2009(平成21)年

May 22, 2019

2009(平成21)年5月23日 2012(平成24)年5月23日

◇2012.5.23 石川一雄さんのメッセージ  


不当逮捕49年に至って全国の支援者の皆さんにメッセージをお送りいたし
ます。年頭の挨拶では今年中に「再審」実現の「勝利の年に」と記し、又
その積もりで全精力を傾注し闘って参りましたが、先の10回目の三者協議
に於いて、検察は19点の証拠は開示したものの、求めていた肝心な証拠は
開示せず、然も有るべき筈の「血痕反応検査」の報告書や、犯行現場とさ
れる8ミリフイルムなども「不見当」との回答をくりかえしています。私が
無実を訴えたのは、「死刑」判決後、半年位であり、本来なら、その様な
重要な証拠は保全してしかるべきなのに、私が東京高裁で「無実」を訴え
たことに因って、保管しておくことに危機感を覚え、その時点で「廃棄」
処分にして終ったのではないかと思わざるをえません。しかし、2009年の
門野裁判長の勧告は、「存在しないならその理由の説明をしなさい」と踏
み込んで迫ったはずであり、検察側はそれに対していまだ明確な回答をし
ていません。弁護団は、検察側が提出してきた意見書に反論する専門家の
意見書を提出するとのことであり、10月に予定されている11回目の三者協
議を待たなければなりませんが、それによって今後の展開は来春に持ち越
されることも考えられます。

これまで8項目の開示勧告の内5項目、50数点について証拠開示がされまし
たが、肝心の3項目については、何度迫っても「ない」の一点張りなので、
今後も「ない」理由の説明や、弁護団の求める他の証拠開示も求めていき
ます。

考えてみれば「殺害現場」が特定されないまま「有罪」が認定されている
ことになり、それらを究明するのが裁判所の職務の筈であります。また、
あれ程沢山の無実を示す証拠が提出されているにも関わらず、「事実調べ」
しないなど、「狭山事件」は、稀なだけでなく不公平な裁判経過といえるの
ではないでしょうか。「殺害現場」を裏付ける客観的証拠が「ない」とい
うこと自体が私の無実を明らかにしていることを証明していると思われま
す。法廷を開き、事件当日、「犯行現場」の至近距離にいた農作業者をは
じめ、「証人」尋問をすれば「白、黒」の決着をつけられるのにと裁判所
の姿勢に問題を投げかけずにはおれません。私、石川一雄の心は閉ざされ
たまま50年、半世紀を迎えるのが濃厚な現実に直面し、心に重く感じるの
は否定しませんが、これからも「無罪」の二文字を勝ち取るまでは不退転
に闘って参る所存です。支援者皆さんには、何時も私を支えて頂いており、
感謝しつつも、この第三次再審で決着をつけるためにも更なるご協力が不
可欠ですので、なにとぞ何時にも増して後押しをしてくださいますよう、
心からお願い申し上げて、不当逮捕49年に当たり、私の決意と皆さん方の
ご理解の上、一刻も早く潔白の「よき日」を迎えられますようお力添えを
再度お願いして失礼いたします。

 2012年5月23日
                           石川 一雄









  



石川一雄さん「五・二三メッセージ」
「冤罪 狭山事件」ホームページより全文転載

           http://www.sayama-jiken.com/


不当逮捕46ヵ年糾弾・再審実現勝利闘争に決起くださった全ての支援者に心からお礼の意を深く込めてご挨拶申し上げます。

社会に出て15年目を迎え、拘禁生活の32年間は兎も角、現在に至っても、えん罪を晴らせる目処もたてられず、然も科学の進歩に因って私の無実性は明らかになっているにも拘らず、司法が「再審開始」の姿勢を見せないことに、満腔の怒りを禁じえません。

狭山事件は「部落差別」が根底にあることで、司法では「事実調べ」を行うことに相当な勇気が必要かと思いますが、実務の経験者、或は法を司る裁判官として如何なる事情があるにせよ、公平・公正な裁きをするのが、裁判官に果された仕事である筈です。

元より日本の司法制度は自由心証主義からして、決定権はすべて裁判官に委ねられ、いわば生殺与奪(せいさつよだつ)権は裁判官が握っているので、裁判官の胸三寸で決まって終(しま)うので、これ程恐ろしいものはございません。




例えば前述のように「証人調べ」等を行えば、私の無実が明らかになるだけでなく、被差別部落民の私を「犯人」に仕立て上げた警察・検察の手口は明らかにされるし、特に、自白のデッチ上げが一つひとつ鮮明になり、「自白」を唯一根拠とした寺尾「確定」判決が崩壊することを意味していますし、それは警察・検察・裁判所が一体となった部落差別犯罪の全てが暴露されることを恐れた結果、今迄の裁判の「確定」判決を追認踏襲した内在をひた隠しする必要性が生じてくるからです。
新証拠や、確定判決が指摘した一つひとつを精査、探求した上で科学の力を借りてはじめて私の無実性に光が当たった訳で、決して無理な要求でないと断言できます。
今般の第三次再審請求審に於いては、皆さんも知っての通り、弁護団は数十点にのぼる私の無実を証明する証言、証拠、鑑定書など提出しました。従って門野裁判長は最早、「事実調べ、証人尋問」などを避けて通ることはできないものと確信して居ります。
私は人生の三分の二近くも殺人犯という汚名を着せられ、自由を剥奪され、生活を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にされたことにし、




其の責任の一端は自分にもあるので、怨みませんが、裁判官には弁護団から提出されたものは正面から直視され、真剣に受け止め、個別的でなく、総合的な判断で評価していただきたいと願っています。言及するまでもなく、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則は再審に於いても適用されるとした白鳥決定が出され、免田、財田川、松山事件などで、開示された証拠が決定的な無実の根拠になって、再審開始で無罪になった例を顧みれば、公的機関である筈の検察官は積極的に証拠開示の義務を負わされている筈なのに、未開示証拠を出そうとしない以上、裁判官の開示勧告のもとで、フェアーに、裁判という土俵の上で白・黒をつけ、それが延(ひ)いては公正・公平な裁判に繋がるので、裁判官が真実を追究し、公正な裁判を行なうというなら、証拠を隠す検察官を弾劾し、その上で、全証拠の開示命令をすべきであります。
私は裁判所がえん罪作りに加担しているとは思っていませんが、証拠を検察官が私物化していることに問題があり、それを是正させるのも裁判官の仕事であると解します。




何(いず)れにせよ、「真実と正義は必ず勝つ」の確信と信念は不変ながら、今現在、狭山再審闘争は最大の山場を迎え、勝敗の分岐点でもあるということを自身に言い聞かせると共に、なんとしても門野裁判長の下で再審開始決定を実現させねばなりません。門野裁判長は来年2月に退官されるそうですが、私は、門野裁判長に「再審開始決定」を出して貰うために精力的に活動を続けて参る所存です
支援者皆様方も再審実現のため全力で活動を展開して下さるよう心からお願い申し上げて、右、私の決意と常日頃のご尽力を、併せて今日の集会にお越し頂いたことに衷心より感謝してご挨拶とさせていただきます。

  2009年5月23日
                       石川 一雄




 狭山事件の第三次再審開始を求める要請行動は、2007年5月23日付で、東京高裁第4刑事部の大野市太郎裁判長が司法研修所長に異動し、名張毒ぶどう酒事件の再審決定を取り消した門野博(前名古屋高裁裁判長)裁判長宛へと変わりました。

 故西宮弘元社会党衆院議員の第087回国会発言より。
http://37560366.at.webry.info/200805/article_5.html
「最後に判決を下した裁判長の更迭の経過を見ると、短い人は三カ月にも足りないというので転任をしてしまっている。・・・非常に頻繁にかわっていくということで、私は、その間の審理もどうしてもずさんにならざるを得ないというふうに考えるわけです。あるいは、最後に判決を下した寺尾裁判長、この人などは、新しい証人とか証拠の申請は大部分を却下してしまって、この裁判長になってからは、たった一人の証人調べもやっていないわけですよ。全然やっていない。だから、いずれも前の人の記録を見て判断をしたのでしょう。」


鎌田 慧 『狭山事件 石川一雄、四一年目の真実』 より

http://37560366.at.webry.info/200805/article_16.html

 それでも、石川一雄の名誉を回復させるのは、裁判しかない。彼は「かならず、正しい裁判官はいる」といまなお信じている。
 「中田善枝さんには、申し訳ないことをした。自分があともうすこしがんばっていれば、犯人はつかまったはずだ」
 最近になって、石川一雄は、未解決になったのは、自分の責任だ、社会に迷惑をかけた、とよくいうようになった



 たしかにそうかもしれない。
 しかし、彼を陥れたものは、警察であり、検察であり、誤りを正そうとしない裁判所であり、ひとりの人間の運命に無関心なわれわれだ、といってまちがいはない。



higurashi at 20:01|PermalinkComments(0)

September 11, 2013

2009(平成21)年9月10日狭山事件3次再審請求審で三者協議が32年ぶりに実現、検察側全証拠開示の義務化を

狭山茶さんのメールマガジン「狭山の風」のバックナンバーより転載させていただきました
   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

◇『埼玉新聞』 2009年9月11日(金)

 証拠開示、高検判断へ 狭山事件3次再審請求
 
狭山市で1963年5月、学校帰りの高校1年の女子生徒=当時(16)=
が誘拐、殺害された事件で、無期懲役が確定している石川一雄さん(70)
=94年仮出所=とその弁護団が求めている第3次再審請求について、東京
高裁第4刑事部(門野博裁判長)は10日、裁判所と東京高検、弁護側の3
者による協議を行った。弁護団によると、弁護側が検察側に求めている未開
示の証拠について、10月末までに検察側が開示の意思などを裁判所側に伝
えることなどで合意。12月に2度目の3者協議を行うことになった。3者
協議が開かれたのは、77年の第1次再審請求以来、32年ぶり。

協議後に会見した弁護団(中山武敏団長)によると、協議には高裁、高検側
それぞれ2人、弁護団12人の計16人が参加。約1時間にわたって協議した。

弁護側はこれまで、2006年に第3次再審請求をして以降、犯行現場のル
ミノール反応検査報告書など22項目の証拠を開示するよう求めてきた。こ
れに対し、検察側は開示を拒否。平行線が続いていた。

弁護団によると、高検側は証拠開示の可能性について、「10月までに返事
ができるかは分からない」と明言を避けたという。

会見で中山弁護団長は「証拠開示について、裁判所側の積極的な姿勢が見ら
れた。石川さんの無実を証明する第一歩だと思う」と話した。

石川さんは女子生徒を殺害したとして、64年、浦和(現さいたま)地裁で
死刑判決。74年に東京高裁で無期懲役判決を受けて上告したが、76年に
最高裁が棄却、無期懲役が確定した。弁護側は無罪を主張し、77年に再審
請求したが棄却された。

以上、http://www.saitama-np.co.jp/news09/11/02x.html から全文転載

『埼玉新聞』HP http://www.saitama-np.co.jp/index.html

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

狭山事件の再審を求める100万人署名 
   
「狭山新100万人署名用紙」新アドレス
 http://www.bll.gr.jp/sayama/sayama-syomei2.pdf

「オンライン署名」
 http://www.sayama-case.com/online/online.html

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

狭山再審リボンキャンペーン☆☆☆48,000個突破

 「狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会」公式HP
  http://www.sayama-case.com/

   【狭山再審リボンキャンペーン】
    http://www.sayama-case.com/ribon.html

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━








*狭山事件第二次再審請求が棄却

2002.01.23 東京高裁(第5刑事部)高橋省吾裁判長、第2次再審請求棄却に対する異議申立棄却。
2002.01.29 最高裁(第一小法廷)に対し、特別抗告申立て。
2005.3.16 最高裁第一小法廷・島田仁郎裁判長特別抗告棄却決定。
第二次再審請求に幕(18年7ヶ月)


*狭山事件第三次再審請求審開始 と 要請行動

2002.10.31「10・31寺尾差別判決28ヵ年糾弾、狭山再審要求、特別抗告審闘争勝利、中央総決起集会」において狭山事件における最高裁判所・最高検察庁に対して再審要求・証拠開示の要請行動が行われる

2006.5.23 東京高裁に第三次再審請求。
2006.10.31 石川一雄さんより「10・31メッセージ
2007.4.25 東京高検の狭山担当検事が代わりました:佐々木正輝検事
2007.5.23 東京高裁裁判長が 大野裁判長から門野博裁判長にかわりました

2008.5.23 東京高裁に新証拠提出。再審開始を厳しくせまる。
2008.10.15 国連自由権規約委員へのブリーフィング(スイス・ジュネーブ)。石川一雄さん世界に無実を訴える。
2009.1.1 石川一雄さん、HPを通じて新年のメッセージを発信する。
2009.10.22 狭山事件を考える入間地区住民の会より東京高裁、東京高検への要請文
2009.12.16 三者協議でとうとう東京高裁が東京高検に対して証拠開示勧告
2010.5.13 「狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会」より「再審要望署名ハガキ」と署名のお願い

2010年 5月18日 狭山事件: 新証拠開示
2011年12月14日 検察が14件の証拠を開示
     
2013.2.25 東大阪市荒本支部婦人部より東京高裁要請文三者協議全詳細
2013.5.23豊中・狭山事件研究会「ストーン・リバー」より高裁&高検要請文


*狭山事件における裁判所、検察庁への要請文、要請アピール文は、ネット上にアップされているものだけでもこれだけあったのです(以下にその一部を転載します)

*2002年10月31日
 最高裁判所第一小法廷 御中
 最高裁判所は最高検察庁に対し、ただちに検察官の手持ちの証拠リストを弁護側へ提示する勧告・命令をおこなうよう強く求めます。

 最高検察庁 狭山事件担当検察官 御中
 新証拠を必要とする再審請求において、検察官手持ちの証拠を開示しないということに、わたしたちは不公正・不公平・不正義を強く感じます。
 ただちに、最高検察庁が狭山事件に関わる手持ち証拠、とりわけ証拠リストを弁護団に開示するよう求めます。

*2006年10月31日
 ・・・戦前なら兎も角、現行法では、・・・絶対に法廷闘争に持ち込む必要があるんです・・・むしろ火に油を注いだ如く、怒りの追撃はますます強くなり、国家・司法権力が力で正義を切ろうとして打ち下した力をそのまま権力に返さなければならないと、私もとことん闘い抜く所存であります。部落民の私を犯人にデッチあげた張本人を断罪をもって私への謝罪と考えております。どうかこの三次こそ私の身に光が当たりますよう更なるお力添えを賜りたく再度心からお願い申し上げて、私の感謝の言葉と決意のご挨拶に代えます。ありがとうございました。

*2007.4.25 〜2007.5.23 裁判所に事実調べ、検察庁に証拠開示を求める要請葉書、要請文
〒100-0013 
東京都千代田区霞ヶ関1−1−4 東京高等裁判所第4刑事部 裁判長 門野 博様
「狭山事件再審弁護団は狭山事件の第3次再審請求を申し立てました。狭山事件は市民常識としてあまりにも疑問の多い事件です。石川一雄は43年以上も無実を叫び続けています。えん罪を疑わせる多数の証拠がこれまでにも裁判所に出されてきましたが、第2審の確定判決以来32年間も事実調べが一度も行われていないことはあまりにも不公平です。
第3次再審請求では筆跡の違い、筆記能力の違い、筆記用具が自白と食い違っている、万年筆の発見経過に疑問があるなど数々の新証拠が出されています。自白にも不自然な点が多すぎます。
東京高裁が、弁護団が提出した新証拠について、鑑定人尋問や、現場検証などの事実調べをおこない、再審を開始するよう求めます。」

〒100-0013
東京都千代田区霞ヶ関1−1−1 東京高等検察庁 検察官 佐々木 正輝様
「東京高等検察庁には、狭山事件に関わる多数の証拠がありながら弁護団にいまだに開示されていません。
公正・公平な裁判を保障するためには証拠開示は不可欠です。
国連の自由権規約委員会も弁護側への証拠開示の保障を日本政府に対して勧告しています。
とくに再審請求においては、検察官手持ち証拠の開示は重要です。
東京高検が狭山事件に関わる手持ちの証拠、とりわけ証拠リストを弁護団に開示するよう求めます。」
 
*2008年10月15日 狭山事件石川さん 証拠開示スイスで訴え 国連自由権委に出席
 「委員には『公平・公正』な裁判はもとより、日本政府に『証拠開示』をするよう働き掛けてほしい」と政府への証拠開示勧告を訴えた
 「今回、本人が直接訴えたことに意義があり、置かれた状況を理解されたと思っている。十年前、委員会が石川事件として勧告した証拠開示が進展していないのは残念。強い勧告を政府に出すとともに、東京高裁は事実調べをしてほしい」

*2009年1月1日 新年のメッセージ
・・・門野裁判長は、法と正義、良心に基づいて万人が納得出来る判断を出して下さると信じ、また希っています。
・・・殊の外重要なのは、時計、万年筆、カバンなど、警察が焦って私を犯人にデッチあげるために仕組んだ「証拠の偽造」「事件のストーリーのデッチあげ」「偽証の捏造」の実態を世に明らかにした識別鑑定や識字鑑定等の意義であります
・・・私の狭山事件の例を見るまでもなく、裁判所の誤った判断ほど恐ろしいものはなく、其れを糺すためには誠心誠意の努力を傾けることが最も大切であり、当然になすべきものなので、私も裁判所に一切の幻想を抱くことなく、再審開始決定が出るまで、とことん真実を追究して参りますので何卒、皆さんも昨年以上のご協力下さいますよう心からお願い申し上げて、右年頭に当たり、私の決意の一端と致します。
  
*2009年9月15日 豊中・狭山事件研究会「ストーン・リバー」から要望書提出

東京高等裁判所第4刑事部 門野 博 裁判長
東京高等検察長狭山事件担当 阪口 順造  検事

狭山事件第3次再審請求に関わる三者協議をふまえ、
東京高裁は、弁護団請求の証拠開示の勧告および事実調べを行ってください
東京高検察は、勧告に従い証拠開示を行ってください

*2009年10月22日
東京都千代田区霞が関1−1 東京高等裁判所 門野博裁判長様
狭山事件の再審請求が東京高等裁判所に申し立てられて四年目に入っています。石川一
雄さんは、四十六年以上も無実を叫んでいます。
狭山弁護団は、この第三次再審請求で、多数の専門家による筆跡鑑定書、法医学鑑定書
などの新証拠を提出しています。狭山事件は市民常識として疑問の多い事件です。
東京高等裁判所がこれらの疑問点について、「無辜の救済」という再審の理念に従って鑑
定人尋問・証人尋問、現場検証などの事実調べを行うよう強く求めます。
また、検察庁などにいまだに多くの証拠が眠っています。東京高等裁判所が、弁護団が
請求する請求する証拠開示の勧告を行うよう強く求めます。公正・公平な再審請求の審理を求めます。

東京都千代田区霞が関1−1 東京高等検察庁 御中
狭山事件は現在、東京高等裁判所に第三次再審請求が申し立てられています。狭山事件
では、事件当時、多くの捜査資料が集められ、東京高等検察庁も、積み上げれば二から三
メートルに及ぶ証拠があることを認めています。しかし、これらの証拠や資料のほとんど
が開示されていません。
新証拠発見を要件とする再審制度の趣旨・目的からも検察官による手持ち証拠の開示は
不可欠です。国連も弁護側のすべての証拠へのアクセスを保障するよう勧告しています。
新証拠となる可能性のある証拠を検察官がことさら隠すことは正義に反します。東京高
等検察庁が公正・公平・誠実に、狭山弁護団の証拠開示請求に応じるよう
強く求めます。

*2010年5月13日 「狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会」の「再審要望署名ハガキ」より
 宛先: 〒100-8933 東京都千代田区霞が関1-1-4東京高等裁判所第4刑事部 裁判長 岡田雄一 様
本文: 狭山事件の公正・公平な裁判を求めます
狭山事件の第3次再審請求において、弁護団は、専門家による筆跡鑑定書、法医学鑑定書など、無実を証明する多数の証拠を裁判所に提出していますが、2審の確定判決以来34年以上、事実調べ証人尋問などが一度もおこなわれていません。このことは法の正義に反し、公正・公平ではありません。
弁護団提出の証拠について事実調べをおこない再審を開始されるように求めます。
また、昨年の開示勧告に引き続き、弁護団が求める証拠開示についても勧告されるよう求めます。

*2013年2月25日 東大阪市荒本支部婦人部より東京高裁要請文
 小川裁判長は、異動になると聞きましたが、次期担当裁判長にぜひ、この私の思いを伝えていただきたいと思います。  父やわたしのようにたとえ部落に住んでいなくても、部落差別はうけているのです。部落差別とはそんなにも深いものなのです。今一度、部落差別について学んでいただきたい。  部落に生まれたというだけで、石川一雄さんは犯人に仕立てあげられました。  この国家ぐるみの部落差別を絶対に許しません! 東京高検に対して一日も早い証拠開示を勧告してください。  そして、裁判長自らの手で事実調べを開始して下さい。     以上、要請します。

*2013年5月23日 豊中・狭山事件研究会「ストーン・リバー」の要請文より抜粋

この50年間、狭山事件の判決および決定に記名した裁判官は32名を数えます。東京高裁第4刑事部の河合健司、小野裕信、小川賢司の3裁判官においては、これらに加わることなく、事実調べの開始、すべての未開示証拠の開示、そして、再審開始決定を速やかに行うよう求めます。
また、猫の目も驚くほど頻繁に替わる担当検察官においては、いたずらに時間を費やし、サボタージュをするのではなく、弁護団が求める証拠を即時開示するとともに、証拠標目(リスト)を自主的に提出するよう求めます。


取り調べ「可視化」の効果については、現行の警察、検察の「部分可視化」の実態に詳しい方などから懐疑的との意見をよく耳にします。民主の取り調べ「可視化」法案には、検察による証拠開示の義務づけも含まれていたように、「証拠開示義務づけ」の法案こそ是非とも実現させねばならないと・・・

証拠開示勧告は 法的な拘束力がないので 検察に無視されたらそれでお終いですが、
事実調べの開始は、また新事実が判明する可能性があるので、大いに期待できると個人的には思います

*証拠開示の法制化を 狭山事件 再審求める会が集会(『埼玉新聞』2012.4.21)


* 狭山差別裁判427号「証拠開示の法制化を実現しよう」 


検察は すみやかに全証拠開示を!
裁判所は事実調べを行い再審開始を!
sayama19



*狭山事件 第15回三者協議にむけて 東京高裁前連続アピール行動が開始されました
 2013年9月10日(火)、17日(火)、24日(火)、30日(月)、
  10月8日(火)、15日(火)、22日(火) 
    8:30〜10:00、11:50〜13:00

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*ドキュメンタリー映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』完成!!
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*「冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。」へのリツイートをよろしければお願いします



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February 03, 2013

2009(平成21)年2月3日




1963(昭和38)年5月29日中田直人、橋本紀徳弁護士ら三名が弁護人に選定される(石川一雄さんが逮捕されて六日後)

*1963(昭和38)年6月11日中田直人、橋本紀徳弁護人が、地検、県警本部に対し、不当な拘束、違法捜査のないよう要望する

*1963(昭和38)年6月17日石川一雄さんが保釈後、直ちに再逮捕され、特別取調室(川越署警察分室)へ送られる。
捜査本部は、弁護人の面会を禁止する。石川一雄さんの弁護人への不信が高まる。弁護団は接見禁止解除の準抗告を行う。


*1963(昭和38)年6月18日中田直人、石田享弁護人が、早朝二〇分だけ石川一雄さんとの面会を許可される。
弁護団が、再逮捕に対する抗議の上申書を浦和地裁等五つの裁判所に送付する。


*1963(昭和38)年6月19日石川一雄さんがハンガーストライキにはいる

*1963(昭和38)年6月23日連日連夜の拷問、甘言、誘導により、石川一雄さんがウソの「自白」(共犯説)をさせられる

*1963(昭和38)年6月26日石川一雄さんがウソの「自白」を単独犯にかえさせられる。
中田直人、石田享弁護人と面会を行う。

*1963(昭和38)年6月28日石川一雄さんが中田直人、石田享弁護人と面会を行う

1963(昭和38)年11月23日荻原佑介氏が、警察の拷問を内田裁判長に具申する
1964(昭和38)年3月11日浦和地裁、内田武文裁判長が、死刑判決を下す →石川一雄さん、控訴する

*1964(昭和38)年9月10日狭山事件の第二審第一回公判が始まる(裁判長、久永正勝)
1972(昭和47)年2月7日「狭山事件の公正な裁判と、無実の石川一雄君の即時釈放を要求する」第一次署名五十五万人と文化関係者の要望書と、東西本願寺の独自の公正裁判要請署名を、東京高裁へ提出する

*1972(昭和49)年6月15日狭山事件の第二審第六十一回公判で、中田直人弁護人が証言する
*1972(昭和49)年7月27日狭山事件の第二審第六十四回公判で、弁護団が「六通の鑑定書」を提出する

1974(昭和49)年9月3日 [[狭山事件]]、[[第二審]]第七六回[[公判]]([[東京高裁]]・[[寺尾正二]]裁判長)で、[[弁護団]][[最終弁論]]が開始される。[[弁護人]]は、[[中田直人]](弁論を始めるにあたって)

1974(昭和49)年9月26日弁護人中田直人氏の最終弁論が行われる。
石川一雄さんが最終意見陳述を行う
(第八一回公判)

*1974(昭和49)年10月31日第二審東京高裁の寺尾裁判長が、無期懲役判決を下す→石川一雄さんが最高裁へ即日上告する

1975(昭和50)年2月13日中田直人主任弁護人、石田享、橋本紀徳弁護人ら七名が石川一雄さんの弁護活動を辞任すると声明する



*[[1980(昭和55)年2月7日]][[東京高裁]][[第四刑事部]]([[四ツ谷裁判長]])が、[[事実調べ]]をいっさいおこなわず、[[狭山事件]]の[[再審請求を棄却]]する。 



2009(平成21)年2月3日 中田直人弁護士、肺がんのため茨城県茨城町の病院で死去される、七八歳。


謹んで氏のご冥福をお祈りします。

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October 28, 2012

2009(平成21)年10月28日

飯塚事件で遺族が再審請求 元死刑囚のDNA鑑定誤り

 福岡県飯塚市で1992年に小学1年生の7歳女児2人が誘拐、殺害された「飯塚事件」で死刑判決が確定し、昨年10月に執行された久間三千年元死刑囚=当時(70)=の妻(62)が28日、「有罪の証拠とされたDNA鑑定は誤りで無罪だ」として、福岡地裁に再審請求した。

 鑑定は現在再審公判中の「足利事件」とほぼ同時期に警察庁科学警察研究所(科警研)が実施。その信用性が再び問われる。飯塚事件では当時の試料が残っておらず再鑑定できないが、弁護団は当時の鑑定のずさんさを立証する方針。

 再審請求書によると、再審を開始すべき明白な新証拠として、足利事件の再審請求でも弁護側推薦でDNA鑑定をした本田克也筑波大教授(法医学)による鑑定書を提出。元死刑囚の毛髪などを使い、あらためて科警研と同じ「MCT118型鑑定」でDNA型を調べた

 弁護団は当時の手法を「開発途中の検査法で、検出感度は劣悪。型判定の基準も未熟で、証拠能力がない」と指摘した上で「最新の解析方法によると、確定判決が認めた真犯人のDNA型と元死刑囚のDNA型は異なっており、無実は明らかだ」と主張している。

2009/10/28 17:08 【共同通信】

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October 24, 2012

2009(平成21)年10月24日

広島で部落解放研究全国集会 「人権救済法制定を」

 人権問題や差別撤廃について話し合う部落解放研究第43回全国集会が24日、広島県福山市で始まり、部落解放同盟の組坂繁之委員長はあいさつで、民主・社民両党が衆院選で内閣府の外局として人権救済機関設置を公約したことに触れ、「与党は一日も早く人権侵害救済法案をまとめ、超党派でつくりあげてもらいたい」と訴えた。

 集会は3日間の日程で、全国から約5千人が参加。大阪大の志水宏吉教授(教育社会学)は、家族や地域と子どもとの「つながり格差」が、学力格差の背景にあると指摘。大阪府の旧同和教育推進校で学力が向上したとの2007年の調査結果を紹介し、「広くノウハウを伝えるべきだ」と語った。

 25日は九つの分科会に加え、福山市のホロコースト記念館や広島市の原爆資料館でフィールドワークを実施。26日は日本弁護士連合会の藤原精吾弁護士が講演する。
2009/10/24 19:30 【共同通信】





<部落解放全国集会>広島・福山で始まる 5000人が参加
10月24日19時3分配信 毎日新聞

 部落解放研究第43回全国集会(部落解放同盟中央本部など主催)が24日、広島県福山市で始まった。約5000人が参加し「差別・貧困・格差を打ち破る『平和・人権・福祉』の研究・実践を進めよう」をスローガンに、人権侵害救済の法制度確立や貧困と学力問題などをテーマに報告や意見交換をする。26日まで。

 組坂繁之・中央執行委員長は「政権交代で人権侵害救済法の制定にようやく展望が見え始めた。一日も早く超党派で法案を作り上げ、来年の通常国会で制定してもらいたい」と述べた。





県部落解放同盟支部連合会:来年4月、解散 任意団体「絆」設立へ /奈良
10月24日15時1分配信 毎日新聞

 ◇17年間の歴史に幕
 県部落解放同盟支部連合会(理事長・山下力県議)は23日、来年4月をめどに解散すると発表した。これまでの行政闘争を終結させ、来年4月に新たに任意団体「人権情報センター・絆(きずな)」(仮称)を設立。00年に結成したNPO法人「なら人権情報センター」とともに幅広い人権問題に取り組む。支部連合会は、運動方針の違いにより部落解放同盟県連合会から分裂し、93年4月に結成されたが、17年間の歴史に幕を閉じることになった。【阿部亮介】
 ◇差別「喫緊の問題ではなくなった」
 24、25両日に三重県志摩市で開かれる県連大会で正式決定する。
 支部連合会は、部落差別問題を軸に、いじめや家庭内暴力などの問題にも取り組んできた。奈良市や天理市などに23支部があり、約1200人が参加している。
 県庁で会見した山下氏は「県の調査では、過去5年で差別を受けたとするのは11・9%。そのうち同和地区出身ということで差別を受けたのは1・8%だけ。部落差別問題は喫緊の問題ではなくなった」と述べた。
 ただ、1969年施行の同和対策事業特別措置法に関し、「約15兆円の公的資金が投入され、生活実態の格差は解消された。しかし、差別意識は残存している」と指摘。そのうえで「これまでの運動は、部落差別をなくす法の制定にこだわり過ぎ、利権主義を生み出した。行政闘争や糾弾闘争に疑問を抱いた」と、解散の理由を説明した。
 今後の活動については「部落解放同盟という冠は邪魔になっても利益になることはない。差別と人権に焦点を当て、子育てや高齢者、障害者支援にかかわりながら、人権侵害に対応していく」と話した。
 93年に分裂した部落解放同盟県連の川口正志委員長は「我々は既にあらゆる差別の解消に、約20年前から取り組んでいる。運動に対する影響はない」とコメントした。

10月24日朝刊


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March 13, 2012

2009(平成21)年3月13日


「最後の闘いに」 狭山事件で石川さん 第3次再審請求の集会 さいたま

 狭山市内の女子高生が殺害された狭山事件の第三次再審闘争勝利埼玉集会が十一日夜、さいたま市浦和区常盤のときわ会館に約三百五十人の支援者を集めて開かれた。  十一日は一九六四年に浦和地裁で「死刑判決」が出されてから四十五年。冒頭、主催者の部落解放同盟埼玉県連・片岡明…

   [記事全文すでにありません]



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