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過去に観た夢は、今に生きているか。

富山県警捜査一課の四方篤(岡田准一)は、漁港で旧友の川端悟(柄本佑)の刺殺体と対面する。容疑者として浮上した田所啓太(小栗旬)を含む三人は、幼少期に親に捨てられ、共に過ごした関係だった。会社と家族のために金策に奔走していた川端と、幸福な日々を送る田所。そして、妻とすれ違いの日々を送る四方。こうして四方と田所は再会を果たすものの、四方の問い掛けに田所は何も語ろうとせず……。(シネマトゥデイ)

片田舎のカフェにて、住み込みながら、生活を送っていた幼馴染の三人は、貧しくとも愉しい日々を過ごしていた。そこで起きた事件は、彼らの心に傷を残したが、それは、理想郷としての共同生活に対する失敗の結果を残したといえる。それは、一度親に捨てられた彼らにとっては、今度こそ、と思ったもう一つの共同体としての家族が壊れた、という痛手となった。そんなトラウマを抱えて、大人になった三人は再会するが、その中でも、刑事の四方は、妻とのすれ違いもあり、厳しい人生を歩んでいる。殺伐とした彼の人生は、公共に仕える職務の義務のみならず、彼が、過去の悔恨を残して、忍耐しながら生きているからではないか。

そして、四方の家族もまた、問題を抱えており、母親は薬を飲んで自殺しようとする。四方が正常な家族を保てない理由とは、やはり、彼個人の失敗経験が深く心に突き刺さっており、それが、ハラきりのようなネガティブな影響を家族に及ぼしているからだろう。彼が正常な家族を保てない代わりに、田所は妻と生活を送り、新たな子にも恵まれる。親友である四方は、そんな田所の幸せを横目で観ながら、自身も同じ家族が増えたように、出産を大いに祝福する。そうした、互いに足らざるを補い合えるのが、友情であり、一方的なもたれ合いでも居候でもなく、対等に付き合える事は、厳しい人生を送る四方にとって、救いとなるものだ。

四方の心には空白があった。その原因とは、もしかしたら二度と独立した家族を築けないかも知れない、という、恐怖感からだ。刑事といえども、スーパーマンではない。むしろ、一国民であり、法というシステムに仕える、弱き公僕であろう。だが、彼は精一杯の責務として家族を守っている。それが、経済的にも物理的にも、守るという責務を果たす事は、トラウマを抱えた少年時代には考えられなかった事だ。だから、弱き公僕が家族を守り得るという事は、組織を超えて、彼個人の強さの理由となっているのだ。主人公とは必ずしも幸福ではない。むしろ、逆境にあって、その不条理を跳ね除ける為に、奮闘し、そのストーリーが鮮やかな成功劇でない事も、リアリズムにおいては十分にあり得る事である。

かつての三人は、過去と変わらぬ友情を持ち得るものであり、川端は死んでしまったが、その秘密を含めた少年時代のストーリーは、二人によって受け継がれ、生きて行く。避け得ぬ事件を受けて、壊れかけた友情、それは、25年の時を超えて、蘇えるのである。