
昭和32年、つまり、ぼくが生まれた年創業の『池上』にはじめて行ったのは、7年ほど前、以前、店のあった、鶴市町でした。三豊市に住む友人の親戚が、ぼくがいつも食べに行っていた高松市の八本松にある「竹清(ちくせい)」の大将の奥さん(つまり、天麩羅の達人)だということで、うどんを食べに高松に遊び来た時、うちの近所の鶴市町にある「池上」の生醤油うどんが絶対に美味しいという噂を聞いたので、と誘われて、お昼を食べに行った時でした。
通称・産業道路を南へ行ったところにある、マルヨシセンターの裏の郷東川の河川敷のそばに、「池上」がありました。店や家というよりも、掘っ立て小屋でした。少し行列が出来ていましたが、回転が速いので、20分ほどで食べられました。ただし、ここは、製麺所なので、生醤油うどん(つまり、醤油をかけるだけの食べ方)しかないのです。当然、狭い店内と庭先にほとんどイスはありませんから、みんな立って食べているのです。お客さんの大半は、近所の百十四銀行鶴市支店の人やゼネコンの人といったサラリーマン達や主婦でした。
お店を入ったところで、大きな釜でうどんを茹でているのが、名物のルミばあちゃんでした。70歳前後の、背中の曲がったおばあちゃんなんだけど、本当に元気一杯で、笑顔がとても純粋なので、思わず話しかけてしまいました。
「ほーなー、西宝町に住んどるんな。うちの隣町じゃ。はじめて来たんなぁ。熱いんと冷たいんとどっちにするんな。一玉69円やけん、そこの缶々に入れてぇた。おつりもとりまいの。」
見ると、大きなクッキーの空き缶に小銭が一杯入っていて、客はそこにお金を入れて自分でおつりをとるようになっていました。レジもセルフなのです。 何という安さでしょう。びっくりしたぼくは、聞きました。
「一玉69円やいうて、何で69円にしとんな。」
「うちの主人が69歳の時に死んだ後を継いで私がやっりょるけん、69円にしとんじゃあ。」
こうして、どんぶりに、ルミばあちゃんが入れてくれた、打ちたて、茹でたての麺を自分で、お湯につけてテボでしゃかしゃかとやって、ネギ、ショウガ、卵(30円)を入れて、醤油をかけて混ぜていただくだけなのです。
「そこにお酢があるやろ。ちょっとお酢をかけたら美味しいで。」
「はいわかりました。」
ぼくは言われた通りにして、3玉いただきました。ものすごーーーく、美味しくて感動しました。こしがとてもしっかりしていて、しかも、ルミばあちゃんが言ったとおり、お酢を少し入れると、最高に美味しいんですよね。店の中は一杯だったので、庭先で立って、夢中で食べました。
食べ終わったら、どんぶりをそこにある水道水で自分で洗って、食器の水切りに置くようになっていて、みんな、食器まで洗っていました。いいなぁ、本当に、レジと食器洗いも、全部、セルフなんだな、と感動してしまいました。
「すごーーーく、美味しかった。ぼく、近所だから、また来ますね。」
「ほーなー、美味しかったな。ほんだらよかった。」
ルミばあちゃんは、本当に嬉しそうに笑ってから、
「今日は、混んどんじゃあ。朝一番のお客さんは、札幌から来たけんのう。」
「本当ですか。すごいなぁ、北海道からも食べに来るんですね。」
「うん。わたしも美味しい言うてくれるお客さんがおる限り、頑張らないかんのや。」
「がんばってください。また来ます。ごちそうさま。」
以来、ぼくは何回も行きました。そのうち、69円という端数がややこしかったのでしょう。1玉70円になりましたけど、これは、値上げではないですね(笑)。
非常に優しく無邪気なおばあちゃんでしたので、4年前に、同世代の母を連れてゆきました。
昼は混むので、足腰の痛い母のために、夕方に連れて行ったら、母は座れましたので、ほっとして、二人でおいしい生醤油うどんをいただいたら、ルミばあちゃんが母に話しかけてきました。
「あんた何歳になるんな。」
「74になります。」
「そしたら、私より2歳先輩やのう。腰が痛いんな。」
「痛うてたまらんことがあるんです。奥様はいかがですか。」
「わたしのこと奥様言うて呼ぶ人はあんまりおらんで。あんたは、ええとこのゲンシャ(讃岐弁で、お金持ちの意味)の、まちのお嬢さんやったんやろのう。その齢でピンクのブラウスが似合う人はそんなにおらんで。」
「まあ、こんなピンクの常着をお褒めいただいて恐縮です。私は、以前、今、介護してくれている長男のこの子が小さかった頃、瓦町の「丸天旅館」の若女将をしていましたので、息子から奥様が同じくらいの年で頑張っていると聞いてお伺いしたのです。製麺所も旅館も同じ、水商売です。だから、大島つむぎでも着て来ないかんと思うたけど、もう腰が痛うて和服は着れんのですわ。これからもよろしくお願いします。この、長男の克彦は、3歳からピアノやらせたら、音楽が好きになってしもうて趣味でようけ作曲しよんで、『ぼくはピアノと結婚した。』と、えらっそげに言うて結婚せんけん孫の顔も見れんのですわ。でも、大学時代に東京に進学して向こうで就職したのに、私が倒れたら直ちに転職までして、うちに帰ってきてくれたんで、びっくりしましたけど、男の子やのにほんまに優しい子で、高松市内のいろんな美味しいお店連れて行ってくれるんで、楽しんどんですわ。朝ごはんの味噌春や玉子焼きは全部作ってくれるけん、有難いことです。」
「あんたは、本当に、親孝行なええ子や。さっきから見よったら、杖突いたお母さんを気づかっとるんをわたしはよう見とりまっせ。お母さんを座らせて自分は立って食べよる。こんなことする男の子はそんなにおらんで。それもこれもあんたのしつけがよかったんや。丸天旅館はよう知っとりまっせ。美空ひばりが泊まった旅館でしょうが。旅館は、板前さんと女将さんでなりたっとるんじゃ。ほんだけんあんたが若い頃苦労して、年取って腰が痛うなったんはしょうがない。でも、今は親孝行な息子さんがそばにいてくれるんやけんええですな。ここは、大島紬みたいな和服着てきたらいかんで。常着で息子さんと来てくれたら十分や。、そらのう、日によってはわたしも腰が痛いこともあるけど、うちのうどんを待ってくれとる人がおるけん、そんなこと言うとれんのや。あんたも若女将しよった頃を思い出して、しゃんとしまーせ。」
「はい。有難うございます。本当に美味しかった。ごちそうさまでした。」
「有難うございます。ほんで、息子さんあんたは車どこに止めとんな。」
「はい。このすぐ裏の喫茶店『珈琲畑』に先に行って。『「池上」さんでうどんいただいたあと、ここで、ケーキセット頼みますから、車置かせて下さい。』とマスターに頼んで車を止めてきましたので、大丈夫ですよ。」
「ほんまに至れり尽くせりじゃ。あんたは本当にええ子じゃ。さすがは、美空ひばりの泊まった「丸天旅館」の三代目じゃ。そんなことする人は東京や大阪から来た人も讃岐の人にもほとんどおらんで。みんな、『マルヨシセンター』の駐車場に車止めて、買い物しよんかせんのかわからんけど、買うたとしても、買うた野菜は家に持って帰って料理するんでしょうが。飲食店は、作った人の目の前で食べないいかんことがわからんのや。特に、主婦はあつかましいでっせ。自分の車を『マルヨシセンター』の駐車場にとめて、すぐ裏のうちでうどん食べて、『マルヨシセンター』でちょぼっと買うて、それを家に持って帰るんやけんのう。『珈琲畑』のケーキセット800円がもったいないんやけん、ほんまにお金の亡者やけん困るんじゃ。」
「ルミばあちゃん、そんなこと言うたら恥ずかしいわ。ぼく、顔が真っ赤になってしもうたでないんな(笑)。」
「ハハハ・・・。まぁの、お母さんが転(ころ)いだらいかんので。年寄りは転ぶんが一番いかんのや。これだけは、特に、息子さんは絶対に気ぃつけまいよ。」
という、ルミばあちゃんのことを母も気に入って、数回食べに連れて行きました。
しかし、母が亡くなった2006年あたりから、全国的なさぬきうどんブームがさらに加熱し、映画「UDON」が出来た頃、鶴市町の「池上」は長蛇の列になってしまい、閑静な住宅街だった近所や、買い物もしないのに車がいっぱい止まって満車になった『マルヨシセンター』から、立ち退いて欲しいとの要望があって、移転せざるを得なくなってしまいました。ぼくにとっては、近所の美味しいうどん店がなくなるのはとても寂しかったけど、仕方ないのかな、どこに移転するのかな、と思っていました。
が、この母の初盆前の、2007年8月11日(土)、「池上」は見事に復活しました。母が、天国から「池上」を守ってくれたんだ、と思って 、早速、食べに行きました。
住所、電話は、香川県高松市高松市香川町川東下899-1 087-879-2204 で、かなり田舎の方に変わりましたが、営業時間は以前は、10:00〜13:30 16:00〜17:00 年中無休、でしたが、ルミばあちゃんの愛弟子が数名育って彼らが中心にやっていますので、新店舗では、下記のようになっています。
(平日)10:00〜14:30 (土)10:00〜13:30 16:00〜17:00 (日・祝)10:00〜13:30 16:00〜17:00
また、新しい『池上』は、うどんの茹でたお湯という排水をきれいにする装置も設置しましたので、若干、値段は高くなりました(といっても安いけど、味は変わっていませんし、生醤油以外に、かけ、釜揚げ、という新しいメニューも加わり、トッピングの天麩羅も常時20種類以上、置いています。
新店舗は、店内も、駐車場も広く、カフェテリアのように、たんぼを眺めながら、うどんをいただけるようになっています。
うどん(冷、熱、釜揚げ)1玉150円、2玉250円、3玉350円、玉子50円、天麩羅100円、炊き込みご飯150円、となっていて、うどんの麺そのもので勝負しているお店です。
最近、「『池上』は味が落ちた、もうおしまいだ。」という小中高校の同窓生のピアノを少しかじっただけの友人に、ぼくは、必ず、言い返して叱りつ付けています。
「君は、食欲だけの下等動物ですか。ぼくは、君と違って、ピアノは自作を自己表現したい時などにたまに弾いているだけの、曲を作る作曲家のアーティストなので、食欲に関しても、うどんのエッジが立っているとか、その時々であたり外れのある、製麺所の麺のこしのような枝葉末節情報で判断しません。一番大切なことは、作ってくれる方の心構え、ハート、そして、最高に美味しかった時に味わったぼくの味覚の記憶です。君のように、記憶力が悪く、感受性の濁った人は、「池上」に食べに行かなけりゃいいのです。そうしたら、「池上」のルミばあちゃんもほっとして、後進の指導にあたれますからね。それと、いいですか、『「池上」は味が落ちた、もうおしまいだ。」』なんて陰口を今後叩いたら作曲家のぼくは許しませんよ。まあね、アーティストのぼくと同じ水準で『池上』を評価するのなら、最低でも、ショパンの『ノクターン OP.48-1』の原調のハ短調が同主調のハ長調にかわったあと、ハ短調に戻る瞬間が何小節目のどの音か、その時の導音が絶対音でどの音なのか、明確にアナリーゼしてからにしなさい。うどんも人の作品ですよ。評価して批判的なゴタクを並べる前に、もっと謙虚になって、自分の感受性、味覚や聴覚の感覚器官を磨いてからにしなさい。無知な君は知らんやろうけど、昔、ヨーロッパの貴族は、タフェルムジーク(食卓の音楽)として、生演奏の室内楽を聴きながらお食事していたんだよ。このように、何に接する時でも、どんなに専門的な知識を持っていても、まず、五感全てを使って、対象物を捕らえないといかんのや。うどんを食べるときに、君は、五感全部を使っていないでしょう。以前食べた時の感想も味覚だけのものだからファンタジー(夢)がないんや。その時、経営者のルミばあちゃんと話したことを五感の総体で持って受け止めたことを記憶にとどめておかなくちゃいかん。何歳になっても、自分はいっぱしの人間や、思うたらおしまいなんや。」と。そして、
「そんな面倒なこと出来るか。うるせぇ。」と返ってきたら、
「ああ、ぼくの言うこと聞こえたんやのう。でも聞こえただけで、聴こえとらんやろう。」
「なんだと。」
「聴こえるということは、絶対音感がないと出来んのや。ぼくのしゃべった一連の言葉の音程は、何ヘクトパスカルでしたか。ああ、ヘクトパスカルがわかんなかったら、12の音のどの音程あたりか聴こえたな。」
・・・・・まあ、このあたりの対話を喫茶店でやっていたら、ぼくは、珈琲のスプーンで、お水の入ったグラスを軽く叩いて、その音程がわかるかどうか確認します。相手がわからなくても、ぼくは半音の中間あたりまではわかりますから、それを言って、
「ぼくは電話でお話していても、その人の発する声の音程で、あらかたの性格は推測できるんだよ。君の感覚器官はし大したことないね。お耳をまず、鍛えましょう。そして、味覚も鍛えてから、『池上』のうどんの水準が落ちた、というのなら、小麦粉を溶く塩水の加減、寝かせ時間、足踏み回数、全てについて、具体的に、どうなったのか、言わないとダメや。」
・・・・・このような対話をしても、喧嘩にはなったことは、これまで一度もないです。逆に、
「岡田君、ぼくの声の音程って、わかるんな。絶対音感のある人達には、聴こえとんな。どんな性格に思われとんかいの。」
と聞かれるので、
「また今度ね。今日は生意気なこと言ってごめんね。今度落ち着いて会った時に、また、話そうよ。お互い、平常心の時にしゃべる言葉の音程でないと意味ないと思うからね。」
でも、聞きたい聞きたいと言われたら、ファジーな必殺讃岐弁で応対するのです。
「○○君、そんながいけに言わんでも、かまんでないんな。」
「君はさぁ、明日死ぬわけやないのに(笑)。まあ、あれだけ『池上』の悪口を陰で流すような人は、『憎まれっ子世にはばかる』けん、ぼくより絶対長生きすること間違いないで。ぼくが死んだらお線香の一本でも立ててのう。」
「ばーか。俺達はまだ50歳代、若いんだぜ。」
「何言いよんな。もう50歳代で。厚生労働省は45歳以上を、中高年に決めとるんで。知らんのな。こんなに長生きして、ぼくはショックなんや。50歳越えて死んだら、美人薄命にならんでないんな(爆)。」
掲載写真は、2年前にオープンした「池上」の新店舗の『冷たい生醤油うどん・玉子載せ』、です。
にほんブログ村
にほんブログ村















