、ある者は差し出すべく捕虜を引き連れていた。
 わたしは非常に恐ろしくなって、目を覚まし、いと高き方に祈った。

 「あなたは初めから、僕にこれらの不思議を示され、わたしを認めて願いを受け入れるにふさわしい者とされました。
 今、また、わたしにこの夢の解き明かしをしてください。
 わたしが思いますには、その日まで残された人々は不幸ですが、残されなかった人々はもっと不幸です。
 残されなかった人々は、終わりの日に備えられているものを知りながら、それに達しえないと分かって悲しみを味わうからです。
 しかし残された人々も、不幸なのです。
 というのも、この夢が示しているように、大きな危険と多くの苦しみに遭うのですから。
 それでも、雲のようにこの世から去って行き、終わりの日に起こることを見ないよりは、危険に遭いながらも、終わりの日に至る方が、まだましです。」
 
 主はお答えになった。
 「幻の解き明かしをしよう。また、あなたが話したことについても明らかにしよう。
 あなたは残された人々と、残されなかった人々について語ったが、それを解き明かせばこのようになる。
 その時に危険をもたらす方こそ、危険に陥る人々を守り、彼らは全能者のために働き、信仰を保つ者となるだろう。
 だから、死んだ人々より、残された人々の方が、はるかに幸せであることを知るがよい。
 幻を解き明かせば、このようになる。
 あなたは、海の中から人が上がって来るのを見たが、この人こそいと高き方が長い間取って置かれた人である。
 この人は自分で自分の被造物を解放し、残された人々の運命を定めるであろう。
 あなたは、彼の口から風と火と嵐が出るのを見た。彼は、投げ槍も武器も持たずに、自分を倒そうとして来た群衆の襲撃を粉砕した。
 これを解き明かせばこのようになる。
 見よ、いと高き方が地上にいる人々を救う日が来る。
 そして、地に住む人々は正気を失うであろう。
 町は町に、地方は地方に、民は民に、国は国に対して、互いに戦いを企てる。
 これらのことが起こり、わたしがさきにあなたに示したしるしが現れるとき、そのとき、わたしの子が登場する。わたしの子とは、海から昇るのをあなたが見た人のことである。
 すべての民は彼の声を聞くと、おのおの、自分の国を捨て、互いに戦うのすらやめて、一つに集結し、無数の群衆となって、あなたが見たとおり、彼に戦いを挑むであろう。
 しかし彼は、シオンの山の頂に立つ。
 あなたは山が手によらずに刻み出されるのを見たが、シオンは整えられ、建てられた姿で到来し、すべての人々に現れる。
 そこで、わたしの子は、立ち向かって来た民に対して、その不敬虔を論証する。これが嵐にたとえられているのである。
 そして、彼らの前で、その邪悪な思いをとがめ、彼らをさいなむ懲らしめを与える。これが炎にたとえられている。
 そして、彼らを律法によって難なく滅ぼす。
 これが火にたとえられているのである。
 
 あなたは、彼が別の平和な群衆を自分のもとに集めるのを見た。
 これはかの九つの部族のことである。彼らはかつてヨシヤ王の時代に、捕囚となって祖国から連れ出された民である。
 アッシリア王シャルマナサルは彼らを捕虜として連行し、川の向こうに移し、彼らはこうして他国に移されたのである。
 しかし彼らは、多くの異邦の民を離れて、人がまだだれも住んだことのないほかの地方に行こうと決心した。彼らは、それまでいた地方では守ることのできなかった掟を、そこで守りたかったのである。
 彼らはユーフラテス川の狭い支流を通って入って行った。
 その時、いと高き方は彼らにしるしを行い、彼らが渡るまで、川の流れをせき止められた。
 その地方を通り過ぎる道のりは長く、一年半におよんだ。
 その地方は、アルザルと呼ばれている。彼らは、最近までそこに住んでいたのである。
 そして今、彼らは再び帰国の途につき、いと高き方は彼らが渡れるようにと、川の流れを再びせき止められた。
 あなたが、平和のうちに集まった群衆を見たのはこのことだったのである。
 しかしあなたの民の中で残されて、わたしの聖地に見いだされる人々も同様である。
 そこでわたしの子は、集まった諸国の民の群れを滅ぼすとき、残された民を守る。その時、彼は、おびただしい奇跡を彼らに示す。」
 
 わたしは言った。
 「統べ治められる方、主よ、このことを教えてください。なぜわたしは、海の中から人が昇って来るのを見たのですか。」
 主は言われた。
 「海の深みに何があるかを、だれも調べたり、知ったりすることができないように、地上のだれも、その日まで、わたしの子や、彼と共にいる人々を見ることはできない。
 これが、あなたの見た夢の解き明かしである。
 しかも、これは、あなただけに明かされたのである。
 あなたは、自分のことを捨てて、わたしのことに専念し、わたしの律法を追い求めたからである。
 あなたは、自分の人生を知恵に従って整え、あなたの知性を母と呼んだ。
 それゆえ、わたしは、いと高き方からの報いとしてこのことを示したのである。
 三日後には、さらに別のことを話し、大切な驚くべきことを説明しよう。」

 わたしは、野原へ出て行き、時に応じて行われた奇跡のゆえにいと高き方を大いにほめたたえた。
 いと高き方は、時と、時の中で生じることを支配されるからである。
 わたしは三日間そこにとどまった。 (第2エズラ記 ラテン語 13:1-58)

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 イエス・キリストに従うヨハネは、北の果てから12軍団を率いていてくるといいます。
 この12軍団は、9000万頭の飛翔する馬、40万頭の巨象、50万台の戦車の最強の軍隊だとされます。

 これは法華経の『妙法蓮華経従地涌出品第十五』の「地涌(じゆ)の菩薩」のことです。
 「地涌菩薩」とは文字どおり地底から涌くように出てくる菩薩であり、菩薩は修行中ですが人々とともに歩み教えに導きます。
 法華経によると「地涌菩薩」は一体ではなく、無数に地から湧き出てきます。
 
 法華経の「見宝塔品」に「釈迦が説法をしていると、大地から巨大な七宝塔(金、銀、瑠璃などの七宝で造られた塔)が涌出(ゆじゅつ)し、空中にそびえた」との説話があります。

 さまざまな仏教経典の随所に、輪宝」や「天蓋」と表現されている宇宙船と思える記述があります。
 葉巻型母船であり、多くの小型宇宙船を搭載しています。

 地涌菩薩の正体は、シャンバラの大王カルキ率いる「12軍団」です。

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 月にはアルザル人の基地があります。
 月以外でも太陽系の星たちには、アルザル人の基地があり画像の物証があります。

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 プエルトリコのアレシボ天文台による金星表面の探査では、金星アフロディーテ大陸北部には、三基のピラミッド、ニオベ平原には地表にウリムとトンミムのレビ族の紋章が写し出されています。

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 ウリムとトンミムは、陰陽結合で万物を表します。
 上向きの三角形は始まり、下向きの三角形は終わりを意味します。

 ダビデの星とよばれる六亡星は、ウリムとトンミムであり、レビ族の紋章です。

 ダビデの星とよばれるようになったのは、ダビデのヘブル語表記は「 דוד 」 だからです。
 ダビデの「ד」が古代ヘブル語やフェニキア文字では「△」となっておりもともと三角形をしていました。
 これを継承したギリシャ語でも「Δ」です。

 したがって、ダビデを意味するヘブル語「דוד」は、「△+△」となります。
 「דוד」の「ו」は、英語の「AND」、記号の「&」の接続詞として使用されます。
 2つの「△」を上下に組み合わせれば、「△+▽」で「ダビデの星」になるというわけです。
 上向きの三角形は初め、下向きの三角形は終わりを意味します。
 
 
 わたしは世の光であり命である。
 わたしはアルパでありオメガであり、初めであり終わりである。 (3ニフ 9:18
 
 ウリムとトンミムはヘブル語で「光と完全」を意味し、ヘブル語で光は「 אורים 」、完全は「 תומים 」と書き、アレフ(א)とタウ(ת)が頭文字になっています。(ヘブル語は右から左へ書きます)

 
 彼ら(神々)は、「光あれ」と言われた。
 すると光があった。
 彼ら(神々)はその光を知覚された。
 それが輝いていたからである。
 そして、彼らはその光を闇から分けられた、すなわち光が分けられるようにされた。 
 神々は光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
 夕から朝までを夜と呼び、朝から夕までを昼と呼ばれた。
 これが、彼らが昼、夜と呼ばれたものの最初、すなわち初めであった。 (アブラハム 4:3-5

 「光あれ」とは、光はキリストの光とともにヤハウェのことで、はじめにキリストの光があり、創造主としてヤハウェをよんだことも暗示しています。(アルマ 38:93ニフ 9:18


 わたしヨハネは証する。
 わたしは御父の、恵みと真理に満ちておられる独り子の栄光としての、すなわち世に来て肉体に宿り、わたしたちの中に住まわれた真理の御霊の栄光としての彼の栄光を見た。
 また、わたしヨハネは、彼が最初から完全は受けず、恵みに恵みを加えられたのを見た。
 彼は最初から完全は受けず、恵みに恵みを受け続け、ついに完全を受けられた。
 このようにして、彼は神の子と呼ばれた。
 彼は最初から完全は受けられなかったからである。
 わたしヨハネは証する。
 見よ、天が開かれ、聖霊が鳩の形を取って彼の上に降って、彼の上にとどまられた。
 また、天から声があって言われた。
 『これはわたしの愛する子である。』
 わたしヨハネは証する。彼は御父の完全な栄光を受けられた。
 彼は天においても地においても、一切の権威を受けられた。
 そして、御父の栄光は彼とともにあった。御父が彼のうちにおられたからである。」 (教義 93:11-17

 イエス・キリストは世の光であり完全な御方でした。
 また初めにして終わりであって、旧約時の犠牲の生け贄の雌牛のように世の罪を贖うために生け贄としてT字形十字架に架けられたのです。
 最初の文字アレフは、ギリシャ語のアルファにあたる字で雌牛という意味があります。
 そして最後の文字タヴは英語のTにあたる字です。
 つまり、ウリムは光にして初め、雌牛を意味し、トンミムは完全にして終わり、T字形十字架を意味すると解釈できます。

 道具してのウリムとトンミムは、人が啓示を受けたり翻訳をしたりするのを助ける目的で、神が備えられた道具です。
 
 ジョセフの弟ウィリアムは、布でおおわれたウリムとトンミムの付いた胸当てを見ましたが、そのサイズはとても大きかったと述べています。

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      Golden Plates Urim+Thummim

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 ウリムトとンミムのレビ族の紋章である六芒星のシンボルは、古代イスラエルの時代からありました。
 五芒星は神権を示し、六芒星はレビ族の紋章です。 (参照
 
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  月の住人 

 1966年11月6日、アメリカから打ち上げられた「ルナ・オービター2号」が撮影した月面の「静かの海」の1枚に、凹みを掘りながら突き進む巨大な物体が写っています。

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          ルナ・オービター5号撮影   写真 No.67-H-1135
 
 ヴィッテロ中央峰の山腹斜面の2つの長い移動跡と物体、上の物体は高低差350m以上の起伏を越えて転がった跡を明確に残しています。
 
 米航空宇宙局(NASA)では石として紹介していますが、この物体はスロープを突進する石ではありません。
 この物体は、溝が後方に伸びている以上、明らかにこれは動く物体で溝を横断しクレーターのくぼみから脱出し坂をかけ登っています。
 このような石に一致する物や残された跡はけっしてありませんでした。
 跡の深さは重要で、動力学上痕跡を作るというエネルギーのロスは急速に物体の回転を止めます。
 それは単なる石ではなく掘削と移動を同時にする移動物体です。

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 線条痕は地上の移動体が転がることによりでき、それは移動する丸い物体と等距離の同一の跡を造ることを意味します。
 赤の点は周期的な痕跡を示します。
 しかし、緑の点は明らかに反復していません。

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                X型の形状の掘削機

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 アポロ8号が撮影した画像に、正方形の掘削された跡が鮮明に写っています

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 アポロ15号撮影の月表面、ウォーレス・クレーターでの1枚。
 中央の2つのドーム型の同じ形、同じ大きさのドームは、人工物と考える以外ないです。

 月の海には、天体最深部でしか手に入らない金属核物質が豊富に存在しています。
 月面にはいくつものアルザル人の基地があり、重金属や貴重な放射性物質を大規模に採掘しているのです。

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           月面位置 40'N-120E  伝送幅 46Km 
           
 UFOの拡大写真の直径は約500m、長さ約3Kmで、現在は画像修正され完全に消去されました。

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 ルナオービター5号が月面のモスクワの海の近郊で、多数の長方形物体が発見されました。
 
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 アルザル人の建造物か、または工作機械です。

 中国の衛星から映し出された高解像度の写真の中に人工的に加工されたような物が写っていました。

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 台湾で活動しているSF作家であり、UFO研究家でもあるスコット・C・ウェアリングが2011年5月21日がユーチューブの専用チャンネルで「月面に滞空する巨大建造物を発見!」と題して、イギリス在住の匿名のアマチュア天文家が2010年4月24日に発見した映像を紹介しました。
 発見場所は月のほぼ中央のアルキメデス・クレーターの東南十数kmの付近です。

 カナダのメディア『ザ・カナディアン』は、「科学者マイケル・サラが、月面に建物物や構築物がはっきりと写っている写真が存在していることを公表した」という記事を発表しています。
 それによると博士は、中国の月探査衛星「嫦娥2号」が撮影した高解像度の写真を入手しましたが、そこには月面の建物や複合的な構築物がはっきりと写っていたと述べています。


 月や火星に関しての宇画写真の研究者たちによれば、そこに明らかに撮影されている人工の建造物などが映り込んだ写真はNASAの上層部たちの判断によって、継続的に修正が加えられてきました。

 米航空宇宙局(NASA)は軍事施設なので、アメリカか独占したい情報を他国に教えるはずがないのです。
 つまり、真実は隠しうそを混ぜて、一般公開しているのです。

 
 NASAの内部告発者であるケン・ジョンストンとドナ・ハレの2人は、「月にエイリアンが存在している証拠を消し続けるNASAのトリック」と題する論文の中で、NASAが証拠写真の隠滅を主導し、これまでに数千枚にのぼる写真に修正をほどこし、曖昧で見えにくいものへと細工していたとNASAを告発しました。
 方法の1つとしては、フィルターを使用して動いている物体を消してしまう方法があり、ソフトウエアによって地形そのものに微調整を加えるという方法もあります。
 その結果、本来の写真に写っていた物体が消えてしまうということになります。

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 無人探査機ルナ・オービターが月の裏側で発見した建造物。
 
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 月周回衛星「かぐや」の映像は、NASAによって改ざんされた物です。
 改ざん前の画像には、アルザル人の基地が写っています。
 場所は、月の裏側にあるシュレディンがー・クレーターです。

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 かぐやは、アメリカの指示で人工物がはっきりと写らないように性能の悪いハイビジョンにしました。
 JAXAはUFOマニュアルがあり、月には頻繁にUFOが飛行しています。

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  『竹取物語』の予言
 
 『竹取物語』は、日本最古といわれる物語です。
 『竹取物語』は通称で、『竹取翁の物語』とも『かぐや姫の物語』ともよばれました。
 成立年、作者ともに不詳で、仮名元は漢字で描かれたによって書かれた最初期の物語の1つでもあります。
 

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 光り輝く竹の中から現れて竹取の翁の夫婦に育てられたかぐや姫の物語で、紀元7世紀後半~8世紀後半ころにかけて作られた日本に現存する最古の和歌集の『万葉集』16巻の第3791歌には、「竹取の翁」が天女を詠んだという長歌があり、『竹取物語』との関連が指摘されています。
 
 あらすじは、以下のとおりです。

 昔、竹取の翁という者が竹藪で輝く竹を見つけ中から3寸(約9cm)の小さな女の子を見つけます。
 家に連れ帰り育てたところ、なよ竹(しなやかな竹)のかぐや姫と名づけられた彼女は、3月ほどで輝くばかりの美女となりました。
 その間、翁の切る竹はどれも黄金が入っているものばかりで翁の家は豊かになりました。
 かぐや姫の美しさに求婚する者も多く、とくに熱心な5人の貴公子が屋敷を訪れました。
 その5人に姫はそれぞれ難題を課し、その解決を結婚の条件にしました。
 しかし、結局5人とも本物を探し出せません。
 そして、しまいには天皇陛下がみそめることとなり、かぐや姫は宮中へと行きます。
 ところが、なぜかかぐや姫は悲しむ日々。

 理由を聞くと自分は月の住人であり、今度の満月にはお迎えが来て故郷へ帰らねばならないといいます。
 
 事情を知った天皇陛下は、当日武士たちを集めて宮中を護衛します。
 しかし、いざ月からの使者が光り輝く飛車に乗って現れると、その光によって武士たちは体が動かなくなり、手も足も出ません。
 なす術もなく、かぐや姫は迎えの光り輝く飛車に乗って月へ帰ってしまいました。
 最後には帝の求婚をも退けた姫は、十五夜の晩、迎えにきた天人たちとともに自らの国である月へと迎えの光り輝く飛車に乗って昇っていきました。
 姫に去られ傷心の天皇陛下は、姫が形見に残した不死の薬ももはや不要だとしてそれを天に最も近い駿河国の山で燃やすよう命じます。

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 「竹」から生まれた「かぐや姫」とは何者でしょうか。
 「月」に帰っていくということは、地上の人々とは違う人々だということになります。

 昔から人類は、月に人が住んでいると信じてきました。
 夜に輝く月を見上げながら、その荘厳さに畏敬の念をもち月を神聖視して夜の神として崇めた民族もいました。
 ヨーロッパ圏には月に住む聖家族の伝説も残されています。
 その聖家族とは、イエス・キリストと母マリヤ、父ヨセフです。
 中国でも昔から月の宮殿に人が住んでいて、庭に月桂樹が植えられていると考えられていました。
 フィリピンには月から来た天女が黄金に輝く田に舞い踊り、逃げ遅れた天女が田の持ち主の男と結ばれ、子供と一緒に月に戻るという羽衣伝説が残されています。


 
  光り輝く飛車
           
 飛車からの光を浴びて武士の体が動かなくなると点は、プラズマによって神経が麻痺した状態です。
 が原因の金縛りと同じです。

 『竹取物語』の月からの光り輝く飛車は、アルザルの宇宙船です。

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 1969年、アポロ11号が遭遇したアルザル人のUFOです。
 葉巻型母船とホームベース型小型船で、ぼやけて写っているのはプラズマにおおわれているからです。

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             1969年、ソ連のルナ15号からの撮影


  ジョン・F・ケネディ (JFK 1917年5月29日‐1963年11月22日)大統領は、シークレット・ガバメントが隠してきたアルザル人の真実を知り、国民に公表しようとしたので殺されたのです。

 古代日本においてアルザルの宇宙船は地上に来ていたのです。
 そして、近未来において末日聖徒イエス・キリスト教会参照 イエス・キリストの教会)の忠実な会員を迫害から助けるためにアルザル軍が現れます。 (参照

 『竹取物語』には「3」の数字が頻出します。
 3寸の赤ん坊が3か月で成長し大人の女性になり、そのお披露目が3日間開催されます。
 「3」の数字が頻出するのは、「3」は神会を表す数だからです。
 「竹」とは、三叉の竹の葉が、二枚一対になった形を象徴し「合わせ鏡」の構造になっていて、2つの三叉は2つの命の木を表し、ヤハウェとイエス・キリストが同じ神であるということを表しています。

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  漢字の真相

  日本人のルーツと神道、仏教の真実

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 『竹取物語』は、神会とヤハウェがイエス・キリストであるということを教義にしているイエス・キリスト教会のことを暗示しているのです。

 そして、『竹取物語』は預言です。
 月からの使者は、アルザルのイエス・キリスト教会の会員なのす。
 地球にいるかぐや姫は、この世の求婚を断りました。

 末日聖徒の花婿は再臨するイエス・キリストであるからです。 (マタイ 25:1-13 参照)

  第43章 再臨のしるし
  第44章 イエス・キリストの再臨
  第45章 福千年

  10人のおとめ


 「かぐや姫」とは、「守護された」を意味するヘブル語の 「カグ(khagor)」とヤハウェの「ヤ」であり、「ヤハウェに守護された姫」ということになります。
 女は教会を表し、姫は皇室などの高貴な身分にあった人の娘の敬称として広く用いられます。

  行方の知れない10部族と月の住人 2/3

  行方の知れない10部族と月の住人 3/3

  20 帰ってくるエノクの町