1963(昭和38)年6月29日1963(昭和39)年5月25日

May 23, 2019

1963(昭和38)年6月30日

1963(昭和38)年6月30日


6/21〜7/2
[[狭山事件]]で、警察は、[[川越]]警察署特設取調室での「自白」デッチ上げとタイアップしつつ、[[鞄]]・[[万年筆]]・[[腕時計]]の証拠品の捏造を行う。

参考:石川一雄獄中歌集(一九七九年/たいまつ社)狭山差別裁判関係略年譜





狭山事件(強盗ごうかん、強盗殺人、死体遺棄、恐喝未遂等)
 機 ̄栽唾枠39.3.11 最刑集31-5-980(死刑)
 供‥豕高判49.10.31 高刑集27-5-474(破棄自判、無期懲役)
 掘狭山事件 最二決昭52・8・9刑集31-5-821(上告棄却)
A
自白の経過
一、被告人は、捜査段階で自白して以来、捜査段階、第一審の審理を通じて自白を維持し、検察官から死刑の論告求刑を受けた後の被告人の意見陳述の機会においても争わなかった事実等に照らせば、被告人の原審における右供述は真実性のないものであり、その他、所論のいう約束(「善枝ちゃん殺しを自白すれば十年で出してやる」)があったことを窺わせる証跡はみあたらない。

二、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず、「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃っていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃っている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない。・・・

 しかも、第一次逮捕・勾留当時「本件」について逮捕・勾留するだけの証拠が揃っておらず、その後に発見、収集した証拠を併せて事実を解明することによって、初めて「本件」について逮捕・勾留の理由と必要性を明らかにして、第二次逮捕・勾留を請求することができるに至ったものと認められるのであるから、「別件」と「本件」とについて同時に逮捕・勾留して捜査することができるのに、専ら、逮捕・勾留の期間の制限を免れるため罪名を小出しにして逮捕・勾留を繰り返す意図のもとに、各別に請求したものとすることはできない。・・・

三、「別件」についての第一次逮捕・勾留とこれに続く窃盗、森林窃盗、傷害、暴行、横領被告事件の起訴勾留及び「本件」についての第二次逮捕・勾留は、いずれも適法であり、右一連の身柄の拘束中の被告人に対する「本件」及び「別件」の取調について違法の点はないとした原判決の判断は、正当として是認することができる。
○B
自白内容の変動・合理性
一、行動は活発で、関係地点も多岐にわたるほか、犯行に伴う精神的興奮、緊張状態が存在したと考えられるところから、自白の細部に食い違い(不明確な点、触れられていない点)があったとしても不自然ではない。

二、自白後は捜査段階、一審において終始犯行を認めている(控訴審で否認)。荒縄や木綿細引紐の使用方法についての捜査段階の供述には微細な点で多くの食い違いがあるが、被告人の知覚、表象、表現能力が低い上、取調官が正確に記述する能力に乏しく大雑把な録取方法を取る場合や、被告人が意識的、無意識的に虚実を取り混ぜて供述する傾向が顕著な場合には、往々あり得ることである。
C
体験供述
◎D
秘密の暴露
一、鞄が最初の捜索では発見されなかったこと、鞄の発見された場所一帯がいわゆる山狩による捜索の対象となっていたこと、鞄の発見以前にすでに善枝の所持品である自転車の荷掛用紐及び教科書類が右の雑木林で発見されていること、被告人の鞄を捨てたときの状況に関する供述が細部ではくいちがいがあること、鞄の下から発見された牛乳びん、ハンカチ及び白三角布について被告人が記憶がないと言っていること、などを考慮に入れて、記録を詳細に検討したが、本件鞄の発見過程につて捜査官になんらかの作為があったと疑わせる証跡は見いだせない。
それ故、本件鞄は、善枝の所持品であって、被告人が本件犯行現場から持ち去りその所産を秘密にしていたが、被告人の自供に基づいて発見されたものであるとの原判決の認定は、正当である。

二、捜査官がこの場所を見落すことはありうるような状況の隠匿場所であるともみられる。従って、二度の捜索によって発見されなかった事実があるからといって、本件万年筆に関し捜査官の作為が加っていたとするのは、相当でない。
 万年筆自体からその所持者を特定する特徴や付着指紋等を発見することはできなかった。

三、捜査官は、同年六月二九日に至って同日及び翌三〇日の二日間にわたり、その附近を捜索し、また、近所の聞き込みを行ったが、腕時計を発見するに至らなかったところ、右捜索のあったことを知った近所に住む小川松五郎が、同年七月二日に、右三差路附近の茶株の根元にあった腕時計を発見したと警察に届出たことから、本件腕時計(同押号の六一)を領置するに至ったものである。してみると、本件腕時計の発見について右のような経緯はあるにせよ、本件腕時計は、被告人の供述に基づいて、被告人が捨てたという場所の近くから発見された関係にあるものということができる。

四、第一審証人吉沢栄は、その時刻に自動三輪車で同街道を通った事実があると述べている。所論は、右事実は被告人の自供後に判明したものではない、というが、警察官石原安儀の原審証言によると、この事実は、被告人の自供の裏付捜査として同日同時刻ころ自動三輪車を運転して鎌倉街道を通った者の有無を捜査した結果判明したというのであり、これによれば、右事実は被告人の自供によって初めて判明するに至った事実であると認められるから、被告人の供述は他の証拠によって裏付けられた十分信用に値いするものであると評価した原判決の判断は、正当である
○E
客観的証拠との符号性
一、(イ)脅迫状及び封筒とその筆跡並びに被告人の筆跡、(ロ)犯行現場附近で採取された石膏足跡(石膏成型足跡)及び被告人方から押収された地下足袋、(ハ)被害者善枝の体内に残留していた精液の血液型及び被告人の血液型、(ニ)死体とともに発見された手拭及びタオル、(ホ)死体埋没現場近くで発見されたスコップ、(ヘ)中田栄作方に脅迫状が投入された直前ころ同家の所在を尋ねた人物に関する内田宰吉証言、(ト)身の代金を受け取りに現われた犯人の音声を聞いた中田登美恵及び増田秀雄の各証言

二、善枝の足にも木綿細引紐が巻かれたまま死体が発見されていることから、・・・首に巻かれた右木綿紳引紐を示されて、「覚えがありません。然しその麻縄は梯子の附近から盗って来た麻縄の様です。」と述べている以上に具体的に触れていない。・・・いずれにしても、被告人が右木綿細引紐の具体的な用法について供述していないからといって、被告人の自白全体の真実性に疑問を差しはさむことは、相当ではない。

三.被告人が万年筆を鞄から取り出したのは、本件兇行が行われた「四本杉」の所で思案していた間のことで・・・被告人の本件脅迫状及びその封筒の訂正に用いた筆記具並びに本件万年筆の奪取の時期及び場所に関する自供は、客観的証拠によって認められる事実とくいちがいがあることは明らかである。しかし、このくいちがいは、被告人が犯人であることについて合理的な疑をさしはさむほどのものではない。

四、脅迫状等訂正の筆記具並びに本件万年筆の奪取の時期及び場所について、本事件の犯行に関する物的証拠の示す事実と被告人の自白内容との間にはくいちがいがあり、また、被害者善枝の首に巻かれていた木綿細引紐の用途について被告人は供述しておらず、あるいは、右木綿紳引紐及び書抜の足首に巻かれていた木綿紳引紐の出所について明確な裏付けを欠く部分があるが、これらは、いずれも自白の真実性に合理的な疑を抱かせるほどのものではなく、また、殺害の方法及び時刻、ごうかんの態様、死体の損傷並びに死体の処置等についても、自白内容と物的証拠との間に重要な齟齬はない。
F
物的証拠の不存在
○G
被告人の言動
被告人は、捜査段階では、(イ)川越警察署分室の留置場の壁板に、「じようぶでいたら一週かに一どツせんこをあげさせてください。六・二十日石川一夫入間川」と詫び文句を爪書していること、(ロ)同留置場で紙を裂いて、「中田よしエさんゆるして下さい」と書いていること、(ハ)昭和三八年六月二七日付で善枝の父中田栄作あてに、「このかみをぜひよんでくださいませ中田江さくさん私くしわ中田よしエさんごろしの石川一夫です」との書き出しで、自己の家族をうらまないで下さいと訴えた手紙を書いていること、更に、第一審において死刑の判決を受けた後、付同三九年四月二〇日付で原審裁判長にあてた移監の上申書の書き出しに、「私は狭山の女子高校生殺しの大罪を犯し三月一一日浦和の裁判所で死刑を言い渡された石川一雄でございます。」と書いていることなど、深い反省と悔悟の情を表わしている事実がみられる。これらは、真実に裏付けられなければ表現できないものであって、被告人の自白の真実性を知る重要な手がかりとなる事実である。
H
弁解
 二、捜査官の偽計による虚偽の供述との二審弁解は、それ自体極めて不自然
 三、約束による自白との弁解は、二審で初めて述べられたもので真実性がない。
◎I 
情況証拠
一、中田栄作方の近所の内田幸吉は、脅迫状が中田家へ届けられたころ内田幸吉方を訪れて中田栄作方はどこかと尋ねた人物は被告人に相違ないと証言していること、同日三日午前零時過ぎころ佐野屋附近で犯人の音声を聞いた中田登美恵及び増田秀雄は、いずれも犯人の声が被告人の声とよく似ていると証言していること、以上の事実を被告人の自白を離れても認めることができるとし、これらの事実は、相互に関連しその信憑力を補強し合うことにより、脅迫状の筆跡が被告人の筆跡であることを主軸として、被告人が犯人であることを推認させるに十分であり、この推認を防げる状況は全く見いだすことができない。

二、中田栄作方に届けられた脅迫状の筆跡は、被告人のものであること、昭和三八年五目三日佐野屋附近の畑地で発見された足跡三個は、被告人方から押収された地下足袋によって印象されたものと認められること、被告人の血液型は、B型(分泌型)であって、被害者善枝の膣内に残留していた精液の血瀕型と一致すること、善技を目隠しするのに使われたタオル及び善枝の両手を後ろに縛り付けるのに使われた手拭は、被告人が入手可能の状況にあったこと、死体を埋めるために使われたスコップは、石田一義方豚舎から同月一日の夜間に盗まれたものであるが被告人がかつて同人方に雇われて働いていたことがあって、右豚舎にスコップがあることを知っており、容易にこれを盗むことができたであろうこと

(司法研修所編『自白の信用性』事例カードより)

higurashi at 23:14│Comments(0) 1963(昭和38)年 

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