2007年07月01日

わたしの詩 キリストのように 第2

 =キリストのように祈り=    (第 2 )
*父なる神よ、私たちに今祈ることを赦してください
この祈りを みこころにかなう祈りに導いてください
キリストのようにへりくだり キリストのようにやさしい眼差しで
キリストのように手を伸べ  キリストのように愛を
*十字架のみ恵みよって  生きるものとして
キリストのようにわけへだてなく  キリストのように親しみをもって
キリストのように語りかけ  キリストのように愛を

*キリストの十字架のゆえに 新たないのちに召された者として
キリストのように祈り キリストのように従い
キリストのように歩み キリストのように愛を
キリストのように父を仰ぎ キリストのように父に祈り
キリストのように父に委ね キリストのように父とともにとこしえに
*栄光は父と子と聖霊に ありますように   アーメン
     (みちびかれつつ 玉木 功 )


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2007年06月19日

わたしの詩篇 キリストのように

 =切なる祈り=
   
*父なる神よ、私たちに今祈ることを赦してください
 この祈りをきよめてください みこころにかなう祈りに導いてください

 キリストのように祈り キリストのように従い
 キリストのように歩み  キリストのように愛を
 この身に生きることなく
 キリストによって生きるために
 キリストのように祈り  キリストのように従い
 キリストのように歩み  キリストのように愛を

 キリストの十字架のゆえに 新たないのちに召された者として
 キリストのように祈り キリストのように従い
 キリストのように歩み キリストのように愛を
 キリストのように父を仰ぎ キリストのように父に祈り
 キリストのように父に委ね キリストのように父とともにとこしえに

 栄光は父と子と聖霊に ありますように   アーメン
     (みちびかれつつ 玉木 功     



higashiyama_church at 10:56|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!詩の世界に 

【聖書が今語ること】六月号

【聖書が今語ること】六月号
特集・幼子の口で
一、 せわしい人々よ、荒々しい人々よ、怒りにきりきりしている人々よ、聞いてください。読んでください。こんな思いで今この原稿を書いています。
二、 詩篇八篇は、神の宇宙観と人間観が描かれている。私はそのことを礼拝説教で取り次いだが、本号では三節の聖句を中核にする。
「 幼子、乳飲み子の口によって。あなたは刃向かう者に向かって砦を築き/報復する敵を絶ち滅ぼされます。」
神さまは乳飲み子の口によって、神に反逆するものを絶ち滅ぼされるとある。これは新共同訳による。
新改訳で読んでみると
「あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした」

 新改訳に出会って主のメッセージをいただいた。
「神は幼子の口によって、神に敵対するものを静める」のが、神の働きの目的である。現実の私たちは目の前の人を高ぶらせてしまう。わるいことに双方が燃え上がってしまう。冷静さを失い、相手の非のみを追求していってしまう。
 
神のご聖霊は幼子のあの無邪気な、静かな微笑みで、のぞきこむように私たちの心を静めてくれる。
過日あることがあった。めらめらと燃え上り怒りに体が包まれた。とそのとき、この聖句が私をとらえた。聖言は聖霊を私に送ってくださった。「静かに」「静めて」といわれた。主イエスはつねに敵対する人々の心を静められる。かっかと燃えあがる私の心の火をそおっと消してくださる。祈りの恵みは冷静さを私たちにあたえてくれることである。
「信仰とは、聖霊に導かれて冷静な言動と精神を備えさせてくださる恵みに生きることである。」

 このように述べてもまだすっきりとしない人は、幼子イエス・キリストの馬小屋の情景を描いていただきたい。そこに寝入っているイエスを通して、神さまはメッセージをされた。Silent Night Holy Night。静かに聖霊は語られた。神の大いなる愛がこの幼子を通して与えられたことを。人間としては最高の賢者である東方の博士らは、幼子から神の使信を聴いた。小さな弱わ弱わしい幼い子から。
 神はこの世が静かになることを希っている。別言すれば、平和になることを::。

三、おたがいに荒れることなく、静かに生活をすすめていこう。乱暴になるということは、聖霊を追い出すことになる。乱暴になってよい結果を出すことは先ずない。乱暴はサタンのつけいる隙をつくってしまう。言葉の暴力で人を殺傷することは現実にある。
「静聴」という言葉を恩師の牧師から青年時代にいただいた。座右の言葉になっている。反対に「激聴」という言葉はない。荒々しい状況からは、神の言葉を聴くことは不可能である。静かなる心をいだいて静かな生活していこう。これを祈りとすることがクリスチャンの課題である。集中力は冷静のなかで生まれる。頭がいいということは集中力と関係する。
※静のつく言葉。静観、静修、静思、静寂、静想、静閑、静和、静坐、静晏、静養、静粛、みんな大好き。
静泰などもある。

三、 聖書の言葉から
申命記27・9イスラエルよ、静かにして聞きなさい。あなたは今日、あなたの神、主の民とされた。
イザヤ7・4 彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。
エレミヤ47・6 災いだ、主が剣を取られた。いつまで、お前は静かにならないのか。鞘に退き、鎮まって沈黙せよ。
民数記11・2 民はモーセに助けを求めて叫びをあげた。モーセが主に祈ると、火は鎮まった。
詩篇46・10 口語訳 「静まって、わたしこそ神であることを知れ。
テモテ第一の2・2 口語訳 それはわたしたちが、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。
Щ氾霧盛塹殖隠后Γ械供/群訳 皆さんは静かにして、軽はずみなことをしないようにしなければいけません。






higashiyama_church at 10:46|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!信仰エッセイ 

2007年05月25日

人間の基本的な欲求 だれもがいだくもの 育児日記 5月25日 第七号

誰もがいだくものー人間の基本的な欲求
※4をーーー。
※4 人は新しいものを好みます。新車を求める気持ちと同じです。まだ一万キロ少しを越えたのに、もう次なるものをほしくなります。カタロクを取り寄せ、カーショップに足を運ぶとーーー。外国の人は日本車はエンジンがよいから、10万キロをこえてもまだまだといっています。ロシアの人は中古の日本車を懸命に探しています。
人は、また変化を冒険を好みます。どんなにおいしいものでも同じものには手をだしません。変化をもとめることで代表的なものは旅行です。特に海外旅行の魅力は一歩その国にはいると、四六時中変化に直面します。驚くことばかりです。この変化の醍醐味は何ものにもかえられません。
 着るもの、食べるものをとおして子どもに新しいものの魅力を大いに体験させてください。目移りの子どもになるのではないかという心配は無用です。目移りでいいのです。新しいものに触れた感動、喜び、新鮮な気持ちは人間を成長させます。
怪我をこわがって、冒険を回避することのないように。知識の向上は冒険によって生まれます。ケガをするといけないからといって、子どもにハサミをもつことを禁じているおかあさんがいました。ナイフ、包丁はもってのほかです。冒険によって気力、精神力が養われます。別の言葉でいうならば、失敗をおそれない人間になりましょう。進歩は失敗からうまれます。親の姿勢として大事なことは失敗を大きく取り上げないということです。失敗したからといって怒るようなことは最も愚かなことです。NHKの〔プロフェショナル〕をみてください。プロといわれているひとはみんな失敗の体験者です。
     =次は成長について。ではまた=

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2007年05月24日

玉木真一召天一年記念を迎えて

※  玉木真一召天一年記念日を迎えて
パソコンを開いているとき、私は「玉木真一」という言葉をGoogleに入力した。約200余の記事がある。その冒頭の第1に以下の記事が掲載されていた。

 『聖路加国際病院のパキスタン北部地震医療支援活動の推進に尽力された同病院医事課マネージャー玉木真一氏が、6月4日、急逝された。この活動の中で果たされた氏の役割を思うと、誠に残念である。どうか、彼によって点された灯火を絶やすことなく、引き継がれていくように願っている。
これまでの玉木氏の働きを憶え、感謝と哀悼の意を表します。』
  涙があふれてくる。しかしこのように評価してくださる方がいるというこの事実にこころより感謝をあらわしたい。
  神さまに感謝のいのりをささげたい。3日の東山キリスト教会の礼拝で行いたいと思っている。 



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人間の基本的な欲求 だれもがいだくもの 育児日記 5月24日 第六号

 ※「人間の基本的な欲求 誰もが持つもの」育児日記 第五号
 あかちゃんだけではなく、全年齢層にわたって、生きていく上での最も基本的な欲求(願いと希望)について書きます。ご自分に当てはめてください。そうするとよく理解が出来ます。なるほどと思います、確実に。
今回は1から3まで。
/佑蓮△腹が空いていることを好みません。おいしいものを常に追い求めています。テレビの場組はどの局も、食べ歩きを追いかけています。人は、寒いことを嫌います。人は、衣服には敏感です。心地よいものを求めています。奥地の人々がいろあざやかな衣服を一生懸命に作っている様子が過日も報道されていました。これらの欲求は人類共通のものです。
⊃佑蓮病気を好みません。心と体の健康を願っています。医療制度の充実とその整備は国つくりの最優先事項としなければいけません。すべての人がこの恩恵にあずかるようにもっていくことが政治の根本です。美しい国つくりの第一目標をここに置かなければいけません。家庭とは、家族が病気をしないように一番配慮するところです。
人は、安定した収入を確保されなければなりません。社会と結びついた仕事をもち、それによって自分が社会と関わっていることをつかみたいと願っています。勉強すること、仕事をすることに喜びを持つ人間になりたいと願っています。働く意義を教えることが教育の根本です。
   =つぎはいらはじめます。休憩にはいります。コーヒーをいただきま=


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2007年05月22日

信仰とはーーーその3

ありがとうという言葉は究極的には神さまにささげるものです。何故ならばすべての根源は神さまにあるからです。ありがとう!といって、これから「信仰とは、」のエッセイを書きます。

※信仰とは、私たちが四六時中神のみ手の墓に位置づけられていることぉ信じることです。
※信仰とは、人間の評価ではなく、神さまが本当にことを知っていてくださるという境地にたつ恵みです。
※信仰とは、神の呼びかけを心の底で受け止めて生きることです。
※信仰とは、イエスさまを信じることによって回心に導かれることです。
※信仰とは、十分の一を神さまにお返しすることに感謝と喜びをもつことです。
※信仰とは、人を生かすものです。心身ともに健康になることです。
※信仰とは、回心して主に生きることです。
※信仰とは、み言葉に生きることです。み言葉を受け入れ、心に留め、それを明晰に      覚えて真実にいきることです。
※信仰とは、神の子としてくださるチャンスがみ子の十字架の福音によって与えられ      ことを信じることです。
※信仰とは、み言葉に如何に深く強く根ざしているかによるのです。

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育児日記 5月22日 第五号

=育児日記第五号=
※祈るときの時間です。乳幼児でしたら、10秒ほどで。「かみさま、おはようが言えることが出来、ありがとうございます」「よくねむれました。今日一日をよろしく」「おいしくいただけますように」「家族一人ひとりをおまもりください」
言葉をつくらないで、ごく自然に。目をつむると、いのりの言葉がそおっと与えられます。すこし時間をおくのです。待つのです。不思議なことにいのりがみちびかれていきます。
※お母さんのおいのりは、子守唄です。愛のささやきです。言葉の内容や意味が分からなくても、つたわります。
今朝も私は何人かの人が祈ってくださっているのを感じます。いのられているのだという思いにつつまれていると、神さまの恵みが実感できます。元気になります。意欲が与えられます。祈りは交信です。携帯電話をひらかなくても、電文はにゅうりょくされているように。私のパソコンのE−メールを私がひらかなくても、入力されているように。神さまのいのりをきいてみましょう。めをとじて、静かな気持ちで、聖霊のお導きを願いつつ。かならずきこえてきます。音ではなく、風としてきこえてきます。この体験を経験していってください。霊的な成長としてだいじですし、なによりもみ霊につつまれ、ささえられていることをしることができます。聖霊体験です。決して大げさなものではありません。今わたくしはこのブログに原稿を書きつつそれをたいけんしています。
  =すこしむずかしくなりましたね。では休憩します=

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2007年05月21日

育児日記 5月21日 第四号

第四号
※人間の姿で一番美しいのは、母親が子どもを抱いている姿です。マリヤと幼子イエスの姿は多くの画家たちによって描かれています。私のヨーロッパ旅行の目的のひとつは、ここにあります。幼子と母の姿。最高の姿です。世界中の画家たちの目指すテーマです。フィレンチェのピテイ宮殿にはこのテーマによる数多くの絵画があります。母子像だけに焦点を絞ったカレンダーがその宮殿にはあります。私も求めました。人間の姿で美しいものがもう一つあります。祈っている姿です。幼児教室や幼稚園の園長時代などで多くの幼児や小学生と一緒に絵画をしたことがあります。幼時の祈りの姿は誠に美しいです。いや、幼児だけではありません。大人も。いまでいうならばストーカーの中に入れられてしまいますが、祈っている幼児や女子青年などを追いかけるようにカメラを向けたことあがります。最近当事の写真が出てきました。十年以上の前のもです。
 祈っている姿をみつめると、心が落ち着いてきます。心が安定してきます。穏やかな静かな気持ちになれます。魂が豊かになります。
※幼子は母親の祈りの姿にふれると、安心感に満ちます。穏やかな気持ちになります。人を信じ、自分をも信じる心をいだくのです。おかあさんの祈りの姿をみせてあげてください。心の栄養素となります。
私は私の母からこの栄養素をたくさんもらいました。小児喘息で食事が思うように取れないときでも、母の祈りの姿をみていると、食べ物では得られないものが与えられました。
      =ちょっと休憩します=

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育児日記 5月21日 第三号

第三号を書きます。
※私たちは誰でもお祈りをします。祈りは命あるもの必需なものです。信仰の有無、教派にとらわれません。空気が必要であるように祈りは必要なものです。プロ野球のつわものどもが、監督を先頭に神社仏閣に手をあわせにいきます。その光景は夕方のニュースとして報道されます。
※祈りをおしえてくだい。言葉のいのりではありません。おかあさんの祈りの姿をみせてください。子どもの年齢には関係ありません。目を閉じている姿、頭を下げている姿勢。手を合わせている姿を子どもの前で示してください。何かがつたわります。祈りの心がつたわります。
※いのりの姿を子どもの心に植えつけてください。気張ることはありません。ごく自然体で。あたりまえのこととして。
※食前のいのり。寝る前のいのりは大事です。いのりは人間を越えた存在にしんらいすることからはじまるのですから。いのることによって心がきれいになります。きれいということは、傲慢にならないということです。食膳のいのりはたべものが与えられたものであることに対する「感謝」のきもちからうまれます。いのりと感謝はいきとしいけるものが常に身につけておかねばならないことです。
※クリスチャンがよく口にする「アーメン」という言葉の意味は、本当のことです。真実なことですーという意味がふくまれています。世界共通語です。
   ここで休憩します=

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