1926(大正15年)

November 12, 2012

1926(大正15)年11月12日

いわゆる[[福岡連隊事件]]([[福岡連帯爆破陰謀事件]])で、[[松本治一郎]]以下十数名が[[逮捕]]される。






 松本治一郎が全国水平社の議長になった一九二五(大正十四)年までに、水平社が取り上げた差別事件は三千三百件以上であった。実際には、水平社の目の届かない軍隊の中で、部落出身兵士が自殺するなど、厳しい差別がこの他にも行われていた。










 一九二六(大正十五)年一月、兵卒同盟(軍隊の中の水平社)を作った井元麟之の属する福岡連隊で、厳しい差別事件がおこり、全九州水平社および全国水平社が抗議に訪れた。
 福岡連隊は、糾弾会には一切応じず、一九二六(大正十五)年十一月十二日、










福岡警察は、“闘いに行きづまった水平社が福岡連隊の爆破をくわだて、松本治一郎宅から爆発物が押収された”とする「福岡連帯爆破陰謀事件」をでっち上げた。松本治一郎は十二人の同志とともに起訴され、三年六か月間投獄された。









 一九二七(大正十六)年五月、裁判が始まり、徳川家達事件で服役中の松本治一郎は、刑務所から裁判に出ていた。
「わたしの家から出てきたという火薬を見せてくれ」と、松本治一郎は裁判長に求めたが、押収した火薬は殺人など不可能な花火のような代物であり、裁判には出されなかった。










 また、爆破をくわだてた日は消防団の演習が行われており、松本治一郎もそれに参加していたため、アリバイもはっきりしていた。
 その他、裁判では、十一人の被告のうち四人までが、警察の拷問に耐えられずウソの自白をさせられたことを証言した。拷問は、一八七九(明治十二)年の法律で禁止されていた。





 事件は「爆弾のない爆弾事件」として今日でも有名である。





 一九二七(昭和二)年一月十三日の第一審で、久保裁判長が有罪判決を言い渡すやいなや、「君は正気か!」、「正気で言うのですか」と、松本治一郎は裁判長を連呼して繰り返したが、裁判長は相手にせずサッサと引き上げた。










 一九二八(昭和二)年十月八日の第二審判決も、一審と同じ有罪であった。
 「それでも天皇の名のもとでやった裁判か。政友会のカイライではないか」
 「見におぼえのない判決には屈服できない」
 と、松本治一郎は刑の執行延期を主張し続けた。




 そして一九二九(昭和三)年。





 「全国の兄弟諸君!私は今、福岡県の青年諸君と共に『福岡連隊爆破襲撃事件』の首謀者として断罪され、入獄せねばならない。・・・この糾弾闘争は、水平社同人の兵卒を奮い起こしたのみでなく、すべての自由を束縛され殆ど人間扱いされていない兵卒をも自覚せしめた警鐘であった・・・








 全国の兄弟諸君!私は諸君のたゆまぬ闘争の決意に送られ、勝利の微笑をたたえつつ獄に下る。只管なる諸君の健闘を祈りつつ。
 全国に散在するわが特殊部落民よ、団結せよ!」



 一九三一(昭和六)年十二月二六日、いわゆる[[福岡連隊事件]]([[福岡連帯爆破陰謀事件]])で、[[松本治一郎]]以下十数名が[[出獄]]する。





 「階級闘争の激しい危機の切迫せる今日の情勢の下では、実に惜しい時間ではありましたが、幸いにして入獄以前に優る健康と倍する意気を失わずに、再び同志諸君に相見えることが出来ました。









しかし、そのことは入獄中の私が同志諸君の差し伸べてくれた温かい手と、美しい同志愛によって絶えず慰められ元気づけられそして励まされて来たからに他なりません。(後略)」




 一九三五(昭和十)年十二月、部落改善費増額要求闘争の犠牲者となった山本凡児の特別弁護の場で。





「検事は、合法的に運動を進めよと言われたが、今の世の中でもっとも合法的でない事を平気でやっているのは一体誰であろうか。大正十五年の秋に、かくいう私等に対してなされた大弾圧即ち、“爆弾”と“陰謀”の事実なき『福岡連隊爆破襲撃事件』はどうであったろうか」





 再び、一九三一(昭和六)年十二月二六日、「福岡連隊事件」出獄に戻り。




 数知れぬ同志の犠牲と、尊い屍の上に築かれた陣営を、真に働く階級のものたらしめるために、私は、百の言葉よりも一つの行動をとりたいと思います。



 歴史が必然的に約束せる“佳き日”の社会へ!しかも、それは我々が自らの手によって建設しなければならぬ社会であります。
 ために私は、最期の血の一滴まで闘い抜くことを誓うものであります。


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October 22, 2012

1926(大正15)年10月22日

 10月22〜23日
 [[全国水平社]]「[[労農党]]支持連盟」が発足する。

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August 17, 2012

1926(大正15)年8月17日

全水[[福岡連隊差別]]糾弾特別委を[[全国水平社]]本部内に設置し、[[糾弾]]闘争が全国的に拡大する。




8月14〜23日守護樹 榎

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