2007(平成19)年

May 22, 2019

2007(平成19)年10月31日〜2017(平成29)年10月31日石川一雄さんメッセージ

◇2007.5.23 石川一雄さんメッセージ

 第三次再審闘争の決戦の火蓋を切って丁度一年、そして44年前の不当逮捕
に対し、怒りや無念、悲しみを共有しつつ、三次こそ「狭山闘争の歴史的勝利
への道を
切り拓くんだ」と何かとご尽力下さっておられる全ての皆さんに衷心
より感謝の一文をお届けいたします。私たちは如何なる時でも緊張感を持って
訴え活動に全精力を傾けており、取り分け、今年は場合に因っては、裁判所の
判断が出されるかもしれないということで、全国の支援者の皆さんも夫々に創
意工夫され、波状的連続的に要請行動をして下さっている由に、これ程心強い
ことはございません。「事実調べ」をさせる為に絶対的に不可欠な物は、新証
拠の発掘、新事実の発見であることは言及するまでもなく、従って皆さんにも、
重要課題として一点でも多く新証拠の発掘に努めて頂きたいのであります。

 最高裁の棄却攻撃から見ても、初めから私の有罪との予断に立って証拠の不
備は想像と憶測で辻褄を合わすといった不条理な論法を駆使していることから
して、今回の第三次こそ司法の暴論を許さない、確固たる証拠を突き付けてい
かねばならず、そのため、今弁護団は鋭意、模索中であります。

 元より私自身は、今までに提出済みの証拠だけでも充分と思われますし、又、
良識ある裁判官であれば、当然「事実調べ」を行うべき筈乍らも、司法の顔は
常に権力側に向いており
、其れだけに三次で無罪を勝ち取る為には、具体的な
大衆行動を重層的に展開し、司法権力の横暴を決して許さない闘いを推し進め
て貰いたいのであります。

 このような厳しい闘いの中にあって、私が心強く思う事は、全国に散在する
部落の兄弟姉妹をはじめ、労働者、各宗派、市民・住民の会など、司法の姿勢
を変えるべく、強固な体制を組み、様々に取り組んで頂いていることです。
 私は、司法の府として期待していた最高裁の決定文が、事実の真相究明に全
力を投入して冤罪者を救うことよりも、司法権力の権威と法的安定の維持のみ
を前提とした内容からして、三次においても、証拠の新規性、明白性を認めさ
せるには、容易ならぬ危機感を覚えました


 しかし、此の度、皆さん方の絶大なるご協力の下に新100万人署名が達成
間近であること、更には、最高裁の刑事訴訟法(憲法)の精神に反する不当極
まる再審請求の棄却に対する世論の批判の声が強まる一方、夫々のお立場にあ
って、皆さん方が真実解明と正義貫徹のため、最後の勝利までご協力賜れるな
らば「狭山闘争の歴史的勝利」への道は拓かれるとの確信を持った次第です。

 思えば政治的意図に因って狭山事件の犯人に仕立て上げられる運命にあった
とは露知らず、別件で逮捕され、今日で44年を迎えてしまいましたが、未だ
冤罪が晴れず、真の自由の身になっていないからといって私は泣き言をいうつ
もりはありません。何故なら犯人にされる過程で如何なる事情があったにせよ
「自白」したのは紛れもない事実であり、其の責任の一端は自分にあるからで
す。然し乍ら、獄中で文字を取り戻し、自分の身は自分で守る術を知って以来
32年間の長い拘禁生活の中で、自分を見失うことなく、常に自分を戒め、不
退転に闘ってこられたのは、私の「無実」を信じて支援し続けてくださった多
くの支援者のおかげであります。

 今度こそ此の第三次再審の実現を通して無罪を勝ち取り、支援者共々に喜び
を分かち合える様に最大限の努力を続けて参る心算です。
弁護団も高検に対し、引き続き証拠開示の交渉を継続する由から、前述のよう
に、狭山闘争も新たな局面に入っているので、私の無念を共有して下さる皆さ
ん方も其の点を踏まえて、全証拠開示の要請の方にも力を注いで頂きたく切に
希う次第であります。

 最後になりましたが、司法権力の不当極まる棄却に対する闘いの旗幟をより
鮮明にしつつ、今日の不当逮捕44ヵ年糾弾決起集会にご参加下さった全ての
皆さんに心深くお礼の意を申し上げると共に、いよいよ今年が正念場であり、
一層のお力添えを賜れますよう再度お願いし、石川一雄の挨拶に代えて失礼い
たします。
 本当にありがとうございました。

2007年5月23日
                          石 川 一 雄
不当逮捕44ヵ年糾弾
狭山再審要求集会参加者ご一同様
http://www.sayama-jiken.com/ki/ki271/ki271.htmlより全文転載
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2007.10.31石川一雄さんメッセージ

寺尾不当判決33ヵ年糾弾、第三次再審申立実現の為に今日此処に決起下さった
皆様に心深く感謝の一文をお届け致します。取り分け、此の度は新100万人署名
活動に於いて、皆様方の並々ならぬご努力、ご協力を賜ったお陰で、100万筆以
上の署名が獲得出来たことで万感胸に迫るものがあり、提出日の早朝、朗報に
接し、感涙いたしました。当然裁判所も注目している筈であり、もしも達成出
来得なかった場合、裁判の行く末を案じていましたが、短い期間に達成できた
ことで裁判官にプレッシャーをかけられたのは事実であり、私も安堵し、心か
ら感謝しております。然しながら、だからといって裁判所に幻想を抱いている
わけではありません。むしろ危機感を持って常に全国各地を支援のお願いに回
っています。皆さんもご承知の通り、司法の府である最高裁が職責を全うする
ことなく、国家権力寄りの歪んだ解釈に因って問答無用の如く特別抗告を切り
捨てたのです。万年筆も然り、筆跡の違いは「書き手の立場、心理状況などで
大きく影響される」という論法を用いて一刀両断切り捨てられたのです。

そもそも確定判決の主軸は筆跡であり、私が書いたものとされていたのです。
弁護団の提出した鑑定で私の無実は証明されていますが、現在の裁判所は白を
黒ともいえるし、或いは科学を無視出来うる程の反動司法だけに油断できず、
第三次こそ裁判官に権力の差別犯罪に手を染めさせてはなりません
。詰まり、
確定判決の破綻は明らかなので「書類」だけの審査でなく、法廷の場で検察と
堂々と渡り合う場を実現させなければならないのです。狭山闘争の歴史的勝利
を勝ち取っていく上で、一般的な単なる冤罪事件で終結させてはならないので
す。何故なら部落民の私が、どうして犯人にさせられたか、それらを裁判を通
して明らかにさせることが今後の部落解放運動において大きなステップになる
ものと考えています。当然の事ながら、今の裁判官も検察当局が膨大な証拠を
隠し持っていることを百も承知している筈なので、開示命令もさせていく必要
があります。特に「新たな証拠」が要求される再審裁判に於いて当時の証拠を
検察だけが隠し持って出さないということは断じて許されないのみか公的機関
としても積極的に開示すべきであります。

元より今、存在する証拠だけでも私の無実を示しているので、充分と思うこと
から、裁判所が弁護団提出の証拠を真摯に精査・探究すれば紛うことなく即座
に開始決定を出すべき事ながらも、前述の様に、これまで取ってきた裁判所の
卑劣、犯罪的態度と行為について、反省するどころか却って敵視している現実
を直視すれば、矢張り裁判所を厳しく監視し続ける必要があります
。何れにせ
よ私は再審開始は当然の事とし、尚且つ差別裁判の全てを明らかにし、私の目
の前で謝罪させるまで、不撓不屈の精神で闘って参る覚悟です。
皆さんも完全無罪が勝ち取れるまで可能な限り、お力添えを下さいますよう心
からお願い申し上げます。

常日頃よりのご尽力に対し,心からお礼を述べると共に、今後のさらなるご協
力を希って私の決意のご挨拶と致します。本日はご多忙の中を本当にありがと
うございました。

2007年10月31日

石川 一雄

寺尾不当判決33ヵ年糾弾
三次再審実現決起集会
参加者ご一同様

http://www.sayama-jiken.com/ki/ki276/ki276.html より全文転載

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2008 「5・23メッセージ」

狭山事件不当逮捕45ヶ年糾弾・第三次再審実現総決起集会にご参加下さった
全ての皆さんに衷心より深く感謝の一文をお届け致します。

 浦和地裁の内田武文をはじめ、現在までの各裁判官たちは、恣意的な解釈
の基で、私、石川一雄の虚像を作り上げ、全てに於いて自らの意思で権力犯
罪に手を染めてきた事は紛れもない事実であってみれば、何がなんでも第三
次で、事実調べを通して、其の経過を天下に知らしめ、断固糾弾せねばなり
ません。

 今日の集会に、この様に沢山の人たちにご参加頂いたことに対し、心から
お礼を申し上げます。現在、私が不撓不屈の精神で、常に最前線に立って闘
って居られるのは、部落の兄弟、姉妹をはじめ、労働者、宗教者、住民の会、
学生たちの支えがあったことに他ならない事乍らも、国家司法権力に因る連
綿たる部落差別攻撃であることを数々の証拠上からも動かぬものと確信の上
に立って国民大衆もが怒りを持ち、今の全国的規模に発展したものであり、
誠に心強い限りであります。

 私も此の45年の間は苦難の連続でありましたが、敵の正体を知って以来、
後へ退くことなく、むしろ狭山闘争の歴史的勝利を得る為には、いえ、二度
と再び石川一雄を出させない為にも事実調べを通して裁判官に謝罪させずに、
今迄の血叫びも、そして辛苦の拘禁生活も水泡に帰すことになるので、今度
こそ、正真正銘の権力打倒に燃え、完全勝利を手中に収めるべく全力で闘い
抜く所存であります。

 思えば永いながい闘いになってしまいました。刑務所の中で、多少とも裁
判の仕組みを知って以降、それでもこれ程長期間に及ぶとは思いもよりませ
んでした。

 裁判官は、実務の経験者であり、法を司る者として、真相究明の為にも任
務を全うして下さるものと信じて疑いませんでしたが、裁判官も人の子であ
り、正義や、一人の無実の人間より、国家権力を守るほうが大事なんだと怒
りを持って知った次第です。然も裁判官は、私の無実を百も承知している筈
だけに、これ程恐ろしいものはございません


 皆さんもご承知の様に、今では医学も科学も格段に進歩し、其の科学的鑑
定技術に依って、私の無実性の鑑定が出されているにも関わらず、其の科学
をも否定されてしまったのであります。加えて裁判所は、未開示証拠が膨大
に存在することを検察自身が認めているにも関わらず、開示させないのは、
異常なことであり、恐らく差別決定護持の為に真相を明らかにすることを妨
害せんが為に勧告もしないものと思われますが、「無辜の救済」「再審の理
念」とはなんでありましょうか。私は今でも「真実と正義は必ず勝つ」と信
じておりますが、支援者皆さんにも知っておいて貰いたいのは今迄の裁判所
の対応です。新証言が出ても、其の供述内容を歪曲したり、出鱈目な推論と
差別的心情を剥き出しにして、証言など悉く切り捨ててきた司法です。

 先般の最高裁の門前払い的な棄却決定は、単に最高裁のみの判断に因って
下された訳ではなく、其処には私の再三の証拠開示請求を理不尽極まりない
難癖をつけて踏み躙り続けている検察当局の証拠不開示方針に連動している
点も厳しく捉えておく必要があろうかと思われます
。此の事実調べなき棄却
決定に導き出した検察の証拠不開示方針にも起因しているということであり
ます。現に再審を決定する為には「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とし
て刑事訴訟法435条6号にうたわれています。狭山事件には、分量としては
積み上げれば2〜3メートルに上る「殆どが未開示証拠で有る」という証拠が
検察に因って保有されていることを認めています。然し検察は頑なに証拠開
示を拒んでいることも裁判官自身が知っているのです。是を開示すれば捜査
の差別性等が明らかになることから検察は裁判所に開示勧告を出さないよう
画策している筈です。

 これを如何に打破するかは今後の私の生死にも大きく左右する訳です。従
って命のかかった裁判において、国家権力が証拠を隠蔽し続けることは、国
家に因る人権侵害であり、重大な権力犯罪なのですから、是が非でも皆さん
のお力で証拠開示にも力を注いで頂きたいのであります


 今までにも主たる再審裁判に於いて証拠開示が行われ、其の証拠に因って、
事実調べ、再審開始が開かれています。にも拘わらず狭山事件だけは、膨大
な証拠や、証拠リストの存在を明らかにしながらも、検察は証拠開示を拒否
し続けており、極めて異常であり、断じて許せません。

 何れにせよ、第三次再審闘争もいよいよ最終段階に入り、私も全力で法廷
闘争に持ち込めるよう活動を続けて参る決意で居ります。どうか皆さんも三
次で勝利できるよう可能な限りご協力賜りたく、再度本紙上でお願い申し上
げて私のご挨拶といたします。

 今日は、ご多忙の中本当にありがとうございました。

               2008年5月23日

                          石川 一雄

不当逮捕45ヶ年糾弾集会に決起下さった各位


http://www.sayama-jiken.com/ki/ki295/ki295.html から全文転載


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◇2009年 石川一雄さん新年のメッセージ

謹んで新春のご挨拶を申し上げます。

 全国の支援者の皆様はどの様な計画を立てて新年をお迎えになられたでし
ょうか。

 私は今年こそ冤罪を晴らせる年にしようという思いを強く強く心に秘めて
2009年の第一歩を元気に踏み出しました。ただ返す返すも残念無念は、昨年
中の勝利は兎も角、再審実現の目処も立てられなかったことであります。そ
れ故、今年に臨む思いは強い訳ですが、司法当局は警察より逮捕状の要求が
あれば即座に拘束する機会を与えても、私が求める証拠開示の職権発動は未
だしてくれません。しかし門野裁判長は、法と正義、良心に基づいて万人が
納得出来る判断を出して下さると信じ、また希っています。

 そうであれば、今までに弁護団より提出された新証拠、新鑑定書等を精査
されている筈と思われ、殊の外重要なのは、時計、万年筆、カバンなど、警
察が焦って私を犯人にデッチあげるために仕組んだ「証拠の偽造」「事件の
ストーリーのデッチあげ」「偽証の捏造」の実態を世に明らかにした識別鑑
定や識字鑑定等の意義であります。「殺害現場」とされた場所で「悲鳴も聞
かなかったし、人影も見ていない」というOさんの証言をはじめ、U証言につ
いて三次で深く踏み込んで、識別鑑定をしてもらったことは、無罪獲得に向
けて大きく前進したものと思われます。

 元より最高裁では「・・・脅迫状を届けに来た人がN家の所在を尋ねて立ち
寄った人が石川・・・」というU証言に言及し、「・・・所論は同証人が暫く
経ってはじめて右事実を警察に届け出たのは、不可解であるとのことである
が、事件との関わりを持つことが恐ろしく、届け出を躊躇したのであって、
かかる真情が決して不自然でないことは確定判決の説示するとおりである」
とし、U証言を擁護しておりますが、果たして「人を殺した」後で顔を見られ
たら不味い筈の犯人がのこのこN家を聞きに行くであろうか。仕組まれたU証
言とはいえ、一応こういうことが存在するからには、これを裁判官に理解して
貰う上で、私は徹底的に解明しておく必要があると思った次第です。

 尤もある意味では、私の無実を示す証拠は検察庁に隠されている証拠かも
しれません。

 戦後の憲法、法では被疑者には黙秘権があり、無実の人が罪に落としこめ
られないように「疑わしきは罰せず」と冤罪の恐ろしさを戒めると同時に、
被疑者・被告人が本当に罪を犯しているか否か、誰の目にも解り、公正で公
平な裁判が受けられるように全証拠を開示する義務が負わされているのが公
的機関である検察官の筈ですが、大衆の声にも耳を傾けようとしない検察の
態度に対し、憤りは禁じ得ないながらも、この方の取り組みも粘り強く交渉
を断行して頂きたいし、私も全力で要請して参る所存です


 さて、昨年はジュネーブにある国連で無実と証拠開示を訴えることができ
ました。10年前ごろ、パスポートは取れないというように言われておりまし
たが、今回パスポートを取り、国連・自由権規約委員会に於いて自分の置か
れている実情や、日本の司法の実態を訴えると共に、ロビー活動を積極的に
行った結果、同委員会から日本政府に対し、公正な裁判を受けられる様に証
拠開示の必要性などを勧告され、私の訴えが反映されたとホッと一息したも
のでした。

 何れにせよ、近年様々な冤罪事件が公に露見した事に因って市民感情とし
て警察、検察、裁判所に対して、不信感がある中で、狭山再審闘争もいよい
よ大詰めを迎えた感があり、なんとしても再審実現のためには皆さんの更な
るご理解とご支援を賜らねばなりません。

 私の狭山事件の例を見るまでもなく、裁判所の誤った判断ほど恐ろしいも
のはなく、其れを糺すためには誠心誠意の努力を傾けることが最も大切であ
り、当然になすべきもの
なので、私も裁判所に一切の幻想を抱くことなく、
再審開始決定が出るまで、とことん真実を追究して参りますので
何卒、皆さ
んも昨年以上のご協力下さいますよう心からお願い申し上げて、右年頭に当
たり、私の決意の一端と致します。

  2009年1月1日

                            石川 一雄

以上、http://www.sayama-jiken.com/ki/ki324/ki324.htmlより全文転載

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◇20095・23メッセージ

不当逮捕46ヵ年糾弾・再審実現勝利闘争に決起くださった全ての支援者に
心からお礼の意を深く込めてご挨拶申し上げます。

社会に出て15年目を迎え、拘禁生活の32年間は兎も角、現在に至っても、
えん罪を晴らせる目処もたてられず、然も科学の進歩に因って私の無実性
は明らかになっているにも拘らず、司法が「再審開始」の姿勢を見せない
ことに、満腔の怒りを禁じえません。

狭山事件は「部落差別」が根底にあることで、司法では「事実調べ」を行
うことに相当な勇気が必要かと思いますが、実務の経験者、或は法を司る
裁判官として如何なる事情があるにせよ、公平・公正な裁きをするのが、
裁判官に果された仕事である筈です。

元より日本の司法制度は自由心証主義からして、決定権はすべて裁判官に
委ねられ、いわば生殺与奪(せいさつよだつ)権は裁判官が握っているので、
裁判官の胸三寸で決まって終(しま)うので、これ程恐ろしいものはござい
ません。例えば前述のように「証人調べ」等を行えば、私の無実が明らか
になるだけでなく、被差別部落民の私を「犯人」に仕立て上げた警察・検
察の手口は明らかにされるし、特に、自白のデッチ上げが一つひとつ鮮明
になり、「自白」を唯一根拠とした寺尾「確定」判決が崩壊することを意
味しています
し、それは警察・検察・裁判所が一体となった部落差別犯罪
の全てが暴露されることを恐れた結果、今迄の裁判の「確定」判決を追認
踏襲した内在をひた隠しする必要性が生じてくるからです。

新証拠や、確定判決が指摘した一つひとつを精査、探求した上で科学の力
を借りてはじめて私の無実性に光が当たった訳で、決して無理な要求でな
いと断言できます。

今般の第三次再審請求審に於いては、皆さんも知っての通り、弁護団は数
十点にのぼる私の無実を証明する証言、証拠、鑑定書など提出しました。
従って門野裁判長は最早、「事実調べ、証人尋問」などを避けて通ること
はできないものと確信して居ります。私は人生の三分の二近くも殺人犯と
いう汚名を着せられ、自由を剥奪され、生活を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に
されたことに対し、其の責任の一端は自分にもあるので、怨みませんが、
裁判官には弁護団から提出されたものは正面から直視され、真剣に受け止
め、個別的でなく、総合的な判断で評価していただきたいと願っています

言及するまでもなく、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄
則は再審に於いても適用されるとした白鳥決定が出され、免田、財田川、
松山事件などで、開示された証拠が決定的な無実の根拠になって、再審開
始で無罪になった例を顧みれば、公的機関である筈の検察官は積極的に証
拠開示の義務を負わされている筈なのに、未開示証拠を出そうとしない以
上、裁判官の開示勧告のもとで、フェアーに、裁判という土俵の上で白・
黒をつけ、それが延(ひ)いては公正・公平な裁判に繋がるので
、裁判官が
真実を追究し、公正な裁判を行なうというなら、証拠を隠す検察官を弾劾
し、その上で、全証拠の開示命令をすべきであります。

私は裁判所がえん罪作りに加担しているとは思っていませんが、証拠を検
察官が私物化していることに問題があり、それを是正させるのも裁判官の
仕事であると解します。

何(いず)れにせよ、「真実と正義は必ず勝つ」の確信と信念は不変ながら、
今現在、狭山再審闘争は最大の山場を迎え、勝敗の分岐点でもあるという
ことを自身に言い聞かせると共に、なんとしても門野裁判長の下で再審開
始決定を実現させねばなりません。門野裁判長は来年2月に退官されるそ
うですが、私は、門野裁判長に「再審開始決定」を出して貰うために精力
的に活動を続けて参る所存です。

支援者皆様方も再審実現のため全力で活動を展開して下さるよう心からお
願い申し上げて、右、私の決意と常日頃のご尽力を、併せて今日の集会に
お越し頂いたことに衷心より感謝してご挨拶とさせていただきます。

  2009年5月23日
                           石川 一雄


以上、「冤罪 狭山事件」HPより全文転載
http://www.sayama-jiken.com/


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◇2009 石川一雄さんの10.31メッセージ

 寺尾不当判決35ヵ年糾弾・第三次再審絶対勝利集会に決起下さった皆々様、
例年乍ら今年も沢山の支援者が、私石川一雄の無念・苦難を共有し、本集会
にお越し頂き、心より深く深くお礼を申し上げます。

 先般、三者協議の実現は小さな光であったとはいえ、これまでの闘いが実
を結び前進した訳で、先行きに多くの期待感を抱かせるものでありました。

 元より「一寸先は闇」という諺からいえば、明日の事など推し量ることは
難しいことですが、弁護団の並々ならぬ努力で、科学に基づく諸鑑定書の提
出に因って、裁判官も無視しえなくなり、三者協議が実現したわけです。
また「公平・公正」な裁判を求める署名が100万筆以上届けられていることな
どを考え合わせれば、裁判長も国民大衆が注目していることを肌身に感じ、
それらを重く受け止めた結果「三者協議」に至ったものと思われます。

 年内にも三者協議が持たれ、何らかの決定が出される可能性があり、私自
身としては、その意味で、今が如何に重大な時期にあるかを再認識した上で、
このチャンスを「逃してなるものか」との思いを強くして、再審実現に向け、
私も全精力を傾注して取り組んでいます。

 幸い三者協議が行われたことで、全国の支援団体によって集会が設けられ、
連日のように各地を飛び回っております。

 これまでの長い闘いの結果として三者協議が実現したからといって決して
手放しで喜んで居るわけではございません
。楽観はしていませんが、政権が
交代したことで、「取調べの可視化」法案実現等
、司法の民主化に大きく舵
が切られることは確かであり、だからこそ、今がチャンスと思う次第です。

 法廷での闘いが始まれば、狭山事件は冤罪であり、明確な権力の差別犯罪
として徹底糾弾の貫徹を通して無実の罪を晴らしていく固い決意であります。
狭山事件は国家がその権力を発動して直接引き起こした差別事件なので、そ
の点を法廷の場で明らかにせずして無罪勝利はありえません。

 言及するまでもなく、46年に及ぶ闘いの中で無念や、怒りを抑え、様々な
感情を整理しつつ、その中で私自身の変革もなしえたと自負している訳です
が、皆様方の叱咤激励、揺るがない差別裁判糾弾の闘いなくして今の私はな
かったのです。

 35年前、寺尾裁判長は最初法廷で私に「・・・健康状態はどうですか・・」
などと優しい言葉をかけ、如何にも私の体調を案じ、且つ民主的な立場を表
明しているかのように装い、その実、差別主義の本質を隠蔽するための演技
であり、その裏のシナリオは「有罪」という結論しか持っていなかったこと
が、後の判決文でわかった時の怒り、悔しさ、落胆は、今でも昨日のように
思い出されます。

 それだけに、現裁判長に期待する一方、再審開始決定が出るまでは決して
気を緩めてはならないと自分を戒めているんです


 従ってこの第三次再審を絶対的勝利への新たな出発点にするのかというこ
とこそが理論的にも実践的にも決定的に問われており、また急務の課題とし
て明確に提起していかねばならないと考えています。

 法と正義と人権を守るべき立場にあるのが裁判官であることから、それを
強調し、充分に審理を尽くした上で、何故、私が犯人にされたのかを明確に
するためにも、裁判長に証拠開示と事実調べを求めて参る所存です。


 何れにせよ今年中が最大の山場であり、結論が出されるのも近いと思われ
ますので、どうか皆様も可能な限り、第三次再審実現に向けてご協力の程、
心からお願い申し上げます。

 長くなってしまいましたが、本日の集会と常日頃から多大なご尽力を賜っ
ていることに対し、感謝の意を表し右ご挨拶と致します。

 今日は本当に有難うございました。

   2009年10月31日
                          石川 一雄

寺尾判決35ヵ年糾弾
第三次再審勝利決起集会参加ご一同様

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◇2010石川一雄さん新年メッセージ
http://www.sayama-jiken.com/ki/ki353/ki353.html 全文転載
 新年のメッセージ

全国狭山支援者の皆さん、新年明けましておめでとうございます。

私も爽やかな気持ちで2010年の朝を迎え、決意を新たに第一歩を踏み出せる
ことができました。まだ小さな光ではありますが、私の鬱積した気持ちを一
気に吹っ飛ばせてくれたのは、昨年暮れの「開示勧告」を出した裁判長の勇
気ある英断でありました。それを出させたのは46年に及ぶ皆さん方の闘いの
弛み無い努力の結晶であり、支援者各位が心を一つに、再審実現の一点を目
指し、闘いぬいて下さったことに、感謝の気持ちで一杯です。

勿論これからが本当の闘いであってみれば、「開示勧告」されたからといっ
て浮かれているわけではなく
、逆に新年の第一歩を心を引き締めて踏み出し
つつ、今年こそ「事実調べ」や「証人調べ」を通して、再審開始をさせねば
ならず、そのためには、更に全国民的大衆運動に盛り上げていかねばなりま
せん。私も不屈の精神で闘って参ります。東京高検は「開示勧告」に従い、
すみやかに証拠を出してもらいたいと思います。

それにしても裁判長の心を動かし「開示勧告」を出させた「要因」は弁護団
の並々ならぬ努力で無実を明らかにする多くの証拠を積み上げてきたことと
共に、「公平・公正」な裁判を求める署名が100万筆を超えたことなど忖度し
た結果、最早無視できないまでに追い込んでいったものと思われます。

再審の理念とは合理的疑いを超えて証明されている筈の有罪証拠を具に検討
され、今迄の裁判所の判断、認定に疑問を持って見直すことであろうと思い
ます。加えて、幾多の重大な、素人でも感じる問題点に応えないまま、一方
的に有罪認定し続けてきた各裁判所の姿勢に今回の「開示勧告」は一石を投
じ、真相究明に踏み込んでくれたものと解します。支援者を前にして言及す
るまでもない事乍ら、裁判とは犯罪事実自体に存ずる疑問を解明する努力を
なし、初期の取調べ及び自白に至る生成過程の実態を究明すべき義務を負わ
されている筈なんです。ところが狭山事件に限っては、これまで、其の尽く
すべき審理をせず、確定判決を無条件に擁護してきました。今迄の裁判は新
証拠を蔑にし、私を犯人に決め付けて「本末転倒」の論理を用いて「有罪」
にしてきたわけですが、門野裁判長は「無辜の救済」という再審の理念に従
ったものと思われます


最大の山場であることから、新年早々から支援のお願いに終始したことに申
し訳ないと思い乍もやはり、私の拠所は皆さん方でありますので、その辺を
ご理解頂いて、「開示勧告」をバネに、事実調べをさせるために大きな世論
を起こしていただきたい。是非とも本第3次再審請求で無罪を勝ち取って終
結できますよう、昨年以上のご協力を賜りたく切望する次第であります。私
も全精力を打ち込んで闘ってまいります。

最後になりましたが、皆さんがたのご健勝とご活躍を念じつつ、ご挨拶とい
たします。

  2010年1月1日

                            石川 一雄

○「冤罪狭山事件」HP(12月26日更新より)
 http://www.sayama-jiken.com/
  …………………………………………………………………………………… 


◇2011石川一雄さんの新年メッセージ

全国狭山支援者の皆さんへ謹んで新春のお喜び申し上げます。

例年の事乍ら旧年中も何かとお骨折りを賜り誠にありがとうござい
ました。私も今年こそは絶対に事実調べの実現を通して「無罪を勝
ち取るんだ」の気構えと不退転の決意を秘めて新しい年の第一歩を
踏み出しました。

昨年を振り返ってみれば、仮出獄して16年の中で、一番充実感に
満ちた年であったように思われました。

勿論、自分自身を奮い立たせた要因はなんといっても裁判官の勧告
に基づいて、一部とはいうものの、47年間隠された証拠開示に因
って、私をして心を掻き立てると共に、支援者の皆さんもその思い
を共有し、再審闘争の中で、今度こそ「裁判が動くんじゃないか」
と確信的にとらえた結果、各地で狭山集会等が開かれ、私自身も東
西奔走駆け回りました


今更言及する迄もなく、私自身が社会的立場を自覚して以来、一貫
して、わが命は300万同胞の命でもあると感じ、32年の過酷な
というよりも就縛な拘禁生活に耐え、司法の理不尽極まりない差別
攻撃にも萎えることなく正面から立ち向かって来られたのは、外で
もなく、被差別部落の兄弟姉妹をはじめ、労働者、宗教者、反差別
運動に携わっておられる多くの方々に石川一雄を支援し続けて頂い
たお陰で、私自身も自己変革を成し遂げることができたと思います。

振り返れば昨年は、多くのえん罪事件が表面化したことで、市民の
中でも「えん罪」に対する関心も高まり、高裁前での情宣行動では
多くの署名を頂いたり、弁護士さんや、見知らぬ方から「石川さん
がんばって」「応援しています」の声をかけられ、感激したもので
した。

そういう意味で、今年の狭山闘争は世論の声を背景に、なんとして
も再審実現に漕ぎ着けなければならないと、闘う姿勢を強く持って
取り組んで参る気概でいます。

私の狭山事件は一般的普遍的に存在する社会意識としての差別観念
を土台とした司法当局の違法な別件逮捕、再逮捕、長期拘留に因る
精神的、肉体的拷問にも等しい疲労困憊の極限状態の中で作られた
「自白」
であってみれば、本来なら証拠上認められないという結論
以外はありえないと解すべき筈なんですが、こと、今日に至っても
いまだ司法当局が真相究明しようとしません。

何れにせよ、私を犯人にでっち上げた黒幕は警察に対する捜査指揮
命令権を持つ検察であり、最高検を頂点とした検察機構こそ極悪の
差別犯罪者集団なので、今後も徹底的に弾劾していかなければなり
ませんが、多少なりとも救われたのは別件逮捕当日に書かされた上
申書が開示されたことであります。

今迄も国語学者の先生方の鑑定書が提出されておりますが、取調官
の口述の基に書かされた物とはいえ、47年間も隠してきた私の自
筆の上申書が開示されたことによって、ますます当時の私にはあの
脅迫状は書き得なかったことが証明されたのです。

だが然し、前述の様に情勢は依然として厳しく、検察当局は頑なに
証拠隠しの姿勢を崩していません。したがって当然の事乍ら、今後
とも更に厳しく追求して参りますが、どうか皆さんも、今年こそ私、
石川一雄の殺人犯のレッテルが剥がれるようご協力のほど強く強く
お願い申し上げます。

年頭に当たり私の決意の一端とさせていただきましたが、本年も支
援者の皆様方のご健勝とご活躍の程を念じつつ失礼いたします。

  犯人に作り上げたる全過程 今年こそは法廷の場で

2011年1月
                        石川 一雄
http://www.sayama-jiken.com/ki/ki401/ki401.htmlより全文転載
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 20115.23メッセージ

巨大地震、大津波、原発事故と未曾有の大震災に胸が痛み、まずは
何をおいても震災に遭遇し、亡くなられた方、今もまだ行方不明の
方、住居・職場を無くされたり、原発事故により移転を余儀なくさ
れた方々に、心深くご冥福とお見舞い申し上げるものであります。

被災地の皆様方の悲哀や、苦悩、怒りなどを推し量れば、今、この
時期に狭山再審闘争における尽力要請を乞うこと自体に躊躇しつつ
も、5月23日は、私が不当にも別件逮捕されて48年になり、加
えて重大な7回目の三者協議が2ヵ月後に迫っていることもあり、
なんとしてもせめて、東京高裁が証拠開示勧告した残りの3項目だ
けでも開示させ
、再審実現のために支援者皆さん方にご理解を求め
るべくペンを執った次第です。

さて、前述のように、甚大な被害、非常事態の中にあって、尚且つ
支援者皆さんに狭山事件の犯人にされ、やがて半世紀になろうとす
る私自身のえん罪を晴らすためには、特に今現在の闘いによって再
審の有無が決定されるであろうことなど鑑みれば、皆さん方の大震
災に対する復興支援活動と共に、私の狭山支援活動にも心をお寄せ
頂きたいのであります。

多分、支援者皆さんも、第7回の「三者協議」ばかりでなく、今ま
での三者協議においても夫々の思いで緊迫感と、固唾を呑むように
張り詰め見守っていてくれていたものと思います。言及するまでも
なく、私の「狭山事件」というよりも、狭山差別裁判糾弾闘争は、
皆さん方の弛まぬ闘いと、努力によって、部落解放闘争、あらゆる
差別をなくし人権を確立する闘いの新たな前進の水路を切り拓いて
頂きましたし、そういう意味では、狭山事件は部落差別に貫かれた
冤罪であることを認めさせるために圧倒的な力と、司法権力を包囲
する大衆的な闘いとして飛躍的な発展を遂げてきたことも事実であ
ります。

然しながら、今迄、無実のものを「有罪」としてきた司法権力に対
する責任を徹底追及するためには今時の再審を開始させる必要があ
り、その上で48年に及び「犯罪者」のレッテルを貼ってきた司法
権力を満腔からの怒りを込めて弾劾しなければならないと思ってい
ます。そういう関係で、現時の裁判闘争を、どのように勝利への新
たな出発点にするかということこそが、理論的にも実践的にも問わ
れていると思いますし、また、急務の課題であると、自己の置かれ
ている立場を精査し、皆さんにも喚起して一層のお骨折りを賜りた
いのであります。

私は、何時、如何なる時でも「真実」と「正義」は必ず勝つ、との
信念と、私の無実は必ず「国民大衆に解ってもらえる日がくる」と
信じて48年闘って参りましたが、皆さんもご承知のように、昨年
の三者協議において私が不当逮捕された当日書かされた狭山警察署
長宛の上申書が、47年目にして証拠開示され、当時の私には、あ
のような脅迫状は書き得なかったことが証明されました。だからこ
そ検察当局は47年も隠し続けて出さなかったのです。

この上申書を脅迫状と比較すればその違いは一目瞭然なので、検察
側は隠し通したかったのでしょうが、弁護団の粘り強い闘い、努力
と、支援者皆さん方の証拠開示の必要性の署名、要請行動等、世論
の声などに抗しきれず出さざるを得なかったと思われます。従って
「証拠開示」の「意義」は兎も角、私が書いた重要な筆跡資料が47
年以上も隠されていたことこそが大問題であり、更に沢山の未開示
証拠を出させる運動の展開をしていただきたく
、声を大に訴えます。

泣くも笑うも今年の闘いにかかっているといっても過言ではないと
思いますが、私のような悲劇を二度と繰り返させないためにも証拠
開示を法的に義務付けるための活動も展開して参る所存です。何卒
「今年が勝負」の年と位置づけて今まで以上のご協力をくださいま
すよう心からお願い申し上げます。

それでは犯人に仕立て上げられて48年に及んで現在に至っても無
実の罪が晴らせない現実を通して、第三次再審裁判にかける私の意
気込みと皆さんの更なるお力添えの程をお願いして失礼いたします。

  20011年5月

                       石川 一雄

全国の狭山支援者皆さんへ




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◇2011石川一雄さんのメッセージ

全国の狭山支援者に向けてのメッセージは今年3回目でありますが、常に
変わらぬご協力を賜り、何時も心の中で感謝しつつ、今年こそ勝利への道
筋をたてるべく全精力を傾注し、取り組んで参りましたが、「再審」実現
への目処が立たない儘越年して終いそうに思われ、私は兎も角皆さんに大
変申し訳ない気持ちで一杯です。

取り分け8回目の三者協議迄には検察側から何点かの証拠開示がされるの
ではと期待しておりましたが、開示どころか、逆に弁護団より提出され
た新証拠との関連性を明らかにして、証拠開示の必要性を強く迫ったと
ころ恰(あたか)も証拠開示の関連性、必要性に関する判断は、検察官の
専権事項の如く述べられた旨知らされ、憤慨しているところです


皆さんもご承知の様に、証拠の新規性、明白性の判断は検察側ではなく、
裁判官自身が行うべきものであって、検察官が口を挟むべきものでない
と解します
。そういう意味では全国の各位も知っての通り、12月に予定
されている三者協議の結果待ちということになる訳ですが、ようは裁判
官がどの様な心証をもって結論を下すかに全て集約されてくると思われ
ますが、しかし一方、再審裁判を実現させるために絶対的必要不可欠な
のは検察官が隠し持つ証拠を開示させることの一点に尽きると思います。

勿論次回12月の三者協議にはさらに証拠が開示されるものと思っていま
すが、肝心要の弁護団が求める証拠を出すか否かに因って再審の扉が開
かれるかどうかにかかっているのです。9月の三者協議では、門野裁判
長の勧告を受け止めた上で、小川裁判長も検察に開示の検討を促したそ
うであり、「秘密の暴露」といわれる三大物証の「カバン、万年筆、腕
時計」に就いても見直さざるをえないところまで追い込んでいることは
確かです。

もし、それでも検察が拒んで出して来ない場合は、もはや裁判官自身が
真相究明のために「事実調べ」を行い、証人調べをすれば「白、黒」が
つけられる筈なので、私は高裁前の情宣活動では、その点を強く求めて
いく心算(しんさん)です


とはいうものの、此の切迫している事態をどう切り抜けるか、その打開
策を困(こう)じなければと現在暗中模索乍も、第三次再審裁判において
無実を立証するのは、古くて新しい証拠である検察官手持ちの証拠を吐
き出させる以外にはないと思います。

元より弁護団も、証拠と事実の力を持って再審への道を切り拓くために、
常に考え、戦術を綿密に練っておられるでしょうし、それに応えるべく
私も「無罪・勝利」までとことん闘い抜く決意でおります。しかも近年、
検察の不祥事が明るみに出た上に、多くの「冤罪者」は、検察官による
証拠隠しによって「犯人」に仕立て上げられていたこと
などから、市民
の不信感を招き、その結果として私の「狭山事件」にも多くの人たちが
関心を持って頂けるようになり、可視化や証拠開示の法制化を求める運
動も取り組まれています。正に今がチャンスであり、この機を逸したら
私の再審開始は永久に鎖(とざ)されて終うのは火を見るより明らかです。

以上の様に、ことの重大性が差し迫っていればこそ、支援者の皆さんに
喚起し、さらなるご協力を心からお願いする次第です。

2011年10月
                          石川一雄


「冤罪 狭山事件」HP(10/10 近況更新)より全文転載
http://www.sayama-jiken.com/



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2012.5.23 石川一雄さんのメッセージ  


不当逮捕49年に至って全国の支援者の皆さんにメッセージをお送りいたし
ます。年頭の挨拶では今年中に「再審」実現の「勝利の年に」と記し、又
その積もりで全精力を傾注し闘って参りましたが、先の10回目の三者協議
に於いて、検察は19点の証拠は開示したものの、求めていた肝心な証拠は
開示せず、然も有るべき筈の「血痕反応検査」の報告書や、犯行現場とさ
れる8ミリフイルムなども「不見当」との回答をくりかえしています。私が
無実を訴えたのは、「死刑」判決後、半年位であり、本来なら、その様な
重要な証拠は保全してしかるべきなのに、私が東京高裁で「無実」を訴え
たことに因って、保管しておくことに危機感を覚え、その時点で「廃棄」
処分にして終ったのではないかと思わざるをえません
。しかし、2009年の
門野裁判長の勧告は、「存在しないならその理由の説明をしなさい」と踏
み込んで迫ったはずであり、検察側はそれに対していまだ明確な回答をし
ていません
。弁護団は、検察側が提出してきた意見書に反論する専門家の
意見書を提出するとのことであり、10月に予定されている11回目の三者協
議を待たなければなりませんが、それによって今後の展開は来春に持ち越
されることも考えられます。

これまで8項目の開示勧告の内5項目、50数点について証拠開示がされまし
たが、肝心の3項目については、何度迫っても「ない」の一点張りなので、
今後も「ない」理由の説明や、弁護団の求める他の証拠開示も求めていき
ます。

考えてみれば「殺害現場」が特定されないまま「有罪」が認定されている
ことになり、それらを究明するのが裁判所の職務の筈であります。また、
あれ程沢山の無実を示す証拠が提出されているにも関わらず、「事実調べ」
しないなど、「狭山事件」は、稀なだけでなく不公平な裁判経過といえるの
ではないでしょうか。「殺害現場」を裏付ける客観的証拠が「ない」とい
うこと自体が私の無実を明らかにしていることを証明していると
思われま
す。法廷を開き、事件当日、「犯行現場」の至近距離にいた農作業者をは
じめ、「証人」尋問をすれば「白、黒」の決着をつけられるのにと裁判所
の姿勢に問題を投げかけずにはおれません。私、石川一雄の心は閉ざされ
たまま50年、半世紀を迎えるのが濃厚な現実に直面し、心に重く感じるの
は否定しませんが、これからも「無罪」の二文字を勝ち取るまでは不退転
に闘って参る所存です。支援者皆さんには、何時も私を支えて頂いており、
感謝しつつも、この第三次再審で決着をつけるためにも更なるご協力が不
可欠ですので、なにとぞ何時にも増して後押しをしてくださいますよう、
心からお願い申し上げて、不当逮捕49年に当たり、私の決意と皆さん方の
ご理解の上、一刻も早く潔白の「よき日」を迎えられますようお力添えを
再度お願いして失礼いたします。

 2012年5月23日
                           石川 一雄


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◇201210.31 石川一雄さん メッセージ

今年の夏は長く熱く厳しいように感じられた中で、私は例年、
現地事務所で書き物をし、蚊に悩まされたものでしたが、狭
山に限って申しますと今年の夏は殆どと言っても過言でない
くらい蚊に刺されることなく書き物に没頭できました。それ
は多分雨量が少なく、ぼうふらが湧く場所が少なかったこと
に起因していたんではなかろうかと思います。皆さん方には
この長い酷暑を元気に乗り越えられたでしょうか?

前置きが長くなりましたが、38年前の「寺尾不当判決」に対
し、再審を訴えて決起下さった皆さん、本当に有難うござい
ます。

寺尾判決の日は誰しも「無罪」を確信していた筈なのに、ど
んでん返し的な「有罪」判決に私や弁護団の憤りは今も言葉
に表すことができません。また支援者たちが激しく抗議行動
を展開された旨拘置所で伺いましたが、これは「寺尾なら大
丈夫」の楽観が招いたものであると自分を戒め、以後38年間、
不撓不屈の精神で闘って参りました
。そして今は私の狭山再
審闘争を基盤とし「えん罪の防止、差別と偏見の克服」に向
けた連帯の輪を広め、力強く踏み出していることに誠に心強
く、限りない感謝の念で一杯です。

すでに三者協議も11回を終え、その報告は「解放新聞」既報
の通りであり、いよいよ大詰めの段階を迎えています。来年
は狭山事件発生から50年であり、私自身は不当逮捕された5月
頃には「事実調べ」「再審開始」の実現を目指して連日のよ
うに全国各地へ、支援要請のお願いや、裁判所前のアピール
行動など、訴え活動を展開している次第であります。

しかしながら、2009年12月、門野裁判長の出した8項目の証拠
開示勧告に対しても、未だに、肝心要の3項目の証拠を開示し
ようとしない検察に対し、満腔の怒りを禁じえません。私自
身もせめて勧告された証拠を出させることに重点を置き活動
を続けていますが、弁護団、部落解放同盟を中心に、全国の
住民の会・市民の会、労働組合、宗教者の皆さんの真実を希
う真摯なご尽力のお陰で、この2〜3年の間、着実に実を結ん
でいます。また、公平で公正な裁判、事実調べ・再審開始を
求める百万筆を超える署名、公正な裁判(→証拠開示の法制
化)を求める請願署名など様々な闘いが世論の声として裁判
所に届いています。これも偏に皆さん方各位のご支援、ご協
力とその結集した力の及ぼす影響力の大きさであり、今更な
がら心から感謝を申し上げます。

皆さんもご承知の通り、47年間も隠し続けていた、私が逮捕
当日に書いた上申書が開示されたことで、鑑定して頂いた結
果、脅迫状とは異筆であることが証明されました
。私は犯人
でありませんから、当然のことながら、それ以外にも裁判所
に提出されている全ての証拠についても私の犯罪行為を証明
出来得る物証は何一つ存在しないし、加えて今後さらに弁護
団から無実を示す新証拠、鑑定書が提出される予定です。

ただ一方において、依然として予断を許せないのは「脅迫状」
や「法医学」鑑定に関して検察側も鑑定書を出されたようで
あり、中でも検察は再審開始に必要な「明白性については確
定判決を崩すほどの強烈な衝撃力を有しない」と弁護団の主
張する論点に反動姿勢を露骨に現してきていることからも

えるように、いよいよ再審闘争も最終段階に突入したものと
捉え、支援者皆さん方に警鐘を乱打せずにはおられません、
何よりも寺尾判決の二の舞を踏んではならないと私は自分自
身に言い聞かせ、現在の担当裁判官が「再審開始決定」を出
すまでは、「寺尾判決」を肝に銘じて、えん罪が晴れるまで
とことん闘い抜く決意でおります
。従って此の様に狭山再審
闘争が深まりゆき、検察当局との対峙を回避して、狭山闘争
の歴史的勝利はありえませんので、皆さん方に最後のお願い
として、断固勝利に向かって追撃し抜く態勢を戦闘的に打ち
固めるご支援を賜りたいのであります。

以上が私の決意と支援者皆さま方へのお願いでありますが、
ご多忙の中を本集会にご参集下さり、誠にありがとうござい
ました。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、十二分に
お気をつけください。

今後のご活躍を念じつつ

                2012年10月31日

10・31寺尾不当判決38ヵ年糾弾
再審実現集会に決起されたご一同様へ

                      石川 一雄


  …………………………………………………………………………………… 

◇2013石川一雄さんの新年メッセージ

私たちは新年を迎えても特別に意識することなく、ただ只管に冤罪を晴らす
為の活動を展開する中で、むしろ皆さん方の今後において、私石川一雄に対
する支援活動にどう関わって頂けるのか、その方が気掛かりでなりませんが、
取り敢えず新しい年の第一歩を踏み出すに当たり、皆さんに心から新年の
およろこびを申し上げます。

昨年の年頭の挨拶の中では、「・・・今年が最大な山場」であり、私の「生
死を決する年になる」と檄をとばした関係で支援者各位からも多大なご尽力
を賜りましたのに、「勝利」はおろか、「再審」の目処も立てられないまま、
2013年を迎えて終ったことを大変申し訳なく、済まない気持ちで一杯です。
然しながら、弁護団の話によると、今月に予定される第12回の三者協議を受
けて、3月頃には補充書、鑑定書が出された後は、いつ裁判所が結論を出し
てくるかという切迫した状況になります
。そのような中で、少なくとも裁判
所から勧告されたものの、未だ開示されていない残りの三項目の証拠を出さ
せる活動を皆さん方に切にお願いする次第であります。

これまでの再審裁判で冤罪が晴れた事件は、みな一様に検察の証拠開示に因
るものであります。従って確定判決を覆す重要な証拠は検察の保管庫に眠っ
ており、然も、膨大な未開示証拠の存在を認めながら、職責を全うしない検
察側の対応を厳しく糾弾しなければなりません。ご承知の様に再審裁判では
新証拠が発見された時に「実現」されるとあってみれば、尚更検察官は「無
辜の救済」の再審の理念にたち、直ちに証拠を開示し、「白」「黒」をつけ
る措置を講ずるべきでありましょう。以前、検察担当官は、「手元に証拠を
集め、整理すると分量として積み上げれば2〜3メートルになる」と弁護団と
の折衝の場で回答し、未開示証拠の存在を認めていたので、皆さん方の「証
拠開示せよ」「不正義は許されない」の声を検察庁に届け、何としても開示
させて頂きたく願っております。

私も3年ほど前に、ジュネーブにある国連・規約人権委員会委員に検察側の
証拠不開示について訴えてきました。委員からは再三に渡って、日本政府に
対し、強く証拠開示するよう勧告されています。そもそも検察に有る証拠は
公費で公的機関に因って収集された物でありますから、本来は公的財産であ
り、弁護側に開示されて然るべき物です。新証拠が必要とされる再審にあっ
て、請求人の私に当然開示すべき物である筈です。にも関わらず「プライバ
シー保護」等を理由に開示しない訳ですが、「プライバシー」を問題にする
のなら、事件当時、被差別部落に対する差別的集中見込み捜査を行い、どれ
ほど被差別部落の人たちの人生を踏みにじったかを先ず明らかにすべきです
し、そのためにも検察は全証拠を開示し、捜査過程を全て明らかにすべきで
す。
重大な事実の隠蔽行為が国民に知れることを恐れ、証拠開示出来ないの
ではないか、と指弾せずにはおれません。

「真実と正義は必ず勝つ」と信じ、声をあげてからやがて半世紀が経とうと
している現在、今度こそ裁判官は、私の訴えに耳を傾け、真摯に向き合って
頂けるものと信じて居り、取り分け、私が書いた逮捕当日の「上申書」が証
拠開示によって日の目を見、「筆跡の不一致」の鑑定書も提出されたことで、
私にとっては、確定判決の事実認定が覆る程の新証拠として、裁判官が認め
て下さると信じて疑いません。

また今後も「犯行現場」に関する捜査書類をはじめ、ルミノール反応検査報
告書、証拠の標目を記載した証拠リストなど、未開示証拠類の開示を重ねて
請求して参る所存です。中でも、真実の全容が明らかにされるであろう、逮
捕当日から否認し続けた間に「脅迫状」を見ながら書き写した練習用紙を開
示して頂ければ、当時私が如何に無学であり、文字が書き得なかったこと、
また、捜査当局の不正義が明らかになるであろうことなど裁判官に解って頂
けると思いながら、その開示も積極的に求める訴えを続けていくつもりです。

検察官は弁護団からの証拠開示請求に対し「どんな証拠か個別に特定するよ
う」求め、開示の必要がないとして開示拒否をしているようですが
、弁護人
には証拠リストすら出さず、検察手持ちの証拠が解らないからこそ全証拠の
開示を求めるのであって
、「特定」の仕様もないのです。故に支援者皆さん
からも再度裁判官に「証拠開示を受ける機会を保障」するよう声を大にあげ
て頂きたいのです。

私の完全無罪への核心は証拠を開示させる一点につきるので、このことを
ご理解の上行動を起こして頂きたく、心からお願いし、年頭に当たり私の不
退転の決意と皆さんの更なるご協力を切望して失礼いたします。

皆さんにとりまして今年もよき一年になりますよう念じつつ。

2013年1月1日

                           石川 一雄



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◇201350年目の決意 5.23メッセージ

別件不当逮捕50年に当たり、全国各地で糾弾集会を設け、今日も多数の方々が
決起集会にご参加下さったものと思われ、常日頃からのご支援、ご尽力に一言
お礼の意を表せたらと、一筆執らせて頂きました。

半世紀を経ても再審実現が適わぬ事に無念、遣る瀬無い思いは禁じ得ません。

皆様もご承知の様に、今月8日、第13回目の三者協議が行われました。今回は
裁判官、検察官全員が交代した関係で、私自身も一抹の不安を覚えましたが、
河合裁判長は、証拠開示について、これまでの姿勢を踏襲するとしたうえで、
弁護団が求めている証拠開示についても、検察に「柔軟に対応するように」と
促したそうですが、門野裁判長が開示勧告した「ルミノール反応検査」の有無、
並びに1963年7月4日付の雑木林を撮影した「8ミルフイルム」の開示については
埒があきそうもありません。ただこれによって「殺害現場」を裏付ける証拠は
何もないことが明らかになりましたし、「犯行現場」を特定するための捜査書
類や、門野勧告でも重視された「死体に関する写真」はある筈なので、特にこ
の点を強調、請求する価値があると存じます。

また、弁護団はつぎつぎ開示された証拠を精査し、未開示の証拠物や犯行に使
われた手拭いの捜査資料など、さらに隠された証拠の開示を求めているところ
です。

元より証拠の力で裁判を動かすという弁護団の戦術を貫くためには、例え検察
当局が飽く迄も「ルミノール反応検査」や「8ミリフイルム」を不見当として、その
存在を否定し続けたとしても、それに怯むことなく追求すべきであろうし、何よりも
公平で公正な裁判を求めるために皆様方からご協力頂いた100万筆を超える署名が
「水泡に帰する」ことのないように活動を展開していく必要があることは、今更
申し述べるまでもありません。

思い返せば、今までの裁判は確定判決以降、38年間に及び一度たりとも事実調べ
をせず、書面審理のみで一方的に有罪判決をしてきたのです
。言及するまでもな
く、刑事事件である以上、刑事裁判が事案の真相究明をする、いわゆる実体的真
実主義と、此れに対する刑罰法令の適用実現を目的としていることは、申し述べ
るまでもなく、そうであれば、本件自白は、逮捕状を請求するだけの物的証拠も
存在しなかったにも関わらず、軽微な別件で逮捕拘留し、その間の身柄拘束を利
用して本罪を取り調べたものであり、従って本件狭山事件に関する自白の強要は、
此の再逮捕、拘留に因る精神的・肉体的打撃の結果であり、この違法拘束に引き
続き、法の拘留に関する規定から逸脱しているとあってみれば、憲法第31条、33
条、34条、刑事訴訟法205条に違反する不当な逮捕・再逮捕を論説し、糾弾する必
要があろうかと存じます。皆様にもこのことを重視し世論喚起に努めて頂きたく
切に願っております。

何れにせよ、再審開始への道筋も見えてきたとはいえ、まだまだ皆様の更なるご支
援は不可欠であり、これからも多くのご支援を賜らねばなりませんが、7月に予定
の三者協議までには無理でも、何としても今年中には「事実調べ」の方向性が附け
られるように、私も精いっぱい活動を展開して参る所存ですので何卒皆様方も、今年
中に勝利の目処が立てられるよう一層のお力添えを賜りたく心からお願い申し上げ
て、不当逮捕50年に当たり、私の決意と皆々様のご支援に対し、感謝の気持ちに代
えて失礼いたします。
 

 2013年5月23日

不当逮捕50年糾弾、再審実現決起集会ご参加ご一同様

                              石川 一雄



◇2013・10・31メッセージ

39年前の今日は寺尾不当判決が下された日に伴い、各地で糾弾集会が開かれ
るとのことで、決起下さった皆々様に一言でも感謝の意を表せたらとペンを
執ったものの、再審裁判の方も自分の描いた通りことが進まず、再審が実現
したとしても来春に持ち越される公算が大であってみれば、支援を賜る皆様
に大変申し訳なく思います。皆様方には大きなお力添えを頂きながら、なか
なか進まないと感じておられるのではと思うと、本当に済まなく、アピール
を書く私のペンも重く感じられます。

しかし、腕時計のバンド穴の新証拠にひきつづいて、先般も、犯行に使われ
た手拭いが我が家の手拭いではなく、私を冤罪におとしいれるためになされ
た捜査であったことを示す新証拠が証拠開示によって明らかになり、東京高
裁に提出されましたし、殺害方法が自白とは異なるという法医学者の鑑定書
も出されたところです。寺尾判決以来39年間も事実調べがまったくおこなわ
れていないという不当性を強く訴えてまいりたいと思います。

先日の三者協議でも、弁護団は、手拭い関係や筆跡資料などについて、強く
証拠開示をせまったそうであり、検察官がおうじないために、つぎの三者協
議に継続となってしまいましたが、今後の闘い如何で、残された証拠の開示
は実現するものと確信しております。

年明けに予定されている次回の三者協議で、裁判官の決断如何に因っては、
事実調べに踏み込む公算も零ではないのですが、現時点では兎も角、楽観
することなく、再審開始の実現を目指し、全身全霊を傾注して東京高裁前
での訴えや支援の要請を展開して参る所存です。

特に「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」の映画も完成し、好評で
あってみれば尚更私の置かれている立場を知って頂く意味でも全国各地で上
映運動にも力を注いでいかねばと思っています。冤罪を晴らす闘いも今が大
きな山場であり、来春にも何らかの決定がでるのではという状況にあります
ので、支援者皆様にもまだまだご迷惑、ご協力を賜らねばなりません。

元より私たち夫婦も例年にも増して、第三次再審請求で決着をつけるべく、
全力で取り組んでまいりますので、どうか皆様も三次再審への道が拓かれま
すよう可能な限りご協力下さいますように切に願い、簡単ですが、右私の不
退転の決意と皆様に対し常日頃のご尽力と今日の集会に決起下さったことに
対し心から感謝し、私のメッセージとさせて頂きます。

2013年10月31日

                          石川 一雄

 寺尾判決39ヵ年糾弾
 狭山再審要求集会ご参加ご一同 様

http://www.sayama-jiken.com/ki/ki552/ki552.html全文転載

『冤罪 狭山事件』HP http://www.sayama-jiken.com/





◇石川一雄さんからの2014新年メッセージをお届けいたします。

新年メッセージ



謹んで新春のお喜び申し上げます。
 例年の事乍ら昨年も全国の狭山支援者の皆々様には何かとご尽力を賜り、誠に有難うございました。一年の計は元旦に有りと言われているので、夫々皆様は心に秘めて新年の第一歩を踏み出されたことと思われますが、私自身昨年は、無罪判決まで漕ぎ着くには無理としても、再審開始決定は勝ち取れるものと確信のもと、全国各地へ支援・要請のお願いに精力的に取り組んで参っただけに、期待に反し、今年に持ち越してしまったことは、私は兎も角、支援して下さる皆様に対し、大変申し訳ない気持ちで一杯です。とはいえ、昨年は事件発生から50年という節目の年であり、マスコミ各社が独自の視点で物的証拠の不自然さや、検察の証拠隠しの不正義を報道して下さいました。
 一方、弁護団や、支援者の皆さんの証拠開示要請に、50年近く経って検察から開示された「手拭い」関係の証拠についての「改ざん」も明らかになりました。
 第三次再審請求も申し立から八年目に突入し、此の間裁判長も5人変わりましたが、弁護団から裁判所に提出された無実を明らかにする新証拠などを鑑みれば、いよいよ大詰めを迎えた感が強く、一月に開かれる三者協議、今後の新証拠提出と検察・弁護側双方の意見書の提出をふまえて、次の段階では事実調べの「有無」の判断が出される公算が大と推測されるだけに、今が如何に重大な時期にあるかを、皆々様にもご理解して頂き、今迄以上のご支援を賜りたく、声を大にして訴え、お願いするものであります。
 現在、私の置かれている立場上、過去の事を悔やめば指弾されそうですが、例えば、第二次再審段階までにおいて、「脅迫状」の「少時」の文字は万年筆で書かれたのか、ボールペンなのか科学的裏付け=事実調べの必要性を世論に訴えながらもっと強く迫るべきでした。第三次再審請求において、弁護団は封筒の科学的な分析の鑑定嘱託を申し立てており、今後強く訴えていきたいと思います。
 いずれにしても、弁護団の血のにじむようなご努力で、昨年だけでも寺尾裁判長の「確定判決」を完全に覆す「手拭い」関係などの決定的な無実の新証拠が出され、「自白」の虚偽が明らかにされています。
 昨年ドキュメンタリ映画「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」も完成し、今各地で上映されていますが、大変好評で上映後に多くの人から「応援する」「上映活動をしたい」との声も届けられ、狭山を多くの人に知って頂くことを願っている私たちにとって、元気も希望も頂いています。
 また、高裁前アピール行動も第16次となり、裁判所前でのアピール行動では手作りの幟旗、パネル等を作って下さったり、フェイスブックや、ネットで知ったという人たちも応援に駆け付けてくださり、新しい動きと波も起きています。
 楽観はできないまでも、確実に狭山の闘いは新しいうねりの中にあります。
 今年こそ再審を実現させるとともに、無罪判決を勝ち取る日まで不屈に闘って参る決意です。
 どうか皆様も前述のように切迫した状況下にありますので、さらなるご協力を下さいます様、心からお願い申し上げます。
 今年も皆様にとって佳き年でありますように念じつつ・・・。

2014年1月1日
                            石川 一雄

全国の狭山支援者皆々様へ







「寺尾不当判決40ヵ年糾弾狭山再審要求集会参加者向け 石川一雄10.31メッセージ」


寺尾不当判決40カ年糾弾集会にご参加頂いた皆様へお礼の意をお伝えすべく今ペンを走らせているところですが、私の決意に先立って支援者皆様にご理解を頂きたいことは、今日のメッセージは近く行われる第20回三者協議の前であるということであります。
 思えば40年前の今日の判決は、弁護団や、私を含め、誰しも無罪判決が出されるであろうと期待し、私も勇んで判決に臨んだ次第でしたが、見事に裏切られ、それが結果的に長期の闘いとなり、現在に至っているものの、皆様もご承知の通り、第三次再審闘争も大詰めを迎えている中で、筆跡鑑定など数多くの私の無実を証明する証拠が提出され、然も、事件当時とは格段に進歩した科学的鑑定技術による鑑定も出されていることから、今度こそ河合裁判長の下で鑑定人尋問をはじめ、現場検証を行わせて、寺尾に因よる「確定」判決の誤りを認めさせねばなりません。
 元より刑事訴訟法435条6号には無罪を言い渡すべき明らかな新証拠が必要とされていることは私も承知していますが、前述の様に検察から開示された証拠は、少量ながらも、其れらに基づいて弁護団から出された新証拠は「再審開始」の要件を十分に満たすものであり、河合裁判長が真摯に精査すれば、最早「事実調べ」を回避出来ないまでに追い詰めていると確信しております。
 当然の事乍ら、寺尾判決の二の舞を踏むまいと厳しい姿勢で臨んでいますが、袴田事件や、布川事件のように、主要な再審裁判では、証拠開示に因って無実を明らかにする新証拠が出され、この証拠に基づいて再審開始が実現したとあってみれば、狭山事件でも検察当局が今も頑なに証拠開示を拒み続けているとはいえ、未開示証拠が膨大に存在することを検察自身が認めているので、大衆的世論の大きな声を巻き起こして、確定判決を覆す重要な証拠を出させるよう皆様にさらなるお力添えを頂きたいのであります。
 況ましてや、膨大な未開示証拠が検察庁の倉庫に眠ったままでは、新証拠発見を理由とする再審が成り立ちません。従って、検察に対し、「無辜の救済」の再審理念に立ち、ただちに証拠開示を強く求める運動を展開して頂きたいのです。
 国連・国際人権規約委員会の証拠開示勧告に対する日本政府の見解では「…裁判所は被疑者・被告人の防御のための重要性を考慮し、証拠の開示命令を発することができるとされており、このような開示命令が発せられた場合には、検察官は裁判所の開示命令に従って開示しているのが日常です・・・・・」と述べていたのであり、当然検察庁も建前では「裁判所からの命令があれば開示する」との見解乍らも、そのようになっていないのが現実です。証拠物等は、公費で、公的機関に因って収集されたのであってみれば、国連からも勧告されているように、本来は公的財産であり、検察の独占物ではない筈です。にもかかわらず、「…プライバシー保護」等を盾に開示を拒んでいる理不尽極まりない検察を弾劾しなければなりません。
 何れにせよ、私の狭山再審闘争の完全勝利は、より多くの新証拠の発掘如何にかかっており、私も今後とも粘り強く全証拠開示や、証拠リスト開示を求めて参る所存です。それが結果的に完全無罪に直結するのであってみれば、尚更検察庁による差別的な証拠の不開示護持を絶対に許すことなく、飽く迄も正論を貫き、本審の第三次再審実現、無罪獲得をめざし奮闘して参ります。
 皆様方も第三次再審で決着できますよう更なるご協力を下さいますよう心からお願い申し上げます。
 それでは少し長くなりましたが、前述の通り、私、石川一雄の不退転の決意と皆々様に衷心より謝意を表してご挨拶に代えさせて頂きます。

本日は本当にありがとうございました。

2014年10月

石川 一雄

寺尾不当判決40ヵ年糾弾
狭山再審要求集会ご参加一同様





2015(平成27)年10月31日石川一雄さん 10.31メッセージ

(寺尾差別判決41ケ年きゅうだん)

掲載元:http://www.sayama-jiken.com/ki/ki675/ki675.html



寺尾判決が如何に惨い仕打ちであったか、その後に影響し、再審も儘ならないとあってみれば、尚更怒りが込み上げてき、寺尾判決こそ差別と冤罪の元凶と罵ののしりたい思いに駆られ、憤りを禁じ得ません。今日も此処に各地から10.31寺尾不当判決41カ年糾弾決起集会にご参集頂いた皆さんに対し、心深く感謝を申し上げると共に、三者協議も大詰めを迎えていることもあり、皆さんのさらなるご支援をお願いすべくペンを走らせています。
 そもそも10年に及んでの証人調べや、弁護団のご努力で、私の無実を明らかにしたにも関わらず、真面目に検討すらせず、初めに結論ありきというまったく乱暴極まりない判決であったわけです。
 闘いは長期化を呈している中で、2009年、門野裁判長が三者協議の必要性と同時に8項目にわたって証拠開示勧告をしてくださったことを知った時ほど心強く、自分の心も活性化し、更には、翌年5月、私が逮捕された当日に書いた上申書が検察庁より開示された時、書かされたことすら覚えていなかった私にとって、驚きと同時に「今度こそ」の高揚感がありました。検察庁が47年間も隠さねばならなかった訳は、脅迫状の字と異筆であったからで、私は、これで再審開始になるものと確信的に思ったのも事実です。
 当時、厳しい部落差別の現実の中で教育を奪われ、私と同じような環境に育った多くの人が、書くことに大変な重圧を感じておられた筈です。書くということの精神的な負担は、必要な教育を受けてきた人には想像もつかないほど大きく、従って仮に他人に何かを伝えようとする時は、直接言うか、電話で済ます筈だからです。
 況ましてや自分の気持ちや、意志を文字で表現しようなんて、考えも及ばないし、第一文字を知らない人が「脅迫状」を書くなんて頭の片隅にもないはずです。そういう意味で私の上申書と脅迫状を比較すれば、異筆であることは一目瞭然です。ですからこそ、最早もはや、事実を客観的に解明するには再審を開始し、法廷の場で明らかにするよう皆さん方に声を裁判所に届けて頂きたいのであります。
 特に犯人であれば、当然についている筈の私の指紋が、脅迫状をはじめどの証拠物にも着いていないことに対して、誰でもが抱く合理的な疑問も指摘し、これらの点も徹底的に究明することも完全無罪を勝ち取る意味において重要かと存じます。
 法と正義、人権を守るべき立場にある裁判所であってみれば、私の訴えを真摯に受け止め、弁護団より提出された証拠物など精査され、一日も早く私を自由の身にさせて頂きたく願うばかりであります。
 この第三次再審で決着できますよう更なるご協力を下さいますよう心からお願い申し上げるとともに、石川一雄の不退転の決意と皆々様に衷心より謝意を表してご挨拶に代えさせて頂きます。本日は本当にありがとうございました。
 2015年10月31日
寺尾不当判決41カ年糾弾・狭山再審要求集会参加者ご一同 様
                                               石 川 一 雄






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2016年1月1日 新年メッセージ

狭山支援者皆さんへ新年明けましておめでとうございます。

昨年は緊迫した状況下にあるということで、多大なご尽力を賜り誠にありがとうございました。弁護団や、支援者皆様方の「証拠開示を」の声に押され、無実を示す証拠や、証拠物のリストの開示に因って次々と私の無実が明らかにされてきたこともあって、裁判所も判断を下すのではないかと、支援者各位にも何時にも増してご支援をお願いして参りましたが、12月21日に行われた第26回三者協議においては、まだ証拠開示の課題の協議が継続となり、現在の植村裁判長のもとでおこなわれている三者協議において徹底した証拠開示と弁護団提出の新証拠の事実調べを実現すべく今年に望む私の意気込みと皆さんの変わらぬご支援を賜れますよう、一筆執らせていただいた次第であります。

私は決して焦りません。兎に角、検察に対し、徹底的に証拠開示を求めた上で、裁判長に決断を迫って参ります。ただ一言触れておきたいことは、狭山事件は再審請求が東京高裁に係属していることからいたしかたないのかもしれませんが、私自身は証拠物の一覧表の開示を促された河合裁判長がさらに証拠開示をすすめ事実調べに入る判断をされるものと思っておりましたのに、昨年6月末に交代されてしまったことです。しかし、あらたに就任された植村稔裁判長も証拠開示のこれまでの裁判所の考えを踏襲すると表明されているとのことですので、私も決意をあらたにしているところです。

新任の裁判長であれば、確定判決文は勿論の事、検察・弁護団の双方から出されている証拠や鑑定書等に十分に目を通して事実調べをおこなってもらいたいと強く望みます。いずれにせよ、私は、国家権力に対し、いかなることにも動じない姿勢で闘って参る所存です。

昨年は白内障の手術をし、支援者皆様方にはご心配をおかけしましたが、若干術後の経過が思わしくないだけで、体力的には取り立てて悪い所もなく、半世紀以上も闘ってきたのですから、警察・検察を含む国家権力が証拠開示を渋り、裁判の引き延ばしを図っているとすれば、それに負けない強い意志で対抗していきます。

暮れにはイギリスの雑誌「エコノミスト」の取材を受ける中で、記者が「えん罪や死刑制度の現実からは日本の司法は世界から見て一歩も二歩も後退していると思う」と言っておられましたが、それを変えるのが、吾々の闘いであり、狭山の冤罪が晴れれば、司法の在り方を根本的から変えなければなりませんし、その意味では、狭山裁判は試金石となり、その力量が問われていると、私は自分自身に言い聞かせ、不退転に闘って参る決意でおりますので、どうか皆さんも、私、石川一雄に最大限のお力添えを賜ります様、心からお願い申し上げます。

末尾になりましたが、皆さんにとって今年もご健勝と、ご活躍を念じつつ、私の年頭に当たってのご挨拶に代えて失礼いたします。

2016年1月

               石川 一雄

http://www.sayama-jiken.com/ki/ki687/ki687.html









石川一雄さんの10.31メッセージが発表されました。
以下全文掲載します----------------------------------

10.31 メッセージ

今年1年間の闘いを通す中で、大きな成果があったものの、裁判上に於いては、進展のないまま、寺尾不当判決42カ年を迎えてしまい、残念至極、遣る瀬無い気持ちは拭えないまでも、本日も各都府県下で沢山の支援者に因って糾弾集会が開かれたものと思われ、常に皆様方には私、石川一雄の身を案じ、明日への架け橋として闘いを支え続けて下さっていることに対し、どの様に謝意を表していいかお礼の言葉がみつかりません。

来月早々にも三者協議が予定されておりますが、恐らく、今年中の決断は不可能と思われ、一方8月に弁護団が提出した下山鑑定による万年筆のインキの科学的鑑定に因って、万年筆は偽物と判明され、これまで弁護団が主張し続けてきたことが正しく裏付けられたとあってみれば、最早、検察、裁判所もどのような装飾、言い訳をもってしても動かし難い新事実から、或いは裁判官も検察を擁護できない現実を悟って、事実調べの決断に踏み切らざるを得ないのではないかと大いに期待しているところです。

1974年の寺尾確定判決では「重要な証拠収集過程に捜査官の作為、偽装が明るみになれば、それだけでこの事件は極めて疑わしくなってくる」とあります。重要な証拠を収集しながら、これら多くの証拠を作為的に隠し続けて来た警察・検察の姿勢こそ厳しく問われるべきです。

元より私は、何時如何なる時でも楽観を厳禁し、無罪が証明されるまでは飽くなき闘いを続けて参る所存です。当たり前の事乍ら再審開始への道程は険しい中で、確定判決を覆す程の新証拠が発見された以上、裁判所には現行憲法を重視され、速やかに事実調べ、再審開始を行うべきと強く求めて参るのは言う迄もありません。それ故に支援者皆さん方にもまだまだ多岐にわたってご協力を賜らねばなりませんが、何卒冤罪が晴れるまでは今後も最大限のお力添えを下さいますよう、心からお願い申し上げます。

それでは私の決意と皆さん方のご支援に対し衷心より感謝してご挨拶と致します。

今日本当に有難うございました。

2016年10月
寺尾判決不当判決42カ年糾弾再審実現決起集会ご参加ご一同様

石川 一雄








2017年 石川一雄さん10.31メッセージ

今年こそ、絶対的に再審が実現するとの思いを新年メッセージに込め、
全国の支援者皆さん方に最大限のご協力をお願いした次第でしたが、
私の見通しの甘さよりも楽観視していた向きもあったと支援者皆さん
にお叱りを受けるかもしれませんが、気持ちが整理できないまま、
兎に角今日も寺尾の不当判決43カ年糾弾集会に県下各地よりご参加
頂けたものと、陳謝と感謝の意をお伝えできたらとペンを持ちました。

各位もご承知の様に先般34回目の三者協議において、3点の証拠開示が
あったものの、弁護団が開示を求めているものに対し、検察は言及せず、
現時点では先行きが不透明ながらも、下山、川窪鑑定などから万年筆は
偽物と出た以上、検察がどう足掻あがこうとも、また、どのような反証
を出してこようとも、裁判所も最終的には弁護側が出した鑑定結果を認
めざるを得ないのではないかと思います。

弁護団や、支援者皆さん方の「証拠開示を」の粘り強い闘いの結果、
少しずつではあるものの、検察も証拠開示に応じざるを得なかったの
ですが、一方において相変わらず、「証拠開示の必要性がない」などと
突っぱねて拒否しているのも事実です。こうした検察の不正義な姿勢は
到底容認できるものではありません。ただ残念なのは私の無実を示す証
拠は沢山存在するにも関わらず、これまで事実調べがまったくおこなわ
れていないことです。しかし、現在の第3次再審では、下山鑑定や筆跡
鑑定など多くの新証拠が出されており、必ず鑑定人尋問がおこなわれる
ものと確信しています。

今後も弁護団は徹底的に証拠開示と事実調べを強く求めて参る方針であり、
皆さんから頂いた「公平、公正」な裁判を求める署名や要請ハガキなどが
水泡に帰することのないよう、私自身も不撓不屈の精神で今後も全力で闘
って参る所存です。

「今年こそ」との決意で望んだ第3次再審闘争も来年に持ち越されてしまっ
た事は残念であり、支援し続けて下さった支援者皆さん方に誠に申し訳なく
思っておりますが、何卒ご理解の上、もう一肌脱いで頂き、お力を貸して
下さいますよう心からお願い申し上げます。

       2017年10月

寺尾不当判決43カ年糾弾・狭山再審要求集会ご参加ご一同様              

                           石川 一雄

「冤罪狭山事件」HP http://www.sayama-jiken.com/より転載






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March 14, 2013

2007(平成19)年3月14日脊椎損傷作家中島虎彦氏、逝く

 [[佐賀]]の[[脊椎損傷]][[作家]][[中島虎彦氏]]、逝く。

*佐賀新聞の企画・連載・特集 > 有明抄 > 有明抄 3月16日付過去記事より

 昨日早く目が覚めたので、インターネットを立ち上げ、嬉野市の中島虎彦さんのホームページをのぞいてみた。掲示板を見てぼう然とした。虎彦さんの歌集を出版している吉岡誠二さんの書き込みで「中島さんが亡くなられました」とあったのだ。53歳だった◆虎彦さんからはときどきメールをもらった。最後は2月22日だった。「一月は逝き、二月は逃げそうになっています」と虎彦さんらしい時間感覚の表現である。年末以来、久しぶりに「独居抄」を更新したと言い、21首が添えられていた◆「妻が夫を兄が妹をバラバラにしている夕べむらぎもの雲」「ひとり暮らし車いすから落ちぬよう火傷(やけど)せぬよう風邪ひかぬよう」など。ひねりの効いた社会風刺からしんみりさせる生活詠まで、短歌は虎彦さんにとって一番しっくりいく自己表現だったようだ◆虎彦さんは学生時代、体操の練習中にけがをした。以来、約30年間車いす生活を続けてきた。詩、小説、短歌、エッセイとジャンルにこだわらず、作品を発表。特に「障害者の文学」は、障害者の立場から読み直した文学論として評価されていた◆旅行が好きで、電動車いすで岩手の宮沢賢治の里や海外の釜山、ハワイなどにも出かけた。浮き輪で泳ぎ「ついにハワイの海で泳いだぞーっ!」と本紙に喜びを表現した。昨年5月、嬉野市営住宅(バリアフリー棟)に引っ越した◆独り暮らしは歌のように、車いすから落ちたり、火傷したり、風邪を引いたり、大変だったようだ。最後の短歌は3月8日の「障害者用の手すりまで盗まれてニッポンの底が抜けてしもうた」。天国では障害を気にすることなく伸び伸びと歌をつくってください。(園)



*http://ameblo.jp/sakat/entry-10028075390.html#cboxより

「13日昼頃に頭痛を訴えられ、ヘルパーさんと病院へ行き診察の結果、脳出血でもう手の施しようが無い状態だったそうです。14日未明にお亡くなりになっています。・・・「釋智海」といういかにも彼らしい戒名でした。天国では高校時代のように思いっきり跳んだり跳ねたりしていることでしょう。 合掌」



 個人的には、2007年1月18日の日誌を思い返し、個人的には、天国で、新作の続きを書いておられるへのもへさんが思い浮かびました。
 引っ越してきてからきょうほど嬉しい日はない。
長年ずっと心に懸かっていたある小説をついに書き始めることができたからだ。
最初の取りかかりのところでどうしてもふんぎりがつかず、ひそかにのたうち回っていた。
 その苦しさから逃れるために、アダルトサイトのダウンロードに耽ったりもしてきた。
けれどもうそれからも解放されるだろう。こんなに肩の荷が下りたことはない。
まだ書き始めたぱかりなのにこんなに喜んでおかしいくらいだと思われるだろう。
 何がきっかけとなってくれたのか、話せば長くなるので、小説の完成の暁には明らかになろう。
もの書きというのは本当に難儀な輩だと思う。
★きょうの短歌
姉ちゃんの二十日ゑびすの鹿島からふなんこ喰いが待たれる夕べ     東風虎



日誌(2007年1月23日)も思い返しました。共に、亡くなられる約二ヶ月前の日誌です。
  障害者自立支援法による応益負担のため、先月のヘルパー負担金が12000円を越した。
いくら一割負担にすぎないとはいえ、もともと収入の少ない自立生活にはこたえるので、
今月から特に用事のたまっていない日にはヘルパーさんをキャンセルするようになった。
 きょうですでに三回目である。実質1200円ほどの節約になる。
私の節約になるだけでなく、国庫の節約にもなる。
 本当は日に一度でも下の清拭や付け替えをしてもらえれば体調管理によいのだが、
背に腹は代えられない。

 
 死は、自分にも訪れる(誰にでも訪れる)ものですから悲しくはありません。
けれども、昨年4月から施行になった「障害者自立支援法」による一割負担は
多かれ少なかれ自己判断による介護サービス数の減少を生むことはわかっており、
そのため重篤な脳血管疾患の早期発見が遅れ、救われるはずの命が救われなかったのだとしたら
(平均余命15年の宣告を受けながら、32年間の歳月を生きてこられたことの人生の重みに比べたら)あまりにも無念で悔しいですし、悲しいです。

 そして、2005年1月24日の日誌にこのような言葉を残してくださった中島さんだからこそ思うのです。
 憲法改正の論議については以前、前文の
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して(中略)はならない」 
 というのを
「専念しなければならない」
 とでも変えたい気分だと書いた。
 それはまあ冗談だが、
たとえば第十四条【法の下の平等ー】の
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地に
より、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
 というのを
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、障害の有無、身体の特徴、被差別部落出身などにより、政治的、経済的、因習的、又は社会的関係において、差別されない」
 とでも具体的に変えたほうがいいと思う。
本当に必要な改正は族議員などからでなく、
国民の間から澎湃として湧き起こってくるべきである。
★きょうの短歌
ひとさまによかれと思って唾棄される一方通行宣伝カキコと   東風虎



 余命が尽きたのでもないと、
「障害」者の一人暮らしの無理が祟ったのでもないと、
「障害者自立支援法」が中島さんの命を奪ったのだと、
そのことを証明する力が、自分にあったなら・・・。

日誌(2002年) 中島虎彦(2001年10月31日)には、氏が平均余命の宣告を受けていたことも書かれていましたよね。
 今日10月31日は私の27回めの受傷記念日です。
1974年(昭和49年)の夕方、大学の体育館で事故にあいました。
あれから四半世紀以上、よくぞ生き延びてきたものだと思います。
当初は平均余命15年くらいと聞かされていました。
平均なんて当てにならないものですね。
 その間、お医者さんや看護婦さんや家族や友人やボランティア
その他多くの皆さんの手助けをいただいてきました。
このホームページの読者の皆様にも励まされてきました。
あらためてお礼申し上げます。
 これからもギャグでも飛ばして自分を楽しませ奮い立たせながら
やっていこうと思います。お付き合いのほどよろしく。
★きょうのギャグ
 ためらいがちに告白するススキ     虎彦
 

 
 最期に、個人的に一番支えられた句のご紹介をさせてもらいます。
(2005年6月6日きょうの短歌より)。
こうやって生きていることそのものに月給の出るところはないか  東風虎

 それでは、またお逢いできる日まで、さようなら。

追記
 2003年3月4日の日誌では、掲示板での話題と連動させて斉藤由貴さんの『卒業の歌詞についても書かれていました。
きょうでもう七日もうんこが出ない。
脊髄損傷・頸髄損傷に便秘はつきものだから、
四、五日くらいならいつものことだが、
七日となるとさすがに腹が張って苦しい。
何をする気にもならないで寝ている。
 ラジオからは春、弥生の季節に定番の、
斉藤由貴の「卒業」が聴こえてくる。
斉藤は女優としてはワンパターンの演技ばかりだが、
初期のこの歌はみずみずしい。今聴いても切なくなる。
その中に

 「ああ、卒業式で泣かないと、冷たい人と言われそう。
 でも、もっと悲しい瞬間に、涙はとっておきたいの」

 という歌詞が出てくる。噂のあった尾崎豊なんかより冷めた歌なのだ。
そう、人生にはもっともっと涙を流さねばならない瞬間が
次から次へとあらわれてくる。
 いさぎのよい決意だと言っておこう。

★きょうの短歌
叫ぶという文字がハングルめいてくる2003年冬ことのほか   虎彦



嬉野吉田出身の文学者紹介する展示館が、2008年11月2日オープン

『とろうのおの 』中島虎彦歌集のご紹介

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May 01, 2007

2007(平成9年)年05月1日

「となりのトトロ」と「狭山事件」とのコラボ(?)については、
5年前(2007年)にジブリさんが公式見解を発表していますね。


1963年05月1日は、狭山事件の、○○善枝ちゃんの命日ですけれども
それから44年後の、2007年05月1日付けで、
“いつものジブリ日誌”に、この公式見解は書かれました。



 あと、東村山音頭 の、東京都東村山市が淵の森(「トトロの森」)の「里親」になりましたよね。


*参考1「多摩湖のページ」


*参考2(視聴不可になっていますけれども) 
  “本当は怖いトトロ”(これは、「となりのトトロ」と「都市伝説」のコラボかな)?
  “totoro trailer”(コチラは「となりのトトロ」と「肝試し?」のコラボかいな)?


 自分的には、「となりのトトロ」と“妖怪と現代人:2”(バブル期、大ヒットしたトトロは、金でない価値を描いていました/小松和彦国際日本文化研究センター教授/2008年04月12日朝日新聞 )のコラボが、切り口が新しい気もします。
 

“妖怪と現代人:1”(鬼は人々の恐怖の表れ)も面白かったですよ。

今から「となりのトトロ」のDVDを観て、ウン十年前に過ぎ去った子ども時代への郷愁を久々に、楽しませてもらいたいと思います。


 “妖怪と現代人”は、で完結です。


 そうそう、コラボにこだわるなら、
五月一日は
メーデー(May Day)と狭山事件“細田行義元所沢署長証言”のコラボの日であることは、はずせないと思います。



 亀井トム氏が「まえがき」で言っておられたように、「心ある弁護人、支援団体、知識人、マスコミはそれが真実であるかぎり、我々の主張に耳をふさぐことはない」と信じて、狭山事件の再審開始を共に支援しましょう!


*参考3狭山事件
http://blog.livedoor.jp/higurashi/tag/%E8%A6%8B%E8%BE%BC%E3%81%BF%E6%8D%9C%E6%9F%BB

higurashi at 05:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)