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December 05, 2017

12月3日 国際障害者デー/「障害」者週間 なんとまあ変り映えせぬ日暮らしに障害者週間とやらも過ぎる(中島虎彦)

*国際「障害」者デー
 1982年(昭和57年)12月3日に、第37回国際連合総会において「障害者に関する世界行動計画」が採択されたことを記念して、1992年(平成4年)の第47回国際連合総会において宣言されました。毎年12月3日。国際デーの一つ。
 障害者週間の趣旨一方、12月3日は、昭和57年(1982年)に「障害者に関する世界行動計画」が国連総会で採択された日であり、これを記念して平成4年(1992年)の第47回国連総会において、12月3日を「国際障害者デー」とすることが宣言されています。
 「障害者週間」は、毎年12月3日(国際障害者デー)から12月9日(障害者の日)までの1 週間です。






nakaji
中島虎彦氏




『 とろうのおの 』 中島虎彦歌集より

なんとまあ変り映えせぬ日暮らしに障害者週間とやらも過ぎる

天下り坂を松坂肉さまに転がり落ちてゆく男たち

頸損も正月くらいお休みになってくれたらへのへのもへじ

こうやって生きていることそのものに月給の出るところはないか

憲法にも最高裁にも服さないではしもじもが服すわけない

日本のことばの軽さひきかえに中東あたりのいのちの軽さ

無年金三十年で三千万もらいそこねて卯の花くたし


個人的にはこの「不動明王」の坐像が氏らしく感じられたのです。

永寿寺の不動明王と二童子像

嬉野市嬉野町大字吉田字寺辺田(永寿寺)
木造不動明王及二童子像


 
個人的に支えられた一句のご紹介も。
(2005年6月6日きょうの短歌より)。
こうやって生きていることそのものに月給の出るところはないか  東風虎



中島虎彦氏が亡くなられる約二ヶ月前の「日誌」からの抜粋文です
  障害者自立支援法による応益負担のため、先月のヘルパー負担金が12000円を越した。
いくら一割負担にすぎないとはいえ、もともと収入の少ない自立生活にはこたえるので、
今月から特に用事のたまっていない日にはヘルパーさんをキャンセルするようになった。
 きょうですでに三回目である。実質1200円ほどの節約になる。
私の節約になるだけでなく、国庫の節約にもなる。
 本当は日に一度でも下の清拭や付け替えをしてもらえれば体調管理によいのだが、
背に腹は代えられない。

 
2006年4月から施行になった「障害者自立支援法」による一割負担は
多かれ少なかれ自己判断による介護サービス数の減少を生むことはわかっており、
そのため重篤な脳血管疾患の早期発見が遅れ、救われるはずの命が救われなかったのだとしたら
(平均余命15年の宣告を受けながら、32年間の歳月を生きてこられたことの人生の重みに比べたら)あまりにも無念で悔しく悲しいものです。
 
2005年1月24日の日誌にこのような言葉を残してくださった氏だからこそ余計に許し難く思います。
 憲法改正の論議については以前、前文の
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して(中略)はならない」 
 というのを
「専念しなければならない」
 とでも変えたい気分だと書いた。
 それはまあ冗談だが、
たとえば第十四条【法の下の平等ー】の
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地に
より、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
 というのを
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、障害の有無、身体の特
徴、被差別部落出身などにより、政治的、経済的、因習的、又は社会的関係におい
て、差別されない」
 とでも具体的に変えたほうがいいと思う。
本当に必要な改正は族議員などからでなく、
国民の間から澎湃として湧き起こってくるべきである。
★きょうの短歌
ひとさまによかれと思って唾棄される一方通行宣伝カキコと   東風虎


死は、自分にも訪れる(誰にでも訪れる)ものですので
それでは、またお逢いできる日まで、さようなら。


*佐賀新聞の企画・連載・特集 > 有明抄 > 有明抄 3月16日付

 昨日早く目が覚めたので、インターネットを立ち上げ、嬉野市の中島虎彦さんのホームページをのぞいてみた。掲示板を見てぼう然とした。虎彦さんの歌集を出版している吉岡誠二さんの書き込みで「中島さんが亡くなられました」とあったのだ。53歳だった◆虎彦さんからはときどきメールをもらった。最後は2月22日だった。「一月は逝き、二月は逃げそうになっています」と虎彦さんらしい時間感覚の表現である。年末以来、久しぶりに「独居抄」を更新したと言い、21首が添えられていた◆「妻が夫を兄が妹をバラバラにしている夕べむらぎもの雲」「ひとり暮らし車いすから落ちぬよう火傷(やけど)せぬよう風邪ひかぬよう」など。ひねりの効いた社会風刺からしんみりさせる生活詠まで、短歌は虎彦さんにとって一番しっくりいく自己表現だったようだ◆虎彦さんは学生時代、体操の練習中にけがをした。以来、約30年間車いす生活を続けてきた。詩、小説、短歌、エッセイとジャンルにこだわらず、作品を発表。特に「障害者の文学」は、障害者の立場から読み直した文学論として評価されていた◆旅行が好きで、電動車いすで岩手の宮沢賢治の里や海外の釜山、ハワイなどにも出かけた。浮き輪で泳ぎ「ついにハワイの海で泳いだぞーっ!」と本紙に喜びを表現した。昨年5月、嬉野市営住宅(バリアフリー棟)に引っ越した◆独り暮らしは歌のように、車いすから落ちたり、火傷したり、風邪を引いたり、大変だったようだ。最後の短歌は3月8日の「障害者用の手すりまで盗まれてニッポンの底が抜けてしもうた」。天国では障害を気にすることなく伸び伸びと歌をつくってください。(園)

http://ameblo.jp/sakat/entry-10028075390.html#cbox
「13日昼頃に頭痛を訴えられ、ヘルパーさんと病院へ行き診察の結果、脳出血でもう手の施しようが無い状態だったそうです。14日未明にお亡くなりになっています。・・・「釋智海」といういかにも彼らしい戒名でした。天国では高校時代のように思いっきり跳んだり跳ねたりしていることでしょう。 合掌」



余命が尽きたのでもないと、
「障害」者の一人暮らしの無理が祟ったのでもないと、
「障害者自立支援法」が中島虎彦氏の命を奪ったのだと、
そのことを証明する力が、残された者にあったならと!





*障害者自立支援法でのツイート

*障害者総合支援法でのツイート






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higurashi at 14:05│Comments(0) 1982(昭和57)年 | 1957(昭和32)年

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