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私のホームページ「K.OKADAワールド」

は、四国高松在住の私、作曲家、兼、ピアニストの岡田克彦の世界です。ここの併設ブログは、音楽、四国の温泉と、香川県のさぬきうどん、四国のグルメ、景勝地、温泉等、
それらに加えて、私の母・岡田直子が2006年9月19日に他界したことから痛感した、人間の無常観に基づく社会観察や人生観、ウェブの限界等を中心に書いてゆくことにしています。

作曲、アレンジ、ピアノ、室内楽、コラボ等、音楽全般

鴨料理「銀波亭」等への讃岐うどんの影響5

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松平讃岐藩には、鴨場がいくつもありましたので、鴨は、香川県の名産品です。



またおいおいご案内しますけど、高速道路の高松道の府中湖パーキングエリアは、鴨うどんが美味しいので有名ですけど、鴨に関しては、香川県はほぼ、地産地消なのです。



今回ご紹介するのは、寒くなってきたので、とても暖まる鴨鍋の美味しい、『銀波亭』〔住所:香川県高松市花園町1-2-15 電話:087-862-2131〕という、高松にある、鴨料理専門店です。



高松市花園町という立地から言っても当然ですが、お座敷ばかりの料亭ですので、行かれる時には、予約しておかなくてはなりません。が、特に、高価なわけではなく、リーズナブルな料亭です。



ぼくがこのお店に初めて行ったのは、12年ほど前、仕事でご一緒していた、NTTの方に連れて行ってもらった時でしたが、あまりの美味しさに、その後、友人や、まだ元気だった母と何回か行きました。



さて、食べ方は、お料理を運んできてくれる仲居さんが親切に説明してくれるのですが、まず、鴨団子、葱、野菜などを入れて、煮立って来たら、鴨肉をしゃぶしゃぶのようにして食べるのです。この食べ方にはびっくりしたのですけど、本当に美味しいのですよ。



そしてそして、さらに驚いたことは、最後のシメに鍋にうどんを入れるのですが、これが、なんとなんと、あの「おそるべきさぬきうどん」登場のさぬきうどん店で一番人気の「山越」のうどんなんですよ。



えーーーっ、ここで、あの、コシはあるけど、ふわーっとしている、別名、さぬきうどんカルボナーラと呼ばれる、釜玉うどんで有名な、「山越」のうどんが食べれるなんて、と感動していただきました。当然、素晴らしく美味しいのです。



大体、高松市内は、うどん店が多く、鍋料理も、最後にうどんを入れる、鶏がらスープで、瀬戸内海の魚介類と讃岐豚を入れた寄せ鍋の「うどんすき」が一番ポピュラーなのですが、「うどんすき」ばかり食べているわけじゃないのですよ。しゃぶしゃぶ、ちゃんこ、すき焼き、等、いろいろあります。



しかし、うどんというパスタは食文化の領域では一定の守備範囲を持っていますので、細かく見てゆくとぼくも時々、ああ、やっぱり高松だな、と改めて気づくことがあります。



その筆頭が、ここの鴨鍋です。讃岐うどんが全国的ブームになる、はるか前から、ここの鴨鍋の最後は、「山越」のうどんに決まっていましたので、マスコミや映画と関係なく、わかっている人はわかっていたのです。



鍋物の最後を雑炊、うどん、ラーメンのどれにするか、いろいろありますが、高松では本格的な手打ちうどんと比較されますのでシビアなのです。どの製麺所のうどんを入れるかで集客力が決まっちゃうのですから、大変だと思います。



また、サラダうどんは、よく、ファミレスもメニューに入れてますけど、高松市では本格的な老舗讃岐うどん店のメニューに入っていて、うどんの麺そのものが全然違っていて素晴らしく美味しく、値段も300円以上しませんので、生粋の高松人は、ファミレスでは、サラダうどんは絶対に注文しないです。



さらに、パスタ専門イタリア料理店の『アッカカルダ』のスパゲッティが高松では一番人気なのですけど、ここのアルデンテは、讃岐うどんを研究してそのこしを取り入れるために圧力鍋を使っているのです。それくらい住民のパスタの評価は厳しいのです。



しかし、高松市の、土佐料理専門店「いちびき」の『そうめん』、ラーメン店「よって屋」の『ラーメン』、日本蕎麦店「古川」の『ざる蕎麦』、のように、美味しいパスタを提供していることが認められたお店は、高松では実力が認められてすぐに流行ります。が、それを持続させることが讃岐うどん店との値段の勝負になるので、これらのお店は、讃岐うどん店より高い付加価値を提供するという努力をしています。



「アッカカルダ」はオリーブオイル、「いちびき」は、土佐料理のウツボのたたき、「よって屋」は、サイドメニューのおでんと焼き鳥で勝負をかけています。また、「古川」は、週に何日か、胡弓のライブ演奏を無料で提供して、タフェルムジーク(食卓の音楽)を楽しめるお蕎麦屋さんにしています。それぞれ切り札とアイデアで讃岐うどん店に負けない工夫をしています。



特に、ぼくは、「古川」のライブはびっくりしましたけど、ざる蕎麦と胡弓の響きはとてもよく合うので、うどん屋に行くことが多い中でも、「古川」のざる蕎麦は別格なのです。



高松近辺在住の方は、讃岐うどんについて語る前に、是非、このあたりのお店は、全て、食べに行くべきですよ。「灯台もと暗し」にならないためにも、讃岐うどん文化が与えている地元のうどん以外の料理店への影響を見ないと、ただのふるさと自慢になってしまうと、ぼくは感じています。



そんなふるさと自慢ばかりしていたら、きっと、讃岐うどんを始めて下さった、香川県出身の弘法大師は、悲しむと思いますからね。



掲載写真は、「そば処 古川」の、『せいろと地のエビ天ぬくそば』(945円)〔胡弓のライブ演奏付き〕、です。



この945円の蕎麦を、高いと見るか安いと見るかは、それを食べる人が、胡弓の生演奏を楽しめるかどうかに関わっていることですね。そんな余計なものいらないから安くしろ、という方もいらっしゃると思います。でも、とりあえずは食べてみたほうがいいとぼくは思います。食わず嫌いは、視野を狭くしますし、それは、感受性の摩滅につながると思うからです。



ぼくが、拝金主義者が嫌いな理由は、このあたりにありますね。



とりあえず、安く食べて残ったお金で何をするのでしょうか。貯金、投資、なんてマクロ経済学用語で表現できる程度のものに残ったお金を回すくらい精神的に貧しいことはないと、ぼくは思うんですけど。

















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「11月26日の、高松市国分寺町でのホームコンサートを終わって」5

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この11月26日に、高松市在住の私のファンのKさんという私の四番丁小学校の大先輩のお宅で、ホームコンサートを、開催いたしました。



いつも私のコンサートにいらしてくださる方も40人ほどいらして下さいました。また、SNSのグリーで3年前から懇意にさせていただいている、ぼくの作曲作品の自作自演の大好きな、ソムリエの友人もわざわざ東京からいらしてくださって、とても幸せなひと時を過ごせるということに感動された、Kさんが、彼の宿泊の場所まで準備してくださったのですが、東京のソムリエの友人はまともな方なので、いくら私と親しいからと言っても、初対面のその方のホームコンサートに参加させていただくだけでも有難いということで、私の自宅に宿泊していただくことになりました。



ところが、ここから大問題が起こったのです。



元、大阪市の職員で、私が母の介護のために高松にUターンする直前の1992年に、当時の、大阪市長の西尾さんに頼まれて、福島区民文化の集いをプロデュースして、東京で懇意にしていた創作舞踊の大家の日本舞踊家の花柳衛与志さんの舞とピアノのコラボをやって大成功した当時、福島区コミュニティ協会の役員をされていて、面識のあった方で、現在、大阪府吹田市にお住まいの方から、ホームページを見つけたとのことで、懐かしい声で電話をいただいて、現在、定年後奥様と離婚して、1人暮らしだけど、合唱を趣味でやっていること、大阪音大の夜間コースを卒業したことなどをお聞きしたので、この11月26日のホームコンサートのことを言ったところ、高松までいらっしゃることになりました。



で、私の自宅は一人しか泊まれないことから、大阪のテノール奏者が、私のピアノと事前に練習したいとのことで、演奏会の4日前から高松に来て滞在することになりました。そこで、東京のソムリエの友人がビジネスホテルに宿泊することになったので、私は高松の友人が社長をしているビジネスホテルを全部あたって、4000円代で泊まれて、且、部屋の広い「東横イン中新町店」を手配してお迎えしました。



しかし、問題は、大阪のテノール奏者が人格破綻者であったことから、大変な目にあうことになってしまいました。



大阪が値切りの総本山だということを、住友信託銀行で15年間勤務した私はよく知っていましたので、あらかじめ覚悟はしていましたが、すごかったのです。夜が来ると、電気代がもったいないと言って私の自宅の電気を消しまくるのです。また、私のタバコを勝手に何箱も吸ったり、冷凍庫に作って入れていたご飯を勝手に出して電子レンジで温めていっぱい召し上がったり、生卵を召し上がったくらいのことは、目をつぶっていたのですけど、私がカシオの電気ピアノがいいよ、と聞かせたところ、それを買いたいと言って、ぼくの行きつけの、ゆめタウン高松のデオデオへ連れてゆきました。



私は旧知なので、出来るだけ安くしてくださいとお願いしたので、最新の電気ピアノ、78000円を59000円にしてくださったのですけど、ここからが、大阪でしたね。59は数字が悪いので、55にしろ、つまり、55000円にしろ、と値切り倒したのです。あまりにも執拗だったので、ぼくも旧知なので、デオデオの方が折れて、55000円になりました。



ぼくはその時言ったのです。「あなたのせいで、東京の私のソムリエの友人はビジネスホテルに泊まったんだから、彼に、値切った23000円から宿泊代を渡してあげるのが、人間じゃないですか。」と。



すると、彼は、何を思ったのか、デオデオを出たところにある花屋に行って、泊めてくれたぼくのために、シクラメンを買ったのです。ここも値切って1000円で買ったのです。そして、私の自宅に帰ってきて、シクラメンの育て方について、長々とご説明なさったのです。つまり、22000円は自分のポケットマネーに加えたのですね。彼は、高松まで私の伴奏で歌うためにやってきたのです。シクラメンなど、どうでもよかったのですが、「私は大阪音大を卒業したプロだから大丈夫です。」と、その頃はおっしゃっていました。



もし、彼が、抜群のテノール歌手ならそれでもいいでしょう。うちに到着して2日間一切演奏もせずに、値切り倒して買い物をすることを優先させたのですからね。だから、彼が歌いたいと譜面を持ってきた曲でしたから、一発で、「コーレングラード」なんて簡単なイタリア歌曲くらい歌えると思って、私が伴奏した時に、私は、彼に音感が全くないこと、リズム感もメチャクチャだということがわかったので、ついに、頭にきてしまいました。しかも、最後の高域の音が出ないので一度下げてくれと言うのですが、面倒だったので、エンディングだけ適当な転調をして一度下げました。こんなことくらい、作曲家の私は即興で簡単に出来ますけど、作曲家の私をカラオケ扱いするのなら、東京ならばお金を支払うことは常識なのですけど、こんな偽者のプロからお金をいただくと私の芸術性が傷つきますので放置しました。



その日から、私は、態度を豹変させました。私がキレるとちょっと怖いのですよ(笑)。



翌朝、私は、彼のために朝食を準備しました。こんな奴は、お茶漬けでいいのです。漬物も佃煮もいっぱいありましたけど、一切出しませんでしたし、玉露なんて豚に真珠ですから、番茶をかけて食べさせました。「お昼は素晴らしいさぬきうどん店に行きますから、食べない方がいいですよ。」と言って。



そして、近所でも、安いので有名な、うどんの不味い「はすい亭」のかけうどんに連れて行きました。「はなまる」は、私も食べたくないくらい不味いし、大阪にFCが出ているので避けました。美味しくない讃岐うどん店もこういう時には役立つのですよ(笑)。「トッピングなんてしないで2玉か3玉食べるのが高松の礼儀ですよ。」なんてデタラメを言いました。あたり前ですけど、行き帰りのタクシー代もぼくの食べる分も全て支払わせましたよ。だって、22000円高松で値切ったのですから、22000円を高松で使わないで大阪に帰らせるようなことは、私は、命がけで阻止するつもりでしたからね(笑)。



翌々日、全く初対面の東京の友人がJR高松駅に到着して会った時に、私は、ほっとしました。やっと美味しい讃岐うどん店にご案内できると思ったからです。ソムリエの彼は、お土産に、いいワインとシャンパンを持ってきてくれたので良かったです。だって、大阪のテノール奏者はアルコールは一滴も飲めない人でしたから、横取りされる心配もありませんでしたからね。



ぼくは大声で言ってやりましたよ。「どうも遠いところ有難う。大阪と違って、東京は遠いですからね。」さっそく夕食に3人で行った頃から、大阪のテノール奏者の態度が変わりました。東京からアマチュアの私の演奏を聴きに来る人がいることを目のあたりにして驚かれたのでしょう。「明石家」の抜群に美味しい『しっぽくうどん』と『骨付き鳥』と『釜玉うどん』を食べ、東京のソムリエの友人と私はお酒をいただきました。東京のソムリエの友人と私は、お互い大好きなフォーレの歌曲のお話をして盛り上がりましたが、大阪のテノール奏者は、フォーレの歌曲すら一曲も知らない方でした。大阪音大の水準の低さは知っておりましたけど、こんなにひどい水準の大阪音大卒業生にはお会いしたこともありませんでしたので、呆れ果てました。でも、大阪のテノール奏者が、ぼくの東京のソムリエの友人が楽器を演奏したり歌わないことについてなじったので、ぼくは反論しましたよ。「本当にフォーレが好きな方は、感受性豊かだったら、自分がフォーレを演奏したらフォーレを冒涜するんじゃないか、って思う彼の気持ちは良くわかりますよ。だってさあ、彼は慶応大学の商学部、ぼくは早稲田大学の政経学部卒業のアマチュアで、あなたのような音大卒のご立派なプロじゃないのですから。ぼくだっていい演奏会があれば聴きに行きますよ。でも、ぼくは作曲家なので、演奏家と聴衆を差別したりしたことは一度もありません。」普通ならこの痛烈な皮肉は感じるのですけど、彼は、「明石家」のメニューとにらめっこしているのです。値切る準備でしたので、もし、私の生まれ育った高松の「讃岐うどん店」で値切ったら許さないぞ、と、東京のソムリエの友人がお手洗いに行った時に、私は言いました。「このお店、昼間は、讃岐うどん一本でやっているんですよね。かけうどん180円だけど抜群に美味しいので、香川県人は誰一人値切らないですよ。」と。



大阪のテノール奏者が、ぼくに5千円を渡しました。私があなたたちより一回りも年上だから、私が出します。これで、岡田さんが支払ったほうが格好いいから、と言うのです。実に卑しい目つきだったことを私は見逃しませんでした。従って、お勘定が8500円だったので、うちに帰ってから、レシートを見せて3500円を追加で取り上げました。あたり前ですよ。値切り倒すことばかりやっている人は、死ぬまで、「明石家」の存在なんか知らなくていいのですから。あの店に入れただけでも有難く思えばいいのです。カシオの電気ビアノを値切って彼が手にした金額にはまだまだ到達していませんでした。このような金の亡者には、私は、ハムラビ法典の「目には目を」で対応いたします。



翌朝、コンサート本番当日の行動は既に決めていました。スペアキーを、大阪のテノール奏者に渡して、「近所にあるファミレスあたりで食事して、歌の練習をうちでやりなさい。ぼくのピアノと合わせる前に個人練習を要求します。今から、東京のソムリエの友人を今日ぼくが演奏する予定の自作ピアノ組曲『記憶の底の栗林公園』OP.111のテーマになった、栗林公園とそのすぐそばのうどん店何軒かを案内するのです。でも、本番前に疲れたら、ぼく、あなたの伴奏なんか出来ないかもしれない。」とはっきり言って、東京の友人が泊まっているビジネスホテルまでのタクシー代を要求しました。ここで、彼が、1万円出しても、値切った残金は5千円でしたので、コンサート会場までの3人の行き帰りの手配は、ぼくのファンの社会保険労務士のKさんが、BMBに乗ってやってくるので、ここで、もし、彼が1万円を出したら許してあげようと思っていました。しかし、彼は2000円しか出さなかったので、もう、許さないことに決めました。ぼくは、決定事項の変更はないのです。



こうして、東横イン中新町支店まで行ったら、ぼくが何も言わないのに東京のソムリエの友人が、今日聴かせていただく御礼です、と、1万円を下さいました。彼が下さったブルゴーニュワインは5万円もするものでしたので、もう既に御礼はいただいていたのですが、栗林公園と讃岐うどん店をぼくが本番直前に案内してくれる御礼だ、とおっしゃっていました。3年前に母が逝去して気落ちしていた私とは全く音楽だけでつながっていた彼でしたが、毎年年末には、東京から美味しい切り餅を送って下さっていたのです。金持ちかどうかではなく、大阪のテノール奏者とは人間の格が違うのです。目を見ればわかります。



「岡田さん、本番直前にぼくを讃岐うどん店に案内していて大丈夫ですか。」



「本番前だからこそ、讃岐うどんに限るのですよ。モーツァルトが言ってるじゃない、『音楽は油のように流れるように』。ぼくも作曲家なので『音楽は讃岐うどんのように流れるように』と思ってるのさ(爆)。」



「どうしてモーツァルトなの。」



「うーーーん。それはもちろん、モーツァルトのレクイエムくらいの作品を作曲するまでは、生きてやるぞ、という、ぼくの決意だな。だから、200年位は生きないといけないから大変なんだ(笑)。」



早速、東横イン中新町支店の裏の、「松下製麺所」にご案内し、ラーメンをトッピングしたうどんをご案内しました。いきなり、うどんにラーメンが載って、ネギ、ショウガと、コショウをかけて食べる、本来の讃岐うどんの極地をお見せしました。



「えーーーっ。こんなもの食べたことないや。」



「ここは、香川県、うどんの聖地です。ラーメンはトッピングなんですよ。隣にある天麩羅と同格なんだよな。だけど、ここのイリコのきいたダシはラーメンやコショウとも合うし、何よりも、ここの天かすが、最高に美味しいんだよ。うどんの咽喉越しがいいのはあたり前だから、噛まないで食べてね。」



「でも、こんなに安くて大丈夫なの。」



「大丈夫じゃなかったら、倒産するんじゃない。でも、絶対に大丈夫だよ。ほら、あそこの写真見てよ。グルメの俳優の中尾彬さんもしょっちゅう食べに来ているくらい美味しくて有名だから。ところで、咽喉越しはどうですか。シャンパンと比べて。」



「いやー、本当に、うどんがツルツルと入ってゆくな。美味しい。これがコシなんだな。」



「ここは、毎朝食べに来る固定客がいる製麺所だけど、みんな大体、夕食用に10玉単位で買って帰るんだよ。だから、来店客数よりもたくさん売れるから、昼過ぎには売り切れておしまいなんだ。」



「10玉も買ってどうするの。」



「1人2玉として5人分かな。普通の日だから10玉しか買わないんだよ。法事があったら100玉単位だよ。だけど、一玉80円だから安いでしょう。」



「すげぇー(笑)。」



続いて、東横イン中新町支店の真向かいの、うどんの美味しい喫茶店の「アズマヤ」に行って、うどんの後最高に美味しい『ローゼ』を食べてほっとしていろんな音楽の話をしていたら、旧知の「アズマヤ」の奥様が出てきましたので、おしゃべりしました。



「高松は、個人情報保護法なんか必要のない土地なんですよ。生粋の高松人は、みんな、うどんでつながっています。だって、転勤族を加えても42万人しか住んでいないんだもの(爆)。」



そして、「アズマヤ」の斜め向かいの栗林公園へ行き、ご案内しました。やっとやっと、演奏前の精神状態が作れました。掲載写真は、栗林公園の吹き上げ亭で、東京のソムリエの友人ととったものです。これで大丈夫だと思いました。歌がなくてもぼくのピアノオンリーで今日のお客様は満足していただける状況になったので、ほっとしたら、お腹がすいてきましたので、またまた、うどん屋へ行きました。



まずは、栗林公園の向かいの「上原屋本店」のざるうどんとコロッケ、をいただきました。さすがに彼はグルメでしたね。「上原屋本店」のざるうどんは、大変、気に入ったようです。



「今日はあまり時間もないから、ご案内するところ、ワンノブゼンでごめんね。でも、麺の太さが『松下製麺所』とはまた違うでしょう。」



「岡田さんは、『松下製麺所』と『上原屋本店』のどちらが好きなの。」



「それはもう、朝起きた時の気分です。それが、讃岐うどんのいいところだよ(笑)。」



彼は、既に、限りなく讃岐うどんに感動していました。



続いて、歩いてすぐの藤塚町の「たみ家」の梅干うどんにご案内しました。この店は、トッピングの大根おろしと紀州梅干が無料で取り放題だけど、かけうどん180円なので、毎日食べる人の多いお店です。従ってこしは弱めでダシは優しい味です。



「ここは、どう。」



「全然、こしが違うけど、ここも美味しいな。」



「大根おろしと梅干は体にいいから寄ったんだけど、穴吹工務店本店のすぐそばで、従業員食堂のようなところなんでね。」



マスターに聞くと、倒産したばかりの「穴吹工務店」の状況も聞けました。



東京からいらしてくださったソムリエの友人には、高松市がいかに狭いところか、うどん店でつながっているところかを知っていただきたかったのです。そして、もし、ここ「たみ屋」に、ため池で獲れた寒ブナを使った大根とニンジンを加えた酢味噌和えの、讃岐郷土料理の「てっぱい」(フナのことを『てっぽう』と呼ぶので、「てっぽう和え」がなまって「てっぱい」と呼ばれています。今は、コノシロかサバを使って作ります。)が、お酒のあてに最高なので、食べていただきたかったのですが、なかったので、演奏会後、東京のソムリエの友人と2人で飲みに行く予定にしていた飲み屋のママに電話して、お通しを「てっぱい」にしていただきました。



お腹もいっぱいになったので、田町商店街を2人でぶらぶらして、スーパー「マルナカ」でお土産にいい、大西食品の「醤油豆」を買っていただいて、ホテルに荷物を置いてから、大阪のテノール歌手に電話を入れて、練習をちゃんとしたかどうか、確認しました。彼は完璧だと言ったので、信じてあげましたが、これは大きな間違いでした。がまあ、ともかく、三越高松店の前までタクシーをひらって来るように言いました。



夕食は、3人一緒でしたので、夕食を讃岐名物の、餡餅雑煮にしました。三越から少し片原町を入ったところにある、江戸時代から続く老舗の餅屋さん「エビス屋」が、隣の喫茶で、「餡餅雑煮」を冬季限定でやっていたから、そこへご案内しました。



東京の友人とぼくは、うどんをいろいろいただいたので、ちょうど良かったのですが、大阪のテノール歌手のお腹なんてどーでもよかったのです。お腹でも壊してくれたら、コンサートに出られなくてちょうどいいな、くらいに思っていました。でもまあ、彼はよく食べて元気でした。憎まれっ子世にはばかりますね。



こうして、自宅に戻る途中、社会保険労務士のKさんから電話があったので、少し早めの6時過ぎに、うちに、高松市国分寺町の大地主で盆栽農家の跡取りのご主人の運転するBMBで迎えに来てくれました。



ホームコンサート開演は8時でしたので、ぼくが、調律してくださったばかりのピアノで指慣らしをするにはちょうどいい時間でした。



お客様は40人もいらしていました。さすがに、地域コミュニティーがしっかり残っているのです。



リハーサルの段階で、ぼくは、大阪のテノール歌手の感受性の欠落に、ついに怒鳴りつけました。音量が全てフォルティシモなのです。



「あなたは、この会場の広さ、残響、感じないのですか。自分の出した歌声がどう響いているのか自分の耳にフィードバック出来ないのですか。ここは、大阪城ホールじゃないんですよ。必要以上に大きな音は、音楽であることをやめて騒音になるのですよ。大体ねえ、大阪音大のピアノ科の仙石教授の弟子のピアニストはメゾフォルテ以上の音量の音しか出せないので有名なんですよ。あなたも、大阪音大でそういう二流未満の教授に習ったから弱音が出せないのですか。」



「いやー。私の恩師はとても情の厚い面倒見のいい先生でした。」



「それはよかったですね。でも、面倒見でピアニシモは出せないですよ。もっと弱い音を出して下さい。お客さんを拷問にかけるおつもりですか。もっと音量を小さくしないのなら、私は、あなたの伴奏なんかやめますよ。キャンセルほど簡単なことはないのです。でも、人様の前で演奏するのなら、死ぬ気でピアニシモを出してください。よろしいですか。ぼくはアマチュアでもいつもそれくらいの気持ちでやっていますよ。あなたは音大卒で、その程度の気構えで自己満足だけの演奏をして恥ずかしくないのですか。」



・・・・・・・・・・



さすがに、早くいらしていたお客様もシーンとなりましたので、ぼくはしゃべるのをやめて、気分を和ませるためにジャズを少し弾きましたけど、これで、腹が据わりましたのでよかったです。



自作から、「記憶の底の栗林公園」OP.111、「全世代メドレー2007」をやってから、ショパン「ノクターン OP.9-2」「ノクターン OP.48-1」



大阪のテノール歌手とのデュオで、自作の「田んぼのうた」、イタリア歌曲「コーレングラード」



シューマン「子供の情景」、サティー「ジムノペディー」とやって、



J.S.バッハ「平均律第一巻24番ロ短調フーガ」でおしまいにしました。



そのあとは、リクエストタイムにして、いろいろ演歌からポップスまで5曲ほどやって、最後に、主催のKさんの大好きなシューマンの「トロイメライ」をやりました。



ぼくの自作の「田んぼのうた」の朗読のお客さんの飛び入り出演もあり、東京のソムリエの友人のワインのお話を入れたり、裏千家のお抹茶も出て、さらにチラシ寿司を作ってきてくださったお客さんもいて、とても、楽しいホームコンサートになりました。



ぼく自身、「記憶の底の栗林公園」OP.111と、J.S.バッハ「平均律第一巻24番ロ短調フーガ」は、最高の演奏が出来ました。



10時に終わって、自宅で社会保険労務士のKさんの車を降りた時に、聴きにいらしていたKさん宅出入りの大工さん(この方は、素晴らしい感受性の持ち主でした。母を亡くした悲しみから出来た私の自作組曲「記憶の底の栗林公園」OP.111〔全18曲〕の14番の、『梅林橋の梅』を私が弾いているのを聴いていた時、涙が止まらなくなったので、照れ臭くてお手洗いに入りましたからね。)からいただいた花束を彼女にプレゼントしました。



そして、荷物を置いてすぐに、大阪のテノール歌手は飲めないので、東京のソムリエの友人とぼくの2人で、飲みに行きました。最高に美味しいお酒でした。ママが作ってくれていた「てっぱい」が気に入ってくれたので、嬉しかったです。



で、翌日、東京のソムリエの友人を朝早くからあいている、「こだわり麺や・高松店」でぶっかけうどんとハムエッグフライの朝食にご案内して、高松駅で見送りました。



そのあと、ぼくが自宅に帰っても、あの、値切り大好きな歌の下手糞な大阪のテノール歌手がいるので、社会保険労務士のKさんのご主人の声が良かったので(ぼくはいつも、相手のしゃべる声を聞くと聴いちゃっていますので、大体の判断は出来ます。)、1月にCD収録する「田んぼのうた」のテノールは彼にお願いして、奥様のKさんに朗読していただくことにして連絡し、大阪のテノール歌手が私の自宅の冷蔵庫の卵をたくさん食べてくださってなくなっていたので、それをスーパーで買ってゆっくりと帰りました。



本当に、大阪の人はあつかましいですね。ぼくが冷蔵庫に卵を入れているのに平気な顔をしているのです。



しかも、さらに、あつかましくも、まだ、出発前に食べたいと言うので、演奏会にも聴きにいらしてくださった、近所の行きつけの喫茶店の「M」へ連れて行きました。



「今から、うどんを食べるのなら飲み物だけにしたほうがいいですよ。」



とぼくが言うのに、



「私は毎朝トーストを食べていますから、うどんは嫌です。」



とおっしゃったので、よかった、香川県のこと嫌いになってくれたらいいな、と思いきや、『しっぽくうどん』を最後にもう一回食べたい、と言うのです。



こうして、香川県庁の斜め向かいの「ばん屋」に『しっぽくうどん』を食べにつれて行きました。



でも、ついに、讃岐うどんと讃岐人のぼくを馬鹿にした大阪の彼に、弘法大師のたたりがやってきました。しっぽくうどんを一緒に食べていたら、昼食時で香川県庁の職員でいっぱいだったのですけど、



「岡田さん、こんにちは。お元気ですか。この前の、栗林公園の庭園コンサートに出て下さって有難うございます。」



と、声がかかりました。香川県知事の真鍋さんでした。



ぼくは早速立ち上がって、ご挨拶して、国分寺のコンサートのこともお話して、



「こちらは、大阪市役所をご勇退された後、テノール歌手としてご活躍中の方で、一緒に出演してくださったのですよ。ぼくみたいなアマチュアじゃなく、大阪音大をご卒業されたプロの方なんです。」



と、ご紹介いたしました。真鍋県知事が、全くクラシック音楽に造詣がない方だったので、返事もあらかじめわかっていたからなのです。



「何ておっしゃいましたっけ。大阪音大ですか。ほうーーー。大阪にも音楽大学があるのですか。私は不調法なものですから、東京芸大くらいしか存じ上げなくてすみませんでした。また、岡田さん、いろいろと教えてくださいね。」



大阪のテノール歌手はかなりな衝撃を受けていましたけど、これくらいのことをしないと、ぼくは、高松の聴衆を舐めた彼が許せなかったのです。高松は、田舎だけど、四国の中心都市なのです。ぼくは、大阪ごとき大きな地方都市、しかも、値切ることばっかり考えている非文化的な土地の人間が舐めたことしたら許さないよ、という気持ちだったのです。



「よかったですね。香川県知事にもお会いになったから、心置きなく、大阪にお帰り下さい。」と彼に言って、JR高松駅に連れて行きました。高速バスターミナルで、最後にもう一回、東京のソムリエの友人の宿泊代のことを言いました。



「いやーーー、彼はお金持ちだから甘えていいんじゃないの。」



との、最後まで、拝金主義の大阪らしい回答をいただいたので、もう、二度と彼とのお付き合いはお断りすることに決めました。チャンスは何回も差し上げたのですから。



結局、大阪のテノール歌手は、高松で値切り倒して手にしたお金を全部高松で使わずに、「ヒヒヒヒヒ・・・」と笑いながら、高松を後にしました。



まあ、こんな男に、カシオの電気ピアノが届いても、絶対に上達しないことは明白でしたから、どーでもいいんですけど、彼が値切った金額よりもはるかに大きなものを、彼が失ったことに気づくのは、死ぬ時でしょうね。



皆様も、大阪界隈の知らない人と、ネット上で出会っておつきあいする際には、十分、お気をつけ下さい(笑)。もちろん、全ての大阪人がダメなわけじゃないですよ。でも、ぼくは、値切って会話を楽しんでいるような人達は非文化的なので、あまり好きじゃないのです。



大阪府知事の橋本さんは素晴らしい方です。ぼくは大好きです。だからこそ、作曲家の私はお願いしたい。



「大阪府は『値切り禁止条例』をお作りになることが、今後の若い人達にとっては、一番大切なことですよ」、と(笑)。












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「もり家」・だしが高松で一番濃厚な名店5

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『うどん作りに「これでいい」と言うものは無い!』 これは、高松市香川町の「もり家」の店主の森田真司さんの言葉です。



『曲作りに「これでいい」と言うものは無い!』 これは、作曲家のぼくの言葉です(笑)。



「本格手打 もり家」(高松市香川町川内原1575-1 087(879)8815 10:30〜20:00(木曜のみ15:00まで) ただし、麺売切れ次第閉店)は、平成13年にオープンした比較的新しいうどんの一般店です。ぼくの大好きな、最高に素晴らしいもちもち系のうどんを食べられるお店です。



一般店なので、セルフ店のように安くはないのですけど、一般店(つまり、席について注文してからちゃんと持って来てくれるお店です。)にしては、かけうどんが180円と、非常に良心的なお店として有名です。



ただし、高松市でも塩江町に向かって行って、高松空港の手前という、うちから車で45分くらいかかる、かなり郡部の方なので、ご紹介が遅れてしましたが、このお店は、高松市中心部からも車に乗って食べに行く人が多く、昼時は行列の出来る店として有名です。



どうして人気があるのかというと、それは、ここのうどんのこしの、独特のもちもち感によります。断水の時に地下水を掘り当てたそうで、以来、その地下水を使って手打ちして、さらに美味しくなったのだそうです。



さてさて、このお店を是非ご紹介したい理由は、まず、このクラスの香川県のさぬきうどんの名店としては、2008年3月17日に、静岡県浜松市に支店を出したということと、遠方の方がさぬきうどんを買って自宅で食べる時には、ここのうどんが一番いいということからなのです。



去年の年初、たまたま、空港の向うにあるJAの支部に仕事で行った帰りに、本当に久しぶりに「もり屋」へ食べに行きました。でも、向かう途中ビックリしたんだけど、かつては、空港通りから県道13号線を東に入っていって大きな坂を2つくらい越えたところにぽつんと一軒「もり家」があっただけなんだけど、「もり家」に到達する前の13号線沿いに、何と、以前ご紹介した、「ぼっこ屋」や「こんぴらうどん」が支店を出していて、さらに、「うどんのはな庄」や「赤松屋」など、うどん屋さんが並んでいたことでした。こんな田舎までさぬきうどんのブームが押し寄せていることに、まず、びっくりしました。



こうして到着したら、まだ、昼の11時前だったんだけど、10時半開店なので、もうほとんど満席でした。



「もり家」の大将の森田さんは、かつて、高松ではナンバーワンだったうどんの老舗「かな泉」で、うどん職人を20年務めてきたベテランですが、「もり家」は自分の考える理想のさぬきうどんを出すために開いたうどん店なのです。



「かな泉」は、バブルの時に不動産の先行投資をやりすぎて、バブル崩壊とともに破綻しそうになったところを、冷凍うどんを売り出そうとしていたので技術者が欲しかった、観音寺市の冷凍食品の「カトキチ」にM&Aされてしまったので、「カトキチ」の冷凍うどんは美味しいのですけど、現在の高松市内の「かな泉」は全然美味しくなくなってしまいました。が、その際、こころあるうどん職人さんは、「かな泉」を離れて独立されている人が多いのです。



また、「もり家」の大将は、NHKの教育番組「明日をつかめ。平成若者仕事図鑑」に出演して、若い後継者の育て方をお話される等、若手の教育にも熱心な方として有名ですので、ご存知の方もいることと思います。さすがに素晴らしい指導者だけあって、うどんの足踏みから手打ちまで、大将自らやっていて、店内にはガラス貼りのスペースで大将が手打ちしたり伸ばしたり麺を切っている一部始終が見れるようになっています。また、一ヶ月に3日程度不定期のお休みがあるのですけど、それは、社員研修のためなので、食べに行く時は事前に電話で問い合わせた方がいいお店です。現在、「もり家」に勤務している男性スタッフ全員を参加させる「製麺コンテスト」などもやっています。



こういった次第で、ここの従業員が全員若い男性なのは、いずれ、独立してうどん店をやりたいと思っているお弟子さんばかりだからなので、感じのいい若い男性のうどん職人の卵が、入口に入ると「いらっしゃいませー。」と元気よく出迎えてくれて、席まで案内してくれるのです。こんなお店はなかなかないですよね。



その去年の年初行った時、何を食べようか、どーしようかな、っていろいろ考えていました。かけや生醤油の方がうどんそのものは楽しめるな、って思っていたからです。でも、若いうどん職人の男の子が、せっかく入口で出迎えてくれて座席まで案内されたので、



「何がおすすめなの。」と聞いてしまいました。25歳前の彼が、まだなれない口調で、



「当店の一番人気は、『かき揚げおろしうどん』でございます。」と言われたので、



「じゃあ、それをお願いします。2玉にしてね。」と言ってしまいました(笑)。すると、彼が、



「あのぅー。」とじっとぼくの顔を見るのです。



「どうかしたの。」と聞くと、



「2玉ですか。」と言われたので、



「そっかー。ここ、1玉が大きいんだよね。」と答えて、「じゃあ、1玉半にして下さい。かけうどんにかき揚げが載ってるんだね。」と言うと、またまた、



「あのぅー、かけではないんです。茹でたうどんにかき揚げとおろしが載ってるんですけど、それに、別に付いただしをかけて食べていただくんです。」



「じゃあ、ぶっかけなんだね。いいよ。ぼく、ぶっかけも大好きだから。暖かい方にしてね。」と言うと、



「あのぅー、それで、上にかけるだしは、少し濃い目なのですけどよろしいですか。」などと言うのです。吹き出しそうになりました。ぶっかけのだしが少し濃い目なのはあたり前じゃない、って思ったけど、たぶん、彼はまだ新米で先輩に言われたとおりちゃんと説明しようと必死なんだな、だから、「あのぅー」が多いんだな、って思って、気に入ってしまいました(笑)ので、



「濃くても薄くても君が出してくれるものは全部食べるから、よろしくね。」と言ってしまったのでした(笑)。



「あのぅー、出来上がるまで、10分程お待ちくださってもいいですか。」



「いいですよ。茹でたてなんだね。」



「はい。あのぅー、茹でますけど、揚げるお時間もいただきますので。」



・・・・・なるほどな。上に載っているかき揚げも今から揚げてくれるんだな、と嬉しくなってしまいました。



経営コンサルタントの仕事柄、敬語教育をすれば、彼は、一発で、そのあたりのホワイトカラーの営業マンよりも完璧に習得できると確信しました。なぜなら、彼の語感は、真っ白なキャンパスで、中途半端な間違えた日本語がインプットされていないからです。



待っている間に、おでんを見に行って、筋肉が美味しそうだったのでとってきましたら、浜松に支店が出て、3月17日が開店だ、というパンフレットがあったのでびっくりしました。



ついに本州に支店を出すんだな。しかも、浜松市の「べんがら横丁」であるということに驚いてしまいました。浜松には大学時代の親友が住んでいるのでいろんな話を聞いて知っているのですけど、確か、「べんがら横丁」っていうのは、ラーメン屋街だったと思ったので、その中に「もり家」が出来るということは、とても面白いな、って思ったのです。だって、メチャクチャ美味しいかけうどんが1玉180円、2玉270円ですよ。セルフじゃないのです。もちろん、天麩羅、おでん、おにぎり、チラシ寿司などは自分で取りにゆけばいいのですけど、お盆を持って並ぶスタイルじゃないのです。また、FCではなく、支店なのです。住所、お問い合わせは下記ですので、浜松駅前近くの方は、是非、いらしてみて下さい。



〒430-0933 浜松市中区鍛冶町新川 プレスタワー西 旧新川駐車場(JR浜松駅北口より徒歩2分) お問い合わせ電話;053-348-1313



こうして約2年前、もし、この「もり家」の支店出店が成功したら、香川県の老舗うどん店も動き出すかもしれないな、って思っていましたが、既に動き出していますね。



が、まだまだだとぼくは思っていますよ。なぜなら東京界隈への本格讃岐うどんの開店が多すぎるからです。だって、埼玉の山奥に開店した某本格讃岐うどん店の『生醤油うどん』、つまり、茹で立てのうどんに味の素と醤油をかけただけの元祖讃岐うどんですが、780円もするのですよ。ネズミが一杯生息している新宿の地下街に比べたら空気はいいかもしれませんけど、都心からそこまで行くのは大変なことです。原因は明らかで、土地代が高すぎるからです。馬鹿げたことです。地方都市が地方都市と連携する際に、どうして、東京を経由しないといけないのでしょう。支店展開にあたっても、地方都市からダイレクトに地方都市という動きがあったら、こんな価格はあり得ないのです。



そうこうしているうちに、『かき揚げおろしうどん』が出てきました。



感動的に美味しかったです。うどんのこしがいいことは知っていたのですけど、かき揚げが揚げたてなので本当に美味しかったのです。エビからサツマイモまでいろんなものが入った大きなかき揚げでした。また、彼の言う、『濃い目のだし』が素晴らしかったので全部飲み干しました。



夢中で食べ終わって、ふうーーーっ、と一息ついてお水を飲み干すと、彼が、お冷をどうぞ、とグラスに注ぎに来てくれましたので、浜松への出店のことをお聞きしました。高松の本店と全く同じスタイルで、手打ちしているところをガラス貼りにして、お客様の席から見えるようにするのだそうです。



さすがは、額に汗して、自ら手打ちしている社長だな、って思いました。たぶん社長自ら、浜松に乗り込むのでしょうね。



さぬきうどん店はこうでなくっちゃいけませんね。大体、「はなまる」のオーナー社長はアパレル畑の人で、自ら手打ちうどんを作ったことのない人でしたからダメになったのです。



12時が近づくにつれ、ぼくが食べている間も、ひっきりなしの来客でした。ふと、隣の席を見ると、近所のおじいさんとおばあさんがいらしていました。おばあさんは、ぶっかけ天ぷらうどんを、おじいさんは、ぶっかけうどんの大を、あっという間に食べてしまって、おばあさんが、「すみません。」と店員さんを呼んでいるのです。そして、「5玉、持って帰るけん、包んでぇた。」と頼んでいるのです。



これなんですよ。これが香川県らしいことなのです。さぬきの人は、うどんを食べに行って、気に入ったこしの「手打ち生うどん」は必ず買って帰って、家でもその日に、また、食べるのです。だから、うどん屋さんがひしめいていても、成り立っているんだな、って再確認しました。



その日から約5日間、ぼくは、毎日「もり家」へ食べに行きました。翌日は『しっぽくうどん』をいただき、ここのダシの美味しさは昆布だしのとり方が上手いことだということも確認しました。5日間連続して食べに行って味が変わらないことも確認しないと、人様に読んでいただくうどんに関する論評なんて書けないと思ったからです。その中で、浜松店長になる予定の森田さんの一番弟子の谷さんなど、いろんな人達とお話できましたので、自信を持って、ご案内できました。浜松市役所から町の活性化のために、ラーメン屋街の真ん中に出て欲しいと依頼があった出店だ、ということもわかりましたし、福岡から来てうどん職人の修行のために働いている若者などともお話できました。



そして5日間、全て美味しかったので、浜松市在住の早稲田大学時代の友人や音楽の友人に連絡したり、ぼくのホームページやブログにも掲載したところ、早速、何人か東京のマイミクさんが新幹線に乗って食べに行って、感想をいただきました。その感想の代表的なものが、うどんにはダシをはるものだと思っていた固定観念が覆された、というものでした。そこで、ぼくも機会があるたびに、ネット上で、祖父が板前だったことから知っている師弟関係の情報も含めて、高松市内のうどん店を紹介することにしたのです。



以降、高松に遊びに来る、音楽の友人は全て「もり家」にご案内しています。音楽家にはグルメが多いので、楽しいですね。



さて、香川県から離れたところにお住まいのみなさんにお奨めしたい、通信販売で購入してご自宅で食べても美味しいさぬきうどんは、ここ、「もり家」のうどんですので、ご案内したいと思います。



昨今は、「カトキチ」の出した「冷凍うどん」が美味しくて便利なのですけど、それは、「カトキチ」が「かな泉」をM&Aして、「かな泉」で働いていた、森田さんの弟子のうどん職人を観音寺市の「カトキチ」の工場に配属して、手打ちさせたものを冷凍しているからです。しかし、冷凍うどんでも、生うどんにはとてもかないません。



が、冷凍うどんが出来る前は、「手打ち半生うどん」が主流でした。「手打ち半生うどん」だと、1ヶ月くらいは日持ちがするのです。



しかし、本来のさぬきうどんのこしにこだわるならば、「手打ち生うどん」がベストなのです。「手打ち半生うどん」を通信販売している業社が大半の中、「もり家」は、「手打ち生うどん」を通信販売しています。クール宅配便で生のまま送られてきますが、打った翌日に届く生うどんは打ちたてに限りなく近いですから、是非、お試しください。もちろん、日持ちは5日間ですけど、「もり家」のうどんについているぶっかけだしが素晴らしいですから、本来のさぬきうどんをご自宅で楽しめると思います。



茹でる時間は長く、1パック300グラム二人分のうどんの場合、3リットル以上のお湯で12〜18分茹でないといけません。このあたりは、解説書がついていますので、そのとおりにすれば美味しくいただけると思います。



一番シンプルな、『もり家』の手打讃岐うどん 300g(2人前)〔特選ぶっかけだし袋入り(60ml)×2 付〕は、500円 (税込み)です。が、下記、URLにいろいろと出ていますので、ご参照ください。



http://6806.teacup.com/moriya/shop



『うどん作りに「これでいい」と言うものは無い!』、という、「もり屋」の森田さんの言葉は名言だな、って思っています。森田さんほどのベテランになってもこう言う気持ちを忘れずに、毎日努力していることが、これだけの人気を呼んでいるのだろうと思います。



全てのものづくりにあてはまる素晴らしい姿勢だと思います。さらに、ものだけじゃなく芸術作品の創造においてもあてはまります。人間は死ぬまで、発展途上人のまま成長したいと、あなたも思いませんか。



掲載写真は、「もり家」の『かき揚げおろしうどん』、です。








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『吾里丸』の大将からの依頼・・・・・アンチオタクアーティストとして5

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ここのところ、JA香川県からの委嘱作品の作曲と、この11月26日の高松市のKさん宅でのホームコンサートに、東京と大阪の友人もいらっしゃるので、いろいろと準備したり忙しくしています。特に、東京のソムリエをしている音楽の友人は、いつものように、ぼくのコンサートのたびに、ブルゴーニュのワインを贈ってくださったのですが、この時期に高松にいらっしゃるのが初めてだとのことで、しっぽくうどんを生まれて初めて食べたい、とのことで、いろいろ楽しみにしています。



ぼくの場合、作曲は極めて早書きで、五線紙に書く前に、頭の中でほとんど出来上がってしまうので、写譜が面倒なので、その面倒くさい作業が嫌なのです。ピアノソロならば譜面に落とさなくても自分がオリジナルに作った曲が弾けることはあたり前なのですけど、合わせ物の場合、ちゃんと伝達しないといけませんからね。



アンチオタクアーティストの私は、よく、ポップス系の方とコラボするのですが、そのときに思うのですけど、メロディーラインにコードをつけただけの譜面が楽譜だと思っているふしがありますね。コード表示は、絶対的に正しい響きを表しませんので、和声学的に全くナンセンスです。また、複調や、フーガなどの対位法的なものは出来ないしやる気もないですから、それで十分だと思いますが、せっかく生まれてきて素晴らしい音楽が一杯あるのにそれに触れようともしない人は、とても、精神的に貧しい人生を送っていると思っています。



Aメロ、Bメロ、サビ、というのも、カラオケ喫茶並の幼稚な音楽の捉え方です。サビじゃなく、急所、と言うべきですし、メロディーのモティーフが二つし浮かばないというのは、才能がない、ということですね(笑)。ベートーヴェンやシューマンあたりの凡人でも、もう少したくさんモティーフがありますよ(笑)。



一方、クラシック音楽の作曲法の基礎の対位法と和声学を勉強していたら、アレンジなんて簡単に出来ますから、ふんぞり返っているスノビストもたくさんいらっしゃるようで、そういう人達は、演奏会のオーディエンスに専門家が何人来るか、ということしか考えていないようです。アンチオタクアーティストの私は、考えたこともない実に馬鹿げたコンサートですね。コンサートはコンクールじゃないのですよ。全く触れたことのない人をとりこにするくらいの作品を書ける人が本物ですよ。理論武装の文章なんて、ですから、CDを聞いている段階の人達が感じたことですから、日記帳の隅っこに書けばよい程度の感想文なのです。



昨今では、ブログのネット上での公開が流行っているので、ネチケットというものが出来て、本音を書かない人達が増えています。でも、私は、自分の作曲作品に関する感想文については、どんなに美辞麗句で飾り立てた褒め言葉の文章であっても、何回かメールでやりとりすれば本音かどうかは絶対にわかります。



和声の強度、転調の時の導音処理について、どのように感じているのか、形式についてどのように感じているのか、演奏所要時間やテンポについてどのように感じているのか、旋法処理についてどう感じているのか、などを、音楽用語でお聞きすればすぐにわかります。



10年前にはじめてパソコンを後輩の勧めで買って、ネットに出た時、いろんな音楽の載っているホームページがありました。クラシック音楽をMIDIにしているものが大半でしたが、私は、ほとんど全てを聴きました。音色なんて悪くても大丈夫ですよ。私は絶対音感のある作曲家なので、調性も変えていましたけど、そういったものを抜きにして、音色ではなく音の配列や旋法処理、導音処理を確認したのです。音は音楽ではありません。響きに過ぎません。響きで人を感動させるようなのは、ドイツの後期ロマン派以降はやっただけの一時期のものですから、そんなもので人の作品やアレンジ作品を評価することは、絶対にしてはならないのです、ネット上では。



その中で、私が、この人はすごいなあ、と感動したのが、龍@midiパラダイスさんのホームページ「クラシック音楽をあなたに」に載っていた、モーツァルトのシンフォニー36番(リンツ)ををMIDIにしたものでした。この作品は、一楽章の冒頭の序奏が全てを決する傑作ですが、全ての楽章にわたって、管弦楽法を習得した方の、MIDI変換でだと確信しましたので、長い長いメールを、送りました。全ての楽章の重要な部分を抜粋して、ここはどういう考えでMIDI変換したのですか、と、具体的に何小節目のどの部分についての音楽用語を使った文章の感想文を送ったのです。一期一会を大切にしている私にとってはあたり前のことでした。私はリンツの全楽譜を自宅で読みながら彼のMIDI変換の音を聴いて書いたのです。



彼もアマチュア作曲家でした。こうして、すぐに自作やその他のDAT収録テープ、VHSをお互いに送る間柄になって、彼が、岡田さんの作品は全世界に発信しないといけない、と感じたので、私のホームページ「K.OKADAワールド」と、その中の音楽をリアルメディアに変換して、全て、作ってくれたのが、私のホームページの始まりでした。



その後、一年間で、来客数が30万人を超えて急成長したのがいけなかったようで、2ちゃんねるネットウォッチ板に集まっている人達にによって、攻撃されることになりました。



一度、私の自宅に私が何も知らずにホームページに掲載していた、Eメールアドレスを勝手に使って、松坂牛7キロ70000円や、日本海の珍味50000円を注文して、代引きで送りつけてきたことがありました。が、宅急便業者のいつもうちに来る、佐川急便の若者が、ショパン大好きで、私がビアノを弾いていると、聴かせてください、というので、休憩がてら、うちでショパンを聞いているような音楽仲間だったので、すぐに、香川県警のハイテク捜査担当者に訴えるように言ってくれたので、そのようにして、兵庫県警の捜査で、尼崎市在住の安川さんという、イベント会社をリストラされた少し音楽をかじっただけの年上のおじさんだとわかりました。長々としたお詫びの手紙とお詫びにお金を振り込みますとのお便りをいただきましたので、私は、こんな男とお付き合いしても時間の無駄だと思ったので、メールで返送し、丁重にお断りしました。が、次の文言を入れました。「今後同様のことをくりかえすのならば、すでに、来客数が30万人を超えている私のホームページ上に、警察からお聞したあなたの住所、氏名、Eメールアドレス、電話番号、携帯電話番号を、全世界に向けて発信しますよ。」と。これで、ハンドルネーム「夢迷楽士」という、私の作品を誹謗中傷する人間と、私の大ファンの若者の「パスピエ」というハンドルネームの二重人格を使い分けて、掲示板が盛り上がるように仕組んでいた、尼崎在住の安川さんは2ちゃんねるネットウォッチ板から消えてゆきました。



まあ、憎まれっ子世にはばかりますから、まだ生きているでしょうね。どうでもいい下等動物です。全く無関心です。



しかし、その掲示板に集まっていた2ちゃんねらーの彼らは、非常に執拗で、母の没後、私が自宅の狭い、元、母の実家の市営住宅に置いた仏壇を写してアップロードしたら、「こんな小さい仏壇でお母様が成仏できるのか。」というレスもつきました。が、この小さな仏壇を購入したのは、小学校から高校までずっと同級生だった、岩佐仏喜堂の社長の岩佐武彦君のアドバイスによるものです。うちの母の実家だった、高松市営住宅が狭いので、薦めてくれたのです。ぼくが、「こんな小さい仏壇に母を入れたら成仏できない。」と言ったのですが、「仏壇の大きさは全く関係ないよ。毎朝ご飯さんをあげてお母さんとおしゃべりすればいいんだよ。」と言って、この仏壇は、社長割引ということで半額にしてくれました。彼は、私の自宅の状況を私がお知らせしていたので、全て知っていました。



「岡田君も、住友信託銀行に入った頃に、女遊びのひどかったお父さんと、お母さんが離婚してから大変だったけど、本当にお母さん思いだから、ずっと仕送りしてて、転職して高松に帰ってからも残ったお金は、全部、かつて旅館の女将をしていたグルメのお母さんをいろんなところに連れて行ってあげてたからお金は使い果たしたと思うよ。でも、君には長生きして欲しいんだよ。生きてないと作曲出来ないだろう。」



2ちゃんねらーが間違えたことは、高松市には地域コミュニティーがしっかりと残っていることですね。地域コミュニティーがあるのです。コンサートが多いこと、霞ヶ関があることだけを頼りにして、専門用語をわけもわからず振り回していっぱしの人間だと思っている、東京都界隈在住の2ちゃんねらーは、実に、貧しい精神状態で生きていますね。ご愁傷様です(笑)。



まあ、こうした体験から、ウェブ上の出会いが、ナンセンスなこと、掲示板では、みんな多数派意見に付和雷同に迎合すること、これが、いま流行の自殺に追い込むまで執拗に行われているいじめのルーツだということも、それに耐えるために、麻薬に手を出す若者が多いことも、よーーーくわかりました。



ところで、開設当時の私のホームページは、エッセイも、全て、原文をワードで書いたものを龍@midiパラダイスさんに送ってそれをhtml形式に変換して作ってもらい掲載していました。パスワードを共有していたので簡単に出来たのです。彼は、豊橋市に住んでいて、塾を経営していました。



が、人格者ほど、先に、病気で倒れるのですね。彼は、私のホームページを立ち上げてから、一年半で脳梗塞で倒れました。ですから、私の自作自演などのリアルメディアのデータ80曲や、彼の作曲作品のデータは、ずっと手元で大切にしていますよ。



生まれた頃から私が母親から教わったこと、それは、『恩を仇で返してはいけない。』ということでした。その点で言うと、2ちゃんねるネットウォッチ板やクラシック板に集まっている人は、社会的な立場とは一切無関係に、人様から恩を受けたことのない、精神的な育ちの悪い人達なのでしょうね。



そんな連中に、人を感動させる作曲なんて、絶対に出来ないですよ。



母がなくなって2年になりますが、私は、母が肝硬変で倒れた時、転職して、Uターンして自分が介護してよかったと思っています。母を介護できたのは12年間でしたが、このときの思い出で、私は、前向きに生きてゆけるようになりました。



トップページに「涙そうそう」をつけているのは、森山良子さんの歌詞が素晴らしいです。特に、「あなたの場所から私が見えたらきっといつか会えると信じ生きてゆく。」は、私の心境なのです。『いつか会える』=『いつかあの世に行ったら会える』ということなのですからね。



こういう、はかない人間の一生の無常観を受け止める優しさのない人には、私の作曲作品も室内楽やピアノ演奏もエッセイも、讃岐うどんご紹介ブログも全く無意味ですから、さっさと出て行って欲しいと思っております。



でも、松下幸之助氏の名言「我以外みなわが師」を、私は信奉していますので、執拗な極悪2ちゃんねらーにもたくさんのことを教わりましたよ。それは、地獄に落ちる方法が、陰湿に人をいじめることと、多数派に付和雷同に迎合し人の個性を無視すること、自分の感受性を磨く努力を一切しないことだ、ということです(笑)。



さて、私の讃岐うどん紹介も、地域コミュニティーに基づいています。その一例を今回ご案内いたします。



最初に書いたように、ここのところ、いろいろ忙しかったのですが、夜は、いつも作曲していますのですが、ひさしぶりに、作曲も一段落した、朝早く、ブランチとして、近所の「吾里丸(ごりまる)」でうどんをいただきました。



早い時間だったので、いろいろお話していたら、彼は、ラフマニノフのピアノ協奏曲の2番が大好きなのだそうです。



また、ぼくのホームページ見てくださったそうで、岡山後楽園で平野啓子さんとコラボをやった時の「ラブ・ユー・フォーエバー」にも、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』を使っていたことをちゃんと聴いていらしたので、驚きました。



ぼくの作曲作品では、やはり、一番人気のピアノ小品「記憶の底の栗林公園 OP.111」の第17曲の『家路』がとても気に入った、とのことでした。



この作品は、結構ポリフォニックに書いているので、何回聞いても飽きない、って言ってくれる人が多いので、とても嬉しいんだけど、そう言えば3年前に、高松までリアルしに来てくれた、音楽関係の埼玉県在住のマイミクさんも、この『家路』が気に入って来てくださったし、2年前からずっと継続的に神戸からヴィオラを持って合奏にいらして下さる24歳の若者も、この作品がなかったらいらっしゃってなかったそうなので、ぼくの作品としてはとても重要なピアノ小品だと思っています。



『さぬきのうどん屋 吾里丸(ごりまる)』の紹介を、ホームページのブログに書いているので、「ご紹介くださって有難うございます。」って言われることは多いのですけど、まあね、そんなことは、商売柄あたり前ですし、その程度のことなら、ぼくでなくたって高松に住んでいる人なら、「美味しいうどん店を美味しい」なんて書くことは小学生の日記並の簡単なことですから、『さぬきのうどん屋 吾里丸(ごりまる)』の大将は、そんな、無粋なことは言わないところが、とてもぼくは好きなんですよね。やはり、彼は、香川県の西地区の西讃の出身なので、文化水準が高いのです。香川県の文化水準は、西高東低の冬型の気圧配置だ、ってよく言われていますけど、県庁所在地のぼくの住む高松市は、東讃(香川県の東地区)なので、ラフマニノフよりもお金の好きな人が多いようです(笑)。まあ、気候不順の昨今ですから、今から冬型の気圧配置はになるのかどうかわかんないけど、ともかく、香川県の文化水準の西高東低は解消していただきたいものですね(笑)。



その日は、無料の大根おろしをトッピングしたひやかけうどん(大)170円と、げそ天50円、しめて220円を載せていただきました。



「美味しかったです。」と言うと、大将は、こう言われました。「岡田さん、是非、ラフマニノフのピアノ協奏曲の2番をピアノ2台でもいいからやってください。必ず聴きにいきます。」



で、うどんが美味しかった勢いで、「わかりました。」と、答えてしまいました。大変なことになってしまいました。



このコンチェルトは、早稲田大学生の頃2〜3回やったことがあるのですけど、もう52歳ですから、肩が凝るので大変なのですけど、よっしゃ、JA香川県の朗読ミュージカルが終わったら、やってみよう、と思いました。でも、大変だよ。困ったなあ。特に、フーガになるところ大変だなあ、って思いながら、店を後にしました。



掲載写真は、「さぬきのうどん屋 吾里丸(ごりまる)」の、『ラフマニノフ大好きな大将』、です。




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朗読ミュージカル「自然とふれあう仲間」5


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私の新作・JA香川県主催・朗読ミュージカル「自然とふれあう仲間」(2010年1月17日・高松ミュース゜ホールにて初演予定)の、アリア児童合唱曲集作曲練習状況、2009年12月20日・高松市中央公園冬の祭り出演のご案内と、年末年始に集中練習する予定の朗読とのコラボピアノ曲の作曲状況は現状下記のとおりです。



・初めての田植え体験アリア「田んぼのうた」、
・収穫の喜びのアリア「稲刈りワールド」、
・田植え体験回想のアリア「田んぼのうた」、
・2009年12月20日19:30〜高松市中央公園冬の祭り用の「田んぼのうた」とベートーヴェンの第九を加えた「稲刈りワールド」メドレーのアレンジと振り付けの先生との打ち合わせ、
・年末年始に集中練習する予定の朗読とのコラボピアノ曲のモティーフ集約50コの準備と作曲状況



まず、JA香川県主催の朗読ミュージカル「自然とふれあう仲間」の中の、合唱曲のアリア「たんぼのうた」の作曲状況等について、ご案内いたします。(近日中、私の別の新作「刈り取りワールド」もアップロードする予定です。)



下記URLの、私の音楽ホームページ「K.OKADAワールド」の中のページのBGMに、JA香川県から作曲の委嘱をいただいている、2009年度の経験に基づいて今年は2010年1月17日開催される、JA香川県主催・農業体験・朗読ミュージカル(JA香川県の子供達の食育教育として行われている一年間の農業体験の思い出をベースに作って毎年発表されているもの)のアリアの一つ、「たんぼのうた」(子供達に公募した田植え経験の歌詞をもとに私が作曲し、高松市ミューズホールにて、2010年1月17日開催時に初演されます。)の、私のピアノと子供達の合唱で練習中の収録音楽を、添付しました。作曲者が加わって自作自演して音楽を作り上げるプロセスを皆様にお聴きいただければと思い、あえて、未完成のものを掲載しました。



なぜなら、合奏は、出来上がりも大切なのですが、一番大切なことは、仕上げるプロセスだからです。



当然のことですが、プロセスの嫌いな方は、一曲として、室内楽や合唱曲などの、合わせ物を演奏する資格のない人達です。



http://kokada.web.fc2.com/tanbonouta-kaisetsu.html



簡単な曲目解説と8歳の女の子の書いた素晴らしい歌詞カード(私の持論ですが、音楽に年齢は全く関係ありません。全ての人間に備わっている感受性によって、何歳であっても出来る人は出来ることを立証している素晴らしい歌詞です。)もつけていますので、また、お聴きいただき、ご感想などをいただければ幸いです。



掲載写真は、JA香川県の子供達(5歳〜11歳)が食育体験で田植えから全部やって育てた田んぼです。この子供達が歌う曲を作曲させていただけることは、とても光栄なことです。



大体わかったんだけど、この世代の子供達では女の子が音感が優れています。男の子が合唱で足をひっぱっていたので、元気一杯なので、歌の中に、「ヤッター」とか「ヤーッ」という掛け声を入れるようにその場で作曲しながら練習するうちにみんなで楽しく出来ました。



男の子達が、テレビで見る、野球、サッカーや水泳選手の動きが格好いいので、そのあたりに取り組むんだな、って一番良くわかったのは、ぼくの弾くピアノを耳ではなく目で楽しんでいたからです。指がすごく動くと、大喜びなのです。だから、一緒に練習しているうちに、クロスオクターブ、アクロバットスケール、グリッサンドをどんどん入れていったので、だんだん難しくなってしまいました(笑)。



「おじちゃん、なんでそんなに指が動くんな。」



と聞かれるので、回答に困ったぼくは、その子を椅子に座らせて、こうするんだよ、って教えてあげると、大喜びでした。



果たしてその子は、ドレミファソラシドの音階すら弾けないのに、グリッサンドだけは出来るようになりました。グリッサンドだけで音楽は表現できませんから、困ったものです(笑)けど、子供達と一緒に音楽しているとぼく自身の幼少期を思い出して楽しいですね。



稲刈りを歌った歌詞も素晴らしいものを子供達がいっぱい書いてくれましたので選ぶのに迷いましたが、「稲刈りワールド」という歌詞が素晴らしかったので、もう一人の子の書いた歌詞をまぜて、作詞者2人という、前代未聞の曲になりました。



この「稲刈りワールド」は、田植えの歌の「たんぼの歌」同様、小さな子供も歌える一オクターブの音域という制限の中で書きましたけど、「たんぼの歌」のヘ長調の平行調のニ短調にして、民謡風のアップテンポな旋法を使った曲にして、途中の朗読のところで、田植えを回想してヘ長調にもどったあと何回も転調して、グリッサンド大好きな子供達のために、今回は、黒鍵のグリッサンド(これは、いきなり子供達がやると怪我をしますので、とりあえず、見た目を楽しくするために入れました。)を入れ、鍵盤を拳骨で9回叩いたら、もとのニ短調の歌にもどるようなものすごくヤクザなアレンジをしました(笑)。



そして、ぼくが一番凝ったのはエンディングでした。最後に同主調の二長調になったら、突然、ベートーヴェンの第九の喜びの歌が民謡風に出てきて、手拍子と最後の「ヤーッ」というかけ声だけで終わるようにしていました。しかし、このプランを聞いた、合唱指導のN女史先生、振り付け指導のY女史先生と、先日来、何回か、夕食時から夜遅くまで一緒に飲みながら、打ち合わせをして大体、決まりました。



他ジャンルの本物アーティストたちとの、作曲家としてコラボする前の打ち合わせタイムは、とても楽しいですね。ぼくは久しぶりに人間と会話したように思いました。でも、今回の他ジャンルのアーティストたちは、全員、私に3歳からピアノを教えてくれた恩師の石井ルリ子先生の指導を受けた後、東京の音楽大学やダンスの専門学校で勉強してから、結婚するために高松に帰省した、石井先生主宰の「花房会」OBのメンバーで、作曲家の私が、石井先生のトップ弟子なんだけど、極めてリアリストで謙虚で素直な、石井先生以上の毒舌家だということは、作曲した音楽で十分伝わっているので、とてもスムーズでした。



今回の、朗読ミュージカルは、前回の朗読ミュージカルを采配した、巨額のギャラをJA香川県から騙し取った、東京の偽者シナリオライターと、それを紹介した、高松の偽者ダンス先生とその周囲にたむろしている、まだまだ下界の領域にある、カラオケ喫茶並の劣悪ポップスを書いている、対位法も和声学も知らない自称作曲家の作曲屋さんによってひどい結果になりましたので、そのリベンジなのです。



従って、一番最初に私がやったことは、去年関わった偽者アーティストを全員、JA香川県の朗読ミュージカルの指導から追い出すことでした。私の恩師の石井ルリ子先生、座光寺公明先生や小倉朗先生の顔に泥を塗るようなものは、絶対に出来ないのです。



簡単なことでしたよ。「もし、私の気に入らないアーティストを追い出さないのなら、私は一曲たりとも作曲しません。」とプロモーションの会社なんか飛ばして、直接、JA香川県に言えばいいのです。東京で数え切れない数の演奏会をプロモートし、芸術ヤクザと渡り合った経験で、情熱でつながっていれば出来ないことがないことを私はよく知っていましたから、本当に単純な作業でした。



お米の収穫には「よろこびの歌」が合う、という大義名分があるのですが、この「稲刈りの歌」は、2010年1月17日初演予定の朗読ミュージカルの中のアリアの一つなのですが、2009年の大晦日の夜中に高松中央公園で開催される「冬の祭」のカウントダウン少し前のステージへの出演依頼が来ていて出演する(この時はピアノを持ち込めないので、12月の頭にぼくがカラオケのピアノパートを収録するので、ぼくが指揮してやります。)ので、『もう寒いから家に帰ってしっぽくうどん食べよう』という喜びの歌の替え歌は是非、子供達のために入れてあげたいなんて思っていたのです。だって、大晦日の夜中なんて寒い時に、カウントダウン前の野外ステージで歌うのは、子供達にとっては大変だとぼくは常々思っていたのです。お祭りだからいいじゃない、って感じでした。



ところが、JA香川県に出演依頼した「高松冬の祭り」のプロモーターの瀬戸内海放送局が、私が作曲で加わっていることを知って大変だ、と思ったのでしょう。出演日時を、12月20日のゴールデンタイムの19:30からにして来ましたので、ベストタイムになりました。



こうなった以上、いろんな人たちが来ている中で、JA香川県もなかなかやるじゃない、って思わせないといけないですから、そういう時には、第九です。



従って、ぼくは、第九の楽譜を引っ張り出して、通奏低音をアナリーゼして、アレンジを変えました。時間は、10分間でしたので、その中で、JA香川県の純粋な子供達がステージ上で一番輝くようにして、田んぼのうた、稲刈りワールド、を歌い、第九になってから、喜びの歌にあわせて、簡単な振り付けで派手に踊れるようにアレンジしました。合唱は合唱指導のN女史先生の力で、ほぼ完成しています。振り付けは、Y女史先生が一昨日の夜の打ち合わせで完璧になりましたので、OKです。絶対に拍手喝采になるように仕組みましたので、当日指揮をするぼくは楽しみですね。ぼくは、指揮台に立たずに、子供達の間に入ってタクトを振ります。作曲家は、本番当日、楽器を自作自演しない場合は黒子でいいのです。



こういうコラボは、対位法と和声学を完璧に習得した、作曲屋ではなく作曲家、が真ん中にいないと絶対に実現不可能なのです。あたり前のことですが、メロディーラインにコードをつけるのは、作曲じゃないですよ。全ての音の動きを一音たりとも間違わずに正しく、12コの音を使って五線紙の上に書いたものが、作曲された楽譜というものです。



以上、二転三転して、最高に楽しい、朗読ミュージカル「自然とふれあう仲間」の作曲、合唱、コラボの進捗状況をご案内しました。



この年末年始は、さらに、二転三転すると思いますので、今から、とても楽しみですね。




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私の新作「たんぼのうた」の再度ご案内5

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私の新作「たんぼのうた」について、再度ご案内いたします。(近日中、私の別の新作「刈り取りワールド」もアップロードする予定です。)



下記URLの、私の音楽ホームページ「K.OKADAワールド」の中のページのBGMに、JA香川県から作曲の委嘱をいただいている、2009年度の経験に基づいて今年は2010年1月17日開催される、JA香川県主催・農業体験・朗読ミュージカル(JA香川県の子供達の食育教育として行われている一年間の農業体験の思い出をベースに作って毎年発表されているもの)のアリアの一つ、「たんぼのうた」(子供達に公募した田植え経験の歌詞をもとに私が作曲し、高松市ミューズホールにて、2010年1月17日開催時に初演されます。)の、私のピアノと子供達の合唱で練習中の収録音楽を、添付しました。作曲者が加わって自作自演して音楽を作り上げるプロセスを皆様にお聴きいただければと思い、あえて、未完成のものを掲載しました。



なぜなら、合奏は、出来上がりも大切なのですが、一番大切なことは、仕上げるプロセスだからです。



当然のことですが、プロセスの嫌いな方は、一曲として、室内楽や合唱曲などの、合わせ物を演奏する資格のない人達です。



http://kokada.web.fc2.com/tanbonouta-kaisetsu.html



簡単な曲目解説と8歳の女の子の書いた素晴らしい歌詞カード(私の持論ですが、音楽に年齢は全く関係ありません。全ての人間に備わっている感受性によって、何歳であっても出来る人は出来ることを立証している素晴らしい歌詞です。)もつけていますので、また、お聴きいただき、ご感想などをいただければ幸いです。



掲載写真は、JA香川県の子供達(5歳〜11歳)が食育体験で田植えから全部やって育てた田んぼです。この子供達が歌う曲を作曲させていただけることは、とても光栄なことです。



大体わかったんだけど、この世代の子供達では女の子が音感が優れています。男の子が合唱で足をひっぱっていたので、元気一杯なので、歌の中に、「ヤッター」とか「ヤーッ」という掛け声を入れるようにその場で作曲しながら練習するうちにみんなで楽しく出来ました。



男の子達が、テレビで見る、野球、サッカーや水泳選手の動きが格好いいので、そのあたりに取り組むんだな、って一番良くわかったのは、ぼくの弾くピアノを耳ではなく目で楽しんでいたからです。指がすごく動くと、大喜びなのです。だから、一緒に練習しているうちに、クロスオクターブ、アクロバットスケール、グリッサンドをどんどん入れていったので、だんだん難しくなってしまいました(笑)。



「おじちゃん、なんでそんなに指が動くんな。」



と聞かれるので、回答に困ったぼくは、その子を椅子に座らせて、こうするんだよ、って教えてあげると、大喜びでした。



果たしてその子は、ドレミファソラシドの音階すら弾けないのに、グリッサンドだけは出来るようになりました。グリッサンドだけで音楽は表現できませんから、困ったものです(笑)けど、子供達と一緒に音楽しているとぼく自身の幼少期を思い出して楽しいですね。



稲刈りを歌った歌詞も素晴らしいものを子供達がいっぱい書いてくれましたので選ぶのに迷いましたが、「稲刈りワールド」という歌詞が素晴らしかったので、もう一人の子の書いた歌詞をまぜて、作詞者2人という、前代未聞の曲になりました。



この「稲刈りワールド」は、田植えの歌の「たんぼの歌」同様、小さな子供も歌える一オクターブの音域という制限の中で書きましたけど、「たんぼの歌」のヘ長調の平行調のニ短調にして、民謡風のアップテンポな旋法を使った曲にして、途中の朗読のところで、田植えを回想してヘ長調にもどったあと何回も転調して、グリッサンド大好きな子供達のために、今回は、黒鍵のグリッサンド(これは、いきなり子供達がやると怪我をしますので、とりあえず、見た目を楽しくするために入れました。)を入れ、鍵盤を拳骨で9回叩いたら、もとのニ短調の歌にもどるようなものすごくヤクザなアレンジをしました(笑)。



そして、ぼくが一番凝ったのはエンディングでした。最後に同主調の二長調になったら、突然、ベートーヴェンの第九の喜びの歌が民謡風に出てきて、子供達が『もう家に帰ってしっぽくうどん食ーべよ』というぼくの替え歌を少し歌って、手拍子と最後の「ヤーッ」というかけ声だけで終わるようにしています。



お米の収穫には「よろこびの歌」が合う、という大義名分があるのですが、この「稲刈りの歌」は、2010年1月17日初演予定の朗読ミュージカルの中のアリアの一つなのですが、2009年の大晦日の夜中に高松中央公園で開催される「冬の祭」のカウントダウン少し前のステージへの出演依頼が来ていて出演する(この時はピアノを持ち込めないので、来週ぼくがカラオケのピアノパートを収録するので、ぼくが指揮してやります。)ので、この替え歌は是非、子供達のために入れてあげたいと思ったのです。だって、大晦日の夜中なんて寒い時に、カウントダウン前の野外ステージで歌うのは、子供達にとっては大変だとぼくは常々思っていたのでね。



お祭りだからいいじゃない、って感じです。



いろんな人たちが来ている中で、JA香川県もなかなかやるじゃない、って思わせないといけないですから、そういう時には、第九ですよね。それと、香川県以外のJAでは、しっぽくうどんは使えないから、著作権はJA香川県が取得するのですけど、他県のJAでは、この曲が使えないようにするためなのです。また、香川県の小麦が売れたら、それは、JA香川県と香川県の全農家にとってもいいことですからね。





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私の新作「たんぼのうた」のご案内5

私の新作「たんぼのうた」について、ご案内いたします。



私の新作「たんぼのうた」のご案内



下記URLの、私の音楽ホームページ「K.OKADAワールド」の中のページBGMに、JA香川県から作曲の委嘱をいただいている、2009年度の経験に基づいて今年は2010年1月17日開催される、JA香川県主催・農業体験・朗読ミュージカル(JA香川県の子供達の食育教育として行われている一年間の農業体験の思い出をベースに作って毎年発表されているもの)のアリアの一つ、「たんぼのうた」(子供達に公募した田植え経験の歌詞をもとに私が作曲し、高松市ミューズホールにて、2010年1月17日開催時に初演されます。)の、私のピアノと子供達の合唱で練習中の収録音楽を、添付しました。作曲者が加わって自作自演して音楽を作り上げるプロセスを皆様にお聴きいただければと思い、あえて、未完成のものを掲載しました。



なぜなら、合奏は、出来上がりも大切なのですが、一番大切なことは、仕上げるプロセスだからです。



当然のことですが、プロセスの嫌いな方は、一曲として、室内楽や合唱曲などの、合わせ物を演奏する資格のない人達です。



http://kokada.web.fc2.com/tanbonouta-kaisetsu.html



簡単な曲目解説と8歳の女の子の書いた素晴らしい歌詞カード(私の持論ですが、音楽に年齢は全く関係ありません。全ての人間に備わっている感受性によって、何歳であっても出来る人は出来ることを立証している素晴らしい歌詞です。)もつけていますので、また、お聴きいただき、ご感想などをいただければ幸いです。











作曲はうどんのように流れるように5

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「作曲は油のように流れるように」と、モーツァルトが言ったそうなので、ぼくは言いたい。



「作曲は讃岐うどんのように流れるように」



なぜって、讃岐うどんを食べていると、ぼくは、作曲、特に、対位法的な操作がやりやすいモティーフが浮かぶからなのです。



うどんに比べると、日本蕎麦は、咽喉越しが良くないので、対位法的にならず、和声的な発想にとどまるのです。



また、ラーメンや素麺は細すぎていけないのです。せめて、細麺の讃岐うどんくらいの太さがないと、和声的発展におよばないことが多いようです。



ベートーヴェンやブラームスも、讃岐うどんを食べていたら、もっといい曲が書けたように感じています。



・・・・・



以上述べたことは、もし、作曲を勉強している人がいたら、可笑しくなって、吹き出すだろう、という程度の屁理屈の冗談でして、讃岐うどんと、作曲は、全く別の出来事です。



しかし、ぼくの中では、ぐちゃぐちゃにつながっているようですね(笑)。



元来、ぼくは、混沌とした状態が大好きでして、整理整頓されて全てが専門化している状態は、夢のない、全てがおしまいになった状態のように感じています。



つまり、アンチスペシャリスト、すなわち、ジェネラリストでないと、見えない部分こそが、とても人間的だと感じていて、そういう人間的な部分が大好きなのでしょうね。



・・・・・



私は、発展途上人なので、何事においても、一家言あるんだぞ、と思い上がっている状態の人間には興味がないので、一切無関心に生きています。



・・・・・



さて、一番スムーズに流れるような、咽喉越しのいい讃岐うどんは、「山内」「中村」「渡辺」の、讃岐うどん三大巨匠の系統の店の中ならば、「中村」系統のお店になりますが、現在、ベンチャーでうどん店を始める若手の人が多い高松市では、いろいろなタイプの麺が出現していますので、自分の味覚で確認しないといけません。



その点で、私の住む高松市西地区近辺で一番スムーズに流れるような、咽喉越しのいい讃岐うどんは、「中村」で修行した若者が始めた、高松市国分寺町のセルフうどん店「一福(いっぷく)」(香川県高松市国分寺町新居169-1 TEL.087-874-5088 営業時間.10:00〜14:00(ただし、土曜日、日曜日、祝日は、15:00まで)〔麺切れ次第終了〕 定休日.金曜日)だと私は断言いたします。



2007年の夏、高松市国分寺町がうどん店激戦区になったために、国分寺町の老舗うどん店「一福」が、休業してしまいました。が、2009年3月、丸亀市土器町の「中村うどん」で修業した渡辺政充さんという若者が、「地元に愛される名店に…」との熱い思いから、以前の店主にお願いして屋号をもらって、開店させたのが、このお店です。



どのような業界であっても、栄枯盛衰はあるものです。その時、閉店に追い込まれたお店を、負け組だ、と一括削除する方式が、竹中平蔵など、アメリカナイズされた一部知識階級の皆様のようですが、国分寺町の老舗うどん店「一福」が諸般の状況で閉店しても、ファンはいたはずなので、1200年前からうどんが日常食の香川県では、復活することは、大変に意味のあることなのです。



このような経緯を、高松高校同窓会ルート情報で知った私は、直ちに、「一福」へ食べに行きました。味以前に、このようなことを成し遂げる若手の創業者のハートは温かいに違いないと直感したからで、そういう方が作るうどんは絶対に美味しいはずだ、という私自身の直感があったからです。



そして、私の直感以上の素晴らしいうどんと出会ったのでした。麺は「中村系」らしく、しっかりしたこしの細麺ですので、噛まずに流し込むと、その咽喉越しの素晴らしさに、幸せな気分に浸れます。が、それ以上にすごいことに、ここは、セルフ店なのですけど、マスターが常に客席を見ていて、茹で上がって5分以内に食べれるように出してくれることなのです。



讃岐うどん店にはたくさん食べに行きましたけど、ここまでして下さるお店はありませんでしたので、私自身、びっくりしました。まさに、うどんは作ってくださる方の心意気なのですね。



以来、うちに遊びにいらっしゃる音楽の友人は全員ご案内いたしましたが、全員、異口同音に、「素晴らしい。」とおっしゃっていたので、つい先日、テレビのローカル番組に出た、「麺通団」団長の田尾さんが、「『一福』のうどんは素晴らしい。今まで食べた中では最高だ。」と絶賛していたので、当然だと私は思いましたし、「麺通団」の情報も遅いなあ、なんて感じちゃいました(笑)。



掲載写真は、順に、「一福(いっぷく)」の、『冷たいかけうどん』、です。







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ショパン「エチュード 遺作 第3番 変イ長調」5

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あまりにも世俗にまみれて自分の感性がひどく汚れてしまったように感じる時、ぼくは一人ピアノに向かって、ショパンの「エチュード 遺作 第3番 変イ長調」(これは知られざる名曲です。)を弾きます。


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ぼくが小さい頃、祖父、岡田照馬のはじめた、高松市瓦町の、今、アイゼンパチンコ店のところにあった、実家の「丸天旅館」のロビーには、毎年広いお庭にあったヒマラヤ杉を抜いてきて、鉢植えにし、天井に届くくらいのこのヒマラヤ杉に一杯のクリスマスデコレーションを飾っていました。このデコレーションに飾っていた綿雪の間から、見える鈴に、クリスマスデコレーションに欠かせない電気(これは、ヒマラヤ杉が大きかったので5本もつけていました。)による明かりがついたり消えたりしいたこと、そして、ボーッと霞んでいたことを、この作品をピアノで弾くことによって思い出せる、ぼくにとっては素晴らしい作品なのです。

この作品は、ショパンの最も好きだった、変イ長調で書かれています。和声進行から言って、晩年の作品であることは間違いないとぼくは思っています。また、遺作と言えども、エチュード(練習曲)ということだったので、テンポ設定はアレグレットになっています。しかし、ぼくは、絶対にアンダンテで弾き、一つ一つの和音の響きにこだわっています。この素晴らしい和声進行とノスタルジックなクロスリズムに接する度に、ショパンはピアノが好きで好きでたまらなかったことを再確認するとともに、ぼく自身は、あのクリスマスイブの楽しかった幼かった頃の思い出に浸ることが出来るので、演奏後失語症になってしまいます。それだけに、コンサートなど人前で演奏することは絶対にありません。一人ピアノに向かって、弾きたい時に演奏することにしています。


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ショパンのエチュード集をお持ちの方は、この最後にその作品が掲載になっていますので、スコアはそちらでご覧下さい。私の申し上げたテンポ設定で弾いてみて、ショパンのピアノへの愛情を是非、ご確認下されば幸いです。

それから、この作品演奏のベストは、ぼく自身だと、自負しています(笑)。


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ピアノ演奏を始める時期ですが、ぼくがこれまでの52年の人生で出会った、アマチュアピアニストの演奏開始最高齢者は、高松の某自動車ディーラー会社の社長をしているN君でした。

彼は、ピアノを38歳の時にはじめ、異常な集中練習と努力で、40歳で、ショパンのエチュードとベートヴェンの「月光ソナタ」全楽章を見事に弾ききりましたので、3歳からピアノをやって来たぼくは腰を抜かしました。

それまでにも、東京、大阪で、晩学のアマチュアピアニストと何人か出会っていましたが、それでも、30歳代前半がリミットだと思っていたので、ぼくはビックリ仰天したのです。


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N君の話によると、演奏したい曲を決めてから、一年に一曲というゆっくりしたペースで集中してやった方がよいそうです。彼の言い分はこうなんです。

「ぼくが、あと40年生きるとしたら、40曲を確実なレパートリーに出来るから、素晴らしい夢を持って生きていけるんだよ。」

ぼくは、チャラチャラといっぱいレパートリーを増やしてきた自分が恥ずかしくなりました。だって、一曲一曲に込められる切実さは、レパートリーが少ない方が強いに決まっていますからね。

また、彼が、ピアノを始めた動機が実にいいんだな。

大変に苦労して会社を立ち上げた創業社長のお父様が脳梗塞で倒れたためなのです。で、優しい彼は、お父様にもしものことがあったら、その告別式では、絶対に、自分の大好きな、ショパンのエチュードOP.10-3(別れの曲)を演奏してあげたいと思ったからなんだそうです。

その後、お父様は回復されましたけど、優しい彼は勤務していた「東京海上火災」を辞めて高松にUターンして、跡をとって社長になりました。


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時々、彼から電話があります。来年は何を演奏すべきか曲目の相談と、晩学なので指が吊った時の対処(これは、ハリ治療で簡単に直せます。)なのです。

そして、5年前、彼は、ぼくが奨めたショパンの「幻想即興曲」を一年がかりでクロスリズムの難所を克服して見事に仕上げました。テンポはゆっくりだけど素晴らしい演奏でした。


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やはり、音楽に一番大切なことは、人間への深い愛だと思います。

作曲や演奏においては、その愛は、聴いてくれる人達へ向けられていますが、同時に、楽器を演奏していたら、自分にも向けられるんですよね。

だから、音楽好き、といっても、やはり、楽器を演奏すべきなのです。

次の、ヘルマン=ヘッセが名著「ガラス玉演戯」で言っているとおりなのです。


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「音楽はあらゆる世紀を通じてまず第一に感覚的なものや息の流出や拍子や色どりや摩擦や刺激を喜ぶことから成立した。・・・・・確かに精神が主要なものである。・・・・・しかし、この外面的感覚的特徴を感覚的に強烈にとらえ味わうのでなければ、時代と様式とをそれから理解することはできない。音楽をするのは手と指と口と肺とでもってするのであって脳だけではない。なるほど譜は読めるが楽器は一つも完全に奏でることが出来ないというようものは、ともに音楽を語る資格がない。」
(ヘルマン=ヘッセ「ガラス玉演戯」・若きヨーゼフ・クネヒトの言葉)


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それと、あともう一点付け加えておきたいのですが、住宅環境のせいでグランドピアノがなくても、鍵盤の数が88鍵さえあれば、アップライトでも電気ピアノでも、ショパン「エチュード 遺作 第3番 変イ長調」の演奏に、全く支障はありません。

ショパンは楽器を超越した天才作曲家ですので、全く、OKですので、安心して、取り組んで下さいね。


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ピアノって楽器は本来、ロマンティックなものですから、一人ピアノに向かって、燃えて弾きたい時に演奏するという楽しさも是非、皆様には体験していただきたいと共に、ピアノを生涯の友として取り組んでいただければ、と思い、今回は執筆掲載しました。


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あーーーーーぁ、幸せだな。5

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ぼくは、ここのところ、すごく幸せです。



いいことが重なっているからです。



まず第一に、JA香川県の2010年1月17日の朗読ミュージカルの作曲の委嘱をいただいているのですが、その中心になる田植えの体験を歌ったアリア「たんぼの歌」がとても評判がよく、先般のJA香川県児童合唱団との練習において、聴きにいらしていた親御さんなど全員から、曲が終わった時に、大変な拍手喝采が自然に沸き起こったためです。



全く見識のない聴衆の皆様からの拍手ほど大切なものはありません。また、拍手が義理なのか本当に感動したからなのかは、すぐにわかりますので、とても嬉しかったです。



次に、2年前にGREEで出会って以来、ずっと懇意にさせていただいている、私の作曲作品を気に入って下さっている、東京のソムリエの友人が、この11月26日に、高松の私のところへ遊びに来てくださることになりました。



これを聞かれた、高松市国分寺町在住の私のファンの一人の、Mさんという、ご高齢の一人暮らしの女性が、大変な豪邸のご自宅にピアノがあるので、この、11月26日に、私と私の友人を囲むホームコンサートを開催して下さることになりました。



クラシックホームコンサートスタイルなので、楽譜と楽器を持参してくだされば、全て、初見で私が合奏するようにしていただきました。Mさんという、ご高齢の一人暮らしの女性は、もともと神戸ご出身でご結婚時に高松にいらっしゃったのですけど、いろいろな事業をなさっていたご主人にも先立たれ、塩江町にも温泉を引いたマンションをお持ちで、こちらに、ソムリエの友人を宿泊できるよう手配してくださいました。



そして、ここからが全くのミラクルだったのですけど、母の介護のために高松にUターンする直前の1992年に私が大阪市福島区のご依頼でプロデュースした大きなコンサートの最後になった「福島区民文化のつどい」を主催されていた、大阪市福島区コミュニティ協会の役員でいらっしゃった、Nさんが、私のホームページを発見したということで、電話連絡がありました。ほんの数日前のことでした。「福島区民文化のつどい」で私が、芦屋交響楽団の大縄君のクラリネットと演奏した自作の「クラリネットとピアノのためのドメスティックなラプソディー OP.61」、シューマンの「ファンタジーシュトッケ」、J.S.バッハの平均律1巻24番を今でも覚えてくださっていました。



彼は、私よりも一回り上(12歳先輩)なのですが、大阪市ご勇退後、奥様にも先立たれ、一人暮らしなのですが、クラシック大好きで、アマチュアテノール歌手として、活動されているとのことでした。



私も大好きな作品のイタリア歌曲の「コーレングラード(カタリカタリ)」がお得意だ、とのことでしたので、ならば一度高松の私の自宅で合わせましょう、と言った際に、11月26日のホームコンサートのことをお話しましたら、じゃあ、高松に行きます、とのお話になりました。



彼は、以前に、会って面識のある方なので、いろんな思い出話をしたいということ、私が高松で介護していた母が亡くなったことを知らなかったので、とのことで、私の自宅に一人は泊まれますので、宿泊していただくことにしましたところ、なんとなんと、一週間くらい、私の自宅に滞在してくださることになりました。



母の仏前で、私の伴奏で「千の風になって」を歌わせて下さい、とのことで、本当に嬉しかったです。



こういうことが同時に起こることは、おそらく、私の生涯でも、最初で最後かもしれないな、と思っていたのですが、高松市国分寺町在住の私のファンの一人の、Mさんから、「ずっとこのホームコンサートを続けましょうよ。」と言われましたので、自作自演の場が増えることは、とても素晴らしいことだな、と、音楽や作曲をやってきたことに深く感謝しているところです。



ただし、事前にご案内させていただいた関係者以外は、楽器と楽譜を持って、私のピアノと合奏したい、という目的でいらっしゃる方以外は、ご参加できない、本来のヨーロッパで開催されている、『完全クラシックサロン』です。



私のホームページの下記URLに、ご案内していますので、ご覧下さい。



http://kokada.web.fc2.com/concert016.html







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「丸山製麺所」・・・・・『月見うどん』〔かけうどん(170円)+生卵(40円)=210円〕、最高でした。5

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一昨日の朝ご飯は、「丸山製麺所」で、かけうどんに生卵をトッピングして、『月見うどん』にしていただきました。



行き慣れたお店でもないと、製麺所でいただくうどんは、『月見うどん』なんて風流なことを言ってられなくて、『かけうどんの生卵載せ』になるのでしょうけど、私は、お食事の時くらい、のーんびり行きたいと思っています。



通常のように、テボで温めたうどんの入った丼に先にだしをはった上に生卵を割って載せると、生卵がだしを冷ましてしまうので、私は、先に、生卵を割って丼に入れた上に、テボで温めたうどんを載せて、その上から熱いだしをかけ、そして、ネギを飾ります。



「丸山製麺所」の女将さんは、大体、私のそういうところもわかってくれていますので、いいですね(笑)。



こうして、いただいた月見うどんを半玉くらい食べたところで、天麩羅うどんにしたくなったので、干しエビと甲子豆の天麩羅を追加で取ってきて、温かいだしを少し足して、また、いただきました。



「丸山製麺所」の干しエビの天麩羅は、とても香ばしくて美味しいので、また残さずいただきました。



しめて、390円をお支払いしたら、女将さんから、



「やっぱり、あんたは、旅館の跡取りやった子やのう。」



と言われたので、



「ほんだって、熱いもんは熱いうちに、冷たいもんは冷たいうちに、お客さんに出さんといかん、いうて、小さい頃から、花板さんに教わったけんのう。好き勝手してごめんのう。そうや、お詫びに、『丸山製麺所』のテーマソングでも作曲しようか。」



と言うと、



「そんなもん作ってもろうたら、高いでしょうが。」



と返って来たので、



「ぼくが作曲するんやけん、著作権はぼくにあるけど、お金は作曲者のぼくがいらんで言うたらいらんのや。『さぬきうどん協会』が作った『讃岐うどん音頭』は、おもっしょい曲やけど、歌詞が中途半端に色気めいたもん出しとるでしょうが。『湯から上がった肌身の白さ』いう冒頭の歌詞は全然なっとらんで。曲名も何も知らんと聴き始めたら、ソープランドの歌かと思いまっせ。うどんが白いのはあたり前で、大事なことは、こしやのにのう。『わたし好き好き讃岐うどん』『あなた好き好き讃岐うどん』も手抜きの歌詞やわ。讃岐うどん嫌いな人が聞いてもええようにせないかんのや。それには、リアリズムが一番大事や。」



「リアリズムいうてなんな。」



「現実を見つめてそれをそのまま素直に歌詞にしたらええいうことや。ストーリー仕立てにしてもええけど、例えば、『涙そうそう』の歌詞はええでしょうが。『古いアルバムめくり有難うってつぶやいた。』素晴らしい始まりやわ。『お兄さん有難う。』言うようなあほげな歌詞はひと言もはいってないでしょう。『お兄さん有難う。』言うんは、小学生の夏休みの日記ですわのう(笑)。」



「わたしはそんな面倒げなことわからんけど、『涙そうそう』はええ曲やのう。」



「そうや。ほんだけん、ぼくも、コンサートでアンコールがかかったら、左手でショパン弾きながら右手で『涙そうそう』入れてみたりするんや。美空ひばりの『リンゴ追分』も名曲やわ。J.S.バッハの『マタイ受難曲』のアルトのアリアに匹敵しまっせ。」



・・・・・・・



などなど、他愛のないおしゃべりしながら、ぼく自身の思い出で、「丸山製麺所」のテーマソングを書いてみようと思いました。



このような、のーーーんびりした平和な高松において、「個人情報保護法」のようなものは、全く不要なのです。あれは、明日強盗が入って殺されるかもしれない、明日麻薬を売りつけられるかもしれない、明日自分の経営している会社がM&Aされるかもしれない、明日ひどい誹謗中傷で傷つけられるかもしれない、明日派遣切りやリストラをされるかもしれない、などと毎日怯えながら生きている東京のような殺伐とした生活空間にしか必要のない法律なのです。



掲載写真は、「丸山製麺所」の『月見うどん』と、追加でいただいた『干しエビと甲子豆の天麩羅』、です。





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「高松市レインボーロード祭」を終わって5

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2009年8月22日の「高松市レインボーロード祭」が、昨日無事に終わりました。



今回は第11回とのことで、11年前から、毎年、お盆の高松祭りの1週間後に開催してきたそうです。



主催は、『太田下町コミュニティセンター』で、完全にローカルな地域密着のイベントでした。



私自身、一昨年亡くなった母の介護のため、こうした分野には無頓着だったのですが、香川県内でも各地でこのような町内会が中心になったイベントが行われているようで、とても嬉しく思いました。



せとちとせさんは、とても素敵な衣装で参画されていましたが、彼女の仲間の、ドラム、キーボード、ギター奏者も、主に、愛媛県で活躍されているようですが、「讃岐ブギウギ」は傑作なので、楽しく演奏できました。



私のコラボでの共演のピアノパートは、その日の気分、聴衆の状況に合わせて、アドリブで変えるのですけど、今回は、グリッサンド、アクロバットスケール、を多用して、やりました。



演奏中、空を見ると、雲ひとつなく晴れ渡っていたので、とても気持ちがよかったです。。



こういう演奏機会を堪能していると、室内でゴソゴソとのみ演奏するスタイルは、つまらないですね(笑)。



自作自演は、楽しくなきゃダメです。気分がいい、ということが、第一なのですよ(笑)。



人の演奏や作曲の揚げ足をとったり、陰口を叩く暇があれば、楽器を練習したり、作曲の勉強をすればよいのです。芸は披露して初めて意味があるのですからね。



まあ、2ちゃんねらーのような、人の演奏や作曲の揚げ足をとったり、陰口を叩くのがお好きな音楽評論家風情は、演奏も作曲も出来ないし、やってみようという覇気もないのですから、論外なのですけどね(笑)。



太田下町コミュニティー協会の方から、また、いろいろ、協力して欲しいとのことでしたので、作曲、アレンジ、ピアノ演奏くらいなら、いつでもOKです、とお答えしておきました。



太田下町コミュニティー協会が、演奏後出してくださった、讃岐うどん、おでん、生ビールは最高でしたし、イベントの最後には、打ち上げ花火もあって、楽しめました。



お世話になった、太田下町コミュニティー協会の皆様には、深く感謝しています。



掲載写真は、私のステージを、聴きに来てくださっていた、香川県宇多津町在住の、若い友人が、デジカメで撮影してくださった、私達の出演時の写真、です。



このような地域密着のイベントが自然発生している、地方都市の高松市に住んでいてよかったな、って痛感しました。



そして、仮に、こういうイベントが、東京の六本木ヒルズ界隈で開催されたとしても、出されるうどんは高いのに不味いに決まっていますし、青空が美しくないし、人、それも、覚醒剤にうつつを抜かしている芸能人がたくさん住んでいるような、空気の不味い、環境の素晴らしい(笑)ところでは、嗅覚に与える悪影響が、味覚や聴覚に影響して、ろくな音楽空間が演出出来ないだろうと確信しましたから(笑)、ますます嬉しくなりました。








2009年8月22日(土)16:00〜の、「レインボーロード祭」への出演について5

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2009年4月19日(日)の、「第1回 おいで MY フェスタ・チャリティコンサート」で、せとちとせさん作詞作曲の、『讃岐ブギウギ』をアレンジして演奏したものについて、2009年8月22日(土)16:00〜の、「レインボーロード祭」にて、せとちとせさんとのデュオで再演して欲しいとのリクエストがあったそうで、2009年8月22日(土)16:00〜の、「レインボーロード祭」に出演することになりました。



私は、母の介護で、しばらく、世間から遠ざかっていましたので、「レインボーロード祭」というものの存在自体知らなかったのですけど、もともと、高松市内でも郊外にある「レインボーロード」が、今では、高松市の中心になっているようですね。



若い人達ばかりだそうですので(まあ、大体、現在52歳の私以上の世代で、対位法と和声学や正しいピアニズムをちゃんと勉強して、室内楽を作曲している人は、中四国、住んでいないでしょうけど〔笑〕。)、楽しみにしています。



せとちとせさん作詞作曲の、『讃岐ブギウギ』は間違いなく傑作ですし、私の、グリッサンドとアクロバットスケールを多用した、愉快なアレンジは抜群だと自負しているので、演奏すること自体、とても楽しいのですよ。



掲載写真は、高松市の「レインボーロード」です。「レインボーロード」は、もともと、旧、高松空港跡地の林町に出来た、IT企業の支店を集中させた、香川インテリジェントパークと、旧、高松市の中心街を結ぶ道として作られた道なのですが、その後、サンメッセという展示場、ビジネスホテルや香川大学工学部なども、香川インテリジェントパークの中に出来ましたので、高松市内の繁華街の中心になっているところです。





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7月18日の高松市三町ドーム下での、てらきちさんとのコラボ出演の報告5

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いろいろ忙しくしていたので遅くなりましたが、7月18日の高松市三町ドーム下でのJA香川県主催のイベントへの高松市三町ドーム下での、てらきちさんとのコラボ出演について、ご報告いたします。



結果的に大成功でした。



書道詩人てらきちさんが最初に書き下ろしたものを見ながら、ショパンの幻想即興曲を演奏していたのですけど、その文字が、花、だったので、そのあとのてらきちさんの講演の中では、ドビュッシーとシューマンの小品を入れる途中で、一青窈の「ハナミズキ」等を入れました。



このように、転調を好き勝手にいろんな作品を気の赴くままに入れることは、最高に楽しいですね。



終わった後、立ち止まって聴いていらした、60歳代のおじさんが、「実に楽しそうにピアノを弾いている姿がとてもよかった。」と言われましたので、成功でした。



ぼくの楽しそうなピアノの弾き方は、岡山や倉敷、栗林公園での庭園コンサート等でも、言われるんだけど、これは、東京にいた頃、カザルスホールで室内楽をやった時にも言われました。



その点では、前向きでオプティミストな自分の性格が、どうしても、自分の演奏には出てしまって、それが、聴衆の皆様に前向きな気持ちを発信しているようで、自分では意識していないだけに、とても嬉しいことです。



掲載写真は、7月18日の高松市三町ドーム下での、てらきちさんとのコラボの写真、です。



終わった後、「手打うどん 番丁」で、ざるうどんとうなぎ丼と一緒に、ここの、開店以来素晴らしい、『豆腐のおでん』を夕食にいただいた時、旧知の「手打うどん 番丁」のマスターに、コラボがうまくいったことを報告したら、商売抜きで、本当に喜んでくれたので、最高に美味しかったです。




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うーーーん、高松では、外食、おやつタイムは、絶対に『ガスト』や『ジョイフル』には行かない方がいいですね(笑)。5

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昨日も、ぼくは、お昼ごはんに、高松市丸亀町の『明石家』に行ってしまいました。というのも、蒸し暑かったので、『明石家』のトッピングの、「手作り豆腐ハンバーグ」(150円)と、「冷たいかけうどん」(200円)がどうしても食べたかったからでした。



12時過ぎに行くと、かなりの行列だったので、向かいのドラッグストアに、湿布薬を買いに行きました。というのも、この前、自転車で移動中に、孫を2人載せたおばあちゃんがヨロヨロと走っていたのとすれ違った際、よけてあげたときに、ガードレールにぶつけて転んでしまった時に足をかなり強く打った跡が痛かったためでした。



そして、また『明石家』に戻ったら、セルフで回転が早いので、OKですぐに座れました。



こうして、冷たいかけうどんに、温泉卵(60円)をトッピングして、念願の、豆腐のハンバーグ、そして、ここの大好きなシラスおろし(100円)と一緒にいただきました。細切り麺の『明石家』は、一玉が大きいので、お腹一杯になりました。しめて、510円の幸せな昼食でした。



さらに、今度の7月18日にコラボコンサートをやる、丸亀町商店街の一番北の、三越前のドーム下に行って下見をしたり、ピアノの配置などを相談してから、3時のおやつも、またまた、『明石家』の、釜揚げうどん(230円)と、オーガニックアイスコーヒー(100円)、しめて、330円をいただきました。



こちらもすごく美味しかったのですけど、お客さんも途切れているだろうと思いきや、いっぱいでした。さすがは高松ですね。みんな、おやつ時なんかの小腹が空いた時には、うどんを食べるんです。安くて美味しいですからね。



しかし、夕食に、『ガスト』に食べに行ったのがいけませんでした。



今、キャンペーン中という、「メキシカンピラフ、チーズハンバーグ載せ」と、ドリンクバーをいただいたのですけど、850円もするので、サラダをいただくと、1000円を超えてしまうので、サラダは自宅で大根とレタスのサラダを作っているものがあったので、すぐに帰宅して、そちらをいただきました。



でも、『ガスト』のハンバーグは、『明石家』のトッピングの「手作り豆腐ハンバーグ」の味付けに比べて、非常に不味かったし、お米もタイ米を使っていて、最悪でした。しかも、ドリンクバーが、190円もするのです。



昼食と3時のおやつは、『明石家』で、アフタードリンクも入れて、しめて、830円で、完璧に美味しい(特に、ここの「手作り豆腐ハンバーグ」には、刻んだ野菜が一杯入っていて、軽い照り焼き風の下味が付いているので、何もつけないで食べると抜群なのです。)のに、『ガスト』の「メキシカンピラフ、チーズハンバーグ載せ」と、ドリンクバーが、しめて、850円とは何事でしょう。しかも、『ガスト』のドリンクバー190円を引くと、660円なのですから、お米の不味さを辛めのソースでごまかしているし、ハンバーグの中身は、マクドナルド以下くらい、不味かったのです。



こうして、もう、ぼくの心は決まってしまいました。ぼくは夕食は自炊をベースにしているのですけど、外食だったら、絶対に、うどん店にしか行かないことに決めました。しかも、『明石家』のトッピングの、「手作り豆腐ハンバーグ」(150円)は、昨日、お聞きすると、テイクアウトできるのです。既に、最高に美味しい、セルフうどん店『たもや』のトッピングの「コロッケ」(120円)、『竹清』のトッピングの「半熟卵の天麩羅」(90円)、『まるいち』の「アナゴ一本の天麩羅」(120円)や「高野豆腐の天麩羅」(100円)はテイクアウトできるので、テイクアウトして、自宅で炊いた暖かいごはんや作ったサラダと一緒にいただいていましたけど、今後は、『明石家』のトッピングの、「手作り豆腐ハンバーグ」(150円)も、同様、テイクアウトすることにしました。



しかも、『明石家』の小鉢の代表の「切り干し大根の煮物」(50円)も、テイクアウトできるのですから、これは、もう、スーパーよりも安いのです。



香川県庁の調査では、エンゲル係数は、香川県が、日本一低いのだそうですけど、全て、セルフサービスうどん店のせいだと、昨日、ぼくは、実感いたしました。



掲載写真は、昨日のお昼いただいた、『明石家』の「冷たいかけうどん・温泉卵載せ」、「手作り豆腐ハンバーグ」と、「シラスおろし」、です。


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