川口英俊のブログ

サイト http://www.hide.vc/

2008年02月

龍樹菩薩の中観

施本第三弾の本格執筆に入る前に、中論について今一度しっかりと学びを始めることとしました。

中論―縁起・空・中の思想 (上・中・下) レグルス文庫


とにかく初期大乗仏教の体系を確立させた龍樹菩薩の中観の理解に取り組むことから進めます。ここにきてやっとかと思われるかも知れませんが、浅学非才・未熟者の身、付け焼き刃ぶりが目立った前作の反省であります。唯識論に触れる前にしっかりと取り組んでおくべきでありました。

とにかく一つ一つ一歩一歩であります。

施本「佛の道」
施本「仏教〜一枚の紙から考える〜」

「絶対矛盾的自己同一」

故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」・「2−12『矛盾について』」における「観燃可燃品第十」の内容について26日に触れさせて頂きましたが、更にその中から引用の引用ですが、・・(『龍樹・親鸞ノート』三枝充悳著法蔵館刊より抜粋引用)・・

『いま火が燃えさかっている薪というありかたを見てみよう。私たちは、そこに火があり、薪がある、という。しかしながら、そのメラメラと燃えているどこからが火で、どこまでが薪であるか、それをはっきりと区分して、ここが火でここが薪だとすることは、なんびと荷も不可能である。両者は一体となって――両者の区分を全面的に拒否しつつ全く一体化していて、そしてそこに火があり薪があるといわれる。
 一体化して燃えあがる以前には、火はそこにはない。薪も単なる木片にすぎず、まだ薪(燃料)とはなっていない。燃えはじめたときに、すでに木片は単なる木片ではなくて薪と なり、火もまたそこに現前化する。そして上述のようなありかたにおいて、両者が或る点において結合して一体化してはじめて、火があり、薪がある、という。
 これは両者の一体性をあらわしており、且つ相互肯定的なありかたを示している。縁起のいわゆる相依性(相互依存関係)がここに表明されている。
 ところが現実に薪に燃えている火は、決して静止したままではいない。火はさらに燃え盛っていくか、または徐々に消えかかっていくか、どちらかいずれかである。この場合、火が燃え盛っていくとは、薪を減少させていくことである。火が消えかかっていくとは、薪を増大させていくことである。いかえれば、火を肯定していくことは、薪を否定していくことであり、逆に、火を否定していくことは、薪を肯定していくことになる。すなわち、火と薪との肯定・否定の関係は、前に述べた場合とは異なって、一方の肯定が他方の否定に通じて、相互に反対の関係にある。ここには、縁起は相互排除性を孕んでいて、さらに押し進めれば、矛盾的対立のありかたを示している。縁起のいわゆる逆の形の相依性が表明されている。
 さらに火がいっそう燃えていったならばどうなるか。薪はますます小さくなる。火を肯定し、薪を否定することが進行していって、ついに薪が燃え尽きたときに、火の存在する 場所がすでにない。こうして火もまた消滅する以外ない。いいかえれば、火はすでにそこに存在せず、否定されている。すなわち、肯定の一方的進行がそれ自身の自己否定というありかたで終止符を打つこになる。
 それとも逆に、火がだんだんと消えかかっていくならばどうか。薪は燃える場所を減らし薪の部分を増大する。火の否定の進行が薪の肯定の進行に繋がりながら、もしも火が消 えてしまって、火の否定が成就したとき、そこには薪もまた存在せず、一個の木片がころがっているにすぎない。すなわち、否定の進行が、当然そのものの否定の完成となり、同時にそれと矛盾的対立にあった――即ち肯定を進行させていたものも滅び去って、そこにはやはり自己否定があらわとなる。
 こうして、対立し合う二者の間の肯定・否定の進行は、もともと相反的であるはずであり、初めはその通り進んでいって、一方の肯定=他方の否定となり、一方の否定=他方の肯定となるけれども、もしも一方がそれを強制し、自己の肯定のみを(すなわち他方の否定のみを)強行するときには、その肯定が他方の存在そのものを消滅させて、肯定が成就したかに見える場合、いつか自己も消滅せざるを得ず、肯定どころか、否定をも突き破って、肯定ないし否定するその当体がすでにそこに存在しない。即ち相互対立に於ける両者は、対立を残していない限り、みずから自己を滅ぼしてしまう結果を招く』・・引用ここまで。

これこそがつまり、西田幾多郎氏の哲学大成「絶対矛盾的自己同一」、そのままのことではないかとふと気づきました。おおーという感じであります。

市民活動団体の活動・運営をアクティブに継続させるコツ!!講座受講

今日は夕刻から東大阪市総合庁舎へと行って参りました。

東大阪市・市民生活部・まちづくり支援課と大阪府の共催による「NPOとの協働推進パワーアップ事業」の講座に参加。

市民活動団体の活動・運営をアクティブに継続させるコツ!!
講師:永井美佳氏
(大阪ボランティア協会・(特活)SEAN理事・(特活)多文化共生センター大阪理事)

自己紹介・それぞれの団体の課題抽出、ボランティアグループ・団体の健康診断、ワークシート〜「井戸端マーケティングゲーム」、レジュメの補足説明と非常に充実した内容でありました。特に「井戸端マーケティングゲーム」でそれぞれの抱えている課題について、決められた時間内で参加者同士一対一で三回やりとりしたのは非常におもしろかったですね。それぞれの多様な経験・知識から一つの課題について、違った視点から解決方法を教えて頂けたのが誠に良かったです。私もこれまでの市民活動の経験からの意見を色々と述べさせて頂きました。組織の運営を停滞させないようにしていくためにも、どのようにアクティブ化させていくべきか、今回頂いた資料を参考にしながら役立てていければと考えています。

「生死事大 無常迅速 各宣醒覚 謹莫放逸」

昨日に「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」における訂正に関連しまして、故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」をご紹介させて頂きました。

その中の「2−12『矛盾について』」において、「観燃可燃品第十」の内容に触れられいます。誠に中論を考える上で非常に重要な論考の一つであります。

有無の分別にとらわれると苦しむこととなる・・

燃えている薪を見て、私たちは炎・火と薪を分けて識別しますが、現実は、どこからが炎・火で、どこからが薪かはわかり得ないのであります。「有る」と囚われると執着して無常なる中、刻々と移ろい変わり滅していくことが苦しみとなり、かといって無いとしてしまうと、虚無主義・悲観主義となり、現実は無いとも言えないのに「断滅・無い」に囚われて苦しむこととなる・・そのどちらにも囚われない、執着しないのが、仏法の中道であります。

とにかく迷い苦しむことを無くしていかねばならないのであります。

施本「佛の道」
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」

現在、施本第三弾の執筆に入るべきかどうかを思慮しております。前作の訂正のような間違いを犯してしまうところを見ると、やはりまだまだ早いのではないか、浅学非才、未熟者の付け焼き刃ぶりがまたも出てしまえば、読者の皆様にご迷惑が掛かるのではないかと危惧致しております・・

しかし、「生死事大 無常迅速 各宣醒覚 謹莫放逸」。迷っている時間など無常なる中では正直無いのであります・・仏法の真理探究へ向けて、とにかく未熟者の拙僧なりにでも更に精進努力・実践を行っていかなければなりません。

早速、第三弾の執筆に少しずつながらでも入ることと致しました。発行出来はおそらく夏頃になると予想しております。反省を生かしてしっかりと仕上げたいと考えております。

「〈空観〉正しいものの観方」

さて、先日に「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」における訂正をお示しさせて頂きました。

つまりは「非有非無」の空、「非有非無」の中道についてしっかりと思慮考察していなかったために、そのような間違いを犯してしまったわけであります。

このような中、このことについて思慮考察するに当たって、非常にすばらしいサイトを見つけさせて頂きました。それが、

故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」でございます。

実は、このサイトの管理人・故田中守道氏とは数年前にニアミスとも言える接点があったのであります・・

故田中守道氏は、蓮の写心家として有名で、不二写心事務所を主宰されていて個展も多く開催されていました。

実は東大阪市ででも2004年に市民美術センター特別展で「蓮によせて―いろいろなハスのかたち」において、「百の蓮を観る」として蓮の映像放映・講演もされていたのであります。2005年にも再び「蓮の幻想供廚搬蠅靴討慮津犬盂催されていました・・

2004年開催の時には、東大阪市東地区仏教会も後援したように思います。また、そのおりには、当山の住職も特別展の展示物に少し関わったと記憶しています。

もしも、私が既に故田中守道氏の仏教観について事前に少しでも触れていたとすれば、関心が芽生え、故田中守道氏の仏教観についてのお話をお聞きしたかった・・と時既に遅しを実感した次第であります・・

田中守道氏のご冥福を祈ると共に、田中氏が残した功績、目指した志について、少しなりとも理解を進めて実践できていければと考えております。

「〈空観〉正しいものの観方」は誠に空観を考察思慮する上ですばらしい内容でありますので、是非皆様方もお読みになられることをお薦めする次第でございます。

平成20年2月25日 川口 英俊 合掌

やまなみ広報紙31号・市政だよりNO.900号

本日にやまなみ広報紙31号が市政だよりNO.900号と共に届きました。


東大阪市Bリージョン地域の自治会加入世帯に全戸配布されます。その他の方は、最寄りの行政関連機関にも幾分か陳列されますので、是非お読み頂ければ幸いでございます。

編集後記から
 このやまなみ広報紙の編集を担当させて頂きまして、早四年が過ぎました。その間、色々な方々に叱咤激励を賜りまして、何とか続けることができました。感謝申し上げます。
 次年度は役員改選があり、広報部も新体制の下にて、なお一層の活動発展・充実を図って頂けることを祈念申し上げます。これからもやまなみ広報紙を宜しくお願い申し上げます。(広報部・川口英俊)

やまなみプラザ企画運営委員会ホームページ
http://www.hct.zaq.ne.jp/yamanami/

市政だよりの二面には、市民会議プランニングチームからの提言の様子・内容が掲載さています。

2/15 市長・議長・副議長への提言提出の様子


また提言内容につきましては、市民会議ページでも公開されますので、是非チェック下さいませ。

とにかく一つ一つであります。。

プチコッコ逝去に際して

今朝にプチコッコが逝去致しました。

2002年11月27日に生まれた二羽のプチコッコが、縁により2003年2月に当山に参りまして、寺務所横の小屋にて過ごすこととなりました。2004年10月に一羽が逝去し、残った一羽がこの度逝去致しました・・

プチコッコのページ
http://oujyouin.com/puchicoco.htm

在りし日のプチコッコの画像がたくさんあるブログ
http://yaplog.jp/hidetoshi/

http://ameblo.jp/hidetoshi-k

私自身、様々な苦しい時にどれほどに心の支えとなったか分かりません・・また、お参りの方々にも大変に人気があり、みんなに可愛がって頂けました。ありがとうございました。

しかし、諸行無常なる中、この度のプチコッコだけが、特別だという思い、愛執ももちろんありません・・ただ、安らかなる涅槃へと至ってくれることを願い、供養致しました。

「プチコッコ、ありがとう、さようなら」。

一羽目と共に眠る


・・

身近なものたちの逝去、あらゆるものの生滅変化に際して、あらかじめに思慮しておくべきことについて。以下参照。

「ブッダ最後の旅」中村元訳 岩波文庫
(大パリニッバーナ経・大般涅槃経)より・・

お釈迦様の最後の時を察し、号泣しているアーナンダに対して、お釈迦様はこのように言われました。

「やめよ、アーナンダよ。悲しむな。嘆くな。アーナンダよ。わたしは、あらかじめこのように説いたではないか、---すべての愛するもの・好むものからも別れ、離れ、異なるに至るということを。およそ生じ、存在し、つくられ、破壊さるべきものであるのに、それが破滅しないように、ということが、どうしてありえようか。アーナンダよ。そのようなことわりは存在しない。アーナンダよ。長い間、お前は、慈愛ある、ためをはかる、安楽な、純一なる、無量の、身とことばとこころの行為によって、向上し来れる人〈=ゴータマ〉に仕えてくれた。アーナンダよ、お前は善いことをしてくれた。努めはげんで修行せよ。速やかに汚れのないものとなるだろう。」

お釈迦様、臨終の言葉

「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と。」
 これが修行をつづけて来た者の最後のことばであった。

尊師が亡くなられたときに、亡くなられるとともに、神々の主であるサッカ(=帝釈天)が次の詩を詠じた。---
「つくられたものは実に無常であり、生じては滅びるきまりのものである。生じては滅びる。これら(つくられたもの)のやすらいが安楽である。」

お釈迦様がお隠れになられた時、まだ愛執の離れていない修行僧たちは嘆き悲しみ苦しみに打ちひしがれましたが、既に愛執を離れた修行僧たちは、「およそつくられたものは無常である。どうして〈滅びないことが〉あり得ようか?」とよく耐え忍びました。尊者アヌルッダは修行僧らに告げた、---「止めなさい。友よ。悲しむな。嘆くな。尊師はかつてあらかじめ、お説きになったではないですか。---〈すべての愛しき好む者どもとも、生別し、死別し、死後には境界を異にする〉と。友らよ。どうしてこのことがあり得ようか?何でも、生じ、生成し、つくられ、壊滅してしまう性のものが、壊滅しないでいるように、というような、こういう道理はあり得ない。・・」

・・ここまで。

施本「佛の道」・第五章・涅槃寂静 より
http://www.hide.vc/hotokenomichi5.html

「諸行無常
 是生滅法
 生滅滅已
 寂滅為楽」

 私の解釈

「諸行は無常であり、これは生じては滅するという理《ことわり》である。この生滅の理の真実が正しくそのままを理解できずに悩み煩ってしまうことが、私たちの苦しみの原因であり、この苦しみの原因となってしまっている妄想の集まりである煩悩の生滅を滅しおわって、煩悩を完全に寂滅して、ようやくに苦しみから解脱した安楽なる涅槃・悟りの境地へと至ることができるのであります。」

・・ここまで。

「こんにちは、ありがとう、さようなら」であります。

平成20年2月24日 川口 英俊 合掌

やまなみ行事・東大阪市まちづくりフェスタお手伝い

今日は午後からやまなみプラザへと行って参りました。

第3回やまなみ歌声喫茶、第5回やまなみむかしばなしを楽しむ会のお手伝い。

第3回やまなみ歌声喫茶
http://www.hide.vc/yamanamiutagoe.htm


第5回やまなみむかしばなしを楽しむ会
http://www.hide.vc/yamanamimukashibanashi.htm


どちらも盛況でありました。

その後、布施駅前リージョンセンターへ。

東大阪市・まちづくりフェスタの撤収作業お手伝い。
http://www.hide.vc/matizukuri.htm










やまなみプラザ企画運営委員会は、委員会の紹介・事業紹介パネル・ソフト粘土教室のお雛様飾り・折り紙教室の端午の節句の宝物・子どもおもちゃ手作り教室のクネクネヘビ、やまなみ広報紙31号と充実した展示ができました。ひときわ目立っていたように思います。

やまなみプラザ企画運営委員会ホームページ
http://www.hct.zaq.ne.jp/yamanami/

また全体の報告は、まちづくり支援課のページに掲載されると思われます。是非、チェック下さいませ。

とにかく市民活動も一つ一つであります。。

東大阪市・まちづくりフェスタ・展示準備

今日は夕刻からやまなみプラザへ。荷物搬出後、布施駅前リージョンセンターへ。

明日開催の「東大阪市・まちづくりフェスタ」に参加するため、その展示作業。

やまなみプラザ企画運営委員会・展示コーナー


やまなみソフト粘土教室・おひな様作品


やまなみ折り紙教室・端午の節句の宝箱


是非お出かけ下さいませ。。

「東大阪市・まちづくりフェスタ」

と き:平成20年2月23日(土曜日)午前10時〜午後4時
ところ:布施駅前リージョンセンター(夢広場)5階

市民活動団体(NPO法人・ボランティア団体・リージョンセンター企画運営委員会)等が集まり、日々の活動を紹介する展示コーナー、子どもたちが遊べるコーナー、多目的ホールでは、地域まちづくり活動助成金の交付団体の成果発表会、ピアノコンサート、先進事例の発表、ミニコンサートを行います!!



詳細は東大阪市・市民生活部・まちづくり支援課のページに。

やまなみプラザ企画運営委員会ホームページ
http://www.hct.zaq.ne.jp/yamanami/

また、本日はやまなみ広報紙31号が無事に発行されて、企画運営委員会室にも届きましたので日中の合間に、確認後、コラム執筆先・広告主先へと御礼廻り。明日から随時、東大阪市Bリージョン地域の自治会加入世帯へ、市政だよりと共に全戸配布されます。また各行政関連機関でも陳列されます。内容がかなり充実していますので、是非お読み下さいませ。

やまなみ広報紙31号


とにかく市民活動も一つ一つであります。。

東大阪市民会議・平成19年度第11回・2月定例会

今日は夕刻から市民会館へと行って参りました。

東大阪市民会議・平成19年度第11回・2月定例会に出席。
報告事項・提言書提出経過について・第31回東大阪市民ふれあい祭り参加について・提言への賛同を得るために・今後の市民会議のあり方について・他

第31回市民会議提言書が市長・議長・副議長・商工会議所など各所へ提言提出となりました。市民の皆様から出された様々な貴重な提言が政策実現へ向けて一歩でも進みますように市民会議もしっかりと鋭意努力していかなければならないと考えております。また提言、提言後の扱い、検証、反省なども含めて、今後の市民会議のあり方に関わることで、本日も侃々諤々と議論が行われました。まだまだ委員一年目の未熟者でありますが、とにかく一つ一つ学んで参りたいと考えております。

2/15 市長・議長・副議長への提言提出の様子

東大阪市民会議のページ・提言内容も近日にアップされる予定であります。是非チェック下さいませ。
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ