2015年05月31日

神楽鈴の巫女3

※今回は『神楽鈴の巫女』とはどういう人間だったか、
 その一生を振り返り、物語風にまとめてみようと思います。
 多少の脚色はあるものの、
 概ね事実に則した内容になるよう心がけました。



むかしむかし、あるところに名も無い神社がありました。
この神社は小高い山の上にあり、辺り一帯の集落の氏神様を祀っていました。
この神社に祀られている神様は、縁結びの神様で、社殿横の梅の御神木を寄り代とし、
子供の姿で、心の綺麗な人の前に現れる
と言い伝えられておりました。

さて、その神社に『神楽鈴の巫女』と呼ばれる少女がおりました。
少女は幼い頃に、流行病で両親を亡くし、頼る親戚もありません。
ひとり寂しく、神社の脇の小さな小屋に暮らしています。

少女は明け方、日の昇る前から起きだして、竹箒片手に境内の掃除を始めます。
(中略)
その顔は晴れやかで、独りぼっちの寂しさなど、微塵も感じさせません。

少女の家系は代々、この神社を守ってきた神主の家系です。
両親も身よりもない今、この神社を守るものは彼女しかいません。
彼女はよわい12歳にして、この神社を守る運命を背負わされたのであります。
女は女手ひとつで、この神社の一切を取り仕切ってきました。

彼女の振るう竹箒を支える、そのか細い腕の
どこにそのような力があるのでしょうか。
健気に日々のお務めに徹するそのさまは、
とても健気で、いじらししゅうてありました。

さて、そんな彼女の姿を遠くから眺めている若者がおりました。
若者の名は、幼馴染君と言いました。
彼は裕福な商家の長男坊で、少女よりもひとまわり上の青年です。

少女は若者に気がついて、会釈します。
「やあ」
彼はさわやかな白い歯を見せて微笑みました。
「おはようございます」
少女は彼のもとへ小走りで駆け寄りました。
少女は背の高い彼を仰ぎ見ます。
「こんな朝早くから、殊勝だね」
彼はそう言って少女の頭を撫でました。
そう、彼にとって、少女は昔から気にかけてきた可愛い妹のような存在です。
「もう子供じゃないんだから」
少女は、うつむいて、はにかみました。
「今夜は年に一度の神楽の日だね」
そう、説明し忘れましたが、この神社では、一年に一度、七夕の日に
神楽の神事が執り行われていました。
ちなみに神楽とは、神に奉納するため奏される歌舞です。

そして、この若者と談笑している、年端もいかない彼女こそ、
今回の神事の主人公であり、独り舞台で神楽を舞う巫女なのです。
ゆえに彼女は皆から『神楽舞の巫女』
あるいは『神楽鈴の巫女』と呼ばれていました。

さて。
少女と若者は、しばらく談笑していましたが、
彼は何か用事を思い出したのか、少女の肩をぽんと叩くと、
「なにか、手伝えることあったら、何なりと言ってよ」
と言い残して、去っていきました。

そう、若者は少女が物心つく以前から、ずっと
身寄りのない彼女を気にかけてきました。
彼は、彼女に、彼ができる精一杯のことをしてきたつもりでした。
もちろん、精神面でも、そして金銭面でも、です。

そして、少女はというと、この若者に絶対の信頼を寄せていました。
「血が繋がっていないにもかかわらず、
 こんな私の面倒を見てくれる。
 実の娘のように可愛がってくれる」
彼女は彼に、大きな恩を感じていました。
だから「いつか、何らかの形で恩返しできたら」と考えていました。

さて、日が暮れ、夜になりました。
今宵は年に一度の神楽の神事が執り行われる日です。
どこからともなく笛の音色が聞こえてきました。
太鼓の音頭に誘われて、神社の境内に、ちらほらと人が集まってきました。
神社の境内には、煌々と松明が灯され、
その光に照らされた社殿が、紅くゆらゆらと揺らめいています。
今、人々が見守る中、境内の中央舞台に、巫女服を着た少女が舞い降りました。
少女は白衣に緋袴という巫女装束に身を包み、
ひらひらとした薄い衣『千早』を羽織っています。
手には鈴のたくさん付いた棒『神楽鈴』を持っています。
彼女は楽器の音色に合わせて、体躯をひるがえしました。
辺りに、鈴の音がシャンシャンと響き渡ります。
時に激しく、時にゆっくりと、彼女は、すり足で舞台場を進みます。
彼女の横顔が、月の光に照らされて、なんとも神秘的です。
まるで壇上に芸能の神アメノウズメノミコトが舞い降りたかのようでした
その小さなアメノウズメは、優雅に舞いながら、天を仰ぎ、
岩戸に篭る天照を、手招きしながら誘い出します。

その光景を、少し離れた場所から眺めている男がいました。
そう、あの幼馴染の若者です。
彼は今、少女の舞を見ながら、物思いにふけっています。

先日のことです。
それは彼が、少女に、改まって話があるといって、
彼女を自宅に呼び出したときのことでした。
彼は意を決して、少女に結婚を切り出しました。
しかし彼女の返事は、あまり色よいものではありませんでした。
彼女はまず「私はまだまだ未熟です」と俯きました。
彼女は続く言葉に詰まりましたが、しかし、続けました。
「少し考えさせてください」
そう言って彼女は正座して、三つ指をつきました。
「私は、こんなに親切にして頂いている、
 あなた様に、多大なるご恩を感じております。
 私は、いつか、あなた様にご恩返しができればと思っております」
「・・・・・・」
「このような身で、あなた様の申し出を
 断る立場にないということも分かっております」
「・・・・・・」
「しかし、私はまだ修行中の身です。
 それに、神社の祭事を奉することができるのは、
 私をおいて他にはいません」
「・・・・・・」
「ですから、今すぐ返事をすることはできません」
彼はその言葉を聞いて、とても落胆しました。

少女が若者との結婚を躊躇した理由。
彼女が若者の前で語った言い訳は、あくまで建前でした。
真の理由は、別のところにあったのです。

女は毎日、日が昇る前から起き出し、
神社境内の掃除をしています。
誰からやれと言われたわけでもありません。
雨の日も風の日も、一日も休んだこともありません。
女にとって、境内の清掃こそが、生きがいでありました。

しかしながら、ここでひとつの疑問が浮かびました。
彼女は毎日毎日、神社の掃除をしていて、
なぜ飽きないのでしょうか。
たかが掃除のために、幼馴染のイケメンとの
玉の輿を躊躇する程の理由があるのでしょうか。
彼女の日々の掃除のモチベーションとは、
いったいなんだったのでしょう。

そうなのです。
実は少女は神様に恋していたのでした。
年頃の女が男に恋をするように、少女は神様に恋していました。
年頃の乙女が男に尽くすように、少女は神様に仕えているのでした。


少女の神への想いは、なから狂信的なものがありました。
少女は、こう考えていました。
両親がなくなったのも、全て運命で、神が仕組まれたことだ」と。

傍から見れば、神がこのような酷い仕打ちをするだろうかと疑問に思うでしょう。
普通の人なら、このような悲惨な目にあったら、神に落胆して、
信仰心を失ってしまうように思うのですが、しかし彼女は違いました。
それどころか、彼女はむしろ、その出来事があったからこそ
「自分は仕事に従事できる」と考えていました。
そして、両親がなくなり、兄弟もおらず、
自動的に自分が神社の跡を継がねばならなくなり、
結婚という逃げ道が狭められたことで
「神は自分を必要としてくれている。
 神から自分しかできない仕事を与えられたのだ」
と考えていました。
さらに、彼女の胸は「自分は神から選ばれたんだ」という
選民的自尊心で満たされてもいました。

もちろん、彼女は純粋な人間です。
毎日、謙虚な気持ちで、神に祈っていました。
私は神様のことを考えると、
 胸が熱くて熱くて、張り裂けそうになります。
 神様は、私の想いを、わかってくれるでしょうか。
 神様に私の思いは、届くでしょうか。
 いや、私の想いなどなど届くはずもない。
 私ははちっぽけな人間です。
 そんなちっぽけな人間の自分ができることは、
 この神様の家である社を祓い清めることだけ

そんな想いで、彼女は毎日、境内にホウキをかけ、
社殿の床を磨いているのでした。

とまあ、彼女の本心はそのようなものでした。
彼女が若者の結婚の誘いを保留にした理由も
わからなくもありません。

つづく。



hiko22 at 23:01│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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