5月25日

May 25, 2019

1963(昭和39)年5月25日



1963(昭和39)年5月25日
狭山事件で、中田善枝さんの教科書・ノート等発見される。


亀井トム氏『狭山事件 無罪の新事実』より
一九六三・五・二五
 きりかえられたゴム紐発見の場所の近くの山林で善枝の教科書・ノート等発見される。


鎌田慧氏『狭山事件 四十一年目の真実』 より
 被害者の教科書、ノート類、発見される。







『石川一雄獄中日記』 より


 石川君は一九六三年五月二三日に逮捕された後、別件についてはその翌日から自白しています。他方、本件の善枝さん殺しについては、一ヵ月間否認を続け、六月二〇日すぎになって「自白」します。・・・ともかく最初の三日間三人共犯の内容の自白をしており、その後単独反抗の自白に変わります。・・・



供述調書(五月二三日付)


     石川一 指印
右の通り録取し読み聞かせたところ誤りのないことを申立て署名指印した
前同日
  狭山警察署助勤 埼玉警察本部刑事部捜査一課
    司法警察員 警部 山下了一 ㊞



供述調書(五月二四日付)


     石川一 指印
右の通り録取し読み聞かせたところ誤りのないことを申立て署名指印した
前同日
  狭山警察署助勤 埼玉警察本部刑事部捜査一課
    司法警察員 警部 山下了一 ㊞



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May 25, 2012

1933(昭和8)年5月25日

高松差別裁判取消請願隊


 [[1933(昭和8)年5月25日]]、[[香川県]]の[[高松市]]、[[高松地方裁判所]]で、[[部落民]]であることを[[結婚]]相手の「女性」に告げなかったことが、[[結婚詐欺]]・[[誘拐]]にあたり、[[有罪]]であるとする[[判決]]が下る、重大な[[差別事件]]が起こる。

 同年6月27日、[[松本治一郎]]は、[[高松地裁差別裁判糺弾闘争委員会]]を組織し、9月15日、[[九州地方部落代表者会議]]で、東京までの歩行行進代表となり、[[判決]]をくつがえすために、全国の部落によびかける。
 
 翌年4月21日、[[高松地裁]]の差別当事者、[[白水検事糺弾]]大会が[[福知山]]で開かれ、[[松本治一郎]]は検事に自決を要求する。
 
 これらの、かつてない大きな闘いの中で、少し何かを言えば刑務所に放り込まれる[[言論統制]]の時代に、事件の被害者の[[仮釈放]]を実現させる。

 [[松本治一郎]]の名が、全国的に知れわたるようになったのは、(この[[高松事件]]とよばれる)[[差別事件]]からである。


高松結婚差別事件

higurashi at 06:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)