1913(大正2)年

August 13, 2013

1913(大正2)年8月13日吉田岩窟王事件発生と50年後の無罪判決文「被告人と云うに忍びず過誤を只管陳謝する」

1913年(大正2年)8月13日 吉田岩窟王事件が起こる


1963(昭和38)年2月28日 [[吉田石松]][[(吉田岩窟王)事件]]で[[再審無罪判決]]が下る([[名古屋高等裁判所]]/[[小林登一]]裁判長)





 しかしてこの間の、実に半世紀にも及ぶその
無実の叫びに耳を藉(か)す者からは、被告人は
エドモンド・ダンテスになぞらえられ、
昭和の巖窟王と呼ばれるにいたつたのである。




 かように被告人がその逮捕当時から齢すでに
八十四才の現在にいたるまで、実に半世紀の
永きにわたり終始一貫、世のあらゆる苦難と
闘いつつ、自己の無罪を叫びつづけてきたという
厳然たる事実は、これをどのように理解すべき
であろうか。
世に真犯人でありながら、無実を
叫ぶ者も決して少なくない。
しかもそのような者は、
刑が確定すればいつの間にか
口を閉ざしてしまうものである。


 被告人のように、処刑中はもとより
出所後にいたるまで、しかも全生涯、
全生命をかけて半世紀の永きにわたり、
不断に冤罪を叫んでやまなかった者は
絶無といっても過言ではないであろう、
このような恐るべき異常な粘りと迫力が、
果して燃ゆるような信念に基づくこと
なくして、単なる見栄や欲得などから
生れてくるだろうか。
この真摯にしてかつ持続的敢闘の事実に
目を覆うべきではない。


 これらの事情が相俟つて被告人の訴追を
みるにいたり、わが裁判史上曽つてない
誤判をくりかえし、被告人を二十有余年の
永きにわたり、獄窓のうちに呻吟せしめる
にいたつたのであつて、まことに痛恨おく
能わざるものがあるといわねばならない。


 ちなみに当裁判所は被告人否ここでは
被告人と云うに忍びず吉田翁と呼ぼう。
吾々の先輩が翁に対して冒した過誤を
只管(ひたすら)陳謝する
と共に
実に半世紀の久しきに亘り克く
あらゆる迫害に堪え自己の無実を
叫び続けて来たその崇高なる態度、
その不撓不屈の正に驚嘆すべき類なき精神力、
生命力に対し深甚なる敬意を表しつつ
翁の余生に幸多からんことを
祈念する次第である。




 (裁判長 小林登一陪席裁判官 
成田薫、斎藤寿

 
高等裁判所刑事判例集一六巻一号八八頁、
「判例時報」三二七号四頁






*吉田岩窟王事件 略年表

1913年(大正2年)8月13日 吉田岩窟王事件発生。 http://j.mp/1bqUdIB

1935年03月21日 吉田岩窟王事件の無期徴役囚・吉田石松が23年ぶりに仮出獄し、再審請求を開始。

1962年10月30日 最高裁が吉田岩窟王事件の再審を決定:日本の裁判史上、有名な誤判事例。誤判は死刑問題における重要な論点


1963年02月28日 名古屋高裁が、「吉田岩窟王事件」の吉田石松に事件発生から50年目で無罪判決



*吉田岩窟王事件 ツイートより


猫山レオン さん 12年8月13日
1913年8月13日『吉田岩窟王事件』発生。140字で表せる事柄ではない。マスコミや弁護士がまだ其の意義を失っていず「冤罪と云う司法の壁と戦い続けた一人の人間」の壮絶な人生の話な訳だが「吉田翁」は無罪判決の後の9か月後に亡くなっていて其の身をもって司法の在り方を問う形になった。


たかやま ‏さん 11年11月16日
「実に半世紀にも及ぶその無実の叫びに耳を藉(か)す者からは、被告人はエドモンド・ダンテスになぞらえられ、昭和の巖窟王と呼ばれるにいたつたのである」 / “吉田岩窟王事件 - Wikipedia” http://htn.to/q2jtvh



ゆりかりん ‏さん 11年1月21日
司法&検察は、過去から何一つ学ばず、前進するどころか、何倍も狡猾&悪辣&巧妙化している冤罪捏造の仕組み(怒 RT @hanayuu: 吉田岩窟王事件 - Wikipedia - http://goo.gl/tMtis



たかちゃん ‏さん 10年3月28日
昭和38年にも同じ事は起きている。「日本岩窟王事件」(http://bit.ly/aUsusG RT @kamematsu: アメリカの新聞サンフランシスコ・クロニクルに「日本の裁判所が無実の男性に謝罪した」という記事が載っていた。菅家さんの無罪判決についての記事だ。



剣持秀紀 ‏さん 10年3月26日
足利事件判決の裁判長の言葉「菅家さんの今後の人生に幸多きことを心よりお祈りし…」は昭和の岩窟王事件を意識してると思う。「…翁の余生に幸多からんことを祈念する次第である。」



*2013年8月13日は吉田岩窟王事件発生100年。50年後の無罪判決に「被告人と云うに忍びず過誤を只管陳謝する」とあるhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/E3CE99B8A37F38A149256CFA0006761E.pdf … … …
裁判所HPでいまだ「犯人」扱いの足利事件や、法曹会の教材では「自白有罪例」の布川事件を最高裁は直ちに改訂を


*吉田岩窟王事件の判決文こそ司法修習生向け教材本の重要判例として
繰り返し 頭の柔らかいうちに 叩きこんでおいてほしい・・・

吉田岩窟王事件の判例は
高等裁判所刑事判例集一六巻一号八八頁及び、「判例時報」三二七号四頁で見られます
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/E3CE99B8A37F38A149256CFA0006761E.pdf


♦高裁判例  (吉田岩窟王事件
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=23052&hanreiKbn=03

事件番号 昭和34お4
事件名 強盗殺人再審請求事件
裁判年月日 昭和38年02月28日
裁判所名・部 名古屋高等裁判所 第四部
高裁判例集登載巻・号・頁 第16巻1号88K頁
判示事項 再審事件における無罪判決の一事例
裁判要旨 全文参照
全文
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/E3CE99B8A37F38A149256CFA0006761E.pdf



MASAKI さん  11年5月24日
布川事件TVで観た。裁判長は長年苦しめた2人に対し謝らなかった。「昭和岩窟王事件」の裁判官は吉田翁を[被告]と呼ばす先輩裁判官が犯した過ちに深く陳謝した。同じ職業でこうも違うものか?人間性を比べてしまう。





布川事件:教材で「自白有罪例」司法修習生ら向け91年出版、最高裁は改訂明言せず(毎日新聞2011年12月10日)
『自白の信用性−被告人と犯行との結び付きが争われた事例を中心として−』財団法人「法曹会」
「人権侵害の恐れ」「旧来の判断基準を示し続けることは法曹養成のうえでも不適切」




2010年5月24日
Web] "最高裁「当時、その判断をしたことは事実なので、過去にさかのぼって修正などをすることはない」" - 裁判所HPではまだ「犯人」 足利事件判決文、重要判例で掲載 |下野新聞



court:再審無罪となったら、過去の判決文はどう扱うべきか
http://bit.ly/9sTlXA
まさに、裁判所が誤判を冒したという恥をさらし続けることに意味があるのである。
その上で・・・再審により取り消されたことを付記する措置は一般的にいって付けることが望ましい。



オリセン  10年4月5日
冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文は「判例タイムズ」に掲載されました。http://ennzai.yokochou.com/simpleVC_20100405183807.html 読みこなすには大変なエネルギーの要る分量です。研究者の方はどうぞ。

 
@orisen 現在再審請求中の事件の、事実に反する判決文も、将来裁判官になる人たちの判決文を書く練習台にされることもあるのだと知れる。悪判決文もまた判決文なり。冤罪が晴れるまでは抗議する権利もない。>冤罪・田園調布資産家殺人事件の1審判決文が「判例タイムズ」に掲載











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100万人署名を継続し一人でも多くの方に狭山事件を
http://www.sayama-case.com/online/online.html">
「狭山事件再審オンライン署名」へ!
(ポスターの画像はコチラから頂きました)

*ドキュメンタリー映画 『みえない手錠をはずすまで』予告編 
近々完成








higurashi at 06:51|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

April 07, 2012

1913(大正2)年4月7日

 [[奈良県]]の[[大福小学校]]で、[[部落出身]]の[[丸橋光蔵]]訓導を[[排斥]]する[[差別事件]]が起こる。 

higurashi at 06:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)