3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」
ツイッター投稿内容・1〜59

さて、一連の3/1・NHKクローズアップ現代・「岐路に立つお寺」・ツイッター投稿にて、ある程度一貫性のある主張展開ができなかったのは、誠に反省であります。やはり文字数の限界と他のご意見と平行しながらの考察、更には、どうしてもコメントが細切れになってしまうなど、今後、このような機会がありましたら、気を付けなければならないことが色々と分かりました。上田紀行先生には少しご迷惑をお掛けしてしまいまして、申し訳なく存じております。

http://twitter.com/hide1125

RT @UedaNoriyuki 「クロ現・岐路に立つお寺」1〜59

1・社会活動・地域活動への取り組みは大切です。私も実際に努力して取り組んできたこともありますが、お寺だから、僧侶だからということで、それを前面に出してすることはせずにあくまで一個人として取り組むことが重要だと思います。

2・お寺・僧侶を前面に出して社会活動・地域活動に取り組むと、経験上、悲しいかな、やはり、何らかの売名行為・利得行為と見なされて、余計な誤解や偏見を生み出してしまうこともあります。

3・余計な誤解や偏見を生じさせないためにも、お寺・僧侶・宗教ということを外して、あくまでも一個人として、無理なく、義務でなく、一つの趣味みたいなものとして、自分のできることから実地に取り組むのが重要だと考えています。

4・そもそも社会活動・地域活動は、慈悲・利他行として、仏教に携わる者であるならば、取り組んで当たり前のことで、「当たり前」となっていない現代仏教における問題点の本質をえぐり出さないと解決に役立たないと考えています。

5・では、その現代仏教における問題点の本質とは、一体どこにあるのかについて、私は、駒澤大学・松本史朗教授の「如来蔵思想批判」からえぐり出して、その問題解決の一つの糸口を見い出していきたいと考えています。

6・現代仏教の問題点の補足としては、現代日本における仏教に係る色々なモノ・コトにおいて、保身的・利己的に執着する対象があまりに増えすぎてしまったということの弊害も大きいと思われます。

7・それは、例えば例を挙げると、(宗旨宗派)教団・組織体制・階位・檀家制度の維持管理、建物・宝物・霊園・納骨堂などの維持管理、更には、世襲・家族・財産などの維持管理・・と色々とあるかと思います。

9・一つ、悲劇であるのは、寺の跡取りとして産まれて、仏教と向き合い、真摯に取り組もうとするものの、もしかすると仏教でない仏教を強制的・義務的に押しつけられてしまい、更に悩み苦しむということも少なからずあるでしょう・・

10・ 「葬式仏教批判→法務にやり甲斐無し、罪悪感を抱く→社会活動に参加→やり甲斐・生き甲斐あり」という構図があり、それに違和感を指摘された @kikyousan さんのご意見にはどこか同調するところがあります。

11・やはり、根本的には、何が真なる仏教であるのかについて、真摯に考究して取り組む意識・姿勢が相当に無くなってしまっているという弊害が、今日的な仏教諸批判を浴びる最大の要因となっているのではないかと考えます。

12・「如来蔵思想批判」の正・誤は別として、「基体説」から批判的に現代仏教にアプローチしてみて、真なる仏教とは何であるのかを考究していくためのあくまで一つの方便として「如来蔵思想批判」を捉えています。

13・学生時代に大蓮寺住職・應典院代表の秋田光彦師 @mitsuhikoakita の寺院改革取り組みの初期の頃にインターンとして学んだことは、これからのお寺のあり方を考える上で、今でも私の貴重な視座となっています。

14・また、禅専門道場での修行時代に、遠鉢(遠方への托鉢)でお世話になりました長野県松本市の神宮寺住職・高橋卓志師から当時色々と教えて頂いたこともこれからのお寺のあり方を考える上で、今でも私の貴重な視座となっています。

15・とにかく、現代日本仏教の再生を図るための一つの方便としては、チベット仏教哲学・中観帰謬論証派の思想から現代日本仏教のあり方の見直しを図ってみようと試みるアプローチが有効なものになると今は考えています。

16・お寺・僧侶の社会活動・貢献慈善活動は確かに慈悲・利他行の実践として間違いなく重要であります。但し、お寺・僧侶であるから、やらなければならないという強制・義務的なものでは全くないと考えています。

17・仏教に深く帰依し、菩提心を発心した者であるならば、慈悲・利他行の実践は、僧侶に拘わらずに実践しなければならない徳目の一つであります。また、、それが人間道のみの世界だけで留まったものであってもいけないと考えています。

18・つまり、社会貢献活動や慈善事業というものにおいて、人間道のみの縁起関係だけの利己的なものに留まってしまって、独善・自己満足に陥ってしまっていてはいけないと考えています。

19・それは、人間道のみならず、慈悲・利他の実践は、畜生道(環境問題・畜産界の問題)、または残りの四道等、一切の苦しみにある衆生へもそれを及ぼすことが当然に求められます。

20・大いなる縁起と空の理解から、三輪清浄・三輪空寂の思惟によっての慈悲・利他行の実践が大切になるというところであります。その行には、当然にも実体はなく、行った後は、何らとしてとらわれることもありません。

21・よって、お寺・僧侶だからといって、慈悲・利他行を絶対にしなければならないというわけではなく、お寺・僧侶関係無しに、できる者からできることの実践を一つ一つしていければ良いわけであります。

22・また、何も慈悲・利他行の実践を、特に社会活動や慈善事業に拘る必要も当然にないと考えています。縁起関係にあるものたちに優しく慈しみ微笑みかけるだけでも十分に立派な慈悲・利他行になります。

23・とにかく、確かなる慈悲・利他行の実践のためには、その前提として、「縁起と空」の理解は欠かすことができないものと考えております。「縁起と空」の確かなる理解による慈悲・利他行の実践が大切であると存じております。

24・@grossherzigkeit さんが「上田紀行型仏教」の問題点について少し指摘されておられますが、確かに、慈悲・利他行を私たちの恣意的価値判断で固定化してしまおうとすることは良くないと考えています。

25・つまり、慈悲・利他行の観点からは、「社会事業してる坊さんこそ立派」というだけではなくて、僧侶であろうと無かろうと、「蟻を踏み殺さずに歩くように心掛けていること」も十分に慈悲・利他行として立派なことであります。

26・ですから、人間の世界・社会・国・地域だけの自己都合・自己満足におけることだけで、慈悲・利他行を固定化、絶対化してしまおうとはせずに、もっと大きな縁起関係から慈悲・利他行を捉えないといけないと考えております。

27・ 同感です。慈悲・利他行の実践は、そのようなことで相殺されるほど簡単なものではありません。RT @seiro10 「伝統仏教への批判は、社会事業の参加によって相殺されるという結論ならば、仏教本来の考えとは違う」

28・私も経験者なのですが、寺の子として様々な偏見や差別、いじめを幼少期に受けるということは全くないとは言い切れません。問題は、それがトラウマとなって、「仏教」・「寺院」を相当に敬遠してしまうことだと考えています。

29・寺の子が、青年期・多感期を迎えて、自分の将来を考えたときに、「仏教」・「寺院」に携わることに誇りを感じれず、また、寺を出ることができなければ、嫌々に、不満を抱えて歪な感情を抱えながら過ごしていくことになってしまいます。

30・そのように歪な感情を抱えたたままでやがて修行へ行けば、周りもほとんど同じように、嫌々に不満があり、歪な感情を持っている者が多いため、修行においても理不尽、いじめ、暴力など負の弊害が多く現れてしまいます。

31・そのような中での修行では、身体の怪我や病気、または鬱病などの心の病に陥ってしまうこともあり、本来の目指すべき修行、やらねばならない修行とはかけ離れたものになってしまっている現実もあるのではないかと思います。

32・また、9でも述べさせて頂いたように、真摯に取り組もうと努力しても、「もしかすると仏教でない仏教を強制的・義務的に押しつけられてしまうことになってしまっていれば」、尚更に苦悩はますます深まるばかりになってしまいます。

33・ですから、せめて僧侶となる前には、それぞれの宗旨宗派・教義修習・修行実践などをしっかりと見極めた上で、自分で納得し選択して決断してから聞・思・修に取り組めるようにしなければ、後々に弊害が多くなってしまうように思います。

34・納得もできず、嫌々に不満、歪な感情を抱えたままで聞・思・修するならば、当然にしない方が良いに決まっています。自分は明らかに僧侶には向いていないと思えば、別の道を歩むことの決断ももちろん大変ながら必要であると思います。

35・とにかく、仏教に真摯に携わろうとするのであれば、なるべく携わる前に「真なる仏教とは何であるのか」について、できるだけ慎重に、できれば中立的視点・多角的視点から十分に学びを進めておかなければならないと考えています。

36・このことについて、@kadzukhi さんのツイートの内容から引用させて頂いておきます。[十二巻本『正法眼蔵』「三時業」の一説・・「いかなるか邪見、いかなるか正見と、かたちをつくすまで学習すべし。」]

37・寺を継がねばならないと義務感・責任感から思うものの、納得もできず、嫌々に不満、歪な感情を抱えたまま、やがて色々追い込まれ、そのうち精神的・肉体的におかしくなってしまう前に、何らかの予防策は必要であると考えています。

38・もっと開かれた宗門を目指すのであれば、修行・法務の現場から多く挙がる、どう考えてもおかしい理不尽なことや、もはや時代にそぐわないことなどをどのように改善していくべきか、徹底した議論の場も必要となるでしょう。

39・とにかく、真なる僧侶となるべきは、確かな「菩提心」を発心した者であり、発心せずに僧侶となるということ自体にそもそも根本的重大な問題を抱えているとは思いますが、これを言っても仕方がない事情もあると、もちろん考えています。

40・いずれにしても確かな「菩提心」を発心せずに僧侶として過ごしていく中では、様々な苦悩を多く抱えていくことは至極当然であり、ではどのようにその苦悩と対峙していくべきかは、各々でしっかり消化していかねばならないでしょう。

41・そもそも寺院の世襲制にも問題があり、志ある者、菩提心を発心した者が僧侶となるべきで、そうなっていない日本仏教・寺院の現実が色々と弊害をもたらしている根本問題と考えています。

42・28で述べさせて頂いたように、少なからずも色々と仏教批判・寺院批判が声高にある中では、お寺の子どもたちへの様々な偏見や差別、いじめについて、全くないとは言い切れません。

43・理想とするお寺のあり方、今回の番組の意図では、「社会活動への参加」が寺院のこれからの役割であると訴えれば、そうなっていないお寺への偏見、非難、蔑視感が生じてしまうことは、少し仕方のないことではないかと思われます。

44・やはり、長年増長されてきた日本における寺院・僧侶への不信感、嫌悪感によるところが大きいのではないかと推察しております。 [RT @hide1125 そうなっていないお寺への偏見、非難、蔑視感が生じてしまう]

45、28〜34・37などの関連にもなりますが、様々な弊害により、傲慢・高慢・非常識な者などが、ほんの一部であれども、批判・非難の対象となって、それがあたかも全体であるかのように捉えられてしまっていることもあるでしょう。

46、とにかく放映の時間が少なすぎて、構成上、上田先生の真意、狙いが伝わりにくいところがあったのではないかと思います。けど、大反響で、議論の基ともなり、番組の意義は相当に高かったと思っております。先生に感謝でございます。

47・あと、寺院の社会活動への積極参画を促す趣旨は、誠に良いことですが、法務と社会活動との兼ね合いについては、少し配慮は必要であったかもしれないと考えています。法務を疎かにして、社会活動傾倒では本末転倒になると思っています。

48・社会活動を積極的にするならば、宗教法人ではなく、ボランティア団体・NPO法人などでそれに特化してすべきであり、葬儀・法事・勤行などの法務、掃除・清掃などの作務との兼ね合いについてのところも考えていく必要はあるでしょう。

49・慈悲・利他行の実践は、広範囲であり、社会活動でも、余裕があってできることもあるし、余裕が無くてもできることもあります。ただ、基本的な法務・作務を疎かにしては、寺院本来の意義を失うことに繋がりかねないでしょう。

50・ですから、かなり戻りまして始めの1〜3の内容で述べさせて頂いたように、「寺院・僧侶だから社会活動に積極的に参画して当たり前である」となってしまってはいけないと考えております。

51・寺院・僧侶として社会活動に取り組むというのではなく、あまり寺院・僧侶を前面に出さずに、例えば、宗教法人ではなくて、ボランティア団体・NPO法人などにおいて個人的に労力、寄付奉仕をすることで社会活動を補うこともできます。

52・もちろん、時に仏教的な資質が必要となれば、それはあくまでも一個人的に努力して行うべきであって、そうではなくて、「寺院・僧侶→社会活動」と大きくレッテル貼りしてしまうのは、別の意味で偏見を生みかねないと危惧しております。

53・少し一連の投稿で自身の主張を整理する必要があると反省。第一は、世俗方便と勝義方便の相違として、「寺院・僧侶→社会参画」は、現実・現世利益的な抜苦としての世俗方便の域として大切、重要なものの、第一義ではないということ。

54・第二は、真なる目指すべき根本苦(輪廻)の解決を図るための勝義方便としての空性現量了解による慈悲の働き。世俗方便と勝義方便の自在の慈悲の働きをいかにして実践するのかが第一義と考えています。

55・世俗方便と勝義方便の自在の慈悲の働きのためにも「縁起」の真なる理解と、「空性」の現量了解は必須中の必須。世俗方便のことだけではなく、勝義方便についての慎重なる補足も踏まえないと誤解・偏見・断見が生じる可能性がある。

56・ただし、勝義方便についての言語表現は実に難しい。中途半端であると戯論として一刀両断されてしまう。しかし、真なる仏教再生を願う上田先生のお志にて、世俗方便と勝義方便を併せての真なる問題提起は可能なように思われる。

57・結論としては、浅学非才の未熟者の私は、世俗方便と勝義方便の自在の慈悲の働きを行うにはまだまだほど遠く、顕教における縁起・空の学びを、更にしっかりと誤りなく進めていかなければならないと猛省。

58・勝義方便の慎重なる補足と併せて、積極的慈悲・利他行(ここでは社会活動のこと)だけでなく、消極的慈悲・利他行(例えば五戒を遵守することなど)も同等として評価して取り上げないと、誤解・偏見・断見が生じる可能性もあります。

59・もちろん、慈悲・利他行に関して、世俗方便と勝義方便、積極的と消極的、と分別して思惟することに対して、戯論としての批判もあるかとは思います。この分別が、虚妄分別か、正理分別かの検討・検証は自身の大きな課題でございます。

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「三十七の菩薩の実践」(ギャルセー・トクメー・サンポ師著)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51979461.html

「まんがと図解でわかるニーチェ(別冊宝島1729)」白取春彦・監修を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51978181.html

チベット仏教ゲルク派・宗学研究所・齋藤保高氏
教理の考察「何のために空を覚るのか」
http://rdor-sems.jp/index.php?%E4%BD%95%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E7%A9%BA%E3%82%92%E8%A6%9A%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

「如来蔵思想と本覚思想」 松本史朗氏著を読んで
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968615.html

化身ラマ制度における負の部分
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51968054.html

「非有・非無」の中道に関しての補足・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51965057.html

「ツォンカパの中観思想 - ことばによることばの否定- 四津谷孝道著 大蔵出版」の再々再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51960156.html

「禅思想の批判的研究 松本史朗著 大蔵出版」の再々読を終えて
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51957524.html

「基体説」論考3-4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51788684.html

「基体説」論考1-2
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51786543.html

「場所の哲学」と仏教
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51784548.html

"dha(_)tu-va(_)da"「ダートゥ・ヴァーダ」・基体説について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51783852.html

チベット仏教・「シュクデン」崇拝問題から考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51776609.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

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仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51777157.html

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
「チベット仏教・菩薩行を生きる―精読・シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』」
 Sonam Gyaltsen Gonta (原著)・ソナム・ギャルツェン ゴンタ (翻訳)・西村 香 (翻訳) 大法輪閣
「ダライ・ラマ 生き方の探究」
 ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ著、藤田省吾 (翻訳)、ゲシェーソナムギャルツェンゴンタ (翻訳) 春秋社
「ダライ・ラマ 死と向きあう智慧」
ダライラマ14世テンジンギャツォ (著), ジェフリー ホプキンス (編集), ハーディング 祥子 (翻訳)  地湧社
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版
「中国仏教の批判的研究」伊藤隆寿著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 〜 一枚の紙から考える 〜」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51518341.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51552614.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/2008-11.html#20081110