狭山事件「科警研三鑑定」の高村鑑定人には筆跡鑑定されたくない1963(昭和38)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

November 11, 2019

1963(昭和38)年11月13日狭山事件第一審第五回公判、日本語の文章としても疑わしいU証言を被告人にとって不利な意味解釈をした一審、二審の裁判長

※1963(昭和38)年11月13日狭山事件第一審第五回公判で、
日本語の文章としても疑わしい内田幸吉証言を被告人にとって不利な意味解釈をした一審、二審の裁判長のこと



*昭和38年6月5日付内田幸吉供述調書(2)(取調検察官 飯塚栄一  立会人 伊藤操)と
1963(昭和38)年11月13日狭山事件第一審第五回公判に関する文献より抜粋します

野間宏 『狭山裁判・上』頁349〜350

一審第五回公判調書の中の、五月一日夜、内田幸吉氏の言う石川被告が氏宅を訪ねた時、犬が吠えたか、吠えなかったかを巡って、氏が証言しているところを見よう。・・・

弁護人(副主任)ああ腹が減ってるような時には哭くんですか
氏 ええ、哭きません。近所の方が来てもなんでも吠えませんから。・・・

もちろん裁判長は、この二つの言葉を同時に使うことは不可能であることを明かにし、どちらか一方を採用するよう氏に注意すべきなのである。注意するだけではなく、このようなまったく反対の意味を持った二つの証言を証言として認めることはできないとすべきなのである。
しかし一審の内田武文裁判長は裁判長として当然すべきことをしていない。
しかし二審の寺尾裁判長は、このことを少しも追及することなく、二審の裁判をすすめているのである。・・・

「同人が飼っている犬がよく吠える犬かどうか、当夜吠えたかどうかについての同人の証言がはっきりしないからといって、前記の証言の信憑性を疑う理由とはならない」と寺尾裁判長は判決文で述べている。・・・

さらに、これを文章のうちにはいって見るとき、・・・日本語の文章法として、ないものなのである。
もっとも裁判用語の多くが、日本語と認めがたいものが多いということから見るとき、この「ええ、哭きません」という言葉が日本語の文章法にないものであることを感知し、審理のなかにそれを引きだし、問いただすことが、裁判長の能力を越えているとするならば、これは日本の裁判制度そのものに備わる大きな欠陥を示すものであるし、この問題は日本の裁判制度全体を変えなければ、日本の裁判は真に正しい審理を行うことは不可能であることを明確に提示している大きな問題として、日本人全体の前に置かれなければならない。




*『自白崩壊 狭山裁判二〇年』 日高六郎(京都精華大学教授)

「二重否定による工程の論法」
東京高裁の再審請求棄却判決がありました時に、私は『世界』と『狭山差別事件』というパンフに「市民的常識」、「市民的常識からの反撃」という言葉をあえて使ったんですね。
なぜかというと、二審判決などについてみても、ひとつひとつの物証についての弁護団側からの主張に対する裁判所の反論の仕方というのが、ふつうの世の中の常識では通らない感じがしたからです。
ほとんど憶測を積み重ね、推測を繰り返しているだけでしょう。
文体でも二重否定の文体がよね。二重否定というのは、だいたいふつうはあまり自信がない時に使うんですよ。そういうことで真実とされるということでは、これはもう大変なことだという気がしましたね。・・・

これはあらゆることで言えると思いますが、たとえば万年筆の問題。・・・第一審では「よく見えるところだからかえって見落とした」と言っている。第二審では「見えにくいところだから見落とした」と言っているでしょう。そうすると第一審と第二審の判断の根拠というのは違っているんだけれど、第一審の判断の根拠をどういう理由で第二審で否定して、第二審の判断が絶対に正しいと主張できるのでしょうか。・・・

これだけ大きな問題になった狭山裁判の中で、そういう推測、表現がまかり通っているというのには、本当にびっくりしましたね。そういうことは常識から考えてもおかしいではないかと思います。
もちろん、きちっと証拠についての信憑性をつきつめるということは、まさに法廷の役割だと思うわけですけども、しかしまず市民的な常識でおかしいというところに対しては、裁判はそこのところを大切にしなくてはいけないのではないかという気がします。



野間宏「狭山裁判・上」頁365〜366

「部落差別の供述をふくむ供述書」
このすぐにも部落差別とわかる言葉を挿入されている供述調書には、ひとはじつに近寄りがたいのである。
その供述調書に近づき、すぐにも部落差別とわかる言葉を見出し、これは部落差別の供述調書であるという抗議をただちに行ったとせよ、その抗議によって、かえって狭山事件の犯行は石川青年、石川一雄氏によって行われたことを否定することのできないところに陥れられるおとになるのである。
この供述調書には部落差別の言葉があるという抗議をすすめるとき、部落差別の供述調書である故、この供述調書を取り消せという運動が起こされているかのような状況がつくり出される。
そのような状況の下では、それは逆に石川青年、石川一雄氏の犯行を、部落差別反対の抗議または運動によって取り消させようとする、まことに理不尽この上ないことになりはててしまうのである。
石川一雄氏はまことに恐ろしい犯行を犯しているにもかかわらず、それをやみくもにおどしによって、歪曲いてしまおうとするのが部落の人たちであるとの声が、たちまち広がるに違いないのである。・・・

しかしいまや、これらの供述調書の備えている恐るべき特性を明らかにし、それを剥ぎ取ることが出来たのである。もはやこれらにいかに間近に接近しようともなんの危険もそこにはない。
この差別供述調書を作成した警察官たちはまたその責任者たちはその責任を明らかにし、それを身に負わなければならない。最高裁判所は、もちろん、これらの供述調書の差別書証であることをはっきりと認め、その上で事実審理を精密にすすめ、深めるべきである。




*昭和43年11月14日付 第二審第三十回公判と
 昭和47年4月15日付 第二審第五九回公判に関する文献より抜粋します


野間宏 『狭山裁判・上』 頁209

寺尾裁判長の判決文の中で本被告事件における特異性とされている三つのもののうちの第三にあたるものは何回にもわたる現場検証、筆跡鑑定、血液鑑定などによって「公判が本日の判決にいたるまで控訴審だけで実に八二回、一〇年以上の歳月を経過した」こととされているといってよいが、そのうち特に裁判長が言葉を費やして、強調しているものに、筆圧痕の問題がある。・・・

同 頁230

最高裁判所は、これまで事実審理を行わないとされている。しかし今日、荻野助教授の行い成功した、走査電子顕微鏡による、この上なく微細な対象表面の変化をもとらえて、その原因を明らかにし得る鑑定方法が見出された限り、これまでの審理慣例にとらわれることなく、この多くの人々の疑いを招いている筆圧痕の問題の事実審理を行い、正しい鑑定はいかなるところにあるかを明にし、今日の裁判そのものについての多くの疑惑を消し去るべきであると私は考える。
最高裁判所の任務は重く、日本に正しい裁判がいまもあるかいなかを鋭く問われている現在、正しい裁判審理のあることを国民の前に示すべき時である。



*1977(昭和52)年8月10日 最高裁判所第二小法廷 吉田豊裁判長 上告棄却決定

野間宏 『狭山裁判・上』 頁435

石川一雄被告の有罪の追認ということである。・・・
しかもその「決定」にあっては、この事件にはいまだ「解明されない部分」が残されていることが認められている。・・・

この最高裁判所の「決定」は、まさに今日の日本の裁判所を根本から疑わせるものであるが、それは、これが日本における民主主義の否定につながるが故であり、日本に生きる一人ひとりの人間の生得の権利、その基本的人権を侵して素通りする道をひらくものと言ってよい。

このような「決定」を、私もまた日本の多くの人々と同じように認めることはできない。
このような「決定」はこの日本の不幸であり、また日本についての正しい国際的な評価を失わせるものである。

裁判は殊にもっとも重要と考えられ、また法律上定められている最高裁判所の裁判は、このようにあわただしく突然その「決定」を公にするなどということがあってはならないのである。・・・

もし信ずるところがあるならば、最高裁判所はこれらの問題を避けることなく正面から受け止め、その決定の発表にさいしては、前もって広く予告し、その真実とするところを公にするのが当然と考えられる。またそれが最高裁判所のまさにすべきところである。
しかし最高裁第二小法廷はそうしなかった。その決定の突然の公表は違法ではないということであろう。・・・

しかしそれでは違法ではないということが残るのであって、あるべき最高裁判所はないに等しいのである。・・・








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higurashi at 18:58│Comments(0) 1963(昭和38)年 

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