ヒカル・こころのブログ『内村航平history』

日本体操界初の“プロ”へ!内村航平選手の“世界一美しい体操”を全力で応援します!!

カテゴリ:【オリンピック】 >  ●2008 北京

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北京五輪への道特集記事『体操 冨田洋之』
かつて北京五輪に向けた日本代表応援企画として
“五輪への道”という特集記事が連載されたそうです
五輪への道バックナンバー一覧
8月8日から始まる北京五輪。その五輪に出場する日本代表選手たちに焦点を当て、選手を支える人たちへの取材を通して、五輪で戦う ことの凄みや厳しさ、各競技の醍醐味、テレビ観戦のポイントを紹介する。

その中で冨田さんの記事が紹介されたそうです(*^^*)
第5回 体操 冨田洋之(前編)~美しい絵のような体操 (2008/06/20)
第6回 体操 冨田洋之(後編)~愚直なまでの基本の究め方 (2008/06/27)

冨田さんについて貴重なお話をしてくださったのが
冨田さんを15歳まで約8年間指導したという城間晃さん
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航平くんも真似したという冨田さんの“美しい体操”の基礎を育んだ
貴重なエピソード満載です(*^^*)

冨田さんといえば…

【世界一美しいと言われる冨田さんの倒立】
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《解説》
360度どこから見ても真っ直ぐな美しさ。
肩から腰、つま先に至るまで一直線に伸びています。

記事では「倒立」についての冨田さんのコメントが紹介されています
「倒立が一番大切だと思います。一見簡単そうに見えるかもしれませんが、倒立には、基礎的なものからもっとも難しい技に至るプロセスのすべてが詰まっている。ですから、練習に来て最初に、倒立をいかに美しくこなすか、から始めるんです」。
「肩幅の中にしっかりと、リラックスして自分の体重のすべてが入ったとき、肩に乗った、と表現するんですね。いい倒立は余裕を作ってくれます。演技中の唯一の休憩時間です」。

体操には「倒立に始まり、倒立に終わる」という言葉があるそうですが
城間さんはそんな冨田さんの練習法を“愚直な反復の凄み”と言われています
簡単そうに見える基本に、体操競技の本質を見出して大切に練習する。それが冨田の倒立の究め方だ。

米田功さんも冨田さんの練習の凄さをこう語っています
「僕は、できる技を何回も練習するのは今でも好きじゃないんですよ。洋之は、そこが凄いんです。僕から見たら、『もう、できてるやん』って思う技を、何回もやるんですよ」。

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当時の冨田さんの人柄についても語られていますね(*^^*)

当時中学3年生で全日本体操選手権の「あん馬」で初優勝という史上初の快挙を成し遂げ
“時の人”として、毎週どこかのメディアが取材に来ていたという鹿島さんについて
当時、冨田さんはどういう思いで見ていたかというと…
「あの頃、鹿島の体操は、もう小学生レベルではありませんでした。どんな動きをやっているのかが僕にはわからないくらい高度な技を身につけていた。同い年でも鹿島は僕とは別世界にいた。僕自身は他の選手を意識するレベルになかったんです。いろんな技があって、それを覚えていく過程が好きで、それで練習にのめり込んでいきました」
城間さんはそんな冨田さんを
『劣等感や嫉妬心とは無縁で、マイペース。童話「ウサギとカメ」にたとえれば「カメ」型』
と話されています(*^^*)

他にも…
『当時から真面目で、黙々と練習するタイプでした。内気なんかなぁ。僕ら、あんまりしゃべったことなかった。同級生や後輩とはギャアギャア言うて走り回ってても、目上の人には話しにくいんでしょう。関西弁で言う“緊張しぃ”やね。』
『アイツ、あいさつが下手でね。口の中でボソボソ言うから、よう聞こえへん。それで何度も注意してました。「冨田、ちょっと来い」「はーい」「なんや、その間延びした返事は、100回練習やっとけ!」、僕がそう言うたら、窓の方向いて、「はい」の反復練習を、両手で数えながら黙々とやってました。
よう覚えてんのは、中学3年生の最後の試合。鉄棒のときです。中学生の試合では、選手は演技前に右手を挙げて、「はい、お願いします」と言ってから、鉄棒の下に行く。コ―チが選手の腰を持ち上げ、鉄棒を持たせてから演技開始です。冨田は緊張してたせいか、演技前に右手挙げて、「はい、ありがとうございました」って言いよった。』
という、貴重なエピソードも( *´艸`)

冨田さんの“体操の美学”は
「姿勢がきれいで、技のつながりがスムーズで、見ている人が『自分でもできそうだな』と思うような“難しい技でも簡単に見せる”演技」
航平くんもこの美学、引き継がれていますね(*^^*)

そういえば『みらいのつくりかた新春SP』で判明しましたが
航平くんのつり輪の十字懸垂の『下を向いてからパッ』とやる仕草も
冨田さんの真似だったのですね〜(*´ω`)

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『パッ』となった時の表情が色っぽ過ぎて
『うわっ!』を通り越してヘロヘロ…

ちなみに番組で語られた航平くんの“体操の美学”は
『体操選手が見て美しいってうのは当たり前。体操を知らない人が見て「あれは美しいな」って言われるようになったら本物。』
ということでした(*^^*)

“基本に本質を見出して大切に反復”
何事にも“基本の反復”って大事なんですね(*^^*)

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2008.8.14航平くん“北京オリンピック個人総合銀メダル”記念日・その3

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(個人総合表彰式)

航平くん“北京オリンピック個人総合銀メダル”記念記事第3弾
種目別決勝の記事、フォトで締めです(*^^*)
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2008.8.14航平くん“北京オリンピック個人総合銀メダル”記念日・その2

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第2弾は団体決勝と個人総合の記事・フォトです(*^^*)
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2008.8.14航平くん“北京オリンピック個人総合銀メダル”記念日

今日“8月14日”
航平くんが6年前の北京オリンピックで
オリンピック初出場にして個人総合で初めて“メダリスト”になった日ですね\(^^)/

ということで今日は
リンク切れで見れなくなった幻の“北京五輪特集”記事を
お友達が発掘してくれたので
そちらをご紹介したいと思います(*^^*)

画像でのご紹介なので3つぐらいに分けたいと思います。
まず第1弾は
代表選考会からユニフォーム発表会、オリンピック予選まで(*^^*)続きを読む
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international gymnastics magazine Facebookより(*^^*)
時期は過ぎましたが(^^;
合わせるとハート型になるなんて…なんか素敵だったので(*^^*)♪)


男子フィギュアスケート・羽生選手が見事
同種目で日本男子史上初、また今大会の日本勢初の金メダル獲得ということで
おめでとうございます(*゚▽゚*)

金メダリストになった羽生選手が語ったこの言葉が
私には印象的でした(*^^*)

【羽生「金メダルのここからこそがスタート」】
《記事抜粋》
『僕から震災や津波のことについて口を開くのはすごく難しいです。それは五輪チャンピオンになったからこそ難しいんだと思います。確かにあった事実として、僕は震災のあと、スケートができませんでした。本当にスケートをやめようと思ったし、生活することすら難しくて、ぎりぎりの状態だったんです。』
『金メダリストは日本の男子スケーターとして1人しかいないですけど、表彰台に上がったとき、本当に日本の皆さん、世界中で応援してくださった皆さんの思いを背負って演技できたことをうれしく思いました。恩返しができたんじゃないかなと思っています
『一生懸命やって五輪で金メダルを取れたのはありますけど、やはりここからまた五輪の金メダリストという人になれたからこそ、スタートなんじゃないかなと思います。ここから復興にできることがあるんじゃないかなと僕は今思っています

目標を達成してなお、そこからがスタートであり
そして“金メダリスト”になったからこそ出来る事がある

…と、既に未来を見つめていること
お世話になった人たちへの感謝を忘れず、力に変えられること
そして19歳、初めてのオリンピックでメダリストに

どうしても航平くんの北京五輪と重なってしまいます(*^^*)

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(男子個人総合で獲得した銀メダルを手にする内村航平選手
2008年8月14日国家体育館)




そこで
当時(北京五輪を経験して)、航平くんはどんなことを思っていたのか…
航平くんのコメントを中心にチョイスしてもらったWEB記事を
まとめてみました(*^^*)


まずは北京五輪団体戦で銀メダルを獲得した時の
冨田さんと航平くんのコメント入り記事です(*^^*)

【日本2連覇逃す、中国がV】
2008/08/12
冨田洋之の話 
負けて銀メダルでなく、銀メダルを勝ち取ったととらえている。精いっぱいやったから誇ってもいいと思う。中国はつり輪から盛り上がり、いい演技につられて点数が出ていた。強かった。

内村航平の話 
夢の五輪でメダルが取れた。信じられない銀メダル。自分の役割は果たせた。4年後に団体総合で金メダルが取れればいい。

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(男子団体総合決勝 最終種目の鉄棒を終え、
ほっとした表情を見せる冨田選手と内村選手2008年8月13日)


団体戦決勝の試合の流れがまとめられた記事です(*^^*)
『男子団体、日本「銀」』(2008年8月12日中日新聞)

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(男子団体総合決勝 優勝の中国チームをちらりと見る日本チーム。
左から鹿島選手、中瀬選手、沖口選手、坂本選手、冨田選手、内村選手)



個人総合で銀メダルを獲得した時の
航平くんのコメント入り記事です(*^^*)
『19歳新星の内村「銀」』2008/08/14
内村航平の話 
あん馬で落下して気分は落ちていたけど、いつも通りやろうと自分に言い聞かせた。平行棒を終えて4位で最後の鉄棒は着地勝負だと思った。止められて、手応えはあった。すごくうれしい。でも、色が金じゃないので、4年後は金になるよう頑張りたい。

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(男子個人総合決勝 銀メダルを手に持つ内村航平選手2008年8月15日)


『「4年後は金色に」 19歳の内村が銀メダル』
 あん馬で2度も落下する大きなミスを犯した。だが、ここでめげないのが内村の真骨頂。「気分は落ちていたけど、いつも通りやろうと自分に言い聞かせた。平行棒を終えて4位で、最後の鉄棒は着地勝負だと思った。うまく止められて手応えはあった。すごくうれしい」。
 「体操の世界で2番は自信になるし、うれしい。冨田さんと2人、ノーミスで表彰台に上がりたかった」と尊敬する先輩・冨田洋之(セントラルスポーツ)への気遣いもみせた。団体に続く二つ目の銀メダル。「信じられないが、色が金じゃないので、4年後は金になるよう頑張りたい」。はにかんだ笑顔と甘いマスクで「体操王子」とも言われる新鋭は、早くもロンドン五輪へ夢をはせた。アテネの団体優勝で復活した日本の男子体操は、北京で新たに大きな推進力を得た。

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(男子個人総合決勝 内村航平選手の跳馬[2008年8月14日)


『内村が銀、24年ぶりメダル』 2008/08/14

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(男子個人総合決勝 内村航平選手の床運動2008年8月14日)


『体操の19歳内村「銀」』2008/08/15

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(男子個人総合決勝 最終種目の鉄棒を終え、
笑顔でスタンドに手を振る内村航平選手)





こちらは種目別・床で5位だった時のコメント入り記事です(*^^*)
『内村、冨田ともに5位』2008/08/17
内村航平の話 
失敗してしまったので何とも言えないけど、失敗したところ以外は止められたのでよかった。(ミスは)止まりづらいところだったので、考えすぎて力が入ったかもしれない。きょうの経験を4年後のロンドンにつなげて、次はもっと上に行けるようにしたい。

冨田洋之の話 
しっかりと練習してきたことを、精いっぱいできたのでよかった。気持ちよく演技ができた。(個人総合4位は)引きずってもいいことはない。(種目別の鉄棒は)最後の種目なので美しい演技にこだわって、自分が納得いくように締めくくりたい。

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(男子床運動で5位に終わり残念そうな表情を見せる内村選手2008年8月18日)



こちらは、北京市内での記者会見の記事です(*^^*)
『「出来過ぎ」と19歳内村』2008/08/20
内村航平選手(日体大)は
「出来過ぎ。日本の強いところをアピールして、次は団体総合で金メダルを取れるようにしたい」と4年後のロンドン五輪への意気込みを語った。

主将の冨田洋之選手(セントラルスポーツ)は
「精いっぱいやっての銀メダルで満足。今は正直、体も気持ちも前に進む気になれない、現役を続けるか、指導者に行くのかゆっくり考えたい」と話した


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(記者会見で銀メダルを手にポーズをとる体操男子
(左から)鹿島、冨田、内村、中瀬、沖口、坂本の各選手
8月20日北京市内のホテル)



そして動画です(*^^*)
『体操ニッポンが北京でメダル会見』動画 2008年08月20日
『団体でも銀メダル、個人でも銀メダルが取れて、初出場にしてはすごい出来過ぎかなとは思っているんですけど、いい経験も出来たし新しい目標もできたんで、やはり次は日本が強いところをアピールしていって、とりあえず団体総合では金メダルが狙えるようにしていきたいなと思っています』

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(男子個人総合決勝で銀メダルを獲得した
内村航平選手の跳馬(連続合成写真)2008年8月14日)





こちらは帰国会見の記事、そして動画です(*^^*)
『体操銀の日本男子が帰国』2008/08/21
初出場ながら個人総合でも銀メダルを手にした19歳のホープ、内村航平選手(日体大)は「今までに味わったことのない、楽しい舞台だった」と五輪を振り返った。

 内村選手は今月末に開幕する全日本学生選手権を見据え「ほっとしているけど、気が抜けない」と、学生タイトル連覇へ意識を向けた。

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(記者会見後、銀メダルを手に記念撮影に応じる
(左から)冨田、内村ら体操男子日本チーム8月21日夜、千葉県成田市)


『「楽しい舞台だった」』動画 2008年08月21日
『やっと終わったな~って感じです。すごい長い時間ずっと張り詰めてた状態でやってきて、それでいい結果が出せたので、次につながると思うし、これからまた頑張って行きたいと思います。北京に行く前の目標は個人総合決勝に残ることだけだったので、今回銀メダルという結果で、凄い信じられない気持ちです。今までに味わったことのない試合で、凄い楽しい舞台でした。』

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(男子予選 内村航平の床運動2008年8月09日)



北京五輪の競技を終えて帰国した日本選手が
閉会式に向けて日本オリンピック委員会へ寄せたコメント集だそうです(*^^*)
『喜びと感謝の気持ちでいっぱい 北京五輪ひと言集』2008/08/24
冨田洋之(体操)
充実した幸せな五輪だった。団体で6人全員表彰台に上がれたことが最も印象に残った。幸せな時間と空間の中にいられたという思いだ。指導者に進んだときにこの経験をいかしたい。

内村航平(体操)
味わったことのない試合の雰囲気がよかった。楽しい大会だった。ロンドン五輪では金メダルを取るために、もっと力をつけていきたい。

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(男子団体総合で銀メダルを獲得した日本チーム。
左から鹿島、中瀬、沖口、坂本、冨田、内村の各選手2008年8月12日)




羽生選手が目標としていた一番高い表彰台の真ん中で
そこをスタート地点として、
高々と掲げられる日の丸と共に、すでに自分の未来を見つめていたように

航平くんも初のオリンピックを経験してすぐに
4年後のロンドンオリンピックでの自分が見えていたそうで

ロンドンまでの4年間の体操プランを思いついたことを
前回ご紹介した“スカイワード”の記事で明かしてくれていました(*^^*)

この
“次の目標達成までどうあるべきか”の『読み
とても重要だということ、

そして
航平くんが体操をする上で“大きなテーマ”だと語った
“体の痛みや故障をどう操るか” …
それを日々の練習で活かすことの難しさと大切さを
冨田さんと具志堅さんが自らの経験で語っている
北京五輪前の記事があります(*^^*)

【<つかめ北京で金>体操 冨田洋之(上) 孤高 試練の再出発】
2008年1月16日中日新聞
《記事抜粋》
幸い、北京五輪は今年。反省を生かす場はある。故障に苦しんだ冨田は「ああいう結果になるような練習しかできなかった。けがとうまく付き合いながら練習していけたら、と思う」と再出発を切った。

全日本男子監督の具志堅幸司は23歳で迎えた1980年モスクワ五輪はボイコットに泣いた。4年後のロサンゼルス五輪で個人総合の王者に輝いた。4年間の成長の跡は「読み」だと言った。

 「こういう練習をしていけばこういう結果が生まれるという読み。体力は23歳の方が数段上だったが、練習の質は27歳の方が上回った―」。

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(男子団体総合決勝 内村航平の床運動2008年8月12日)



体力は23歳の方が数段上だったが、練習の質は27歳の方が上回った

こういう先輩の頼もしい言葉を心に刻んで
これからは『質の良い練習』にますます励んでいくのでしょうか(*^^*)

航平くんが“自分にしかできない体操”に誇りを持っているように
羽生選手だからこそできることに誇りを持って
これからも輝いて欲しいですね(*^^*)

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(北京五輪 男子個人総合決勝 銀メダルの内村航平選手
日の丸を背に笑顔を見せる2008年8月15日)




ところで金メダルを獲得した羽生選手は
演技については悔しさもにじませていたようですが(^^;

一方の航平くんは
初めてのオリンピックを『出来すぎ』という結果で
スタートしました(*^^*)

『出来すぎ』といえば『出来杉くん』(*^^*)
TOYOTA TVCM ReBORN「のび太オリンピックへ行く」編

今更ですが航平くん、この時…
“30歳”の出来杉くんを演じていたんですね(^^;

6年後の“東京オリンピック”で航平くんは31歳

その時も『出来すぎです』という言葉が聞けるような
そんな演技ができますように(*^^*)

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ドラえもんつながりで(*^^*)
徳洲会体操クラブのFBより
『体操協会のロゴ入りのどら焼き』だそうです(*^^*)

ついでに
世界体操東京2011Facebookより
『クッキーで国旗掲揚』(*^^*)


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