2018年07月

『なまくら』ロケハン⭐右京区小倉山"落柿舎"


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       《入り口です》

JR 嵯峨嵐山駅から徒歩15分

落柿舎~らくししゃ~は、

元禄時代の俳人、向井去来(むかいきょらい)の庵です。

松尾芭蕉の高弟だった去来、芭蕉は3度落柿舎を訪れ、あの「嵯峨日記」をこちらの庵で書いたといいますから

歴史的に大変貴重な場所です。

敷地内は、木々と小さな草花があり
落ち着いた佇まい。

その中に、
茅葺き屋根の家が2棟ありました。

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     《縁側から見える奥の間》

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         《次庵》

入り口近くの家に入り
土間からおくどさん(炊事場)を見ると

薄明かり中に、竃や、井戸跡がありました。酒徳利や、木の柄杓、蝋燭たて

想像がかきたてられ
昔の暮らしの匂いがしてきます。

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庭先には、いくつもの歌碑があり
訪れる人を俳句の世界に誘ってくれます

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       《松尾芭蕉の句》
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        《虚子の句》
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      《昭憲皇太后の句》
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       《可都三の句》
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        《栢年の句》
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       《芝蘭子の句》
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        《俳人塔》

"落柿舎"

その名前は、庭にある柿の木40本から、一夜にして柿が殆ど落ちた

という逸話が、由来です。

時代劇の撮影地としても有名で
歴史観光スポットとしても貴重な

何回もたずねたくなる場所でした。

本物は違います。

柱一本

部屋ひとつ

味わいがあり

何時間でもそこにいたくなります。

ここで
映画をとりたいです! 









摩訶不思議⭐繭糸の色の秘密《なまくら映画製作番外編》

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先日、丹波生活衣振興会のおばあちゃんから

繭のお話しを聞かせて頂きました。

写真にある3つの繭ですが

右にある繭は、皆様ご存知の白い繭

中央の黄色い繭は、エサとなる桑の葉に入っているカロチノイドという養分を発色出来る蚕がつくった繭です。

調べると、本来の繭は"黄色い"と
記述があり驚きました。

白い繭の方が、突然変異だったとのこと

後年は、白い糸を吐く蚕が
量産されるようになりました。


そして、左の少し大きめの繭は
『ヤママユ』と言います。薄緑色が綺麗ですね。


お話しによると、一匹の蚕が吐く糸の量は、環境によって随分違うのだそうです。

軽い繭、重い繭

持っただけでわかるといいます。

だから重い繭がとれる家は

「あそこの家のお蚕さんは、沢山糸がとれる」

という評判がたったそうです。

また、糸を吐く前の蚕は、首の辺りが
透き通ってくるという話に驚きました。

沢山の蚕の中から

糸をは吐きそうな蚕を選りすぐり、別のところに集める、という作業があります。

逆に、糸を吐ききらず
途中で死んでしまった蚕の繭は

"屑繭"となります。

可愛そうな気もしますけれど
それはそれで、真綿の原料になる。

四角い真綿は、お祝い事があると
のし紙に包んで持っていったものだと
おばあちゃんは、おっしゃっていました

聞くほどに
無駄がない、無駄にしない!

本当に頭が下がります。


『なまくら』中野広之組⭐"丹波生活衣振興会"のおばあちゃん達に"チョボイチ"上映会

前回の続きでございます

“養蚕”も盛んだった福知山は“絹織物”も有名です。

40年間以上、
家で養蚕をしていたおばあちゃんがその頃の話をしてくださいました。

「住まいのほとんどのスペースがお蚕さんの棚だったので、人間は家の端で生活していたんですよ。生活を成り立たせていたのはお蚕さんだったから、家族で大切にしていました。それが、当たり前の生活でした」


木綿織物も絹織物も、途方もない労力と時間をかけて
一本の反物ができます。


“糸一本、端切れひとつ、決して無駄にしない”

という精神が
おばあちゃんたちの話を聞いてわかりました。

2時間程お話を伺い、私からも映画『なまくら』の話をさせて頂きました。

原作本を開き、短編7編を毎年映画化していること。

今回"赤い番傘"を撮影させていただきたいとお話すると

熱心に話を聞いてくださいました。

今までの作品を是非見たいと言って頂きました。

渾身の作品
『チョボイチ』を上映しました。

懐かしそうにみているおばあちゃん。

最後のテロップが終わり
静かな余韻とすすり泣きのあと

「ありがとう」と言って頂きました。

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それから、

場所を移動して倉庫にある貴重な品々を出してきてくださり、着物や帯、小物の解説を聞くことが出来ました。

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 《河口三千子さんのコレクションを含めた品々は、シリアル番号で記録されています》
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   《家紋が刺繍された"ふくさ"》

"赤い番傘"

主人公が働いている古着屋さんに置いてある古着を
福知山のおばあちゃん達に相談しながら揃えていきたいと思いました。

中野広之監督がいうには

古着屋さんにはお針子さんがいて
何人かのおばあちゃんが
着物をほどいたり繋げたしていたのだと思う

みなさんに出てもらいたい

といわれていました。

帰りに、貴重な資料と、本を持たせてくださった丹波生活衣振興会のおばあちゃん、そして皆様

本当にありがとうございました 。

映画製作に
腰が座った
たしかな『光』が見えました。

『なまくら』中野組"赤い番傘"ロケハン⭐丹波生活衣振興会のおばあちゃん①

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《丹波生活衣振興会のみなさん・左は歴史アドバイザーをしてくださる先生です。》


丹波の衣文化を後世に伝えていこうと、

明治から昭和の
『木綿織物』
『絹織物』等を収集し、記録・整理を続けているおばあちゃん達がいます。

"丹波生活衣振興会"
皆さん80歳90歳をこえてもなお聡明で

人生の未来も過去もシッカリ見つめている方々凄い興味を持ってしまいました。


さて、『丹波』と一口に申しましても
土地的に入り組んだ歴史があります。


現在
京都府中部、
兵庫県北東部、
大阪府北部

この3つを丹波地方といいます。

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      《丹波地方とは、、》

丹波は一つの県ではないのですね。

三つに分けられて
存在しているのです

廃藩置県の前は
一つだったのでしょう

明治になり
分割されていった国なのだと思います。


丹波の地域性や文化は、

亀岡盆地、
由良(福知山)盆地篠山盆地

の間で密接に関わりあう歴史があったそうです。

最初に丹波生活衣振興会の存在を知ったのは、中野広之監督でした。

丹波に伝わる木綿の着物を守っているおばあちゃん達がいる

おばあちゃん達のお話を、"赤い番傘"にいかしたい、

明治時代の古着屋さんのヒントに必ずなる!

これはかなりの原動力となりました。

『会いたい』
『とにかく会って話したい!』

そう強く願いました。

福知山市の職員さんを通じて、皆様と出会える!という事になりました。

私はプロデューサーとして
朝10時、福知山駅に降り立ち

福知山市丹波生活衣館に到着
待ちうけていて下さったのは

5人のおばあちゃんでした。

暑いなか私なんかのために
集まって頂いたので
かなり恐縮していたた私は、正直緊張していました。

お互いに自己紹介をさせて頂きましたら

いきなり和やかな雰囲気になりました。
はあ、さすがおばあちゃんの懐の広さとか許容する愛情は大きいな!って思いました。

丹波生活衣振興会は
福知山市の染織家、『河口三千子』さんがコレクションした。

丹波地方に伝わる暮らしの衣7000点を
歴史的に検証し、整理、記録、展示をしている団体です。


河口三千子さんが亡くなった今も、収集は続いており

その数は、1万点になるそうです。

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《河口三千子さんの作品・緻密な縞に目を見張ります》
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 《以上3枚も河口さんの作品。軽く柔らかい手触りがしました》

意志を引き継ぎ

なをも精神が受け継がれていくのは
理想中の理想

素晴らしい組織だと思いました。


この財産は、必ず若い人たちを引き寄せる
素晴らしい原石になると思います。


ともに映画を作らせて頂き

努力して
華を咲かさせていただけたら
私達右京太秦芸能人会は本望です。


お話をきいて驚いたのは

一万点の着物、一枚たりと同じ柄はないということでした。

えっ?
なぜ?って、ショッキングな話でした。


世界に一つしかない貴重な一点

だからこそ
会員の皆様は集めているのだとわかりました。


一枚たりとも無駄にせず

そこに、宿る魂を

箪笥の中から
人の前にキラキラ輝かせてあげようと

皆様は努力されている。


印象的なのは
一つとして同じ柄がない着物は

時間も労力も沢山かかる

でも皆様はいいます。

『大変な機織り仕事の中にも、織り手が自分だけの柄をデザインする楽しみが
絶対あったんだ、幸せだったんだ織ることは』

そんな話を聞いて、私はかなり心が躍りました。

②につづく

『時間を決めて予定をこなしていく』

私の出させて頂いているblogは、ホームページにも連動している内容のものもあり

映画なまくらや右京太秦芸能人会に関する内容は会長や顧問の精査があります。

私は元来、文章をまとめたり
取材したことをプロフェッショナルに構成してまとめあげることが苦手なほうです。

4年前は、半日とか1日かけて取材から始まり夜中にリポートをまとめていました。

しかし、
右京太秦芸能人会の仕事を任せていただくようになってから

リポートは1時間、ないしは難しいもので1件2時間以内でまとめないと、次の仕事や取材ができなくなりました。

時間をかけたからといって
いいものが出来るわけではありません。

集中してテーマを決めて的確にまとめるのが近道です。

ちなみにわたしの1日は
様々な資料調べから始まります。

同時に右京太秦芸能人会の受付をして
外部の方の相談や上映の依頼を3件から5件うけます。

それから自分の仕事にでて
夕方事務所に戻り
仲間が仕事を終えて集まってきてから会議が始まります。

その間
blogを出させていただくので

時間を決めて
的確にまとめあげれるようにいまだ特訓しています。

鍛えると少しずつ出来るようになる

楽しく

ときめきをもって挑みたいと思います。



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