とはいっても
懐かしい光景は
日本中に、いたる所に存在するはずです。
では
わたしが
熱望する光景とはなんなのでしょう
それは
無秩序の中での
秩序とでもいいましょうか
矛盾を内包した世界です
なんでも包み込んでしまう、
たくましい雑多な空間
そこは
人間一人一人は不器用だけど
心根の優しい人たちがいる場所がある、、、
弱いひとでも存在できる『居場所』があるのです。
東京 日野
そこは昔、
食べ物屋さんの匂いが
街の路地の隅々までぬりこまれ
お醤油のような香りを放っていました
出汁の匂い
鰹、みりん、醤油
商店街でとくに香りを際立たせていたのは
わたしの家
我が家だった。
蕎麦屋の娘として育ったわたしには
幼い頃から、この香りが
染み付いている。
そしていまだにこの歳まで
すっかり細胞にまで染み込んでしまっている。
これは言葉では説明できないのだけど
私の匂い
そして色なのだ。
商店街に連なるひとつひとつのお店が
おとうちゃん
おかあちゃん
が、いた。
わが城の主となり、みなが、技を磨く
朝早く
夜は寝るのが早い単調な生活なんだけど
おとうさんは
夢と希望をみていた
夕方、酒かっくらって
子供たちが走り回る大広間で
腹をだして寝ているんだけど
堂々と寝るお父さんが
わたしが一番安心する姿だった。
一見
毎日同じようだけど、けして同じではない時の時間
人は毎日磨かれていく
そして両手に叩きこまれた技は
確実にお客様の舌を唸らせ魅了していく
お客さんは
主人の目をみて
ぼそっと呟くようにいう
『またくるよ~』
という顔は
あの、地味な
犬ふぐりの花のように優しい。
店の壁に
染み込んだ匂いや
暖簾の奥にみえる湯気
そこに
あたりまえのように笑顔と家族の夢があった
いまの時代忘れさられてしまった
においと色
野花のような
笑顔、、、
わたしは
今だからこそ
あそこにいきたい
我が子にも
いかせてあげたい。
路地や草道が迷路のように出来ているのが
もしかしたら
『本来の町』
なのではないだろうか、、、
と、ふと思ったりする
そこは
飲まないつもりが暖簾をかいくぐりたくなる
衝動を刺激されるのは
汗と血と出汁の匂いなのかな
店をでても
またまた一杯飲みたくなっちゃう
そんな町には
いたるところにトリックが張り巡らされているのでしょうね。
わたしのお父さんの店
醤油の染み込んだお蕎麦屋さんは
風来坊のようなおじちゃんが
熱かんと
蕎麦をたぐる
店でした
ずるずる~
とっくりでお猪口に、とくとくっ~
『おぉっと~』
ごくっ!
『あぁ
うめえ~プハァプハァ』
おじちゃんの後ろ姿は
子供心にこう思ったもんだ
『幸せそうだなぁ~』
あたしのお父ちゃんは、頑固もの
一生懸命
家族のために働いて、酒飲んでぶったおれていた。
幼いあたしの目線は
『おとうちゃん、これは、今日1日の自分へのご褒美なんだね』
って、思って
じっ~と見ていた
あきもせず
あたし
大好きなおとうちゃんを
じっ~と見ていた。
そんなわけでね、
もう、東京には少なくなってしまったのです。
こんな、わたしが追いかける
世界が
でも
みなさん!
大阪にはあったの
だからみんなも
なにか
大切な拾い物をしたかったら
大阪に来たらいいと思う
そんな思いを
あつく抱きながら
朝日劇場の扉を開いたわたし
鼻腔に懐かしい匂いがする
おしろい、の香りに酔った。
光と蜃気楼のような世界の中で
遠くで
おばちゃん達のざわめきが
聞こえる
そこは
懐かしの
失われた
東京日野
だった
出汁の匂いがたちこめる
お蕎麦屋さんだった。
涙が
そっと
心のなかに
流れた。