1963(昭和38)年9月23日1963(昭和38)年9月30日・第一審第二回公判

September 02, 2019

1963(昭和38)年11月21日狭山事件 第一審 石川一雄さん「 細引紐と荒縄について」供述。無実の人が「犯人を演じ」て語った任意の「自白」からも無実を証明されてきた心理学者浜田寿美男氏

〇無実の人が「犯人を演じ」て語った任意の「自白」から無実が証明される(浜田寿美男氏/心理学者)

 浜田寿美男先生は、狭山事件の自白鑑定書を提出した六年後に、袴田事件においても自白鑑定書を提出されています。

 その袴田事件の鑑定で得た結論をタイトルに冠した著書『自白が無実を証明する』(北大路書房、二〇〇六年)や、『自白の心理学』等でも、取調官の強要が無く、無実の人が「犯人を演じ」て語った「自白」とも「十二分に向き合って」無実を証明していっておられます。


*浜田寿美男『〔新版〕狭山事件 虚偽自白』、北大路書房より
一例をあげれば、農道に埋められていた被害者の遺体には、両足首に細引紐が巻きつけられ、その先に長い荒縄がつなげられていた。・・・
この点について、石川さんは自白の中で、被害者を殺した後、脅迫状を持っていく間、遺体を近くにあった畑の芋穴に隠していたのだと供述している。
芋穴と言うのは、収穫した芋を保存するために畑の隅に掘り抜いた深い穴である。
石川さんは遺体をこの穴に吊るし、足首につないだ荒縄を近くの桑の木に結び付けて、後で引き出せるようにしたのだという。・・・

この供述について石川さんは法廷で、取調官に言わされたのではなく、自分で考えて言ったのだと認めていて、確定判決はこの点を捉えて、自分から言い出した特異な供述で、だからこそ自白として信頼できると認定した。

ところがもし石川さんが言うように、遺体を芋穴に吊るしたのだとすれば、細引紐でくくった足首に五四キロもの遺体の重みがかかって、足首にそうとうの痕を残すことになるはずである。
ところが足首にはそのような痕は残っていない。
つまり遺体が芋穴に吊るされていたなどと現実にはありえない。・・・
自分が「犯人になって」考えて語った供述が、事件への無知を露呈させてしまったのである。自白の中のこの無知の暴露は、まさにその人の無実を証明している。

無実の人が「犯人を演じる」などということが、はたしてあるのかと思われるかもしれない。
しかし虚偽自白とはまさにそのようなものなのである。
狭山事件の石川さんの自白、袴田事件の袴田さんの自白に徹底して付き合い、そこから得たこの結論は、わが国の刑事冤罪事件における虚偽自白のもっとも基底的な事実である。・・・

無実の人の自白には、それ自体の中に無実の証拠が残っている。その無実の証拠を暴く仕事が、これからもなお求められている。・・・
そして、おそらくいまの石川さんには、この自白はくやしくてたまらない記録かもしれないのだが、しかしこれはまさに、石川さんの無実をはっきり示す貴重な証拠なのである。

このことをいかにして再審請求に置いて、裁判所に理解させていくのか、今一度、挑戦を試みなければならないと思っている。本書の再刊がそのきっかけになることを、まずは願いたい。

二〇〇九年七月 




*Yさんの遺体発見の様子は
昭和38年5月4日付大野喜平作成の実況見分調書には
「頸部は木綿の細引紐がひこつくし様に後で締められていた」
また「死体の上にあった、太い4本合せの荒縄」と記載されている

*その、犯行に使われた木綿の細引紐と荒縄の出所、使途について
<第一審第七回公判、質問、検察官尋問>で 以下のような答弁がされている
 麻細引紐か、木綿細引紐かについて 被告人石川一雄

(細びきと荒なわを示す)
 一)これは知っていますか。
    はい、知っています。
 二)これは何に使ったんですか。
    善枝ちゃんの足を縛る時使ったんです。
 三)足を縛るのはどれで縛ったですか。
    麻なわの方です。
 四)このなわはどこから手に入れたんですか。
    新しく建築している家の前にあった。
まわりに垣根にしてあったやつをはずしたです。






五)善枝ちゃんを埋めたところから・・・
    北です。
 六)北側になるところ。
    はい。
 七)どのくらい離れているところですか。
    百五十メートルぐらいです。
 八)麻なわも同じところ。
    ええ、そうです。
 九)本当は麻じゃないんですけど、木綿の細引です



*それに対し、裁判所は 細引紐と荒縄についての供述は、自分から言い出したものだから自白として信頼できると認定し、事実確認を行わずに、有罪判決を下している
「本件の木綿細引紐で被害者の首を絞めて死を確実にしたことが露見するのを情状面からおそれて出所を秘している。子供の誘拐を狙っていたという筋からして、犯行前から木綿細引紐を持ち歩いていた。」(要約)


*木綿細引紐及び荒縄の出所、使途に関する弁護団側の反論
しかし自供はそうなっていない。
自供では、死を確認してのちに死体処理のための用具を探しに民家の方へ行って麻縄を盗ってきたというのであるから、殺害犯行時に木綿細引紐はいまだ手にしていないことになっている。いかにも乱暴な認定というほかはないのである。本件の確定判決には、「鑑定結果」にあわせて自供を有罪方向へつくりかえるという、恐怖の悪癖がある。その一つが「木綿細引紐を持ち歩いていた」ということ、その二つ目が、秋谷鑑定結果と万年筆の奪取時期などに関して決行された自白の捏造である。


*木綿細引紐及び荒縄の出所、使途に関する 石川一雄さんの自供と弁護団による要約
   峪笋呂修海ら縄を探しに行ったが、Yさんを縄でしばって穴の中へ下げておくため、人の住んでいる家の方がよいと思って家のある方へ行った」(6月25日付員面調書青木・遠藤)
 ◆ 屬修譴らそこから50米位はなれた北側の新築中の家のまわりに張ってあった縄と梯子のそばに置いてあった麻縄のような縄を取ってきた」(6月29日付員面調書青木・遠藤)
  麻縄も一緒に盗みましたが、その麻縄は倒してある梯子の附近にありました」(6月27日付検面調書原)

 これらを要約するに、「本件犯行に使用の縄と麻縄(木綿細引紐)は民家から同時にとってきたもの」と一貫して自供したとされている。
 いまそこで女学生を強姦・殺害した犯人がその直後に、警戒心もなく「人のいる家の方へ行った」という事態が、そもそも経験則上理解しにくい。真相を述べたものであろうか。たしかに、「人のいる家の方へいった」旨の自供は捜査官による誘導の産物であった。
・・・
 すなわち「同一の場所から同時に盗ってきた」という2つの物について一方の「荒縄」については、誘導の産物というほかはなく、もうひとつの方の木綿細引紐については、盗ってきたという場所にはそもそも存在していなかったというのであり、常識からすれば、これら自供が非体験の架空の供述であることは直ちに気付くことができるのである

そうなると本件犯行の死体処理に使用されたことの確実な荒縄と木綿細引紐と被告人とは結びつくことはできず、ひいては請求人と本件犯行の核心である殺害行為との結びつきに強い合理的疑いを生ぜしめることになる。

 批判にかえて、肯綮に中る最高裁判所の判決例をかかげる。
 「思うに、本件事案の核心である実行行為そのものに関する自白に、裁判所としては、想像をまじえる以外では解決しようのない矛盾点があってもなお、捜査中の自白を信用しなければならないものだろうか。それは全く、被告人らが真犯人であると先ず決めてかからねばできないことであって自白の真実性を慎重に吟味する合理的な態度ではない。」(松川事件第2次上告審判決齋藤朔郎裁判官の補充意見。判例時報346号19頁3段目)
 本件の確定判決は想像をまじえ、あえて自白をつくりかえるところまでつきすすむのである。
 請求人が本件犯行の犯人でないことは、請求人と木綿細引紐及び荒縄との結びつきが完全に否定されていることからも明白である



* 浜田寿美男 さんでの ツイート





裁判所は事実調べを行い再審開始を!

検察は すみやかに全証拠開示を!

証拠開示の法制化を!

sayama19



*狭山事件 第15回三者協議にむけて 東京高裁前連続アピール行動が開始されました
 2013年9月10日(火)、17日(火)、24日(火)、30日(月)、
  10月8日(火)、15日(火)、22日(火) 
    8:30〜10:00、11:50〜13:00

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higurashi at 16:03│Comments(0) 1963(昭和38)年 

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