関門"ノスタルジック"海峡。日本が近代国家建設へ向け躍動した時代のレトロな建造物群が、時が停止したかのように現在も残されている。渡船や海底トンネルを使って両岸を巡れば、まるで映画のワンシーンに紛れ込んだような、ノスタルジックな街並みに出会うことができる。

関門のノスタルジック日本遺産シリーズ。2018.1.1
関門海峡の『様式灯台』
m4関門の灯台a
m4灯台
今も輝く関門海峡の洋式灯台。ブラントン率いる英国人技術者集団が設計した海峡西側の「六連島灯台」と東側の「部埼灯台」です。ともに1872年に初点灯され、日本の文明開化を照らし始めました。

関門のノスタルジック日本遺産シリーズその弐。2018.1.3
門司港の『北九州市旧大阪商船』
t6旧大阪商船
明治8年、門司港は横浜・神戸‐上海間定期航路の就航時代。ここに大阪商船株式会社が進出しました。「旧大阪商船」は大正初期に建てられた大阪商船門司支店を修復したものです。オレンジ色タイルと白い石の帯が調和した外観と八角形の塔屋が美しい。外国へ胸躍らせて旅立つ人々で賑わっていました。

関門のノスタルジック日本遺産シリーズその参。2018.1.4
『門司港レトロ』について
m21門司港レトロ
明治初期に開港して120年。門司港には、明治から大正にかけて作られた建物が今でも残っています。 木造建築の門司港駅を初め、大正浪漫ただよう建物たちがエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。しばし関門の界隈を満喫ください。

関門のノスタルジック日本遺産シリーズその四。2018.1.5
夜を堪能ください『門司港』
s03夜の門司港
古来より陸上・海上交通の要衝であった関門地域は、幕末の下関戦争を契機とした下関・門司港の開港以降、海峡の出入口には双子の洋式灯台が設置され、沿岸部には重厚な近代建築が続々と建設された。狭隘な海峡を外国船が行き交う景観の中、日本が近代国家建設へ向け躍動した時代のレトロな建造物群が、時が停止したかのように現在も残されている。渡船や海底トンネルを使って両岸を巡れば、まるで映画のワンシーンに紛れ込んだような、ノスタルジックな街並みに出会うことができる。『関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~』より。

関門のノスタルジック日本遺産シリーズその五。2018.1.6
明治モダンの足跡『門司港駅』
t3門司港駅
明治24年には九州鉄道の開通にともなって門司駅が建てられました。この建物はネオ・ルネッサンス調の木造建築で、トイレに魅力があります。青銅製の手水鉢や水洗式トイレ、大理石とタイルばりの洗面所、御影石の男性用小便器などはとても重厚でモダンな作りです。


関門のノスタルジックシリーズ”1.6
吹き抜けが印象的な『九州鉄道記念館』
m24九州鉄道記念館
明治24年に建てられた赤レンガ造りの歴史ある建物、旧・九州鉄道本社(門司港地区最古の歴史的建造物)その本館を活用した鉄道博物館です。本館内部は半分を吹き抜けの構造としつつ、レンガのレトロな雰囲気を損なわないような印象で構成しています。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.8 
『南部町郵便局ビル』と『旧秋田商会ビル』
m33下関南部町郵便局と旧秋田商会ビル
関門海峡には、外国船がもたらした舶来文化が根付き、狭い海峡を外国船が行き交う景観の中に、日本が近代国家建設へ向け躍動した時代のレトロな建造物群が現在も大切に残されています。 「海峡七路」を使って両岸を巡れば、まるで映画のワンシーンに紛れ込んだような、ノスタルジックな街並みに出会うことができます。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.9
レンガ造りの『若松石炭会館』
m38若松石炭会館a
明治38 年に建てられた最新式洋風建築木造2 階建。レンガ造りの華やかな外観、平坦な壁面に目地を多用し石造風の表情が与えられている。ライトアップされた夜はいっそう美しい。若松石炭商同業組合の事務所として建設された石炭積み出し港若松の歴史を象徴する建物です。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.10      

赤煉瓦に包まれた『下関英国領事館』 
m39下関英国領事館
m39下関英国領事館d
旧下関英国領事館は、領事館として使用する目的で建てられた建物としてはわが国現存最古のもので明治39年の建築です。明治の領事館の様子を窺い知ることのできる貴重な建造物として平成11年に重要文化財に指定されています。領事館のガス灯のレトロな感じがいい。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.11      

九州で最初のビール工場『旧サッポロビール醸造棟』
m45旧サッポロビール九州工場
大正2年建築のレンガ造りの建物です。明治45 年設立の「帝国麦酒株式会社」の工場施設。外観は赤レンガの化粧積であるが、内部は鉱滓レンガ積となっている。外観の主要な部分は石材を使用するなど固有の装飾が施されている。いまや「門司赤煉瓦プレイス」でレトロな赤煉瓦が輝き続けています。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.12
『若松石炭会館』
m38若松石炭会館a
明治38 年に建てられた最新式洋風建築木造2 階建。レンガ造りの華やかな外観、平坦な壁面に目地を多用し石造風の表情が与えられている。石炭積み出し港若松の歴史を象徴する建物です。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.14
『旧門司税関』
m45旧門司税関
門司税関発足を機に、明治45年(1912)に建設された税関庁舎。近代的なデザインとモダンなネオルネッサンス調が交わり非常に奥深い建物です。ライトアップされた旧門司税関と木々のイルミネーションが揺れる水面に美しく輝いています。PCでオルガンの音色が聞こえないのが、残念。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.15
『旧宮崎商館』
m40宮崎商館
石炭輸出業を営む宮崎儀一が事務所として明治40年に建てた商館。時代を感じる少し色あせた煉瓦の色。1階中央のアーチ型エントランス、2階には5つのアーチが連なるバルコニーが特徴。赤煉瓦と白い石の組合せが旧英国領事館に似ています。領事館の翌年の建設ですから、意匠的に影響を受けたようです。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.16
『三菱重工株式会社下関造船所』
t11三菱重工株式会社下関造船所
大正3年山口県下関市彦島に設立した造船所。第3ドックは大正11 年竣工の石造。第4ドックは大正5年竣工のコンクリート造。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.17
『料亭金鍋本館、表門』
t6料亭金鍋本館、表門
明治・大正期から営業の料亭の中でも著名な店の一つ。経済人や文化人が集った場所として広く知られる。大正6 年竣工。本館は珍しい数寄屋風の3階建てで、重厚な黒漆喰の外観と一部に洋風の意匠を用いた建物。表門は角柱を立て,腕木,軒桁,垂木に丸太を用い,ガラス欄間を嵌め込むなど,近代的な数寄屋風の意匠です。当時の若松地域の歴史的景観を維持する貴重な存在です。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.19
『旧古河鉱業若松ビル』

t8旧古河鉱業若松ビル
若戸大橋を臨む若松南海岸通りは大正期の近代建築が残るレトロ散策路。そのシンボルともいえる『旧古河鉱業若松ビル』は、大正8年に建てられたルネサンス様式の建物。レンガ造りの外観が華やかで、ライトアップされた夜はいっそう美しい。当時の若松を思い浮かべながらのレトロ散歩が楽しめる。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.20      
『若松南海岸(若松バンド)
m38若松石炭会館a
ドラマ『お家さん』に出てくる神戸湾はこの若松南海岸をモデルにしたものです。若松南海岸通りは石炭景気に沸いた若松の歴史と発展を伝える大正期の建物が乱立しています。若松石炭会館、旧門司税関、旧古河鉱業若松ビル、上野ビル(上野海運ビル)などなど、もちろん実話の、鈴木商店本社が登場します。

ノスタルジックそのものですね。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.21      
『山口銀行旧本店』
t9山口銀行旧本店
大正9年竣工のコンクリート造2階建の三井銀行下関支店。昭和8年百十銀行本店を経て、19年~40年まで山口銀行本店として使用され、今や「山口銀行旧本店」として開放。銀行建築の設計の大御所、長野宇平治の設計。和風意匠や銀行建築における古典主義系のデザイン建築で知られていますよ。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.22
『ニッカウヰスキー㈱門司工場製造場』
t14ニッカウイスキー門司工場製造場
大正3鈴木商店の大里酒精製造所として始まった、大正14年竣工の煉瓦造平屋建。貴重な赤煉瓦の倉庫群は人々の心を魅了する佇まいです。その後平成18年にニッカウヰスキー㈱の焼酎製造工場となっています。鈴木商店はあのドラマ『お家さん』の世界の商社でした。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.25
『旧逓信省下関郵便局電話課庁舎』
t13旧逓信省下関郵便局電話課庁舎
大正中期から後期にかけ急増した通信需要に応えるため、旧逓信省下関郵便局電話課庁舎として大正13年に竣工、鉄筋コンクリート造3階建。昭和41年まで局舎として使用されていました。その後平成22年より「田中絹代ぶんか館」として利用が始まりました。

関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.30
『上野ビル(旧三菱合資会社若松支店)』
t2上野ビル
北九州市若松区の海岸通りに建つ上野海運ビルは、旧三菱合資会社若松支店として大正2年に建設され、若松バンド(海岸通り・船着場)の中心的な存在でした。一世紀もの年月を今日まで生き抜いてきたビルです。煉瓦造3階建の本館、煉瓦造2階建の倉庫、木造平屋の旧分析室の建物群です。

"関門ノスタルジック海峡 ~時の停車場、近代化の記憶~1.31    
Moji Port (Fukuoka)
s01関門の建物

Used as a special port during the Meiji Period (1868-1912) for exporting coal and rice, Moji Port was one of Japan's three major ports, made prosperous also for it being on foreign shipping lanes and as a trading port. The wooden Mojiko Station was designated as an important cultural property in 1988 by the Japanese government, and the area became popular to tourists from in and outside Japan for its Western atmosphere in the commercial facilities and museums, gaining the name "Mojiko Retro.