※色々とアレだったようなので格調高く修正。
※本記事は芸術論でありますのでお間違いなきよう。

という訳で、とっとと寝ようと思ったら面白い記事を見っける。

昔の日本人がスゴすぎる件について
※18禁

まぁ紳士淑女の集う当サイトなんで、あんまり気にする必要は無いんですが
リンク先には春画の画像が満載です。ちょっとした祭です。
しかし、春画って非常に繊細で美しいタッチでして、あの当時にここまでカラフルな刷り物をエロの為に刷っていた事実は素晴らしいなぁと思った次第。
で、リンク先の方でちょこちょこと書かれているんですが、
西洋美術の逸物に対する日本美術のあり方について。

西洋美術において逸物は短小包茎で描かれて(作られている)のに対し、上記春画を見れば分かりますが、日本のサイズはデカイ。
無闇に肥大化させるとバランスが悪い故に西洋では小さく描くものを、
日本はディティールを強調させるが為に大きく書く。
大雑把に言ってしまえば、西洋は半分以下のサイズに、
逆に日本では倍以上のサイズで描写するのが当たり前だったってーワケです。

で、これで何が起こるかといいますと、そんな春画が始めて西洋の方々の手に渡った時に彼らが抱くであろう違和感or驚愕の度合い。
想像してみて下さいよ、半分以下のサイズで描写するのを当たり前としていた西洋人が、
そんな彼らが「実際の半分以下」前提で春画の逸物を見てしまう訳です。
そりゃドギモ抜かれますよ。
ただでさえ異常にデカい(まぁそういう意図で書いているんだから、それもそれで当たり前なんですが)、しかしそれですら彼らの常識のメガネで見れば実際には半分以下のサイズと取ってしまうのです。
つまり現実はこの倍はある、足がもう一本あるようなもんじゃねぇか!的なサプライズ。

そんな、ある意味では日本人にとって物凄く哀しい勘違いから単を発して
当時最も有名な作家「喜多川歌麿」から転じて、日本人のアレ=ウタマロという言葉になっていった、と。
現在で言えばHENTAIくらいな感じでウタマロだった訳でしょう良くわかんないけど。

まぁ今となっては、勿論このギャップも解消されて久しく言葉も風化してきちゃっておりますが、世界はそれだけ狭くなってきてしまったことの裏返しなんでしょうね。
とか何とか適当な事を書いて寝るですおやすみなさいんじゃ。