1985(昭和60)年

September 10, 2013

1985(昭和60)年9月10日田園調布資産家殺人事件で折山敏夫さん追起訴、捜査機関が別件逮捕勾留による身柄拘束期間を利用した取り調べを行う事件に感じる「冤罪くささ」

1985(昭和60)年9月10日
田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で追起訴される


*田園調布資産家殺人事件とは

*田園調布資産家殺人事件年表
 
1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 第一次別件逮捕勾留される
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985(昭和60)年8月7日  第二次別件逮捕勾留(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
1985(昭和60)年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴される
1985(昭和60)年8月30日 詐欺・私文書偽造等で第三次別件逮捕勾留される
1985(昭和60)年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  第四次別件逮捕勾留、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
2007年11月16日 満期出所


*三浦和義対談集『敗れざる者たち』(ぶんか社 2008年)
Part7 田園調布資産家殺人事件 折山敏夫(元受刑者) より抜粋
三浦)ボクが「ロス疑惑」で最初に逮捕されたのは、一九八五年の九月一一日でした。同じ時期、警視庁の取調。後になって、それが「田園調布資産家殺人事件」の犯人とされた折山敏夫さんだと知ったんです。・・・

折山)逮捕の二か月ぐらい前に、新聞をはじめとしたマスコミが私の友人、知人に取材しているんです。周りから「折さんのことを嗅ぎ回っているけど、何かあったの?」という声は聞こえてました。

三浦)それは室には、ボクと同じように毎日大声で怒鳴られて、取り調べを受けている人間がいたんです、警察がリークしてメディアを動かしたんだ。ボクの場合とまったく同じですよ。・・・
ボクの殺人容疑は冤罪だと明らかになったわけですが、折山さんは冤罪を叫びながら、結局、判決の懲役二〇年を満期まで務め上げ、二〇〇七年一一月にやっとシャバに戻ってきたばかりなんです。・・・それでどういうかたちで逮捕されたんですか?

折山)一九八五年の七月一六日深夜三時、私が経営していた渋谷・円山町のパブを出て駐車場のクルマに戻ったところで、逮捕というか、身柄を拘束されました。それから、麻布署、赤坂署とたらい廻しにされて、赤坂署に着いてから逮捕状を執行されたんです。

三浦)マスコミが張っていること自体、警察の自作自演ですね。完全にリークして、ムードを作り上げている。最初の逮捕状の罪名はなんだったんですか?

折山)公正証書原本不実記載だったと思います。

三浦)やはり、別件逮捕ですか。そして警視庁本部に身柄を拘束されて、ひとつの逮捕状で取り調べが可能な二三日間を経過すると、起訴後また別件の逮捕状が出てくるわけですよね。

折山)ええ、三回逮捕されて、四回目で本件の殺人容疑になったんです。少しずつ間が開いていたので、トータル一三六日間、警視庁に勾留されました。

三浦)法曹関係者言う「筋が悪い」事件、つまりストレートに立件できない事件は、必ず罪名が変わって行って取り調べの時間がどんどん増えていくんですよ。ボクはそれだけで、冤罪くささを感じますけどね。

三浦)本来、容疑者を逮捕した場合は拘置所に勾留しなければならない。しかし警察の取り調べ期間中は、所轄警察内の留置所が「代用監獄」として用いられる場合がほとんどです。これが極めて高圧的、暴力的な取り調べに繋がっていると言っても過言ではないと思いますね。

折山)私は深夜に逮捕されたので、そのまま一睡もせずに、翌日の夜まで怒鳴られ続けて、いきなり精神的に追いつめられてしまいました。・・・
三浦さんが入ってきた九月一一日も、私は厳しい取り調べを受けていたのですけれど、何か急に刑事たちの雰囲気が変わったんです。三浦さんに対する罵詈雑言が聞こえてくると、ヤツらも聞き耳を立てている。数日後、私の取り調べに支障をきたすということで、部屋を移ったくらいですからね。・・・

河村)上申書を読むと、折山さんは本当に警察に協力しているんですよ。協力することで自分の無実を警察に晴らしてもらおうとしている。多分、そうなったら、大多数の人がそうするかもしれません。警察は味方だと思っているから。・・・

折山)黙秘しなくても、事実を話さずに、警察から言われるままの自白調書を書いておけば、それが逆の証拠になって、無罪になったんだろうと思います。そのことは、後から別の弁護士さんに言われました。矛盾が出てきますからね。ところが私は全部しゃべったから、全部、こちらの証拠を潰されてしまった。・・・

三浦)そういえば、折山さんが満期が近づいてきたとき、ボクが「クルマで迎えに行きます」とハガキを出したのに、どうして遠慮したんですか?

折山)いざ出所となると、逆に、外の人間と交流するのが、怖かったんです。三浦さんとは、拘置所のときから手紙のやり取りをさせてもらっていたけれど、あの時点では話したことがなかった。ただ、二十三年間も世間から隔離されていると、得意だったはずの人付き合いが苦手になるのかと、ショックでした。」

三浦)いまでもボクが怖いですか?

折山)いえ、三浦さんは、もう大丈夫です(笑)。ただ、初対面の人は、ちょっと怖い。それに、いまだに街中や駅で、人の流れに乗れないところはあります。

河村)ボクがすごく不思議に思うのは、あの当時、二つの事件をマスコミが騒ぐだけ騒いでムードを作り、それから逮捕という状況が生まれました。さらには、ともに四〜五年間も確証は得られなかった事件なのに、そのまま同時期に逮捕になった。そこに何かがあるんじゃないかとも感じるんです。

三浦)捜査一課長も、東京地検の検事正も、警視総監も一緒だというね。

折山)私の場合、捜査四課が担当だったんです。四課が殺人事件を管轄するのは非常に特殊なケースで、警視総監直轄というかたちになるんです。つまり私の事件は、警視総監の命令があった可能性もある。私が逮捕される一〜二か月前に警視総監が替わっているし、同時期に捜査四課も替わっています。

三浦)警視総監は、鎌倉節(さだめ)でしたよね。ボクが逮捕されたのも、鎌倉節が参議院選挙に出馬するために、人気取りでやったという噂があった(笑)。・・・

折山)当時は考えも及ばなかったけど、いまは思うんですよ。政治的なポイントを稼ぐために、前任の警視総監が手を出せなかった、世間的に注目度の高い事件をターゲットにしたんじゃないかとね。私の事件では、白骨死体が発見された福岡に捜査本部があったので、本来はそっちに渡すべきだった。それをわざわざ警視庁に持ってきたのも、おかしいんですよ。

三浦)まあ、いまさら警察の事情を探っても、仕方ありませんけれどね。それで折山さん自身は、冤罪を晴らすために、今後、どのような活動をしていこうとお思いなんですか?

折山)現在なら、佐藤さんとされた遺体のDNA鑑定をすれば、一発で判明するはずなんです。それには遺族の協力が不可欠ですから、説得できるだけ状況証拠や直接証拠を、自分で集めるつもりでいます。また、開設したブログで情報を発信して、ネットで協力を得ていく方法も重要だと思っています。

※ブログには過酷な取り調べを受けた日々を綴った「警視庁代用監獄136日間の記録」も掲載されている。この内容は小冊子になっていて、折山さんご本人が配布されている(入手方法はブログに記載)


対談中、三浦氏の「ボクはそれだけで、冤罪くささを感じますけどね」という言葉が印象に残りました。

捜査機関が別件逮捕勾留による身柄拘束期間を利用した取り調べを行う事件には「冤罪くささ」を嗅ぎ取らなければいけないと感じました

警察が、折山さんに対し、別件逮捕勾留中の身柄拘束期間を利用して、それもやむを得ない事由もないのにいたずらに勾留延長を繰り返して一勾留につき最長の時間を確保して、本件の佐藤氏殺害の容疑について取り調べを行ったことは、デッチアゲた「自白」の引き出し(「自白の強要」)がねらいだったと思います



*田園調布資産家殺人事件裁判闘争の現在

折山敏夫さん(昭和18年7月6日生)は、2011(平成23)年4月8日に 
「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で 東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)、同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。
 
1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立


*折山敏夫さんが本人訴訟にした理由

*11.4.8提出の再審請求書より

・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。



佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。




一審 有罪
東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫


控訴審 控訴棄却
東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二


*前回の愚ブログより
 
冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 平3・6・18に控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html



*田園調布資産家殺人事件・元被告折山敏夫さんの“Twitter”

*冤罪はこうして作られる」についてのツイート
*「誤判と再審」についてのツイート
*「別件逮捕と勾留延長」についてのツイート
*公正証書原本不実記載についてのツイート
*田園調布資産家殺人事件 についてのツイート

*HP警視庁代用監獄136日間の記録
*警視庁代用監獄136日間の記録・取調技術
*警視庁代用監獄136日間の記録・妻や友人を逮捕する
*警視庁代用監獄136日間の記録・別件再逮捕
*千葉刑務所の今(2010.2.10)
*新証拠 殺されているはずの人が生きていた記録発見について
*検事が証拠を偽造した について

*警視庁代用監獄136日間の記録・28取調技術・かく乱する
*山際 永三氏(いのせんと舎/映画作家「報道と人権・連絡会」事務局長)の
 警視庁代用監獄136日間の記録・解 説・



*冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。
 
 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。
 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さんが、23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求。
その後、東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
同年4月8日、東京高裁に即時抗告の申し立てを行い、現在も裁判闘争中。



*「冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。」へのリツイートをよろしければお願いします


*狭山事件 第15回三者協議にむけて 東京高裁前連続アピール行動が
まもなく開始されます
 2013年9月10日(火)、17日(火)、24日(火)、30日(月)、
10月8日(火)、15日(火)、22日(火) 
8:30〜10:00、11:50〜13:00

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 東京、兵庫、大阪での上映会のお知らせ / 予告編


*三浦(和義)さんの一周忌 (「田園調布資産家殺人事件」HP/2009年10月15日)より

 三浦さんと結構長い交流があったせいで、僕は彼が自殺などするわけが無いと確信しているので、彼の死の真相が知りたいのです。追悼はそれからです。・・・
ヴェールに覆われた塀の中での出来事だから、内部告発でもない限りは何が起ころうと、真相の解明が出来ないのは、開かれたアメリカでも同じだということでしょうか。


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*獄中からや、仮釈放中・満期出所後に、冤罪を訴えている事件や、獄中で闘病中の方に代わってご親族が、再審請求中に死去された方に代わってご遺族が申し立てたあらゆる事件の早期の再審開始を求めます





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August 30, 2013

1985(昭和60)年8月30日田園調布資産家殺人事件で折山敏夫さん第三次別件逮捕勾留と長期勾留の実態

田園調布資産家殺人事件で折山敏夫さんが詐欺・私文書偽造等で第3回逮捕される


*田園調布資産家殺人事件とは
*田園調布資産家殺人事件年表
 
1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 第一次別件逮捕勾留される
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985(昭和60)年8月7日  第二次別件逮捕勾留(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
1985(昭和60)年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴される
1985(昭和60)年8月30日 詐欺・私文書偽造等で第三次別件逮捕勾留される
1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  第四次別件逮捕勾留、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
2007年11月16日 満期出所


*田園調布資産家殺人事件・上告趣意書 四、別件逮捕勾留中になされた被告人の供述を有罪認定の証拠とした違憲違法 より
≪被告人に対する取調べの実態≫

 ‖荵絢‖疂畍留
 以上のことから、特に8月30日以降の第三次逮捕勾留が、殺人罪について被告人を取調べる目的でなされた違法な別件逮捕勾留であることは明白と言うべきである。
 とりわけ8月29日の取調については、その前に財産犯についての第二次起訴がなされ、第二次逮捕勾留令状による身柄拘束の期間・効力が失われ、その結果、起訴後の勾留を利用して、別表4取調べ経過一覧表にあるとおり14時間40分にわたり(この取調べ時間は、被告人の受けた取調べの中で二番日に長時間にわたるものであった)殺人罪についての取調べを受け、太宰府山中での殺害を認める調書(一審乙第49号証)が作成されたのである。
 第二次起訴により同令状の効力は失効し、被告人を代用監獄たる警視庁留置場で身柄拘束する権限も何もないにもかかわらず、取調べを行なっているのである。
 しかも、超訴後は刑事被疑者も刑事被告人の地位を得、裁判上の対等の当事者となるのであるから任意捜査としての取調べもなされるべきではない。
 ところが、捜査官は被告人の身柄拘束関係が現在どのようになっているのかを全く意に介することなく、ひたすら殺人罪の自白を穫得するために被告人を取調べていたのであって、捜査官の令状主義潜脱の意図は明白と言わなければならない。
 したがって、その後の第三次逮捕勾留が違法な別件逮捕勾留であり、右期間内に被告人を証拠方法として穫得された証拠は8月29日の調書とあいまって違法収集証拠として排除されるべきことは明らかである。

   ◆‖萋鷦‖疂畍留
 しかも、違法な別件逮捕勾留は右の範囲に留まらない。
 警察官は第一次逮捕勾留の最終日すなわち第一次起訴日である8月6日に、被告人に対するポリグラフ検査についての鑑定嘱託をしている(原審検察官第27号証、弁護人第45号証)。
 そしてこれに対する鑑定書(原審検察官第28号証、弁護人第46号証)に添付されている質問表の質問内容は、
 「佐藤さんは誰かに殺されて死亡しましたか。」
などの佐藤の死亡原因についての質問五問、
 「佐藤さんは外のどこかで死亡しましたか。」
などの佐藤の死亡場所に関する質問五問、
 「佐藤さんはあとで、山林か原っぱに捨てられていますか。」
などの佐藤の死体遺棄場所に何する質問五問、
 「佐藤さんの身体は、遠く離れた地方にありますか。」
などの佐藤の(死体の)現在の所在に関する質問四問、
 「犯人は佐藤さんを何かにくるんで処分していますか。」
などの佐藤の死体の処分方法に関する質問七問、
 「犯人は佐藤さんを固い物で殴りつけていますか。」
などの佐藤の殺害方法に関する質問六問、
 「佐藤さんを始末したのは一人ですか。」
などの佐藤殺害への関与者の人数に関する質問四問及び対照質問10問からなっている。

 これが殺人の嫌疑との関係でなされたポリグラフ検査であることは明らかであり、「財産犯捜査のポイントである佐藤の所在の捜査を遂げるためになされた」などという評価は到底不可能である。
 そして、右質問表に基づく被告人の検査がなされたのが第二次逮捕勾留期間中の8月16日だと言うのであり(前掲鑑定書四1)、殺人罪についてこのようなポリグラフ検査までなされる一方で、取調べ担当者の被告人に対する取調べが財産犯に関するものに終始していたとは到底考えられない以上、第二次逮捕勾留期間の被告人に対する取調べも専ら殺人罪に関するものであったと考えるほかないのである。

    第一次逮捕勾留
 さらに鑑定書四5によれば、この前記ポリグラフ質問表は「捜査員からの詳細な説明」に基づいて作成されたとのことであるから、この質問表が鑑定嘱託当時の捜査員の認識及び鑑定嘱託までの捜査結果の反映であることは明らかであり、このことは、第一次逮捕勾留の段階ですでに被告人に対し殺人罪についてのかなりの追及がなされ、捜査官側には殺害の方法、場所、死体の遺棄方法についての一定の意図があったことを示すものである。
 つまり、第一次逮捕勾留もまた殺人罪についての取調べが主眼目だったと言うことになる。




*田園調布資産家殺人事件裁判闘争の現在

折山敏夫さん(昭和18年7月6日生)は、2011(平成23)年4月8日に 
「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で 東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)、同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。
 
1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立


*冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。
 
 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。
 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さんが、23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求。
その後、東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
同年4月8日、東京高裁に即時抗告の申し立てを行い、現在も裁判闘争中。


*折山敏夫さんが本人訴訟にした理由

*11.4.8提出の再審請求書より

・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。



佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。




一審 有罪
東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫


控訴審 控訴棄却
東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二


*前回の愚ブログより
 
冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 平3・6・18に控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html



*田園調布資産家殺人事件・元被告折山敏夫さんの“Twitter”

*冤罪はこうして作られる」についてのツイート
*「誤判と再審」についてのツイート
*「別件逮捕と勾留延長」についてのツイート
*公正証書原本不実記載についてのツイート
*田園調布資産家殺人事件 についてのツイート

*HP警視庁代用監獄136日間の記録
*警視庁代用監獄136日間の記録・取調技術
*警視庁代用監獄136日間の記録・妻や友人を逮捕する
*警視庁代用監獄136日間の記録・別件再逮捕
*千葉刑務所の今(2010.2.10)
*新証拠 殺されているはずの人が生きていた記録発見について
*検事が証拠を偽造した について

*警視庁代用監獄136日間の記録・28取調技術・かく乱する
*山際 永三氏(いのせんと舎/映画作家「報道と人権・連絡会」事務局長)の
 警視庁代用監獄136日間の記録・解 説・

*関連リンク
 法制審は、なぜこの声を聞かないのか〜可視化を巡って冤罪被害者たちは語る
(江川 紹子氏 2013年8月4日)

*田園調布資産家殺人事件をwebに取り上げておられるサイト

塀の中からスムーズに社会復帰するために〜元受刑者に学ぶ どんわんたろうマガジン9  
オウム裁判対策協議会
 1993.7.12 送付・国連規約人権委員会へのカウンターレポート
 日本には,無実事件が多すぎる
田舎弁護士日記
 えん罪
★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK96 2010 年 10 月 03 日
 検事が伝聞を装って偽証  
治療・病状日誌(yosimineさん)
 監獄人権センターの連続講座
冤罪 袴田事件
 LINK
読書日記と着物あれこれ
 三浦和義 敗れざる者たち/三浦和義、河村シゲル
Amazon.co.jp:三浦和義 敗れざる者たち―「うしろ指さされ組」の記録
 最も参考になったカスタマーレビュー
*ポレポレ座の2010.4.20チラシ(2010年4月20日)


*長期勾留でのツイート






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近々完成



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August 28, 2013

1985(昭和60)年8月28日田園調布資産家殺人事件で追起訴、折山敏夫さんはどのような取り調べを受けたのか

田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で追起訴される

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*山際 永三氏(いのせんと舎/映画作家「報道と人権・連絡会」事務局長)の
 警視庁代用監獄136日間の記録・解 説・より
 この記録は、マスメディアによって「田園調布資産家殺人事件」と名付けられた事件の裁判で被告とされた折山敏夫さんが、控訴審の段階で1990年6月4日、東京高裁に提出した「上申書」の抜粋である。
 折山敏夫さんは殺人を犯していない。
 九州・福岡県内で発見された白骨化した死体は、折山さんが殺害したとされた佐藤松雄さんのものではない。
 折山さんが警察に逮捕される5年前に行方不明となっていた佐藤さんは、殺害されたかどうかも明らかではない。
 警察は、折山さんを逮捕してから1か月後になって、それまで誰のものか不明だった白骨死体を佐藤さんだと決めつけたにすぎない。
 警察は最初、折山さんが東京で佐藤さんを殺害したと推測していた。
 その後福岡県の白骨死体に気付き、白骨死体が発見された林の中で殺害したことにストーリーを変更し、さらにその後、福岡市内のホテルで殺害し折山さんが死体を林の中に運んで捨てたと変更した。
 警察は、1985年7月16日に折山さんを別件で逮捕し、その日から殺人の容疑で取り調べ自白を強要した。
 折山さんは、警視庁本部内の留置場(代用監獄)に136日間も留置された。
 1985年 7月16日 第1回逮捕(私文書偽造・公正証書不実記載など)
       8月 6日    起訴(同上)
         7日 第2回逮捕(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
        28日   追起訴(同上)
        30日 第3回逮捕(詐欺・私文書偽造など)
       9月10日   追起訴(同上)
        21日 第4回逮捕(殺人)
      10月13日   追起訴(同上)
      11月27日 第1回公判
      11月28日 東京拘置所に移監

 日本には冤罪事件があまりにも多い。
 日本の冤罪の原因のうち最も大きいものは、警察の留置場(代用監獄)の存在である。
 日本の法律では、警察は逮捕した人を最長23日間留置しておくことができる。
 しかし警察は、最初から判明している小さな容疑事実を別々の事件として扱って別件逮捕手続きを繰り返し、その間に被疑者の全生活を管理し、精神的・肉体的に追いつめることによって自白を取る。
 日本国憲法第38条は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。強制、拷問もしくは脅迫による自白または不当に長く抑留もしくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」と規定しているが、日本の警察はこれを無視つづけ、日本の裁判所は警察のやり方を追認し続けている。
 折山さんは、136日間に4回も逮捕手続きを繰り返された。
 折山さんのケースは日本の冤罪事件の典型である。
 折山さんは、1988年東京地裁で有罪とされ懲役20年の判決を受けて控訴したが、1991年東京高裁で棄却され、直ちに最高裁に上告して現在に至っている。
 東京の警視庁本部のビルは、1980年に新しく建て替えられ、留置場も綺麗になったと宣伝された。
 日本の“Daiyo-kangoku"への国際的な批判の高まりに対して、警察庁は、1980年に制度を改正し、留置場の管理担当者を刑事部から総務部に変更したので代用監獄の悪弊は取り除かれたと主張するが、その改正後の1985年に、真新しいビルの中で、代用監獄の空間と巧妙な取調技術の数々が、まさに今日的な拷問として繰り広げられている事実を、折山さんは体験に基づいてリアルに記録した。
 この記録には、また、さまざまなかたちで捜査当局の思惑と連動するマスメディアの姿も描きだされている。
 マスメディアはリークを受けて、折山さんが逮捕されるずっと前から周辺取材を続けており、逮捕・連行の際には映像でスクープしょうと待ち構えている。
 そして、別件逮捕の日の各紙夕刊は「田園調布の資産家失踪/豪邸を勝手に転売/殺害の疑いでも追及」などと、折山さんの顔写真入りで殺人事件の犯人であることをにおわせるように書き立てた。
 その顔写真は、留置場で撮影されたものを警察がマスメディアに提供したものだ。
 折山さんの家族や知人は、取材攻勢を受けて、生活をメチャクチャにされた。
 事件は、テレビのニュースショーの恰好の素材とされた。
 折山さんの事件は、三浦和義さんのいわゆる“ロス疑惑”事件と同じ頃に、同じようなマスメディア情況のなかで起きたものである。
 折山さんのケースは、深刻な報道被害の実例であると同時に、捜査テクニックとマスメディアのありかたが巧妙に結びついていることを示している。
 捜査官は、マスメディアの動きに敏感であり、利用することにたけている。
 そしてこの記録は、マスメディアのダブルスタンダードぶりも描きだしている。
 通常の報道倫理基準をかなぐり捨ててのセンセーショナリズム、紙面スペースの都合でどうにでも曲げられるニュース価値などが、日本の警察の体質と循環関係にあることが、みごとに描き出されている。
 折山さんの「上申書」は、B5の罫紙 638ページに及ぶ長文である
 ここでは、もっぱら代用監獄の実態と警察官による取り調べのテクニックを明らかにする目的で、その関連部分を編集者の責任において抜粋した。
                    1994年 4月  山際 永三(いのせんと舎)


*田園調布資産家殺人事件とは
*田園調布資産家殺人事件年表
 
1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 逮捕
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985(昭和60)年8月7日  第2回逮捕(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
1985(昭和60)年8月28日  田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で追起訴される
1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  再再々逮捕、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
2007年11月16日 満期出所


*田園調布資産家殺人事件裁判闘争の現在

折山敏夫さん(昭和18年7月6日生)は、2011(平成23)年4月8日に 
「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で 東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)、同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。
 
1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立


*冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。
 
 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。
 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さんが、23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求。
その後、東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
同年4月8日、東京高裁に即時抗告の申し立てを行い、現在も裁判闘争中。


*折山敏夫さんが本人訴訟にした理由

*11.4.8提出の再審請求書より

・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。



佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。




一審 有罪
東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫


控訴審 控訴棄却
東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二


*前回の愚ブログより
 
冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 平3・6・18に控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html



*田園調布資産家殺人事件・元被告折山敏夫さんの“Twitter”

*冤罪はこうして作られる」についてのツイート
*「誤判と再審」についてのツイート
*「別件逮捕と勾留延長」についてのツイート
*公正証書原本不実記載についてのツイート
*田園調布資産家殺人事件 についてのツイート

*HP警視庁代用監獄136日間の記録
*警視庁代用監獄136日間の記録・取調技術
*警視庁代用監獄136日間の記録・妻や友人を逮捕する
*警視庁代用監獄136日間の記録・別件再逮捕
*千葉刑務所の今(2010.2.10)
*新証拠 殺されているはずの人が生きていた記録発見について
*検事が証拠を偽造した について

*警視庁代用監獄136日間の記録・28取調技術・かく乱するより
4〜5日も面会の機会が失われていると、取調官にたきつけられている私は、M弁護士にさえ不信感を抱く始末なのだ。
 M弁護士が面会のおりに
「嘘をつくと裁判のときに困ることになる。真実だけを正直に話すように」
と忠告してくれた言葉さえも、取調官が私を責めたてるときの言葉と、まったく同じなのだから、あぁ弁護士までもが現在の私の主張を嘘だとみているのか、と思ってしまう。
 こんな極限状況に置かれて取調官の追及に耐えている私に対しては、
「無実の者が身を守る唯一の方法は、取り調べには一切黙秘することしかない。何を言われても弁解せず、取調官に対しては、たとえ真実であっても口をきくな」
という冤罪防止の鉄則をこそ助言してくれるべきだったと、今になって思う

「直接証拠がないというだけで、情況からみれば真っ黒だ。これで自白でもあれば誰が考えても有罪間違いない」
と述べる弁護士の言葉も、なかば不信が芽生えている私にとっては逆効果で、激励されているとは思わずに、やはり弁護士ですら私の無実を信じてはいなかったのかと考え、もはや心を割って何でも相談しようという気になれない。
 福岡の裏付け調査も弁護士からは無理だと断られてしまったし、私は、頼れるのは警察力しかないのかと一人で思い込んで、これ以降は弁護士に相談もせずに独断で捜査当局の眼を福岡に向けさせるべく、作り話をしていくのである。
 せっかく早いうちから弁護士が支援体制をとってくれたというのに、詳細な事件の打ち合わせもしない間に、当局のかく乱戦術によって、私は弁護士に対する心を閉じることになってしまった。
 疑心暗鬼にとらわれた私は、弁護士に弱音を見せることもしなくなり、一人で闘うしかないんだという悲壮感を抱くと、どんどん孤立化していった。


*関連リンク
 法制審は、なぜこの声を聞かないのか〜可視化を巡って冤罪被害者たちは語る
(江川 紹子氏 2013年8月4日)





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August 07, 2013

1985(昭和60)年8月7日 田園調布資産家殺人事件で折山敏夫さんが2回目の別件逮捕【冤罪はこうして作られた】

田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、7月16日の別件逮捕に続いて、2回目の逮捕をされる(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載などで)
参考)「警視庁代用監獄136日間の記録」 子どもも同罪マスコミ恐怖
             

*ポレポレ座の2010.4.20チラシ(2010年4月20日)
*田園調布資産家殺人事件・元被告の“Twitter”


*講談社一九九三年刊・小田中聴樹著『冤罪はこうして作られる』より
 電子版

これでもかと言わんばかりに、「スパイ」も出てくる。つまり、
「そろそろ、自白しておいた方が後々心証がいいよ」
「本当にやってないんなら、裁判の時に”真実”を言えばいいんだよ」
と、勾留中の”仲間”=スパイにささやかれる。
こうして、えん罪は作られるんです。・・・

このように別件逮捕は、違憲・違法な捜査方法である・・・
一方、別件逮捕には違法の疑いがあるとしても、犯人検挙の有益な手段なので一概に否定すべきではないという考え方が、一般の市民の間にもかなり広く抱かれている
たしかに、別件逮捕により犯人検挙が成功した例がかなりある。
しかし、それと同時に注目しなければならないのは、誤判事件の多くが別件逮捕から始まっているという事実である


*「シャラップ!」より問題なのは(山口 浩)
捜査や取り調べの際のルールをどのくらい厳しくするか・・・自分や身近な人が犯罪被害者となることを恐れる人は同じくらい・・・無実にもかかわらず被疑者となってしまうかもしれない恐れへの想像力を・・・



*田園調布資産家殺人事件とは

*田園調布資産家殺人事件年表

1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 逮捕
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985(昭和60)年8月7日   第2回逮捕(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
1985年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  再再々逮捕、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
2007年11月16日 満期出所


*田園調布資産家殺人事件裁判闘争の現在

折山敏夫さん(昭和18年7月6日生)は、2011(平成23)年4月8日に 
「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で 東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)、同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。


1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立


*前回の愚ブログより

冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 平3・6・18に控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html


冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さんが、23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求。
その後、東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
同年4月8日、東京高裁に即時抗告の申し立てを行い、現在も裁判闘争中。


*折山敏夫さんが本人訴訟にした理由

*11.4.8提出の再審請求書より


・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。
 町田幸雄検事に関するツイート

 
佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。
 佐々木善三検事に関するツイート




*HP警視庁代用監獄136日間の記録

*警視庁代用監獄136日間の記録・取調技術
*警視庁代用監獄136日間の記録・妻や友人を逮捕する
*警視庁代用監獄136日間の記録・別件再逮捕


*千葉刑務所の今(2010.2.10)

*新証拠 殺されているはずの人が生きていた記録発見について

*検事が証拠を偽造した について






一審 有罪

東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫



控訴審 控訴棄却

東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二



*冤罪はこうして作られる」についてのツイート

*「誤判と再審」についてのツイート

*「別件逮捕と勾留延長」についてのツイート

*公正証書原本不実記載についてのツイート

*田園調布資産家殺人事件 についてのツイートより

YukikoTSUJIYAMA-ITOI さん 0‏9 年12月21日
冤罪 田園調布資産家殺人事件のホームページが出来てる!http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20091007203133.htmlブログは、こちら。http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706


コスタリカ共和村  山下 由佳さん ‏ 10年4月3日
@47news @amneris84 @igabin @orizen 当事者訴訟で再審請求している友達 ・田園調布資産家殺人事件元受刑者「折山敏夫」がツイッター参加★4月10日 午後7時から9時 場所:ポレポレ座 03-3227-1405 http://bit.ly/9zdoXw




オリセンさん ‏ 10年4月5日
冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html 読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。



黒木昭雄 さん 10年9月25日
腐った世の中、いつ我が身に降りかかるかもしれない。 RT @439_: 支援RT @kuroki_akio: 【拡散】23年の服役を経て『冤罪闘争宣言』http://bit.ly/b8RJiw @orisen 田園調布資産家殺人事件の元被告が再審請を求めて闘っています。



Fukuda Hayato さん ‏ 11年4月8日
弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね!
RT @orisen:田園調布資産家殺人事件、今日、東京地裁に再審請求書を提出しました。読んでみてください。http://bit.ly/eUpJU2


オリセンさん 11年4月9日
きちんと判断してくれれば不可能ではないと思ってるのですが。RT @ hayato821 弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね! 田園調布資産家殺人事件、再審請求書を提出http://bit.ly/eUpJU2


オリセンさん ‏ 11年7月25日
冤罪!田園調布資産家殺人事件。殺されているはずの人が生きていた記録発見。http://bit.ly/pTbw6p



Jun+ さん ‏12年1月17日
田園調布資産家殺人事件で23年間服役し、社会復帰して冤罪を訴えてる人がtwitterやってる。すごい時代だ・・・。 / “Twitter” http://htn.to/cPmovK


福島 慎吾さん    12年 ‏ 2月12日
佐藤友之氏編の「代用監獄33人の証言」を読了。被告人一同が声を合わせて裁判所にモノを言うために、折山敏夫氏が立案し獄中から獄中へ郵送にて配布・回収した「自白強要の手口を暴くアンケート」に寄せられた代用監獄体験者のナマの声。


sociologbook さん    10年4月18日
冤罪被害者の方のようです。上申書を少し読みましたがめちゃめちゃ怖いです。  "折山敏夫 (orisen) on Twitter" ( http://bit.ly/9ROKai )
オリセンさんにフォローされています


オリセンさん 2013(平成25)年 ‏6月24日
死刑囚の機関紙「希望」70号をアップしました。http://bit.ly/143OsNN  彼らは日々、命と向き合って必死に生きています。応援してください。

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*2013(平成25)年7月26日に行われた狭山事件・第14回三者協議の結果報告



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higurashi at 12:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 06, 2013

1985(昭和60)年8月6日 田園調布資産家殺人事件 (折山敏夫さん) と公正証書原本不実記載罪による別件逮捕の繰り返しで136日間勾留

田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫元被告が、公正証書原本不実記載等で起訴される



*ポレポレ座の2010.4.20チラシ(2010年4月20日)

*田園調布資産家殺人事件・元被告の“Twitter”



*田園調布資産家殺人事件とは

1985年7月16日未明、渋谷区円山町で経営していたパブから出た私が、車に乗ろうとしていたところを、警視庁捜査4課(組織暴力団担当)の5人の刑事に急襲されて、逮捕された。
5年前から所在不明になっている、佐藤松雄(私のビジネス相手だった)を殺害して、彼の所有していた田園調布の自宅等の、財産を乗っ取ったという容疑である。
始めから私は殺人容疑を否認。警視庁は事件を立証するためには、私の自白を得る以外には無いので、厳しい取調べを開始した。
警視庁はそのときまでに、佐藤の身元を特定するに足る、すべてのデータを持っていて、警視庁鑑識課、そして警察庁の鑑識課にも委託して、過去に発見された身元不明死体との照合を済ませていた。
その結果、佐藤の死体はまだ発見されていないと判断していたのである。
私が佐藤の自宅の処分や、預金の解約等の手続きをしたことを認めたから(もちろん佐藤の了解の下にである)、その行為に私文書偽造やら、公正証書原本不実記載などの理由をつけて、別件逮捕を繰り返した。
結局、私は警視庁の留置場に136日間収容され続け、朝から晩まで、佐藤殺しを自白するようにと責められた。・・・


*田園調布資産家殺人事件年表

1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 逮捕
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  再再々逮捕、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
2007年11月16日 満期出所


*田園調布資産家殺人事件裁判闘争の現在

折山敏夫さん(昭和18年7月6日生)は、2011(平成23)年4月8日に 
「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で 東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)、同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。


1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立


*前回の愚ブログより

冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html

冤罪・田園調布資産家殺人事件で 平3・6・18に控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう?
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html


冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さんが、23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求。
その後、東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
同年4月8日、東京高裁に即時抗告の申し立てを行い、現在も裁判闘争中。


*折山敏夫さんが本人訴訟にした理由



*HP警視庁代用監獄136日間の記録・取調技術 より 

「私は住民登録した事実関係まで否定する気はないんだから、何もHさんまで逮捕することはないじゃないか、可哀相に」
私が強く抗議すると、白石は平然として言う。
「あの男は音楽のこと以外は何も知らん単純な人間だな。確かに大きな事件を起こせるタイプじゃない。起訴されるようなことはないだろうが、まぁせっかくだから23日間、ここでゆっくりとして貰うことになる。
 Hもお前と知り合ったばかりにとんだワリ食っちゃったが、Hだけじゃないぞ。お前がのらりくらりと言い逃れていれば、仲間は片端から捕まえる手筈になっている。友達に迷惑をかけたくなかったら、佐藤をどこへ始末したのか早く話すんだな」
 警察は、私へのみせしめにするためにH氏までも捕まえたのだと知ったとき、私はこの事件に対する捜査当局の本音をやっと心底から理解した。
 彼らの狙いは、借地権の争いに介入することなどではなく、佐藤についての私の殺人容疑しかないという事実に、私はこのときやっと気づいたのだった。
 住民登録を抹消されて宙に浮いている佐藤の住所を新たに川崎市に設定したという事件ならば、本来これは神奈川県警の管轄になるはずだ。それなのにわざわざ管轄外の些細な事件を探し出してきて別件逮捕の口実にしたのだから、警視庁の狙いが公正証書原本不実記載などという形式的なことにないことは明白だ。
 したがって捜査当局は、H氏の逮捕が本筋の殺人事件には何の意味もないことを十分承知した上で、ただ私を脅かす材料の一つにするためだけに、これを行ったことになる。
 平穏に生活している一市民を、勝手な目的の手段とするために監獄に繋ぎ、本人や周りにいる多くの者の人生を破壊する。
 警察の薄汚いたくらみに気づくと、それが権力の本当の姿なのだとは知りながら、私は改めて背筋が寒くなった。・・・

 誰も口を開かないので不気味な沈黙が続いているところに突然、矢ケ崎氏の泣き叫ぶ声が聞こえてきた時には、私は思わず耳を疑った。
「家へ帰して下さい。私は何も知らないんだ。このままじゃ手形が回ってきて倒産しちゃう。お願いします。帰して下さい」
 それと同時にドアや壁に身体がぶち当たる音、そして数人の激しくもみ合う靴音がする。
 力づくで押さえつけられて判事の部屋から引きずり出されているような気配だった。
 その間も矢ケ崎氏の必死の叫びはずっと続いていたが、私は手錠腰縄姿だったから手で耳を覆うこともできず呆然としているしかない。
 まさかこの事件で矢ケ崎氏までもが逮捕されていようとは想像もつかなかった。
 彼は旧家の生まれで、私とは5年前に知り合い、以後親しく付き合ってきた。
 佐藤とも数回は顔を合わせて互いに見知ってはいるものの、どう考えても佐藤殺しなどという犯罪と関係があろうとは思えない。
 矢ケ崎氏もH氏の例と同じく、当局は、狙っている事件の本筋からはずれていることは承知のうえで、私に対する単なるいやがらせと心理的圧力を加えるために逮捕したのに違いない。
 当局が矢ケ崎氏を逮捕する口実としたのは、内容虚偽の公正証書を作成した容疑だということを、後になってから私は知らされた。
 私が佐藤に対してもっていた債権のうちの一部、額面 600万円の公正証書を作成するにあたって、私が矢ケ崎氏に債権者名義人になってほしいと頼んだことがあったのだ。
 たかが私に名義を貸していたというだけの形式的な問題である。
 かりにこれが法に違反していたとしてもわざわざ逮捕しなければならないほどの重大事件ではない。
 しかも5年前の出来事なので、公正証書原本不実記載の時効寸前の古い事件だった。
そもそも私がこの公正証書づくりを矢ケ崎氏に依頼した経緯については、何の秘密もないのだから、尋ねられれば私自身が何でも答えただろう。
 公正証書づくりの真相解明のために彼を逮捕したのではないことは明らかだ。
 この日の彼の血を吐くような叫び声は、矢ケ崎氏に対する取り調べの酷さを予感させるものだった。
 私は、彼の取り調べを担当した鴇田警部補の暴力によって彼が前歯を数本折ったということも後になって聞いた。
 当局は、矢ケ崎氏に対しても、あわよくば佐藤殺しの犯人としてでっち上げようと企んだのかも知れない。 少なくともそのような見込捜査の結果、彼は逮捕されたのである。
 H氏に次いで矢ケ崎氏までもが、私と同時に逮捕されていたという事実は、私を怯えさせるのに十分だった。
 私の友人・知人を、「片っ端から逮捕してやる」と言う白石の言葉が単なる脅しではないことを見せつけられたからだ。
「別件逮捕だ、過剰捜査だとよく騒ぐけれども、俺たちは気にしない。終わりよければすべてよし。真犯人だという証明さえできれば途中のルール違反は帳消しだ」
 刑事が言うとおり、この事件を立件するためなら、なりふりかまわずに暴走するつもりなのだ。



*警視庁代用監獄136日間の記録・妻や友人を逮捕する より


 私は毎朝、取調室に足を踏み入れる時には、
「今日こそは取調官の勝手に作った架空のシナリオなど認めないようにしよう。今までのウソの犯行シナリオを否定しよう」
と決心しているのに、深夜取り調べが終わって留置場に戻される時の私は、刑事との闘いに敗れ去り、何もかも認めさせられて憔悴しきっている。
 結局は屈服せざるを得ないと知りながら、私は毎朝、昨日までの取り調べで無理やり認めさせられた当局のシナリオを否定して、刑事に反抗することから始めるのだ。
「この野郎は、ゆうべ完全にとどめを刺しといたはずなのに、一晩たつとすぐに息を吹き返す。やりにくい男だ」
と言いながら、刑事はいやな顔をする。
 こんな具合だから、刑事は毎日のように自白強制のための技術をイロハからやり直さなければならない。
 取調室は罵声、怒号に混じって机を叩き、椅子を蹴りつける音で一日に一度はあふれかえる。
 そして、それでも思いどおりにならない私に対して、白石主任が私の身近な者の逮捕を言いだすのも、パターンとなった。
「ようし、お前がどうしても警察に対抗しようというんなら、こっちもそれなりに対抗するしかない。お前の女房を逮捕するぞ。
 佐藤名義の預金を差し押さえて配当の小切手を現金化するのを手伝ったり、Y医師に田園調布を買うようにすすめたりして、けっこうお前の詐欺行為を手伝ってるじゃないか。
 お前の言うような潔癖な性格の女どころか、とんだ食わせ者のメス狸で、本当のところはお前とつるんでいるのではないか」
 白石も興奮しているから、ことのほか汚く罵る。
「これは脅しじゃないぞ」
と念を押して血相を変えている。
 こうなると私は、もうこれ以上取調官に反抗し続けることなどできはしない。
 何でも言うことをきくから、これ以上は無関係なものに手出しすることは勘弁してくれ、と頭を下げ屈服するのも、いつもと同じパターンになった。
「いくら警察でもそんなに簡単に一般市民を逮捕できないことは常識じゃないか。そんな脅しで取調官の言うなりになるなんてことは信じられない」
 後になって接見に来た弁護士からこう言われたが、彼はまだ私の立場をよく理解していない。
 現実にこの自分自身が、殺人などの容疑については何ひとつ根拠もなしに無実のままで逮捕されているし、理不尽な目にあっているのはH氏や矢ケ崎氏も同じである。
 警察はやる気にさえなれば、重箱の隅をつつくようにして些細なミスを探し出して、これを理由にして簡単に身柄を拘束する。
 ちょっとした交通違反、偽名でホテルに宿泊したなどの小さな理由で、身柄拘束された者など数多くいる。
 刑事の言うとおり「結果よければすべてよし」は、堂々とまかり通っている。
 私は、家族や友人の逮捕をほのめかされて、刑事が単に私に対する脅しのためにハッタリを言っているのだとは思わなかった。
 本気でやろうとしていることは、雰囲気で判る。
 彼らはこの事件で成功するためなら、なりふり構っていられないのだ。
 マスコミを誘導して重大犯罪摘発という警察の成果を公表してしまった以上、今さら証拠がみつからない、間違いでしたなどということは許されない。
 この時の私の立場としては、自分一人を犠牲にすることで足りるのであれば、取調官の言いなりになるしかない。ただ捜査当局が、これ以上の暴走をしないように願うより他に方法はなかった。



*警視庁代用監獄136日間の記録・別件再逮捕より

 私はこれまで、所在不明になっている佐藤が本当に殺されているのかどうか、また、佐藤の行方に私自身が関わっているのかどうか、という程度の捜査であれば、現在の日本の警察力をもって調査すれば、20日もあれば十分だと考えていた。
 また留置場の収容者たちの話から判断しても、別件と本件の2度の逮捕による合計40数日間の取り調べで、事件捜査は片がついて、その後は少なくとも外部の人間との連絡ができるようになるものと楽観視していた。
 2か月程度のブランクで済んで、その後は私が指揮できるのなら、私の仕事もなんとか再開できるだろうし、従業員の給料や私の家族の生活費についても保たせられるだろう。
 そして、逮捕される前に私が関わっていた何件かの民事訴訟や、所有不動産の競売事件の進行についても、1〜2度の不出頭だけで済むのなら、十分に取り返しがつく。
 それなのに、私が自白するまで何度でも別件逮捕を繰り返すという白石主任の言葉と、そのとおり2度目の逮捕も別件容疑だったという現実とによって、私のこの後の予定がまったく立たなくなってしまった。
 すぐに従業員や家族の生活のこと、中途半端になっているやりかけの仕事のこと、財産の保全のことなどを心配しなければならない。
 外見上は派手で余裕があるように見えた私の仕事だったが、しょせんは自営業者の懐のうちは自転車操業である。
 惰性で進んでいる間に新たにペダルを踏み込まないかぎりは、倒れてしまうのは必然だ。私の仕事の場合は、この惰性の期間はせいぜい2〜3か月、この間に私が復帰しなければ大変なことになる。
 せめて家族との間でも、私の不在中の仕事の段取りをとるための交流が許されているなり、あるいは各店の店長と打ち合わせができるならばともかく、警視庁での別件逮捕が続く間は接見禁止処分に付されていて、私は誰にも直接に連絡できない。
 何の前触れもなく突然に身柄を拘禁されて、誰とも音信不通にされてしまえば、誰の生活だって破綻するだろうが、この場合の被害は自営業者である私には特に大きかった。
 私が運用していた総資産は約5億円ほどもあったろうが、このままでは何の打つ手もなく、すべて
崩壊してしまうのだ。
 私のこれまでの半生で築き上げてきた人間関係も、財産も、信用も、そのすべてが音を立てて崩れていくのが見えるようで、あまりの焦燥感から身体が震えだす。
 2度目の別件逮捕は、私をますます絶望に追い込んでゆく。
 そして、この監禁は、私が佐藤を殺害したという嘘の自白をしないかぎり、果てしなく続けると取調官に宣告された。
 私は、取り調べに対処するのと同じ苦しみを、二重に背負わされたのと同じだった。
 話はとぶが、その後、白石主任が宣告したとおりに、3度目の逮捕も別件容疑で行われ、4度目にやっと本件の佐藤殺害容疑で逮捕される。
 最初の逮捕から数えて90日目の10月13日に殺人罪で起訴されたのちも、警視庁第四留置場に勾留されたまま補充の取り調べが続く。
 そして、第1回目の公判が終了した11月28日になって、やっと代用監獄から脱出できて、拘置所に移監になったのである。
 しかも、私の執拗な要請の結果、接見禁止が解除されたのは 400日を経過したあとだった。
 この間、弁護人以外との交流は一切禁止される。
 私に何の通知もなされないままで、財産はほとんど競売等の換金処分にされ、もちろん事業のすべてが崩壊し、私は、想像していたとおり半生の結晶のすべてを失った。



*11.4.8提出の再審請求書より


・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。
 町田幸雄検事に関するツイート

 
佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。
 佐々木善三検事に関するツイート



*警視庁代用監獄136日間の記録

*千葉刑務所の今(2010.2.10)

*新証拠 殺されているはずの人が生きていた記録発見について

*検事が証拠を偽造した について






一審 有罪

東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫



控訴審 控訴棄却

東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二




*「別件逮捕と勾留延長」についてのツイート

*公正証書原本不実記載についてのツイート

*「シャラップ!」より問題なのは(山口 浩)
捜査や取り調べの際のルールをどのくらい厳しくするか・・・自分や身近な人が犯罪被害者となることを恐れる人は同じくらい・・・無実にもかかわらず被疑者となってしまうかもしれない恐れへの想像力を・・・


*田園調布資産家殺人事件 についてのツイートより

YukikoTSUJIYAMA-ITOI さん 0‏9 年12月21日
冤罪 田園調布資産家殺人事件のホームページが出来てる!http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20091007203133.htmlブログは、こちら。http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706


コスタリカ共和村  山下 由佳さん ‏ 10年4月3日
@47news @amneris84 @igabin @orizen 当事者訴訟で再審請求している友達 ・田園調布資産家殺人事件元受刑者「折山敏夫」がツイッター参加★4月10日 午後7時から9時 場所:ポレポレ座 03-3227-1405 http://bit.ly/9zdoXw




オリセンさん ‏ 10年4月5日
冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html 読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。



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腐った世の中、いつ我が身に降りかかるかもしれない。 RT @439_: 支援RT @kuroki_akio: 【拡散】23年の服役を経て『冤罪闘争宣言』http://bit.ly/b8RJiw @orisen 田園調布資産家殺人事件の元被告が再審請を求めて闘っています。



Fukuda Hayato さん ‏ 11年4月8日
弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね!
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オリセンさん 11年4月9日
きちんと判断してくれれば不可能ではないと思ってるのですが。RT @ hayato821 弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね! 田園調布資産家殺人事件、再審請求書を提出http://bit.ly/eUpJU2


オリセンさん ‏ 11年7月25日
冤罪!田園調布資産家殺人事件。殺されているはずの人が生きていた記録発見。http://bit.ly/pTbw6p



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田園調布資産家殺人事件で23年間服役し、社会復帰して冤罪を訴えてる人がtwitterやってる。すごい時代だ・・・。 / “Twitter” http://htn.to/cPmovK


福島 慎吾さん    12年 ‏ 2月12日
佐藤友之氏編の「代用監獄33人の証言」を読了。被告人一同が声を合わせて裁判所にモノを言うために、折山敏夫氏が立案し獄中から獄中へ郵送にて配布・回収した「自白強要の手口を暴くアンケート」に寄せられた代用監獄体験者のナマの声。


sociologbook さん    10年4月18日
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*2013(平成25)年7月26日に行われた狭山事件・第14回三者協議の結果報告

*狭山事件 第14回三者協議「速報」を読む






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July 16, 2013

1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件起こる (折山敏夫さん 東京高裁に即時抗告を申し立て)

*田園調布資産家殺人事件年表

1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている
1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される
1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手
1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査
1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける
1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さん 逮捕
1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査
1985年8月6日   公正証書原本不実記載等で起訴
1985年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴
1985年9月21日  再再々逮捕、10月13日殺人で追起訴
1985年11月14日 詐欺で追起訴
1985年11月27日 第1回公判
1985年11月28日 東京拘置所へ移監
1988年4月21日  懲役20年有罪判決
1991年6月18日  控訴棄却判決
1995年3月29日  上告棄却判決
1995年4月      千葉刑務所へ移監
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*

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「自分ひとりだけの孤独な戦いの開始です(雪冤闘争宣言)」とのご決意のもと再審請求されたが、
その後、2013(平成25)年4月3日付で
東京地方裁判所刑事第3部が、再審請求棄却を決定し
(裁判長 斎藤啓昭、裁判官 肥田薫 中山登)
同年4月8日、折山さんは東京高裁に即時抗告を申し立てられた。



冤罪・田園調布資産家殺人事件の取り調べ段階で
検察のシナリオに沿った証拠のねつ造・改ざん、
折山敏夫さんに有利な証拠の隠蔽等の違法行為を行った
町田幸雄主任検事、佐々木善三検事は
今、どこで何をされているのでしょう
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html


冤罪・田園調布資産家殺人事件で 昭63・4・21に 一審有罪判決を下した
東京地裁刑事第一二部 新矢悦二裁判長、山田利夫裁判官、洞鶏敏夫裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html


冤罪・田園調布資産家殺人事件で 控訴審を棄却した
東京高裁第二刑事 栗原平八郎裁判長、泉山禎治裁判官、神作良二裁判官
の三者は、今、どこで何をされているのでしょう(平3・6・18)
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100404180041.html




*冤罪・田園調布資産家殺人事件を、ひとりでも多くの方に紹介してください。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件。目撃者なし、直接証拠一切無し、自白調書なし、犯行時刻も、凶器も、犯行態様も、犯行動機も不明の冤罪事件。

 冤罪・田園調布資産家殺人事件の折山敏夫さん
(23年間の満期出所後、2011(平成23)年4月8日に本人訴訟で再審請求)。
その後、
東京地方裁判所刑事第3部が、2013(平成25)年4月3日付で再審請求棄却決定を行う。
4月8日、東京高裁に即時抗告を申し立てる。



1985(昭和60)年7月16日 田園調布資産家殺人事件発生
1988(昭和63)年4月21日 有罪判決 東京地方裁判所刑事第12部
1991(平成3)年6月18日 控訴棄却
1995(平成7)年3月29日 上告棄却
2011(平成23)年4月8日 再審請求 東京地方裁判所刑事第3部 
2013(平成25)年4月3日 請求棄却決定
    東京地方裁判所刑事第3部 裁判長 斎藤啓昭 裁判官 肥田薫 中山登
2013(平成25)年4月8日 即時抗告申立







HP冤罪・田園調布資産家殺人事件
*田園調布資産家殺人事件とは?より 事件の概要

1、1985年7月16日未明、渋谷区円山町で経営していたパブから出た私が、車に乗ろうとしていたところを、警視庁捜査4課(組織暴力団担当)の5人の刑事に急襲されて、逮捕された。

2、 5年前から所在不明になっている、佐藤松雄(私のビジネス相手だった)を殺害して、彼の所有していた田園調布の自宅等の、財産を乗っ取ったという容疑である。

3. 始めから私は殺人容疑を否認。警視庁は事件を立証するためには、私の自白を得る以外には無いので、厳しい取調べを開始した。






*本人訴訟にした理由

 僕の場合、逮捕後に財産も家族も友人も何もかも失ってしまい、満期出所後の今や孤立無援の状態なので弁護士を頼むコネも力もありません。
 ネットに情報を流すことで、きっと判ってくれる人が増えるだろうと思っていたのですが、それも叶わず、夢だったようです。誰も本気で応援してくれないとわかったら、最近はすっかり気抜けしてしまい闘志も衰えてきました。
 検察ににらまれたら、誰でも冤罪に陥れられ、破滅する可能性があります。他人事ではありません。
 せめて独力での再審請求手続きが、僕に今できる限られた闘いの手段です。
 どうか参考意見などコメントください。

11.4.8提出の再審請求書はhttp://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/34770472.html



*11.4.8提出の再審請求書より


・警察が強制捜査に入るずっと以前から本事件に関し、検察側としてはすでに町田幸雄主任検事以下の担当チームが編成されていた・・・特捜事件と同様な検察の予断捜査が展開されていたため、警察の捜査をチェックするという本来の機能が失われ、むしろ検察主導の取調べ捜査が行われた。

 町田幸雄検事に関するツイート





 
佐々木善三検事の嘘の伝聞証言と右偽造フィルムの存在がなければ、事件は成り立たない。
 自白は、請求人の署名押印のある供述調書によるものではなく、請求人の取調べを担当した佐々木善三検事の伝聞証言によるものだった。

 佐々木善三検事に関するツイート







*上告趣意書補充書(一)より抜粋

略)やってもいない殺人を認めるような自白調書に署名して、無実の罪を背負わされることが決定的になったときには、それが取調官のトリックに騙されたものであれ、麻酔をかけられた結果であれ、拷問に屈したものであれ、理由を問わず自殺して抗議の意思表示をすると決めていたのだ。こんな意思の弱い人間であったら生きている価値がない、せめて誰にも迷惑をかけぬように自分で始末をつけねばならない。

 次回の面会時に弁護士に対して不本意な調書に署名した事情を説明して真実を訴え、家族への最後のメッセージを託してから決行することを決心した。昨夜も眠れなかったのだから、心身ともに疲れ切っているはずなのに、死ぬと決めたとたんに過去のいろいろな思い出が去来して、とても眠るどころではない。この夜も一晩中泣き続けていた。」 
 翌々日である8月31日、
 「運よくこの日には松原弁護士が離婚届の用紙を持って面会にきてくれた。(略)私は離婚書類に署名しながら、これでこの事件についての私の弁解も妻や子供に伝えられぬままに縁が切れちゃうのかと思うと無性に悲しかった。 

 また明日から新学期が始まるというこの日に夜逃げするように姿を隠さざるを得なかった二人の息子のことを考えれば、あまりにも哀れで胸が張り裂けそうになる。それでもこれから獄死しようとしている自分にとっては、家族に及ぶ迷惑を少しでも軽くできたろうかと少しはほっとするのだ。

 弁護士との面会を終えて取調室に戻った私は、すっかりしょげてしまってメソメソ泣いてばかりいるので、とても取り調べにならなくなってしまった。


*獄中体験談を語れ より

 獄中での僕はほとんど思考を停止させて過ごし、感度を落としていたせいか、監獄生活に関してあまり強烈な記憶が残ってません。
 その日に起こったことは日記に記し、それ以後は片端から忘れるようにしていた為もあります。そうしなければ、状況の悲惨さに押しつぶされてしまったかもしれません。
 10年も同じ部屋で寝起きを共にしてきた人の名前を思い出せず、愕然としています。でも、結局、獄友たちとはある一線以上には踏み込むことをせず、物理的な距離はあんなに近かったのに、精神的な人間関係が希薄だったためかと思います。



*監獄の処遇 より

僕が刑務所生活の囚人の遵守事項を公表したら(http://bit.ly/diRD9O)、多くの人から批判のコメントをいただいた。
 悪いことをして入っているのだから、この程度の不自由さは当然だ、というものが大部分。
 中の看守たちも同じことを言っていた。
「こんな扱いをされるのが嫌なら二度と入ってくるな。俺たちがお前らに甘くしたのでは、懲役にならないだろう?」
 僕も刑務所の囚人に一般社会人と同じ自由を与えてくれと言ってるわけではない。
 必要な自由の制限は在って当然だと思う。
 問題は、囚人に対する人間としての最低の尊厳までも踏みつけにしないでくれ、ということ。
 監獄における処遇ルールが、本来の矯正の目的から離れて、ともすれば囚人をいじめるだけの意味しかない場合が多いのだ。・・・



*警視庁代用監獄136日間の記録



*千葉刑務所の今(2010.2.10)より

●自殺者/不審死

 私は、自分でポジティブ性格だと思っているぐらいで、環境に適応性があるものですから、相当厳しいところでもへっちゃらでしたけど、完全にダメになっちゃう人が大勢います。・・・
 自殺した一人は、私にはとても親近感のあった人で、新宿のバス放火事件の丸山さんです。・・・多分、罪の深さだと思います。あの方は千葉に行ってからだと思うんですけど、被害者と面会したようですね。・・・

 もう一人の方は完全なホモ・セクシャルの人で、この人は周りからバンバンやられていて、最後は自殺に追い込まれちゃって。・・・からかわれたと言うんですけれども、本人にとってそれはイジメなんでしょう。

 それから全くの不審死で、朝起きたら死んでいたというのは、これも、私は全然解せないんですが、二人ともうんと親しかったものですから。





*殺されているはずの人が生きていた記録発見について

 私が佐藤氏を殺害したのは80年7月25日、というのが裁判所の有罪認定事実だ。
 私はもちろん一貫して、その事実を否認したままで服役した。
 23年間の拘禁生活を終えてから、逮捕された当時に警察に押収されていた書類が戻ってきたものを見直すことがあった。
 その中に、7月25日以降に佐藤氏が生存していた証拠をいくつか見つけたので、これから順次それを紹介する。どれ一つとっても再審請求の理由であり、そして無実の証拠である。
 先ず最初に提示するのは、同年7月30日付の佐藤氏本人の直筆メモである。
 添付写真の「7/30貸し」の日付を見れば、佐藤氏が7月25日に殺害されたのではないことが一目瞭然だろう。


*検事が証拠を偽造した について






一審 有罪

東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二二九五号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九一号、東京地裁昭六〇刑(わ)第二五九七号、東京地裁昭六〇刑(わ)第三一九七号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、昭63・4・21 東京地裁刑事第一二部判決

東京地裁裁判長裁判官 新矢悦二
裁判官 山田利夫洞雞敏夫



控訴審 控訴棄却

東京高裁昭六三(う)第六八〇号、有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺、殺人被告事件、平3・6・18 東京高裁第二刑事部判決
控訴棄却・上告、原審東京地裁昭六〇刑(わ)第二四九号等、昭63・4・21判決、

東京高裁裁判長裁判官 栗原平八郎
裁判官 泉山禎治神作良二





*田園調布資産家殺人事件 についてのツイートより

YukikoTSUJIYAMA-ITOI さん 0‏9 年12月21日
冤罪 田園調布資産家殺人事件のホームページが出来てる!http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20091007203133.htmlブログは、こちら。http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706


コスタリカ共和村  山下 由佳さん ‏ 10年4月3日
@47news @amneris84 @igabin @orizen 当事者訴訟で再審請求している友達 ・田園調布資産家殺人事件元受刑者「折山敏夫」がツイッター参加★4月10日 午後7時から9時 場所:ポレポレ座 03-3227-1405 http://bit.ly/9zdoXw




オリセンさん ‏ 10年4月5日
冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html 読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。



黒木昭雄 さん 10年9月25日
腐った世の中、いつ我が身に降りかかるかもしれない。 RT @439_: 支援RT @kuroki_akio: 【拡散】23年の服役を経て『冤罪闘争宣言』http://bit.ly/b8RJiw @orisen 田園調布資産家殺人事件の元被告が再審請を求めて闘っています。



Fukuda Hayato さん ‏ 11年4月8日
弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね!
RT @orisen:田園調布資産家殺人事件、今日、東京地裁に再審請求書を提出しました。読んでみてください。http://bit.ly/eUpJU2


オリセンさん 11年4月9日
きちんと判断してくれれば不可能ではないと思ってるのですが。RT @ hayato821 弁護士なしでも再審開始決定を獲得できたらスゴイですね! 田園調布資産家殺人事件、再審請求書を提出http://bit.ly/eUpJU2


オリセンさん ‏ 11年7月25日
冤罪!田園調布資産家殺人事件。殺されているはずの人が生きていた記録発見。http://bit.ly/pTbw6p



Jun+ さん ‏12年1月17日
田園調布資産家殺人事件で23年間服役し、社会復帰して冤罪を訴えてる人がtwitterやってる。すごい時代だ・・・。 / “Twitter” http://htn.to/cPmovK


福島 慎吾さん    12年 ‏ 2月12日
佐藤友之氏編の「代用監獄33人の証言」を読了。被告人一同が声を合わせて裁判所にモノを言うために、折山敏夫氏が立案し獄中から獄中へ郵送にて配布・回収した「自白強要の手口を暴くアンケート」に寄せられた代用監獄体験者のナマの声。


sociologbook さん    10年4月18日
冤罪被害者の方のようです。上申書を少し読みましたがめちゃめちゃ怖いです。  "折山敏夫 (orisen) on Twitter" ( http://bit.ly/9ROKai )
オリセンさんにフォローされています


オリセンさん 2013(平成25)年 ‏6月24日
死刑囚の機関紙「希望」70号をアップしました。http://bit.ly/143OsNN  彼らは日々、命と向き合って必死に生きています。応援してください。


* 田園調布資産家殺人事件 元被告(現在、東京地方裁判所に再審請求中)の 折山敏夫さん(オリセンさん/昭和18年7月6日生)の“Twitter”




*ポレポレ座の2010.4.20チラシ
  折山敏夫氏 冤罪を訴える(田園調布殺人事件元受刑者)
  ポレポレ座 東中野 2010年4月20日(火)午後7時から9時

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━






2013(平成25)年7月16日  
第6回狭山事件東京高裁前アピール開催される

banner (1)


第14次高裁前アピールはいよいよ残り2回





金聖雄‏さんのツイートより  2013(平成25)年7月16日
久しぶりに狭山事件の石川さんを撮影。朝早く狭山から霞が関に向かう途中、新宿三丁目でコーヒーショップに入った。ふと向かいに座った女性を見るとラージのアイスティが三杯?次の瞬間次々に一息で飲み干した。目が点になった。


「狭山事件再審オンライン署名」へ




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higurashi at 06:16|PermalinkComments(1)

July 08, 2013

1985(昭和60)年7月9日 徳島ラジオ商殺し事件 徳島地判 無罪判決

 1985(昭和60)年[[7月9日]]、[[徳島ラジオ商殺し事件]]で、[[徳島]][[地方裁判所]]が[[無罪判決]]を下す。


 徳島ラジオ商殺し事件(徳島地判60.7.9) 


A.自白の経過
 29.8.13 逮捕(店員西野、阿部の供述に基づく)、否認、8.26,27 検察官取調べで自供、翌29日否認、以後同

B自白内容の変動・合理性
 犯行の動機〜被害者の浮気、、嫉妬、将来に対する絶望感等(疑問)

E自白と客観的証拠との符号性
(1)被害者の創傷との関係(犯行の順序、血痕飛散状況、被告人の寝巻の血痕)
(2)被告人の受領との関係
(3)(店員の供述---目撃、電灯線、電話線切断→機

F裏付けとなるべき物的証拠の不存在
 店員が新町川に投棄した凶器の刺身包丁の不発見

I 情況証拠との関係
(1)店員2名の犯行目撃証言の信用性(偽証告白、照度に関する伊東鑑定)
(2)電灯線2度切断に関する実況見分の写真


『自白の信用性―被告人と犯行との結び付きが争われた事例を中心として―』(司法研修所編/平成3年7月刊行)より







森本尚樹 ( 徳島県議 )さんのツイートより 2012((平成24)年5月26日
若い頃、わが国初の死後再審「 徳島ラジオ商事件 」の取材をした。五度目の再審請求途中に死亡した冨士茂子さんの名誉を回復するため、姉妹弟が請求を継承、ついに無罪に。判決は被告を無罪ではなく無実とし、感動で記者たちも涙がとまらなかった。名張毒ぶどう酒事件。なぜこうならなかったのか⁈


sinwanohate さんのツイートより 2012(平成24)年11月17日
東海地区のテレビで「名張毒ブドウ酒事件」のドキュメント。閉鎖された裁判所のタテ社会の中での再審の難しさが如実に。岩波新書「裁判官はなぜ誤るのか」の著者秋山賢三元裁判官が出演。裁判官時代に徳島ラジオ商殺人事件の再審を決定した後、冷遇されて裁判官をやめた方。(続く)


秋原葉月 さんのツイートより 2012(平成24)年2月17日
(承前)冤罪・徳島ラジオ商事件で再審開始決定を出した秋山裁判官は出世コースを外され地方裁判所を転々とした。名張事件で2005年幻の再審開始決定を出した小出裁判官は決定を出した後、退官。そしてこの再審開始を取り消した門野裁判官は東京高裁に栄転している。裁判所とはそういうところだ。


細田加代子さんのツイートより 2013(平成25)年2月27日
徳島ラジオ商殺人事件:冤罪被害者の冨士茂子さんの亡くなった後で再審の結果無罪。冤罪被害者の茂子さんの無念を思う。大崎事件も名張ぶどう酒事件も袴田事件も再審を急いで欲しいです



秋山賢三元裁判官の話
http://aichi-kyuuenkai.com/torikumi200711.html
これでいいのか日本の裁判 再審を求める集会 2007年11月29日より




眉山 名刺眉山 名刺








 画像は徳島市のホームページよりいただきました(2009年7月8日)

higurashi at 06:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 23, 2012

1985(昭和61)年11月23日

1985(昭和61)年11月23日
 石川一雄さんの父・富造さんが死去される(享年八七)。

1987(昭和62)年3月28日
 石川一雄さんの母・リイさんが死去される(享年八一)。

higurashi at 06:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 07, 2012

1985(昭和60)年8月7日

田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、7月16日の別件逮捕に続いて、2回目の逮捕をされる(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載などで)


  //田園調布資産家殺人事件年表//
参考)https://docs.google.com/Doc?docid=0ASt4UF6Q3qJfZGNidjc5bjVfNzFobXNzZ3o3Nw&hl=ja

1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている

1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される

1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手

1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査

1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける

1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さんを第1回逮捕(私文書偽造・公正証書不実記載など)

1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査

1985年8月6日   田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で起訴される


1985(昭和60)年8月7日   第2回逮捕(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)
            参考)警視庁代用監獄136日間の記録2  逮捕状
             http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/7738767.html


1985年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴

1985年8月30日  第3回逮捕(詐欺・私文書偽造など)

1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴

1985年9月21日  第4回逮捕(殺人)

1985年10月13日 追起訴(殺人)

1985年11月14日 追起訴(詐欺)

1985年11月27日 第1回公判

1985年11月28日 東京拘置所へ移監

1988年4月21日  懲役20年有罪判決

1991年6月18日  控訴棄却判決

1995年3月29日  上告棄却判決

1995年4月      千葉刑務所へ移監

2007年11月16日 満期出所


<今、二回目の読書中の小説『深淵』(大西巨人)から、自分の為に部分抜粋した箇所をココに転載します>

「君の思いは、てんでまちがっている。君は、そのように思うべきではない。
 我々の運動は、公正裁判を要求しているのであり、
 “現在までの一審判決および二審判決は、不公正な審理・疑わしい証拠によって行われた。
  従って二〇名全員は、無罪・・・『<法律上>無罪』・・・だ”
 というのが、我々の主張である。
 もしも新たに明白な不動の証拠が見つかり、為に二〇名全員が有罪になったとしたら、
 それは、取りも直さず公正裁判の実現を指示するから、我々の運動は、ずいぶん有意義な仕事だった。
 むろん我々は、誰からも裏切られはしなかったのだ」と事を分けた。・・・



彼の確信において「正しくても、一人では行かない(行き得ない)」者たちが手を握り合うのは、真の<連帯>ではないところの「衆ないし勢を恃む(たのむ)こと」でしかなく、
真の<連帯>とは、「正しいなら、一人でも行く」者たちが手を握り合うことであり、それこそが、人間の、<長い目で見た>当為にほかならず、・・・

higurashi at 08:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 06, 2012

1985(昭和60)年8月6日

田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で起訴される

参考)警視庁代用監獄136日間の記録2  逮捕状
       http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/7738767.html

 警察は、1985年7月16日に折山さんを別件で逮捕し、その日から殺人の容疑で取り調べ自白を強要した。
 折山さんは、警視庁本部内の留置場(代用監獄)に136日間も留置された。
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/folder/862389.html


  //田園調布資産家殺人事件年表//
参考)https://docs.google.com/Doc?docid=0ASt4UF6Q3qJfZGNidjc5bjVfNzFobXNzZ3o3Nw&hl=ja

1980年7月25日  本件殺人事件発生日とされている

1980年8月13日  本件死体発見、福岡県筑紫野署に殺人事件捜査本部設置される

1983年2月16日  警視庁が北陸銀行渋谷支店から折山敏夫さんの不審行動の情報入手して捜査着手

1985年1月18日  警視庁鑑識課身元不明相談室において照合捜査

1985年1月25日頃 警視庁が〇波歯科医師より歯科治療カルテおよび歯科X線フィルムの提供を受ける

1985年7月16日  午前3時ごろ、折山敏夫さんを第1回逮捕(私文書偽造・公正証書不実記載など)

1985年7月22日  警視庁鑑識課身元相談室および警察庁鑑識課身元相談室において照合捜査


1985(昭和60)年8月6日   田園調布資産家殺人事件で、折山敏夫さんが、公正証書原本不実記載等で起訴される

参考)警視庁代用監獄136日間の記録2  逮捕状
             http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/7738767.html

1985年8月7日   第2回逮捕(詐欺・私文書偽造・公正証書不実記載など)

1985年8月28日  公正証書原本不実記載等で追起訴

1985年8月30日  第3回逮捕(詐欺・私文書偽造など)

1985年9月10日  公正証書原本不実記載等で追起訴

1985年9月21日  第4回逮捕(殺人)

1985年10月13日 追起訴(殺人)

1985年11月14日 追起訴(詐欺)

1985年11月27日 第1回公判

1985年11月28日 東京拘置所へ移監

1988年4月21日  懲役20年有罪判決

1991年6月18日  控訴棄却判決

1995年3月29日  上告棄却判決

1995年4月      千葉刑務所へ移監

2007年11月16日 満期出所


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