約7年前に、開設1年目だったぼくの音楽ホームページ「K.OKADAワールド」が急速に来客数が増えたことや、岡山県知事の石井さんの委嘱で、岡山後楽園で朗読家の江守徹さん等と自作自演で共演したこと等(もちろん、ぼくは音楽は、作曲もピアノ演奏もアマチュアですから、ギャラなんか一銭ももらっていないし、ただ、東京にいた当時にぼくが外務省後援のユニセフのチャリティコンサートに自作自演で出演したのを聴きに来られていた、当時建設省勤務だった、現、石井岡山県知事がぼくの作品をとても気に入って下さっていて頼まれたので、急いで作曲して出演しただけなんだけど)をやっかむ、音楽業界人の一部、音楽大学を卒業したけれど、うまくいっていない連中が、アマチュアの分際で生意気な奴だとぼくのことを感じたのでしょう。 ウェブ上の「2ちゃんねる」というドブのような場所の無法者による掲示板攻撃に始まり、果ては、ぼくのEメールアドレスを勝手に使って自宅に松坂牛10キログラムなんてとんでもないものをネットで注文して代引きで送りつけるようないたずらまで起こりました。まあ、最終的には、ぼくが相談した香川県警ハイテク捜査部の捜査で、ぼくに関するスレッドを50本も立てたらしい、尼崎市在住の首謀者が判明しました。ぼくの予想通り、音楽業界人でした。が、精神的に病んでいて、『夢迷楽士』というハンドルネームでぼくを攻撃する人格と、『パスピエ』というハンドルネームでぼくの作品のファンを称する人格の二人を掲示板上で使い分けて掲示板が盛り上がるように仕組んでいたのだそうです。
「お詫びにお金を振り込みます。」なんて気味の悪いメールをもらったので、無視して丁重にお断りしました。ただし、
「今後同様のことをするのならば、(全世界からの来客数が既に20万人を超えていた)ぼくのホームページで、あなたの個人名、住所、携帯電話番号、Eメールアドレス等を全て全世界に向けて公表しますよ。」
と厳しく申し入れたので、彼は2ちゃんねるから消えて行きました。
そればかりか、2ちゃんねるの出資している雑誌社から、今回の貴重な体験を載せて欲しいと依頼と取材が高松まで来たので、受けてあげ、グラビアページに出ることになりました。また、ディレクターの気遣いでぼくの自作自演のCDもその雑誌に付録として添付されることになりました。
この時、ぼくは、もうこうなったら自分のプライバシーなんか全部公開してもいいな、と開き直りました。
まぁ、この雑誌が出版されたことに対する反抗の掲示板もまたまた立ったようで、それを見た東京の若い音楽仲間の友人が、高松のぼくに会いに来て、
「今回の岡田さんの取材は、話題性のある人をとりあげるという下らないもくろみなんだそうで、2ちゃんねるの西村博之がお金儲けのために画策したのだそうですよ。悔しいよな。」と言われたので言ってやりました。
「何が悔しいの。ちっとも悔しくなんかないよ。そんなこと最初からわかりきったことじゃない。2ちゃんねるをやっている西村博之も雑誌社も煩悩の塊の拝金主義者なんだから、ぼくが普段接触しているJ.S.バッハやドビュッシーのいる世界とは違う下界の出来事じゃない。」
「そこまで開き直ってたのですか」
「あたり前じゃない。そうでないと取材なんか受けるわけないよ。だけど、ぼくがもし君の立場だったら、周囲の知ってる人が、2ちゃんねるのネットウォッチ板でつるし上げられてたら、面白がって、何か書き込むかもしれないから、何か書き込んだかもしれないと思うよ。だから、君も、何か書いただろ。」
「うーーーっ。実は書き込みました。ごめんなさい。」
「やっぱりね。ぼくの周囲の人達も何人か書き込んでるに違いないと思ってるから、謝らなくていいよ。だって、人間なんてその程度の動物だからね。」
「えーーーっ、そんなに人間不信に陥ったんですか。」
「まさか。人間の裏側がわかっただけだよ。」
「本当にごめんなさい。許して下さい。」
「あのね、2ちゃんねるみたいな匿名の掲示板で好き勝手なことを書き込むのと、こうやって君とフェイス・トゥ・フェイスで会って話してるのとは、全く次元の違う出来事なんだよ。許す許さない、ってことじゃないよ。だってさ、今、君とこうして話してる時だって、君はもしかしたら心の中では、ぼくのことを陥れてやろう、って思ってるかもしれないからね。」
「そんなーーー、岡田さんを陥れようなんて思ってないですよ。」
「だから、思ってるんなら思っててもいい、ってことだよ。」
「嫌だよ。そんな状態で友達づらしてるなんて。」
「いいじゃない。とても人間臭くて。心の奥では自分の利害しか考えていないなんてのが、まさしく人間だよ。」
「ふーーーっ。そこまで達観したんですね。」
・・・・・
「それはそうと、君はぼくのこと好き?」(これは、モーツァルトが生前よく周囲の人達に投げかけた質問です。)
「えーーーっ、いきなりどうしたんですか。うーーーん。好きですよ。」
「よかった。ぼくも君のこと好きだからよろしくね(笑)。」
「アハハハ・・・、やっぱり、岡田さんて変わってるけど、いいな(笑)。」
「わはは・・、ぼくは死ぬまで変な奴だと思うよ。今日は、ゆっくり飲もうね(笑)。」
と言って、芋焼酎でカンパイしたのでした(笑)。
まあ、こんな好き勝手が出来たのも、ぼくがアマチュア音楽家だったからで、もし、生活がかかっているプロだったら、死活問題に関る大変なことだったと思います。この時ばかりは、自分のホームページを趣味で立ち上げていてよかったなぁ、って思いましたね。
絶対にリアルに会うことには及ばない、ウェブ上の出会いの限界も、掲示板でのやりとりや「空気を読む」というネチケットの一部が、ただ付和雷同な状況を作って、多数派にこびへつらうことを助長していることも、このあたりの風潮が昨今の若い人達の間で普遍的になっている『いじめ』構造のルーツであることも、無意識のうちに他人を傷つけてしまうことがウェブ上では日常茶飯事なことも、この時、大体、実感出来ました。
良きにつけ悪しきにつけ、時代は流れていて、人類が好む価値観は日々変遷しています。10数年前には考えられなかったほど、パソコンもインターネットも携帯電話も生活必需品になっています。が、このようなものの変遷は、たかだか100年前後、この世に生きている人間の欲望やニーズに応えている程度の、ごく些細な出来事にすぎません。
でも、ずっと未来永劫変遷しないものだってあるのです。
それは空の青さや木々の緑や川のせせらぎに代表される、今、生きているもの全てを包んでいる地球上の自然空間です。ぼくの尊敬する壷井榮女史の名作「二十四の瞳」の冒頭の次の一文が全てを象徴しているように・・・・・。
『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』
いろんなニュースで、人間のエゴイズムの象徴のような悲しい出来事に出会う度、人間の煩悩はどーしようもないものだな、と再確認してしまいます。
掲載写真は、「二十四の瞳」の舞台になった、ぼくの住む香川県の瀬戸内海に浮かぶ小豆島の写真で、「二十四の瞳」の平和の群像、です。
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