
8年程前に、開設1年目だったぼくの音楽ホームページ「K.OKADAワールド」が急速に来客数が増えたことや、岡山県知事の石井さんの委嘱で、岡山後楽園で朗読家の江守徹さん等と自作自演で共演したこと等(もちろん、ぼくは音楽は、作曲もピアノ演奏もアマチュアですから、ギャラなんか一銭ももらっていないし、ただ、東京にいた当時にぼくが外務省後援のユニセフのチャリティコンサートに自作自演で出演したのを聴きに来られていた、当時建設省勤務だった、現、石井岡山県知事がぼくの作品をとても気に入って下さっていて頼まれたので、急いで作曲して出演しただけなんだけど)をやっかむ、音楽業界人の一部、音楽大学を卒業したけれど、うまくいっていない連中が、アマチュアの分際で生意気な奴だとぼくのことを感じたのでしょう。
ウェブ上の「2ちゃんねる」というドブのような場所の無法者による掲示板攻撃に始まり、果ては、ぼくのEメールアドレスを勝手に使って自宅に松坂牛7キログラムなんてとんでもないものをネットで注文して代引きで送りつけるようないたずらまで起こりました。まあ、最終的には、ぼくが相談した香川県警のハイテク捜査担当官の捜査で、ぼくに関するスレッドを50本も立てたらしい、尼崎市在住の首謀者が判明しました。ぼくの予想通り、音楽業界人でした。が、精神的に病んでいて、『夢迷楽士』というハンドルネームでぼくを攻撃する人格と、『パスピエ』というハンドルネームでぼくの作品のファンを称する人格の二人を掲示板上で使い分けて掲示板が盛り上がるように仕組んでいたのだそうです。
「お詫びにお金を振り込みます。」
なんて気味の悪いメールをもらったので、無視して丁重にお断りしました。
ただし、
「今後同様のことをするのならば、(全世界からの来客数が既に20万人を超えていた)ぼくのホームページで、あなたの個人名、住所、携帯電話番号、Eメールアドレス等を全て全世界に向けて公表しますよ。」
と厳しく申し入れたので、彼は2ちゃんねるから消えて行きました。
そればかりか、2ちゃんねるの出資している雑誌社から、今回の貴重な体験を載せて欲しいと依頼と取材が高松まで来たので、受けてあげ、グラビアページに出ることになりました。また、ディレクターの気遣いでぼくの自作自演のCDもその雑誌に付録として添付されることになりました。
まあ、ぼくがアマチュア音楽家だったからよかったんだけど、もし、生活がかかっているプロだったら、死活問題に関る大変なことだったと思います。この時ばかりは、自分のホームページを趣味で立ち上げていてよかったなぁ、って思いましたね。
絶対にリアルに会うことには及ばない、ウェブ上の出会いの限界も、掲示板でのやりとりや「空気を読む」というネチケットの一部が、ただ付和雷同な状況を作って、多数派にこびへつらうことを助長していることも、このあたりの風潮が昨今の若い人達の間で普遍的になっている『いじめ』構造のルーツであることも、無意識のうちに他人を傷つけてしまうことがウェブ上では日常茶飯事なことも、この時、大体、実感出来ました。
良きにつけ悪しきにつけ、時代は流れていて、人類が好む価値観は日々変遷しています。10数年前には考えられなかったほど、パソコンもインターネットも携帯電話も生活必需品になっています。が、このようなものの変遷は、たかだか100年前後、この世に生きている人間の欲望やニーズに応えている程度の、ごく些細な出来事にすぎません。
でも、ずっと未来永劫変遷しないものだってあるのです。
それは空の青さや木々の緑や川のせせらぎに代表される、今、生きているもの全てを包んでいる地球上の自然空間です。ぼくの尊敬する壷井榮女史の名作「二十四の瞳」の冒頭の次の一文が全てを象徴しているように・・・・・。
『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』
これは、小豆島の平和な風情を象徴している名言ですので、ぼくは、これを高松にアレンジしてしまいたいと思います(笑)。
『浜街道から見える瀬戸内海の色も、屋島の姿も、昨日に続く今日でした。』
『玉藻公園の玉砂利を踏む音も、栗林公園の松の姿も、昨日に続く今日でした。』
でも、次のようなよくないことも多々あるようです。
「『サンポートタワー』外壁のぞろーげなオリーブ色も、『ゆめタウン高松』に向かう自動車の渋滞の姿も、昨日に続く今日でした。」
「香川県庁の偉っそげな対応も、高松市役所のがいな受付も、昨日に続く今日でした。」
「屋島スカイラインが有料なことも、浜街道五色台トンネル通行が無料にならないことも、昨日に続く今日でした。」
香川県庁や高松市役所には、さらなる改善を期待したいところですね(笑)。
掲載写真は、「二十四の瞳」の舞台になった、ぼくの住む香川県の瀬戸内海に浮かぶ小豆島の「二十四の瞳」の平和の群像、です。







