Hifa the Night Elfのtunnel vision生活

突起物よ永遠なれ。

All that matters is this moment.

船に乗り続ける勇気

子供の頃から乗り物酔いが酷い。大人になってからも人の運転は駄目だし、3D酔いももちろん酷くて、古くはDOOMやQUAKE、Nights、風のタクトもゲロ酔いしたし、珍しいところではDQ7かなんかでも目を回してた。映画も一人称視点だと酔うから分かってれば避けるし、素人撮影風の演出で画面が揺れると駄目で、第9地区は劇場から退出してしまった。

MMOが2Dの時代は良かった。UOは殆ど酔わなかった。友人に誘われてやってみた大航海時代は終始酔ってた。EAがしばらく日本で運営してたSWGも長時間は遊べなかった。WoWも最初は5分で駄目だった。これだけはどうしてもやらなくちゃいけなくて、5分で酔っては2時間休み、10分で酔っては2時間休み、3度めに復帰する頃にはそんなに酔わなくなったけど、何年も経った今になっても、体調によっては目が回るし、道のわからないことが続いたり天井の低いところを歩くと気持ち悪くなる。

FPSなんてもちろんあり得なかった。Overwatchが発表された時、次回作がFPSだと分かってがっかりしたものだった。Blizzardのゲームだから面白いのはわかってる。けどFPSじゃあ私には遊べない。オープンβを大々的にやったのが去年の5月頭。予約した人と、その人から招待コードを貰った人がオープンβに参加できた。昔私を最初にarenaに誘ってくれた友達が、他にあげたい人も居ないから、とくれたコードで参加してみたのが、5月の3日で、最初に選んだのはTracerだったみたい。
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bronze枠でLv1。Tracerはblinkして壁に当たることが多くすぐ酔ってだめになった気がする。

少し遊んでは酔っておしまいになってたけど、僅かな時間の間に起こったことを一つ一つ話して聞かせてたから、自分で思ってるより楽しんでたんだろう。背景にあるお話にもとても惹かれて、公開された動画は順繰りに見たし、wikiも読み漁ったし、それをまた誰かに聞かせてもいた。3D酔いをしない方法もいろいろ調べた。乗り物酔いと基本構造は同じで、体調を整える、睡眠不足をしない、満腹にも空腹にもしない、気を紛らわす、梅干しを食べる、炭酸水を飲む、そして何より効くのは乗り物酔いの薬を飲むこと。船酔いの話も調べてると出てくるんだけど、対処方法は、乗り続けるか乗らないかしかないんだって。私が船に乗り続ける勇気を選んだのは5/25。

ゲームをするにあたっては、動かない画面の枠を視界に入れることが大事らしいので、フルスクリーンじゃなくwindowedに。少しでも負担にならないために表示と音声を日本語にした。壁をよじ登るGenjiとHanzoは壁を登ったら酔うから駄目だった。OWのアイコンであるTracerはblinkで自分や相手の居場所がわからなくなって酔う。Lucioも駄目で、これはspeed boostで画面が自分の思うより早く動くのと、動きを止めてもローラースケートのせいで少し余分に動くのが原因。わからないことが酔う原因にもなったので、skillや使い方の分からないheroは厳禁。melee距離でグルグル回るのもx。デフォルトがいくつだかもう忘れたsensitivityは早く回らないように5ぐらいまで落とした。そうして手探りして、Mercyだけは他ほど酔わない事がわかった。

一緒に遊んでる人たちは時間を追う毎にいろんなheroを試して使えるようになっていったけど、私はまず酔わないところが大事で、配慮してもらっても、念入りに準備してもまだ酔ってダメになることが多かった。しかもFPS未経験で、敵を狙って撃つことも覚束ない。誰よりも誰よりも遥かな後ろからのスタートだった。

OWのオープンβに参加した人数が970万人だって話を聞いた時、世の中3D酔いしない人がそんなにたくさん居るんだって、正直妬ましく思った。その後も、その人数は増え続けて、今では3000万人も居るらしい。

competitiveが始まってからも負い目は残ったままで、他の人達の足を引っ張ることが多くて、自分から誘うことが出来ず、誘われても断ってしまっていた。週末にMattさんやAgorinaさんとやるだけで、QMのほうが気持ちも楽だ、と言ってからは、Agorinaさんと一緒に遊ぶ時は彼がその言葉に配慮してくれて、QMにqueueしてた気がする。arenaを一緒にやってたAgorinaさんとけんちゃんと、OWも一緒に遊び始めたけど、せっかく2人の上げたrateを私が下げるのがとても申し訳なくて、本当はやりたいけど、competitiveを2人がやってる時は邪魔しないようにしてた。あるとき、けんちゃんが新しいアカウントを作ってOverwatchを遊び始めた。competitiveをするのに必要なLv25まで一緒にquickしようと、Agorinaさんと3人で遊び始めたりして。ちょうど年末頃で、頑なに遠慮する私のために、rateを下げてもかまわないアカウントにするのにけんちゃんが新しいのを買ったんだって、Agorinaさんが教えてくれた。merry christmas、ってけんちゃん。3人で一緒に何も気にしないで遊ぶためのクリスマスプレゼントだった。ほんとに感激した。私が来るとわかるといつだって喜んでサブアカウントに変えてくれた。

その頃から、けんちゃんの知り合いとも一緒に遊ぶことがでてきた。何人かはよく一緒に遊ぶので名前も覚えたりした。Season 4の途中あたりからDiscordに誘われてかれらとVCするようになった。もちろん英語。日本語のできる2人も英語のほうが楽だから、だんだん英語しか話さなくなって、2人の言葉なら少しは分かるけど、他の人達の言葉は殆ど全くわからないし、誰が何を話してるのかも区別がつかない始末。洪水のように流れてく会話の中から分かる内容に反応して、何事かを言うと、誰かが何らか反応を返してくれる、という、すごく当たり前なことが嬉しくて、なんでもないことを話し始めたのは彼らのおかげが一番大きいかもしれない。hello, nice to meet youから始まって、本当に拙い片言、それはいまでも拙いし片言のままだけれど、英語に触れ始めて長い長い間私の中に貯まっていた言葉が、音になって出て来ること、それがコミュニケーションの役に立つこと、もっと言えば、自分の言葉が通じること、それがこんなにも面白いとは思わなくて、Overwatchってゲームを楽しむだけじゃなく、その中で使ったり、使えるようになったり、新しく覚えたり、通じるとわかったりした言葉も同時に楽しんでる。最近は台湾や中国の人たちとも仲良くなってきて、かれらは英語があまり得意ではなかったりもして、お互い片言の英語でコミュニケーションするんだけど、かれらの使う中国語を幾つか教えてもらって覚えたりして、これも喜びが毎回大きくて、楽しくて仕方ない。ゲームする時はいつも近くにメモ帳を置いていて、英語や中国語を教わったり新しく知った時には書き付けて、次の時に使ったりとかして、そうすると相手も驚いて面白がってくれる。私もものを覚えられて、面白い。

rateは1700から2400と、振れ幅が大きくて、決して高いとはいえない数字だけれど、私の成績として2000を超えていれば安心できる気がしてる。

そして気がつけば、3D酔いをほとんどしなくなってた。船に乗り続ける勇気をとってから概ね1年。ポートレートのフレームから星がなくなって銀色になった。

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ぱっと見の表示上はLv1からスタート。炭酸水は未だに手放せないけれど、酔わずに遊べる、っていう、多くの人々にとっては何を言ってるのかわからないほど当たり前なんだろうけれど、ようやくのスタートラインに立てた気がする。

Mercyだけしか使えない所から、今はLucioも金武器、QMならAnaやDvaも出すようになった。aimが出来ないからdpsは出来ないけれど、もうほとんど酔わないんだから、と少し練習し始めたりもしてる。まだ弾は当たらない。当たらないのにやってるとまた目が回ってくるけど、5分で酔って駄目になってた頃からここまでになったんだから、いつかは当たらなくても目が回らない程度にはなるかもしれないし、あわよくばそれ以上に、もしかしたら、弾が当たるようになる日が来るかもしれない。


Moonstream

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7.2で私がBroken Shoreに配置された。夢の様な話。どのrealmに行っても、一心不乱に的を撃ってる私がいる。wowheadにも項目が一つ出来てて凄い。

community tributeというのか、Blizが折に触れてゲームに関連する実在の人物に因んだキャラクタをゲーム内に登場させるのは以前からよく知っていたし、多くは亡くなった人だったり、有名なプレイヤー、開発陣やファンサイト運営絡みの人など、何らかゲームに貢献のあった人かなと思う。同じ時期にin-gameに配置されたSkycaller Faebは絵師のFaebelinaさんで、自分のdruidのキャラクタに関する物語をイラストで発表してる。私はと言うとPvPと物語の好きな普通のプレイヤーで、とりたてて知られた存在でもなにかに貢献したわけでもなく、wowinsiderでインタビューを取り上げていただいたのだけが露出かもしれない。それも随分以前の話。

そのインタビュー記事をきっかけにいろんな外国の方に興味を持っていただいた。今でも読みましたよってお声をいただくこともあるし、それをきっかけに私を訪ねてはらぺこにお越しになるということもある。そんな中のひとりがHotSのhero designをしているMattさんで、その同僚であるquest designerさんが日本にお越しになる時に、こちらのプレイヤーと交流してみたいと仰っているお話を聞いて、近隣のプレイヤーを集めて一席設けたんだ。その前日には丸一日そのご夫妻と一緒に京都を観光して。気候も良くて紅葉の季節だったから私自身も景色を楽しんだし、questがらみの貴重なお話を聞く中で、歴代うんこクエの最新版であるSuramar左下のquest lineは彼の手になることが分かって、ああ私は今うんこクエの作者と1200年の都を歩いてるのかと、なんとも不思議な気持ちにもなり。かれはVal'sharahのメインラインを手がけ、Suramarのそのquestのあと、class hall questに移り、DK、Shamanのラインを書いたんだそう。その前はDraenorのNagrandだったかな。今回のBroken Shoreでは沢山のクエストを手がけているのだと聞いた。

その旅行と交流の席が本当に楽しかったんだと思う。お別れする直前、かれは私をin-gameに配置する、Hunterだよね、って言ってくれて、そこから数ヶ月、family nameは何が良いかなってメッセージに、方丈記の冒頭を示してヒントになるかしらと聞いてみたら、Moonstreamって何ともNEらしい素敵なfamily nameをつけていただいて、Broken ShoreのDeliverance Pointの一角で、私よりもずっと一生懸命にかかしを叩いてる。装備してる金縁の青いマントはずっとこだわりって装備していたもので、また血の滲んだ包帯は、今よりもまだずっと弱かった頃、BGでもarenaでも負け続けてるHifaはきっと生傷が絶えないんだろうと身に着け始めた、初心を象徴するもの。7.1.5時点でのお気に入りを忠実に装備させてもらってるのも感激。

昔、Ultima Onlineってゲームではvolunteerもしていた経験があって、robed volunteerだと活動を労うフェアのときなんかにはstatueがin-gameに配置されることもあるんだけど、期間が限られていて、概ね一日二日で撤去される。通常のプレイで使用するキャラクタでvolunteerするcompanionではそういうことはあり得なかったと記憶してる。いずれも一般playerであるvolunteerの特別扱いを避けるためだったんだろう。そんな経験から、communityとの親和性がUOよりも遥かに高いWoWだとは言っても、一般playerである私がin-gameに配置されたのはやはり特別だってことは、本当によく分かる。きっと、お二人にとってはそれに値するぐらい、京都を旅して現地のWoW playerと過ごして下さった時間が特別なものになったんだなって思ってる。

私にしてもこの何年かで何度か外国の方をお迎えしては一緒に観光して回っていたけれど、特にこの一年で、地元を知る人間と一緒に回ることで旅って随分楽しくなるんじゃないだろうかって思うようになった。私にすれば当たり前の習慣や景色も、旅行者にとっては一生に一度のことで、それを話したり見てもらったり、経験してもらったり、ってすごく楽しくて特別なことなのかなって。英語は少ししか話せないけど、そのごく僅かな英語でも、使えるだけでとても役に立つんだなあって、そんな風にも思うようになった。

骨をうずめるつもりだったBritanniaはとうに去ってしまったけれど、Azerothは、いつか私がいなくなっても、私がいるんだな。

Three's Company: 2000

前回いろいろ書き留めて、なんだかすっきりして、日に何度かhunterでBGをし、酔いをこらえながらOverwatchをし、D3の新シーズンをし。pug arenaはもうやる気にもならなくて、それは多分、ずっと前に書いたように心をシェアできないと私はarenaしてても気持ちよくないからなんだって、pugの人でそれが出来るなんてことはまず無くて、ごくまれにあっても、馴染まない人とやる緊張感から逃げ出したくなることのほうが殆どで、battle tagを交換することもあったけど同じ人と二度遊ぶことはなかったし、慣れたclassのhealerが来てくれた時でも、慣れたarenaの控室に飛び込んで、扉が開いて勝っても負けても、私の求めてる楽しさが得られなかった。

ある時Agorinaさんが今日Kenちゃんarena出来るらしいでって教えてくれて、じゃあ10時ねって約束をして、あらゆる用を済ませて待機。でもその日は開始前から最悪だった。そもそも体調が最悪で、約束した10時の時点もいろいろあって最低の気分からスタート。久しぶりの試合に噛み合わないことが多く、ありえない突然死があったり、勝てるはずのシーンを勝てないことが何度も重なって、苦い顔してるのがVC越しにも伝わったんだろう、Agorinaさんが大丈夫かってwhis入れてきたのに対して何も包まずそのまま答えたら、そんなのはいいから目の前の試合に集中しろって。いいわけはなかった。諦めてたarena、ずっとずっとやりたかった2人とのcupidで、season最後になる夜、これが終わったらもう何ヶ月もarena出来なくなるっていうのに、なにが最低でも試合内容だけは納得したかった。でもそのやり取りからあと、teamがとても研ぎ澄まされた感じがしてきて、出来ることを取りこぼしてしまうようなことが目に見えて減った。それだけじゃなくて、とても気持ちよく勝てることが増えてきて、1800台まで落ちてたMMRは1900にかかり始めて、じわじわ上がったり、負けたらもちろん下がるんだけど、確実に上がっていって、2000を超えても同じ勢いで戦っていなしていけた。jungleとfrozen chickenには毎回負けて、正直どうにも糸口が見いだせなかったけれど、turboだとかTSGだとかebolaには負けなかったんじゃないかしら。

queue係をすると毎回rateを目にしちゃって、そうすると私がナーバスになってちゃんと試合ができなくなるからというので、いつからかその役はAgorinaさんがやってくれてたんだけど、KenちゃんがDCして負けた試合のあと、今の試合はDCがなければ勝ってたし、勝ってたら2kだった、って、そう言われてから、1試合ごとにcurrent rateを見てしまって、だってもうその頃には深夜も深夜で、Kenちゃんには遅い時間だったからいつ終わりになってもおかしくなかったし、1900後半を過ぎて、rateが上がるごとに自己記録を更新してたから、最高の数字をスクリーンショットに残したかった。1991になったときに来た相手はholy paladin、moonkin。あと一人がfrost mageだと私たちが殆ど勝ったことのない、その夜も一度も勝ててないfrozen chicken。これを勝てば2kなのに、相手の3人目はやっぱりfrost mageで、3人共ああーこれは駄目かなあ、おれlosするわ、なんていう話をしながら開幕を迎えて、案の定で相手はretであるAgorinaさんを狙いまわす、それをかれは欲を出さずに視線を切って乗り越えて、切り返して、残ってるスクリーンショットを見ると、最初に倒したのはmageだったのかな。それからmoonkin、paladin。

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2人は遥かな上の経験者だから、もちろんachievを出したのは私だけ。でも2人とも凄い凄い喜んでくれて、Agorinaさんなんかは自分の時よりも嬉しいって言ってくれた。その後一緒に遊ぶいろんな人に、Hifaはついに2000を取ったと、私の代わりに伝えてくれてたぐらい。arenaから出てきてからずっと2人は祝福しまくってくれて、Kenちゃんがふと写真を撮ろうって言ってくれて、どこがいいかなってなったとき、やっぱりarenaがいいよね、ってなって、Nagrandまでみんなで飛んで撮ったんだ。試合はFrostmourneのキャラだったKenちゃんは、記念撮影するならHarapekoのキャラが良いねって、わざわざccして飛んでくれた。

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恐竜頑張ったからねえ、と、恐竜を真ん中に撮影したり。

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寝そべってまったりしたり。

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円陣組んで作戦会議したり。

初めてMMR 2kを経験した時は本当に泣きそうになるほど怖かったけど、今回のMMR 2kはまだ全然上に行ける感だった。まだまだ上がれそうだし勝てると思ったけど、CRで2005、2k達成どころか5も超える数字と、二人の祝福で、最初の気分なんかもうすっかりとんでいって喜びしか無くて、ここで今seasonはおしまいに。一晩が明けて、あとから考えると、Kenちゃんのhealっていうのは本当に凄いもので、ただHPを戻すだけではなくて、危険を予測する能力が半端ない。最初はよくわからなかったかれのhealの癖、それは多分かれも同じだったんだろうなあと後から思ったんだけれど、恐らくかれは私がダメージを受けすぎてしまうことや、やりがちなミスを覚えて、カバーしたりフォローしてくれてたんだ。trapが繋がらなさそうだと思ったら先にfearしに行ってくれたり、危険に気づいてなければgripしてくれたり。かれと3人でやりこみ始める少し前に、Kenちゃんのhealのかんじを染み込ませたいからもっとたくさんやりたい、ってAgorinaさんに頼んだことがあったけど、Kenちゃんのhealを知るためにやってたarenaで、Kenちゃんも私を把握してたんだろうなあって。

私がたびたび「800だった」「1300だった」という話をするのをAgorinaさんは嫌った。そうやって弱い自分を決め込んでそこへ逃げているのがいけないと言った。かれにものを教わるにあたって、私はいろんな昔と決別していった。頼ってきたaddon、使い慣れたkeybind、skill、いろいろ切り捨てて、かれの使うret paladinと上手く噛みあうBM hunterを作っていった。変化を極端に怖がるってことはかれも知っててくれていて、その恐怖やら不安やら、不満やらを受け止めてくれながら、1つずつ、手放して、馴染んでいった。そんな中で多分、言ったことがあるんだと思う、昔はすごく弱くて、こんな人やこんな人がいて、色々なことを教えてもらって、って。使い慣れたaddonのことか、skillのことかで不満を言ったんだと思う。今でも胸に残ってるかれの言葉は、「弱かった時の思い出が大事なのは分かったし、それを捨てろとは言わない。で、その時の自分って今も必要?」。過去一緒に積み上げてきた人たち、一緒に見つけて行ったやり方、それがあって今の自分がある、けど、その時と今の自分は違うって。Oharuさんもずっと前に言ってくれたんだ、あの頃のHifaさんはもういないんですよって。弱かった自分は大事だけど、弱かった自分はもう要らない。その言葉のおかげで、beast cleaveでこれに行き着いたって思い出に固執して最後まで抵抗したBinding shotも手放すことが出来た。

でももし言っても良いのなら、何年か前あんなに弱かった私が、1750は無理かなって言われてた私が、AgorinaさんとKenちゃんのおかげで、それを遥かに超えて2000を踏めたんだなあと思うと、あまつさえKenちゃんが、たとえどんな社交辞令でも冗談でも、次は2200だねって言ってくれてると思うと、今まで私とのPvPに関わってきてくれた全ての一人ひとりに感謝が止まらないし、2人には何度感謝を伝えてもおさまらないし、どうかこれからもよろしくねって気持ちでいっぱいになる。

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取った日はちょうど私の誕生日。最高すぎるプレゼントだった。

*Hello,

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初めてRivalなんてtitleをもらって、次も取れるか分からないから、とずっとこのtitleで過ごしてきた。

Rival。3onで上位10%の成績を残したって証。MystaさんとAgorinaさんのおかげ。push中ずっと支えてくれたぜふぁさんのおかげ。そしてもちろん、始めたばかりの頃、うんこよりまだ弱かった頃に一緒に遊んでくれたあらゆる人々のおかげで、今となっては連絡のつかなくなった人を除いては一通り知らせて回った気がする。そうして、前を向こうって、決意を新たにしたんだけど、いかんせんS18/Warlords Season 3はしまりのないseasonで、PvP的には新たな調整も、大きなgear upや見た目の新しさもなく、Legionのリリースが8月末と判明してる以上long seasonになることも確定してる上、casterには厳しいことにkick botterがこれまでになく蔓延してて、Hutabaさんが丸一日discしててPenance castできたの10回だった、なんて話を聞かせてくれたこともあったり、有名配信者にしたってkick botterを排除してくれるならもう10ドル上乗せ課金したって良い、みたいな表明をするほどどうしようもなかったりして、私の周囲ではhealerさんから徐々に、いなくなっていった気がする。それからlong seasonに飽きが来た人たちが様々な経緯を経てフェードアウト。

RBG的には、それなりに勝ったり負けたりしてたと思うんだけど、MMRで比較した時に勝てるはずと思っていた相手に負けた印象が強く残ってるところに、MMR通りに手も足も出ない相手が来てこてんぱんに伸されるという週が増えてきて、1600か2k overかの2択でしかマッチングされなくなってきた頃からだんだん。良い時も悪い時もあるし、一歩でも二歩でも歩みを重ねていけば必ず先にすすめるから、って、良い声掛けのできなかった私の負うところでもあり、でもこのlong seasonとしては、参加してくださっていた人たちの人脈を通してhelp下さった人たちのおかげで、随分楽しく遊ばせてもらえたかな。

arenaは、やり方を色々と変えていったseasonだった。あれほどに頼ってきたSAを使うのをやめ、WAで出してきたalert類も随分消した。SAを入れてからのPvPはまるで歌を聞いているようだった。その声で各classのabilityを覚え、major CDのdropを把握し流れを掴んできた。オフにした当初はまるきり何もわからなくなってしまってそれはそれは困惑した。SAの声だけじゃなく音そのものが世界から消えてしまったようで、静かな中手がかりもなく戦闘して、耳には何の音かわからない効果音とpartnerのVCで叫ぶ声ばかりで。reckもわからないのでpet sacriが入らない、mass refもわからないのでtrapが跳ね返される、groundingもわからないのでtrapを吸われる、polyも聞こえないのでkickできない。これが、時間と試合を重ねるごとに見えるようになってきた。platebuffsってaddonでbuffを見るように。そのうちに、上がってるかどうかに気を配るように、fakeしてみたりするようになった。そう導いてくれたのはAgorinaさんで、それはそれは辛抱強く、私の不満や不安を聞き、未体験からくる失敗を許し、方法を教え、改善し、リトライさせてくれた。Spell Alertに頼りすぎて見えなくなっていたものをそうして見せてくれた。欠如してる感じは未だに抜けないけれど、半年が過ぎた今となっては、あっても恐らく変わらない。判断を妨げる原因になってしまうかもしれない。

Kashiwagiさんは少しの間だけ遊んでくれた。HotSの厳選されたskillに馴染んだかれはarena何でこんな難しいねんとこぼすこともあった。以前のようにhealerを守って戦わなくなってるのは知ってたけど、Kashiwagiさんとやってもそうだったことには自分でも驚いた。守らなきゃならないとどうしてだか思わないhealer、それは、守らなくてもいいからだけではなく、healer自身が相手のCD状況などから自分で位置を調整し私をコントロールするからであったり、set upが明確なcompでやって私自身も状況が分かりやすかったからっていうのもあったからなのかもしれないけれど、そういう人と何ヶ月かやったあとになってみると、hunterの身で人を守るってことの不可能なことを受け容れていたのかもしれない。私の手が助けになる瞬間を多少なり分かるようになったのもあったかもしれない。それが上手く回ったと思えるところまで詰められなかったのは、残念だったけれど。

安定したrateで遊べたのはAgorinaさんとKenちゃんとのCupid。言葉の面でもこの3人で遊ぶのは楽しかった。3人ともが英語と日本語を解し、私だけが英語を話せない。2人の英語を聞き、私は日本語で返し、時々は英語で話しをして。2人はそれぞれ遥かに上のrateを経験していて、特にKenちゃんは私の拙さがもどかしかったりもしたと思う。Agorinaさんもよく指摘してた「忘れる」ことがとても気になったよう。私は覚えが悪い。一度二度で覚えられる人には決してわからないことなんだろうけれど、繰り返して身に染み込ませて身に付けないといけなくて、覚えて忘れるプロセスを気が遠くなるほど繰り返さなくてはならない。arenaでの戦闘を身につけるのは私にとっては言葉を身に付けるのととても似てる。音を聞き唇で形を作り音を出す、その意味するところは恐ろしいほどの失敗と試行錯誤を重ね重ねて把握する。Cupidは最高で1935まで上がり、50ほど落として終わった。MMRは2k前後ということも珍しくなくなってた。前は泣き出しそうになるほど怖かったけど、今回は手強さを感じこそすれ、まるで怖いと思わなくなってた。Kenちゃんのリアル都合があり、ゲームへの意欲の減衰もあり、Agorinaさんの興味の変遷もあり、pushはそれ以上できなくなった。

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2k、こんどこそ踏めるかなって思ってたけど、やっぱり駄目だった。最後の日にやった試合は50ぐらい落として1800台後半、rateは上がったり落ちたりするし、調子の悪い時も集中力の切れる時もあるから次回上げればいいかって、その次回が来なくなった。恐らくこのままのseason終了でRival圏からも外れる。でもなんだか、焦らなくなった。諦める方向ではなくて、厚かましい物言いだけれど、いけるって、AgorinaさんとKenちゃんとでやればできるって確信できたから、pushはそりゃあしたいし、arenaだって毎日飽くほどやったって足りないんだから、こればっかりはもう、言い出すとほんとに大きな声で泣きたくなるほどにやりたい、ただ、2kって大きな目標に関しては、焦らなくなった。

WoWを3度めに始めたときの決意の根拠のとこが少し前に消滅してしまって、頑張る理由がもうなくなってしまった気もして。もう一つについても大事にしてきたものを欠いた状態、それを選んだのも私自身、ずっといろいろ見いだせない。でもそれもこれも、人が居て成り立つもので、seasonもexpansionも新しくなるのを待ってる長い長い中休みの時期とあっては、ときに地上に1人取り残されたようにも感じてしまって、premade finderを覗いては閉じたりたまにhealerを拾って遊んでは捨てたり捨てられたり、BGで無双しては手応えのなさにがっかりしたり。random BGやskirmishをほそぼそとやり続けるのはまるで芽の出ない鉢を縋るように信じて水をやり続けているようにも感じたりして。

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Twitterにいろいろ書きつけるというのは手軽なんだけど指の間から零れていくものを留めるにはやっぱり向かなくて、書いておかなきゃって焦燥だけが募るので、間近に感じたことだけでも。

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一番大きかったのはやっぱりArchimonde討伐達成。ずっとogreやorcしか出てこなくてほんとに興味の持てなかった前2つのraidに比べ、Hellfire Citadelの物語性といったらなくて、IskarとArchimondeにraidに呼び戻された感もあって、だからArchimondeの討伐はひとしおの喜び。特にこのencounterは何故だか最初からとても好きで、ラスボスだけあってそれはとても困難があって、一つの対処の間に別の対処の必要があったり、raidもとても痛かったり、位置の取り方も微妙だったり、軽く絶望感あったりもしたけれど、でもやる度に楽しくて。それはRLしてくれてるMazlさんがtacを丁寧に整理してみんなに分かりやすい動きを考えてくれたり、Siegさんがdebuff見て指示をくれたり、Auraさんが自分の高いdpsの割り振りをとても良く配置してくれたり、raidに参加してるみんながgear upしながら、避けたり集まったり叩いたりに慣れたり、そういうものに少しずつ対応していけるようになっていったりっていうことを重ねて重ねて、9月の最初頃倒した時は嬉しかったなあ。

raidから離れてた間、ぜふぁさんがencounter中に撮ったすっごい良い笑顔のセルフィ送ってきてくれたり、gearもないtacもわからない私をヘルプ要員として時々呼び入れてくれたり、なんだか、そんなこともないんだろうけど、いつ戻ってきてもいいよ、早く帰って来いよって言ってもらってたのかなって勝手に思ってたりして、それで戻ってきた私をまた受け入れて一緒に遊んでもらって、それなりに頼ってもらって、そうしてNormalを完走したのがひとしおの喜びでもあり。

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同時進行でやってたZakuunはNormalの雑魚ぶりからは想像もつかないほどのハードモード。踏む、debuffをもらう、波を遮る・遮らない、たったこれだけなのに受ける度に壮絶に痛くて、柱を出す位置、踏む人踏まない人、seed捨てる場所、色々調整して何夜もかけてやっとぎりぎり討伐したのに、lootが終わったらみんなピューーーって次行っちゃって、あ、あれいいの記念撮影。。みたいな感じに。私とMazlさんとMuretさんの3人しか記念撮影してないという圧倒的な雑魚扱いっぷりに吹いた。

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そしてHeroic Iskar。やることはNormalと同じだけど、火がくそ痛くて風がくそ早くて、火を踏まず、目の受け渡しを間なしにやらないとwipeする。ranged/healerとmeleeの間が遠いと受け渡しできなくて、初日はそれで詰まってしまい、翌週のtryでは開始前にgroupと並びを徹底的に調整してもらって成功したんだったかな。healerはどこかのタイミングでは必ず目が回ってくるものだから、目を持っても焦らないようにしないとなあ。

キャプチャ

MannorothのP3。この線が来るとMazlさんやMystaさんが必ず「みーみみみみ」って鳴き始める。何の音を模してるのかは分からないけど、線の音はこれみたい。

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メジャーリーガーの高dpsのひみつ。万難を排してFってフレーズがツボ。めかぶさんのdeathのキーがFで、そこから広まったexecute = F。Auraさんはおばかなはらぺこ用語をあのクールな声で何の躊躇いもなく言ってくれるのでいろいろツボる。たとえばムキムキ。必要な瞬間に「ムキムキ」だけ言って入れてくれたり、「おたこんさんムキムキ」って指示してくれたり。あんまりにそれが馴染んでるものだから、メジャーリーグで言っちゃったらどうしようってみんなで心配してたら、あっちではちゃんと綺麗な発音でrallyって言うんだって。Auraさんがコンスタントにはらぺこraidに参加してくれてるって知ったのはraidに戻ってからのこと。メジャーリーグで活躍しながらもはらぺこraidを我が事としてとてもとても大事に思ってくれてる。こんな嬉しい事ってない。

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arenaで今まで見たことないrateに届いた。SS残してたのはここまでだけど最高で1914か6。Agorinaさんは最初から、前回1900まであと一歩だった夜から言ってたんだ、1900超えたら壁感じるよって。その次は1950。2kまでは一ヶ月ぐらいかかるって。実際、1900を超えてからの試合は凄かった。healerが食らったcsの間に死んでしまう。tunnel visionで視野狭く敵を追いかけて、危機に気づけず、僅かな隙に凄い速度でHPを全部持っていかれる。頼ってきたAgorinaさんのコールを聞いてからの対処ではどれだけ早くしたってもう間に合わない。これまで100上がる毎に感じてた差のなかで一番激しくて、相手のやり方も整っていて無駄がない。分かってはいたけどこのrateでの戦闘に経験のない私が一番弱くて、殆どの試合で私が原因で負ける。detが遅い。低いrateからずっとずっと言われてきたこと。タイミングが悪い。出来るサポートをしてない。初めて晒される勢いと、これまで胸に積み重なってきたものがごちゃまぜになって、とても怖くて、口を開けば泣き出してしまいそうに。Agorinaさんは大丈夫おれがいるって励ましてくれた。Mystaさんも私の失敗を決して強く言わなかった。それでも怖いのはどうにもならなくて、配信してぜふぁさんにそこにいて、ってお願いして。泣き言を言うといつもの調子で返してくれて、試合負けると厳しいねって言ってくれて。2人に2時までお願いした試合をほとんど負けて終わったあと、お疲れ様ね、お風呂入ってまた明日から本気だそう、ってくれたメッセージには泣いた。MystaさんとAgorinaさんも、終わってからもずっと話してくれて、しょうがないから落ち込むなって、明け方まで一緒だった。800だった私がいま1900なんてとこに手を触れて、もちろんがつんと落とさて、分かってはいた、そんなことはずっとずっと昔から知ってはいたけれど、2kってなんて遠いんだろう。やることは同じなんだよ、ってMystaさんはいつも言う。確かにその通りで、これまでを思うと、試合数をこなしてそのrateの戦いに慣れて、上に行ってた。変わったことをしたんじゃなくて、同じことをして、同じことをより上手にやるようになっていったんだと思う。ここから伸びるのにどれだけ上手にやらなきゃならないか、わからないけど。

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MMRで1984。勝てば上がるし、負けると愛想もないほどごりごり下がる数字だけど、私の入ったteamでこんなMMRを見るとは思わなくて。

arenaやってこんなに涙腺が痛かったのはいつ以来だったか。insanityに気づかないでぜふぁさんを死なせた試合を見返した時。ずっとやりたかったpushが思うように行かなかったseason最終日。S17最初の頃、pugのpriestにそんなにlos切らないでって言わて、Kashiwagiさんからの視線をどれだけ、どれだけ自分から切ってしまったんだろうって愕然とした時。胸の内にあったいろんなこと。誰とも踏み入れたことのないrateに踏み入って、そういうのがみんな一気に押し寄せてきたのかも知れず。

carryは絶対嫌だって、Agorinaさんにごねたことがある。MystaさんもAgorinaさんも遥かな上の経験者。私は引っ張りあげてもらうほう。そうしたらかれは繰り返し言うようになった。carryは無理って。試合の後も、分かったやろ、carryじゃないねん、それは自分の実力やねん、もしcarryっていう奴がいたらお前がやってみろっていうねんって。Mystaさんはもっと低いところからずっと、carryなんて出来ないからねえって、誰とやってもそう言ってた。前から思ってたようにここからは卑屈になる自分とも戦うことになりそうだけど、2人はそこもよく理解して受け入れてくれるから、乗り越えていかなきゃ。
Hifa Lo-na
Katanaから3年の星間飛行を経てAzerothへ軟着陸。惑星の知的生命体Night Elfの姿を模して生息中。
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