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【仏教存在論】1-45

1 今年のお盆施餓鬼法要の際の法話資料の内容を思案。仮題「仏教の存在論について」、A4で4ページほどでまとめたいと考えております。そのため、これから【仏教の存在論】でメモ程度にてツイートしていこうと考えております。そのメモをまとめて論考していきたいと思います。

2 仏教の存在論は、「非有・非無」・「空と縁起」・「中観帰謬論証派思想」と、これだけでほぼ論考できると考えております。あとは、「論理学」・「認識論」も概観しつつ展開できるかどうかが課題であります。しかし、A4で4ページほどにまとめるのは難しくなるでしょうね・・

3 仏教存在論に関する中観帰謬論証派の見解に関しては、「ダライ・ラマの仏教哲学講義」(大東出版社)・「第讃蓮(教の哲学的見解」の内容が大いに理解に役立つところであります。ツォンカパ論師の中観思想まで含めていくと、やさしく述べることは難しくなって参りますね・・

4 仏教存在論はとにかく「空」と「縁起」の論考につきると言っても過言ではありませんが、容易に結論づけていくことには慎重でなければなりません。また、中観自立論証派と帰謬論証派における思想差異の理解も同様に慎重に吟味し続けていかなければならないものであります。

5 「無実体・無自性・無自相」なる存在である私たちそれぞれにおける「業・カルマ」、あるいは、「(業果の)潜在力・習気」に関しての説明については、「空」・「縁起」とも理論付けて説明する必要があります。因果論・因果応報論は、仏教の基本中の基本思想だけに重要となります。

6 「チベットの般若心経」(春秋社)を再読中。以前は理解不足で飛ばしていた各章の註の内容を主に考察。意外と本文よりも註の方に重要な内容が記されていることもあります。註が充実している論考においては、註の読解もしっかり心掛けておきたいものであります。

7 結局、「ツォンカパの中観思想」四津谷孝道先生著 大蔵出版の再々再々読に入りました…付箋がもうヨレヨレです。 http://t.co/QGvKzlP

8 存在が一応認められるためには、まず、 崟ご峩棒」として、対象の概念・名称が、社会的通念上の共通認識として一応ある程度認められていることが必要となります。存在の「確からしさ」ということで世俗的に認められるというものであります。

9 存在の「確からしさ」ということで世俗的に認められるというものも、そのものを厳密、緻密に分析していくと、いずれにしても「実体」は見あたらず「勝義無」となりますが、「世間極成」の場合、それは少し待って理解しておく必要があります。

10 『ダライ・ラマの「中論」講義』第18・24・26章 大蔵出版も再々読に入ります。重要論書の一つです。 http://yfrog.com/kk12742902j

11 「世間極成」に続いて、その存在が、世俗的な正しい認識と矛盾することなく、(世俗的な)正しい根拠に依拠して存在していると言えることが必要となります。世間的には一応、誰からもそのように認識されている存在であることとも言えるでしょう。

12 そして最後に、「究極的なものを考察する正しい認識、論理によっても否定されない」ということが必要となりますが、普通一般の日常世俗世界における存在は、この究極的なものを考察する正しい認識、論理の適用の対象外として否定されるものではないこととなります。

13 「究極的なものを考察する正しい認識、論理」に関しての「究極的なもの」とは、「実体・自性・自相として成立している存在」となります。しかし、「実体・自性・自相として成立している存在」などどこにも無いため、そのような存在は否定されることになります。

14 世俗一般の日常における存在は、「究極的なものを考察する正しい認識、論理」による考察対象ではなく、それにより否定されるものとはなりません。もしも、考察対象となりうるのであれば、それは、「実体・自性・自相として成立している存在」となります。

15 しかし、「実体・自性・自相として成立している存在」などいかなるものも、どこにも存在しないため、「究極的なものを考察する正しい認識、論理」による考察によって、「実体・自性・自相として成立している存在」はもちろん否定されることになります。

16 そして、存在に関して、もう一つ重要なものとしては、「効果的作用の能力」を持っているかどうかも考察する必要があります。それは、性質・属性や作用の有無の考察となります。「効果的作用の能力」の考察は、因果関係の縁起の理解のためにも必要になります。

17 「効果的作用の能力」に関しての補足として、ある存在が、その対象自身の側で成立しているとする固有の性質・属性や作用のことを「自相」と言いますが、この「自相」を世俗の次元で認めるかどうかで、中観帰謬論証派と自立論証派で見解が異なるところとなります。

18 お盆施餓鬼法要の際の法話資料として配付するための小論「仏教存在論」、実はまだ書き始めていません・・もう一ヶ月を切ってるので焦ります・・同時に配布する「お盆のしおり」には、転法舎さんの「まこごろを供えて」。震災のことに触れての内容が誠に良いですね。

19 中観自立論証派では、「存在の本質的要素は、その存在の有する性質・属性・作用であり、それらはその存在自体にて成立しているものである」と、世俗の次元においての「自相」を認めますが、一方の帰謬論証派では、勝義、世俗の両次元で「自相」を認めません。

20 中観帰謬論証派の世俗の次元における存在のあり方の定義についてですが、それは、対象側によるものではなく、私たちの「意識作用・概念作用・思惟分別作用によって、仮名(けみょう)・仮説・仮設されただけのもの」としての存在と定義されます。

21 「意識作用・概念作用・思惟分別作用によって、仮名(けみょう)・仮説・仮設されただけのもの」としての存在も単なる妄想・空想上の虚構されたものではなく、先に示させて頂いている(8・9、11-16)ような条件を満たさなければならないのであります。

22 そして、世俗の次元における存在のありようについて、「意識作用・概念作用・思惟分別作用によって、仮名(けみょう)・仮説・仮設されただけのもの」にすぎないという考え方が、中観帰謬論証派における第三の「縁起」の見解となります。

23 これで、第一の「縁起」が、原因・条件と結果の依存関係、第二の「縁起」が、部分と全体の依存関係、第三の「縁起」が、意識作用・概念作用・思惟分別作用によって仮名(けみょう)・仮説・仮設されるという依存関係となり、それぞれを理解する必要があります。

24 前記の三つの「縁起」の理法を理解し、深く「空性」について真に了解(りょうげ)することが仏教におきましての重要な目的となります。「空性了解」は、確かなる「出離」・「発菩提心」・「智慧と慈悲の実践」のための前提でもあります。

25 小論「仏教存在論」、まだ一行も書けず・・お盆まであと三週間だ。中観帰謬論証派の縁起論を分かりやすく解説して書くことは正直難しい・・中途半端に書くよりか、シャーンティデーヴァ論師「入菩薩行論」の第九章「智慧波羅蜜」の和訳そのままの方がましかも・・

26 (25)と言うのは逃げかな・・中観帰謬論証派の縁起論を展開していくとなれば、結局、ツォンカパ論師の中観思想の考察にも入らなければならなくなるし・・そうなれば、当然に小論では収まらないだろう・・施本第六弾に詳細は譲って、とにかく小論を完成させねば。

27 「存在・事象・現象、一切は空、縁起として成立している」。しかし、私たちは、存在・事象・現象を実体(・自性・自相)があるかのごとくに捉えて執着し、そして悪業を重ねてしまい輪廻する、その原因である無明(根本的無知)を排撃することが必要となります。

28 まず私たちは、自分たちの日常世間において、普通に当たり前であると常に疑うことなく考えている認識が、実は誤った認識であるあり方に気づかなければなりません。全て一切は実体(・自性・自相)としてのあり方としては成り立っていないのであります。

29 仏教存在論においては、まさに伝家の宝刀、一撃必殺とも言える「一切は空である」というフレーズ。確かに一見すると、単純明快で明瞭であるものの、中観思想哲学史上においては、実に膨大な議論が展開されることとなり、難しい内容を含んでいるのであります。

30 「一切は空である」。このフレーズさえ使えば、全てが解決されうるかに思えるほどにそれは魔力のある言葉である。ある意味で、僧侶・仏教者は何を聞かれても、「一切は空である」とさえ答えれば、一見それで全てが済まされうるとも言えそうなほどの言葉である。

31 「一切は空である」。簡潔、簡単と思えるこの言葉のその真なる本質的内奥には相当なものが控えている。僧侶・仏教者もその理解レベルにおいて、例え同じ言葉であったとしても、天と地ほどの歴然とした差が生じる。それゆえに慎重に扱うべき言葉でもある。

32 「一切は空である」。存在は、確かに「空」、「縁起」にて成立している。「空」、「縁起」にて成立している存在は、「有る」というわけではなく、また、「無い」というわけでもない。実体(・自性・自相)にとらわれず、虚無にもとらわれないことが大切となります。

33 「一切は空である」。もしも、離戯論・無分別・無念無想・無思無観が目指すべき最高真理であるならば、この言葉でさえも無力化されかねない懸念があります。それは、「一切は空である」という言葉・主張でさえ「空」でなければならないという反論であります。

34 もちろん、「一切は空である」という言葉・主張も「空」は「空」であるが、それは反対論者の捉えるような実体として成立しうるようなもの(勝義)としては、当然に「無」であるものの、世俗(言説)としては「有」として認められるかどうかが重要となります。

35 「一切は空である」という言葉・主張は、「一切は、実体・自性・自相としては成立していない」という意味であり、無実体・無自性・無自相、空、縁起なるものとしてある言葉、主張までもが否定されるものではなく、言説(世俗)有として認められうるのであります。

36 「一切は空である」という言葉・主張において、あくまで否定されるのは、私たちが誤って認識してしまう実体・自性・自相についてであり、無自性、無自相、空、縁起なることを示すための言葉・主張までもを無益に否定することは避けなければならないのであります。

37 「一切は空である」という言葉・主張は、無自性、空、縁起なるものとして、言説(世俗)有としてあり、それは、実体・自性・自相へのとらわれから生じる煩悩を鎮め、輪廻に迷い苦しむ根本原因である無明を排撃させてゆくという効果的作用を有するものであります。

38 「一切は空である」という言葉・主張は、一切は無実体・無自性・無自相であることを示すことによって、私たちが誤って実体・自性・自相を捉えてしまって迷い苦しみの輪廻を彷徨う根本原因である無明を排撃させうるためにも不当に否定されないことが重要となります。

39 「空」は、「常辺」・「断辺・「離辺」のいずれにも帰着するものではない。あるいは、「相対主義」・「不定主義」・「不可知主義」・「懐疑主義」・「無執着主義」・「無所有主義」、「不二一元主義」・「絶対一元主義」にも帰着するものではない。

40 「一切は空である」。縁起するがゆえに空なのか、空なるゆえに縁起するのか、または空と縁起は同義として扱うのか、縁起→空、空→縁起、空=縁起かというところですが、ここの問題は、「縁起」のレベルの差異を見極めていくことも重要となります。

41 「縁起」のレベルには、第一に、原因・条件と結果の依存関係、第二に部分と全体の依存関係、第三に、意識作用・概念作用・思惟分別作用によって仮名(けみょう)・仮説・仮設されるという依存関係、とそれぞれがあります。

42 第一と第二の縁起では、その関係性にあるそれぞれの存在を一応仮にでも認めなければ成立しないこととなります。もちろんそれらの存在は、無実体・無自性・無自相であり、「空」であることを指示できますが、やはり「仮に認める」というところがネックとなります。

43 それは、第一と第二の縁起が成立するためには、その関係性にあるそれぞれの存在を一応、仮に認めなければならないというところにおいて、実体・自性・自相を幾分か設定させざるを得ない可能性が残ってしまい、完全に「空」を指示することができないのであります。

44 第一と第二の縁起においては、実体・自性・自相の中でも特に自相について、世俗の次元において承認しなければ成り立たないということであります。もちろん、勝義では当然に無実体・無自性・無自相には変わりはありません、問題は世俗の次元における設定であります。

45 無実体・無自性・無自相として、世俗の次元における存在の設定は、意識作用・概念作用・思惟分別作用によって仮名・仮説・仮設されるという依存関係においてのみ可能であり、決して存在自体の側で成立するような固有の自相(属性・性質・作用)は無いのであります。

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【紹介】真詮ブログ・「本願寺のヒットラー(1)宗政とは何か・(2)「最初の宗議会」の自殺」
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東大阪市における市民活動・まちづくり活性化へ向けたネットワーク構築に関しての意見交換会の雑感
http://hide-1.jugem.jp/?eid=440

【小池龍之介師 宗派離脱・単立寺院化】ツイッターコメント投稿・23-24
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52012801.html

25 RT @naagita ようこそ誓教寺のホームページへ http://t.co/RdgBc5g via @fujimotoariya 山口県下松市の浄土真宗寺院(単立)。「日本でテーラワーダ仏教」など刺激的なコンテンツが……。

26  RT @amanowako 【単立宗教法人の作り方】(1)宗教施設を作る。(自宅兼も可)(2)信者さんを100人程度集め、3年以上宗教活動をする。(3)役員を決め法人設立会議を開き、..(続く)

27 ◆RT @amanowako ..(,ら続く・・)設立公告して、必要書類を揃え所轄庁に申請(4)法人化されたら(1)の施設のある土地建物を法人に寄付する。 以上です。

【大震災・空と縁起と】(1-11)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52002925.html

これまでの天罰論に関しましての私見関連考察 【大震災・空と縁起と】(12-47)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52007858.html

天罰論に関しましての私見関連考察、【大震災・空と縁起と】
(48-72)・完結
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52009321.html

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3/11東日本大地震発生時より下記のハッシュタグ等で宗教・仏教・寺院・僧侶による支援情報を収集して参りましたが、今後、継続するか、休止するかは、また判断致さねばならないと存じております。ひとまずこれまでのご協力、誠に感謝申し上げます。ありがとうございました。

仏教・寺院・僧侶による総合支援情報タグ→ #buddhajihi
各宗派による支援情報タグ→ #shuha_save
寺院による支援情報タグ→ #jiin_save
僧侶による支援情報タグ→ #sou_save
仏教思想による支援情報タグ→ #buddha_save

全ての過去ログは、Twilogにおいて閲覧して頂くことができます。

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所望していた虎目石の数珠が届く[Chagamo Craftより]
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東日本大震災 ツイッターにて情報収集・情報発信が中心
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「法華経の省察―行動の扉をひらく」(ティク・ナット・ハン師原著)読了。
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【4.29 ダライ・ラマ法王・震災特別慰霊法要・報告集】
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52002104.html

東日本大震災・被災地にて震災犠牲者追悼慰霊御供養のご報告
(往生院だより・第68号寄稿文)
http://blog.livedoor.jp/oujyouin/archives/51854274.html

被災地入り・ご報告・1-55
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51999166.html

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他、これまでの考察シリーズは下記をご参照下さいませ。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51997575.html