131025-楽園探しの隠居旅(2S) 

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「汽車土瓶(きしゃどびん)と言う物を御存知でしょうか、鉄道の駅(主に当時の日本国有鉄道)で弁当と一緒に売られていた熱いお茶の容器は明治期から昭和40年頃まで陶器製でした、針金の吊手が付いて茶碗になる蓋を冠っていたのですがこの容器が汽車土瓶です、瀬戸焼等もあったようですがほとんどが信楽焼だったことはあまり知られていません、その後ポリエチレン製容器に変わり現在ではペットボトルか缶入りになってしまいました「惜しい・・」と感ずるのは朽木のような老人の郷愁でしょうか。
大昔の田舎の情景を思い起こすと、私の祖父も冬は炬燵(こたつ)で暖を取っていましたが、横に据えた大火鉢には季節に関係なく常に炭火を熾し、赤銅の薬缶(やかん)を掛けて湯を沸かしていました、祖父は朝起きるとまず茶を一杯、三度の食事の後にもまた茶を、10時と3時の休息時にも茶、客が訪れてもまず茶を一杯と一日中よく茶を飲んでいました、その当時の火鉢も遺品として私の手元に残されていますが考えてみればその祖父の火鉢がこの研究の原点だったような気がします、信楽焼きの魅力は土味(つちみ)だと言いながら古信楽(こしがらき)無釉焼締(むゆうやきしめ)の火道具はなかなか見つかりません、私の所にも壷や(うずくまる)と呼ばれる花入は有るのですが肝心の火道具がありません、数多くあるのは艶やかに「海鼠釉薬(なまこゆうやく) 」の掛かった明治期以降の物ばかりです、それにしても実に多様な形状と釉色、意匠そして生産された数には圧倒されます、今回は「赤色系海鼠釉薬火道具(あかいろけいなまこゆうやくひどうぐ)を選んでみました。

 [ 紅紫地胡桃色乱文火鉢 ( C410×H270mm ) ]
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赤紫色と言う大胆な海鼠釉薬を地色に掛けその上に胡桃色(くるみいろ)と乳白色の混ざった釉薬で乱流文(みだれりゅうもん)が奔放に描かれています、深みのある地色と彩色の組み合わせはとても火鉢のものとは思えません、年代は昭和時代初期とされています

 [ 紅鳶地乳白色簾文瓶掛 ( C320×H220mm ) ]
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これもまた澄んだ紅鳶色(べにとびいろ)の地に乳白色の簾掛(すだれがけ)が良い色味を構成しています、茶の湯の瓶掛(びんかけ)に使われていたようですが「侘び寂び」と言うには鮮やか過ぎます、年代は大正時代中頃とされています。

 [ 葡萄地丁子色乱文瓶掛 ( C320×H230mm ) ]
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葡萄色(ぶどういろ)の地に丁子色(ちょうじいろ)海鼠釉薬で大胆な乱流文が描かれた瓶掛です、この時代の信楽焼瓶掛は台座も一体で成型し火箸を挿す穴が明けられています、年代は大正時代初期とされています。

 [ 葡萄地胡桃色簾文手焙 ( C250×H225mm ) ]

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葡萄色の地に胡桃色と青系の乳白色簾掛になった手焙(てあぶり)です、この簾掛の色調は信楽焼の得意とするものなのでしょう数が多いように感じます、年代は大正時代中頃とされています。

 [ 長春地浅紫色霞文手焙 ( C254×H255mm ) ]

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インパクトは無いのですが長春色(ちょうしゅんしょく)の地に浅紫色(あさむらさきいろ)霞流文(かすみりゅうもん)が微妙な色合いを醸し引き込まれるような魅力があります、茶の湯の手焙に使われていた物だとの事ですが腕の良い匠の作品ではないでしょうか、年代は昭和時代初期とされています。

 [ 黒鳶地利休茶簾文手焙 ( C255×H240mm ) ]

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黒鳶色(くろとびいろ)の地に利休茶色(りきゅうちゃいろ)簾掛(すだれがけ)になっています、同色系なので一見真っ黒に見えますが獣頭(けものかしら)の耳が付いた手焙です、年代は昭和時代初期とされています。