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秋から冬にかけて、吹く風が冷たく、肌寒くなってくる今の時期、高松に住むうどん大好きな私は、うどん屋さんに食べに行くたびに、毎年、尋ねる言葉が決まっています。



それは、「おしっぽく、やっりょんな?」、です。



讃岐弁のこの言葉は、「しっぽうどんは、もう、始められましたか。」という意味です。










香川県内のほとんどの讃岐うどん店のメニューには、「冬季限定・しっぽくうどん」と書いていますが、これを、讃岐弁では「おしっぽく」と丁寧な言葉で呼ぶのにはちゃんと訳があります。



「しっぽくうどん」を漢字で書くと、「卓袱うどん」となりますが、この、「卓」はテーブル、「袱」はクロスの意味(いずれも、中国語の意味です。)でして、「卓袱台(ちゃぶだい)」の語源になったものが、「卓袱(しっぽく)」なのです。「しっぽくうどん」の「しっぽく」は、もともと、長崎で始まった、「卓袱料理(しっぽくりょうり)」が起源なのです。



長崎で定着した「卓袱料理(しっぽくりょうり)」には、江戸幕府の鎖国政策が関係しています。



ご高承のように、徳川家康が、鎖国をしたのではありません。鎖国体制は二代目の徳川秀忠の時代に始まり三代目の徳川家光の、1641年に完成した体制です。1854年にペリーが来航し、日米和親条約を締結し、下田と函館を開港するまでの、約200年間、日本は鎖国していました。



鎖国の目的は、江戸幕府と相いれないキリシタンを徹底的に禁圧することでしたので、西欧諸国との、外交・対外交通・貿易を取り締まり、制限することが、最も大切なことだったようです。



ところで、鎖国体制の確立は、大変だったようです。というのも、徳川家康が、貿易に熱心だったにもかかわらず、徳川秀忠と徳川家光の時代に、鎖国制度が始められたので、ややこしくなったのですね。



貿易に熱心だった徳川家康は、1604年に朱印船制度を実施していて、これ以後、1635年まで350隻以上の日本船が朱印状を得て海外に渡航しました。朱印船は必ず長崎から出航し、帰港するのも長崎という決まりになっていたようです。



しかし、徳川秀忠と徳川家光の時代に、鎖国制度が始められたので、朱印船の存在が、その狭間で、ややこしくなりました。



1635年、徳川幕府により朱印船が廃止になり、対中国貿易が長崎港に限定されたため、かなりの中国人が長崎に滞在していたこと、1689年に唐人屋敷が整備されるまでは、中国人と日本人が市中に雑居していたことから、お互いに招きあい、食事をする機会も多かったため、「卓袱料理(しっぽくりょうり)」の形態が確立されたのです。



ちなみに、「卓袱料理(しっぽくりょうり)」は、もともと、和風中華のコース料理でした。現在、長崎に残っている「卓袱料理(しっぽくりょうり)」は、敷居の高いコースで、結婚式の披露宴などで振舞われることが多いのだそうですが、当時は、コース料理と言っても、採り箸もなく、直箸で小皿にとって食べていたそうです。



しかし、この、長崎の「卓袱料理(しっぽくりょうり)」は、お吸い物で始まって、さしみ、湯引き、口取り、香の物、豚角煮、アナゴのしんじょ、天麩羅、卵どうふ、スープ仕立ての煮物、御飯、果物、おしるこ、まで、とても素晴らしいコース料理でしたので、直ちに京の都に伝わりました。



そして、京都の郷土料理の「卓袱(しっぽく)うどん」が生まれたと言われています。しっぽく料理のように、いろんなものが入った、という意味で、使われたのであろうと思いますが、京都の「しっぽくうどん」は、しいたけの煮付け、かまぼこ、ゆば、板麩、三葉などを載せたもののことです。さすがは京都ですね。おしゃれで洗練されています。もちろん、大阪など近畿全域に、「しっぽく」は伝わり、私の住む「香川県」にも京都から伝わりました。



また、近畿地方から江戸にも伝わり、「しっぽくそば」が生まれたのだそうです。



従って、讃岐地方において、「しっぽくうどん」のことを、「おしっぽく」と丁寧に呼ぶのは、京の都から伝わってきた、有難いメニューだからなのです。



また、前述のように、「しっぽくうどん」も「しっぽくそば」も、全ての地域において、昔からある食べ物なのです。



でもですね、本州方面から讃岐うどんを食べにいらっしゃる音楽の友人に、しっぽくうどんのことをご案内しても、知らない人が多いのですよね。



広島からいらっしゃった方の反応;「しっぽくうどん、って何なの。特殊な讃岐うどんなの。釜玉みたいなの。」



岡山からいらっしゃった方の反応;「しっぽくうどん、ってそうなの。根菜をたくさん入れた讃岐うどんのことをそう呼ぶの。知らなかったな。」



讃岐うどんにおける、「しっぽくうどん」(正確には「おしっぽく」)は、鶏肉をベースにしたダシに、大根、にんじん、里芋、といった根菜類と、豆腐、 お揚げ、ねぎ、春菊など、を煮込んだものを入れた、かけうどんの一種です。



「おしっぽくうどん」は、秋から冬にかけて、昔から、讃岐地方では、食べ続けられてきた、最も暖まるうどんです。鍋焼きうどんのようなものは、年中、どこのうどん屋にも置いていますので、格段、暖まる、という気はしないのですよ、香川県では。



また、うどんの故郷の香川県には、年越しソバを食べる習慣はなく、ほとんどの家庭で、年越しおしっぽくうどんをいただきます。



年末だけではないのです。お正月にも、おせち料理が一段落したら、「年明けうどん」を食べるのです。これには、残ったお餅を天麩羅にして載せて食べたり、各家庭で、様々ですけど、ともかく、うどんを食べるのです。



私が子供の頃、風邪をひいたら、母が、「かき卵うどん」を作ってくれました。が、少し良くなると「おしっぽくうどん」を作って、ネギとショウガを山のように入れてくれました。



考えてみると、栄養的に、理にかなっているのですけど、必ず、うどんで、ソバやラーメンではありませんでしたね。










さて、最初の讃岐弁の対話に戻りましょうね。



「おしっぽく、やっりょんな?」(しっぽうどんは、もう、始められましたか、の意)



「へぇー。」(はい、始めております、の意)



「ほんなら、それ、いたぁー。」(では、それを下さい、の意)



こうして、オーダーすると、最高に暖まる、冬季限定の、「おしっぽくうどん」が出てくるのです。










掲載写真は、高松市「つるいち」の『しっぽくうどん』、です。







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