ワールドメイトと共に−強運の秘密

ワールドメイトの現会員が、ワールドメイトで感じた感動体験、楽しかったことを書いてみます。深見東州先生のこと、世界中に愛をワールドメイトのこと、救霊のこと、支部のこと、日々の幸せ等、書いています。

ワールドメイト・深見東州先生のお話し103−日本は世界の王になる

(深見東州先生のお話し102からの続きです)

という押し問答があって、「じゃあ植松先生それ、未来を見てきたんじゃないですか」、「じゃああれ未来なのかしら?」、「未来ですよ、今、無いもの」、「だって見てきたもの…、○○に立派な建物があったわよ、『これが世界連邦政府じゃあ』ってね、見てきたんだもの」、「じゃあそれ、○○にできるんですかね、未来に」、「そうでしょう。だって私、見てきたんだもの」、「見てきたって行ってきたわけ?」、「神様に連れていかれたのよ。これがそうだよって」、「ほおー、じゃあ植松先生、未来に、神様の仕組の中にあるから、見てこられたんですね。」、「そう?そうなのかな?」、「そうでしょう。実は、出口なおの筆先にね、『七王も八王も王があると、口舌が絶えんので、末で一つの王でおさめる仕組がしてあるぞ』」。今、本当にG7、G8ですよ。『七王も八王も王があると、口舌が絶えんから』、要するに口舌、戦争ですよ。争いと戦争が絶えないので、『末で一つの王でおさめる仕組がしてあるぞ』。神様の仕組の中にね、一つの王でおさめるということは、世界連邦政府ができて、そこで世界の国々がシティのようになるんだ。「というふうに、筆先にちゃんとなっているよ」。「じゃあそれだわ」、「だってそれは神様が、世界連邦政府って言っていたよ」。

で、筆先は、「一つの王でおさめる仕組がしてある」って言っていたけど、出口王仁三郎は未来を見てきてね、「世界連邦政府ができる。二十一世紀、日本は世界の王になるんだ。日本は世界の王になるんだ。日本が世界で最も歴史の古い尊敬すべき所だということがわかって、日本に世界連邦政府を作るようになっている。そして、一つの神、一つの世界、一つの言葉によって世界は一つになっていく。そこからが本当の弥勒の世なんだ」というふうに、王仁三郎さんは具体的に予言している。一つの神というのは、まさにそれぞれの宗教はあるんだけれども、それぞれの宗教は尊重しながらも、宇宙創造の造物主という概念を尊重して、それは大事にするというもとで、一つの神になる。仏教も、法華経は、久遠実成本仏の釈迦牟尼仏ということで、宇宙の根源の仏様ということで、まあ、密教とかは、華厳宗なんかも盧舎那仏、宇宙法界の中心の仏様は盧舎那仏。毘盧遮那仏。それが言葉を発したのが大日如来さんですから。大日如来というのは、毘盧遮那法性、盧舎那仏のことですからね。なるほど、じゃあ日本の場合は、天之御中主になるんでしょうね。そういうことでですね、宇宙を創造された造物主のもとにおいて、一つの神という概念で諸宗教がお互いの違いを尊重し合って、普遍的な信仰に宗教心をもっていくという意味で、宗教の争いというものが政治的決着を通して一つになっていく。一つの宗派が全部を押さえることはできない。アッラーの神、ヤーヴェの神というのはあっても、宇宙創造の造物主という概念で一つの神様に統一されて、それぞれの宗教の違いを尊重して共存していくという形に、世界連邦政府ができたらそうなっていってね、宗教間の争いというのがそういう形でね、おさまっていくようになっていくわけですね。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し102−世界連邦政府

(深見東州先生のお話し101からの続きです)

世界連邦政府も、「あのさー」って、「あのさー、深見さん、あのさー」って、「あのね、今ねあるでしょう?あの、世界連邦政府がね。世界連邦があるでしょう?」、「あれがさ、私、行って見てきたのよね」って。「はあ?今ありませんよそんなのは。今あるのは、国際連合。国連というのはありますよ。国際連合。United Nations。これは、安全保障はニューヨーク、それ以外の国際機関はみなジュネーヴにあるんです。ニューヨークが安全保障の中心的な部分なんだけど、それは国際連合なんですよ。世界連邦政府なんか無いですよ」、「あればいいのにね」って言って、みんなが言って私も、世界連邦政府設立同盟の青年局長をしていましたからね。東京に来た時、いっときだけね。なかなか進んでいかないようなマイナーな組織でしたけどね。それで一回、ロシアのソ連の科学アカデミーで呼ばれたんだけれども、植松先生が、「そんなところに行ったら、脳ミソを、あなたみたいな超能力者は、研究しているから、脳ミソを取られちゃったりして。研究されるわよ」と言うから、「そんなことは無いと思うけど、いやでもまあ、行くのは止めよう」と言って行かなかった。「脳ミソを調べられて、何をされるかわからないわよ」と言われましてね、「ああ、そうかね」。

だからまあ、世界連邦政府があればいいのにねって言って、湯川秀樹とアインシュタインが、あのような核兵器を作ったりしたけれども、どうすれば戦争がなくなるかというのは、もう世界連邦政府を作る以外に戦争がなくなる方法は無いんだというのが、アインシュタインと湯川秀樹が、結局、科学者の責任。核兵器を作ったり、科学が進歩したことで人類が滅亡するかもしれないし、戦争で多くの人が命をなくす。科学者の責任ということを考えた時に、どうすればこのような戦争がなくなって、人々が科学兵器によって殺戮されたりしないですむようになるのだろうか、真剣に考えていたのはアインシュタイン、湯川秀樹だったんですね。それはもう、世界連邦政府を作って、政治が一つになる以外に戦争をなくす方法はないんだということで始まったのが、世界連邦政府運動なんですね。アインシュタインと湯川秀樹が始めたんです。

「だけど、そういう運動はあるよ」、「だけど世界連邦政府は、まだ無いですよ。あればいいけど」って言ったんですね。すると「だってそんなことないわよ」、「そんなことないわよということはないでしょう」って言って、「無いものは無いんですから。あるのは、国際連合。国際連合はあるけど、世界連邦は無い」と言うと、「そんなことないわよ。私、でも行って見てきたもの」というから、「はあ?行って見てきた?」、「だって神様に連れて行かれて、『これが世界連邦政府じゃあ』って言って、神様に連れて行かれて見てきたもの」、「はあ?どこに行って見てきたの?」、「○○にできていたのよ、○○にね」、「○○?」、「そうよ、行って見てきたのよ」。「『これが世界連邦政府じゃあ』って、神様に連れて行かれて、○○にできていたのよ」、「どこへ見に行ったんですか、○○?」、「神様に連れて行かれてね、『これがね、世界連邦政府じゃあ』って言ってね、見せてもらったのよ。立派な建物だったわ」、「はあ?」、「だからさあ、世界連邦政府があるでしょう?」、「無い」って言っているのに、「いやそれは『あればいいね』という話はあるけど、現実には無いですよ」、「だって現実に無いって言ったって見てきたもの私」って。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し101−変わり続けるのは、進化しているから

(深見東州先生のお話し100からの続きです)

なぜ変わっていくのかというのは、進化しているからなんですね。大自然と宇宙と神なるものは常に刻々に進化していっているというのが宇宙の真実、大自然の真実、神の真実の姿なんです。だから、変わり続けるということだけが変わらない真実だよということは、神様の実体というものは刻々に進化し続けているということは、自然界の神なる部分、宇宙の神なる部分、神様の実態ですよ。それならば我々も人間も刻々に進化し続けていく。刻々に進化し続けていくために、只今只今に生きる。

只今只今に生きるということは、只今只今に置かれている環境、刻々に移り変わっているその寸暇を惜しんで、それを感謝して、喜んで、味わって、幸せと受け取りながら、真心込めて一生懸命やる。真心込めて一生懸命お取り次ぎしていくと、それが進化になっているわけです。刻々に進化していっているわけです。刻々に進化していっているんだ、ああそうか、ああそうかいなじゃあない。刻々に進化していっている。だから、只今只今に生きなければいけない。只今只今、置かれているその環境、許されたこの氷見の神事会場におけるこの刻々の只今を、喜んで、感謝して、幸せをかみしめながら、真心を込めて一生懸命やるということに、真実の神なるものの輝きがあるわけで、そういう向かい方を、努力をしていると、その人は刻々に進化していくわけですね。進化しているからじゃあどうしたらいいんだ。世の中で、変わり続けるということだけが真実だとするならば、じゃあどうしたらいいのか。仏法では、だから涅槃寂静を目指さなければならないんですが、我々では、だから、只今只今に生きなければいけないんだ、只今只今に生きるということは、只今只今置かれているこの瞬間瞬間の環境と、場と、チャンス、これを、喜んで、感謝して、かみしめて、真心込めて一生懸命、お取り次ぎする、向かっていくというふうにいかなければいけない。これが結論ですね。

また、只今只今に生きるということは、禅で言うとですね、迎えず送らず。これは臨済禅師がおっしゃったことでね。即今目前聴法底といって。即、いま、目前で、私の法を聴くおまえのこの腹の根底は何なんだ、そこがお前の真実の御本霊だ、魂だろう、それはどうなんだというのは、臨済禅師がそうやって追い込んでいって、禅問答をしかけた。即今目前聴法底、底というのはあんたの腹の底という意味ですね。即今目前聴法底、即、いま、目の前でわしの法を聴くお前のその腹の魂はどうなんだということをずっと問い詰めておった。

冬、植松先生に降臨された七日間の冬神業。毎日毎日違う神様が降臨してきた。二月の二十日からね。最後にスの神様が降臨されたわけです。スの神が降臨するまでのプロセスですね。この白隠さん、臨済さんが、只今に生きるということを、「只今に生きる、只今に生きる」って植松先生に言いながら降りて来られた。

白衣観音(びゃくえかんのん)というのがありますが、白衣観音の、「あのさあ、高崎とかにあるでしょう、あの大きい白隠観音が、あるでしょう?」、「白隠観音ではなくて、植松先生、白衣観音ですよ」、「えっ?白隠観音じゃないの?」、「白隠観音ではなくて白衣観音。白い衣を着ている観音様。ほらこれですよ。これが、白衣観音です」、「ああそうか、白衣観音ね、わかった。あのさ、それでその白隠観音がね」、「白隠観音ではなく、白衣観音。白衣観音ですよ。白隠観音じゃないですよ」、「ああそうなの、わかったわ。だからさ、その白隠観音がね」って、何回言っても、白隠観音、白隠観音、「植松先生それ、何回言っても白隠観音と言ってしまうということは、それは白隠禅師のことじゃないですか。白隠禅師が、観音の位に上がっているから、それは白隠さんのことじゃないですか」、「あら、そうかもしれないわね」って言って。そうしたら、観音の位に立った白隠禅師がわあーっと降りて来られて、「その通りじゃ」ってね。こういう感じで審神していくわけです。だいたいね。面白いですよね、植松先生とのやり取りは。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し100−只今、只今に生きる

(深見東州先生のお話し99からの続きです)

そこで、じゃあ、どうすればいいのか。一体どうすればいいのかというと、だから刻々の只今只今に真心込めて一生懸命、刻々の只今只今に真心込めて、後で悔いが残らないように一生懸命真心込めて尽くさなきゃあいけないのよ、というふうになるわけで、「世の中でたった一つ変わらない真実は、世の中は変わり続ける」ということなんです。変わり続けていくものならば、じゃあどうなのかって、只今只今、この海原開き神事というのはいつまでも続くものじゃない。だから一つ一つの神事、一個一個のお取り次ぎを本当に真心込めて一生懸命やる。そしたら悔いが残らない。鹿島の神事も神事会場も、いつまでもあの形が続くわけじゃないと言っていましたけど、本当にそうなって、その時しか無いものを真心込めて一生懸命やるしかない。この氷見の神事会場におけるこういう形の神事も、いつまでも続くわけではないんです。だから、一回一回の神事を、一日一日の御神業を、一つ一つの神事のお取り次ぎを、一枚一枚の人形形代や1ページ1ページのノートや一つ一つの神事を、真心込めて祈り、お取り次ぎをするということを、真心込めて一生懸命するしかない。あとで後悔が無いようにね。

で、昔が懐かしいなあ、昔が懐かしいなあと思っても、昔を懐かしんでも二度と戻ってこないわけなんで、あのときにやり忘れたところ、できなかったところが悔やまれるだけ。まあ私は何も悔やむことは何も無いですけれども、目一杯やっていましたからねお互い。だけど懐かしいなあと思っても、二度と再び帰ってこないんだから、今、この氷見の神事会場の一個一個の神事が、いつまでも続くわけじゃあない。世の中は変わり続けていくということだけが変わらないんだから、これも変わり続けていくんですよ。変わり続けていくのならばじゃあどうするのか。只今只今、目の前にあるものを、真心込めて一生懸命やって、あとで後悔が無いように悔やみが無いように、思い残すことが無いように生きていく。それが神人合一の神法の、大事なポイントの一つの、「只今に生きる」、「只今に生きる」ということなので、「只今に生きる」ということの背景には、「世の中でたった一つ変わらない真実は、変わり続けていくということ」だけなんですね。だから変わり続けていくものならば、刻々の只今に真心を以て全力で生きるしかない。どこまでもどこまでも只今があって、生きても死んでも只今があって、死んでも生きても、若くても中年でも歳を取っていても、只今只今があるわけなので、この只今只今に全力を尽くしていくこと、それしか道が無いんですよ。

只今只今で全力を尽くすだけではなく、只今只今あることがいつまでも続くものではない、かけがえのない只今なんだと思って、只今只今あることに感謝して、喜んで、尊んで、真心込めてお取り次ぎをする。真心込めて尽くす。真心込めて取り組むということが、まさに天地自然の神の御心と道にかなったあり方なわけです。

だから、只今只今に生きるというんだけど、その背景には、「世の中で変わり続けるものは、変わらないたった一つの真実は、世の中は変わり続けていくということ」、これだけが真実なので、ああなるほど。変わらないものというのはそれしか変わらない。全部変わっていくわけです。

(つづく)

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ワールドメイト・深見東州先生のお話し99−諸行無常、諸法無我、涅槃寂静

(深見東州先生のお話し98からの続きです)

それもしかし、いつまでも続くわけじゃない。植松先生も、百五十歳も生きるわけではないわけでね。今、存命中の天啓の宗教。開祖、教祖、存命中の天啓の宗教なんですけど、これもいつまでも続くわけではない。氷見の神事会場で、こういうふうにやっている御神業も、いつまでも続くわけではない。まさに植松先生のおっしゃった、神人合一の神法の一つ、「世の中でたった一つ変わらないものは何か」って、それは、「世の中は変わり続けるということだけは変わらないのよ」って。非常にこれはもう含蓄のある言葉でね、それは植松先生、その衝撃が、魂にズドーンと今も残っています。その時おっしゃった植松先生の顔とか、表情とかもね。お台所で、三、四人の、五人くらい居たかな、もっと居たかな、スタッフが聞いたんですけど、「植松先生それは、まさにお釈迦様が残した仏法の一番大事なポイントの三つ、三法印の一番大事なポイント、諸行無常、世の中は変わり続けると。すべてのものは変わり続ける」。無常は「常ならないもの」だから。

物事は変わり続けるんだという一番大事な仏法の、三つの一番大事なもののうち一番大事なのが「諸行無常」です。物事は変わり続けるんだ。次に「諸法無我」。我が無いということは要するに、肉体も物質も何もね、やがて形あるものは滅びていく。肉体も滅びてなくなり骨になり、灰になって消えていくんだ。机も自動車も会社も、机も自動車も会社も、国というものもどうなるかわからない。連邦政府になったらシティになるし、形あるものはやがて壊れて無くなっていくんだ。だからこの、物事とか肉体とか会社とか富や財産や地位や名誉や形あるこの世のものに執着心を持つな。やがて壊れていく。永遠の物ではない。だから諸法無我、諸行無常。諸法無我だからこそ永遠に変わらない。三番目、涅槃寂静、生きても死んでも変わらない真実の魂の喜び。これは永遠のものだ。見性成仏、悟りを開いた世界のことを言っているんですけれども、また別の言い方をすると阿弥陀浄土。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と言ったり、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と言って、死んであの世に行ったら、極楽浄土が待っている。これは変わらないよって。見性成仏した人が、生きながらにして浄土に居る、これを娑婆即浄土、さっきも言ったけどね。肉体が無くなったらそのまんま極楽浄土に行く。これは変わらない。ここを見なければいけないよということがお釈迦様が言っている一番大事な三法印ですね。

でもその三法印の一番大事なものは、仏法では「涅槃寂静」が一番大事なんです。涅槃寂静の前の段階として、諸行無常、諸法無我があるわけで、物事は変わり続けていく。そして物事はやがて滅んでいく。だからそんなものに執着を持たず、永遠に変わらない真実なものを見ていかなければいけないということを言っているんですけれども。

植松先生のおっしゃった、「世の中でたった一つ変わらないものは、何だか知ってる?」、「それは、世の中は変わり続けるということだけが変わらない真実なんだ」。これはまさに、お釈迦様が一番言った、諸行無常と同じなんです。でも諸行無常というのと若干意味合いが違う。植松先生がおっしゃった、スの神様から降ろされた、神人合一のもう一つの神法、他にもいくつもありますけどね、世の中にたった一つ変わらない真実は、「世の中は変わり続けていくものなんだ」ということです。

(つづく)

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