ワールドメイトと共に−強運の秘密

ワールドメイトの現会員が、ワールドメイトで感じた感動体験、楽しかったことを書いてみます。深見東州先生のこと、世界中に愛をワールドメイトのこと、救霊のこと、支部のこと、日々の幸せ等、書いています。

ワールドメイト・深見東州先生のお話し148−節分は天界のお正月、元旦から三が日は現実界の原点

(深見東州先生のお話し147からの続きです)

次は節分は、天界のお正月。その節分はマッターホルンを開けますので、植松先生と私でいったん開けましたけど、もう一回みんなで、世界的に今度は開けるので、ヨーロッパが動き、ヨーロッパが動いたらアメリカが動いて、アメリカが動いたら世界が動きますから。マッターホルンに昇って、ヨーロッパ神界の中心がマッターホルンですから、あのスイスのスの椅子がある、ヨーロッパ神界が全部、アルプスの中心がマッターホルンですから。

それは、節分は天界のお正月なんです。天界のお正月の原点に帰って、今度は、今年一年間にある御神業の中身が降りてくるんです。霊的な中身、もっともっと濃い中身が出てくるんです。これが節分からだいたい三月の三日頃まで、締め括りが三月一八日、私の誕生日。スの神降臨が二月二十七日なので、冬神業の間に御神業の中身が降ろされていく。その終わりが三月三日、最後を締め括るのが私の誕生日である三月一八日。この日までに、節分から、一年間やる御神業の中身が降ろされてくる。

このお正月は現実界の原点に帰ったので、今年(=2017年)はそういう現実界の方向性が必要になりますよ、ということですね。節分以降はもっと御神業の中身が降ろされるので、何が降りてくるのか分かりません。マッターホルンを開いて、行ったら、本当に天上界から、想像もつかなかったような新しいものが降りてきます。だからワクワクワクワク、心ときめく生きた仕組をしているわけだから、皆さん、会員の皆さんも衛星会場の皆さんも、生きた仕組をしている喜びと感謝と醍醐味に生きなければいけない。義務感だけで続けていては何のためにやっているのか分からなくなってしまいますから、ねばならないというのではなく、そういう醍醐味と喜びと幸せとときめくような感動と喜びと感謝を持って節分の神業にも神事にも出なければいけない。そういうこれからの方向性ですね。それを頭に入れて、また再びここに帰ってきますので、いったん正月の三が日、四日目の御神業をこれで締め括って、まだ出続けますから。節分はそういうことでスイスへ行って、ま、スイスフォンデュ料理を食べますから。チェックして。いやもう滅茶苦茶感動しますよ。その感動の奥に神界があるからね。ということは一年、今年の一年、素晴らしくて楽しみでね、ワクワクするような一年なので、ワクワクする素晴らしい御神業になるわけなので、ワクワクする素晴らしい御神業のためにね、また結集して下さい。ほらね、太陽が出てきましたでしょう。寒くないですね暖かくなってきた。ということで、祝詞を奏上して締めようかと思ったけど、「いや前を向いて話をしろ」ということだったので。お祈りして終わろうかと思っていたんだけど、「いや前を向いて話をしろ」ということだったので、これを四日目の神業の締めの言葉として、いったんお休みして今度はもうちょっとガンガンお取り次ぎしていこうと思います。はいこれで終わります。(このお話し終わり)

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し147−泰澄上人も守護してくれる

(深見東州先生のお話し146からの続きです)

女性も、そういう女性がいたら、みんなその人の所に集まってその女性が一人勝ち。皆さんや青山塾生や先生に薫陶を受けた、昔からある伝統ある今もいかなる時代にも世界にも通用する道を学んで、自分を磨いていけば、100点満点でなくてもいいんですよ。今の時代がますますそうではない時代になってきているから、一人勝ちですよ。全部その人がかっさらっていく。人・物・金、素敵な女性であれ素敵な男性であれ。全部その人の所に人・物・金が集まっていく。だから、皆さんにとってこれからの時代は、チャンスに満ち満ちていますよ。そのチャンスをものにするのは、今言ったような不滅の法則、不滅の社会の原則というものを踏まえて、学問をしっかり持つということは、本ばかりを読むだけでは足りない、読んだ本をどう咀嚼するのか、実践の中でそれを発揮しなければいけないので、実践の合間にまた読書をすると。そんなものを読むのは十代の時でないとね。二十代三十代になったら仕事があって忙しくなってくる。仕事の合間合間に本を片手に、二宮尊徳みたいに柴刈りながら読んでいく。いつもそれを忘れない。まあ、そういう方向にこれから進んでいかなきゃいかんよ、ということが元旦、二日、三日、元旦は原点に帰って「貫き通す精神が信仰心」、二日は、未来の大きなビジョンに向かってしかも大きな未来のビジョンなんだけど忌まわしい予言というものを覆して、安心の世界、そういう忌まわしい危機を予言通りにさせないために仕組が降ろされて、その時はまだ出されていなかったから、そのために今、根源の太古の神が降りてきて、覆そうとする。だから明るい希望を持って、安心して、忌まわしい否定的な気持ちを持たないでロマンを持たないといけない。三日目、泰澄上人さんが□□□□□□□となって降りてこられたんだけど、どういうふうに守るのか、どういうふうに生きなければいけないのか。今言ったような生活修業の中の現実、今の、現代の社会の中で、どういうふうに社会の中で生きていくのが実力のある人間なのか、十代二十代三十代で何をしなければならないか。四十過ぎたらもう切り換えてね、過去は帰ってこないからいいところだけ絞り込んでそれを前に出して、欠点は最少限度になるように、目立たないようにしていく。目立たないようにしていく、そのほうがうんと役に立つ。でもずーっと研究はし続けますよ、私もね、皆さんもね。そういう過程を守ってくれるんですからこの泰澄上人さんは。それが白山神界の入口を守り司っているので、白山神界の入口を守り司っているわけだから、入口から、必要なものはガンガン、白山神界の神々をいっぱい、窓口で入口でいるわけだから、どんどん奥から引っ張り出してくれますね、この泰澄上人は。

ま、四日目はそういうことで、元旦、二日、三日目に出されたものをより有機的立体的より詳しくより具体的に申し上げたのでね、これはお正月は、太陽暦のお正月で最初に戻って、現実界の方向性が出されているんです。これが七日までが濃く出て、それから一月十四日までは続いて、十五日が初釜なので、八日、九日、十日、十四日、十五日まで、今年の方向性が出続けますからね。それで一月十五日で松の内はいったん終わって一区切り。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し146−神のお取り次ぎも自分の実力次第

(深見東州先生のお話し145からの続きです)

四十歳、五十歳になってからでは普通は遅いですね。三十代でも遅い、三十代前半くらいまでがギリギリのところですね。四十代になったら開き直って、今まで良かったところを育てていき、良くなかったものは触れないようにしてそっとしておいて、良いところだけを前に立てて、それでやっていくというのが一番良い過ごし方で、四十代五十代六十代というのは、もう過去は戻ってこないんだから、過去良かったことを、長所を前に立てて、悪いところは表面に出ないように隠しておいて。四十を過ぎてからの悪いところの改善はなかなかできないですよ、まあ、ちょっとマシになるというぐらいで。それよりも良いところを前に出して研ぎ澄ませてそれで勝負していく。社会にもまれて御魂というのは進歩向上していくわけだから、こうした個人の長所と短所、人としての生き方、人生設計、こうしたものを全部踏まえた上で、神の道とは生活修業なんだと。生活の延長の上に社会があるわけで、今の社会は自由主義民主主義、国際主義、それも自由経済です。こうした現実の中に私たちは生きているわけですから、私もその現実の中に身を置いて、一緒に戦って生きているからこそ、今の現代の生きた教えを人に説くことができるわけですから。

その教えを聞いているにもかかわらず、受け取って咀嚼して普通の平凡な普通のどうしようもない大したことないような人間で一生を終わってしまうということは、本当にもったいない話ですよ。神を神とも思わないような姿勢ですよ。守護霊さんや守護神さん、親の心子知らず、ですね。

どれだけできるのかということは関係無いんですね。そういう姿勢で向かっていこうという努力の過程こそが大切なので、そういう生き方をした時にその人なりに一番輝かしい能力や才能や好機や幸せ、そうしたものを発揮し実現することができる。そして、その本当の社会的実力の中に開いていくものが神なるものを呼ぶ。この現実界で表現できる神のお取り次ぎも自分の実力に応じただけのことしかできないわけです。だから私自身も焦ることなくじっくりと自分を磨き、人を育て、学びながらずーっとこの一生が続いていくんですよ。

もちろん御神業が第一ですけれども。

これが三日目に出されたものです。三日目に出されたものは、そういうことなんです。こうした過程を□□□□□□□□さんが守ってくれますよ、ということですね。しかし、守ってくれる守ってくれると言ってもね、自分がその正しい方向性、理想の方向性に向かっていなければダメですよ。志を持ってね。

まあそういうことで、最近は本当にマザコンになっている男が多いからね、もう女性と交際するのも面倒臭いと言うらしいんだけれども、まあそれも時代の流れかもしれませんが。そうした中に昔ふうのピシッとした男性が一人いたら、一人勝ちですね。もう最近はもう独り者がいい、つきあうのも面倒臭いと言いながらなんでも会話も直接できないでパソコンの画面越しにやっている時代に、ちゃんとした人が一人いたら、その人が英雄、その人が支配者、その人がリーダー、その人が全てをかっさらっていくという、いわば一人勝ちのチャンスの時代ですから、ものすごくチャンスが広がっているんですよ。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し145−人との出会いが人生を決めることがある

(深見東州先生のお話し144からの続きです)

なのに、青山塾は厳しいからイヤだというのは、本当にバカでどうしようもないことですね。すなわち私は、そういう神人合一の道が降ろされて、立派な人として自分自身を作っていくために、十代二十代はどのように過ごさねばならないか、これを教えてくれている先生がいるのに、不自由なことがイヤ、ワガママが通らないのがイヤ、そんな理由のせいで尊い生き方から自分を遠ざけてしまうのは愚かなことだと言っているわけです。恋愛禁止ということだけで自分には厳しすぎると思ってしまっているんですね。愚の骨頂ですよ。なぜそういうルールになっているのか、それは、私が反省した多くのこと、乗り越えてきた紆余曲折を踏まえて、見出した不滅の法則があるわけです。素晴らしい人材を育てるためには、どういう十代二十代を過ごすのが良いのか、若人を真に育てるためにはどうしたらいいのか、その若人はそれを聞いてなぜ自分たちがそうしなければならないのかを現在進行形で理解しなければいけません。歳を取ってからでは遅いんだからね。今なら、良くなっていく可能性もあれば、まあまあで終わる可能性もあれば、悪くなっていく可能性もあるわけです。だから、自分たちのより良き未来のための教訓を活かし、方程式を理解して、そうした教訓や法則ができあがった理由と背景を知って、最善とも言える十代二十代を過ごし、自分の選べる最善の道を選んでいく。そういう選択をする努力を重ねていく。これが教養がある人の生き方であり学問があるということですよ。理性と知性と学問があるから、そういう愚かな道に進まないで優れた道を選ぶことができる。

勝海舟と出会った坂本龍馬、二十七歳で勝海舟と出会ったんですけどね、勝海舟に出会うまでは酒と女に溺れていた。無頼漢だったわけですが、勝海舟と会った時に、「坂本君、そんなことをやっている時代じゃあないよ、これからの日本はこういう時代を迎えるんだから、そんなことをやっている場合じゃあないんだよ」と言って勝海舟に活を入れられた。それで坂本龍馬が、「なるほどそうか、自分は間違っていた、酒ばかり飲んだり女を追いかけているような場合ではないんだ。なるほど今はそういう時代でそう生きねばならないんだ」と改心した。勝海舟に出会って一撃の活を入れられたので、坂本龍馬が志を立てて、あのように歴史に残る働きをした。そうした活躍をして足跡を残したのは、勝海舟との出会いがあったからですよ。そうでなければいい加減なちゃらんぽらんな無頼漢に過ぎなかった。

だから、勝海舟よりもより優れた、古今稀なる深見東州先生という先生との出会いがあるのに、なぜそんな平凡な普通などうしようもないような人生を送ろうという宣言をするんでしょうか。せっかくの神縁を自分自身で台無しにしてしまいますよ。せっかくの神縁を、無にはならないでしょうが、実り豊かなるものにすることができないで終わってしまうでしょう。だから、愚かでどうしようもない、バカでどうしようもない、と言うんですよ。こういう活を入れないと、毎日毎日目前のことに追われて、自分なりに一生懸命生きているだろうとは思いますが、それは自分なりに一生懸命生きているだけのことなんで、一生をどう生きていくのか、自分の人生というものをどういう観点から創り上げていくのかという観点から見て、その観点から十代二十代三十代の過ごし方ということを考えた時に、自分はどうあるべきなのか、エネルギーも余って時間もあるから、より良き素晴らしくなっていく可能性と。まあまあで終わる可能性と、どうしようもない人間に堕ちてしまうという可能性と、三つの道が目の前にあるわけです。どうあるべきなのか、当然、素晴らしい道に行くのが、一番後で後悔せずに、素晴らしい御魂、素晴らしくなっていく。みんなの守護霊さんや神様が導こうとしているんだけれども、肉体がある誰かからそういうものの考え方を聞かなかったらね、守護霊さんも守護神さんも神様もその若人を導きようが無いわけですよ。だから私が言葉にして言っているのです。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し144−お母さんとおしゃべりする暇があるなら本を読め!

(深見東州先生のお話し143からの続きです)

そのお母さんがお父さんよりも社会性があるお母さんだったら、「お母さんとは客観的に話し合って時々ぶつかるけれども、よく議論しますけれどもね、母とは」というのは、それは素晴らしいお母さんですね。時々お母さんと議論して、時々お母さんとぶつかるけれども、「まあ仲はいいですけれども時々まあ母とは意見の食い違いがあります」、これはなかなか立派なお母さんですよ。立派なお母さん。そういうお母さんもいるから、だから例外はあるけれども、息子が母親の言うことに従ってばかりではなくなるということは、それは素晴らしい息子さんなんですよ。「お母さんそれは健全で素晴らしい息子さん!」、「自我が目覚め大人になって、健全に育っているのだから素晴らしいことなので、お母さんはあまり干渉しないで、お父さんを通して言うようにして下さいね。素晴らしいことですよ、その息子さんは」といって、お母さんが理解するようにしないと。いつまでも子供は、子供ではないんです。男の子も、高校一年生の終わりぐらいから自我が目覚めてくる。自分というものがどうなのか、社会性が目覚めてくるんです。大人として扱って大人として話しをしなければならないのに、いつまでたっても子供子供子供と思っていたいというのでは、お母さんに理性と知性と社会性が足りないということになってしまいます。子供が、自分の言うことを聞かないというのであれば、賢いお母さんならお父さんにお願いする。なるほどね、と息子の話をいったんは受け入れて、それ以上は干渉しない。自分の好きな道に行ったらいいんだといったんは相手の話を受けとめる。自分で考えて自分で決断し自分の道を自分で行け、と。それならお母さんは応援してあげるよ、というのは、正しいわけなので。

マザコン息子に言いたいことは、「お母さんとおしゃべりする暇があるなら本を読め!」ということですね。立派な大人と、男と話し合って、立派な社会性を身につけた立派な男になれ、とお母さんは言うべきです。こう言えるなら賢いお母さんですね。そういう社会の、常識的に見た時の、客観的なものの見方や考え方をわからない会員さんの中年のお母さんもいっぱいいるからね。これは宗教以前の問題ですね。宗教とか神の道は関係ない。世の中の普通の現代の常識的な社会の中で、より健全な息子、健全な子供がどうなのかという基本的な問題ですこれはね。神様事は関係ないよこんなのはね。神様事に関係があるとするならば、より健全な人間としてより健全な立派な子供になれるよう御魂を育てていくという意味において、御神業だということですね。

本当は三日目のあの天の声で言った時には、ここまで踏み込んで話をすべきだったのが、まあメルマガでかいつまんで書こうとは思っていますが、要するにそういうことですね。そういうようなことが指導できるのは、私が毎日、御神業第一なんだけれども、必死で仕事をして、この世の仕事を術(すべ)として、会社人として多くの人に会ってですね、現実、世の現実の中に足をつけて、現実の中で戦っていますから、皆さんのように。仕事をしていますから。だから世の中の、国民の八割はOL、サラリーマンという自由経済と民主主義と国際主義の中で生きて、生き貫いている宗教人だからこそ言えることなので、他の宗教団体の教祖さんでは言ってくれないことを言えるのが、深見東州先生の、他に無い素晴らしい、この仕組で出されているから言えることなんです。

(つづく)

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