K.OKADA・ブログ

ご来客数;




にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村
 にほんブログ村 グルメブログ そば(蕎麦)・うどんへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 高松情報へ
にほんブログ村
blogram投票ボタン [SINCE 2001.3.16.] 人気ブログランキングへ

私のホームページ「K.OKADAワールド」

は、四国高松在住の私、作曲家、兼、ピアニストの岡田克彦の世界です。ここの併設ブログは、音楽、四国の温泉と、香川県のさぬきうどん、四国のグルメ、景勝地、温泉等、
それらに加えて、私の母・岡田直子が2006年9月19日に他界したことから痛感した、人間の無常観に基づく社会観察や人生観、ウェブの限界等を中心に書いてゆくことにしています。

四国の美しい場所

『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』5

06354073.jpg約7年前に、開設1年目だったぼくの音楽ホームページ「K.OKADAワールド」が急速に来客数が増えたことや、岡山県知事の石井さんの委嘱で、岡山後楽園で朗読家の江守徹さん等と自作自演で共演したこと等(もちろん、ぼくは音楽は、作曲もピアノ演奏もアマチュアですから、ギャラなんか一銭ももらっていないし、ただ、東京にいた当時にぼくが外務省後援のユニセフのチャリティコンサートに自作自演で出演したのを聴きに来られていた、当時建設省勤務だった、現、石井岡山県知事がぼくの作品をとても気に入って下さっていて頼まれたので、急いで作曲して出演しただけなんだけど)をやっかむ、音楽業界人の一部、音楽大学を卒業したけれど、うまくいっていない連中が、アマチュアの分際で生意気な奴だとぼくのことを感じたのでしょう。



ウェブ上の「2ちゃんねる」というドブのような場所の無法者による掲示板攻撃に始まり、果ては、ぼくのEメールアドレスを勝手に使って自宅に松坂牛10キログラムなんてとんでもないものをネットで注文して代引きで送りつけるようないたずらまで起こりました。まあ、最終的には、ぼくが相談した香川県警ハイテク捜査部の捜査で、ぼくに関するスレッドを50本も立てたらしい、尼崎市在住の首謀者が判明しました。ぼくの予想通り、音楽業界人でした。が、精神的に病んでいて、『夢迷楽士』というハンドルネームでぼくを攻撃する人格と、『パスピエ』というハンドルネームでぼくの作品のファンを称する人格の二人を掲示板上で使い分けて掲示板が盛り上がるように仕組んでいたのだそうです。



「お詫びにお金を振り込みます。」なんて気味の悪いメールをもらったので、無視して丁重にお断りしました。ただし、



「今後同様のことをするのならば、(全世界からの来客数が既に20万人を超えていた)ぼくのホームページで、あなたの個人名、住所、携帯電話番号、Eメールアドレス等を全て全世界に向けて公表しますよ。」



と厳しく申し入れたので、彼は2ちゃんねるから消えて行きました。



そればかりか、2ちゃんねるの出資している雑誌社から、今回の貴重な体験を載せて欲しいと依頼と取材が高松まで来たので、受けてあげ、グラビアページに出ることになりました。また、ディレクターの気遣いでぼくの自作自演のCDもその雑誌に付録として添付されることになりました。



この時、ぼくは、もうこうなったら自分のプライバシーなんか全部公開してもいいな、と開き直りました。



まぁ、この雑誌が出版されたことに対する反抗の掲示板もまたまた立ったようで、それを見た東京の若い音楽仲間の友人が、高松のぼくに会いに来て、



「今回の岡田さんの取材は、話題性のある人をとりあげるという下らないもくろみなんだそうで、2ちゃんねるの西村博之がお金儲けのために画策したのだそうですよ。悔しいよな。」と言われたので言ってやりました。



「何が悔しいの。ちっとも悔しくなんかないよ。そんなこと最初からわかりきったことじゃない。2ちゃんねるをやっている西村博之も雑誌社も煩悩の塊の拝金主義者なんだから、ぼくが普段接触しているJ.S.バッハやドビュッシーのいる世界とは違う下界の出来事じゃない。」



「そこまで開き直ってたのですか」



「あたり前じゃない。そうでないと取材なんか受けるわけないよ。だけど、ぼくがもし君の立場だったら、周囲の知ってる人が、2ちゃんねるのネットウォッチ板でつるし上げられてたら、面白がって、何か書き込むかもしれないから、何か書き込んだかもしれないと思うよ。だから、君も、何か書いただろ。」



「うーーーっ。実は書き込みました。ごめんなさい。」



「やっぱりね。ぼくの周囲の人達も何人か書き込んでるに違いないと思ってるから、謝らなくていいよ。だって、人間なんてその程度の動物だからね。」



「えーーーっ、そんなに人間不信に陥ったんですか。」



「まさか。人間の裏側がわかっただけだよ。」



「本当にごめんなさい。許して下さい。」



「あのね、2ちゃんねるみたいな匿名の掲示板で好き勝手なことを書き込むのと、こうやって君とフェイス・トゥ・フェイスで会って話してるのとは、全く次元の違う出来事なんだよ。許す許さない、ってことじゃないよ。だってさ、今、君とこうして話してる時だって、君はもしかしたら心の中では、ぼくのことを陥れてやろう、って思ってるかもしれないからね。」



「そんなーーー、岡田さんを陥れようなんて思ってないですよ。」



「だから、思ってるんなら思っててもいい、ってことだよ。」



「嫌だよ。そんな状態で友達づらしてるなんて。」



「いいじゃない。とても人間臭くて。心の奥では自分の利害しか考えていないなんてのが、まさしく人間だよ。」



「ふーーーっ。そこまで達観したんですね。」



・・・・・



「それはそうと、君はぼくのこと好き?」(これは、モーツァルトが生前よく周囲の人達に投げかけた質問です。)



「えーーーっ、いきなりどうしたんですか。うーーーん。好きですよ。」



「よかった。ぼくも君のこと好きだからよろしくね(笑)。」



「アハハハ・・・、やっぱり、岡田さんて変わってるけど、いいな(笑)。」



「わはは・・、ぼくは死ぬまで変な奴だと思うよ。今日は、ゆっくり飲もうね(笑)。」



と言って、芋焼酎でカンパイしたのでした(笑)。



まあ、こんな好き勝手が出来たのも、ぼくがアマチュア音楽家だったからで、もし、生活がかかっているプロだったら、死活問題に関る大変なことだったと思います。この時ばかりは、自分のホームページを趣味で立ち上げていてよかったなぁ、って思いましたね。



絶対にリアルに会うことには及ばない、ウェブ上の出会いの限界も、掲示板でのやりとりや「空気を読む」というネチケットの一部が、ただ付和雷同な状況を作って、多数派にこびへつらうことを助長していることも、このあたりの風潮が昨今の若い人達の間で普遍的になっている『いじめ』構造のルーツであることも、無意識のうちに他人を傷つけてしまうことがウェブ上では日常茶飯事なことも、この時、大体、実感出来ました。



良きにつけ悪しきにつけ、時代は流れていて、人類が好む価値観は日々変遷しています。10数年前には考えられなかったほど、パソコンもインターネットも携帯電話も生活必需品になっています。が、このようなものの変遷は、たかだか100年前後、この世に生きている人間の欲望やニーズに応えている程度の、ごく些細な出来事にすぎません。



でも、ずっと未来永劫変遷しないものだってあるのです。



それは空の青さや木々の緑や川のせせらぎに代表される、今、生きているもの全てを包んでいる地球上の自然空間です。ぼくの尊敬する壷井榮女史の名作「二十四の瞳」の冒頭の次の一文が全てを象徴しているように・・・・・。



『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』



いろんなニュースで、人間のエゴイズムの象徴のような悲しい出来事に出会う度、人間の煩悩はどーしようもないものだな、と再確認してしまいます。



掲載写真は、「二十四の瞳」の舞台になった、ぼくの住む香川県の瀬戸内海に浮かぶ小豆島の写真で、「二十四の瞳」の平和の群像、です。

人気ブログランキングへ




にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村








春爛漫の高松5

416c6739.jpg
少し前までとても寒かったりしたのに、もう、高松は春爛漫になってしまいました。



普段だと、寒の戻りがあったりするのですけど、昨夜から、異常に暖かくなりました。だから、今日はコートも脱いでスーツだけで外勤していても、暑くて、自動車の窓を開けて走っていました。



何か変な時候だな、って感じています。これが、大きな災害の来る前触れでないといいのにな、って思うくらいなのですけど、もう、高松は、春爛漫でした。



今日は、外勤中に、様々な春を満喫しました。



まず、うちの家を出た、県道33号線の正面の、瀬戸内海放送局の並びにある、四電工(四国電力グループ会社)香川支店の前には見事な桜の木があるのですけど、もう満開を過ぎて散りかけていました。



急に暖かくなったので、桜も大変だな、って思わず笑ってしまいましたが、県道33号線を少し西に行った所に流れている、郷東川の河川敷には、たくさんの桜があるのですが、ここと、うちの自宅の裏の西方寺山を上がったところの、旅館『喜代美山荘・花樹海』周辺の桜は、少し下よりは温度が低いためか、ちょうど満開で、その周囲の菜の花畑も見事でした。しかも、よく晴れていたので、真っ黄色の菜の花畑の上のピンク色の桜の花々の間から、瀬戸内海の青い海が見え、屋島と女木島の間を、大きな船がゆったりと行き来していました。この、素晴らしい色彩のコントラストには、思わず車を止めて見とれてしまいました。



もうこの状況だと、週末お花見にゆくのならば、栗林公園や玉藻公園は終わってると思いましたので、公渕公園のような、山の方に行かないと、ダメだろうな、って思いました。が、まあ、ぼくの方は、一番仕事の忙しい時期なので、お花見どころじゃないのですけどね(笑)。



掲載写真は、高松市の郷東川河川敷の見事な満開の桜、です。

人気ブログランキングへ













四国88ヶ寺巡礼のご案内(その2)5

c4397d3c.jpgさて、四国88ヶ寺巡礼は、1番から88番まで、次のように決まっていて、そのとおり回った後、もう一度、1番札所と、京都の高野山の奥の院にお礼参りをするというのがしきたりになっています。



発心の道場・・・・・徳島県(第1番〜23番)、修行の道場・・・・・高知県(第24番〜39番) 、菩提の道場・・・・・愛媛県(第40番〜65番) 、涅槃の道場・・・・・香川県(第66番〜88番)、という順番になっています。



発心の道場・・・・・徳島県(第1番〜23番)


第1番 霊山寺
第2番 極楽寺
第3番 金泉寺
第4番 大日寺
第5番 地蔵寺
第6番 安楽寺
第7番 十楽寺
第8番 熊谷寺
第9番 法輪寺
第10番 切幡寺
第11番 藤井寺
第12番 焼山寺
第13番 大日寺
第14番 常楽寺
第15番 国分寺
第16番 観音寺
第17番 井戸寺
第18番 恩山寺
第19番 立江寺
第20番 鶴林寺
第21番 太龍寺
第22番 平等寺
第23番 薬王寺



修行の道場・・・・・高知県(第24番〜39番)


第24番 最御崎寺
第25番 津照寺
第26番 金剛頂寺
第27番 神峰寺
第28番 大日寺
第29番 国分寺
第30番 善楽寺
第31番 竹林寺
第32番 禅師峰寺
第33番 雪蹊寺
第34番 種間寺
第35番 清滝寺
第36番 青龍寺
第37番 岩本寺
第38番 金剛福寺
第39番 延光寺



菩提の道場・・・・・愛媛県(第40番〜65番)


第40番 観自在寺
第41番 龍光寺
第42番 仏木寺
第43番 明石寺
第44番 大宝寺
第45番 岩屋寺
第46番 浄瑠璃寺
第47番 八坂寺
第48番 西林寺
第49番 浄土寺
第50番 繁多寺
第51番 石手寺
第52番 太山寺
第53番 円明寺
第54番 延命寺
第55番 南光坊
第56番 泰山寺
第57番 栄福寺
第58番 仙遊寺
第59番 国分寺
第60番 横峰寺
第61番 香園寺
第62番 宝寿寺
第63番 吉祥寺
第64番 前神寺
第65番 三角寺



涅槃の道場・・・・・香川県(第66番〜88番)


第66番 雲辺寺
第67番 大興寺
第68番 神恵院
第69番 観音寺
第70番 本山寺
第71番 弥谷寺
第72番 曼荼羅寺
第73番 出釈迦寺
第74番 甲山寺
第75番 善通寺
第76番 金倉寺
第77番 道隆寺
第78番 郷照寺
第79番 高照院
第80番 国分寺
第81番 白峯寺
第82番 根香寺
第83番 一宮寺
第84番 屋島寺
第85番 八栗寺
第86番 志度寺
第87番 長尾寺
第88番 大窪寺(結願〔けちがん〕の寺) ・・・・・※結願〔けちがん〕;願いがかなう、の意



この一覧を見ただけで、えーーーっ、そんなに行けないよ、という方が多いと思います。ぼくもそうなんですよね。



でも、例えば、香川県内でも、66番の雲辺寺はロープウェイが、85番の八栗寺はケーブルカーが、81番の白峯寺と82番の根香寺は、五色台スカイラインが出来たので、随分、楽になっているのです。弘法大師がハイティーンだった平安時代のことを考えると、想像を絶する大変な苦行だったと思いますね。



掲載写真は、四国88ヶ寺の最後の88番札所の結願〔けちがん〕の寺の、香川県の大窪寺です。



この、ぼくの住む香川県にある88番札所の大窪寺の写真は入口なのですが、赤い傘が出ているところが、大窪寺入口の、精進料理のお茶屋さんです。ここの精進料理と田楽はとても美味しいので、四国88ヶ寺を歩いて回ったこともない食いしん坊のぼくも、時々、食べには行っているのです(笑)。



皆様もいらっしゃったら、ここの田楽は美味しいですから、是非、お召し上がり下さい。 ・・・・・なんてね、またまた、食べ物のお話になってしまいました(笑)。弘法大師さん、ごめんなさい。

人気ブログランキングへ











四国88ヶ寺巡礼のご案内(その1)5

3c2611e6.jpg
今日は、ぼくの住む四国にある、四国88ヶ寺巡礼のご案内を書くことにしました。



これについては、一昨年の秋、母が他界してすぐの頃に一度、ここのブログに掲載したのですけど、また、是非、ご紹介したいと思ったからです。



というのも、この2008年2月7日に、ヨンデンプラザ高松で初演した、ぼくの最新の作曲作品「コントラバスとピアノのための、”同行二人(どうぎょうににん)” OP.120」を作曲する中で、弘法大師(空海)のことをいろいろ知って、また改めてその偉大さに心打たれたからです。



平安時代は、もう、1200年以上も前のことですから、いろいろな言い伝えや伝説があって、神格化されているところもあるのですけど、弘法大師が香川県善通寺市の出身で、とても優秀だったこと、若くして都に上り、当時の大学に相当するところで、儒教を学んだけれども、こんなものでは、この国の民は救われないと思っていた頃に仏教の教えに出会い、大学をやめて、四国八十八ヶ寺で悟りを開こうと修行し、高知県の室戸で悟りを開いたのが17歳頃だったこと、そして、最澄とともに遣唐使としての留学生に選ばれて留学して帰国し、真言宗を始めたこと、またその際、中国で出会ったうどんをさぬきに持ち帰ったのがさぬきうどんの始まりであること、ふるさとのさぬきは雨が少なかったので官僚として赴任した時に、溜池を作ることを行なったこと、その代表が、満濃池であること、等は、事実のようです。



弘法大師に関する伝説には、もうほとんど信じられないようなデタラメもありますけど、その代表が、弘法大師が生まれた、四国88ヶ寺総本山の75番札所の善通寺の裏の香色山(こうしきざん)の山の形がいびつに凹んでいるのですけど、その凹んだところは、弘法大師が香色山のてっぺんから飛び降りたところだ、という話です。弘法大師が山のてっぺんから飛び降りたにもかかわらず、お釈迦様の手が出てきて、弘法大師はどうもなかったのだそうで、、その香色山の凹んだ所に、73番札所の出釈迦寺(しゅっしゃかじ)というお寺があるのです。お釈迦様の手が出てきたお寺なので、そういう命名になっているのです。そういう言い伝えと共に、73番札所の出釈迦寺は、記憶力増進と学業成就のお寺なので、受験生と、痴呆症防止を願うお年寄りがお参りしているのだそうです。



この話はぼくも知らなかったのです。が、13年前から付き合っていた10歳年下の相方が、善通寺市の出身で、彼が愛車のシトロエンで善通寺を案内してくれた時に教えてくれたのですけど、助手席でぼくは限りなく笑い転げてしまいました。しかも、彼は、モルモン教徒で、讃美歌、グレゴリオ聖歌、J.S.バッハ、ラヴェルが大好きで、趣味でトランペットを吹いていました。でも、もちろん二人で、長く仲良く出来ますように、って善通寺へお参りに行ったものです(笑)。



まあ、真言宗の教えは、『現世利益(げんぜりやく)』で、この世で生きているうちの幸せを祈るもので、あの世での『極楽浄土』を祈るものではありません。ですから、無病息災、学業成就、記憶力増進など、それぞれの四国88ヶ寺のお寺ごとに効能が決まっているのです。



最近、大学生等の若者の間で、歩いて回る、本来の『歩き遍路』というものが流行っているのは、理にかなっていることです。弘法大師が実際に四国88ヶ寺で修行したのは、ハイティーンの頃でしたから、その世代の人達が回るべきだと思っています。また、ぼくも含めて、余命いくばくもない人達は、「現世利益」よりも「極楽浄土」を祈った方がいいですよね(笑)。ただし、全行程は1500キロですから、相当な覚悟が必要だとは思いますけど・・・・・。早い人だと、1ヵ月半くらいで全部歩いて回るのだそうです。



ぼくの最新作の「コントラバスとピアノのための、”同行二人(どうぎょうににん)” OP.120」は、歩いて回るお遍路さんのイメージで作曲しました。歩くスピードのアンダンテで、覚えやすい耳につく旋法を使った同じテーマを繰り返してゆくのですが、1番札所が徳島県で始まり、高知県、愛媛県、そして最後の香川県という順序で四つの県を回りますので、四つの遠隔調でそれぞれの県を表し、荒々しい太平洋に面した徳島県と高知県の雰囲気と、穏やかな瀬戸内海に面した愛媛県と香川県の雰囲気が出るように作曲しました。



でも、ぼく自身は、四国88ヶ寺を歩いて回ったことなんかないので、完全にイマジネーションだけの作品です。が、もし、歩いて回っている若者がいたら、その励ましになればいいな、と思って作曲しましたので、『同行二人(どうぎょうににん)』という題名にしているのです。『同行二人(どうぎょうににん)』とは、お遍路さんは一人で回っているんじゃないんだ、いつも、弘法大師が一緒について回っているから、二人で回っているんだよ、という意味のお遍路さんの用語です。



まあ、お遍路さんの衣装が白装束なのは、いつでも死ぬ覚悟で回っています、という意味なのだそうですけど、それくらいの苦行だ、という意味であって、自殺しに行くのじゃないですし、四国の人達はお遍路さんが通ると、殺してやる、なんてとんでもないことで、逆に、その苦行を励ます『お接待』をする、ということが、江戸時代頃から長いしきたりになっています。『お接待』の本来の意味は、「自分たちには1500キロも歩いて回るなんて、とても出来ないけど、それをなさってるなんて素晴らしいことです。頑張って下さい。」という気持ちの現れなのです。



香川県においては、お遍路さんのお接待と、さぬきうどんは、切り離せないくらい、深いつながりがあるのですが、それは、お遍路さんが通ったら、自分たちが手打ちしたさぬきうどんを、お遍路さんにふるまっていたのです。



だからこそ、『さぬきうどん遍路』などというものは面白がってつけただけの、ムチャクチャな言葉です(笑)。だって、全てのうどん屋さんは、食べに来た人から、いくら安くて美味しい、って言ってもお金をとっているのですから。本来のお接待の意味では、全部無料にしないといけないのですよ。軽々しく『遍路』という言葉を使ってはいけないのです。



もちろん、今でも、本来のお接待をしているところが四国にはあります。例えば、南予地区のビジネスホテルには、お遍路さんは朝食代無料、というところがあったりします。



掲載写真は順に、四国88ヶ寺の、高知県の36番札所の青龍寺の厳しい参道、です。(つづく)

人気ブログランキングへ













『栗林公園』と、『2007.10.14.の栗林公園庭園コンサート』のこと5

715d3a47.jpg
掲載写真は、1996年9月、高松市の香川県立栗林公園での写真です。



時々、ぼくは栗林公園に行きたくなります。高松市内も高速道路の整備などでだいぶ変わりましたが、栗林公園だけは昔のまま残っているからだろうと思います。



屋島なども観光地としてはすたれ、旅館がだいぶ潰れてすっかり変わってしまいましたが、それだけに、栗林公園のようなものはずっと残って欲しいなあ、と思っています。



香川県庁勤務の友人に聞いたところ、栗林公園の香川県民の来園者数は非常に低迷しているのだそうです。どうしてなのかいろいろ考えたのですが、香川県の歴史に対する興味が希薄なことと、また、香川県の歴史を紹介するような努力が不足しているためじゃないかと思いました。



香川県教育委員会の方で、高校生への教育の一環として、「日本史」と平行して「香川県史」を教えた方がよいのかもしれませんね。だって、四国は本州とは別なんだから(笑)。



いろんな意味で、2007年10月14日に、栗林公園庭園コンサートに新作のピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111(全18曲)」の自分自身の弾き語りで初演することを含む、クラシック、ジャズ、ポップスを混ぜたプログラムで出演することは、今後のぼくの作曲と演奏活動に絶大な影響を及ぼすだろうと予感しています。



時あたかも、昨年脳内出血で急に逝去した母への思いを込めた小品もこの新作には入れていますし、小さい頃、かけっこをした思い出をアップテンポな複調のトッカータで入れたり、池で泳いでいる鯉にえさの麩をやった時の、麩にカプッ、カプッとかぶりつく鯉の様子を音型にした愉快な作品もとり混ぜています。また、この作品は、ぼく自身が50年間生きてきていつも親しんでいた「栗林公園」の思い出をベースにしているのですけど、この先、高松市内で生きて、栗林公園と日常的に接するかもしれない、全ての若者に捧げたいと思って作曲しました。10年後とか50年後に、同じようなに、栗林公園と日常的に接することがあるかもしれない若者に、全く同じ栗林公園をモチーフにした作品を作曲してもらえることを期待して、エンディングのエピローグは、前向きに終わるようにしています。



だから、この新作の初演は、たくさんの若者に聴きに来て欲しいと願っています。早稲田や高松高校の同窓会では大々的にPRしてくれていますけど、やはりね、ぼくより将来まで生きることが確実な若者に来て欲しいのです。



まぁね、ここを読んでいる若者で、聴いてみようという人がいたら、いらして下さいね。2007年10月14日(日)午前10時開演です。入園料500円弱で入れて、コンサートそのものは無料です。さぬきうどんを食べに来る時についでにお寄り下さいませ。もちろん、日曜日にやっている安いうどん屋さんは、高松市内にいっぱいありますから、ぼくの車でご案内しますよ。いらしたら、絶対に、ぼくに声をかけて下さいね。

人気ブログランキングへ













五色台のこと5

274f0b00.jpg
五色台は、私の住む、四国高松市の西端、坂出市との境目の、瀬戸内海に面した山のことです。

五色台の海沿いのドライブコースも瀬戸内海が美しく見えてとても素敵なところですが、五色台の上を走っている、五色台スカイラインというドライブコースも深い山の木々の間から美しい瀬戸内海が見える、とてもよいところで、ぼくは大好きなところです。

また、五色台の中には、四国八十八ヶ寺の第81番札所の白峯寺と、第82番札所の根香寺がありますので、お遍路さんもいらっしゃるところになっています。

この週末、久方ぶりに、五色台にドライブに行きましたので、そのときの写真を掲載したいと思います。

写真は、五色台の深い山々の新緑です。


人気ブログランキングへ









栗林公園庭園コンサートのご案内5

2706b455.jpgこのたび、標記に出演の依頼があり、出演することになりましたので、ご案内いたします。



栗林公園庭園コンサート



日時;2007年10月14日(日) AM.10:00〜10:30



場所;香川県立栗林公園・商工奨励館前・特設ステージ



作曲、編曲、ピアノソロ;岡田克彦



会費;無料



プログラム(予定)



ショパン:ノクターン OP.9-2



ショパン:ワルツ OP.64-1(小犬)



岡田克彦作曲;ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園 OP.111」(全18曲)
(2007年4月23日作曲、初演)

・プロローグ
・講武射の芝生
・三島一連の池の仙磯(せんぎ)
・花しょうぶ園
・日暮亭
・鳳尾塢(ほうびう)
・小普陀(しょうふだ)
・会千厳(かいせんがん)
・麩にかぶりつく鯉
・吹上の朝
・楓岸のギャロップ
・雨の掬月亭
・飛来峰から
・梅林橋の梅
・桜の馬場のトッカータ
・晩鐘
・家路
・エピローグ


※ 各小品の内容は下記のとおりです。

・プロローグ・・・・・ノスタルジーに沈む感覚

・講武射の芝生・・・・・一番好きだった講武射の横の丘の芝生に寝転がった思い出

・三島一連の池の仙磯(せんぎ)・・・・・三島一連の池の仙磯を見ながら瞑想にふけった思い出

・花しょうぶ園・・・・・冷たく美しくみずみずしいカノンにしました

・日暮亭・・・・・一日ずっといても飽きない苔むした岩

・鳳尾塢(ほうびう)・・・・・島津公から贈られたそてつの庭にたたずんだ時のこと

・小普陀(しょうふだ)・・・・・栗林公園の発祥地

・会千厳(かいせんがん)・・・・・赤壁のそばの名所に接して

・麩にかぶりつく鯉・・・・・投げた麩を取り合っていた鯉のこと

・吹上の朝・・・・・飛び石の上から冷たい水で手を洗った朝のこと

・楓岸のギャロップ・・・・・楓岸の遊歩道を小走りで行った思い出

・雨の掬月亭・・・・・霧雨に煙る掬月亭の思い出。掬月亭には雨が似合うと思います

・飛来峰から・・・・・飛来峰からの雄大な眺め

・梅林橋の梅・・・・・通称・赤橋に漂ってきた梅の香り

・桜の馬場のトッカータ・・・・・桜の馬場でかけっこをした思い出

・晩鐘・・・・・夕方、どこからともなく聞こえてきた帰宅を促する鐘の音

・家路・・・・・栗林公園から番町の自宅までの家路

・エピローグ・・・・・今も昔も変わらない栗林公園



シューマン:「子供の情景」より、異国から



岡田克彦編曲;全世代メドレー・2007 OP.116
(ジャズスタンダード、ミスティー 〜 尾崎豊の"I Love You"
 〜 夏川りみの『涙そうそう』)〔2007.6.28.編曲〕




http://kokada.web.fc2.com/new-pieces.html


http://www.pref.kagawa.jp/ritsurin/teien2007.html




※ 掲載写真は、栗林公園最大の眺望の飛来峰からの全景(正面の橋が、栗林公園内の池にかかる橋で最も大きいえん月橋〔俗称・たいこ橋〕)です。


人気ブログランキングへ










『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』5

5c9ca007.jpg

5年程前に、開設1年目だったぼくの音楽ホームページ「K.OKADAワールド」が急速に来客数が増えたことや、岡山県知事の石井さんの委嘱で、岡山後楽園で朗読家の江守徹さん等と自作自演で共演したこと等(もちろん、ぼくは音楽は、作曲もピアノ演奏もアマチュアですから、ギャラなんか一銭ももらっていないし、ただ、東京にいた当時にぼくが外務省後援のユニセフのチャリティコンサートに自作自演で出演したのを聴きに来られていた、当時建設省勤務だった、現、石井岡山県知事がぼくの作品をとても気に入って下さっていて頼まれたので、急いで作曲して出演しただけなんだけど)をやっかむ、音楽業界人の一部、音楽大学を卒業したけれど、うまくいっていない連中が、アマチュアの分際で生意気な奴だとぼくのことを感じたのでしょう。

ウェブ上の「2ちゃんねる」というドブのような場所の無法者による掲示板攻撃に始まり、果ては、ぼくのEメールアドレスを勝手に使って自宅に松坂牛10キログラムなんてとんでもないものをネットで注文して代引きで送りつけるようないたずらまで起こりました。まあ、最終的には、ぼくが相談した香川県警ハイテク捜査部の捜査で、ぼくに関するスレッドを50本も立てたらしい、尼崎市在住の首謀者が判明しました。ぼくの予想通り、音楽業界人でした。が、精神的に病んでいて、『夢迷楽士』というハンドルネームでぼくを攻撃する人格と、『パスピエ』というハンドルネームでぼくの作品のファンを称する人格の二人を掲示板上で使い分けて掲示板が盛り上がるように仕組んでいたのだそうです。

「お詫びにお金を振り込みます。」なんて気味の悪いメールをもらったので、無視して丁重にお断りしました。ただし、
「今後同様のことをするのならば、(全世界からの来客数が既に20万人を超えていた)ぼくのホームページで、あなたの個人名、住所、携帯電話番号、Eメールアドレス等を全て全世界に向けて公表しますよ。」
と厳しく申し入れたので、彼は2ちゃんねるから消えて行きました。
そればかりか、2ちゃんねるの出資している雑誌社から、今回の貴重な体験を載せて欲しいと依頼と取材が高松まで来たので、受けてあげ、グラビアページに出ることになりました。また、ディレクターの気遣いでぼくの自作自演のCDもその雑誌に付録として添付されることになりました。

この時、ぼくは、もうこうなったら自分のプライバシーなんか全部公開してもいいな、と開き直り、高松全日空ホテルでのインタビューに応じました。



まあ、こんな好き勝手が出来たのも、ぼくがアマチュア音楽家だったからで、もし、生活がかかっているプロだったら、死活問題に関る大変なことだったと思います。この時ばかりは、自分のホームページを趣味で立ち上げていてよかったなぁ、って思いましたね。

絶対にリアルに会うことには及ばない、ウェブ上の出会いの限界も、掲示板でのやりとりや「空気を読む」というネチケットの一部が、ただ付和雷同な状況を作って、多数派にこびへつらうことを助長していることも、このあたりの風潮が昨今の若い人達の間で普遍的になっている『いじめ』構造のルーツであることも、無意識のうちに他人を傷つけてしまうことがウェブ上では日常茶飯事なことも、この時、大体、実感出来ました。



良きにつけ悪しきにつけ、時代は流れていて、人類が好む価値観は日々変遷しています。10数年前には考えられなかったほど、パソコンもインターネットも携帯電話も生活必需品になっています。が、このようなものの変遷は、たかだか100年前後、この世に生きている人間の欲望やニーズに応えている程度の、ごく些細な出来事にすぎません。

でも、ずっと未来永劫変遷しないものだってあるのです。

それは空の青さや木々の緑や川のせせらぎに代表される、今、生きているもの全てを包んでいる地球上の自然空間です。ぼくの尊敬する壷井榮女史の名作「二十四の瞳」の冒頭の次の一文が全てを象徴しているように・・・・・。

『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』



掲載写真は、「二十四の瞳」の舞台になった、ぼくの住む香川県の瀬戸内海に浮かぶ小豆島の、「二十四の瞳」の平和の群像、です。

人気ブログランキングへ













昨日から急に寒くなりました。5

fce62f32.jpg
昨日から急に寒くなりました。

昨夜夜遅く、こちらの四国高松市内でも、少しだけ雪が降りました。

やっと年末が来たな、という感じです。

もう昨日で仕事納めになっているので、夕方、ダウンジャケットを出して、それを着て、自分の車で食事に行き、ティッシュペーパーなど必要なものを買い、洗濯に出していたスーツをとりに行ったりしました。

やっぱりダウンジャケットは暖かくていいですね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、明日は、今年最後の、会社の経営コンサルタントの皆さんとの忘年会がお寿司屋さんであります。とても楽しい納会になるでしょうから、相当飲むだろうな、って思ってますので、今日は控え目に食べておきましたけど・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

掲載写真は、夕食の帰り、高松市の五番丁通りの高松市役所近辺の木々のライトアップが綺麗だったので撮影したものです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰宅してから、また、母のたんすの整理等を少ししました。まあ、半年くらいはかかるだろうな、って思っていますけどね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、今日は弟が西宮から帰省して来るので楽しみにしています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

弟もピアノを趣味で弾いているので、たぶん「お母さんのために、二人で連弾しようよ。」って言うのはわかっているので、まあ、そのつもりですけど(笑)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、ぼくは、喪中の年末年始の過ごし方がよくわからないんだけど、いろいろ聞くと、おせち料理やお雑煮を食べてはいけないらしいので、まあ、元旦もやっているお店もあるんだけど、折角だから、二人でぼくの車に乗って、骨休めの温泉旅行にでも行こうかな(て言っても、四国のほとんどの温泉は冷泉を暖めたものなんだけど、なかなか内臓にはいいものが多いのです。)、そして温泉にのんびりつかってゆっくりしようかな、って思っています。

人気ブログランキングへ







高松・冬の祭・ライトアップ5

9a7e2b64.jpg
高松市の高松中央公園は、夏の8月は、盆踊り会場になりますが、冬は、12月〜新春までの間、「冬の祭」会場になります。

12月〜新春までの間は、高松市内の目抜き通りの「中央通り」ぞいから高松市役所一帯も、木々がライトアップされます。

高松中央公園のメインステージでは、幼稚園児や小学生達のお遊戯会のようなものが行なわています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎年、大晦日のカウントダウンの時は、朝方までなんかやってるのですけど、寒いのでみんな行かないので有名です。

まあ、数年前に、飲み友達と初詣に行く前に通りかかったのですけど、観客なんて4、5人しかいないのに、ステージの上には、出演の子供達やスタッフがいっぱいいて、司会者の声だけが空しく寒い冬空に響いていたので、ぼくは家からも近いんだけど、行く気がしませんでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

また、ライトアップが、バブル崩壊後、年々、貧しく汚くなってゆくので、もうおやめになればいいのに、と思っていました。まぁ、四国電力の人に聞いたところでは、ライトアップによる電気代の収入は大変なものだとのことでしたので、この景気の悪い失業者でいっぱいの時によくこんな無駄遣いをするものだと思っていました。が、そこは、ちゃんと裏があって、高松市にある霞ヶ関の外郭団体の観光協会が予算をつけるので続いています。

さすがに、景気が最悪だった数年前の高松中央公園のライトアップは、地元企業からの寄付も少なかったためか、わずかに寄付を多く出来た地場企業のカトキチとセシールの提灯ばかりでしたので、みんな呆れていましたけど・・・・・(笑)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

高松市には、西日本放送と、瀬戸内海放送という、いずれ劣らぬ、政治家、自民党と癒着した、アンテナの低い、田舎の放送局の本社があります。岡山の山陽放送の早稲田大学の先輩に聞いたところでは、香川県の豊島産業廃棄物の取材は、この二つの高松の放送局は、岡山県の山陽放送よりも二日も遅かったそうですから、西日本放送と、瀬戸内海放送の従業員の皆様においては、さぬきうどんの食べすぎで、プロテインが不足したことによる脳細胞の劣化が起こっているものと思われます(笑)。

で、この二つの情無い放送局が、案の定、高松市役所と癒着していて、高松中央公園の夏のお盆は、西日本放送、冬の祭は、瀬戸内海放送に、企画運営を丸投げしているので、ろくなものが企画出来ない状況のようですね(笑)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところが、今年の冬は、いつになく暖冬なので、冬の祭への人出は、いつもより多いようですので、昨夜、ちょっと見に行って来ましたら、景気が少し回復したためか、ライトアップが少しはマシになっていましたので、撮影してきました。

神戸のルミナリエには遠く及ばないチャチなものですけど、毎日、うどんばかり食べている人達にとっては、ありがたいイベントなんだろうな(笑)、と思いました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人気ブログランキングへ






四国88ヶ寺巡礼のご案内5

8b66e45f.jpg
今日は、ぼくの住む四国にある、四国88ヶ寺巡礼のご案内を書くことにしました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


四国88ヶ寺は、現世利益(げんぜりやく)〔この世で生きている間の幸せ〕を祈ることを旨とする、香川県出身の空海が始めた真言宗のお寺です。現世利益(げんぜりやく)は、厄落とし、無病息災、学業成就、ボケ封じ等々、いろいろなものを全て網羅していますが、四国88ヶ寺のそれぞれのお寺の効能も決まっているようですので、一度は、全てを回ることにより、精神修養も出来ることから、四国88ヶ寺巡礼のお遍路さんの伝統が昔からあります。

また、以前は、四国各地でも、四国88ヶ寺巡礼のお遍路さんが通ると、お米をあげたり、家の縁側でお茶とお菓子を出したりするなどという「お接待」という習慣が日常的でした。が、今日でも、四国内のいくつかのビジネスホテル等では、四国88ヶ寺巡礼のお遍路さんに対しては、朝食を無料で提供する等の「お接待」の習慣が残っています。

さらに、歩いて回る「歩き遍路さん」の宿泊のために、四国88ヶ寺が旅館を併設していますので、道路整備とともに、回りやすくなっています。昨今では、観光バスや個人タクシーで回ったり、オートバイのツーリングで回る人達もいますが、最近の若者においては、原点の「歩き遍路」がトレンディーになっているようです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


さて、四国88ヶ寺巡礼は、1番から88番まで、次のように決まっていて、そのとおり回った後、もう一度、1番札所と、京都の高野山の奥の院にお礼参りをするというのがしきたりになっているようです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


発心の道場・・・・・徳島県(第1番〜23番)

第1番 霊山寺
第2番 極楽寺
第3番 金泉寺
第4番 大日寺
第5番 地蔵寺
第6番 安楽寺
第7番 十楽寺
第8番 熊谷寺
第9番 法輪寺
第10番 切幡寺
第11番 藤井寺
第12番 焼山寺
第13番 大日寺
第14番 常楽寺
第15番 国分寺
第16番 観音寺
第17番 井戸寺
第18番 恩山寺
第19番 立江寺
第20番 鶴林寺
第21番 太龍寺
第22番 平等寺
第23番 薬王寺


修行の道場・・・・・高知県(第24番〜39番)

第24番 最御崎寺
第25番 津照寺
第26番 金剛頂寺
第27番 神峰寺
第28番 大日寺
第29番 国分寺
第30番 善楽寺
第31番 竹林寺
第32番 禅師峰寺
第33番 雪蹊寺
第34番 種間寺
第35番 清滝寺
第36番 青龍寺
第37番 岩本寺
第38番 金剛福寺
第39番 延光寺


菩提の道場・・・・・愛媛県(第40番〜65番)

第40番 観自在寺
第41番 龍光寺
第42番 仏木寺
第43番 明石寺
第44番 大宝寺
第45番 岩屋寺
第46番 浄瑠璃寺
第47番 八坂寺
第48番 西林寺
第49番 浄土寺
第50番 繁多寺
第51番 石手寺
第52番 太山寺
第53番 円明寺
第54番 延命寺
第55番 南光坊
第56番 泰山寺
第57番 栄福寺
第58番 仙遊寺
第59番 国分寺
第60番 横峰寺
第61番 香園寺
第62番 宝寿寺
第63番 吉祥寺
第64番 前神寺
第65番 三角寺


涅槃の道場・・・・・香川県(第66番〜88番)

第66番 雲辺寺
第67番 大興寺
第68番 神恵院
第69番 観音寺
第70番 本山寺
第71番 弥谷寺
第72番 曼荼羅寺
第73番 出釈迦寺
第74番 甲山寺
第75番 善通寺
第76番 金倉寺
第77番 道隆寺
第78番 郷照寺
第79番 高照院
第80番 国分寺
第81番 白峯寺
第82番 根香寺
第83番 一宮寺
第84番 屋島寺
第85番 八栗寺
第86番 志度寺
第87番 長尾寺
第88番 大窪寺(結願〔けちがん〕の寺)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


掲載写真は、ぼくの住む香川県にある88番札所の大窪寺の写真は入口なのですが、赤い傘が出ているところが、大窪寺入口の、精進料理のお茶屋さんです。ここの精進料理は美味しいので、時々、食べに行っています。

皆様もいらっしゃったら、是非、一度お召し上がり下さい。

人気ブログランキングへ















16年ぶりの「面河渓(おもごけい)」・・・・・四国の渓谷美5

4a1a4951.jpg
ぼくの住んでいる四国は、香川県と徳島県の境の阿讃山脈も、愛媛県と高知県にかかる四国山脈も、いずれも険しい山々ですので、渓谷美はいろいろなところで見れます。

四国の山脈の代表は、四国の東にある高峰の剣山(つるぎさん)系統と、四国の西にある高峰の石鎚山(いしづちさん)系統の2つになりますが、圧倒的に、後者の石鎚山系統の方が雄大な自然を織り成しています。

石鎚山系統は、日本で最も水が美しい川とされている、四万十川(しまんとがわ)の源流でもあり、日本三大カルストの一つ「四国カルスト」もこちらに含まれます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「面河渓(おもごけい)」は、石鎚山の懐にある、美しい渓谷です。古くからの観光名所なので、ぼくは、24歳の頃、住友信託銀行吉祥寺支店から転勤して勤務していた松山支店在勤当時の1981年に、一人旅で松山から遊びに行って、ここに古くからある宿屋の『渓泉亭(けいせんてい)』に3日程滞在したことがありました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


思い起こすと、住友信託銀行新宿支店で勤務する前の「面河渓」に遊びに行って滞在した24歳当時、会社で、ぼくを最初に指導してくれたラグビー部出身の大好きだった先輩は結婚して大阪に転勤してしまった後でした。

全然好きでもない後任の課長代理の先輩に飲みに連れて行かれた時に酔った勢いで連れて行かれた松山市の道後ネオン坂のソープランドで、先輩が3発もやったのに、ぼくはもう1発やった後、なんか空しくてソープ嬢とおしゃべりして仲良くなってしまいました。

「せっかくソープに連れて来てやったのに、1発しかやらないとは情無い奴だ。」って、先輩に怒られたので、ぼくは素直に、

「ああ、ぼくは情無い奴なんだろうな。」って思ったけど、すごく悔しかったので、道後温泉地区の信託預金集めを担当していたぼくは、仲良くなったソープ嬢のところへ営業に行っていろいろな人を紹介してもらって、当時始まったばかりだった、財形貯蓄制度を道後ネオン坂のソープランドのほとんど全てに導入して、道後の旅館もほとんど全て導入したりして、最後には、道後ネオン坂のソープランドを仕切っていた、「合田組」という暴力団の組長とも仲良くなって新規取引開始して、その課長代理の先輩の成績の倍くらいの数字を上げて、一目置かせてしまいました(笑)。

ところが、その先輩は、ぼくのことを、仕事一筋の奴だ、って勘違いしてしまい、今度は、

「仕事ばかりしてちゃいかん。早く結婚しろ。」

とうるさく言ってきて、松山支店の若い女の子とのお見合いをセットするようなことまで始めたので、人事部に、早く、東京に転勤で戻りたい、という希望を出していた当時でした。ぼくは、音楽活動を続けたかったので、結婚なんて考えていなかったのですから。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぼくを最初に指導してくれた、大好きだったラグビー部出身の先輩のことを思い出すと、

「なんで、先輩、ぼくを一人松山に残して転勤して行ってしまったの。ぼく、寂しいよ。先輩のお陰で、ぼく、信託預金の新規開拓方法、いろいろ教えてもらったから、仕事出来るようになったけど、今のぼくの成果が、あんな、今の課長代理の指導の賜物になるなんて嫌だよ。全部先輩にあげたいよ。」

と思い、いつも胸の中が張り裂けそうなくらい辛かったものでした。

あの先輩だったら、早く結婚しろ、なんてバカなことは絶対に言わなかっただろうし、ぼくの趣味の作曲活動も応援してくれていました。

当時、ぼくは、絶対に、ぼくを最初に指導してくれた、大好きだったラグビー部出身の先輩のような格好いい課長代理の男になりたい、と固く誓っていました。

が、当時ぼくが訪れた「面河渓」の美しい緑と川は、そういう風に世俗にまみれてすさんでいたぼくの気持ちをいやしてくれましたし、その時の旅の思い出で「南予の想い出」OP.48というピアノ組曲を作曲できるような霊感を与えてくれました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・そんなこんな思い出話をしながら、高松にUターンした後の1997年の夏休み、ぼくは、トランペットをやっていた若い音楽仲間を車に載せて、一緒に「面河渓」に遊びに行きました。

実に、16年ぶりのことでした。

「面河渓」の奥に入ってゆくには、岩をくりぬいた穴を、いくつか通らないといけないのですが、一つ一つくぐり抜ける度に、渓谷の奥に向かうので温度が下がっていくのです。

この岩をくりぬいた穴をくぐる度に、ぼくは、過ぎ去った16年間という年月を思い出して、あまりにもいろんなことがあった16年間だったので、次第にノスタルジックになってしまいました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


音楽活動のことを思いました。

16年前に「面河渓」に来た直後、東京の住友信託銀行新宿支店に転勤したことから、ぼくは、「日本アマチュア演奏家協会」で、ずっとやりたかった室内楽の演奏に取り組むようになったよなあ。また、作曲の恩師にも出会い、室内楽曲の作曲も本格的に開始したけど、一番世話になった恩師の、一歳年下の、座光寺公明君は、ぼくが30歳の時、29歳で急性心不全で亡くなったんだよなあ。・・・・・なんていろいろ思い出すと、悲しくなりました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「岡田さんどうしたの、泣いてるの。ぼく何か悪いこと言ったかな。」

トランペットを吹いていた友人が助手席から話しかけて来ました。

「昔を思い出すと泣けちゃってね。運転変わってもらっていい。」

「はい、変わります。」

優しい彼はすぐに運転を交代してくれました。

「だって、ずっと運転してるから疲れたんじゃない。もう四十路なんだから無理しちゃだめだよ。」

「かもしれないな。」

「今日はどうしたの。いつもだったら言い返すのに、いつになく素直じゃない。」

「うん。もう、素直に君の言う通りにするよ。」

「岡田さん、変だよ。絶対に変だ。」

「ぼく、いつも変な奴じゃない。君が一番よくわかってると思うけど(笑)。」

「アハハ・・・。そうだね。でも、どうして岡田さんが『面河渓』に行こう、って言ったかよくわかったよ。すごく水がきれいで静かで涼しくていいところだね。」

・・・・・こうして16年前に宿泊した『渓泉亭』に到着しました。(1997年当時、『渓泉亭』はまだ宿泊出来ました。が、現在は食堂だけになっていて、向かいの国民宿舎でないと宿泊は出来ません。)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


エアコン不要の『渓泉亭』に2泊し、散策したり、獲れたてのアユや山菜を食べたり、川沿いに下りておしゃべりしたり、まったりとした時間を過ごしました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


掲載写真は、この時、川沿いで撮影したものです。

人気ブログランキングへ

livedoor プロフィール
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Categories
QRコード
QRコード
  • livedoor Readerに登録
  • RSS
  • livedoor Blog(ブログ)