こんばんは。

今日は元吉さんのお誘いにより、三越ビアガーデンで呑んできました。

雨も上がり楽しく美味しく呑むことができました。

さて、めずらしく本日は「国民の一人として思う、安保法案について。」 という真面目なお題。

私は政治の専門家でも法律の専門家でも安保の専門家でも、右翼でも左翼でもありません。ただ、ここまで騒がれている安保法案について、国民の一人として自ら情報収集し、自分なりに消化し、自分の考えを持とうと、広く浅く情報を拾って整理してみました。ま、新聞、テレビ、ネットですが、一般人としてはそんなもんでしょう。

与党も野党も戦争はしたくない。それは一致しているようです。私もしたくないししてほしくない。

私が感じたこの法案の揉めている点は、集団的自衛権の行使の条件となる「国家存立の危機」の定義が明確ではないこと。それにより時の政権の解釈によって、いくらでも戦争ができるだろう。すなわちそれは戦争をするための法案だ。だから「戦争法案だ!戦争やめろ!」 という騒ぎになっているのかな、と思いました。

与党も野党も戦争は絶対しない。これがはっきりしているのに、「戦争をするための法案だ」と決めつけ、騒ぎ立て、それを「日本は戦争法案を可決した」と、デモ活動も含め、大きく報道することことが、結果的に一番の国家のリスクになってしまうのではないか、と思ったのです。

すなわち、日本の報道を見た、運動を見た、第三国、テロ国家が、「なんだ、日本は戦争をする国になったのか、アメリカの戦争を支援する国家になったのか、だったら、やっつけなければいけない。」と、本気で思われ、敵国と見なされることが、結果的にテロを誘引するリスクになるのではないか、と感じた次第です。

要するに報道のありかたによって、逆に国家を危機に招くことも十分にありうるのではないかということです。当事者国民の私でさえ、流れている情報だけ見ると、「日本は戦争法案を可決したのか、安倍さんは狂ってるのか、戦争したいのか、とんでもないやつだ、いますぐ国会前に行ってデモに参加するか」と思いました。

が、自ら情報を収集することで、どうやら、流されている受身の報道だけでは本質はわからないな、ということに気がつきました。やはり報道の責任は重い。報道如何で国民の大半は、右にも左にも動くのだな、という事が自分ごととして分かりました。

私が、賛成、反対というのはさておき、私含め与党、野党、国民のすべてが戦争はしたくない、というのは事実です。その点を第一に強調し、賛成、反対含め、バランスのとれた公平な報道をメディアに求めたいと思います。でなければ国民は冷静な判断ができません。

残念ながら報道されているのは枝末節の部分、どこも公平で大曲的な報道はしてくれません。

私がそうなのですから、ましてや他国民、第三国、テロ国家は、わかるはずもなく、「日本は戦争するんだな、アメリカの手先だな、やっつけよう。」となるのも、いたしかたないと思います。

当然、賛成、反対の議論、デモ、運動は尊重されなければいけません。

誰の本意でもない「戦争法案が可決された!」などという報道をすることが一番、自国を他国のリスクに晒すことになるのではないか。と思った次第です。

賛否あるとおもいますが、私の素直な感想です。

伝聞による思い込みは恐ろしいということ、皆、自分の物差しを持つこと、物差しとなりうる報道機関は中立公平たることを願いますね。

政治的な話はどうかと思いましたが、何の制約もない自営業であること、また、思ったことは身内の呑みの席で論じるより、全世界?に公表すべきと思い、ビアガーデンあとのホロ酔い気分で、感じたことをを書きました。

思ったままの乱筆乱文すみません。

アディオス。