1963(昭和38)年6月20日1963(昭和38)年6月22日

May 23, 2019

1963(昭和38)年6月21日

1963(昭和38)年6月21日


* [[1963年]] - [[狭山事件]]で、捜査本部、カバン“発見”(発見者、関[[巡査部長]]、立会人宮岡貞男)。
 証拠:鞄(二回目の[[自白]]図面による)


Akira Kurihara‏ さんのツイートより 2013(平成25)年5月1日

狭山事件・確実なこと。自転車返却。脅迫状(脅迫文)、封筒、身分証明書の存在。被害者の遺体と副葬埋設物。芋穴のビニール風呂敷と棍棒。5月2日深夜(5月3日未明)犯人らしい男が佐○屋近くに現れ会話をしたこと。証拠品の多くは偽装の疑い捨てきれず(鞄、時計、万年筆、教科書等々)

みなみあめん坊‏ さんのツイートより 2012(平成24)年10月5日
3日に行われた狭山事件第三次再審請求審の第11回三者協議は、事件直後の捜査報告書1通とスコップ関係の3点の合計4点の証拠開示。一方で、検察官は、目撃証言や3物証(万年筆、鞄、腕 時計)の弁護団が求めた証拠開 示は必要性はないと表 明。裁判所は柔和に対応するよう検察官に促した



2013(平成25)年6月21日
100万人署名を継続し一人でも多くの方に狭山事件を
「狭山事件再審オンライン署名」へ

明けて本日午後18:30から、墨田区社会福祉会館で開催です。
最寄り駅は東武亀戸線の小村井駅と京成押上線八広駅。ぜひお集まりください!
「狭山事件50年! 見えない手錠をはずすぞ! 墨田集会(東京・墨田)」 http://www.labornetjp.org/EventItem/1371740091318staff01 … @lnjnowさんから
(ぷにすけ【0勝4敗】さんのツイートより転載させていただきました)







『狭山事件 石川一雄四十一年目の真実』 鎌田慧/著より、引用


 発見されたにも不自然さが
 ダレスとは米国のCIA長官だったアレン・ダレスのことで、いつも彼が小脇に抱えていたことから、この名がついた。・・・被害者のダレスについて、・・・



被害者の父親である中田栄作が、刑事にたいして、「は薄茶色の一見皮製に見えるチャック付きと申しましたが、これは学生用のものでなく、家にあった旅行鞄」と証言していることである。・・・ところが発見されたは皮製だった。



『狭山事件 無罪の新事実』亀井トム・栗崎ゆたか/共著より、引用


 “役に立たない情報”を満載した「特別重要品触」が五万枚も、配付されているのである。たとえばカバン。・・・「特別重要品触」によれば、「ダレス、牛皮製、暗い黄茶色」である。




父親は皮製に見えるがそうではないと言い、さらに薄い茶色と言っている。それなのに品触れにはまったく逆のことが書かれてある。・・・
 このミスは、実は仕組まれたミスであるように思えて仕方がないのである




 なぜならば、品触れのミスはこれだけにとどまらない。・・・品触れに載せられている狭山署の電話番号は二本、「狭山二〇九七」と「武蔵四〇四〇」である。しかし、狭山局の電話番号は正しくは「二〇七九」、そして武蔵局のほうは、「六-四〇四〇」が正確な表現である。・・・



 カバンにはじまって時計、電話番号、それに新聞その他で奉じられた万年筆。どれをとってもみんな間違っている。




 もし、これが正真正銘のミスで、何の作為もなかったとすれば、それだけで警察は、石川一雄が真犯人だと主張するのをやめるべきだ。こんな捜査で犯人にされてしまったのでは、たまったものではない




 だが、警察は、捜査がミスだらけであったことを認めながら、一方では石川一雄が真犯人だと主張する。だから私たちとしては、品触れについても、実は役に立たなくてもよい事情があったのではないかと考えざるをえないのである。








higurashi at 22:58│Comments(0) 1963(昭和38)年 

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