8月6日
August 06, 2012
1950(昭和25)年8月6日
1950(昭和25)年8月6日
[[吉田内閣]]により「[[大和報国運動]]会役員」という名目で[[公職追放]]された[[松本治一郎]]が、[[政界]]に復帰する。
川 ̄_ゝ ̄)ノ
ラストメッセージ(全6集)第2集
「核なき世界を 物理学者・湯川秀樹」より
まがつびよ(わざわい) ふたたび ここに くるなかれ 平和をいのる 人のみぞここに 軒ちかき 竹の葉ずれの さやさやと 余の平安を 語るひねもす 人の世を 短くといわず 永劫の まことに生きて 明日に死すとも |
「真理を探究するということは、結局は人類のためのものであると、そう単純素朴に考えてきておってそれで間違いないと思っていたら、がらりとかわっちゃった。私の人生観も非常に変わりましたね。別の言葉で言えば、わたしたちのような世間離れした学問をしている者でも、社会に対して責任があると。責任から逃れることはできない」 |
「核兵器は人類と共存できない。科学者が世界の現状を容認しているようでは、パグウォッシュ会議はその存在意義をうしなってしまうだろう」「ここに集まった学者の多くはモラルの問題には無関心で、多くは才気ある合理的な思考にしか興味がないようである。そうなると、いきおい、核抑止論の技術的考察だけが議論になる。考え込んでいたら頭痛がひどくなってきた。はじめは我慢していたが、だんだん気分が悪くなる一方で、最後の2日間はホテルの部屋に引きこもって寝ていた」 |
「一日生きることは一歩進むことであれ」 「ラッセル・アインシュタイン宣言から20年も経つのに我々はなにをしてきたのか。核廃絶への道を妨げてきた最も重要な因子の一つは核抑止という考え方なのではないでしょうか」 |
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