1948(昭和23年)

December 10, 2012

12月10日 “世界人権デー” ^q^

谷川俊太郎さんの「せかいじんけんせんげん」^q^
絵本『世界人権宣言』より


第1条 みんな仲間だ
わたしたちはみな、生まれながらにして自由です。ひとりひとりがかけがえのない人間であり、その値打ちも同じです。だからたがいによく考え、助けあわねばなりません。


第2条 差別はいやだ
わたしたちはみな、意見の違いや、生まれ、男、女、宗教、人種、ことば、皮膚の色の違いによって差別されるべきではありません。また、どんな国に生きていようと、その権利にかわりはありません。


第3条 安心して暮らす
ちいさな子どもから、おじいちゃん、おばあちゃんまで、わたしたちはみな自由に、安心して生きていける権利をもっています。


第4条 奴隷はいやだ
人はみな、奴隷のように働かされるべきではありません。人を物のように売り買いしてはいけません。


第5条 拷問はやめろ
人はみな、ひどい仕打ちによって、はずかしめられるべきではありません。


第6条 みんな人権をもっている
わたしたちはみな、だれでも、どこでも、法律に守られて、人として生きることができます


第7条 法律は平等だ
法律はすべての人に平等でなければなりません。法律は差別をみとめてはなりません。


第8条 泣き寝入りはしない
わたしたちはみな、法律で守られている基本的な権利を、国によって奪われたら、裁判を起こし、その権利をとりもどすことができます。


第9条 簡単に捕まえないで
人はみな、法律によらないで、また好きかってに作られた法律によって、捕まったり、閉じこめたり、その国からむりやり追い出されたりするべきではありません。


第10条 裁判は公正に
わたしたちには、独立した、かたよらない裁判所で、大勢のまえで、うそのない裁判を受ける権利があります。


第11条 捕まっても罪があるとはかぎらない
うそのない裁判で決められるまでは、だれも罪があるとはみなされません。また人は、罪をおかした時の法律によってのみ、罰をうけます。あとから作られた法律で罰を受けることはありません。


第12条 ないしょの話
自分の暮らしや家族、手紙や秘密をかってにあばかれ、名誉や評判を傷つけられることはあってはなりません。そういう時は、法律によって守られます。」


第13条 どこにでも住める
わたしたちはみな、いまいる国のどこへでも行けるし、どこにでも住めます。別の国にも行けるし、また自分の国にもどることも自由にできます。


第14条 逃げるのも権利
だれでも、ひどい目にあったら、よその国に救いを求めて逃げていけます。しかし、その人が、だれが見ても罪をおかしている場合は、べつです。


第15条 どこの国がいい?
人には、ある国の国民になる権利があり、またよその国の国民になる権利もあります。その権利を好きかってにとりあげられることはありません。


第16条 ふたりで決める
おとなになったら、だれとでも好きな人と結婚し、家庭がもてます。結婚も、家庭生活も、離婚もだれにも口出しされずに、当人同士が決めることです。家族は社会と国によって、守られます。


第17条 財産をもつ
人はみな、ひとりで、またはほかの人といっしょに財産をもつことができます。自分の財産を好きかってに奪われることはありません。


第18条 考えるのは自由
人には、自分で自由に考える権利があります。この権利には、考えを変える自由や、ひとりで、またほかの人といっしょに考えをひろめる自由もふくまれます。


第19条 言いたい、知りたい、伝えたい
わたしたちは、自由に意見を言う権利があります。だれもその邪魔をすることはできません。人はみな、国をこえて、本、新聞、ラジオ、テレビなどを通じて、情報や意見を交換することができます。


第20条 集まる自由、集まらない自由
人には、平和のうちに集会を開いたり、仲間を集めて団体を作ったりする自由があります。しかし、いやがっている人を、むりやりそこに入れることはだれにもできません。


第21条 選ぶのはわたし
わたしたちはみな、直接にまたは、代表を選んで自分の国の政治に参加できます。また、だれでもその国の公務員になる権利があります。みんなの考えがはっきり反映されるように、選挙は定期的に、ただしく平等に行なわれなければなりません。その投票の秘密は守られます。


第22条 人間らしく生きる
人には、困った時に国から助けを受ける権利があります。また、人にはその国の力に応じて、豊かに生きていく権利があります。


第23条 安心して働けるように
人には、仕事を自由に選んで働く権利があり、同じ働きに対しては、同じお金をもらう権利があります。そのお金はちゃんと生活できるものでなければなりません。人はみな、仕事を失わないよう守られ、だれにも仲間と集まって組合をつくる権利があります。


第24条 大事な休み
人には、休む権利があります。そのためには、働く時間をきちんと決め、お金をもらえるまとまった休みがなければなりません。


第25条 幸せな生活
だれにでも、家族といっしょに健康で幸せな生活を送る権利があります。病気になったり、年をとったり、働き手が死んだりして、生活できなくなった時には、国に助けをもとめることができます。母と子はとくに大切にされなければいけません。


第26条 勉強したい?
だれにでも、教育を受ける権利があります。小、中学校はただで、だれもが行けます。大きくなったら、高校や専門学校、大学で好きなことを勉強できます。教育は人がその能力をのばすこと、そして人ととしての権利と自由を大切にすることを目的とします。人はまた教育を通じて、世界中の人とともに平和に生きることを学ばなければなりません。


第27条 楽しい暮らし
だれにでも、絵や文学や音楽を楽しみ、科学の進歩とその恵みをわかちあう権利があります。また人には、自分の作ったものが生み出す利益を受ける権利があります。


第28条 この宣言がめざす社会
この宣言が、口先だけで終わらないような世界を作ろうとする権利もまた、わたしたちのものです。


第29条 権利と身勝手は違う
わたしたちはみな、すべての人の自由と権利を守り、住み良い世の中を作る為の義務を負っています。自分の自由と権利は、ほかの人々の自由と権利を守る時にのみ、制限されます。


第30条 権利を奪う「権利」はない
の宣言でうたわれている自由と権利を、ほかの人の自由と権利をこわすために使ってはなりません。どんな国にも、集団にも、人にも、そのような権利はないのです。








不登校の子どもの権利宣言(2009年8月25日 東京シューレ) より

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不登校の子どもの権利宣言

前文
 私たち子どもはひとりひとりが個性を持った人間です。
しかし、不登校をしている私たちの多くが、学校に行くことが当たり前という社会の価値観の中で、私たちの悩みや思いを、十分に理解できない人たちから心無い言葉を言われ、傷つけられることを経験しています。
 不登校の私たちの権利を伝えるため、すべてのおとなたちに向けて私たちは声をあげます。
おとなたち、特に保護者や教師は、子どもの声に耳を傾け、私たちの考えや個々の価値観と、子どもの最善の利益を尊重してください。そして共に生きやすい社会をつくっていきませんか。 
 多くの不登校の子どもや、苦しみながら学校に行き続けている子どもが、一人でも自身に合った生き方や学び方を選べる世の中になるように、今日この大会で次のことを宣言します。


一、  教育への権利
 私たちには、教育への権利がある。学校へ行く・行かないを自身で決める権利がある。義務教育とは、国や保護者が、すべての子どもに教育を受けられるようにする義務である。子どもが学校に行くことは義務ではない。

二、  学ぶ権利
 私たちには、学びたいことを自身に合った方法で学ぶ権利がある。学びとは、私たちの意思で知ることであり他者から強制されるものではない。私たちは、生きていく中で多くのことを学んでいる。

三、  学び・育ちのあり方を選ぶ権利
 私たちには、学校、フリースクール、フリースペース、ホームエデュケーション(家で過ごし・学ぶ)など、どのように学び・育つかを選ぶ権利がある。おとなは、学校に行くことが当たり前だという考えを子どもに押し付けないでほしい。

四、  安心して休む権利
 私たちには、安心して休む権利がある。おとなは、学校やそのほかの通うべきとされたところに、本人の気持ちに反して行かせるのではなく、家などの安心できる環境で、ゆっくり過ごすことを保障してほしい。

五、  ありのままに生きる権利
 私たちは、ひとりひとり違う人間である。おとなは子どもに対して競争に追いたてたり、比較して優劣をつけてはならない。歩む速度や歩む道は自身で決める

六、  差別を受けない権利
 不登校、障がい、成績、能力、年齢、性別、性格、容姿、国籍、家庭事情などを理由とする差別をしてはならない。
 例えばおとなは、不登校の子どもと遊ぶと自分の子どもまでもが不登校になるという偏見から、子ども同士の関係に制限を付けないでほしい。

七、  公的な費用による保障を受ける権利
 学校外の学び・育ちを選んだ私たちにも、学校に行っている子どもと同じように公的な費用による保障を受ける権利がある。
 例えば、フリースクール・フリースペースに所属している、小・中学生と高校生は通学定期券が保障されているが、高校に在籍していない子どもたちには保障されていない。すべての子どもが平等に公的費用を受けられる社会にしてほしい。

八、  暴力から守られ安心して育つ権利
 私たちには、不登校を理由にした暴力から守られ、安心して育つ権利がある。おとなは、子どもに対し体罰、虐待、暴力的な入所・入院などのあらゆる暴力をしてはならない。

九、  プライバシーの権利
 おとなは私たちのプライバシーを侵害してはならない。
 例えば、学校に行くよう説得するために、教師が家に勝手に押しかけてくることや、時間に関係なく何度も電話をかけてくること、親が教師に家での様子を話すこともプライバシーの侵害である。私たち自身に関することは、必ず意見を聞いてほしい。
 
十、  対等な人格として認められる権利
 学校や社会、生活の中で子どもの権利が活かされるように、おとなは私たちを対等な人格として認め、いっしょに考えなければならない。子どもが自身の考えや気持ちをありのままに伝えることができる関係、環境が必要である。

十一、 不登校をしている私たちの生き方の権利
 おとなは、不登校をしている私たちの生き方を認めてほしい。私たちと向き合うことから不登校を理解してほしい。それなしに、私たちの幸せはうまれない。

十二、 他者の権利の尊重
 私たちは、他者の権利や自由も尊重します。

十三、 子どもの権利を知る権利
 私たちには、子どもの権利を知る権利がある。国やおとなは子どもに対し、子どもの権利を知る機会を保障しなければならない。子どもの権利が守られているかどうかは、子ども自身が決める。

二〇〇九年八月二十三日
全国子ども交流合宿「ぱおぱお」参加者一同




newsそれから:水平社博物館の今 人権問題、広く支援 /奈良
毎日新聞 2009年11月21日 地方版

 ◇「楽しく」学ぶ工夫も
 部落差別と闘うため1922年に設立された水平社の中心メンバーの出身地だった御所市柏原に水平社博物館(守安敏司館長)が開館して11年が過ぎた。新たに「奈良人権文化選奨」を設けて、「21世紀の人権の世紀に」という願いの実現に向けて活動を続けている同館の動きを追った。【山成孝治】

 奈良人権文化選奨は人権文化活動を積極的に展開する個人、団体を顕彰するため、同博物館が今年6月の理事会で打ち出した。個人に10万円、団体に30万円の副賞が贈られる。担当する仲林弘次学芸員は「部落差別だけではなく、障害者や女性・子ども、高齢者、在日外国人など、人権を巡る広範な問題に取り組む個人や団体を積極的に支援していきたい」と説明する。

 選考委員も、できるだけ多彩な意見が活発に出されるように人選した。水平社博物館理事長で県議の川口正志さんや奈良人権・部落解放研究所理事長の寺沢亮一さんのほか、奈良女性史研究会代表の大林美亀さんや弁護士の高野嘉雄さん、財団法人「たんぽぽの家」常務理事の村上良雄さんらに委嘱。寺沢さんは宇陀市教育委員長も務め、高野さんは甲山事件(74年3月)など数多くの刑事裁判で弁護を担当してきた元日弁連副会長だ。今月18日の委員会では、同館内の事務局が準備した選考対象のほかに、委員から新たな推薦希望も出された。来年3月までに受賞者を決め、5月3日に表彰式を開く。

  * * *

 水平社博物館は98年5月、「人の世に熱あれ 人間に光あれ」で締めくくる水平社宣言を起草した西光万吉らの出身地に開館した。昨年度は前年度比25%増の1万5000人を超える人たちが訪れ、開館以来、入館者は22万人を超えている。

 毎年1回、長期の特別展を開催。芥川賞作家で、「路地」と呼ばれる郷土の被差別部落の風土や人の気質にこだわった作品を書き続けた中上健次(1946~92)の足跡をたどった「中上健次の世界-路地から世界へ」(00年)など、狭義の部落問題だけでなく、さまざまな視点で差別や人権の問題を考えている。

 今年の特別展は駒井忠之学芸員が担当。「こんなん知ってた!? はじめての部落問題」と題し、焼き肉屋さんの店内の再現、牛の解体図や食肉処理場の説明などで、人間が「動物のいのち」を「いただいて」生きていることを伝え、米大リーグで活躍するイチロー選手らがはくスパイクなどが牛の皮を用いた製品であることも示した。このほか、小規模の企画展も継続的に展開。05年には、天理教教祖の中山みき(1798~1887)らの紹介などをした「差別に生きた女性たち」を開いた。

 仲林学芸員は「人権にかかわる啓発予算は削られ続けているが、全国からこの館を訪れる修学旅行生は増加している。楽しむことができ、しかも、その中で人権が学べるよう、ソフト、ハードともきめ細かい工夫をしていかなければ」と話す。

 大阪府の橋下徹知事が財政再建のため、国際児童文学館(吹田市)の廃止や上方演芸資料館(ワッハ上方、大阪市中央区)の移転縮小を打ち出すなど、文化施設が置かれている社会的状況は非常に厳しい。しかし、だからこそ知恵を絞った展示と、積極的に打って出る姿勢が望まれている。



higurashi at 07:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)