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The East Hill Journal 東山雑誌

身近な出来事から世界の果ての出来事まで、などなど・・・

1 3月

目黒区民センター再開発事業に係わる地区計画説明会

 都合が付いたので出席した。

主旨は既に原案が決まっている目黒区民センターを含む地区の再開発を実施するための都市計画法上の規制緩和のための地区計画設定、何処かで聞いたような、神宮外苑の再開発と同じ手法で目黒区は事業を進めている、財政負担軽減のために、と説明。


この目黒区民センターを含む目黒区美術館、下目黒小学校を一体的に70年の借地権を設定し、民間開発業者に権利を売り、新たな区民センターの中に現行施設を入れた雑居ビルを建設するというもの、小学校は?、敷地内に集合住宅を建設しそれを販売して事業費を賄う事業手法のようだ。


屋外に50mプールとテニスコート2面があるが、プールは年間3ヶ月のみの稼働、テニスコートはテニスをする人限定で有効利用が図られていないと区側が説明、そして新区民センターでは屋上にテニスコートだとの説明だった。


多くの意見が出たが目黒区側の説明は再開発事業ありき、今日は地区計画の説明会なので、とか言及していたが、再開発事業を都市計画上の規制を緩和することにより実施可能にするステップには違いない。


まちづくり協議会で意見を収集し反映させたものとも説明、そに対象者は目黒2丁目の区民センター近隣のみ、区民の意見の反映とは言いがたい。行政手続きと説明内容があまりにも乖離していた。


意見や質問は具体的でリーズナブルであったが、目黒区側の説明が一方的で都合の悪いことは語尾を濁らすし、個別対応と詭弁、また時間が来たからと言って終了を宣言、20分も説明ビデオじゃあ質疑応答の時間を押してしまう。これでは真摯な説明会とは言えぬ。


最後に議事録の公開有無のコメントがあったが司会者は説明会を終了する説明に終始していた。出席者名を書かせるのなら、議事録くらい共有してもらわないとね。


目黒区民センター周辺地区の地区計画(原案の案) 説明会

開催日時:

令和6年3月1日(金曜日)

18時30分から19時30分まで(予定)

https://www.city.meguro.tokyo.jp/chikuseibi/shigoto/machidukuri/genannoan.html

5 2月

プノンペン街歩き

2024/2/4

節分過ぎました。

週末は歩いてプノンペンの街を観察しつつ、買い物とともに運動不足の解消を視野に入れている。アパートはボンケンコン区(Khan:district)ボンケンコン1街(Sangkat:quarter)のSt.282/St.51に位置しており、そこから目標地点を決めて歩いている。

今週末は、これまで見ていなかったオリンピックマーケットとその近くのシティモール、それとショップを視野に入れた。

今日はクメールヌードルをと、食堂とロシアンマーケット近くのショップ、それと果物をいつも買うボンケンコン市場を目標地点にした。

しかし一筆書きにはならなかった。そもそもクメール麺屋が反対方向かつ営業時間前だったことから後から戻る複雑なルーティングとなった。

土日ともそれぞれ約10km、歩数で1.5万歩程度になる。もう少し歩けるが、途中、休息が必要。
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29 10月

映画「不毛地帯」

 2017/10/29

数年前に録画したBSシネマの不毛地帯(昭和51年なので1976年)、思い出して昨晩から観始めた、3時間の長編ですが切れ味があり見応えのある大作です。山崎豊子原作を読んでいますが、映画は原作とはやや異なりシベリア抑留よりも当時の社会背景である安保や主力戦闘機選定を正面に据えている。仲代達也、八千草薫、秋吉久美子、丹波哲郎など名俳優名女優が出演。


この原作は、大本営参謀であり後に伊藤忠商事会長を務めた瀬島龍三のシベリア抑留とその後の人生をモデルにしたと言われているが、原作者の山崎豊子いわく、複数人を重ね合わせたと語っている。その映画化、制作時の社会背景が全面に出されている。もう一度、観てみたくなったが録画をDVDに落としたかどうか。

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28 10月

復元された東京駅舎

 2012/12/28

復元工事が完了した東京駅、大正3年1914年12月に開業、帝国議会で中央停車場の建設が決まり、皇居の正面に計画され東京駅と命名された。辰野金吾の設計、ロンドンの駅やアムステルダム中央駅を参考にしたと言われている。

太平洋戦争末期に東京空襲により焼夷弾が着弾、焼失して、戦後に仮以上のレベルで復元した。2000年に復元することが決まり、2012年10月1日復元工事が終了した。この写真はその直後のもの。

復元に際して、容積率が周辺のビルへ移転売却され、丸ビルなどへ容積率が移転され高層ビルとなっているが、皇居前なのにそれはないでしょう。更に、明治神宮外苑でも容積率を移転し、再開発で高層ビル3棟、それは更にないでしょう!

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9 5月

ソフィアのホテルの窓より

2011年5月9日、ソフィアに滞在していた。ホテルの窓から国会とアレクサンドル・ネフスキー大聖堂が眺望出来る部屋だった。このホテルRadisson Blu Sofia、元々はブルガリアホテルBulharia Hotelだった。1996年にソフィアに長期で滞在していたが、どん底だったその時と比較して今は街並みが綺麗になっている。
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アレクサンドル・ネフスキー大聖堂は1877年の露土戦争で戦死したロシア兵を讃えて1882年に建設が開始され礎石が置かれた、実際には1904年から1912年に建設された。

今、ブルガリアのソフィアに滞在している。

1997/97年にここで仕事をしていた時と比較するとかなり状況が良くなっている。2007年にEU加盟しているので当然だろう。

ソフィア空港ターミナル2がオープン、円借款が一部供与されているソフィア地下鉄も開業(一路線だけ)、新築・改装したビルが目立つ、ホテルが増え、米国系ファストフードが増えた、マクドナルド、当時は1店だけあった、カフェやレストランも増えた、かなり西ヨーロッパナイズされた印象。ヴィトーシャ通りは歩行者専用になっていた。そして、物価は安く安定している。

EUに加盟したことで日本国籍所有者はビザが要らなくなった。以前は空港でも取れたがUSD96支払う必要があったのだ。それから、通貨が新レフとなっている、ハイパーインフレの結果、カレンシーボードが導入されドイツマルクに固定され、デノミが実施された、これが1998年であろうか。

変わらないこともある、旧市街の古い建物はそのまま(朽ちたまま)、老人の物貰いの多さ。トラムやバスは当時の車輌を維持管理してなんとか使っているようだ。

今回の滞在は数日なのでソフィア以外へは足を延ばしていない、ブルガリアの魅力は地方だろう。また訪れたいと国だ。
30 4月

米国へ贈った五色桜の返礼がハナミズキ

あっという間にハナミズキの花が散って新緑の葉が初々しい、こんなに速足だったのかと。このハナミズキ、別名アメリカヤマボウシ、英語名はDogwood、犬の木、は北米原産である。
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このハナミズキは明治時代末期の1912年に日米親善の象徴として当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカ合衆国ワシントンD.C.へサクラ(ソメイヨシノ)を贈り、ポトマック河畔に植えられた。大正時代初期の1915年にその返礼としてワシントンD.C.から東京市へ贈られたのが始まりである。

贈られたハナミズキは60本で、うち白花の苗木が40本、ピンク花の苗木が20本、日比谷公園、小石川植物園などに植えられた。原木は太平洋戦争中にほとんどが伐採された。戦後、小石川植物園で切株が発見されて、その標本が憲政記念館に展示されている。現存する原木は東京都立園芸高等学校に残るだけである。

ワシントンD.C.へ贈られた桜は荒川堤の五色桜、最初の桜2000本は病害虫着生のため植物検疫を通過できずに焼却処分となっている。数年後の1912年は第2回の寄贈で約6000本、3020本がワシントンD.C.へ3000本がニューヨーク市へ贈られた。

一方、荒川堤の五色桜は戦後の公害で枯死してしまい、ワシントンD.C.へ贈ったを桜を移植したのが現在の荒川堤の桜である。

寄贈された桜の品種(11種)
染井吉野、白雪、有明、御車返、福禄寿、一葉、関山、普賢像、上匂、滝匂、御衣黄
http://arakawa-gakkai.jp/pdf/sakura_booklet.pdf
5 9月

車で実家へ(東名高速)

車で実家へ、実走行距離382km、実走行時間5:11 (Googleは平均時速80kmで計算)、平均時速74km/h、燃費12.2km/L、今朝入れたハイオクは161円/L(-3円/L引きクーポン適用)だった。
東京IC>三方原PA(友人とお茶)>湾岸弥富IC


近くのシェル(昨晩、TVで紹介されていたステーキ屋リベラの目黒店前)が閉店したので少し先の反対側車線のシェルで給油と空気圧チェック、これが気になっておりどうしても確認したかったが変わらずで安心。昨日中にやっておく予定だったが、なぜか眠くて眠くて身体が動かず、図書館への返却もだ。ウクライナ物は予約が多く延長出来ないのが多い、この本、2-3月は予約がなかったのに、アマゾンで1万円以上の値だったが最近復刻された。そんなこんなで出発が大幅に遅れた。

目黒通り、環八も円滑な流れ、大和トンネル上りは渋滞を横目に良好なぜ流れ、御殿場まで時々通り雨、富士SA直前で左前方で異音がしたのでSAに入って確認するが不明、その後異音なし。伊勢湾岸道の豊明ICで下りて国道23号を考えていたが、なぜかスルー(オンしていなかった)してしまい、次の東海でもよかったが湾岸弥富で下りた。豊明と湾岸弥富では800円の差があるが、道路は国道23号線でもほとんど高速並みなのでそれほど時間短縮便益を感じない、というのは道路幅員が広くアクセスコントロールされている区間が多い。湾岸弥富を降りて西尾張中央道を北上、国道23号線を跨いで更に北上した。

この車、一応カーナビ搭載だがGPS程度にしか使っていない、というのは地図情報が未更新だし、新東名は山の中を走る、その価値が機能的乏しいのでGoogleマップのお世話になっている。特徴を把握していればけっこう使える。

実家の庭、暗くてよく見えないが雑草が生い茂って様子、明日が恐ろしい。
22 8月

明治神宮外苑の再開発構想の出発点とその展開

明治神宮外苑の再開発構想の出発点を大雑把に言うと、年代的には2003年頃、石原都知事と森元首相が東京オリンピックやラグビーワールドカップ誘致を梃子に高層ビル建設を含む再開発案を仕込んだのが根っこではないだろうか。

2009年に東京オリンピック誘致は失敗するものの、ラグビーワールドカップは誘致、この時に新国立競技場建て替えが進められ、東北大震災後に仕切り直しで、再度、東京オリンピック誘致を行い2013年9月にIOC理事会で東京開催が決まった。その過程で2010年から神宮外苑地区の地区計画が決定され、先ず国立競技場の建て替えへ、ラグビー場と神宮球場の建て替え+高層ビルへとと展開していった。

時は2003年、平田神社内(渋谷区)に一般社団法人JEM・PFI共同機構が設立され、この法人が「東京都防災まちづくり計画事業」提案書を作成し、外苑を防災拠点に位置付け、高層マンション建設を盛り込んだのが再開発構想を提案した。

2004年、電通に外苑百周年、東京五輪、球場ドーム化の企画を委託し、GAIEN PROJECT「21世紀の杜」企画書を委託した。

2004年7月、明治神宮が神社本庁を離脱(総代石原慎太郎)、(動き勝手がいいようになのか) (これは2010年に戻っているので意味不明)

2006年、都庁に東京五輪誘致本部を設置

2009年、東京開催、落選(リオデジャネイロ開催)
2010年、このあたりから行政が本格的に動き出し、神宮外苑地区の地区計画が決定された。神宮外苑地区地区計画、地区計画の面積:約64.3ha
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/toshi_saisei/saisei07.htm

2010年12月、「10年後の東京」への実行プログラム2011策定

1)神宮外苑地区の地区計画決定、2013年6月17日(東京都告示896号)及び都市計画公園明治公園の変更
地区計画の位置:港区北青山一丁目、新宿区霞ヶ丘町、渋谷区千駄ヶ谷一丁目ほか。
A地区とB地区に分け、A地区をA-1、A-2、A-3、A-4地区とし、再開発促進区を利用

2)神宮外苑地区の地区計画変更、2016年10月3日(東京都告示1678号)及び都市公園明治公園の変更
旧外苑ハウス部分をA-5地区とし、そこに隣接するA-3地区、A-4地区の範囲を変更

3)神宮外苑地区の地区計画変更、2017年3月6日(東京都告示342号)及び都市公園明治公園の変更
旧神宮プールと水明亭の付近をA-6地区として指定。

4)2018年11月28日、「東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針」発表

5)神宮外苑地区の地区計画変更、2022年3月10日(東京都告示283号)及び都市公園明治公園の変更

外苑前交差点や地下鉄外苑前駅付近をC地区として追加。A地区とB地区の区分を変更。A地区にA-7、A-8、A-9、A-10地区、B地区をB1とB2として指定。

2011年、ラグビーW杯議連が国立競技場8万人改築案を提案

2012年、 新国立競技場建設(再開発等促進地区)へ動き出す、2020東京五輪、誘致開始

2013年、 風致地区なのに高さ制限を15mから80mへ変更。

これらは地区計画との関連であり、レビューが必要。

2015年、事業者である三井物産、明治神宮、日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事が外苑地区の再開発による高層化に関する覚書、

2016年、旧国立に隣接する都営霞ヶ丘アパート、立ち退き、解体。

2021年、2020東京オリンピック開催

2022年2月9日、東京都都市計画審議会、明治神宮外苑の再開発事業を承認、1000本の樹木伐採が表面化、等。

行政側の都市計画変更に関わる経緯やPar‐kPFI制度適用等はさらに精査する必要があるが、以下のYouTubeチャンネルで根の部分を元都庁職員の澤さんが解説している。
神宮外苑1000本伐採 暴かれる森&石原の暗躍 澤 章さん【山岡淳一郎のニッポンの崖っぷち】
https://youtu.be/B7G1geUdPvU

東京都都市整備局は経緯は正確にまとめている。

神宮外苑地区のまちづくり
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/toshi_saisei/saisei07.htm

Park‐PFI制度
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001329492.pdf

都立明治公園及び都立代々木公園 整備・管理運営事業(Park-PFI事業)について
https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jigyo/park/tokyo_kouen/meijiyoyogi2.html

Park‐PFI推進支援ネットワーク
https://park-pfi.com/
16 8月

明治神宮外苑の再開発事業、既に環境影響評価審議会段階

明日8/16、環境影響評価審議会第5回が開催される。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/04.html
対象は何かというと、明治神宮外苑(48ha、面積がはっきりしない)、神宮球場と秩父宮ラグビー場等を再配置、建替え40階建て2棟+20階建て1棟の高層ビルを建設する内容、事業者は三井物産、明治神宮、日本スポーツ振興センター(文科省所管)、伊藤忠。既にEIAの段階ということはその前に事業決定がなされているということ、東京都で都市計画も変更されて。外苑の土地所有者は宗教法人明治神宮で48haのほとんどを所有。

なぜ再開発かと言えば、明治神宮外苑が国・自治体保有の公園などと違って宗教法人明治神宮により管理・運営されていることから、その財政的負担が重いことが背景にある(詳細不明)。例えば、新宿御苑は環境省が所管し維持管理している、面積は58.3ha。

外苑は太平洋戦争後にGHQが接収、旧国立(ナイル・キニックスタジアム、第二次対戦中に事故死したアメフトの選手)とされ、東京都は外苑の緑地を保全するために風致地区指定を行なっている。1951年に接収解除され宗教法人明治神宮が管理へ、1956年にアジア競技大会と国体会場となり旧国立を文部省へ、銀杏並木の道路を東京都へ移管。

約100年の歴史と百年樹木を誇る神宮外苑、そもそも明治神宮外苑という歴史的空間であり国民の聖域的空間(全国からの勤労奉仕と献木により造営された)をスポーツ施設の建替えを梃子に高層ビル3棟を建設するという市街再開発事業を承認した東京都の都民ファーストは何処へ?特定の民間企業への利益供与のようにしか映らないのはなぜだろうか、また、外苑は既成市街地ではないぞよ!そして伐採される樹木や銀杏並木の存続も危惧される。計画では銀杏並木の直ぐ横に球場が配置され14階建てホテルが併設とか。

ロンドンのハイドパークやリージェントパークに、パリのリュクサンブール公園かブーローニュの森に、ニューヨークのセントラルパークなどに高層ビルやホテル付スポーツ施設を建てるような印象しか受けなない。

日本の都市計画制度は英国等を参考に制度化されたが、テクニカルな箇所だけ参考にして理念を倣わなかったと言われている、総論抜きの各論だけ。仮に外苑に英国都市計画法が適用されたら、この外苑再開発は果たして認められるだろうかと。今年最大の東京トピック。

賛同署名
神宮外苑1000本の樹木を切らないで〜再開発計画は見直しを!

緊急記者会見「危機に瀕する「外苑いちょう並木」石川幹子教授
危機に瀕する「外苑いちょう並木」 
新宿御苑トンネルの建設に伴う樹林保全の実態調査を踏まえて
――昭和59年(1984年)〜令和4年(2022年)――
日時:2022年8月15日(月) 16時30分〜
会見場所:東京都庁記者会見室
発表者:中央大学研究開発機構・機構教授、東京大学名誉教授 石川幹子
連絡先:〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27 中央大学3号館 12階 31207

オンラインセミナー明治神宮外苑の造園的価値:環境植栽学 藤井英二郎先生
8/13開催の録画です。
https://youtu.be/pHgDgp_uFXA 

令和4年度「東京都環境影響評価審議会」第一部会(第5回)を開催します
1 日時
令和4年8月16日(火曜日) 午前10時00分から
2 形式
WEBによるオンライン会議
3 議題(予定)
環境影響評価書案に係る総括審議
(仮称)神宮外苑地区市街地再開発事業
その他
4 その他
本会議は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、WEB上での傍聴のみとさせていただきます。なお、通信状況によって、映像の乱れや一時的な停止があることをあらかじめご了承ください。
傍聴を希望される方は、8月15日(月曜日)正午までに、下記【宛先】にEメールにてお申込みください。
【宛先】S0000721@section.metro.tokyo.jp
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/04.html
委員会名簿
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/documents/04.pdf

明治神宮外苑の再開発計画が明らかに まちの姿はどう変わる? | NHK 2022年5月20日【NHK】夏は花火、秋はイチョウ並木。野球やラグビーなどのスポーツも楽しめる明治神宮外苑。大正15年に建設され、歴史ある町並みを保持してきたこの地域が、再開発によってその姿を大きく変えよようとしている。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20220520a.html

神宮外苑地区におけるまちづくりについて(三井不動産)2022年5月19日
PDF
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2022/0519/download/20220519.pdf
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2022/0519/


21 7月

津島天王祭り


子供の頃、夏祭りと言えば天王祭りだった。津島湊があった天王川公園で行われる。江戸時代は東海道の七里の渡し(宮-桑名)の代替ルートであった三里の渡し(津島-佐屋-桑名)の河川港があった。宵祭りは花火と楽車船(巻藁船=提灯船)、朝祭りの楽車船、楽車ではなく楽車船が特徴、600年の歴史を誇る津島神社の祭礼。

もう一度しっかりと観てみようと考えていたが、コロナ禍になり中止、今年は縮小開催とのこと。

https://www.aichi-now.jp/spots/detail/320/
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