Hifa the Night Elfのtunnel vision生活

突起物よ永遠なれ。

All that matters is this moment.

Antorus Minimalist Guideを勝手に訳したよ

Antorus: the Burning Throneって新しいraidが開放されてて、それに先立って超簡略なtacまとめがあるよと放課後組で教えてもらったものがドット絵でbossが表現されていてとても素敵だったので勝手に日本語版にした。

作ったのはMaurice Reimannさんという人で、MMO Championで公開されてた。これを元に動画見てfatboss読んで動画見て動画見て言葉を当てて画像に上から文字を書き込んでいってって作業は凄い楽しかった。GIMPなんて何年ぶりに使わせてもらったよ。

Minimalistと題されてるだけあって書かれてることはほんとに一部。見ればわかるものとか基本的なことの一切だけでなく知らなきゃいけないことも相当省かれてる(どのぐらいミニマルかっていうのはこの人の他のminimalist guideを見るとよく分かる)。Fatboss.TVとは違う方法が示されていたりもする。

やり方って1つじゃないと思う。新しいraidに挑むにあたって予め動画を見ておくだとかtacを調べておくだとかってよく言われる中、PTRで先に試してきた人たちが「俺らこうやったよ、これがやばかったよ、こうしたらうまく行ったよ」ってシェアしてくれてることを、やり方の1つの例として身内にシェアするのは予習の1つになるんじゃないかな。世界中で何百万って人たちが同じencounterに対峙するのに、不思議な事にraid毎、グループ毎に最適な解決方法は千差万別。参加する人によっても変わってくる。私はそういう調整の過程、encounterに慣れてうまく対応できるようになって「うちのやり方」を探り当てていく過程はすごく好きだし、かれらの方でも決して、この通りやってくれって意味で公開してるわけじゃないはず。

画像一枚にまとめてるせいですごく大きいから縮小表示にしてあるけどクリックしたら多分フルサイズで見れる。
(12/17追記。version 3が出ていたので更新。version 2はこちらに残しておく)

ただしencounterのネタバレといえばネタバレなので。初見特攻したい人には向かない。
minimalistAntorus_v3_J


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Legion Cinematics

過ぎる時間の遅さから逃れるために時々翻訳に没頭する。こういう時は言葉を知らないことが吉と出る。することがとても多くて時間が飛ぶように過ぎる。動画に字幕付ける作業は訳より時間がかかるから更に良い。この夏ちょうどそういう機会があって、Thalyssraが好き過ぎる熱が上がってたのもタイミングが良く、Suramarのin-game cinematicから手を付けて結局今見れるLegion cinematicsに字幕をつけた。

英語を聞き取るのは苦手で、聞こえる言葉が増えてはいるけど、分からないことには変わりない。自分で見聞きする分には構わないけれど字幕をつけるのには全部きちんとわからないと使い物にならない。in-game cinematicは英語字幕があって、文字になってる英語は随分と把握できる。Blizzardが発表する動画には基本字幕はついてなくて、ファンが書き起こしたtranscriptを頼ることになる。それも見つからないと私はお手上げ。それでin-game cinematicをネタに選んだのもある。それが最近youtubeで公開されたteaser、in-gameで使われない7.3の予告動画に公式英語字幕が付いたり、audio dramaに公式transcriptが同時公開されたりと、英語を聞くのに不自由する我々に配慮した対応をしてくれて、ユーザの一部、ファンの一部と認めてもらえたようでとても嬉しい。
全部放り込んだプレイリストの他に、launch前のpromotionで公開されたHarbingers3部作のリストも作ってみた。

以下それぞれ感想。いずれもついてる日本語字幕は素人の私が勝手につけたものであって公式なものではありません。間違いもあるかと思うので何卒ご容赦を。
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船に乗り続ける勇気

子供の頃から乗り物酔いが酷い。大人になってからも人の運転は駄目だし、3D酔いももちろん酷くて、古くはDOOMやQUAKE、Nights、風のタクトもゲロ酔いしたし、珍しいところではDQ7かなんかでも目を回してた。映画も一人称視点だと酔うから分かってれば避けるし、素人撮影風の演出で画面が揺れると駄目で、第9地区は劇場から退出してしまった。

MMOが2Dの時代は良かった。UOは殆ど酔わなかった。友人に誘われてやってみた大航海時代は終始酔ってた。EAがしばらく日本で運営してたSWGも長時間は遊べなかった。WoWも最初は5分で駄目だった。これだけはどうしてもやらなくちゃいけなくて、5分で酔っては2時間休み、10分で酔っては2時間休み、3度めに復帰する頃にはそんなに酔わなくなったけど、何年も経った今になっても、体調によっては目が回るし、道のわからないことが続いたり天井の低いところを歩くと気持ち悪くなる。

FPSなんてもちろんあり得なかった。Overwatchが発表された時、次回作がFPSだと分かってがっかりしたものだった。Blizzardのゲームだから面白いのはわかってる。けどFPSじゃあ私には遊べない。オープンβを大々的にやったのが去年の5月頭。予約した人と、その人から招待コードを貰った人がオープンβに参加できた。昔私を最初にarenaに誘ってくれた友達が、他にあげたい人も居ないから、とくれたコードで参加してみたのが、5月の3日で、最初に選んだのはTracerだったみたい。
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bronze枠でLv1。Tracerはblinkして壁に当たることが多くすぐ酔ってだめになった気がする。

少し遊んでは酔っておしまいになってたけど、僅かな時間の間に起こったことを一つ一つ話して聞かせてたから、自分で思ってるより楽しんでたんだろう。背景にあるお話にもとても惹かれて、公開された動画は順繰りに見たし、wikiも読み漁ったし、それをまた誰かに聞かせてもいた。3D酔いをしない方法もいろいろ調べた。乗り物酔いと基本構造は同じで、体調を整える、睡眠不足をしない、満腹にも空腹にもしない、気を紛らわす、梅干しを食べる、炭酸水を飲む、そして何より効くのは乗り物酔いの薬を飲むこと。船酔いの話も調べてると出てくるんだけど、対処方法は、乗り続けるか乗らないかしかないんだって。私が船に乗り続ける勇気を選んだのは5/25。

ゲームをするにあたっては、動かない画面の枠を視界に入れることが大事らしいので、フルスクリーンじゃなくwindowedに。少しでも負担にならないために表示と音声を日本語にした。壁をよじ登るGenjiとHanzoは壁を登ったら酔うから駄目だった。OWのアイコンであるTracerはblinkで自分や相手の居場所がわからなくなって酔う。Lucioも駄目で、これはspeed boostで画面が自分の思うより早く動くのと、動きを止めてもローラースケートのせいで少し余分に動くのが原因。わからないことが酔う原因にもなったので、skillや使い方の分からないheroは厳禁。melee距離でグルグル回るのもx。デフォルトがいくつだかもう忘れたsensitivityは早く回らないように5ぐらいまで落とした。そうして手探りして、Mercyだけは他ほど酔わない事がわかった。

一緒に遊んでる人たちは時間を追う毎にいろんなheroを試して使えるようになっていったけど、私はまず酔わないところが大事で、配慮してもらっても、念入りに準備してもまだ酔ってダメになることが多かった。しかもFPS未経験で、敵を狙って撃つことも覚束ない。誰よりも誰よりも遥かな後ろからのスタートだった。

OWのオープンβに参加した人数が970万人だって話を聞いた時、世の中3D酔いしない人がそんなにたくさん居るんだって、正直妬ましく思った。その後も、その人数は増え続けて、今では3000万人も居るらしい。

competitiveが始まってからも負い目は残ったままで、他の人達の足を引っ張ることが多くて、自分から誘うことが出来ず、誘われても断ってしまっていた。週末にMattさんやAgorinaさんとやるだけで、QMのほうが気持ちも楽だ、と言ってからは、Agorinaさんと一緒に遊ぶ時は彼がその言葉に配慮してくれて、QMにqueueしてた気がする。arenaを一緒にやってたAgorinaさんとけんちゃんと、OWも一緒に遊び始めたけど、せっかく2人の上げたrateを私が下げるのがとても申し訳なくて、本当はやりたいけど、competitiveを2人がやってる時は邪魔しないようにしてた。あるとき、けんちゃんが新しいアカウントを作ってOverwatchを遊び始めた。competitiveをするのに必要なLv25まで一緒にquickしようと、Agorinaさんと3人で遊び始めたりして。ちょうど年末頃で、頑なに遠慮する私のために、rateを下げてもかまわないアカウントにするのにけんちゃんが新しいのを買ったんだって、Agorinaさんが教えてくれた。merry christmas、ってけんちゃん。3人で一緒に何も気にしないで遊ぶためのクリスマスプレゼントだった。ほんとに感激した。私が来るとわかるといつだって喜んでサブアカウントに変えてくれた。

その頃から、けんちゃんの知り合いとも一緒に遊ぶことがでてきた。何人かはよく一緒に遊ぶので名前も覚えたりした。Season 4の途中あたりからDiscordに誘われてかれらとVCするようになった。もちろん英語。日本語のできる2人も英語のほうが楽だから、だんだん英語しか話さなくなって、2人の言葉なら少しは分かるけど、他の人達の言葉は殆ど全くわからないし、誰が何を話してるのかも区別がつかない始末。洪水のように流れてく会話の中から分かる内容に反応して、何事かを言うと、誰かが何らか反応を返してくれる、という、すごく当たり前なことが嬉しくて、なんでもないことを話し始めたのは彼らのおかげが一番大きいかもしれない。hello, nice to meet youから始まって、本当に拙い片言、それはいまでも拙いし片言のままだけれど、英語に触れ始めて長い長い間私の中に貯まっていた言葉が、音になって出て来ること、それがコミュニケーションの役に立つこと、もっと言えば、自分の言葉が通じること、それがこんなにも面白いとは思わなくて、Overwatchってゲームを楽しむだけじゃなく、その中で使ったり、使えるようになったり、新しく覚えたり、通じるとわかったりした言葉も同時に楽しんでる。最近は台湾や中国の人たちとも仲良くなってきて、かれらは英語があまり得意ではなかったりもして、お互い片言の英語でコミュニケーションするんだけど、かれらの使う中国語を幾つか教えてもらって覚えたりして、これも喜びが毎回大きくて、楽しくて仕方ない。ゲームする時はいつも近くにメモ帳を置いていて、英語や中国語を教わったり新しく知った時には書き付けて、次の時に使ったりとかして、そうすると相手も驚いて面白がってくれる。私もものを覚えられて、面白い。

rateは1700から2400と、振れ幅が大きくて、決して高いとはいえない数字だけれど、私の成績として2000を超えていれば安心できる気がしてる。

そして気がつけば、3D酔いをほとんどしなくなってた。船に乗り続ける勇気をとってから概ね1年。ポートレートのフレームから星がなくなって銀色になった。

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ぱっと見の表示上はLv1からスタート。炭酸水は未だに手放せないけれど、酔わずに遊べる、っていう、多くの人々にとっては何を言ってるのかわからないほど当たり前なんだろうけれど、ようやくのスタートラインに立てた気がする。

Mercyだけしか使えない所から、今はLucioも金武器、QMならAnaやDvaも出すようになった。aimが出来ないからdpsは出来ないけれど、もうほとんど酔わないんだから、と少し練習し始めたりもしてる。まだ弾は当たらない。当たらないのにやってるとまた目が回ってくるけど、5分で酔って駄目になってた頃からここまでになったんだから、いつかは当たらなくても目が回らない程度にはなるかもしれないし、あわよくばそれ以上に、もしかしたら、弾が当たるようになる日が来るかもしれない。


Moonstream

20170329

7.2で私がBroken Shoreに配置された。夢の様な話。どのrealmに行っても、一心不乱に的を撃ってる私がいる。wowheadにも項目が一つ出来てて凄い。

community tributeというのか、Blizが折に触れてゲームに関連する実在の人物に因んだキャラクタをゲーム内に登場させるのは以前からよく知っていたし、多くは亡くなった人だったり、有名なプレイヤー、開発陣やファンサイト運営絡みの人など、何らかゲームに貢献のあった人かなと思う。同じ時期にin-gameに配置されたSkycaller Faebは絵師のFaebelinaさんで、自分のdruidのキャラクタに関する物語をイラストで発表してる。私はと言うとPvPと物語の好きな普通のプレイヤーで、とりたてて知られた存在でもなにかに貢献したわけでもなく、wowinsiderでインタビューを取り上げていただいたのだけが露出かもしれない。それも随分以前の話。

そのインタビュー記事をきっかけにいろんな外国の方に興味を持っていただいた。今でも読みましたよってお声をいただくこともあるし、それをきっかけに私を訪ねてはらぺこにお越しになるということもある。そんな中のひとりがHotSのhero designをしているMattさんで、その同僚であるquest designerさんが日本にお越しになる時に、こちらのプレイヤーと交流してみたいと仰っているお話を聞いて、近隣のプレイヤーを集めて一席設けたんだ。その前日には丸一日そのご夫妻と一緒に京都を観光して。気候も良くて紅葉の季節だったから私自身も景色を楽しんだし、questがらみの貴重なお話を聞く中で、歴代うんこクエの最新版であるSuramar左下のquest lineは彼の手になることが分かって、ああ私は今うんこクエの作者と1200年の都を歩いてるのかと、なんとも不思議な気持ちにもなり。かれはVal'sharahのメインラインを手がけ、Suramarのそのquestのあと、class hall questに移り、DK、Shamanのラインを書いたんだそう。その前はDraenorのNagrandだったかな。今回のBroken Shoreでは沢山のクエストを手がけているのだと聞いた。

その旅行と交流の席が本当に楽しかったんだと思う。お別れする直前、かれは私をin-gameに配置する、Hunterだよね、って言ってくれて、そこから数ヶ月、family nameは何が良いかなってメッセージに、方丈記の冒頭を示してヒントになるかしらと聞いてみたら、Moonstreamって何ともNEらしい素敵なfamily nameをつけていただいて、Broken ShoreのDeliverance Pointの一角で、私よりもずっと一生懸命にかかしを叩いてる。装備してる金縁の青いマントはずっとこだわりって装備していたもので、また血の滲んだ包帯は、今よりもまだずっと弱かった頃、BGでもarenaでも負け続けてるHifaはきっと生傷が絶えないんだろうと身に着け始めた、初心を象徴するもの。7.1.5時点でのお気に入りを忠実に装備させてもらってるのも感激。

昔、Ultima Onlineってゲームではvolunteerもしていた経験があって、robed volunteerだと活動を労うフェアのときなんかにはstatueがin-gameに配置されることもあるんだけど、期間が限られていて、概ね一日二日で撤去される。通常のプレイで使用するキャラクタでvolunteerするcompanionではそういうことはあり得なかったと記憶してる。いずれも一般playerであるvolunteerの特別扱いを避けるためだったんだろう。そんな経験から、communityとの親和性がUOよりも遥かに高いWoWだとは言っても、一般playerである私がin-gameに配置されたのはやはり特別だってことは、本当によく分かる。きっと、お二人にとってはそれに値するぐらい、京都を旅して現地のWoW playerと過ごして下さった時間が特別なものになったんだなって思ってる。

私にしてもこの何年かで何度か外国の方をお迎えしては一緒に観光して回っていたけれど、特にこの一年で、地元を知る人間と一緒に回ることで旅って随分楽しくなるんじゃないだろうかって思うようになった。私にすれば当たり前の習慣や景色も、旅行者にとっては一生に一度のことで、それを話したり見てもらったり、経験してもらったり、ってすごく楽しくて特別なことなのかなって。英語は少ししか話せないけど、そのごく僅かな英語でも、使えるだけでとても役に立つんだなあって、そんな風にも思うようになった。

骨をうずめるつもりだったBritanniaはとうに去ってしまったけれど、Azerothは、いつか私がいなくなっても、私がいるんだな。

Three's Company: 2000

前回いろいろ書き留めて、なんだかすっきりして、日に何度かhunterでBGをし、酔いをこらえながらOverwatchをし、D3の新シーズンをし。pug arenaはもうやる気にもならなくて、それは多分、ずっと前に書いたように心をシェアできないと私はarenaしてても気持ちよくないからなんだって、pugの人でそれが出来るなんてことはまず無くて、ごくまれにあっても、馴染まない人とやる緊張感から逃げ出したくなることのほうが殆どで、battle tagを交換することもあったけど同じ人と二度遊ぶことはなかったし、慣れたclassのhealerが来てくれた時でも、慣れたarenaの控室に飛び込んで、扉が開いて勝っても負けても、私の求めてる楽しさが得られなかった。

ある時Agorinaさんが今日Kenちゃんarena出来るらしいでって教えてくれて、じゃあ10時ねって約束をして、あらゆる用を済ませて待機。でもその日は開始前から最悪だった。そもそも体調が最悪で、約束した10時の時点もいろいろあって最低の気分からスタート。久しぶりの試合に噛み合わないことが多く、ありえない突然死があったり、勝てるはずのシーンを勝てないことが何度も重なって、苦い顔してるのがVC越しにも伝わったんだろう、Agorinaさんが大丈夫かってwhis入れてきたのに対して何も包まずそのまま答えたら、そんなのはいいから目の前の試合に集中しろって。いいわけはなかった。諦めてたarena、ずっとずっとやりたかった2人とのcupidで、season最後になる夜、これが終わったらもう何ヶ月もarena出来なくなるっていうのに、なにが最低でも試合内容だけは納得したかった。でもそのやり取りからあと、teamがとても研ぎ澄まされた感じがしてきて、出来ることを取りこぼしてしまうようなことが目に見えて減った。それだけじゃなくて、とても気持ちよく勝てることが増えてきて、1800台まで落ちてたMMRは1900にかかり始めて、じわじわ上がったり、負けたらもちろん下がるんだけど、確実に上がっていって、2000を超えても同じ勢いで戦っていなしていけた。jungleとfrozen chickenには毎回負けて、正直どうにも糸口が見いだせなかったけれど、turboだとかTSGだとかebolaには負けなかったんじゃないかしら。

queue係をすると毎回rateを目にしちゃって、そうすると私がナーバスになってちゃんと試合ができなくなるからというので、いつからかその役はAgorinaさんがやってくれてたんだけど、KenちゃんがDCして負けた試合のあと、今の試合はDCがなければ勝ってたし、勝ってたら2kだった、って、そう言われてから、1試合ごとにcurrent rateを見てしまって、だってもうその頃には深夜も深夜で、Kenちゃんには遅い時間だったからいつ終わりになってもおかしくなかったし、1900後半を過ぎて、rateが上がるごとに自己記録を更新してたから、最高の数字をスクリーンショットに残したかった。1991になったときに来た相手はholy paladin、moonkin。あと一人がfrost mageだと私たちが殆ど勝ったことのない、その夜も一度も勝ててないfrozen chicken。これを勝てば2kなのに、相手の3人目はやっぱりfrost mageで、3人共ああーこれは駄目かなあ、おれlosするわ、なんていう話をしながら開幕を迎えて、案の定で相手はretであるAgorinaさんを狙いまわす、それをかれは欲を出さずに視線を切って乗り越えて、切り返して、残ってるスクリーンショットを見ると、最初に倒したのはmageだったのかな。それからmoonkin、paladin。

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2人は遥かな上の経験者だから、もちろんachievを出したのは私だけ。でも2人とも凄い凄い喜んでくれて、Agorinaさんなんかは自分の時よりも嬉しいって言ってくれた。その後一緒に遊ぶいろんな人に、Hifaはついに2000を取ったと、私の代わりに伝えてくれてたぐらい。arenaから出てきてからずっと2人は祝福しまくってくれて、Kenちゃんがふと写真を撮ろうって言ってくれて、どこがいいかなってなったとき、やっぱりarenaがいいよね、ってなって、Nagrandまでみんなで飛んで撮ったんだ。試合はFrostmourneのキャラだったKenちゃんは、記念撮影するならHarapekoのキャラが良いねって、わざわざccして飛んでくれた。

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恐竜頑張ったからねえ、と、恐竜を真ん中に撮影したり。

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寝そべってまったりしたり。

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円陣組んで作戦会議したり。

初めてMMR 2kを経験した時は本当に泣きそうになるほど怖かったけど、今回のMMR 2kはまだ全然上に行ける感だった。まだまだ上がれそうだし勝てると思ったけど、CRで2005、2k達成どころか5も超える数字と、二人の祝福で、最初の気分なんかもうすっかりとんでいって喜びしか無くて、ここで今seasonはおしまいに。一晩が明けて、あとから考えると、Kenちゃんのhealっていうのは本当に凄いもので、ただHPを戻すだけではなくて、危険を予測する能力が半端ない。最初はよくわからなかったかれのhealの癖、それは多分かれも同じだったんだろうなあと後から思ったんだけれど、恐らくかれは私がダメージを受けすぎてしまうことや、やりがちなミスを覚えて、カバーしたりフォローしてくれてたんだ。trapが繋がらなさそうだと思ったら先にfearしに行ってくれたり、危険に気づいてなければgripしてくれたり。かれと3人でやりこみ始める少し前に、Kenちゃんのhealのかんじを染み込ませたいからもっとたくさんやりたい、ってAgorinaさんに頼んだことがあったけど、Kenちゃんのhealを知るためにやってたarenaで、Kenちゃんも私を把握してたんだろうなあって。

私がたびたび「800だった」「1300だった」という話をするのをAgorinaさんは嫌った。そうやって弱い自分を決め込んでそこへ逃げているのがいけないと言った。かれにものを教わるにあたって、私はいろんな昔と決別していった。頼ってきたaddon、使い慣れたkeybind、skill、いろいろ切り捨てて、かれの使うret paladinと上手く噛みあうBM hunterを作っていった。変化を極端に怖がるってことはかれも知っててくれていて、その恐怖やら不安やら、不満やらを受け止めてくれながら、1つずつ、手放して、馴染んでいった。そんな中で多分、言ったことがあるんだと思う、昔はすごく弱くて、こんな人やこんな人がいて、色々なことを教えてもらって、って。使い慣れたaddonのことか、skillのことかで不満を言ったんだと思う。今でも胸に残ってるかれの言葉は、「弱かった時の思い出が大事なのは分かったし、それを捨てろとは言わない。で、その時の自分って今も必要?」。過去一緒に積み上げてきた人たち、一緒に見つけて行ったやり方、それがあって今の自分がある、けど、その時と今の自分は違うって。Oharuさんもずっと前に言ってくれたんだ、あの頃のHifaさんはもういないんですよって。弱かった自分は大事だけど、弱かった自分はもう要らない。その言葉のおかげで、beast cleaveでこれに行き着いたって思い出に固執して最後まで抵抗したBinding shotも手放すことが出来た。

でももし言っても良いのなら、何年か前あんなに弱かった私が、1750は無理かなって言われてた私が、AgorinaさんとKenちゃんのおかげで、それを遥かに超えて2000を踏めたんだなあと思うと、あまつさえKenちゃんが、たとえどんな社交辞令でも冗談でも、次は2200だねって言ってくれてると思うと、今まで私とのPvPに関わってきてくれた全ての一人ひとりに感謝が止まらないし、2人には何度感謝を伝えてもおさまらないし、どうかこれからもよろしくねって気持ちでいっぱいになる。

CmiJeFEVMAA5sdk

取った日はちょうど私の誕生日。最高すぎるプレゼントだった。
Hifa Lo-na
Katanaから3年の星間飛行を経てAzerothへ軟着陸。惑星の知的生命体Night Elfの姿を模して生息中。
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