ワールドメイトと共に−強運の秘密

ワールドメイトの現会員が、ワールドメイトで感じた感動体験、楽しかったことを書いてみます。深見東州先生のこと、世界中に愛をワールドメイトのこと、救霊のこと、支部のこと、日々の幸せ等、書いています。

ワールドメイト・深見東州先生のお話し84−自分の魂が意識するから神様もみんな聞いている

(深見東州先生のお話し83からの続きです)

昔は花見の時もね、西荻窪に集まって、お肉屋さんのね、ハンバーグステーキと、ハンバーグじゃなくてA5格のお肉のステーキののっかっているお弁当ね、あの時コナルさんもいたなあ、花見でね。善福寺公園で。冷たーくなっていましたけどね、ミート矢沢だ。ミート矢沢のね、A5格のお肉ね。あの時は久しぶりにスタッフが集まって、夜桜を見ながら、冷たーくなったミート矢沢のステーキ弁当を食べましたね。オペラ歌手のコナルさんも一緒にいて。

そんなこともできなくなってね、あまりにも忙しくてね。ああ九州とか北海道とか、スタッフには何もしてやれないなあと思ってね。いつも思っていますよ。できないながら、足りないところも一杯あるんだけれど、一生懸命御神業と思って、かげで適当なことをやっているやつも一杯いますけれども。御神業と思って先生って言って。会って話をして、何ということもない雑談をするだけでも喜んでね。ああ、そういう神業の仲間たちと一時を過ごすというのはね、やっぱり一番幸せですね。

しかも特にこの神事会場の氷見でね、この神様に包まれて、天下の絶景ですよ。裏へ向ければ白山、前は氷見の海岸、向こうは立山。神様のおられるこの素晴らしい神事会場で、ぼーっと一時を過ごしながら、国のために祈ってね、大日本帝国丼を食うなんていうのは最高に幸せだなあと思ってね。誰と会うよりもどこに行くのよりも、やっぱり幸せの原点はここだなあと思ってね。そう思っております。

そうやってね、神事会場に来たらね、来し方行く末を神様にお話しをして、自分の原点に帰って、そして今現地でお配りしたノートにね、未来のノート、未来の日記を書く。デスノートの逆ですね。こうなったらいいなあ、ああなったらいいなあ、私はこうなるのが幸せです。私の日中関係、日米関係、日露関係もこうなって、私の支部もこうなって、私の仕事もこうなって、家庭もこうなって私もこうなって、ねばならないものは常に葛藤と選択を迫られるけれども、迷うけれども、これが修業なんだ、これがこの世の御魂の修業なんだ、けれどもそのねばならないものなんかに負けてたまるか、よりクリエイティブな、よりクリエイティブな素晴らしいものに、また向かっていくんだ、と思ってね。そういうことをノートに書くわけです。そういうことをこれ現地でお配りしているノートに書いてね、皆さん、神様みんな見ている聞いている。自分の魂が意識しているからね。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し83−はるばるやってきてくれた人と会うのが一番楽しい

(深見東州先生のお話し82からの続きです)

本当は、熊野の神様だけじゃない。全ての神様がそうなんです。だから、はるばるやってきたとか、仕事と御神業の両立とか、仕事と神業と家庭の両立だとか、肉体的社会的時間的財政的なやりくりを、皆それなりに頑張っているとは思うけれども、皆だけを頑張らせて私がのほほんとしているわけではない。誰よりも皆さんのそういう部分の先頭をきってやっているわけですよ。だから若々しいし、だから歳を取っても神力無双で、歳を取ってもクリエイティブで、年齢なんて超越していますよ。負けるか、と思って生きていますからね。私は皆さんの先達ですから。

先頭をきってそうやって自分との戦い、社会との戦い、年齢との戦いでね、神様の世界に向かっているわけです。これが死ぬまで続いていく。それでいいんですよ。ということは、死ぬまで、人間として進化し続けているということですよ。神人合一の人として、どこまでも神人合一のレベルが上がり続けている、高まり続けている。神様のお取り次ぎする次元が上がり続けていく、広がり続けていく、より多様になり続けていく。すなわち進化し続けているということなので。そう思っていつも生きているし、毎日毎日をそうやって過ごしているわけですよ。

やっぱり誰と会うよりもね、はるばるやってきてくれた会員さんと会って、先生って会うのが一番楽しいですね。一番本当に支えてくれていますからね。

その中でエリアの議長とか支部長とか、はるばる北海道や九州とか、東京でも忙しい仕事をしているんだから、仕事が終わってから駆けつけてくれた人なんていうのは、顔を見た瞬間にもう目の奥が輝いていますよ。姿を見た瞬間に、本当にありがとうといって見た瞬間に思いますよ。魂からあふれ出ているんですね、その人のね。誰と会っていくよりも、神業の深い中身を理解して、業界用語をモロに使っても喜んでくれている、神業業界用語をモロに使って喜んでくれている、そういう長い古い会員さんと、エンゼル会で役割をしてくれている会員さんと、スタッフでもしょっちゅう私にしごかれたりしょっちゅう格下げになったり格上げになったりして、しょっちゅう格上げになったり格下になったりして。スタッフだけの正月神業も全然できない状態なので。もうこの十年近くはそんなことも全くできなくなったので、スタッフにも何もしてやれなくてね、まあケーキを食べる時に一緒に食べろとか、フルーツポンチが残ったのを君らも食べろとかぐらいなもので。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し82−報恩感謝だけでは神は最大限には動かない

(深見東州先生のお話し81からの続きです)

そこで私の神人合一のレベルも高まっていくし広がっていくし深まっていくし、より多様な神人合一のレベルが上がっていくという私の修業でもあるわけで、そういう神業と神事を背中に背負って、ISPSハンダ、ワールドカップオブゴルフ、ワールドカップオブゴルフも本当は主催しておられて、シニアもグローバルも、また新国立劇場のコンサートも、美術展も何も、みんな社会の活動。そんな中で先生は時計の総代理店、今度は七つか八つになりますけどね、十二月に椿山荘でね、クリスマス絵画コンサート時計展示会というのをやりますよ。以前は椿山荘でクリスマスコンサートとプロレスが合体しましたね。椿山荘にプロレスのリングを設定してね、初代タイガーマスク、曙、それからサスケとか、それから女子のダンプ松本、ブル中野とか来てね、皆がサンタさんの格好をしてやってくれましたけど、まあクリスマスコンサートとプロレスが合体するというほどの意外性ではないですけれども、三日間ずっと歌いながら、選りすぐりの書画展をやっていなかったのでやって、八大ブランドの私が輸入している時計をクリスマス特別価格で展示すると。そういうことで歌を聞きながら絵を見ながら時計をつけて、ワインを飲んでね、椿山荘の庭を楽しむというのをやりますよ。

こんな誰もやったことがないことに、そんな中でも魂は疲れずに、誰もやったことがないようなクリエイティブな世界に挑戦しろ、というのが神様の思し召しなんです。ねばならないことを両立して修業でやっていくというだけではね、神業とか仕事とかに負けているわけですよ。神業とか仕事をこなすためには、もっとその先を見てね、神業にも負けるか、仕事にも負けるか、この世のやりくりにも負けるか、それよりももっと誰もやったことがないようなクリエイティブなものに挑戦し続けるんだーという時に、今の自分の限界を超えていく、未知なるものを動かしていく、まあそれでもたいしたことはないけど、普通の平凡なクリスマスで終わるものか、こういうチャレンジがね、私の創作する芸術とか作品の中に、絵画のリトグラフひとつでも、時計の輸入販売にしてみても、本当に苦しいですね。

苦しければ苦しいほど絶対に苦しまないで、いかにこれを楽しんで、いかに喜びをもって、いかにこれを感謝にして、面白くするのかというふうに考えます。苦しければ苦しいほど、大変であればあるほど、苦しいこととか大変とかねばならないことに絶対負けるかと。苦しければ苦しいほど、大変であればあるほど、四苦八苦しながらやっているものであればあるほど、仕事と家庭の両立、神業と仕事の両立、神業と家庭と仕事の両立、肉体的精神的霊的財政的家庭的社会的な苦しみがあればあるほど、そんなものに負けてたまるかー、そんなもの苦でもないよ、大きな夢と大きなロマンとクリエイティブなものにチャレンジするんだーといってさらに高いものをめざしていくと、神様が、創作芸術の神なるものにクリエイティブな世界が、第6神界の神様が動いて、「よし、応援してやるぞ」っていって。熊野の神様だってそういうふうに向かっていかないと本当の霊力は出ないですよ。報恩感謝だけでは全然ダメ。不可能を可能にする、前人未到のものにチャレンジするから何卒守り給えーといったら、打てば響くように「よし」といって応えてくれるのが熊野の神様ですね。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し81−やりこなすには神様の守護がなければできない

(深見東州先生のお話し80からの続きです)

だから、その間に祟り霊は邪魔をするし、キツネは邪魔をするし、金毛九尾は化かすし、あっちゃこっちゃあっちゃこっちゃといって慢心しているようなスタッフだとか、なんじゃかんじゃというようなトラブルとか、油断とか緩みがしょっちゅうあるわけです。それをある程度バシッと正しながら、みんなの気がビシッと揃った時に、自分の感覚や感性もビシッとそれに追いついて融合した時に、ピカピカピカとスパークしてね、お取り次ぎができるわけですよ。そういう時のお取り次ぎというのはまさに天地も動かすばかりの神力、天地も動かすほどの神力無双のお取り次ぎですよ。そういう状態にもってこないと、日米関係を動かし、日露関係を動かし、日中・日韓・朝鮮を動かし、世界を動かすような大神霊を動かす神事にはならないわけなんで、だから神事というものは催し物ではないんですね。神事というのは催し物じゃあないし、コンサートでもないし、イベントではないわけです。神のお取り次ぎ、生ける神のお取り次ぎであるけれども、人の誠とか霊的コンディションがある程度整ってこないとできないものなんですね。それだけ微妙繊細なものです。

そういうものに、またこの世の義理としがらみがあって、他人の強烈な想いが飛んで来たりしてね、そんなものと戦いながら、何が何でも時間とチャンスとエネルギーを凝結させて、やっぱり神様のお取り次ぎと御神業を第一にしておかないと、あらゆるものが行き詰まるわけです。濃い薄い、狭い広いはあってもね、みんな私のやることは御神業ですから、その御神業の中の御神業というのは、やっぱりこういう神事です。神事だったり秘法会だったりして、神を動かす、神のお取り次ぎ。神事、神業、これらが一番大事な神業のコアな部分なので、ここがしっかりできていなかったなら、派生的な事柄がどれだけ世の中に広がろうと、どれだけ多くの人に影響を与えようと、どれだけかっこいい、素晴らしい、偉大なることをしているかに見えても、それは蜃気楼みたいなものなんです。本当の神様が動いて、本当の神様がお許し下さって、本当の神様の御稜(みいづ)と御神徳が広がり実り多く御稜が赫赫(かくかく)と輝いて、神様が喜んでいてくれなかったら、全てのビジネスも全ての社会事業も、芸術もスポーツも福祉もね、この世の義理もね、いろいろあってもどうということもない。神様あってのことなんです。神様が動かれてこその社会的活動なんですね。

だからまあ、神様の世界は感覚・感性のことで、人がやっぱり集まって誠が結集しないと動かないという、まあそれが真実です神霊界のね。これを主にして、時間と場所と資金と期限が決まっているものに適合させていくというんですからね、その間にはさまれてどれだけ呻吟苦労するか。それをやりこなす時というのは本当に神様の御守護がなければできないし、そのプロセスの修業で神人合一していくわけ。本当に人間じゃないような神人合一した人でないとね、そんなものの両立は不可能ですね。この世的に考えて不可能なことばっかりですよ。この世的に考えて不可能なことばっかりやっているのは、不可能を可能にさせる神様の力が動かざるを得ない、神の力をどう動かすのかっていうまあこれは私の修業ですね。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し80−神様に誠を捧げて裏切られたことは一度も無い

(深見東州先生のお話し79からの続きです)

けれども、神様がいて下さって、何かこの世の危ない時とか危機にあたっては必ず助けてくれる。未だかつて神様に誠を捧げて助けてくれなかったことは一度も無いです。必ず助けてくれる。自分なりに精一杯努力したらね。精一杯やっていない時はね、怠りでパチンと戒(いまし)められるけど、それを反省してまたもう一回やり直そうと思って来たら、必ず2回目3回目4回目に報いて下さるんです。一回こっきりが報いられるとは限りません。

だけどそれが増長魔になっていたり、慢心していたり、油断していたり怠ったりね、侮(あなど)っていたりしてね、最善を尽くしていない時ですよ。それを反省してね、次回からはちゃんとこうしようと思った時は、必ず神様が報いて下さってね、何倍にもして報いて下さる。朝の、夜明けの、全てがブルーの、夜明けのあの時の美しい空を見て、ただぼうっと神様の、素晴らしい神います氷見の神事会場の景色と気に触れながら、「神様〜」と言っている。まあそういうのが、一番神様と交流している黄金の一時なのかもしれませんね。

しかし今日は23日で、勤労感謝の日かな。まだ明日が平日で皆さんはお帰りになってしまうでしょう。でもしばらくしたら九頭龍の霊力テストが始まるからね。九頭龍の霊力テストが始まり、また救霊師の霊力テストが始まり、これはまた極限まで集中するので、それまでまたふやふやと感覚と感性をリラックスさせて、それからぐあーとお祈りして集中していかないと、私も反動が来てね、あちらこちらに八つ当たりしたくなるような、その極限までの集中ですよ。目に見えない神様の世界をパチッと受け取って、その神様のお取り次ぎを完璧にやりこなすなんていうのは、肉体を持ちながら肉体のないお方と極限まで一つになってやるわけだからね、もう、顕在意識の極限まで来ますよ。あの救霊師霊力テスト、まあ救霊師も九頭龍師も両方ね。だから何年かに一回で、私も本当に体力と精神力が継続できないとこういうお取り次ぎをできないわけなんで、文章を書くのと同じように、神様のお取り次ぎってね、機械的に仕事をするわけではない。アートよりももっと極まった、感覚と感性の世界ですから。感覚と感性の世界が、本当に神なるものの世界にパチッと適合して初めて、本当の神様を縦横無尽に動かすお取り次ぎができるわけでね。

時間から時間に、出発して到着してっていう、新幹線じゃあないからね。新幹線でもなければJRの快速でもないからね。何時何分から来て出発して何時に到着しているっていうわけには行かないですよ。それで頭でねばならないと思っても、お祈りしていても神なるものがぐわーっと凝結してこないと、たとえお取り次ぎをしても、スカスカ、スカスカ、スカーとなってね、何の神様も動かない、何の霊力も動かない。宇宙の神々もちょっとは来てもね、バチッと受け取ってやらなかったら、縁結びも美容術も、型通りのことはできなくはないけど、本当にバチッと全員に証があるような状態じゃないと皆様がお納めいただいた玉串は、劫を積んでしまったもの、まっ黒けの鉄の塊か、屋根瓦みたいになってしまう。それが、いただいた玉串の10倍100倍の本当の神徳になってみんなに取り次いであげないと私も劫を積むことになる。神業・神事・秘法というものは皆そういうものですよ。

(つづく)

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