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日本は、戦後、工業社会を目指し、都市計画においても、エネルギーを消費し、排気ガスといった汚染源となる工場地帯、職場と、安全性を求められる住宅が隔離されて来た。それが、長時間の通勤労働を生み、住宅地より遠い、通勤が必要な「職住分離」のデメリットである。また、都心の職場に近い住宅は、家賃が高いという理由もあり避けられ、通勤は行われて来た。だが、対する新たなパラダイムとして台頭して来たのが、「職住近接」であり、それは、コンパクトシティのコンセプトによる。六本木ヒルズも、コンパクトシティであり、それは、駅前商店街といった分散都市だけに適用されるコンセプトではなく、巨大な複合施設においては、生活に必要なあらゆるサービスを提供出来る場所として、コンパクトシティはあり得る。職住遊近接、さらには、食、医や、教育、情報といった、サービスの高密度化が見込まれる。

ヒルズは、都心においては珍しい防災都市であり、耐震設計であり、発電施設をも備えている。震災の際には、人が逃げ込めるシェルターとなるという事であり、そのコンセプトには、地域の為に開かれ、行政からの独立都市としてのヒルズの真実がある。地域に対して開かれている、という事は、アクセスがた易く、都心ゆえにテナントへのショッピングだけではなく、何らかのイベントや祭事への参加も受け入れられる、という事だ。ヒルズには、都心において、広大な緑地スペースがあり、それでは、彼の毛利庭園といった公園機能に加えて、農園や水田も併設されている。そこで、農作物や米を栽培し、畑を耕作しながら、収穫期が来れば、街の人々が刈り入れを行い、農業体験とするという事である。

つまり、ロハスであり、それは、地方や田舎の田園地帯における、スローライフの専売特許を取り、都市部においても、自然と触れ合いながら生きて行ける事を示すものだ。これは、東京において、ヒルズが、傑出した環境併設都市であるがゆえでもあり、パブリックスペースが効率的であるがゆえでもある。それは、都市開発の計画の議論の段階から、行政への要望を出し、道路や地下鉄といったインフラを集約し、地表のパブリックスペースを取らないように、デザインを議論した事にも理由がある。地下施設の充実、それまでは、地下駐車場といった、クローズな空間でしかなかった地下に、大規模な公共施設を作れる事は、ヒルズの耐震設計がよほど、強力でないと不可能である。森ビル社には、他にも虎ノ門ヒルズや、中国上海の超高層ビルを手掛ける中で進化を遂げ、地下にコンサートホールや競技場を作る、という構想すらある、という。

こうなると、都市計画とは、アーティストによる創作事業ともいえる。ヒルズには、美術館もあり、そこで開催される個展には、東京の中でのヒルズから発信されるクールなカルチャーに溢れている。今は、「FF別れの物語展」を開催しているようだ。そこを訪れた市民が、その感想を語らい、生活にフィードバックして行く上で、ヒルズのスペシャリティは、絶好の立地にあるといえる。メディアセンターとしてのヒルズには潜在力があるし、それは、TV局やラジオ局を擁している事からの大マスコミの仕事だけではなく、祭事然り、農業体験然り、個人を媒介とした、地域発信の強さである。ヒルズには、生きた呼吸があり、胎動しているのだ。




 

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青春を取り戻したがゆえに、死するやくざ。

組長からの命令により、沖縄にある中松組の抗争の助っ人として舎弟たちと共に沖縄へと出向いた村川。しかし、抗争は収まるどころかますます悪化。事務所を爆破された村川たちは、海岸沿いの空き家へと身を隠すことになる。(allcinema)

やくざとは、苛酷な生き方だ。豪奢な生活を送る為には、縄張りを争い、身内での骨肉の争いをすら辞さない。それは、生きる為の目的を超えて、死を傍らに置いた、戦闘民族の人生である。村川の組長である北島は、そんな苛酷な人生を送る修羅のようであり、沖縄の中松組への助っ人は、争いを始める為の罠であった。村川は、組長にはめられたのであり、組織者として、組長のやったことは、自らの子飼いの子分たちを出汁にした、謀略でもあった。やくざは面子を重んじるが、時代が進み、暴力と民が分離し、人権と保護主義が高まるにつれて、殺しはやりづらくなる。だから、抗争の激化とは、組同士におけるやくざという、同類同士の殺し合いへと深化し、人権の蚊帳の外にあるのが、やくざという生き方とする。

やくざがヒロイズムであった時代の終わりを示すものでもあり、組長の行動は、すべて自身の利益の為、栄達の為に他ならない。つまり、北島組という組織を自ら崩壊させたのは、組長の謀略によって、個々の間にあった仲間意識や絆が解体してしまった事にある。自ら先頭を切って組織を大きくしてきたかつての、若かりし頃の大志は消え去り、今は、利益だけを追う醜悪な老人だけが残ったのである。そして、罠にはめられ死地沖縄に送られた村川は、東京の組に復讐を誓うでもなく、ただ、楽だけがある海の暮らしへと向かうのであった。組長の裏切りを知りながら、直情的に復讐に向かうでもなく、「無力な童心に還る村川」は、理想の股肱、組織の歯車という事が出来よう。

村川が、復讐に出たのは、はめられて、追い詰められた上に、殺し屋を送られ、次々と子飼いの子分たちが殺されて行ったからであり、裏切りに対して沈黙を守っている事を逆手に取り、調子に乗った高橋や組長は、村川の逆鱗に触れた、と言えよう。童心に還った片桐やケンらは、突如として奇襲に出た殺し屋に対して、抵抗して、銃撃を交わす事が出来ない。如何に、やくざが戦闘民族とはいえ、戦闘から距離を置き、甘美な平和を享受する事によって、肩の力が抜けて、敵と戦えなくなる。つまり、村川には、卑劣な罠に対してすら、報復する気は一切なかったのであって、それゆえに、股肱の配下として、理想的な人物だという事である。そして、暗君とは、股肱を敢えて殺すのであり、組長は謀略によって、自傷を選んだのである。

組織が大きくなり、盤石の体制となり、敵らしき敵が居なくなることによって、忠烈で鳴らした股肱は要らなくなるのだ。代わりに、組長が選んだのは、高橋という腰巾着であり、プライドの高い武闘派は捨て去られる。醜悪な組長は、酷い指導者であり、そうした、権力を限られた者たち、自身の独裁や、言いなりになる腰巾着で固める事は、生きる事に対する村川の希望を潰えさせる。組織の主流派がそうした、濁流に席巻されていれば、仕事を愛する有志の人材は、やる気をなくすのは当たり前のことだ。そこでは、個人が如何ように生きるか、という大義よりも、死の重力に引かれる事、本能が争点になる。「死に様を選ぶことは、個人にとって最期のプライドを示す瞬間なのである」。

村川は、海の生活に逃避する事によって、本能に忠実に、楽を求める。童心に還る事は、片桐やケンらにとっては、戦雲を忘れさせるものであったが、復讐を決意する事によって、村川は、毅然として退転し再起する。その切り替えの早さは、村川が、他者より優れた戦闘民族である事を示している。童心を知りながら、大人の戦場へと再起し、再び銃を片手に、殺戮を尽くす村川の異彩は際立ったものがある。初めに言ったように、やくざとは苛酷な生き方だ。そこには、背信や謀略はあって当たり前でもある。だから、組長の失敗とは、そうした、謀略そのものにあるのではなく、村川という優れた股肱を知りながら、早期に手を打たず、決着を回避し続けた事にある。つまり、半端に殺し屋を送るのではなく、堂々たる抗争として、村川と雌雄を決するべきだったのだ。

組織の権力者として、頂点に居続ければ、権力に対する余念を生み、優れた他者の存在を認められなくなる。油断が生まれ、それが組長による、村川には何も出来ないだろう、という、邪悪な慢心となったのである。海での童心に還る生活によって、生きる楽しさや、愛する人をも得た村川は、恐るべき復讐をやってのけるが、そうした、カタギの良さを思い起こす事は、人として、村川が変貌する、という事だ。だから、自身の大罪に対する恐れ、ではなく、「村川が選んだ死に様とは、権力の為に生き、何が何でも生き延びようとするやくざらしさ、ではなく、民に生きる個人としてのプライドを綺麗に守るものであった」のである。

朝鮮半島は、民族の拠り所となり、南北両国は共存を目指している。北朝鮮の瀬戸際外交と言われるが、そうした危険な外交政策というのは、アメリカのケネディ政権時代の、キューバ危機の際にも観られたものだ。当時のケネディ大統領は、ソ連にミサイルの撤去が無ければ、核戦争も辞さない、と恫喝したという。半島で懸案となっているのは、ゲームが長期化している事であろう。だが、韓国もまた、その長き闘争の中で、自身のスタンスを理解し、存在感を発揮するよう努力を重ねている。また、冷戦時代も、核戦争の危機に捉われ、多くの政治家が、破滅を杞憂したのではないか。冷戦時代には、超大国が自らの利益と政治の為に、先頭に立って、謀略や紛争に介入して来たものだ。だが、今の朝鮮半島には列国の注視が集まり、実質的に不可能とはいえ、統一に向けた根強い民族の悲願と、相互平和の為の、自衛戦争への世論があるように見える。

それは、北朝鮮における対米のみならず、隣国であり軍事的脅威とみなす、韓国もまた同様である。韓国もまた、自衛の為に、米韓同盟であったり、中国への外交交渉の布石を残している。それは、事大主義の現れでもあるが、バランサーという韓国の自負は、同盟外交における、国家の自我の喪失を示すものだ。儒教に捉われた韓国の政治への思想というものは、あくまで、脱アジアを標榜しながら、財閥や権力の支配による父権主義という枠組みを超える事はない。分断国家といえば、東西ドイツがそうであったが、南北朝鮮においては、宗主国が近親性のある民族ではなく、アジアと欧米という完全な異民族であり拒絶反応が起き、また、ドイツのように政府が壊滅した敗戦国というわけではなく、中枢を再興できるだけの思想的な重鎮が生き残り、当初から統一国家と民族の再建を目指したがゆえに、自我が強かったからではないか。

つまり、韓国こそが、思想と信念の立てるべき箇所を失い、小国の道を目指しているのだ。アメリカの属国であっても、それが、弱小国の条件ではない。それは、経済大国であり、アメリカの強い影響下に置かれて来た日本という模範を観れば、一目瞭然である。韓国は、「小さくとも強い従属国を目指すか、大きく貧しい独立国を目指すか」、であろう。現行の北朝鮮との統一は、両国間の経済格差が余りに大きいことから、韓国民からは嫌われている。つまり、韓国が本気で、統一を考えるのであれば、日米が主導する経済制裁を抑止する防波堤となり、北朝鮮への利益誘導を進める必要があるのだ。そうして、北朝鮮が独立経済圏と政策を構築出来るだけの実力を付けさせる必要がある。

韓国にとっては、共産主義の軛から脱し、経済の自由主義化を進め、改革に成功し続けている中国は、奇跡的な存在である。戦後間もない時期の韓国は、日本統治時代のインフラといった遺産があったとはいえ、世界の最貧国グループにあった。ソ連の計画経済を模倣した北朝鮮に劣る時期すらあったし、さらに朝鮮戦争による、国土の荒廃もあった。それが、ベトナム戦争特需や日米からの経済協力と友好国としての優遇措置があって、「漢江の奇跡」と呼ばれる奇跡的な復興劇を遂げたのである。「漢江の奇跡」には、古の従軍慰安婦といった憎悪の懸案を遥かに凌駕する、友情や努力の物語があるはずである、それを、クローズアップさせないのは、従軍慰安婦懸案を、日本への責任転嫁による、資本の奪取につながる、という、安易な見方があったからではないか。従軍慰安婦懸案を国策とするのは、独立国家の恥ではないか。

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