1988(昭和63)年

September 02, 2013

1988(昭和63)年9月2日狭山事件(1963年)で東京高検が初証拠開示。二回目は東京高裁が2009年12月16日に初証拠開示勧告した翌年(22年後)

8月24〜9月2日守護樹 マツ1988(昭和63)年9月2日
*[[狭山事件]]で、[[東京高検]]が、[[芋穴]]の[[ルミノール反応]][[検査報告書]]を[[証拠開示]]する。
*[[自白]]で死体を[[逆さづり]]にして隠したという芋穴に[[血痕反応]]はなかったことが判明する。
*これにより、
自白は誘導によるもの、 
『秘密の暴露』(犯人しか知らない事実)には当たらないことが明らかになった。

*「殺害現場に血痕なし 狭山事件再審に新証拠」の新聞記事
 
*その後、弁護団は 殺害現場にルミノール反応がないのはなぜか など、さらに証拠の開示を求めた。 
*しかしこれ以後、1988(昭和63)年9月2日から2010(平成22)年5月13日まで、22年間、新証拠開示は行われなかった。

*東京高検は、狭山事件第2次再審請求中の88年9月2日以来、22年ぶりに証拠開示を行った
 
* 東京高検は、狭山事件発生から25年目に第一回証拠開示、47年後に第二回証拠開示を行った。

* それに先立つこと、2009(平成21)年12月16日に 東京高裁が狭山事件再審請求で検察に初めて証拠開示勧告していた

*東京高裁は、第一次再審請求審から32年目、狭山事件発生から46年後、
 1964年9月10日に東京高裁(久永正勝裁判長)で 石川一雄さんが、二審の法廷の冒頭、「オレはYちゃんを殺していない」と、検察官、弁護士、裁判長に初めて宣告してから 45年後に 初めて証拠開示を勧告した(陳述書

*狭山事件 証拠開示 でのツイートより
2010年5月13日
「まだだったの?」と言わずにいられない狭山事件、
22年ぶりに東京高等裁判所の証拠開示勧告により36点を検察官が開示


*狭山事件(1963)や袴田事件(1966)、名張毒ぶどう酒事件(1961)といった、半世紀も前の事件で、プライバシーの侵害や捜査の支障があるとは考えにくい事件の「証拠開示」を、検察はどういった理由で拒否しているのかについて

ブログ検察が45年前の供述テープを開示しないのは、自分たちに都合の悪い内容だから?‐どんわんたろう‐ より

・取り調べの録音テープなど36点の開示を1年半前に受けた狭山事件(1963年)の支援者は、「検察は『関連性、必要性がない』という理由を付けて証拠開示を拒むことが多いが、証拠は相互に有機的な関連があり、個別ではなく総合的に評価しなければならない」と全面開示を強く求めていた。

・(袴田事件では、供述テープの開示請求に対して)検察は「弁護側が再審請求の理由としているのは、犯行時の着衣の『5点の衣類』が捏造であるということ。この争点とテープは関係がない」と開示を拒んでいるという。

・(元裁判官の木谷明・法政大法科大学院教授は)「検察官は公益の代表者のはずなのに、無罪を避けようといろんな手を打ってくる。裁判官が、そんな検察官の言うことを認めるのが悪い。捜査実態を見抜いて、しっかり判断するべきだ」・・・とくに再審では「全面的な証拠開示が認められてもおかしくない。裁判所が思い切った開示命令を出せない理由はない」と語っていた。


*石川一雄さんご本人の声
(2013年1月1日のアピールで語った「検察が証拠開示しない理由」についての反論)
私も3年ほど前に、ジュネーブにある国連・規約人権委員会委員に検察側の証拠不開示について訴えてきました。委員からは再三に渡って、日本政府に対し、強く証拠開示するよう勧告されています。そもそも検察に有る証拠は公費で公的機関に因って収集された物でありますから、本来は公的財産であり、弁護側に開示されて然るべき物です。新証拠が必要とされる再審にあって、請求人の私に当然開示すべき物である筈です。にも関わらず「プライバシー保護」等を理由に開示しない訳ですが、「プライバシー」を問題にするのなら、事件当時、被差別部落に対する差別的集中見込み捜査を行い、どれほど被差別部落の人たちの人生を踏みにじったかを先ず明らかにすべきですし、そのためにも検察は全証拠を開示し、捜査過程を全て明らかにすべきです。重大な事実の隠蔽行為が国民に知れることを恐れ、証拠開示出来ないのではないか、と指弾せずにはおれません。


*事件発生から半世紀以上を経てプライバシー侵害や捜査支障がなくなっても証拠開示を理由もなく拒否している検察の実態
ブログ今でも平気でうそをつき続ける検察…名張毒ぶどう酒事件より
現在、私たちは検察官に『今までうそを言っていたじゃないか』と『この映像に映っている18個の王冠は一体どうなったんだ』と『これを調べてきちっと報告しろ』という釈明を検察官にぶつけました。そしたら皆さんね、どうだと思いますか。検察は私宛に名古屋検察庁の茶封筒で私が弁護団の団長として送った求釈明の申立書を送り返してきました。私が送ったときの封筒もつけて誰が書いたのかも明らかにならない文書で、『裁判所に提出すべき書類ですのでお返しします』という一篇の文章だけをつけて送り返してきました
私たちはこういう検察官の対応に非常に怒りを感じましたけどもそうもばかりは言っていられませんので裁判所にこの事態を伝え裁判所からきちっとした釈明を求めて欲しいということを申し立てました。裁判所はなかなか証拠開示ということには消極的な姿勢をこれまで持ってきましたけど、この点は裁判所も食いついてくれました。検察官に私たちがしたのと同じ釈明を求めました。ところが検察官は損釈明にはまともに答えてきていません。現状はその問題に限って三者協議を入れてもらいたい、そこで私たちは検察官の不当な態度を徹底的に糾弾することを計画しているという状況です。


*狭山事件では、1988年9月2日に、芋穴のルミノール反応検査報告書が開示されたが、殺害現場のルミノール反応検査報告書はいまだ開示されていない。

*実際には、殺害現場のルミノール反応検査も行ったが、結果は陰性(−)であったため、検査報告書を埼玉県警か検察庁のどちらかが証拠隠ししていると思われる



*狭山事件の担当裁判長 河合健司裁判長の異動履歴

H.24. 3.27 〜       静岡地裁所長
H.22. 1. 1 〜 H.24. 3.26 東京地裁部総括判事
H.19. 1.15 〜 H.21.12.31 司法研修所教官
H.18. 4. 1 〜 H.19. 1.14 東京地裁部総括判事
H.14. 4. 1 〜 H.18. 3.31 札幌高裁事務局長
H.10. 4. 1 〜 H.14. 3.31 司法研修所教官
H. 9. 4. 1 〜 H.10. 3.31 仙台高裁判事
H. 7. 4. 1 〜 H. 9. 3.31 仙台地裁判事
H. 4. 4. 1 〜 H. 7. 3.31 東京地裁判事、東京簡裁判事
H. 2. 4. 8 〜 H. 4. 3.31 札幌地・家裁判事、札幌簡裁判事
H. 1. 4. 1 〜 H. 2. 4. 7 札幌地・家裁判事補、札幌簡裁判事
S.61. 4. 1 〜 H. 1. 3.31 京都地裁判事補、京都簡裁判事
S.58. 4. 8 〜 S.61. 3.31 函館地・家裁判事補、函館簡裁判事
S.58. 4. 1 〜 S.58. 4. 7 函館地・家裁判事補
S.55. 4. 8 〜 S.58. 3.31 大阪地裁判事補
(第32期)
http://www.e-hoki.com/judge/837.html?hb=1


東京高等裁判所第4刑事部. 河合健司裁判長は、
東京高検公判部長・園部典生検事に対し
証拠隠しを許さず 開示するよう勧告を行ってください
証拠リストを開示するよう勧告してください。
全証拠を保全し 弁護団へ開示するよう勧告してください





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*ドキュメンタリー映画 『SAYAMA みえない手錠をはずすまで」』予告編 
近々完成


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April 21, 2013

1988(昭和63)年4月21日

冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決が下される

(1985年に起こった田園調布殺人事件についての裁判記録。 直接証拠なし。自白調書なし。動機不明、凶器不明、殺人時刻不明、犯行態様不明、死体遺棄方法不明。
検察が歯科レントゲン写真を偽造してまでしてでっち上げ、折山さんに懲役20年の有罪判決を下す)



・1審判決文
http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html 

新矢悦二裁判長
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&aq=hts&oq=&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLL_jaJP343JP344&q=%e6%96%b0%e7%9f%a2%e6%82%a6%e4%ba%8c%e8%a3%81%e5%88%a4%e9%95%b7

東京地裁
判例タイムズNo.699


1988(昭和63)年4月21日

・再審請求書
   http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20110324220534.html
・上告趣意書
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/13950631.html
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/13942870.html
・上告趣意書補充書(一)
   http://ameblo.jp/orisen64/entry-10208439580.html
・上告趣意書補充書(二)
http://ameblo.jp/orisen64/entry-10209472859.html#main
・上告趣意補充書(三)
   http://ameblo.jp/orisen64/entry-10211287174.html
・検事が証拠を偽造した
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/10086273.html
・警視庁代用監獄136日間の記録・目次
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/folder/862389.html
・弁護人の眼からみた田園調布資産家殺人事件・弁護人・湯川二朗
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/7738136.html
・手記・私は殺人犯ではない
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/6170089.html
・田園調布資産家殺人事件とは?その1
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/3145877.html
・田園調布資産家殺人事件とは?その2
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/3146722.html
・田園調布資産家殺人事件の概要
   http://blogs.yahoo.co.jp/orisen0706/4109166.html
・千葉刑務所「所内生活の心得」
   http://bit.ly/bruF8s


田園調布資産家殺人事件
 昭和55年から田園調布の資産家が行方不明になっていた。そして、昭和60年7月16日に、折山さんが、生前、その資産家と親しくしていたといことで警視庁に逮捕された。その容疑は、公正証書原本不実記載罪だった。そして4回、136日間に及ぶ逮捕勾留の後、昭和60年10月13日、本件である殺人の罪で起訴された。彼も、虚偽の自白はしなかった。しかし、彼の取調官が法廷に証人として立ち、彼がこのように自白をしたと証言をした。そして、裁判所は、その取調官の証言のとおりに、彼が自白をしたものと認定をした。その結果、昭和63年、東京地裁で有罪判決を受け、平成3年、東京高裁でも控訴棄却、平成7年には最高裁でも上告を棄却された。
http://www.nsknet.or.jp/~yukawa/enzai.htm

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November 13, 1988

1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

宮岡貞男供述(教科書発見者)

<検察官尋問>




 一)あなたが着いてすぐ発見されたというんですか。
    はい。
 二)着いてから多少なりとも捜したんですか。
    いや、捜さなかったです。
 三)捜さなかった?
    はい。
 





 小島朝政捜査員供述(かもいの万年筆)

<石田弁護人尋問>


 一)当日は天井裏を捜査したことはありませんか。
    天井裏は捜査しませんでしたが、
屋根の上はちょっと見たと聞いております。
 二)聞いているって、あなたは見ていないんですか。
    屋根の裏ですね。
 三)屋根以外に天井裏へ上がられたということはありませんか。
    天井裏は記憶がございません。
 四)記憶がないんですか。
    はい。
 五)そうすると登ったのかもしれないですね。
    そうですね。
 六)六月二十六日の捜査までの間に、
被告人のうちに捜査に行かれたことはありませんか。
    ございません。
 七)ほかの警察官が行ったかどうか知っておりますか。
    ほかの捜査員が行ったことは私もわかりません






<河本検察官尋問>




 一)五月二十三日と六月二十六日の間に、
もう一回被疑者方の捜査をされたんじゃなかったですか。
    あっ、その間に六月十八日にございます。
 二)さきほど弁護人の質問に対して、その間はしていないといわれたが、
それは勘違いですね。
    ええ、それは勘違いです。・・・
 三)五月二十三日の時のことですが、便所とか天井裏も捜査されたんじゃなかったですか。
 便所はやったでしょうね。天井裏あるいは屋根・・・天井裏はやったでしょう・・・ ・・・
    これはやりました




<石田弁護人尋問>


 一)二十三日の時の捜査は要するに徹底的な捜査だったわけですか。
しらみつぶしに被告人の家の内と外を調べるという捜査のためだったですか。
    しらみつぶしということよりもむしろ
強盗・強姦・殺人・死体遺棄という罪名の捜査でありまして・・・。
 二)ああそうですか。家屋の中は確かに調べられましたね。
    私は十三人かの捜査員の指揮者として行ったので、うちの中は直接私は捜査しておりません。
 三)あなたは直接捜査はしていないわけですか。
    直接は捜査はいたしておりません。






<石田弁護人尋問>


 四)うちの中へはいるにははいったんでしょう。
    ええ、もちろんはいって各捜査員が捜査して、ここに何があった、あそこになんかあったということの報告を受けて、そのものを確認して、撮影の者に写真撮影さしたという順序でございます。
 五)つまり捜査の指揮はあなたがおとりになったということですね。
    そうでございます。
 六)ボールペンとか、封筒とか葉書とかいうものの差押えもあなたの指揮でなさったわけですね。
    そうでございます







<石田弁護人尋問>


 七)神棚の上とか、天井の付近の鴨居なんかの上も、あなたが捜査なさったんですね。
    これも私が見ている範囲では捜査はいたしませんでした。
 五)捜査をしなかったという理由はなんですか。
    これもいろいろありまして、まあ当日は僭越な話ですが、余りにも家族の者がわめきたてて悪口雑言をいっていたというようなこと、あるいはまた、短時間に捜査を終わって被疑者方のご迷惑を最小限にということもあったし、いろいろな関係からそこまで徹底しなかったのではないかと、そんなふうに思いますが。








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1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

内田幸吉供述(犯行経路について)

<検察官尋問>




 一)時間が七時半頃だったというのはですね、なんか特にあなたが時計を見るとか、その他の方法ではっきりしているのかどうか、ただ頃と思うだけなのか。
    大体かかあに聞いたところが七時〜七時半か四〇分といいました。それで覚えています。
 二)そうすると奥さんはどうして、ああ奥さんにあなたは時刻を聞いたんですか。
    そうです。わしが聞いたんです。
 






 三)その尋ねてきた人が帰ったから?
    ええ、今何時頃だといって言ったら今いうとおりなんです。七時半か七時三、四〇分だというんです。
 四)そういうふうなことをいってくれたんですか。
    へい。枕時計で・・・大きな柱時計がなくて枕時計ですから、ちょいちょい止まったりなんかもしますからね。十分ぐらいどうも狂いますからね。
 五)そうするとその時計は狂うこともあるんですか。
    あるんです。






 六)今ちょっとうしろを見てね。石川をみてください。
    (うしろを見て)そうです。そうで、この人です。 七)前を向いてください。五月一日にあなたのうちへ尋ねてきた人というのはこの人だと思えるわけですか。
    そうです、この人と思います。
 八)それから中田さんの事件があってですね、あなたは警察へ、五月一日の夕方、変な男が尋ねてきたということを届けた人ですか。
    すぐは届けませんでした。






 九)いつ頃大体届けられたんですか。
    さあ、あれは。
 十)おおまかで結構です。
    十日、二十日ぐらいたってからでしょうか。
 十一)ああ、そうですか、結構です。
      長くなって忘れちゃってどうも。
 十二)はい、はい、結構です。なんか、すぐ届けなかった理由は何かあるんですか。たとえばですね、近所のまあ、うちで被害にかかってるわけですから、早く届けるということがまあ一応常識的には考えられるわけですけれども。
      そうです。







 十三)それがおそくなった理由ですね。
      はあ。
 十四)何か特にあったわけですか。
     それがなんです。このやたら話していいかなんか、なにしろ百姓のことで何もわからないので、やたら・・・
 十五)いやいや。率直なところでいいですがね。あるいはあなた自身、自分があの、なんかどうしてもいやだっていうことなのかもしれないし、そうではないかもしれませんが。
     ・・・申し上げてあるわけだと思いますが、何ももう長くなって・・・






 十六)いやいや、簡単でいいです・・・簡単でいいです。
     ・・・ ・・・。
 十七)あまりむつかしくお考えにならなくていいです。
     (小声で)どうも、この、なんつっていいかな・・・
     (小声で)なんつっていいかな・・・なんとも考えておらんので、ちょいと・・・








 十八)理由があるんですか、ないんですか。
      理由は・・・理由っていうほどでもないと思うんだが。
 十九)ああ、そうですか。
      へい。
 二十)・・・まあ、特に中田さんのうちとご近所のことですからね。
      そうです。
 二十一)そういうふうに私どもも思うわけなんです。
      はあ。



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1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

1988(昭和63)年11月13日 狭山事件 第一審 第五回公判

石田一義供述

<検察官尋問>




 一)スコップのあった豚小屋には番犬がおりますか。
    はい。
 二)番犬はいつ頃からいるんですか。
    もう二年ぐらいいると思います。・・・
 四)犬の種類はどういうものですか。
    ビーグルというポインターの雑種です。・・・
 十一)お宅には犬は何匹ぐらいいるんですか。
    そのほかには。
    うちのほうに七匹ぐらい。・・・
 十三)放し飼いにしている犬はおりますか。
     一頭います。
 十四)なんという種類の犬ですか。
     スピッツです。








 十五)豚小屋の方の番犬がほえた時に、あなたの方にいる放し飼いのスピッツはどういうふうになりますか。
  たいがい、うちの方にいて向こうでなくと、うちの方から向こうへ飛んでいきます。・・・
 十七)この前、検証に行った時に大勢知らない人が行ったのに、犬は全然吠えなかったですがね。
  はあ、はあ。
 十八)あれはどうでしょう。
     さあ、大勢来たから、たまげちゃったんだと思います。
 十九)じゃあ、ああいうことは普通はないわけですね。
     ええそうです。・・・





<弁護人尋問>




 二〇)あなたの家と豚舎とはどのくらい離れていますか。
     そうですね。約百メートルぐらいあるかと思います。
 二一)豚舎の方で犬がなくとあなたのうちにも聞こえるわけですか。
     聞こえる時もあります。・・・
 二三)犬は入口の方にいつもつないであるわけですか。
     そうです。
 二四)例えば、東側の方からある人間が豚舎へ入ったとしますと、
    入口の方にいる犬は吠えるのが常識でしょうか。
     いえ、ちょっとわからないと思います。・・・
 二六)静かに忍んでくればわからない。
     そうですね。
 二七)可能性の方が強いですか。
     (うなづく)
 





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