OTSUKA MUSEUM OF ART

  • author: hideo_zenritsu
  • 2017年06月08日

大塚国際美術館


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先日 一度行って見たかった 徳島県鳴門市に在る大塚国際美術館

日本にいながら世界の名画が一度に見れるそんな都合の良い美術館に行ってみた 
評判は前から聞いていた 古代 中世 ルネサンス 近代 現在
と言った 名画の複製を原寸大で見ることが出来る 要するに コピー作品ではあるが
よくできた本物と見分けが付かない偽物を見るとか見せるといった 感覚や表現ではなく
オリジナルの価値をバツクアップしていると言うか 文化財の保存美術館 そんな
気がする どんな名画でも最高の保存環境で有っても少しづつ経年劣化は進み 人の手を
借りた修復が必要になるが がっかりした名画があったり また出来るかもしれない 後世に残す
ユニークな美術館なのかもしれない 
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西洋絵画の中には 今回でこの画家の代表的な作品の展示は これが国内での開催は最後になります
こんな キャッチフレーズの広告を昔 見た事がある
海外に行って好きな画家の所蔵美術館を渡り歩く時間と金がある人は別だが
此処では 地上2階地下3階の広い展示スペースに 

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原寸大で1000点余りの作品を自分の都合に合わせゆったり 
のんびりと鑑賞できる 腹が空けばレストランもカフェも在る

なぜか クロード・モネの絵が好きだ モネの画風を 似たようなタッチで
自分にも 描けたら なんて思うのだろうか

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人の好みは どんなふうに積み上がっていくのか 
趣味として楽しむようになっていくのも不思議だなと思う

嫁の好みも難しい まず傾向が違う ピカソの幾何学的な模様の絵やアンバランスな人間を
描いた絵画を見て画家達の意図を考えるのが好きらしい 

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好みの問題だから何とも言えないが
絵画も推理小説の続きなのだろう

趣味もおもいがけない めぐりあわせなら
嫁との出会いも なんだったのだろう 僕は稼業である親の手伝いをしていた 
人に頭を下げるのは苦手で常識はかなり欠けていた 
嫁の従妹が近所にも居たが 客として時々来ていた その日は閉店の時間の頃来ていた なにを思ったのだろう
俺が「飯でも食いに・・」と言い終わらない内に ごちそうさまと言っていた
あとで分かった 給料が入るとまず靴を買って本を買って 残りの金は次の給料日までに
食べ歩きにほとんど使っていたらしい
飲食店は良く知っていた 今では子供も世話になっているインド料理店から一善飯屋 高架下のそば屋
ジャンルは問わずパン ケーキまで

当時 人の好みも聞かずチイズホンリューを食わされた事があった
今になればあの時すでに 何事も全体にわたって そうなりそうな大勢にあるとは気が付かなかった
判断もできなかった
俺が31才 嫁は24才 結婚して所帯を持った これから頑張らないといけない それは無かった
親から おもちゃを買ってもらったようなものだった 子供が3人産まれた
でも誰も 俺に似いない 似てなくてよかった 仮に会社勤めなんかだったら 
どこえ行っても 貴方はうちの会社には 
むいてなさそうですねと言われている そんな処だったろう 

あと人前で 見せる字が書けない おおよそ小学校4年生頃のままで字の成長は止まった

子供は習字を習った 特にすじが良かったのは長男だった いろんな賞をもらっていた
まともな字が書ける
会社の会議では意外にも黒板の前に出向き重宝されているようだ


大塚グループが所有する特殊技術の「陶板名画美術館」であった
世界中に通用する美術館として国際と表現してあるのだろう

通院する我が病院も 大阪府立成人病センターから中央区大手前に
新築移転して 
「大阪国際がんセンター」大阪国際までは許してあげるが「がん」なんてけったな名前の付いた病院になった
通い慣れた森ノ宮から大手前に移転した 
梅田から地下道を通り地下鉄谷町線の東梅田から谷町4丁目駅まで
地下連絡道路を通りバリアフリーで雨に濡れず直接センターに行ける

初日の通院は4月の初め頃だった  
服装こそ黒のスーツで地味だったが 街中も電車内も新入社員の人達の笑い声や
会話があふれ 光り華やいでいた

対象的な吾輩は方向音痴の保護者に嫁が付いて来た
分かれ道には必ず案内表示があるが
途中 トイレや店先など立ち寄ると出口で方向を見失う 最近やっとデパチカなど立ち寄る事が出来進歩
してきた 病院も新しいシステムが導入され 成人病センターに比べると随分流れがよくなった
真面目に治療を受けている 病院に着くと再来機に診察券を入れ受付番号
が出てくる 治療も随分永い付き合いになった 当初地元でガンと診断された頃 治療が始ったが
先の流れが分からず不安な時があった 
最近はいろんな治療を経験をしてきて がんの古株になり余裕はあるが 確認ボタンを押して受付番号票
を取る時 歌手の石川さゆりの歌詞のメロディー 「なにがあぁってもういいの・・」
と なじめない 特定の雰囲気になる  地下道を通りセンターに入るエスカレーターで一緒になった おとっあん
と採血でも一緒になり 今度は自分の受診科で一緒になると「あら~ま」 初診なのか
治療中だが意気揚々と話が聞けるのか 入院の騒ぎになるのか 知らないが がんと名の付く病院の
待合室は「おたくもやっぱり」と言う雰囲気になる 病院は気に入っているが 
名前が気に入らない

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今日この頃

  • author: hideo_zenritsu
  • 2017年01月19日

今年も年が明け押し寄せる年波のせいか いつの間にか年寄り臭くなつてしまった

何かに感心したり強く興味を向ける事も精彩も少しずつ衰えてきた 

休日もおとなしくしている事が多くなった
まあ 変わり映えもなく 始末に負えない年寄のままでは

段々相手にされなくなるだろう
齢 相応の喜ばしい話は 末娘の孫もすくすく育ち先週福井に帰っていった 
男の子だ ふっくらと肥え身長も帰る頃には10センチ近くも伸びていた
機嫌がいいとウウと声をだし 赤ちゃんの特徴を

全部兼ね備えた素晴らしい赤ん坊にめろめろになった

そんな日々も終わり 先日までベビーベットが居た部屋には今なんの痕跡も無くなった
泣き声だけが耳に残って入る 今度会った時には 

また大きくなった姿に感動したい

完走おめでとう!!

  • author: hideo_zenritsu
  • 2016年11月21日

長女の娘婿が第6回神戸マラソンに「俺はまた 当選したぜ」と

一般ランナーとして出場した 神戸マラソンも開催をかさねる事

に盛り上がりを見せ 末娘だけはテレビ観戦の中 沿道に繰り出し

皆でおやじランナーに声援を送った トップレベルとは 

ほど遠い4時間二十分完走した 

前回は職場のお遊びで応募の抽選に当たり自分の意思とは関係なく

マラソンの経験もなく出場 完走はしたもののガタガタになって戻ってきた

筋肉痛がひどく 速攻近くのあんま屋にほり込んだ 

練習環境にも恵まれていると言う訳にもいかず

自分の最高レベルも最低レベルもペース配分の経験も無くよくがんばった 

今回は予め あんま屋に予約を入れていたが 心配をよそに元気よく戻ってきた

「婿はこんなの今日だけやで」と言っていたリアルタイムに位置が分かる

GPS機能を登載していた 


嫁と娘たちは車を使い先回りし途中の応援していた 

前回はゴール手前のポートアイランドの上り坂でスタミナ切れを起こし

足が動かなくなって歩いてゴールしたらしい

今回も時間を作っては本番に向けて練習をしてはいたらしいが 

自宅から明石方面に向かってランニングしていて途中で腹が減り

たこ焼きを食べて電車で帰ってきたとか なにか

不安材料を残しての出場だったが 

今回はゴール手前のポートアイランドの上り坂の手前で

入念なストレッチをし余裕のゴールインを果たした

朝から仕込んでいた ビーフシチュウーとワインで

完走の祝いをし先歩ど帰っていった



 完走タイムをまちがっていた 4時間20分じゃなく5時間20分だった

 1時間の時差はずいぶん内容がちがいました

 途中 身内との再会に記念のスナップ写真を撮ったロスタイムは

 記しておきます

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