1963(昭和38)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判1963(昭和38)年5月1日

November 12, 2019

1974(昭和49)年9月24日狭山事件 第二審 最終弁論、差別捜査に弾みをつけた検察側「スコップ鑑定」に自著で反論した元大阪科捜研多田敏行氏

 
1974(昭和49)年9月24日 
[[狭山事件]]、[[第二審]]第八〇回[[公判]]([[東京高裁]]・[[寺尾正二]]裁判長)の[[弁護団]][[最終弁論]]が開かれる。
 [[弁護人]]は、[[青木英五郎]]([[自白]]維持と[[部落問題]])、福地明人(財布・手帳・指紋など)、藤田一良(スコップ[[鑑定]]批判)。


*多田敏行
『真実は細部に 狭山事件、「自白」調書の分析』 (解放出版社/1986年)より
このスコップは、はたしてI養豚場のものであったか、または死体を埋めるために使用されたものであったかという点については、付着土壌などの科学的な鑑定によって疑問の投げかけられていることは今更述べるまでもない。
ここではスコップを盗んだ状態についての石川さんの「自白」をたどってみよう。

「自白」によれば、盗んだスコップは、I養豚場の飼料小屋の餌箱のところにあったものだという。養豚場の飼い犬に吠えられないように遠回りをして、一メートル余りの高さの板囲いを乗り越えて豚小屋に入ったことになっている。ところが、わざわざ小屋の中にまで入らなくても、当時、スコップは道端にも置かれていたということを「自白」でも認めているから不思議である。・・・

なぜ、手近のスコップを盗まずに、わざわざ暗い豚小屋の中まで入ったのかちう、行動の不可解さについての説明は、この場合なされていない。おそらく、あらかじめ被害届を出させていた養豚場の経営者の供述の内容に合わせる為に、取調官が「自白」を強引に誘導した結果だろう。・・・

以上に述べてきたことから、いわゆる「現地調査」の意義は明らかであろう。当時の状況をそのままに留めている場所は次第に少なくなってきたとはいえ、狭山の現地に立てば、・・・かねてから知らされていた疑問点が、百聞に勝る強さで自分の心によみがえってくるのである。・・・

私たちの各自が、石川無実を確信し、差別と暴力にたいする憤りを行動にあらわすようになるためには、このような体験の一つが必要であるように思う。たとえ、その結果が他人の指摘と同じであっても、自分自身で発見した事実の価値は、この上なく重いのである。



*『自白崩壊―狭山裁判20年』狭山事件再審弁護団(著)(解放出版社/1984年)より
(野間宏氏)
狭山を「世界」に連載するようになったのは、寺尾裁判長の、二審の確定判決、それ以後なんですけどね、・・・スコップのところもね、あれが盗れるのはあそこに雇われていた人だけだとうけど、そうとはかぎらないでしょ。犬がいるけれども、どこからでも入れるわけです。そういう疑問がいっぱい出てきて、これは大変だと思いましたね。これはやらないといけないと決意しましたね。それから始まったんです。・・・

(土方鉄氏)
私は中山武敏さんたちの、あの当時出していた資料を全部読んで、一番感じたのは、スコップはなんとも変なスコップだなと思ったことですね。しかもスコップが出てきて、捜査方針が部落に公然と移っていくでしょ、養豚場を通じて。部落に生まれた人間として、部落の人間が冤罪事件の犯人として死刑判決を受けているのだからね、これはほっとけないと思ったのが、かかわりのはじめですけど、そう思うのが遅すぎたですよ、私自身も運動も。・・・
日高さんは狭山事件を、いつごろ知りましたか。

(日高六郎氏)
・・・大内兵衛先生、末川博先生が、一九七二年に文化関係の人間にアピールされたんですね。・・・その時はすでに、部落解放運動の中では、日本共産党の側と部落解放同盟との対立が非常に深刻になっている時点なんですよ。ところが末川さんは、何のためらいもなく、「いや、これはもう、やらなくてはいけないことだ」と言って、引き受けられたんですね。だから末川さんというのは、ほんとうに度量の大きい方だと感服したんすけどね。さらに、・・・野間宏さんが・・・自分は戦前からの関心もあったし、引き受けたが、体が少し弱いから少し手伝ってほしいということでね。・・・
こういうことがまかり通っているということは、日本の司法、裁判に対する国民の不信感を増大させることになる、真実を追求しないといけないと思うから来ているのだ、この問題を解決するという事は、日本の司法の威信を高めることになるのだといつも言っておられた。



*『自白崩壊―狭山裁判20年』狭山事件再審弁護団(著)(解放出版社/1984年)より
狭山事件再審理由と新証拠
*******************************************************
一、筆跡が異筆である。
二、請求人は当時本件脅迫状を作成するだけの読み書き能力をもっていなかった。
三、脅迫状作成のための用具、補助手段に関する請求人の自白は虚偽架空である。
四、脅迫状に記載されていた訂正前の犯行予定日は四月二九日であり、自白の四月二八日とはくいちがっている。
五、脅迫状差入れの途中出合ったとされる車(吉沢栄運転および大沢徳太郎駐車)に関する請求人の自白は、検察官の誘導によるものである。
六、請求人は脅迫状差入れの途中 内田幸吉方を訪れ被害者方を聞いていない。
七、現場足跡は押収地下足袋によって印象されたものではない。
八、佐野屋脇犯行現場、往復経路に関する請求人の自白は虚偽架空である。
九、強姦・殺害犯行現場に関する請求人の自白は虚偽架空である。
一〇、請求人は本件手拭を入手できる立場にはなかった。
一一、絞殺ではなく扼殺である。
一二、本件姦淫は強姦ではない。
 一三、自白の方法によって強姦は不可能である。
一四、死体の処置に関する自白と客観的事実との間にくいちがいがある。
一五、本件スコップは死体埋没に使用されたものではない
一六、本件万年筆は被害者善枝の所持する万年筆ではない。
一七、本件腕時計は被害者所持品ではなく、請求人の自白によって発見されたものではない。
一八、本件鞄は請求人自白の埋没地点とは全く異なる場所から発見されており、自白は虚偽架空である。
一九、自白図面に取調官があらかじめ下書きした筆圧痕が存在する。
狭山事件再審弁護団
主任弁護人 山上益郎
事務局長  中山武敏





東京高等裁判所第4刑事部. 河合健司裁判長は、
東京高検公判部長・園部典生検事に対し
証拠隠しを許さず 開示するよう勧告を行ってください。
証拠リストを開示するよう勧告してください。
全証拠を保全し 弁護団へ開示するよう勧告してください
証拠開示の法制化を!

sayama19



*狭山事件 第15回三者協議にむけて 東京高裁前連続アピール行動が開始されました
 2013年9月10日(火)、17日(火)、24日(火)、30日(月)、
  10月8日(火)、15日(火)、22日(火) 
    8:30〜10:00、11:50〜13:00

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*ドキュメンタリー映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』完成!!
 東京、兵庫、大阪での上映会のお知らせ / 予告編
「SAYAMA みえない手錠をはずすまで 」完成上映
前売券:1000円、当日券:1200円、中高校生券:500円
★完成記念上映イベント
☆日本教育会館 (地下鉄神保町駅A1出口南3分)
  3階 一ツ橋ホール(定員802)
 10月31日(木) 開場16:30 開演17:25 終了20:45
  挨拶:石川一雄・石川早智子、トークイベント:金聖雄(キmソンウン)監督・やくみつる・他
★完成上映会
☆在日本韓國YMCAアジア青少年センター (JR水道橋駅東口南東5分)
  地階 スペースYホール(定員250)
 11月 1日(金) 開場14:00 上映14:30〜
     同    開場17:30 上映18:00〜 
 11月 2日(土) 開場14:00 上映14:30〜
     同    開場17:30 上映18:00〜 
 11月 3日(日) 開場14:00 上映14:30〜
     同    開場17:30 上映18:00〜
☆兵庫県民会館 (地下鉄県庁前駅東1出口東すぐ)
  9階 けんみんホール(定員360) 
 11月12日(火) 開場14:00 上映14:40〜
     同    開場17:30 上映18:10〜
  挨拶:金聖雄監督
☆大阪市立阿倍野区民センター (地下鉄阿倍野駅6出口西2分)
  2階 大ホール(定員644)
 11月13日(水) 開場14:00 上映14:40〜
     同    開場17:30 上映18:10〜
  挨拶:金聖雄監督



*「冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。」へのリツイートをよろしければお願いします



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higurashi at 22:18│Comments(0) 1974(昭和49)年 

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