1963(昭和38)年11月21日狭山事件 第一審 石川一雄さん「 細引紐と荒縄について」供述。無実の人が「犯人を演じ」て語った任意の「自白」からも無実を証明されてきた心理学者浜田寿美男氏

September 02, 2019

1963(昭和38)年9月30日・第一審第二回公判

第一審第二回公判

 脅迫状発見の経緯

<検察官尋問>




中田健治供述 
 一)帰って部屋に入って、
すぐ食事をしたとおっしゃいましたが、
食事を始めてからどうなりましたか。
    食事をしながら僕は
こういうふうに言ったわけです。
一度、善枝が、入間川に友達が
あるもんですからそこへそこへ
養老院を慰問した時に、
一晩だけ泊ったことがあるんです。
台風にあいまして、ですから、
そこへでもまた泊ったのかなと
いうことを口にしただけで、
すぐ食事についたわけです。
別に他に善枝について特別に
話したということもありません。
ただ、その言葉だけだったと
僕は記憶しております。







 
二)食事をして、それからどうなりましたか。
    食事をして、僕が何の気なしに、
ちょっと自分の入ってきた入口を見ると、
そこに脅迫状があったわけなんです。
白い封筒があったわけなんです。
 三)あなたが食事をする時には、
どの位置でされたんですか。
上にあがられたのですか。
あるいは、下か。
    下のままです。土間で、
木のいすがあるのですが、
そこへかけまして。








 四)土間に掛けて、
どちら側を向くわけですか。
    南西ですか。南西に向いて
左手の方を入口にして
食事についたわけです。
 五)脅迫状を発見した時には、
食事は終わってたんですか。
食事中なんですか。
    みなさんは食事中でした。
僕はちょうど終わった時でした。
 六)最初はそれを発見して、
どういうふうに見たんですか。
脅迫状とすぐ
わからなかったわけですね。








    ええ、それは
わからなかったんだけど、
武志は僕の一番小さい弟なんですが、
それが特に、僕たちがかまったり
するもんですから、
それがわるさでもしたわけなんかなと
思ってたわけです。
意地悪でもしたのかなと思って、
武志、またわるさでもしたのかなと、
ひょっとその時、何の気なしに思いまして、
武志、取ってみろというわけで、
武志に取らせて、見たら中に
大学ノートですか、それにはさまれて
身分証明書もあって、
脅迫状だったわけなんです。






 七)あなたが善枝さんを捜しに
行かれまして帰ってこられた時に、
あなたのお宅におられたのは
何人ですか。
    父に、それから登美恵に、
喜代治に、それから武志、
四人ですね。
八)みなさんご一緒にお食事を
なさったわけですか。
    そうです。
ほとんど一緒ぐらいだったと
記憶しております。
 いや、あのとき登美恵はまだ、
天ぷらをあげておりまして、
ちょっと遅れて
食事についたようです。








 九)みなさん、あなたと同じように
土間にあるいすに向って
おすわりになっていらっしゃったんですか。
    いえ、土間で食事についたのは
僕だけだったと記憶しております。
それから、父に武志に喜代治は
上に上がっておりました。
 十)そうすると、あなたとは
向かい合うような形ですか。
    そうです。
 十一)みなさん、
うどんをおあがりになったんですか。
     そうです。






higurashi at 16:04│Comments(0) 1963(昭和38)年 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
1963(昭和38)年11月21日狭山事件 第一審 石川一雄さん「 細引紐と荒縄について」供述。無実の人が「犯人を演じ」て語った任意の「自白」からも無実を証明されてきた心理学者浜田寿美男氏