
この11月26日に、高松市在住の私のファンのKさんという私の四番丁小学校の大先輩のお宅で、ホームコンサートを、開催いたしました。
いつも私のコンサートにいらしてくださる方も40人ほどいらして下さいました。また、SNSのグリーで3年前から懇意にさせていただいている、ぼくの作曲作品の自作自演の大好きな、ソムリエの友人もわざわざ東京からいらしてくださって、とても幸せなひと時を過ごせるということに感動された、Kさんが、彼の宿泊の場所まで準備してくださったのですが、東京のソムリエの友人はまともな方なので、いくら私と親しいからと言っても、初対面のその方のホームコンサートに参加させていただくだけでも有難いということで、私の自宅に宿泊していただくことになりました。
ところが、ここから大問題が起こったのです。
元、大阪市の職員で、私が母の介護のために高松にUターンする直前の1992年に、当時の、大阪市長の西尾さんに頼まれて、福島区民文化の集いをプロデュースして、東京で懇意にしていた創作舞踊の大家の日本舞踊家の花柳衛与志さんの舞とピアノのコラボをやって大成功した当時、福島区コミュニティ協会の役員をされていて、面識のあった方で、現在、大阪府吹田市にお住まいの方から、ホームページを見つけたとのことで、懐かしい声で電話をいただいて、現在、定年後奥様と離婚して、1人暮らしだけど、合唱を趣味でやっていること、大阪音大の夜間コースを卒業したことなどをお聞きしたので、この11月26日のホームコンサートのことを言ったところ、高松までいらっしゃることになりました。
で、私の自宅は一人しか泊まれないことから、大阪のテノール奏者が、私のピアノと事前に練習したいとのことで、演奏会の4日前から高松に来て滞在することになりました。そこで、東京のソムリエの友人がビジネスホテルに宿泊することになったので、私は高松の友人が社長をしているビジネスホテルを全部あたって、4000円代で泊まれて、且、部屋の広い「東横イン中新町店」を手配してお迎えしました。
しかし、問題は、大阪のテノール奏者が人格破綻者であったことから、大変な目にあうことになってしまいました。
大阪が値切りの総本山だということを、住友信託銀行で15年間勤務した私はよく知っていましたので、あらかじめ覚悟はしていましたが、すごかったのです。夜が来ると、電気代がもったいないと言って私の自宅の電気を消しまくるのです。また、私のタバコを勝手に何箱も吸ったり、冷凍庫に作って入れていたご飯を勝手に出して電子レンジで温めていっぱい召し上がったり、生卵を召し上がったくらいのことは、目をつぶっていたのですけど、私がカシオの電気ピアノがいいよ、と聞かせたところ、それを買いたいと言って、ぼくの行きつけの、ゆめタウン高松のデオデオへ連れてゆきました。
私は旧知なので、出来るだけ安くしてくださいとお願いしたので、最新の電気ピアノ、78000円を59000円にしてくださったのですけど、ここからが、大阪でしたね。59は数字が悪いので、55にしろ、つまり、55000円にしろ、と値切り倒したのです。あまりにも執拗だったので、ぼくも旧知なので、デオデオの方が折れて、55000円になりました。
ぼくはその時言ったのです。「あなたのせいで、東京の私のソムリエの友人はビジネスホテルに泊まったんだから、彼に、値切った23000円から宿泊代を渡してあげるのが、人間じゃないですか。」と。
すると、彼は、何を思ったのか、デオデオを出たところにある花屋に行って、泊めてくれたぼくのために、シクラメンを買ったのです。ここも値切って1000円で買ったのです。そして、私の自宅に帰ってきて、シクラメンの育て方について、長々とご説明なさったのです。つまり、22000円は自分のポケットマネーに加えたのですね。彼は、高松まで私の伴奏で歌うためにやってきたのです。シクラメンなど、どうでもよかったのですが、「私は大阪音大を卒業したプロだから大丈夫です。」と、その頃はおっしゃっていました。
もし、彼が、抜群のテノール歌手ならそれでもいいでしょう。うちに到着して2日間一切演奏もせずに、値切り倒して買い物をすることを優先させたのですからね。だから、彼が歌いたいと譜面を持ってきた曲でしたから、一発で、「コーレングラード」なんて簡単なイタリア歌曲くらい歌えると思って、私が伴奏した時に、私は、彼に音感が全くないこと、リズム感もメチャクチャだということがわかったので、ついに、頭にきてしまいました。しかも、最後の高域の音が出ないので一度下げてくれと言うのですが、面倒だったので、エンディングだけ適当な転調をして一度下げました。こんなことくらい、作曲家の私は即興で簡単に出来ますけど、作曲家の私をカラオケ扱いするのなら、東京ならばお金を支払うことは常識なのですけど、こんな偽者のプロからお金をいただくと私の芸術性が傷つきますので放置しました。
その日から、私は、態度を豹変させました。私がキレるとちょっと怖いのですよ(笑)。
翌朝、私は、彼のために朝食を準備しました。こんな奴は、お茶漬けでいいのです。漬物も佃煮もいっぱいありましたけど、一切出しませんでしたし、玉露なんて豚に真珠ですから、番茶をかけて食べさせました。「お昼は素晴らしいさぬきうどん店に行きますから、食べない方がいいですよ。」と言って。
そして、近所でも、安いので有名な、うどんの不味い「はすい亭」のかけうどんに連れて行きました。「はなまる」は、私も食べたくないくらい不味いし、大阪にFCが出ているので避けました。美味しくない讃岐うどん店もこういう時には役立つのですよ(笑)。「トッピングなんてしないで2玉か3玉食べるのが高松の礼儀ですよ。」なんてデタラメを言いました。あたり前ですけど、行き帰りのタクシー代もぼくの食べる分も全て支払わせましたよ。だって、22000円高松で値切ったのですから、22000円を高松で使わないで大阪に帰らせるようなことは、私は、命がけで阻止するつもりでしたからね(笑)。
翌々日、全く初対面の東京の友人がJR高松駅に到着して会った時に、私は、ほっとしました。やっと美味しい讃岐うどん店にご案内できると思ったからです。ソムリエの彼は、お土産に、いいワインとシャンパンを持ってきてくれたので良かったです。だって、大阪のテノール奏者はアルコールは一滴も飲めない人でしたから、横取りされる心配もありませんでしたからね。
ぼくは大声で言ってやりましたよ。「どうも遠いところ有難う。大阪と違って、東京は遠いですからね。」さっそく夕食に3人で行った頃から、大阪のテノール奏者の態度が変わりました。東京からアマチュアの私の演奏を聴きに来る人がいることを目のあたりにして驚かれたのでしょう。「明石家」の抜群に美味しい『しっぽくうどん』と『骨付き鳥』と『釜玉うどん』を食べ、東京のソムリエの友人と私はお酒をいただきました。東京のソムリエの友人と私は、お互い大好きなフォーレの歌曲のお話をして盛り上がりましたが、大阪のテノール奏者は、フォーレの歌曲すら一曲も知らない方でした。大阪音大の水準の低さは知っておりましたけど、こんなにひどい水準の大阪音大卒業生にはお会いしたこともありませんでしたので、呆れ果てました。でも、大阪のテノール奏者が、ぼくの東京のソムリエの友人が楽器を演奏したり歌わないことについてなじったので、ぼくは反論しましたよ。「本当にフォーレが好きな方は、感受性豊かだったら、自分がフォーレを演奏したらフォーレを冒涜するんじゃないか、って思う彼の気持ちは良くわかりますよ。だってさあ、彼は慶応大学の商学部、ぼくは早稲田大学の政経学部卒業のアマチュアで、あなたのような音大卒のご立派なプロじゃないのですから。ぼくだっていい演奏会があれば聴きに行きますよ。でも、ぼくは作曲家なので、演奏家と聴衆を差別したりしたことは一度もありません。」普通ならこの痛烈な皮肉は感じるのですけど、彼は、「明石家」のメニューとにらめっこしているのです。値切る準備でしたので、もし、私の生まれ育った高松の「讃岐うどん店」で値切ったら許さないぞ、と、東京のソムリエの友人がお手洗いに行った時に、私は言いました。「このお店、昼間は、讃岐うどん一本でやっているんですよね。かけうどん180円だけど抜群に美味しいので、香川県人は誰一人値切らないですよ。」と。
大阪のテノール奏者が、ぼくに5千円を渡しました。私があなたたちより一回りも年上だから、私が出します。これで、岡田さんが支払ったほうが格好いいから、と言うのです。実に卑しい目つきだったことを私は見逃しませんでした。従って、お勘定が8500円だったので、うちに帰ってから、レシートを見せて3500円を追加で取り上げました。あたり前ですよ。値切り倒すことばかりやっている人は、死ぬまで、「明石家」の存在なんか知らなくていいのですから。あの店に入れただけでも有難く思えばいいのです。カシオの電気ビアノを値切って彼が手にした金額にはまだまだ到達していませんでした。このような金の亡者には、私は、ハムラビ法典の「目には目を」で対応いたします。
翌朝、コンサート本番当日の行動は既に決めていました。スペアキーを、大阪のテノール奏者に渡して、「近所にあるファミレスあたりで食事して、歌の練習をうちでやりなさい。ぼくのピアノと合わせる前に個人練習を要求します。今から、東京のソムリエの友人を今日ぼくが演奏する予定の自作ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園』OP.111のテーマになった、栗林公園とそのすぐそばのうどん店何軒かを案内するのです。でも、本番前に疲れたら、ぼく、あなたの伴奏なんか出来ないかもしれない。」とはっきり言って、東京の友人が泊まっているビジネスホテルまでのタクシー代を要求しました。ここで、彼が、1万円出しても、値切った残金は5千円でしたので、コンサート会場までの3人の行き帰りの手配は、ぼくのファンの社会保険労務士のKさんが、BMBに乗ってやってくるので、ここで、もし、彼が1万円を出したら許してあげようと思っていました。しかし、彼は2000円しか出さなかったので、もう、許さないことに決めました。ぼくは、決定事項の変更はないのです。
こうして、東横イン中新町支店まで行ったら、ぼくが何も言わないのに東京のソムリエの友人が、今日聴かせていただく御礼です、と、1万円を下さいました。彼が下さったブルゴーニュワインは5万円もするものでしたので、もう既に御礼はいただいていたのですが、栗林公園と讃岐うどん店をぼくが本番直前に案内してくれる御礼だ、とおっしゃっていました。3年前に母が逝去して気落ちしていた私とは全く音楽だけでつながっていた彼でしたが、毎年年末には、東京から美味しい切り餅を送って下さっていたのです。金持ちかどうかではなく、大阪のテノール奏者とは人間の格が違うのです。目を見ればわかります。
「岡田さん、本番直前にぼくを讃岐うどん店に案内していて大丈夫ですか。」
「本番前だからこそ、讃岐うどんに限るのですよ。モーツァルトが言ってるじゃない、『音楽は油のように流れるように』。ぼくも作曲家なので『音楽は讃岐うどんのように流れるように』と思ってるのさ(爆)。」
「どうしてモーツァルトなの。」
「うーーーん。それはもちろん、モーツァルトのレクイエムくらいの作品を作曲するまでは、生きてやるぞ、という、ぼくの決意だな。だから、200年位は生きないといけないから大変なんだ(笑)。」
早速、東横イン中新町支店の裏の、「松下製麺所」にご案内し、ラーメンをトッピングしたうどんをご案内しました。いきなり、うどんにラーメンが載って、ネギ、ショウガと、コショウをかけて食べる、本来の讃岐うどんの極地をお見せしました。
「えーーーっ。こんなもの食べたことないや。」
「ここは、香川県、うどんの聖地です。ラーメンはトッピングなんですよ。隣にある天麩羅と同格なんだよな。だけど、ここのイリコのきいたダシはラーメンやコショウとも合うし、何よりも、ここの天かすが、最高に美味しいんだよ。うどんの咽喉越しがいいのはあたり前だから、噛まないで食べてね。」
「でも、こんなに安くて大丈夫なの。」
「大丈夫じゃなかったら、倒産するんじゃない。でも、絶対に大丈夫だよ。ほら、あそこの写真見てよ。グルメの俳優の中尾彬さんもしょっちゅう食べに来ているくらい美味しくて有名だから。ところで、咽喉越しはどうですか。シャンパンと比べて。」
「いやー、本当に、うどんがツルツルと入ってゆくな。美味しい。これがコシなんだな。」
「ここは、毎朝食べに来る固定客がいる製麺所だけど、みんな大体、夕食用に10玉単位で買って帰るんだよ。だから、来店客数よりもたくさん売れるから、昼過ぎには売り切れておしまいなんだ。」
「10玉も買ってどうするの。」
「1人2玉として5人分かな。普通の日だから10玉しか買わないんだよ。法事があったら100玉単位だよ。だけど、一玉80円だから安いでしょう。」
「すげぇー(笑)。」
続いて、東横イン中新町支店の真向かいの、うどんの美味しい喫茶店の「アズマヤ」に行って、うどんの後最高に美味しい『ローゼ』を食べてほっとしていろんな音楽の話をしていたら、旧知の「アズマヤ」の奥様が出てきましたので、おしゃべりしました。
「高松は、個人情報保護法なんか必要のない土地なんですよ。生粋の高松人は、みんな、うどんでつながっています。だって、転勤族を加えても42万人しか住んでいないんだもの(爆)。」
そして、「アズマヤ」の斜め向かいの栗林公園へ行き、ご案内しました。やっとやっと、演奏前の精神状態が作れました。掲載写真は、栗林公園の吹き上げ亭で、東京のソムリエの友人ととったものです。これで大丈夫だと思いました。歌がなくてもぼくのピアノオンリーで今日のお客様は満足していただける状況になったので、ほっとしたら、お腹がすいてきましたので、またまた、うどん屋へ行きました。
まずは、栗林公園の向かいの「上原屋本店」のざるうどんとコロッケ、をいただきました。さすがに彼はグルメでしたね。「上原屋本店」のざるうどんは、大変、気に入ったようです。
「今日はあまり時間もないから、ご案内するところ、ワンノブゼンでごめんね。でも、麺の太さが『松下製麺所』とはまた違うでしょう。」
「岡田さんは、『松下製麺所』と『上原屋本店』のどちらが好きなの。」
「それはもう、朝起きた時の気分です。それが、讃岐うどんのいいところだよ(笑)。」
彼は、既に、限りなく讃岐うどんに感動していました。
続いて、歩いてすぐの藤塚町の「たみ家」の梅干うどんにご案内しました。この店は、トッピングの大根おろしと紀州梅干が無料で取り放題だけど、かけうどん180円なので、毎日食べる人の多いお店です。従ってこしは弱めでダシは優しい味です。
「ここは、どう。」
「全然、こしが違うけど、ここも美味しいな。」
「大根おろしと梅干は体にいいから寄ったんだけど、穴吹工務店本店のすぐそばで、従業員食堂のようなところなんでね。」
マスターに聞くと、倒産したばかりの「穴吹工務店」の状況も聞けました。
東京からいらしてくださったソムリエの友人には、高松市がいかに狭いところか、うどん店でつながっているところかを知っていただきたかったのです。そして、もし、ここ「たみ屋」に、ため池で獲れた寒ブナを使った大根とニンジンを加えた酢味噌和えの、讃岐郷土料理の「てっぱい」(フナのことを『てっぽう』と呼ぶので、「てっぽう和え」がなまって「てっぱい」と呼ばれています。今は、コノシロかサバを使って作ります。)が、お酒のあてに最高なので、食べていただきたかったのですが、なかったので、演奏会後、東京のソムリエの友人と2人で飲みに行く予定にしていた飲み屋のママに電話して、お通しを「てっぱい」にしていただきました。
お腹もいっぱいになったので、田町商店街を2人でぶらぶらして、スーパー「マルナカ」でお土産にいい、大西食品の「醤油豆」を買っていただいて、ホテルに荷物を置いてから、大阪のテノール歌手に電話を入れて、練習をちゃんとしたかどうか、確認しました。彼は完璧だと言ったので、信じてあげましたが、これは大きな間違いでした。がまあ、ともかく、三越高松店の前までタクシーをひらって来るように言いました。
夕食は、3人一緒でしたので、夕食を讃岐名物の、餡餅雑煮にしました。三越から少し片原町を入ったところにある、江戸時代から続く老舗の餅屋さん「エビス屋」が、隣の喫茶で、「餡餅雑煮」を冬季限定でやっていたから、そこへご案内しました。
東京の友人とぼくは、うどんをいろいろいただいたので、ちょうど良かったのですが、大阪のテノール歌手のお腹なんてどーでもよかったのです。お腹でも壊してくれたら、コンサートに出られなくてちょうどいいな、くらいに思っていました。でもまあ、彼はよく食べて元気でした。憎まれっ子世にはばかりますね。
こうして、自宅に戻る途中、社会保険労務士のKさんから電話があったので、少し早めの6時過ぎに、うちにご主人の運転するBMBで迎えに来てくれました。
ホームコンサート開演は8時でしたので、ぼくが、調律してくださったばかりのピアノで指慣らしをするにはちょうどいい時間でした。
お客様は40人もいらしていました。さすがに、地域コミュニティーがしっかり残っているのです。
リハーサルの段階で、ぼくは、大阪のテノール歌手の感受性の欠落に、ついに怒鳴りつけました。音量が全てフォルティシモなのです。
「あなたは、この会場の広さ、残響、感じないのですか。自分の出した歌声がどう響いているのか自分の耳にフィードバック出来ないのですか。ここは、大阪城ホールじゃないんですよ。必要以上に大きな音は、音楽であることをやめて騒音になるのですよ。大体ねえ、大阪音大のピアノ科の仙石教授の弟子のピアニストはメゾフォルテ以上の音量の音しか出せないので有名なんですよ。あなたも、大阪音大でそういう二流未満の教授に習ったから弱音が出せないのですか。」
「いやー。私の恩師はとても情の厚い面倒見のいい先生でした。」
「それはよかったですね。でも、面倒見でピアニシモは出せないですよ。もっと弱い音を出して下さい。お客さんを拷問にかけるおつもりですか。もっと音量を小さくしないのなら、私は、あなたの伴奏なんかやめますよ。キャンセルほど簡単なことはないのです。でも、人様の前で演奏するのなら、死ぬ気でピアニシモを出してください。よろしいですか。ぼくはアマチュアでもいつもそれくらいの気持ちでやっていますよ。あなたは音大卒で、その程度の気構えで自己満足だけの演奏をして恥ずかしくないのですか。」
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さすがに、早くいらしていたお客様もシーンとなりましたので、ぼくはしゃべるのをやめて、気分を和ませるためにジャズを少し弾きましたけど、これで、腹が据わりましたのでよかったです。
自作から、「記憶の底の栗林公園」OP.111、「全世代メドレー2007」をやってから、ショパン「ノクターン OP.9-2」「ノクターン OP.48-1」
大阪のテノール歌手とのデュオで、自作の「田んぼのうた」、イタリア歌曲「コーレングラード」
シューマン「子供の情景」、サティー「ジムノペディー」とやって、
J.S.バッハ「平均律第一巻24番ロ短調フーガ」でおしまいにしました。
そのあとは、リクエストタイムにして、いろいろ演歌からポップスまで5曲ほどやって、最後に、主催のKさんの大好きなシューマンの「トロイメライ」をやりました。
ぼくの自作の「田んぼのうた」の朗読のお客さんの飛び入り出演もあり、東京のソムリエの友人のワインのお話を入れたり、裏千家のお抹茶も出て、さらにチラシ寿司を作ってきてくださったお客さんもいて、とても、楽しいホームコンサートになりました。
ぼく自身、「記憶の底の栗林公園」OP.111と、J.S.バッハ「平均律第一巻24番ロ短調フーガ」は、最高の演奏が出来ました。
10時に終わって、自宅で社会保険労務士のKさんの車を降りた時に、聴きにいらしていたKさん宅出入りの大工さん(この方は、素晴らしい感受性の持ち主でした。母を亡くした悲しみから出来た私の自作組曲「記憶の底の栗林公園」OP.111〔全18曲〕の14番の、『梅林橋の梅』を私が弾いているのを聴いていた時、涙が止まらなくなったので、照れ臭くてお手洗いに入りましたからね。)からいただいた花束を彼女にプレゼントしました。
そして、荷物を置いてすぐに、大阪のテノール歌手は飲めないので、東京のソムリエの友人とぼくの2人で、飲みに行きました。最高に美味しいお酒でした。ママが作ってくれていた「てっぱい」が気に入ってくれたので、嬉しかったです。
で、翌日、東京のソムリエの友人を朝早くからあいている、「こだわり麺や・高松店」でぶっかけうどんとハムエッグフライの朝食にご案内して、高松駅で見送りました。
そのあと、ぼくが自宅に帰っても、あの、値切り大好きな歌の下手糞な大阪のテノール歌手がいるので、社会保険労務士のKさんのご主人の声が良かったので(ぼくはいつも、相手のしゃべる声を聞くと聴いちゃっていますので、大体の判断は出来ます。)、1月にCD収録する「田んぼのうた」のテノールは彼にお願いして、奥様のKさんに朗読していただくことにして連絡し、大阪のテノール歌手が私の自宅の冷蔵庫の卵をたくさん食べてくださってなくなっていたので、それをスーパーで買ってゆっくりと帰りました。
本当に、大阪の人はあつかましいですね。ぼくが冷蔵庫に卵を入れているのに平気な顔をしているのです。
しかも、さらに、あつかましくも、まだ、出発前に食べたいと言うので、演奏会にも聴きにいらしてくださった、近所の行きつけの喫茶店の「M」へ連れて行きました。
「今から、うどんを食べるのなら飲み物だけにしたほうがいいですよ。」
とぼくが言うのに、
「私は毎朝トーストを食べていますから、うどんは嫌です。」
とおっしゃったので、よかった、香川県のこと嫌いになってくれたらいいな、と思いきや、『しっぽくうどん』を最後にもう一回食べたい、と言うのです。
こうして、香川県庁の斜め向かいの「ばん屋」に『しっぽくうどん』を食べにつれて行きました。
でも、ついに、讃岐うどんと讃岐人のぼくを馬鹿にした大阪の彼に、弘法大師のたたりがやってきました。しっぽくうどんを一緒に食べていたら、昼食時で香川県庁の職員でいっぱいだったのですけど、
「岡田さん、こんにちは。お元気ですか。この前の、栗林公園の庭園コンサートに出て下さって有難うございます。」
と、声がかかりました。香川県知事の真鍋さんでした。
ぼくは早速立ち上がって、ご挨拶して、国分寺のコンサートのこともお話して、
「こちらは、大阪市役所をご勇退された後、テノール歌手としてご活躍中の方で、一緒に出演してくださったのですよ。ぼくみたいなアマチュアじゃなく、大阪音大をご卒業されたプロの方なんです。」
と、ご紹介いたしました。真鍋県知事が、全くクラシック音楽に造詣がない方だったので、返事もあらかじめわかっていたからなのです。
「何ておっしゃいましたっけ。大阪音大ですか。ほうーーー。大阪にも音楽大学があるのですか。私は不調法なものですから、東京芸大くらいしか存じ上げなくてすみませんでした。また、岡田さん、いろいろと教えてくださいね。」
大阪のテノール歌手はかなりな衝撃を受けていましたけど、これくらいのことをしないと、ぼくは、高松の聴衆を舐めた彼が許せなかったのです。高松は、田舎だけど、四国の中心都市なのです。ぼくは、大阪ごとき大きな地方都市、しかも、値切ることばっかり考えている非文化的な土地の人間が舐めたことしたら許さないよ、という気持ちだったのです。
「よかったですね。香川県知事にもお会いになったから、心置きなく、大阪にお帰り下さい。」と彼に言って、JR高松駅に連れて行きました。高速バスターミナルで、最後にもう一回、東京のソムリエの友人の宿泊代のことを言いました。
「いやーーー、彼はお金持ちだから甘えていいんじゃないの。」
との、最後まで、拝金主義の大阪らしい回答をいただいたので、もう、二度と彼とのお付き合いはお断りすることに決めました。チャンスは何回も差し上げたのですから。
結局、大阪のテノール歌手は、高松で値切り倒して手にしたお金を全部高松で使わずに、「ヒヒヒヒヒ・・・」と笑いながら、高松を後にしました。
まあ、こんな男に、カシオの電気ピアノが届いても、絶対に上達しないことは明白でしたから、どーでもいいんですけど、彼が値切った金額よりもはるかに大きなものを、彼が失ったことに気づくのは、死ぬ時でしょうね。
皆様も、大阪界隈の知らない人と、ネット上で出会っておつきあいする際には、十分、お気をつけ下さい(笑)。もちろん、全ての大阪人がダメなわけじゃないですよ。でも、ぼくは、値切って会話を楽しんでいるような人達は非文化的なので、あまり好きじゃないのです。
大阪府知事の橋本さんは素晴らしい方です。ぼくは大好きです。だからこそ、作曲家の私はお願いしたい。
「大阪府は『値切り禁止条例』をお作りになることが、今後の若い人達にとっては、一番大切なことですよ」、と(笑)。
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