20 進撃のアルザル軍

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 イエス・キリストが処刑されるために捕らえられる場面で、イエス・キリストは天使の12軍団について述べました。

 
 そして、イエスがまだ話しておられるうちに、そこに、十二弟子のひとりのユダがきた。
 また祭司長、民の長老たちから送られた大ぜいの群衆も、剣と棒とを持って彼についてきた。
 イエスを裏切った者が、あらかじめ彼らに、「わたしの接吻する者が、その人だ。その人をつかまえろ」と合図をしておいた。
 彼はすぐイエスに近寄り、「先生、いかがですか」と言って、イエスに接吻した。
 しかし、イエスは彼に言われた、「友よ、なんのためにきたのか」。
 このとき、人々が進み寄って、イエスに手をかけてつかまえた。
 すると、イエスと一緒にいた者のひとりが、手を伸ばして剣を抜き、そして大祭司の僕に切りかかって、その片耳を切り落した。
 そこで、イエスは彼に言われた、「あなたの剣をもとの所におさめなさい。剣をとる者はみな、剣で滅びる。
 それとも、わたしが父に願って、天の使たちを十二軍団以上も、今つかわしていただくことができないと、あなたは思うのか。
 しかし、それでは、こうならねばならないと書いてある聖書の言葉は、どうして成就されようか」。
 そのとき、イエスは群衆に言われた、「あなたがたは強盗にむかうように、剣や棒を持ってわたしを捕えにきたのか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、わたしをつかまえはしなかった。
 しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書いたことが、成就するためである」。そのとき、弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った。 (マタイ 26:47-56

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  1 アブラハムの聖約


 主はイスラエル、すなわち主の聖約の民がいつの日か集合すると約束されました。
 主はある重要な目的をもって、イスラエルを集められます。
 イスラエルの民は福音の教えを学び、再臨のときに救い主にまみえる備えをする必要があります。
 イスラエルは神殿を建て、機会なく死んだ先祖のために神聖な儀式を執行する責任があります。
 神の聖約の民はすべての国民に福音を宣べ伝え、全世界に対して祝福の基となるという聖約を果たさなければなりません。

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 1836年、預言者モーセはカートランド神殿に現れ、イスラエルの家を集合させる業を導く力と権能をジョセフ・スミスに授けました。 
 それ以来、各預言者はイスラエルの家を集合させる鍵を保有してきており、この集合の業は教会の業の重要な一部となっています。 (参照

 現在、イスラエルの家は集合しつつあり、回復された福音を受け入れ、アブラハム、イサク、ヤコブの神に仕えています。


 この示現が閉じた後、天が再びわたしたちに開かれた。
 そして、モーセがわたしたちの前に現れ、地の四方からのイスラエルの集合と北の地からの十部族の導きの鍵をわたしたちにゆだねた。 (教義 110:11

 モーセはイスラエル人をエジプトの地から導き出しました。
 モーセがイスラエルの集合の鍵をもつことは当然のように思われます。

 イスラエル人はまず霊的な集合をし、次いで物理的な集合をすることになっています。
 霊的な集合とはすなわち、末日聖徒イエス・キリスト教会に加わることです。
 この集合は、預言者ジョセフ・スミスの時代に始まり、現在もなお世界各地で続いています。
 教会へ改宗した人々は、血統か養子縁組のいずれかによってイスラエルの民であり、アブラハムおよびヤコブの家系に属する子孫です。
 物理的な集合とは、イスラエル人が「彼らの受け継ぎの地に集め戻され、彼らに約束されたすべての地に定住する」ことです。(2ニフ 9:2参照)

 エフライムとマナセの部族はアメリカの地に集合し、ユダの部族はエルサレムとその周辺の地域に帰ります。
 そして、行方の知れない10部族は、自分たちに約束された祝福をエフライムの部族から受けます。


 また、北の地にいる者たちは、主の前に覚えられるようになる。
 彼らの預言者たちは主の声を聞き、もはや自分自身を抑えない。
 そして、彼らは岩を打ち、氷が彼らの前に崩れ落ちるであろう。
 一つの大路が大いなる深みのただ中に設けられるであろう。
 彼らの敵は彼らのえじきとなるであろう。
 不毛の砂漠に生ける水の池が現れ、焼けた土地はもはや乾いた地ではなくなる。
 彼らは、わたしの僕であるエフライムの子らに貴い宝を持って来るであろう。
 永久の丘の境は彼らの前で揺れ動くであろう。
 彼らはそこで、すなわちシオンにおいてひれ伏し、主の僕たち、すなわちエフライムの子らの手により栄光を冠として与えられるであろう。
 そして、彼らは永遠の喜びの歌をもって満たされるであろう。
 見よ、これはイスラエルの諸部族への永遠の神の祝福であり、エフライムとその同胞の頭に授けられるさらに貴い祝福である。
 また、ユダの部族の者たちも、苦しみを受けた後、主の前で聖なる状態に聖められ、日夜とこしえにいつまでも主の前に住むであろう。 (教義 133:26-35

  20 進撃のアルザル軍


 物理的なイスラエルの集合はイエス・キリストの再臨までは完了しません。
 

 まことに、主がその預言者たちの口を通して語ったとおり、主の民の回復のために、また新エルサレムの都となるシオンの山に立つ聖徒たちの集合のために、終わりの時に設立された主の教会に関する主の言葉。
 この都は主の指によって指定され、ジョセフ・スミス・ジュニアと、主の心にかなう他の者たちによって奉献された、ミズーリ州の西の境にある神殿用地を起点として建てられるであろう。
 まことに、主の言葉は次のとおりである。
 すなわち、新エルサレムの都は聖徒たちの集合によって、この場所、すなわち神殿の場所を起点として建てなければならない。
 この神殿はこの時代に築かれるであろう。 (教義 84:2-4
 
 1831年7月にジョセフ・スミスが受けた啓示の中で、新エルサレムと神殿が、ミズーリ州ジャクソン郡インディペンデンスがシオンの中心の場所であると預言しています。
 
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 聴きなさい、おお、わたしの命じたとおりにこの地、すなわちミズーリの地に集まって来たわたしの教会の長老たちよ。
 主なるあなたがたの神は言う。ここは、わたしが聖徒の集合のために指定し、聖別した地である。
 それゆえ、ここは約束の地であり、シオンの町のための場所である。 (教義 57:1-2

 異邦人はシオンへ、ユダヤ人はエルサレムへ集合します。(3ニフ 20:29-46教義 133:6-15参照)



  福千年時の2つの首都
      
 イエス・キリストは、福千年の間、エルサレム(旧エルサレム)と新エルサレムから世界を統治されます。
 
 
 終りの日に次のことが起る。
 主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、多くの民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。
 彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。
 律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。 (イザヤ 2:2-3

 ジョセフ・スミスは、こう述べています。
 「詩篇の第102篇でダビデが語っているシオンの町は、アメリカの地に築かれるでしょう。
 そして『主にあがなわれた者は帰ってきて、その頭に、とこしえの喜びをいただき、歌うたいつつ、シオンに来る』でしょう。(イザヤ 35:10
 そして、彼らは地をとおりすぎるあふれる災いから救い出されるでしょう。
 しかしユダはエルサレムにおいて解放されるでしょう。(ヨエル 2:32イザヤ 26:20-21エレミヤ 31:12、詩篇 1:5、エゼキエル 34:11-13参照)
 これらは、良い羊飼いが御自分の羊を連れ出して、曇った暗い日に散らされていたあらゆる国々から、シオンに、そしてエルサレムに導かれるという証です。」

 「まず、終わりの時について語っているエノクの預言を引用しましょう。
 『わたしはからを下そう。
 また、地から真理を出して、わたしの独り子と、死者の中からの独り子復活と〔この復活は物質的な肉体のことであると、わたしは理解しています〕、またすべての人の復活について証しよう。
 そして、わたしは義と真理が洪水のごとくに地を満たすようにし、わたしが備える場所、すなわち聖なる都に地の四方からわたしの選民を集めよう。
 それは、わたしの民がその腰に帯を締め、わたしの来臨の時を待ち望めるようにするためである。
 わたしの幕屋はそこにあり、そこはシオン、すなわち新エルサレムと呼ばれるであろう。』(モーセ 7:62

 さて、この引用文から、私は……義と真理が洪水のごとくに地を満たすことになると理解しています。
 それでは尋ねますが、義と真理はどのようにして洪水のごとく地を満たすのでしょうか。
 答えましょう。
 人々と天使たちが力を合わせて、この大いなる業を成し遂げることによってです。
 そしてシオン、すなわち新エルサレムが、地の四方から集められる選民のために備えられ、聖なる都が建てられます。
 主の幕屋は彼らとともにあるでしょう。……
 
 
 見よ、わたしはこの民をこの地に立てて、わたしがかつてあなたがたの先祖ヤコブと交わした聖約を果たそう。〔創世 26:1-5
 この地は新エルサレムとなるであろう。』(3ニフ 20:22

 さて、『モルモン書』から、私たちは新エルサレムが設けられるまさにその大陸と場所を知ることができます。
 そしてその都は、パトモス島におけるヨハネの示現にあるとおり、引き上げられるに違いないのです。 
 さて、多くの人が次のように言いたくなるでしょう。
 新エルサレムについて述べられているが、これはユダヤ人によって東大陸に建てられたエルサレムのことであると。
 しかし、黙示録 第21章2節から、夫のために花嫁のように飾られて、天の神のもとから下ってくる新エルサレムがあったことが分かります。


 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。 (黙示 21:2) 
 
 また、こののち黙示者は御霊捕らえられて、大きな高い山に連れていかれ大きな聖なる都が天の神のもとから下ってくるのを見ました。


 この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。 (黙示 21:10

 さて、ここでは2つの都のことが述べられています。
 
 1通の手紙の中ですべてを書き記すことはできないので、簡潔に言いますが、この大陸に設けられる新エルサレムがあり、そしてまた、エルサレムが東大陸に再建されるでしょう。(エテル 13:1-12参照)
 『見よ、エテルはキリストの時代を目にし、イスラエルの家と、リーハイが出て来るエルサレムについても述べた。
 エルサレムは破壊された後、主のために聖なる都として再び築かれる。
 したがって、それは昔存在していたので、新しいエルサレムではありえない……。』(エテル 13:4-5)」
 
 「預言者たちは終わりの時におけるシオンに関して述べてきました。
 レバノンの栄えがシオンに来て、糸杉、スズカケ、松が、ともに主の聖所を美しくし、主が御自分の足を置く所を栄光で満たされる様子を述べてきました。(イザヤ 60:13参照)

 主は真鍮の代わりに金を携え、鉄の代わりに銀を携え、木の代わりに真鍮を、石の代わりに鉄を携えて来られるでしょう。(イザヤ 60:17参照)

 また、肥えたものの祝宴が正しい者のために催されるでしょう。(イザヤ 25:6参照)

 まことに、主の民の益を思う私たちの思いに主の輝きがもたらされるとき、人の打算やこの世のむなしい誉れは消え去り、私たちは次のように叫ぶのです。『神は麗しさのきわみであるシオンから光を放たれる』と。(詩篇 50:2)」 (『歴代大管長の教え ジョセフ・スミス』 p.188-190)

      Mount-Zion

 そして、にじが雲の中に現れる。
 わたしはそれを見て、あなたの先祖エノクに立てた永遠の聖約を思い起こすであろう。
 その聖約は、人々がわたしの戒めをすべて守るとき、シオン、すなわち、わたしがわたし自身のもとに取り上げたエノクの町が、再び地上に降るというものである。
 わたしの永遠の聖約はこれである。
 すなわち、あなたの子孫が真理を受け入れて仰ぎ見るとき、シオンは見下ろし、もろもろのは歓喜に揺れ、地は喜びに震えるであろう。
 そして、長子の教会の総集いが天から降って来て、地を所有し、終わりが来るまでその場所を得るであろう。
 これが、わたしがあなたの先祖エノクと交わした永遠の聖約である。
 にじが雲の中に現れるであろう。
 そしてわたしは、将来地上にあるすべての肉なる生き物のために、わたしとあなたとの間に立てた聖約をあなたに立てるであろう。」
 そして神はノアに言われた。
 「これが将来地上にあるすべての肉なるもののために、わたしがわたしとあなたとの間に立てた聖約のしるしである。」 (ジョセフ・スミス訳 創世 9:16-17)

 エノクとノアへの神の聖約を思い出させるものとして、天に虹が置かれました。 (参照
 終わりの時に人々が戒めをすべて守るとき、長子の教会の総集い(エノクの時代の主のシオン)が地上の義人と1つになります。
 「長子の教会」とは、イエス・キリストの教会のことで、天の御父によって生まれたすべての霊の子供たちの中にあってイエス・キリストは長子です。

  17 シオンとバビロン 世界政府の誕生

 
 エノクとエノクの民は、キリストの復活とともに復活していて、天使として働いています。
 そして、アメリカ大陸に建てられた同じ名前の町、つまり「シオン」と1つになるために戻ってきます。


 ヨハネの黙示録 21章の新エルサレムは、福千年後に再び下ってくる記述です。 

 
 さて、わたしモロナイは、これまでこの民のことを書き記してきたが、民の滅亡についてのわたしの記録を続けて、これを終えることにしよう。
 見よ、彼らはエテルの言葉をことごとく拒んだ。
 エテルは、人の始まりからの一切のことを実際に彼らに告げた。
 水がこの地の面から引いた後、この地がほかのあらゆる地に勝ったえり抜きの地、すなわち主の選ばれた土地になったので、主はこの地の面に住むすべての人に、御自分に仕えることを望まれたと、エテルは告げた。
 またこの地は新エルサレムが天から降って来る場所であり、主の聖所であると、彼は告げた。
 見よ、エテルはキリストの時代を目にし、またこの地の新エルサレムについて述べた。
 彼はイスラエルの家と、リーハイが出て来るエルサレムについても述べた。
 エルサレムは破壊された後、主のために聖なる都として再び築かれる。
 したがって、それは昔存在していたので、新しいエルサレムではあり得ないが、それは再び築かれて、主の聖なる都となる。
 それはイスラエルの家のために築かれる。

 また新エルサレムは、ヨセフの子孫の残りの者のためにこの地に築かれる。
 このことについてはすでに予型があった。
 ヨセフは自分の父をエジプトの地に導いたので、父はそこで死んだ。
 そして主は、ヨセフの父が滅びないように、彼に憐れみをかけられたと同様に、ヨセフの子孫が滅びないように、彼らに憐れみをかけ、ヨセフの子孫の残りの者をエルサレムの地から導き出された。
 ヨセフの家の残りの者は将来この地で増えて、この地は彼らの受け継ぎの地となる。
 そして、彼らは主のために昔のエルサレムのような聖なる都を築く。
 また、彼らはもはや乱されることはなく、終わりが来て大地が過ぎ去る。
 しかも、新しい天と新しい地がある。その天と地は以前のものに似ている。
 ただ以前のものは過ぎ去り、すべてのものが新しくなるだけである。
 その後、新エルサレムが成る。そこに住む者たちは幸いである。
 彼らの衣は小羊の血によって白いからである。
 彼らは、イスラエルの家に属するヨセフの子孫の残りの者の中に数えられる者たちである。
 またそのときに、昔のエルサレムも成る。
 そこに住む者たちは幸いである。彼らは、
 小羊の血によって洗われているからである。
 彼らは散らされた後に、地の四方および北の地方から集められた者たちであり、神が彼らの先祖アブラハムと交わされた聖約を果たされるときに、それにあずかる者たちである。 (エテル 13:1-11

 新エルサレムは、「シオンの山」、または「主の山」ともよばれます。 


 終りの日に次のことが起る。
 主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、多くの民は来て言う、「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。
 彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。
 律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。 (イザヤ 2:2-3
 
 末の日になって、主の家の山はもろもろの山のかしらとして堅く立てられ、もろもろの峰よりも高くあげられ、もろもろの民はこれに流れくる。
 多くの国民は来て言う、
 「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。
 彼はその道をわれわれに教え、われわれはその道に歩もう」と。
 律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。 (ミカ 4:1-2

 ハロルド・B・リー大管長は、ミカ書 第4章1節に記されている同じ言葉を参照して、次のように説明しています。
 「ここで使われている『主の家の山』という表現は、義にかなった民という定義と同じように明らかに1つの場所を指している。」 (“The Way to Eternal Life” Ensign 1971年11月 p.15)

 ほかの教会指導者たちも「主の家の山」について教えています。
 エラスタス・スノー長老は、次のように語りました。
 「『主の家の山』、これは現代の用語からすれば特異な言葉であるが、ダビデやその後数百年にわたる多くの預言者の時代のイスラエルでは普通の表現であったために、おそらく預言者によって使われたのであろう。
 すなわち、彼らはソロモンの神殿が建設されたモリヤ山を『主の家の山』とよんでいた。
 モリヤはエルサレムの都にある丘で、ダビデが神殿用地に定め、息子のソロモンがそこに神殿を建てた。
 そして、主の家の山とよばれるようになったのである。」 (『説教集』 16:202)

 上記の聖句は、福千年のときに2つの首都が設けられることに言及しているものです。
 つまり、新・旧エルサレムのことを意味しているのです。
 地上のシオンである新エルサレムとエルサレムの再建は、キリストの再降臨の前に起きなければなりません。 
 
 ジョセフ・フィールディング・スミス長老は、福千年の間の世界の2つの首都について、次のように述べています。
 「ジョセフ・スミスは『モルモン書』を翻訳していたときに、アメリカがヨセフとその子孫に与えられたシオンの地であって、この地にシオンの町、すなわち新エルサレムが築かれることを知った。
 彼はまたパレスチナのエルサレムが再建され聖い都となることも知った。
 シオンの地とパレスチナにある2つの町は、福千年の間、神の王国の首都となる。
 さて、準備が進められ、イスラエルが集合している間に、多くの民がシオンの地に来てこう言っている。
 『さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。』
 
 末日聖徒がこの預言を成就している。
 なぜならば、末日聖徒は全地の四隅から集められており、この山岳地帯の谷あいに来て主の家に入っているからである。
 ここで彼らは回復された福音から主の道を学び、現在完成された神殿で祝福を受けている。
 さらに今後それほど遠くない将来に、主はシオンの町の建設を命じられるだろう。
 またパレスチナにあるエルサレムは時が来れば清められ、聖都となって、ユダヤ人の住まいとなるだろう。
 そのとき彼らは清められ、イエス・キリストを贖い主として受け入れていなければならない。」 (『救いの教義』 3:64)

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 ゴードン・B ・ヒンクレー大管長は、次のように述べています。
 「神殿に隣接するこのすばらしい建物に思いをはせるときに、イザヤが語った偉大な預言が心に浮かんできます。
 『終りの日に次のことが起る。主の家の山は、もろもろの山のかしらとして堅く立ち、もろもろの峰よりも高くそびえ、すべて国はこれに流れてき、多くの民は来て言う、
 「さあ、われわれは主の山に登り、ヤコブの神の家へ行こう。
 彼はその道をわれわれに教えられる、われわれはその道に歩もう」と。
 律法はシオンから出、主の言葉はエルサレムから出るからである。……
 彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、多くの民のために仲裁に立たれる。
 こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかって、つるぎをあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない。
 ヤコブの家よ、さあ、われわれは主の光に歩もう。』 (イザヤ 2:2-5
 この預言は古い歴史をもつ壮麗なソルトレーク神殿を指していると私は信じています。
 しかし、この預言はこの壮大なホールをも指していると思います。
 なぜならば、神の律法は、主の言葉と証とともにこの壇上から発せられるからです。」 (2000年10月 総大会 『リアホナ』 2001年1月 p.82)

 ブルース・R・マッコンキー長老は、この言葉に複数の意味があることを指摘しています。
 「『主の家の山』とは神殿が建てられる山のことである。
 ほかの預言と同様、この偉大な預言も多方面にわたって成就している。

 1.ソルトレーク・シティーやほかの山岳地帯にある神殿はまさにその言葉のとおりに建てられ、すべての国の代表者がその中に流れ込み、神とそのについて学んでいる。

 2.しかし、主の家がミズーリ州ジャクソン郡の『新エルサレムの都』であるシオンの山に建てられるという日はまだ来ていない。 


 まことに、主がその預言者たちの口を通して語ったとおり、主の民の回復のために、また新エルサレムの都となるシオンの山に立つ聖徒たちの集合のために、終わりの時に設立された主の教会に関する主の言葉。
 この都は主の指によって指定され、ジョセフ・スミス・ジュニアと、主の心にかなうほかの者たちによって奉献された、ミズーリ州の西の境にある神殿用地を起点として建てられるであろう。
 まことに、主の言葉は次のとおりである。
 すなわち、新エルサレムの都は聖徒たちの集合によって、この場所、すなわち神殿の場所を起点として建てなければならない。この神殿はこの時代に築かれるであろう。 (教義 84:2-4

 栄えある神殿が建てられる日に、シオンの山自体が主の家の山となる。
 
 3.ユダヤ人がエルサレムに逃れるときのその山は『主の家の山』である。
 
 
 ユダに属する人々はエルサレムに逃げなさい。これらは主の家の山である。 (教義 133:13

 つまり聖なる神殿が大いなる回復の時代の業の一部として、その地に建てられるのである。


 わがしもべダビデは彼らの王となる。
 彼らすべての者のために、ひとりの牧者が立つ。
 彼らはわがおきてに歩み、わが定めを守って行う。
 彼らはわがしもべヤコブに、わたしが与えた地に住む。
 これはあなたがたの先祖の住んだ所である。
 そこに彼らと、その子らと、その子孫とが永遠に住み、わがしもべダビデが、永遠に彼らの君となる。
 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らの永遠の契約となる。
 わたしは彼らを祝福し、彼らをふやし、わが聖所を永遠に彼らの中に置く。
 わがすみかは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわが民となる。
 そしてわが聖所が永遠に、彼らのうちにあるようになるとき、諸国民は主なるわたしが、イスラエルを聖別する者であることを悟る」。 (エゼキエル 37:24-28

 この2つの偉大な神殿が新旧両エルサレムに建てられるまで、イザヤが予見し明記した、まさに福千年の時代の出来事として律法がシオンから出、主の言葉がエルサレムから出るということは起こらないのである。」 (『モルモンの教義』 p.517-518)

 エゼキエルはエゼキエル書37章26~28節にかけて、聖所すなわち神殿について預言し、それもイスラエルが再び1つになる偉大な業の一部となろうと述べています。
 この示現が与えられた直後に、エゼキエルはエルサレムに建てられる新しい神殿がどのようなものになるかということについて、詳細にわたる示現を受けました。(エゼキエル 40-48参照)

 ジョセフ・フィールデング・スミス長老は、次のように述べています。
 「エゼキエルはイスラエルが長い散乱の時代を終えて集合し不義から清められたとき、儀式を執行するための神殿がエルサレムに建てられると預言した。」 (『救いの教義』 2:224-225) 

 十二使徒定員会は、1845年に次のように宣言しました。
 「主はヨセフの残りであるアメリカの原住民を集められる。
 そして、大いなる、強い、力強い国家とされ、彼らを文明化、啓蒙化され、聖なる町、彼らの中に神殿と首都を確立され、それはシオンとよばれる。
 そして、そこには彼の幕屋、聖所、王座、首都、そして永遠に南北アメリカの首都となる。
 端的にいうと、エルサレムが東半球にあると同じように西半球のエルサレムになるのだ。……
 シオンの町は、その聖所と神権、および栄光の完全な福音とともに、南北アメリカの共和国、州、省、領土、国家、部族、血族、言語、民、そして党派を1つの偉大で共通の兄弟愛の絆で統一して、食い違いのある信条や政治的論争に終止符を打つ基準を制定する。
 真理と知識が、彼らを自由にし、が彼らの和合を結びつける。
 また主が彼らの王と法律制定者となられ、戦争は止み平和が千年の間敷かれる。」 (『モルモニズム百科事典』より抜粋、Encyclopedia of Mormonism, ed. Daniel H. Ludlow, 1992, p.1010)
 
 しかし、最終的にこの預言の完全な成就は、イエス・キリストが統治するために戻ってこられるまでは起こりません。
 なぜなら主こそがシオンから治める権利をもっておられるからです。


 エノクの町が戻ってくるときには、天に取り上げられる前に存在していた場所のメキシコ湾辺りに戻ってきます。
 極移動(ポールシフト)大陸移動によって、メキシコ湾辺りは北極の位置に移動しています。
 そして、北極からアルザルが出現し、半分突き出た巨大な山のようになっているアルザルの上にエノクの町が降りてくる可能性があります。
 そして、末日聖徒イエス・キリスト教会がミズーリ州に築くシオン、新エルサレムと合流します。



  合体する地球とアルザル

 現在、徐々に地球の内核は北極に移動しつつあります。
 2006年、ロシアのある物理学会でロシア軍の極秘情報から地球の内核が北極に向けて数百kmも移動し始めているが国家としてどのような対策をしているかという発言がありました。
 実際は数百kmは移動していませんが内核は北極に移動しています。

 内核が移動すれば、そこに生じているプラズマ領域も移動します。
 このままいけば、北極にプラズマ領域が染みだしてきます。
 内核の移動によって、やがて地表にアルザルが姿を現すのです。
 その際、最初に地上に出現するのは暗黒プラズマです。

 地球内天体アルザルが地上に出てくとき、北極に巨大な暗黒プラズマ領域ができ北極から放出される暗黒プラズマは地球上へと広がって地上は闇に包まれます。


 すると、主はエノクに言われた。
 「わたしが生きているように確かに、わたしは終わりの時に、すなわち悪事と報復の時代に来て、わたしがノアの子孫に関してあなたに立てた誓いを果たそう。
 地が安息を得る日が来る。
 しかし、その日の前に、天は暗くなり、暗黒の幕が地を覆うであろう。
 天が震え、地も震えるであろう。
 そして、ひどい艱難が人の子らの中にあるが、わたしは自分の民を守ろう。 (モーセ 7:60-61

 わたしは自分の懐にエノクのシオンを受け入れた者である。
 また、まことにわたしは言うが、わたしの名を信じたすべての者を受け入れた者である。
 わたしはキリストであり、わたし自身の名によって、またわたしが流した血によって、父の前で彼らのために弁護をしてきた。
 しかし見よ、世の終わりに訪れる大いなる日の裁きまで、わたしは悪人の残りを暗闇の鎖にとどめてきた。
 また、わたしの声を聞こうとせずに、心をかたくなにする悪人を、同じようにとどめておこう。
 彼らの不幸な行く末は、災いである、災いである、災いである。
 しかし見よ、まことに、まことに、わたしはあなたがたに言う。
 わたしの目はあなたがたのうえにある。
 わたしはあなたがたの中にいるが、あなたがたはわたしを見ることができない。
 しかし、あなたがたがわたしを見て、わたしのいることを知る日がすぐに来る。
 暗黒の幕が間もなく裂かれるからである。
 清められていない者は、その日に堪えられないであろう。 (教義 38:4-8
 
 19世紀のはじめに生きたドイツ人のカトリック教会の神秘家アンナ・カタリナ・エンメリックは、キリストの生涯と受難を幻視したとされていますが、彼女は「3日間の暗黒」を幻視しています。
 「全世界が突然の暗闇に包まれ人工的な光が用をなさない暗黒の日がいつか訪れ、燃え立つ赤い雲が天をよぎり雷鳴がそこら中に響きわたる。
 地上にはいたるところで大きな地震が発生し、海は泡となり洪水のように大地に押し寄せる」という現象が起きるというのです。

 神からの示現かは不明ですが、暗黒プラズマにともなう大災害の様子は科学的に正しいです。 

 アルザルが地上に出現することは、悟りを開いて仏陀になった姿が表現しています。 
 釈迦如来像には、必ず頭のてっぺんが盛り上がっている部分の「肉髷(にくげい)」があります。
 悟りを開くと、頭頂部の肉が盛り上がり、大きなこぶのような状態になるといいます。

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 行方の知れない10部族が戻ってくるとき、灼熱の原始惑星が地球に接近し、潮汐力隕石、そして巨大な地震や天変地異を引き起こし極移動(ポールシフト)が起こり、すべての陸地が集まって原始地球のような1つの超大型大陸を形成します。

 
 見よ、主なる神は、天のただ中で叫ぶ天使を遣わして、このように言わせる。
 『主の道を備え、その道筋をまっすぐにせよ。主の来臨の時は近いからである。
 そのとき、小羊はシオンの山に立ち、額に小羊の父の名を記された十四万四千人の人々が小羊とともにいるであろう。』
 それゆえ、あなたがたは花婿の来臨に備えなさい。行きなさい。花婿を迎えに出なさい。
 見よ、彼はオリブの山に、また広大な大洋、すなわち大いなる深みの上に、また海の島々の上に、またシオンの地に立つであろう。

 そして、彼はシオンから声を発し、またエルサレムから語って、その声はすべての人の中で聞かれるであろう。
 それは大水のとどろきのような、また激しい雷鳴のような声であり、山々を崩すであろう。
 そして、もろもろの谷は見えなくなる。
 彼が大いなる深みに命じると、それは北の地方へ退き、島々が一つの地となる。
 エルサレムの地とシオンの地は、それぞれの所に戻り、陸地はそれが分けられる前の時代のようになる。
 そして、主すなわち救い主が、その民のただ中に立ち、すべての肉なるものを治める。
 また、北の地にいる者たちは、主の前に覚えられるようになる。
 彼らの預言者たちは主の声を聞き、もはや自分自身を抑えない。
 そして、彼らは岩を打ち、氷が彼らの前に崩れ落ちるであろう。
 一つの大路が大いなる深みのただ中に設けられるであろう。 (教義 133:17-27

 教会初期の時代に預言者ジョセフ・スミスの指示のもとに出版された機関誌に、次のように記されています。
 「永遠の神は、こう宣言された。
 大いなる深みが北の地方へ退き、ペレグの時代に地が分かれる以前のように、シオンの地とエルサレムの地が1つになる。
 終わりの日のとどろきに驚嘆するのも不思議でない。」 (“The Last Days” Evening and Morning Star 1833年2月 p.1) 

 ジョセフ・フィールデング・スミス長老は、こう述べています。
 「しかし、地球が初めの状態に回復されるとすれば、この大きな分離が起こったペレグの時代以前のように全地は再
び1つとなるであろう。
 ヨーロッパ、アフリカ、それにオーストラリア、ニュージーランド、そのほか太平洋の島々を含む海の島々は、初めの姿と同じように戻されて1つにつながるに違いない。」 (Answers to Gospel Questions 『福音の質疑応答』 5:74)

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 プレートテクトニクスではプレートは海嶺という噴出口からわき出し、移動しながら海溝に落ちていきます。
 その入り出が同じなら問題はないですが、海嶺の全長が約65000kmに対し海溝の全長が約45000kmしかなく合いません。
 東京教育大学の牛来正夫教授は、中生代から現代までに生成されたプレート量を約1億5000万平方km、消滅した量を3000万平方kmとし、差し引きをプラス1億2000万平方kmと算出しました。
 押し出されたプレート量のほうが多いのです。
 プレートの生成消滅の余剰分のプレートが増えた分だけ、地球の表面積が拡大したのです。

 プレートテクトニクスでの海洋底拡大のデータを用いて、中生代初期ころの地球半径は現在値の約80%(約5100km)だったろうとしています。
 牛来教授は、現在の半径の約87%だったろうとしています。
 ノアの時代の洪水以前の地球は、現在の半径より約15%は小さかったと考えられます。
 
 原始地球において丸い形をしていた大陸は、ノアの時代の洪水後の地球膨張で、真ん中から「く」の字に裂けました。
 そして、巨大天体の接近と潮汐作用で、地球の内部がかきまわされたため、内部圧力が急に弱まり地球内物質が相転移を起こし、現在の大きさまで膨張したのです。

 地球内部は超高温高圧下で、地上から2900km下までを固体の「マントル層」が占め、そこから5100kmまで流体の「外核」が占め、そこから中心までを金属の「内核」が占めているとされます。
 マントル層に異変の跡が残されています。
 マントルは、かんらん岩を主成分とする固体で、地表から670km付近を境に「上部マントル」と「下部マントル」に分かれています。
 同じマントルでも組成が変化していることが相転移が起きた証拠です。

 洪水の水が引いていったことは、地球膨張による表面積の拡大が理由で箱船がアララト山脈の山の頂に漂着したときには、すでに大陸移動が始まっていましたが、本格的に地球膨張とプレートテクトニクスの大陸移動が始まり人々がその陸塊に乗って移動したのは、洪水から約200年後のペレグやヤレドの時代からです。
 

 エベルにふたりの子が生れた。そのひとりの名をペレグといった。
 これは彼の代に地の民が分れたからである。その弟の名をヨクタンといった。 (創世 10:25
 
 日本語の口語訳聖書では「地の民が分れた」と誤訳されていますが、英語の欽定訳では明確に「earth divided」とあり「彼の時代に地が分かれた」と記されています。
 明らかに大地そのものが物理的に分断されたと言う表現です。
 さらに、ヘブル語の「パラグ」が地殻変動的規模の分断の意味を含む言葉である以上、民族が移動した程度の意味ではありません。
 今でこそ大陸移動説は常識になっていますが、ジョセフ・スミスの時代には、まだ提唱すらされていませんでした。

  天地創造と地球のバプテスマ


 地球とアルザルは合体します。 

 バテシバ・W・スミスによると、ジョセフ・スミスは次のように述べました。
 「10部族は〔this globe 球体〕地球上にはいない。
 地球の一部が裂け割られて、宇宙に飛んでいった。
 時がくると、地が揺れ動いて酔った者のようにあちらこちらとよろめくとき、天から星が落ちて、再び地球と合わさる。」 (“Recollections of the Prophet Joseph Smith” The Juvenile Instructor June 1, 1892 v. 27 p.34) 

 今から日ならずして、地が揺れ動いて、酔った者のようにあちらこちらとよろめくであろう。
 また、太陽はその顔を隠して光を与えようとせず、月は血に浸される。
 また、もろもろの星は激しく怒り、木から落ちるいちじくのように落ちるであろう。
 また、あなたがたの証の後に、激しい怒りと憤りが人々に及ぶ。
 あなたがたの証の後に、地の中でうなりを起こす地震の証が来る。
 そして、人々は立っていることができず、地上に倒れる。
 また、雷の声と、稲妻の声と、暴風雨の声と、その境を越えて打ち上げる海の波の声の証も来る。
 また、すべての物事が混乱する。
 そして、必ず人々は気落ちする。恐れがすべての人に及ぶからである。
 また、天使たちが天のただ中を飛び、大声で叫び、神のラッパを吹き鳴らして言う。
 「おお、地に住む者よ、備えなさい、備えなさい。わたしたちの神の裁きが来たからである。見よ、見よ、花婿は来られる。あなたがたは花婿を迎えに出なさい。」
 そして直ちに、一つの大いなるしるしが天に現れて、すべての人がともにそれを見る。 (教義 88:81-93

 オーソン・プラット長老は、こう述べています。
 「預言者ジョセフは私に行方の知れない10部族は、奇跡によって地球から分かたれて地球の一部とともに取り去られた。
 末日にその分かたれた地球は地球に回復されるか、極地に降り立つことだろうという進んだ意見を述べた。」 (Letter Box of Orson Pratt, Church Historian's Office Letter to John C. Hall December 13,1875 Quoted in R. Clayton Brough "The Lost Tribes" Horizon Publishers 1979 p.50)
      
 太陽系ができるときに、大変動が起こりました。
 アルザルは最初から地球の中にあったのではなく、ある時期に地球の中に入ったのです。
 太陽系ができる過程で何度か惑星が地球とニアミスしました。
 その際、潮汐作用などで地球の一部がえぐり取られたのです。
 そのような地球の片割れは、しばらくは地球の衛星として浮かんでいたでしょう。

  11 『古事記』の天地創造


 暗黒プラズマは地球をおおい地上に闇をもたらします。
 暗黒プラズマは発光プラズマが現れる直前に現れます。
 そして、すさまじい光のプラズマをともないイエス・キリストが再臨するのです。


 だから、あなたが、どのようにして受けたか、また聞いたかを思い起して、それを守りとおし、かつ悔い改めなさい。
 もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう。
 どんな時にあなたのところに来るか、あなたには決してわからない。 (黙示 3:3
 
 それゆえ、出て行き、大声で叫んで、「天の王国は近づいている」と言い、また、「ホサナ。いと高き神の御名がほめたたえられますように」と叫びなさい。
 出て行って水でバプテスマを施し、わたしの来臨の時のためにわたしの前に道を備えなさい。
 時が近づいているからである。その日、その時間は、だれも知らない。しかし、それは確かに来る。
 これらのことを受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。
 彼らは、この世においても永遠にわたっても、わたしのもとに集められるであろう。
 さらにまた、あなたが水でバプテスマを施すすべての者に、あなたは手を置かなければならない。
 そうすれば、彼らは聖霊の賜物を受け、わたしの来臨のしるしを待ち望むようになり、わたしを知るであろう。
 見よ、わたしはすぐに来る。まことにそのとおりである。アーメン。 (教義 39:19-24

 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。
 その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。
 このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、
 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。
 その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。 (2ペテロ 3:10-12

 あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
 人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。
 そして、それからのがれることは決してできない。
 しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。
 あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
 だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。 (1テサ 5:2-7) 

 さらにまた、まことに、わたしはあなたがたに言う。
 主の来臨が近づいており、それは夜の盗人のように不意に世を襲う。
 それゆえ、あなたがたは光の子となるために、腰に帯を締めなさい。
 そうすれば、その日が盗人のように不意にあなたがたを襲うことはないであろう。 (教義 106:4-5

 いちじくの木から、たとえを学びなさい。
 その枝がまだ柔らかで、葉を出し始めると、夏の近いことが分かる。
 そのように、わたしの選民は、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていることが分かるであろう。
 しかし、その日、その時は、だれも知らない。
 天にいる神の天使たちも知らない。ただ父だけが知っておられる。 (ジョセフ・スミス訳 マタイ 1:38-40

 わたしは一人に言うことを、すべての人に言う。
 だから、目を覚ましていなさい。
 いつあなたがたの主が来るか、あなたがたには分からないからである。
 このことをわきまえていなさい。
 家の主人は盗人がいつごろ来るか分かっていたら、目を覚ましていて、自分の家に押し入られるのを許すことなく、用意をしていたであろう。
 だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけないときに人の子は来るからである。 (ジョセフ・スミス訳 マタイ 1:46-48

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 私たちは、イエス・キリストの再臨の日がいつかは分かりませんが、預言者にはいつか知らされるでしょう。
 

 ふたりの者がもし約束しなかったなら、一緒に歩くだろうか。
 ししがもし獲物がなかったなら、林の中でほえるだろうか。
 若いししがもし物をつかまなかったなら、その穴から声を出すだろうか。
 もしわながなかったなら、鳥は地に張った網にかかるだろうか。
 網にもし何もかからなかったなら、地からとびあがるだろうか。
 町でラッパが鳴ったなら、民は驚かないだろうか。
 主がなされるのでなければ、町に災が起るだろうか。
 まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない。 (アモス 3:3-7

 N・エルドン・タナー副管長は、次のように語っています。 
 「神は世の初めからすべての神の子らに関心を示してこられたが、今日でも同じように私たちに関心を寄せておられる。 これを確証する聖句はたくさんある。
 したがって私たちは、この未の日にも神は預言者を通して絶えず啓示を下し、私たちを導かれることを信じている。
 預言者アモスは、こう言っている。
 『まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない。』」 (アメリカにおけるキリスト 『聖徒の道』 1975年8月 p.372)

 ブルース・R・マッコンキー長老は、次のように述べていましす。 
 「いつ末日の災害や苦難が、私たち個人のうえに、あるいは聖徒の群れのうえに注がれるか、私たちは知らない。
 それらはすべて、死すべき状態にともなう試練と経験の一部である。
 しかし、主は故意に再臨の日時と、それに先立つ艱難の訪れる時を私たちに知らせることを控えておられる。
 そして、主は私たちに、目を覚まし、常に備えているようにとだけ告げておられるのである。」 (大会報告 1979年4月 p.132-133)

 イエス・キリストが再臨される大体の時を知ることができるように、その大いなる恐るべき日が来るのを目を開けて待っている者は、時のしるしを読むように期待されています。

 世界規模の大災害は、2020年前後から激しくなり、2030年ごろにイエス・キリストの再臨があるでしょう。

 ウィルフォード・ウッドラフ大管長は、私たちに主が来られる世代が知らされていると教えました。 (“Discourses of Wilford Woodruff” p.253) 
 
 1843年4月2日、預言者ジョセフ・スミスはこう述べました。


 私はかつて、人の子が来られる時を知ろうとして非常に熱心に祈っていたとき、ある声が次のように繰り返し告げるのを聞いた。 
 「わたしの子ジョセフよ、もしあなたが八十五歳になるまで生きるならば、あなたは人の子の顔を見るであろう。
 それゆえ、これで満足し、この件についてもうわたしを煩わさないようにしなさい。」
 このように、このときに来られることが福千年の始まりを指すのか、それ以前の現れを指すのか、それともわたしが死んで御顔を拝することなのか、わたしは判断できないままにしておかれた。
 わたしは、人の子が来られるのはそのときよりも早くはないと信じている。 (教義 130:14-17

 その4日後の1843年4月6日、教会の総大会において、ジョセフ・スミスは聖霊の影響を受けてこう語りました。
 「もし私が預言をするならば、終わりは1844年、45年、46年、あるいは今から40年後にこないと言おう。
 これから起こる世代の中には、キリストが来られるまで死を味わうことのない者がいる。」

 これから起こる世代とは、始まったばかりの世代です。
 したがって、厳密な意味に従えば、1843年4月6日に生まれた子供たちが「これから起こる世代」の最初の構成員であり、何年後であれ同じ両親に生まれたすべての子供も同じ世代の構成員です。
 この預言がされた時点で多くの若者に赤ん坊が生まれており、彼らが年下の女性と再婚したと仮定すれば、それから50年から70年後にほかの子供が生まれたと考えることは非現実的ではありません。
 この可能性の高い仮定によれば、この世代には1920年までが含まれることになります。
 これらの子供たちが通常の年齢にたっするまで生きたとすれば、彼らは100歳まで生きたなら、2020年まで生きることになります。

 ジョセフ・フィールディング・スミス長老は、こう述べています。
 「今日〔1936年4月5日〕ここに集まっている者のうち何人かは、まだ地上に生きている間に〔主の再臨が〕起こるであろうと心から信じている……」 (『救いの教義』 3:2)



  エノクの町

 そして、エノクの町とエノクたちはアメリカ大陸に建てられた同じ名前の町、つまり「シオン」と1つになるために戻ってきます。

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 すると、主はエノクに言われた。
 「わたしが生きているように確かに、わたしは終わりの時に、すなわち悪事と報復の時代に来て、わたしがノアの子孫に関してあなたに立てた誓いを果たそう。
 地が安息を得る日が来る。
 しかし、その日の前に、天は暗くなり、暗黒の幕が地を覆うであろう。
 天が震え、地も震えるであろう。
 そして、ひどい艱難が人の子らの中にあるが、わたしは自分の民を守ろう。
 
 また、わたしは天から義を下そう。
 また、地から真理を出して、わたしの独り子と、死者の中からの独り子の復活と、またすべてに人の復活について証しよう。
 そして、わたしは義と真理が洪水のごとくに地を満たすようにし、わたしが備える場所、すなわち聖なる都に地の四方からわたしの選民を集めよう。
 それは、わたしの民がその腰に帯を締め、わたしの来臨の時を待ち望めるようにするためである。
 わたしの幕屋はそこにあり、そこはシオン、すなわち新エルサレムと呼ばれるであろう。」

 また、主はエノクに言われた。
 「そのとき、あなたとあなたの町のすべての者はそこで彼らに会い、わたしたちは彼らを懐に迎え入れ、彼らはわたしたちを見るであろう。そして、わたしたちは彼らの首を抱き、彼らはわたしたちの首を抱いて、わたしたちは互いに口づけをするであろう。
 わたしの住まいはそこにある。それは、わたしが造ったすべての創造物の中から出て来るシオンである。そして、千年の間、地は安息を得るであろう。」 (モーセ 7:60-64

 エノクの民は、天に取り上げられたとき身を変えられました。
 イエス・キリストが復活したとき、エノクの民は死に瞬時に復活しました。
 エノクの民は天に取り上げられたときから、天使として働いています。
 
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 まことに、エノクも、彼とともにいた者たちも、彼より前にいた預言者たちも、またノアも、彼より前にいた者たちも、またモーセも、彼より前にいた者たちも、
 またモーセからエリヤに至り、エリヤからヨハネに至る預言者たちも、すなわちキリストの復活の時にキリストとともにいたこれらの預言者たちも、聖なる使徒たちも、アブラハムやイサク、ヤコブとともに小羊の前にいるであろう。
 そして、聖徒たちの墓が開かれるであろう。
 小羊がシオンの山と、聖なる都である新エルサレムに立つとき、彼らは出て来て、小羊の右に立つであろう。
 そして、彼らは、日夜とこしえにいつまでも小羊の歌を歌うであろう。 (教義 133:54-56

 エノクやエノクの民、キリストの復活とともにモーセやエリヤは、すでに復活しています。
 イエス・キリストの復活前に身を変えられた義人は、イエス・キリストの復活後、すぐに瞬く間に死に復活し復活体を受けました。
 イエス・キリストの復活後に身を変えられた義人は、イエス・キリストの再臨のとき、瞬く間に死に復活し復活体を受けます。 (参照

  20 シオンを確立したエノクの町

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 3大ピラミッドが建設されたのは、ノアの時代の洪水以前ということが判明しています。
 3大ピラミッドは古代エジプト文明の遺産ではなく、超古代文明の遺産なのです。 (参照
 聖書には大ピラミッドの建設者についての記述はありませんが、アブラハムの子孫のアラブ民族の伝承によると、大ピラミッドの建造者の名はイドリス、またの名をエノクといいます。
 フリーメイソンリーも、ピラミッドの建造者がエノクであることを極秘に伝えています。
 
 エジプトの三大ピラミッドは、今から約4300年前の地球のバプテスマであるノアの時代の洪水前の神の教会の神殿です。
 バプテスマのヨハネを特別な存在として位置付けるマンダ教徒らは、エジプトの三大ピラミッドを3つの星の象徴で語り継いできました。

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 3つの星は神会を象徴しています。
 ノアの時代の洪水前のエノクの時代から、オリオン座の3つ星は神会を表していたのです。

 ピラミッド形の構造物は火星にもあり、約200m間隔で並ぶ3つのピラミッドで、配列はエジプト・ギザの三大ピラミッドと同じです。 (参照

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 画像は、左から、中国の長安ピラミッド、テオティワカンの神殿ピラミッド、エジプト三大ピラミッド、火星のピラミッド、オリオン星座。
 
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 メキシコシティには、かつて多くの神殿ピラミッドが存在し、最も大規模な都市はテオティワカンです。
 テオティワカン文明の開発は、大まかに4つの期間に分割されると考えられています。
 これらの4つのうち、1番目は紀元前150年から紀元200年の約350年間で建物の建造と通商の基礎が確立され、社会は農業生産に大部分は依存しました。
 また画家や彫刻家、商人、建築家、聖職者および政府高官などの職業もありました。
 この時代、テオティワカンには南方から移住した約25000人の住民がたと考えられています。 (参照

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 テオティワカンには、巨大ピラミッドが2基存在し1つは中央に位置する高さ64mの「太陽のピラミッド」、もう1つは通りの端に位置する高さ47mの「月のピラミッド」で、そしてもう1つは高さは20mの「ケツァルコアトルのピラミッド」があります。
 テオティワカンの神殿ピラミッドは、配置と敷地の大きさがオリオン座の3つ星に対応しています。
 
 エノクはアダムから数えて7代目の族長であり、父はヤレドで息子はメトセラです。

 エノクは偉大な預言者であり、宣教師であり、改革者となりました。
 エノクは「シオン」すなわち「心の清き者」とよぶ義人の文明社会を建設することができました。 

 
 主への畏れがすべての民族にあった。
 それほど主の民のうえにある主の栄光は大いなるものであった。
 主はその地を祝福され、彼らは山々の上と高い所で祝福されて、まことに栄えた。
 主はその民をシオンと呼ばれた。
 彼らが心を一つにし、思いを一つにし、義のうちに住んだからである。
 そして、彼らの中に貧しい者はいなかった。
 エノクは、義をもって神の民に教えを説き続けた。
 そして、その生涯に、彼は一つの町を建て、それは聖なる都、すなわちシオンと呼ばれた。 (モーセ 7:17-19

 ディーター・F・ウークトドルフ管長は、こう述べています。
 
 「エノクは民の心を一つにし思いを一つにするという霊的な過程と、彼らの中に貧しい者がいないようにするという物質的な働きの両方によってシオンの社会を築きました。」 (『リアホナ』 2011年11月 p.53)
 
 エノクの民は、この星の栄えの王国に標準にある死すべき状態のこの世で、日の栄えの王国の律法に従って生活し、思いも心も行いも完全に一致していました。
 末日の啓示の中には、エノクは「主にまみえ、主とともに歩み、絶えず主の前にあった。」(教義 107:49)と書かれています。
 
 主はエノクの町に住まれ、エノクの民を教えられました。
 「モーセ書」にはその町で神権の力の顕在が記録されています。

 
 エノクの信仰は非常に深かったので、彼は神の民を導いたが、敵が彼らと戦おうとして攻めてきた。
 そこで、彼が主の言葉を語ると、まことに彼の命に従って、地は揺れ動き、山々は逃げ去った。
 水の流れる川はその流れを変え、ライオンのほえる声が荒れ野から聞こえた。
 そして、すべての民族が大いに恐れた。
 それほどエノクの言葉は力強く、また、それほど神が彼に与えられた言葉の力は大いなるものであった。 (モーセ 7:13

 エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。 (創世 5:24
 
 信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。
 神がお移しになったので、彼は見えなくなった。
 彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。 (ヘブル 11:5

 エノクとそのすべての民は神とともに歩み、彼はシオンの中に住んだ。それから、シオンはなくなった。神が御自身の懐にそれを迎え入れられたからである。そのことから、「シオンは消え失せた」という言葉が広まった。 (モーセ 7:69
 
 わたしは自分の懐にエノクのシオンを受け入れた者である。
 また、まことにわたしは言うが、わたしの名を信じたすべての者を受け入れた者である。
 わたしはキリストであり、わたし自身の名によって、またわたしが流した血によって、父の前で彼らのために弁護をしてきた。 (教義 38:4

 誰かの「懐に入る」とは、ヘブル語の慣用的な表現です。
 昔の人々は長く垂れ下がった服を着て、腰に帯を締めていました。
 そうすると腰の周りにゆったりとした部分ができ、そこにいろいろなものを入れて運ぶことができます。
 ときには子供を入れることさえありました。
 「懐に入る」とはここから出た言葉です。
 そのようにして運ばれるものは胸や腹にぴったりとついた状態にあり、「ほかの人の懐に入る」という表現は非常に親しく仲の良い関係にある大切な存在という意味になります。
 
 エノクは430歳のとき、星の栄えの肉体から月の栄えの体に「身を変えられた人」になりました。
 身を変えられた人は、彼らが復活するまで、守られ、平安な状態で続けて奉仕するために「身を変えられた」人のことを指しており、彼らは肉において主の忠実な僕です。
 彼らの肉体は変化を受け「世の罪に対する以外に苦しみも悲しみも受けない」(3ニフ 28:38)ことになっています。
 また身を変えられた人は、「彼らは神の天使のようであり、イエスの名によって御父に祈るならば、彼らはふさわしいと思う人にはだれにでも、自分自身を現すことができ」(3ニフ 28:30)、この体の変化は「終わりの日に起こる変化と同様のものではなかったが、……サタンは彼らを支配する力をまったくもてず、彼らを誘惑」できず、「肉にあって聖められ、聖なる者となり、地の力も彼らを閉じ込めておくことができなかった」(3ニフ 28:39)とモルモン書は記録しています。
 

 主はミカエルに言われた。
 「エノクを連れて、地上の衣服をぬがせ、よき香油を塗り、栄光の衣服を着せなさい。」
 するとミカエルは私の衣服をぬがせ、わたしによき油を塗った。
 その油は見たところ偉大な光をしのぎ、油の質はよき露のようで、その香りは没薬の香りのようで、その光は太陽のようである。
 私は自分自身を眺めた。
 すると栄光の天使と同じようであって、外見の違いはなかった。 (エノク書 スラブ語 9章)
 
 
 栄光の衣服とは、日の栄えの王国に行くのに必要な高度な戒めと儀式のエンダウメントを受け、ガーメントを着て聖約を守り神から守られ勝利者に与えられる意味であり、楽園を追放される以前のアダムとエバが着ていた衣は「月の栄えの体」を象徴するといいます。 (参照) 

 預言者ジョセフ・スミスは、身が変えられるという教義について次のように語っています。
 「さて変身の教義は、この神権〔メルキゼデク神権〕に所属する力である。
 多くの者は、変身の教義とは人が直ぐに神の御前、すなわち永遠の完全に連れて行かれるという教義であると考えてきた。
 しかし、その考えは誤っている。
 彼らの住む場所は月の栄えの位に属する。
 それは、多くの惑星に仕える天使となるように主が取って置かれた者、すなわち死から復活した者たちが享受する大いなる完成の域にまだ入っていない者のために備えられた場所である。

 『……ほかの者は、更にまさったいのちによみがえるために、拷問の苦しみに甘んじ、放免されることを願わなかった』(ヘブル 11:35

 さて、よりよい復活があることは、明白であった。
 そうでなければ、神はそのような復活をパウロに啓示されるはずがないからである。
 いかなる意味で、より良い復活があると言えるのか。実際の復活の教義と変身とは区別される。
 変身によって、人は肉体の苦痛と苦しみから解放される。
 大いなる安息と栄光に入る前に、彼らの存在は働きの苦心と苦労に関して延長されるのである。
 その一方、拷問の苦しみに甘んじ、放免されることを願わなかった者は、直ぐに労苦からの安息を受けることができた。
 またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。
 御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。(黙示 14:13
 彼らは長い間、その働きから休む。
 それでも、彼らの仕事は、彼らのために取って置かれている。
 肉体の復活を受けたのち、彼らは同じ働きをすることが許されるからである。」 (『預言者ジョセフ・スミスの教え』 p.170-171)


 アダムの堕落のときに始まりメルキゼデクが福音を宣べ伝えていた約2千年間に、多くの忠実な教会員(聖徒)が身を変えられました。
 エノクとその民は身を変えられた人々で、エノクの町は、シオンともよばれました。
 このシオンは、地上の人々の間では有名な町であったようです。
 そして、エノクたちが身を変えられてからノアの時代の洪水にいたる700年近くの間、神の教会で忠実だったほとんんどすべての忠実な教会員の聖徒は身を変えられました。


 エノクはまた、天使たちが天から降って、御父と御子のことを証するのを見た。
 聖霊が多くの者に降られ、彼らは天の力によってシオンに連れ去られた。 (モーセ 7:27

 メルキゼデクの民はきわめて邪悪になりましたが、力強い信仰と神権を行使して、彼は民を悔い改めに導く助けをし平和を確立しました。
 そののちは特別な教導の働きのために必要とされるときに聖徒は身を変えられました。
 エノクとシオンの民はシオンを確立していった365年後に、主は彼らの身を変えシオンの町を天に取り上げられました。

 ブリガム・ヤングの兄で七十人会長のジョセフ・ヤングが1878年に記したパンプレットには、次のようにあります。
 「『その民はエノクの教えを通して神が与えられたところの永遠不滅の原則を十分に受け入れたがために、もはや地上にいることが不可能になった。
 その民、町、そして町の土台としての場所があった地球の一部分は、この太陽系内の空中に引き上げられてしまった。
 これは彼らの信仰のゆえである』と1842年、ジョセフ・スミスがノーブーでの集会で語ったのを覚えている。」


 エノクが人々に語っていたときに、主は地上に闇をおくられた。
 そして闇となり、闇はエノクとともに立っていた人々をもおおった。
 すると天使たちが急ぎきて、エノクを連れ去り、上の天に上げた。 
 主は、彼を向かえ、永遠にご自身の顔前に置かれた。
 すると地上から闇が引き、光となり、人々は目が見えて、エノクがいかにしてあげられたかがわかった。
 そこでかれらは神をたたえ、各人の家の帰った。 (エノク第2書 18章)
 
 この記述を見ると、暗黒プラズマと光プラズマが時間差こそあれ表裏一体として出現していたことが分かります。
 巨大な領域や巨大な物体がプラズマにおおわれて移動する直前には、暗黒プラズマの出現が起きる可能性が高いことが読み取れる記述です。

 エノク書 第2書によると、エノクを連れ去ったのは天から遣わされた2人の男であるといいます。
 
 
 二人の顔は輝く太陽、両眼は燃える灯明のようで、口からは火がほとばしり、衣服からは泡が広がり、両手は黄金の翼のようで、私の枕もとに立っていた。 (エノク第2書 1章)
 
 これはエノクが夢の中の示現で見た天使の姿であるため、実際にそのような姿をしていたのではありません。
 象徴の簡単な解釈は次のようになります。
 まず人の霊性は目に現れます。
 
 
 目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。
 しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。
 だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。 (マタイ 6:22-23
 
 彼らの両眼は「灯明」。
 これは信仰によって悔い改めている状態です。
 口から出る火とは真理の言葉によって、聖霊の影響を受けることやプラズマである火をコントロールできることを表します。
 
 末日に現れる2人の預言者にも同じ象徴が使われています。 (参照) 
 
 衣服から泡が広がるという記述は、写本にかなりの混乱があるため解読できません。
 推測すると衣服は神権の鍵やエンダウメントの神秘の知識なので完全な永遠の福音が広がるという意味かもしれません。
 両手が翼なのは天地を行き来する鳥のように彼らが神と人間の仲介者であることを示していて、翼は神の力を象徴しています。


 問い。それらの生き物が持っていた目と翼によって、わたしたちは何を理解すべきか。
 答え。それらの目は、光と知識の表れである。すなわち、それらは知識に満ちている。
 また、それらの翼は力の表れであり、動く力や、行動する力などを表す。 (教義 77:4
 
 私が息子たちに語っていたとき、かの男たちが私を呼び、翼に私をのせた。
 そして私を第一天に運び上げ、そこにおろした。 (エノク第2書 3章)

 これはエノクの第一書の天に行く記述です。
 第一書はこの部分が欠けており、エノクは初めから天使たちと住まいをともにしています。
 エノクが昇った天界とは、どこにあるのでしょうか。

 
 私は、燃えさかる、また休みもなくかけめぐる火を見た。
 それは夜昼をわかたず走りつづけてやまなかった。……
 このとき、私についていた聖なるみ使いの一人ラグエルが答えて言った。
 「あなたが西のほうに見た燃えさかりながらかけめぐる火、これは天のすべての光(発光体)です。」 (エノク第1書 23:1-4)

 燃えさかる、また休みもなくかけめぐる火とは、太陽表面のプラズマの火のことです。

 アダムとエバは堕落し、エデンの園を追放されます。
 彼らが堕落したまま命の木の実を食べないように、神はエデンの園の東に、きらめく炎の剣とケルビムを配置しました。

 
 そして、主なる神であるわたしは、独り子に言った。
 『見よ、人はわたしたちの一人のようになり、善悪を知る者となった。彼は手を伸ばして、命の木からも取って食べ、永久に生きるかもしれない。』
 そこで、主なる神であるわたしは、彼をエデンの園から追い出して、彼自身が取り出された土を耕させることにした。
 主なる神であるわたしが生きているように確かに、わたしの言葉が無に帰することはあり得ない。
それはわたしの口から出ると、成就しなければならないからである。
 そこで、わたしは人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、あらゆる方向に回る燃える剣を置いて、命の木の道を守らせた。」 (モーセ 4:28-31

 神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。 (創世 3:24

 堕落したアダムたちや地球は、月の栄えの王国から星の栄えの王国の現在の宇宙に移動しました。
 太陽はプラズマの物理作用で、日の栄えの世界へ出入り口にもなりますが、堕落後は星の栄えの状態の私たちが太陽に近づいたら高温と高重力で死にます。
 神は天界に入らないように、回る炎(太陽フレア)を剣にして天界に入る人間の足を止めさせていることになります。

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            太陽フレア(太陽面爆発)とは、太陽の大気中に発生する爆発現象

 
 
 
 太陽の光球面、彩層コロナの一部が突如輝きを増して数分で極大にたっし、以後ややゆっくりと減光して数分から2時間程度で元に戻る現象を「太陽フレア(太陽面爆発)」といいます。
 大黒点の中または近くで発生し、大黒点群の活動初期に現れることが多いです。

 太陽は日の栄えの王国への出入り口もあります。
 プラズマ現象で日の栄えの王国に移動できます。
 太陽は神の光を受けている世界です。
 イエス・キリストがよく訪れます。
 しかし、神が常に住んでいるのではありません。
 神は日の栄えの王国に住んでいます。

 「天のすべての光」(エノク第1書 23:4)とは、地上をあまねく照らす太陽のことを指し、太陽の光は日の栄えの世界から来るキリストの光です。

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 すなわち、エノクは2人の天使につれられ、太陽にまで行ったのです。
 この記述によって、エノクの町は太陽の大気圏に突入し亜空間に浮遊する物体となったと分かります。
 ノアの時代の洪水前に、エノクの町は地面ごとプラズマにおおわれて空中を飛翔し太陽にまで移動したのです。
 プラズマ亜空間に包まれたエノクの町は、灼熱の太陽コロナの中を公転し始めました。
 そして、天使として働くエノクの民は増え、その町は巨大化していったのです。


 現在『ヤシャルの書』は確認されていませんが、歴史上いつくか『ヤシャルの書』の一部であると称される文書か伝えられています。
 
 
 民がその敵を撃ち破るまで、日はとどまり、月は動かなかった。
 これはヤシャルの書にしるされているではないか。
 日が天の中空にとどまって、急いで没しなかったこと、おおよそ一日であった。 (ヨシュア 10:13
 
 残念なから今のところ、日本語訳はありません。
 英語訳の『ヤシャル書』には、こうあります。
 「彼(エノク)は先に天に上昇し、男性と息子たち80万人かそのあとに従った」 (ヤシャル 1章)

 男性と息子たちというのはイスラエル人を含む古代の伝統の数え方と表記方法で、実際は多妻婚だったので、複数の妻や娘、未婚の女性もいて、その数は単純計算しただけて200万人以上はいたことになります。

 ウィルフォード・ウッドラフの日記(1873年3月30日)には、ジョセフ・スミスから聞いた話として、エノクの町が身を変えられて取り去られたときに存在していた場所は、現在のメキシコ湾であり、エノクの町はその湾に水域を残したと記しています。 

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 この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。  
 その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な碧玉のようであった。
 それには大きな、高い城壁があって、十二の門があり、それらの門には、十二の御使がおり、イスラエルの子らの十二部族の名が、それに書いてあった。
 東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。
 また都の城壁には十二の土台があり、それには小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。 (黙示 21:10-14

 エノクの町が天空に取り上げられたのはノアの時代の洪水以前のことであり、その当時ヤコブはまだ生まれておらず、イスラエル12部族も生まれていませんでした。
 しかし、新エルサレムとなって降臨するとき、東西南北四隅に3つずつある12の門と城壁の12の土台には、イスラエル12使徒の名が刻まれています。


 わたしに語っていた者は、都とその門と城壁とを測るために、金の測りざおを持っていた。
 都は方形であって、その長さと幅とは同じである。
 彼がその測りざおで都を測ると、一万二千丁であった。
 長さと幅と高さとは、いずれも同じである。
 また城壁を測ると、百四十四キュビトであった。
 これは人間の、すなわち、御使の尺度によるのである。 (黙示 21:15-17

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 エノクとともに天に上った町は、もはや地球上を離れたときの規模を遙かに超える巨大な天体となっています。
 ここで4面の城壁に囲まれたエノクの町の寸法が、記されています。

 新共同訳では一万二千スタディオンです。
 1スタディオンは約185mなので、エノクの町の外周一辺は約2220kmです。
 北海道から九州までが直線距離で約2000kmだから、2220kmは最北の稚内からだと沖縄よりは北で徳之島までの距離に相当します。
 しかも、長さも幅も高さも同じなので、とてつもない大きさです。

 イスラエルの教育庁長官を務めたカバラ学者アビグドール・シャハン博士は、ニーファイ人のマヤ文明のテラス式ピラミッドは、古代イスラエルの神殿がルーツと断言します。
 実際、現在でもエルサレムに行けば、ピラミッド構造をした預言者の墓を見られます。

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 典型的なのは、預言者ゼカリヤの墓で、エルサレムの東部ケデロンの谷にある石製の墓の上には四角錐のピラミッドがあり、その土台は階段状になっています。
 土台の段数は違いますが墓の壁面には柱が彫られており、1つの面に3つの門が並んでいます。
 これは、まさにエノクの町(新エルサレム)にある12の門を表しています。

 ゼカリヤの墓はエノクの町の象徴で、四角錐のピラミッドを頂上部に乗せ直方体の構造物でその下にテラス式ピラミッドの土台があり、全体として縦・横・高さが等しい寸法の巨大ピラミッド都市がエノクの町です。

 マヤ文明のニーファイ人だったホピ族は、北アメリカに逃げました。
 スー族シャイアン族アパッチ族はレーマン人で、ホピ族を根絶やしにする使命がありました。
 ニーファイ人たちは文字ありましたが、レーマン人のインカは文字がなく、戦争でニーファイ人の町を奪っていました。

 ニーファイ人とレーマン人はたびたび戦いました。

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 多くのニーファイ人は神に従っていましたが、やがて背教し、レーマン人との戦争によってほとんど滅びました。


 また、このはレーマン人と、レムエル人と、イシマエル人にも知られるようになるであろう。
 彼らは先祖の罪悪のゆえに不信仰に陥った者たちであり、彼らの先祖は主から許されて、同胞であるニーファイ人をその罪悪と忌まわしい行いのゆえに滅ぼした者たちである。 (教義 3:18


 


 救い主が『モルモン書』の民を訪れられた当時、彼らはキリストの子として1つとなり、ニーファイ人やレーマン人の区別はありませんでした。

 
 さて、第三十四年が過ぎ去り、第三十五年も過ぎ去って、見よ、イエスの弟子たちは周囲の全地でキリストの教会を設立した。
 そして、彼らのところに来て、罪を心から悔い改めた者は皆、イエスの名によってバプテスマを受け、また聖霊を受けた。
 そして第三十六年には、民はニーファイ人もレーマン人もともに皆、地の全面で主に帰依した。
 そして、彼らの中にはまったく争いがなく、論争もなく、皆、互いに公正に振る舞った。
 また、彼らはすべてのものを共有したので、物持ちも貧しい者も、束縛された者も自由な者もなく、皆自由であり、天の賜物にあずかる者となった。
 さて、第三十七年も過ぎ去り、地は依然として引き続き平和であった。
 そして、イエスの弟子たちは大いなる驚くべき業を行い、病気の者を癒し、死者をよみがえらせ、足の不自由な者を歩けるようにし、目の見えない者を見えるようにし、耳の聞こえない者を聞こえるようにした。
 また彼らは、人の子らの中で様々な奇跡を行った。
 しかし、イエスの名のほかには、どのような名でも奇跡を行わなかった。
 このようにして、第三十八年が過ぎ去り、また第三十九年、第四十一年、第四十二年、そして第四十九年も過ぎ去り、また第五十一年、第五十二年、さらに第五十九年も過ぎた。
 主は民を地上で非常に栄えさせられたので、まことに、彼らは以前に焼けた町のあった所に再び町を築いた。
 まことに、あの大きな町ゼラヘムラさえも復興した。
 しかし、沈められ、水に覆われた町も多く、これらの町は再建することができなかった。

 さて見よ、ニーファイの民は力をつけ、急速に増え、非常に麗しくて喜ばしい民になった。
 彼らはめとり、嫁ぎ、主が彼らに立てられた多くの約束のとおりに祝福された。
 また彼らは、もはやモーセの律法の勤めと儀式を守ることなく、自分たちの主、自分たちの神から受けた戒めに従って歩み、断食と祈りを続け、また祈りをささげ、主の言葉を聞くためにしばしば集まった。
 そして、全地ですべての民の中にまったく争いがなく、イエスの弟子たちの中で数々の大きな奇跡が行われた。
 さて、第七十一年が過ぎ、第七十二年も過ぎ、要するに第七十九年まで過ぎ去った。
 また、第百年も過ぎ去った。そして、イエスが選ばれた弟子たちは、とどまることになっていた三人を除いて、全員がすでに神のパラダイスへ行き、彼らに代わってほかの弟子たちが聖任された。
 また、その世代の多くの人もすでに世を去った。
 そして、民の心の中に宿っていた神の愛のために、地の面にはまったく争いがなかった。
 また、ねたみや紛争、騒動、みだらな行い、偽り、殺人もなく、どのような好色もなく、神の手によって造られたすべての人の中で、彼ら以上に幸せな民は確かにあり得なかった。
 強盗も人殺しもおらず、レーマン人とか何々人とか言われる者もなく、彼らは一つであり、キリストの子であり、神の王国を受け継ぐ者であった。
 このように、彼らは何と祝福されていたことか。
 主が彼らの行うすべてのことについて彼らを祝福されたからである。
 第百十年が過ぎ去るまで、彼らは祝福されて栄えた。
 そして、キリストからの最初の世代の人々が世を去ったが、全地に少しも争いがなかった。 (4ニフ 1:1-18
 
 
 のちに再び悪事が広がったとき、人々はレーマン人やニーファイ人の集団に分かれましたが、それは血統ではなく、に従っているかどうかによるものでした。
 神の戒めに従って生活することを望んだ人々がニーファイ人であり、そうでない人々がレーマン人でした。

 モルモン書全体を通じて血統的レーマン人の末裔は、イエス・キリストの福音を受け入れニーファイ人に加わりました。
 また福音から離れていった多くのニーファイ人は邪悪なレーマン人に加わりました。
 民族集団を成す多くの人々の中でこのようなことがしばしば起こったため、先祖の血統の区別をするよりも最終的にはむしろ2つの文化的、宗教的特徴を区別する用語として使われるようになり、神の律法に従って生活する集団をニーファイ人、イエス・キリストを否定し、神の律法に従わず邪悪な生活をする民族をレーマン人とよびました。


 さて、レーマン人でない民はニーファイ人であったが、民はそれぞれニーファイ人、ヤコブ人、ヨセフ人、ゾーラム人、レーマン人、レムエル人、イシマエル人と呼ばれた。
 しかし、わたしヤコブは、今後このような名で民を区別しない。
 ニーファイの民を滅ぼそうとする者をレーマン人と呼び、ニーファイに好意を持っている者をニーファイ人、すなわち、王たちの統治に従ってニーファイの民と呼ぶ。 (ヤコブ 1:13-14
 
 当時、多くのグループが存在していたことは明らかですが、ニーファイ人の記録者は、記録の内容が霊的なものであることが、歴史や政治の記録よりもさらに重要だと感じていましたため、ニーファイ人とレーマン人の2つの呼び名を使うことで簡略な説明法を用いました。

 この2つのグループは、相互に係わり合い、交じり合いました。
 しばしば2つのグループは互いに入れ替わることがあり、ニーファイ人に不満をもつ者がレーマン人の集団に移ったり、レーマン人の中からキリストの福音に改宗してニーファイ人に加わる者がありました。
 何代か経つうちに、人種の区分上では大した意味をもたなくなり、やがてキリストを信じる者(ニーファイ人)とそうでない者(レーマン人)という宗教上の区別に変わっていきました。

 紀元34年ごろ復活されたイエス・キリストがアメリカ大陸に訪れ福音の教えを授けられ、イエス・キリストの教会を設立されたのちの短い期間(およそ紀元34年から230年(3ニフ 11章)、すべての人々がキリストを信じ義しい生活をしたため、レーマン人とニーファイ人の区別は使われませんでした。
 このような平和な時期のあとに再び区別が現れたことも記録にあります。


 さて、ここまでの記録を記したニーファイ(彼はそれをニーファイの版に記した)が死に、彼の息子アモスが代わって書き継いだ。
 そして、アモスもニーファイの版に記した。
 彼は八十四年間記録を書き継ぎ、その地は依然として平和であった。
 ただ教会から背いて、自らレーマン人と名乗った者たちが少数いただけである。
 このために再びこの地にレーマン人が存在することになった。 (4ニーファイ 1:19-20

 イエス・キリストに信仰をもつ人々は、自分たちをニーファイ人とよぶようになりました。
 ニーファイ人も含め多くの人々はやがて邪悪な生活をし始め、紀元400年ごろまでには数知れない戦争が起こり、ニーファイ人はレーマン人によって滅んでしまいました。
 破滅の原因はニーファイ人の高慢さと邪悪さであったと書かれています。

 モルモン書を正しく読めていなくて、現在ニーファイ人の子孫は残っていないと誤解している人々がいます。

 ヒュー・ニブレーは、こう述べています。
 「コロンブスのアメリカ発見以前の世代のアメリカ人は皆レーマン人のはずである、と主張する末日聖徒は多くないだろうか。
 当然のことながら、かつてニーファイ人とレーマン人が存在し、そののちニーファイ人が滅ぼされたのだから、というのがその理由である。
 しかし、モルモン書自体からはそのような解釈は生まれてこない。
 確かに、ニーファイ人は滅びてしまったと書かれてはいる。
 しかし、モルモン書で滅びてしまったと書かれているのは、実際にはどのような意味だったのだろうか。
 この言葉も、この書物にあるほかの多くの鍵になる言葉と同様、そのもとの意味から解き明かす必要がある。
 この『滅ぼす』というのは、『壊す、その構成部分を暴力的に分離する、構造物を破壊する』ということである。
 つまり、この『滅ぼす』というのは、構造を破壊することであって、その部分全体を破滅させることではない。
 
 ニーファイ第一書 17章31節で、モーセの時代のイスラエルの民について、『そこで神は、御自分の御言葉のとおりに彼らを滅ぼし、御自分の御言葉のとおりに彼らを導き』と言っているのはそのためである。
 つまり、滅ぼされたあとで、言い換えれば、散らされた後で、1つにまとめる導き手が必要とされた。
 ニーファイ第二書 25章9節には、『ユダヤ人の中で一代の人々がすでに罪悪のために滅びたように、代々のユダヤ人も彼らの罪悪のために滅びてきた』とある。
 ある1つの世代を完全に抹殺すれば、当然のことながら、その歴史もともに終わる。

 しかし、『滅びた』というのはそのような意味ではない。
 モルモン書にはたった一度だけ全滅の記録がある。
 この場面については『アモナイハ人はことごとく殺され』(アルマ16:9)と明確に書かれている。
 
 この場合、社会機構だけでなく、人もことこどく絶滅したということである。
 そのほかのときには、リーハイの末子のヨセフのように(2ニフ 3:3)、あるいはまたレミュエルのように(2ニフ 4:9)、その子孫を完全に滅ぼすことはないと、主は約束しておられる。
 さらにニーファイにも、神は、『この異邦人によってことごとく滅ぼされてしまうのを、主なる神は許されない』(1ニフ 13:30)と言われた。
 
 ニーファイ人は必ず『滅亡』(エテル 8:21)るという約束が実現したにもかかわらず、またモロナイが『今はレーマン人のほかにはだれもいない』(エテル 4:3)と言っているにもかかわらず、主が約束しておられるのである。」 (『荒野におけるリーハイとヤレド人の世界』 p.240-42)


 スー族の伝説によると祖先は昔アメリカ大陸を長い間、放浪したといわれます。
 約2000年前、突如として空に未知なる星が出現し、赤色の星に導かれて、先祖たちは現在のメサにたどり着いたといます。
 スー族はこの空を動く赤い星を神の化身であると考え「ダコタの救いの星」とよんでいます。
 今でも子供が生まれると、赤色のダコタの救いの星を縫い込んだ「スター・ブランケット」とよばれるキルトを贈る習慣があり、神聖な儀式では祖先を導いたダコタの救いの星を掲げます。

 同様の伝説は、ニーファイ人の末裔のインディアンのホピ族にもあります。
 彼らの祖先もまた赤い星に導かれてアメリカ大陸を放浪し、ある者は南北の果てへ、またある者は東西の果てへと移動し現在の土地にやって来ました。
 そのとき、彼らを導いたのが動く不思議な赤い星です。

 時代が約2000年前で、ダコタの救いの星と同じ赤色見知らぬ星で動いて人々を導いたとあります。
 ホピ族を導いた未知なる「赤い星」すなわち「ダコタの救いの星」を、ホピ族は密かに「大地の母」とよんでいます。


 マヤ文明にはフェニキア人もいました。 (ミュレク人) 

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 メキシコ・アステカ文明の象形文字と、ミノア文明の都市ファイストス円盤に記されたミノア文明の象形文字との比較

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 2重斧はクレタ島ミノア文明を思わせます。
 
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          岩に刻まれたアメリカインディアンのホピ族の大地の母のシンボル

 ニーファイ人の末裔のインディアンのホピ族は大地の母という概念をもっていて、一般に母なる大地であると解釈されています。
 しかし、それは表の意味で裏の意昧は秘密とされ1つの図形によって象徴されています。
 大地の母のシンボルは、具体的には四角い渦巻きのような形をしており、中に十字を刻んでいます。

 まったく同じラビリンスの図はクレタ島でも見つかっています。

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             ホピ族の大地の母のシンボルとクレタ島の迷宮
 
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 考古学的に迷宮があった証拠は、確認されていません。
 ただ迷宮の舞台になったことを示す迷宮の図形がクレタ島のクノッソス神殿の壁に描かれていて、コインの意匠にもなっています。

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       Knossos-Crete
 
 クレタ島の迷宮がホピ族の大地の母と細部にいたるまでまったく同です。
 なぜ、遠く離れた地に同じラビリンスが存在するのでしょうか。
 考えられる理由は、両者の文化の根源が同じで古代にラビリンスをシンボルとする秘教体系がありクレタ島のラビリンスとなり海を渡ってホピ族のラビリンス、大地の母となった可能性です。
 アカデミズムで、この謎を解いた学者はいません。
 
 北アメリカのインディアンのホピ族をはじめインディアン、ラテンアメリカインディオの主な祖先は、リーハイの家族で南ユダ王国に移住したイスラエル人です。
 インディオとはスペイン語です。
 スペイン語やポルトガル語が公用語であるメキシコ以南に住む人たちをよびます。
 インディオとして残っているのは、征服者であるスペイン人・ポルトガル人、あるいは黒人と混血した人がほとんどです。
 
 イスラエルの教育庁長官で、歴史学者のアビグドール・シャハン博士は、アメリカ大陸に古代イスラエル人が来たことは間違いないと指摘します。 
 ホピ族とクレタ島に同じラビリンスが存在する理由は、どちらにも古代イスラエル人がいたからです。 (参照

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             紀元前600年ごろのクレタ島の陶器の破片
 
 
 ラビリンスを描くとき、最初の起点となる図形で十字架を中心にして迷宮をどんどん大きくしていけます。
 この十字形は四方に広がる腕をもって、ラビリンスの腕は回転しているように伸びています。
 これをシンプルに表現すれば「卍」です。
 日本では寺のマークとして知られる「まんじ(卍)」ですが、まんじには卍と卐があり、卐はナチス・ドイツのシンボルとして知られます。

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 まんじのルーツはインドでアーリア人が支配層を占めるインドでは、古くからまんじのシンボルが多用されていて、古代においては太陽もしくは力の意味と理解されていました。

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 1898年のイェール大学の研究では、目に見えるすべてのヨーロッパの廃墟の上に卐をこの宗教の中心的シンボルを見ることができます。

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                クレタ島のミノア文明

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          o0300029312247569797
                紀元前8世紀のギリシャ

          756jk7524
                  古代ローマ

              kuyh8xx
                   ヒンドゥー教まんじ

        harappa
           インダス文明の出土品の中の凍石製の印章の卍と卐

      3754hg971
       レーマン人モチェ文化、泥レンガのピラミッドの遺跡とピラミッドで発見された卐

 まんじはもともとアーリア人のシンボルではなく、セムの子孫の象徴と日本を代表する仏教学者の中村元教授は述べています。
 イスラエル人、ユダヤ人は、セムの子孫です。
 ナチス・ドイツが卍をシンボルとして採用しなければ、今でもユダヤ人は秘教的なシンボルとしてまんじを使用していたでしょう。 (参照

 ハーケンクロイツの言葉があるように、卐もまた図像的には十字架の1バージョンです。
 十字架が東西南北の四方、すなわち大地を示すの知られていますが、南ユダ王国に住んでいたエフライム族のリーハイの末裔のニーファイ人の末裔のホピ族もまたこの十字架の象徴の意味を理解していました。

 ホピ族の大地の母を意味する四角い渦巻きは、マヤ文明の神殿のテラス状のピラミッドを上から見た形です。

 ホピ族は大地の母のラビリンスに十字架を描き込むことによって、卍を表現しました。
 彼らは卍を「メーハ」とよび、意味はインドと同じ力であり太陽です。
 四角いラビリンスとして表現される大地の母は、その形状からテラス式ピラミッドを象徴すると同時に、そこに描かれた卍(メーハ)によって太陽も意味するのです。


 神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。 (創世 3:24) 

 ホピ族の「赤い光り(メーハ)」の伝承では、この世を浄化するために太陽のシンボル「赤いメーハ」が世界を滅ぼします。
 メーハが天に現われたとき、メーハは四方を動き回り地球が赤く燃え上がるのです。
 これは、地球の「火のバプテスマ」を表しています。

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  地球の火によるバプテスマ 

 イエス・キリストの再臨は「金をふきわける者の火」(マラキ 3:2)のようであって、「すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる」(マラキ 4:1教義 29:9参照)と述べられています。
 「主の臨在は物を溶かす燃える火のようであり、水を沸き立たせる火のようである」(教義 133:41)、また邪悪な者は主の来臨の輝きによって焼き尽くされ、ことごとく滅びうせます。(教義 5:19参照)
 さらにこの火は、邪悪な者を滅ぼすと同時に、腐りやすいすべてのものを清めます。(教義 101:23-25参照)

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 太陽から伸びる超高熱プラズマが地球を襲い、加えて誕生したばかりの灼熱の原始惑星が地球に接近し、放射する磁力線の渦は地球の磁場と反応するや世界規模の超高熱プラズマを発生させます。

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          地球中心部から地表に向けて放射される高温プラズマの想定図

 
 また、神の僕たちは出て行って、大声でいうであろう。
 『神を畏れ、神に栄光を帰しなさい。神の裁きの時が来たからである。
 天と地と海と水の源とを造られた御方を礼拝しなさい。』
 彼らは、日夜主の名を呼んでいうであろう。
 『どうか天を裂いて降って来られますように。あなたの御前に山々が崩れ落ちますように。』
 そして、それが聞き届けられるであろう。
 主の臨在は物を溶かす燃える火のようであり、水を沸き立たせる火のようである。」 (教義 133:38-41

 わたしはふさわしいときに、裁きのために地上に来る。
 そして、わたしの民は贖われ、わたしとともに地上を治めるであろう。
 わたしが僕たちの口を通して語った、大いなる福千年が来る。
 そして、サタンは縛られる。
 また、彼は再び解放されると、しばしの間だけ支配し、その後地球の終わりが来る。
 義のうちに生活する者は一瞬のうちに変えられ、地球は火によるかのごとくに過ぎ去るであろう。
 悪人は消すことのできない火の中に入るであろう。
 彼らの末路を、地上の人はだれも知らず、彼らが裁きのためにわたしの前に来るまで決して知らないであろう。 (教義 43:29-33

 今日が過ぎると、焼き払いがある。
 これは主の言い方である。
 まことに、わたしはいう。明日、すべて高ぶる者と悪を行う者は、わらのようになる。
 わたしは彼らを焼き尽くそう。
 わたしは万軍の主である。わたしはバビロンにとどまる者をだれも容赦しない。 (教義 64:24

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 地上はプラズマの業火によって焼き尽くされてしまいます。
 地球はノアの時代の洪水で水のバプテスマの儀式を受け、末日のイエス・キリストの再臨では火によるバプテスマを受けるからです。

 地球は約4300年前に「ノアの時代の洪水」とよばれる地球の全地が水に沈むバプテスマを受けました。

  天地創造と地球のバプテスマ

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 地球は生物です。


 それから、エノクは地を見た。
 すると、地の中から声が聞こえた。
 「災いだ。人々の母であるわたしは、災いだ。
 わたしの子供たちの悪事のゆえに、わたしは苦しみ、疲れている。
 わたしはいつ安息を得て、わたしより出た汚れから清められるのか。
 わたしの創造主はいつわたしを聖めてくださり、わたしが安息を得て、がしばらくの間わたしの面にあるようにしてくださるのか。」 (モーセ 7:48
 
 地球は母とあるように、ヤハウェ(イエス・キリスト)と会話をするイエス・キリストに従う女性であり、知能と感情があり、汚れ​から​清められる​こと​を​望んで​いると言っています。

 大地の母の図像的な意味は、「太陽のテラス式ピラミッド」となります。

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 チベット密教は長い仏教思想の中で仏教の最終段階であると位置付けられています。
 最終仏教はチベット密教でチベット密教の最終経典は、シャンバラを説く『時輪タントラ』です。
 仏教の最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは釈迦です。

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 『時輪タントラ』では、エノクの町の構造を階段状の12層ピラミッドとして伝えています。
 その意味は、定められたときの輪で現れる知恵の存在です。

 約2000年前、博士たちを導いた「移動する星」もエノクの町と考えられます。
 

 イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、
 「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。
 ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。
 そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。
 彼らは王に言った、「それはユダヤのベツレヘムです。預言者がこうしるしています、
 『ユダの地、ベツレヘムよ、
 おまえはユダの君たちの中で、
 決して最も小さいものではない。
 おまえの中からひとりの君が出て、
 わが民イスラエルの牧者となるであろう』」。
 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、星の現れた時について詳しく聞き、
 彼らをベツレヘムにつかわして言った、「行って、その幼な子のことを詳しく調べ、見つかったらわたしに知らせてくれ。わたしも拝みに行くから」。
 彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。
 彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。
 そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。 (マタイ 2:1-11

 博士たちが、贈った乳香り、没薬、黄金はすべて木です。
 黄金といわれているのは、その地方で金と同じくらい価値のある「リキッド・ゴールド」という「バルサムファー」という木から採れるオイルです。
 「乳香」とよばれていたのが「フランキンセンス」という樹脂から摂れるオイルで、「没薬」が「ミルラ」というこれも樹脂から摂れるオイルです。

 贈り物は象徴です。
 「バルサムファー」はイエスが王であり油そそがれた者であるメシヤであられることを、乳香はイエスの神性を、没薬は死者を葬る前に芳香づけのために使われるもので、イエスの苦しみと死を象徴していて、3つの贈り物は3つの木(柱)で表す「命の木」を表していて命の木は神の愛を表すイエス・キリストを象徴しています。 (参照

 キリスト降誕の場面を描いた芸術作品では概して、博士たちは救い主がお生まれになって間もなく訪れたかのように、生まれたばかりの赤ん坊を拝んでいます。
 しかし聖文を読むと博士たちがイエスのもとを訪れたのは、イエスがお生まれになったときでも乳児期でもなかったことが分かります。
 博士たちが実際に訪れたのは、母マリヤのそばにいた幼児期のイエスでした。

 この星は惑星や衛星のような公転運動は見られず、突如として姿を現して天空を移動しイエス・キリストがいる家の上で停止しました。

 博士たちは「東方で星を見た」と述べていて、エルサレムから見て東の方角にある場所で移動する星を見ました。
 博士たちがいた場所は天山山脈辺りの「ヤマト」で、博士たちとは10部族の各部族の代表者たち10人もしくはレビ族の大祭司を含む11人だったと考えられます。

 博士という言葉は、マゴイというギリシャ語の訳語です。
 マゴイ(英語ではマギ)は、古代ペルシャの宗教の祭司を意味します。
 このマゴイという言葉が使われていることから、博士たちはペルシャの一宗派の祭司だったのではないかと考える学者もいます。

 しかし、ブルース・R・マッコンキー長老は、こう述べています。
 「彼らが古代メディアペルシャマギであり、背教した宗派の一員であったと考えるのはおそらく誤りでしょう。
 むしろ約束のメシヤが人々の中にお生まれになったことを天より示された真の預言者であり、シメオンやアンナ、そして羊飼いのような、にかなった人々であったと思われます。」 (“Doctrinal New Testament Commentary” 1:103)
 
 昔から、幼子イエスを訪ねたのは3人だったとされていますが、これは、贈り物が黄金、乳香、没薬の3つだったためです。
 1人が1つの贈り物を持って来たということでしょう。
 博士たちは本来、救い主の降誕の証人という役割を担っていたので、少なくとも2人か3人いただろうといわれています。(申命 19:152コリ 13:1教義 6:28参照)
 しかし、これは単なる推測の根拠によります。
 
 マタイが大まかに「東方」としか言わなかったのは、単に博士たちがどこから来たのか知らなかったからでしょう。
 メシヤ誕生の預言を知る博士たちは、東方から見た西、聖地エルサレムの近くのメシヤが誕生する地として預言されていたベツレヘムの町を目指して馬でやって来たと考えられます。

 この飛行物体である移動する星は、同じく移動してニーファイ人(ホピ)を導いた「エノクの町」でした。 

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 NASAの極秘計画の太陽探査によって、エノクの町が写されました。

  22 ハルマゲドンの最終戦争