
高松の昨日は一日、激しい雨でした。
ニュースでは、九州やお隣の愛媛県で、がけ崩れなども多発しているようです。が、高松は、雨がたくさん降るとみんな大喜びなのです。
高知の早明浦ダムの貯水率が30%を切っていて、取水制限がだんだん厳しくなっていただけに、すれ違う人達は、みんなニコニコ、行きつけのうどん店のマスターも、「集中豪雨でよかったですねぇ。」と大喜びでした。
こんな場所、日本全国でも、高松くらいでしょうね(笑)。
香川県内でも、水に困るのは、高松市も含む東讃地区なのです。坂出市から西の西讃は、水量の多い川がたくさん流れていて、その伏流水や井戸がたくさんあって、高松市が断水になっていても、大丈夫なのです。
1995年頃、Uターンしてすぐに、丸亀商工会議所に、日本マンパワーの経営コンサルタントの講演会の営業に行って、契約をしていただいた帰りに、そこの理事長が、ぼくに、ちょっと耳打ちをしたのです。
当時、高松市内はかなり厳しい取水制限になっていて、水道から出る水圧も減っていました。が、丸亀商工会議所の水道はそうじゃなかったのでした。
しかも、丸亀市役所前の噴水は上がっていて、美しい景観でしたので、そのことをセールスの中でしゃべったためだったのだと思います。
耳打ちの内容は、「高松に帰ってもな、丸亀市の水の状況は絶対に高松市に知らせんといてぇたな。高松が丸亀に水を取りにきたら困るけんの。これが、契約の前提になると思うといてな。」
ぼくは、笑いながら、うなづきましたので、うまく契約できたものでした。
また、かつて、2005年9月のはじめに、台風14号がやってきました。暴風域は、瀬戸内海側を台風が通過したので、その高松への影響は大したことなかったのでしたけど、雨雲が台風の南側に集中していましたので、高松では、「高知の早明浦ダムの方が集中豪雨になればいいな。」なんて、ものすごく利己主義的な(笑)、期待をしていました。
何しろ、2005年9月4日高知の早明浦ダムの貯水率は、0%、つまり、空っぽだったので、香川県庁の渇水対策本部は、このまま行って、四国電力のキープしている発電用の水もなくなってしまったら、一番厳しい取水制限、つまり、他県から水を給水車で運んできて、各家に配るので、バケツを持って、水をポリバケツに一杯入れてもらうという大変な事態になるかもしれなかったからです。
ぼくが、まだ小さかった頃、高知の早明浦ダムも、そこから高松に水を引っ張る、香川用水、もなかったので、毎年、断水になって、この大変なことを、家族総出でやっていたことを思い出していました。
と・こ・ろ・が・ ですね、2005年9月4日〜5日、高知の早明浦ダム周辺で、台風14号による大変な集中豪雨があったのです。
しかし、2005年9月4日の夕方には、早明浦ダムの貯水率は、2%に回復しただけだったので、もうダメだ、と思っていたのでした。
が、ここからがミラクルでした。
2005年9月5日の夕方16:00には、高知の早明浦ダム周辺で、台風14号による大変な集中豪雨が続いたために、何と、高知の早明浦ダム貯水率は65%まで一気に回復してしまったのでした。が、台風14号が過ぎ去ってしまったので、ここまでだろうと、思っていたのでした。
しかし、台風14号による大変な集中豪雨は、高知の早明浦ダム周辺の山々にもたくさん降っていたのでした。そして、その山々から、高知の早明浦ダムに流れ込む水が早明浦ダムに全て貯まったので、翌日の9月6日の早朝には、高知の早明浦ダムの貯水率は、100%になってしまったのでした。
もう、この時だけは、高松市内は、盆と正月が一緒にやってきたように、大喜びでした。
放送局は、全国版のニュースで、「たった一日で、早明浦ダムの貯水率が、0%が100%に回復しました。」と放映しましたので、その後、「早明浦ダムが小さいので貯水量が少ないのではないか。」等々、いろんなクレームが寄せられたそうです。
が、長年、水不足に苦しんできた高松市民は、利己主義的に、全て、無視していましたね(笑)。
といった次第で、大雨の日に、私は、日本一長い高松中央商店街のアーケードの下をぶらぶらすることにしていますので、雨の日は、いつ来るかわからない(笑)コトデンバスに乗るか、商店街まで1キロ半程度の距離なので、歩いてゆきます。アーケードの下は、傘も差さないでいいので、アーケード下のうどん店の存在は、こういう日には、とても貴重なのです。
今日の、昼食は、田町商店街から出てすぐのところにある、『黒田屋・田町店』で、「野菜天かけうどん・一玉半」(440円)をいただいて、おばちゃんとダベっていました。讃岐弁でおしゃべりするのは楽しいですね(笑)。
そして、仕事で丸亀町商店街振興組合に行ったので、その後に、3時のおやつは、『明石家』の、「温玉ぶっかけうどん」(280円)、をいただきました。
その後、丸亀町商店街の四番丁小学校の同級生の岩佐君が社長をしている仏壇具店「岩佐仏喜堂」で、母の仏壇用のお線香を買って、岩佐君のお母様とおしゃべりしていたら(もちろん、7月18日のドーム下でのコンサートのご案内をしましたけど)、南新町に最近出来た『セルフうどん まいぶん』が、美味しくて、夜の9時まで営業しているセルフだと聞いたので、夕食は南新町の『セルフうどん まいぶん』に行くことにしました。
こうして、今日は早く帰宅して、作曲したかったので、夕方5時ごろ、『セルフうどん まいぶん』に行きました。
驚いたことに、「セルフうどん まいぶん」は、以前ご紹介した、香川県ナンバーツーのスーパー「マルヨシセンター」がやっている「うどんや」〔住所 香川県高松市南新町4-6、TEL 087-831-0099 FAX:087-831-0090、営業:10:00〜18:00 年中無休 (1月1日のみお休み) 激安のセルフ店〕の、斜め向かいなのです。ここも、大変な、讃岐うどん店激戦区になったな、って思いました。
『セルフうどん まいぶん』〔香川県高松市南新町11-5 TEL.087-831-7559 かけうどん190円〕と、いうところでしたので、高松市内のセルフの、かけうどんの適正価格は『たもや』の180円なので、ちょっと高いな〔といっても10円ですけどね(笑)〕、というところでした。
まあ、夕食でしたけど、作曲の前に、肉系統やカレー系統は食べたくなかったので、冷たい生醤油うどん1玉(320円)を頼んだところ、「トッピングの天麩羅を3コで200円でサービス」と書いていたので、トッピングの天麩羅を3コをいただいて、食べました。
うどんは、ぼくの大好きなモチモチ系で、一玉が大きいのでお腹一杯になりました。ですが、お品書きを見ていると、「鍋焼きうどん(土・日・祝限定)980円」と書いていたので、ぼくは頭にきたのでした。
だって、高松市磨屋町の『さぬきうどん 川千』の『鍋焼きうどん』は、年中食べられて、580円なのですから、ここの『鍋焼きうどん』が、400円分美味しいかどうかと感じたのです。写真を見たら、大したことのない具しか入っていなかったので、ここでは、絶対に、「鍋焼きうどん」は食べないぞ、と決意して、お店を後にしました。
高松市磨屋町の『さぬきうどん 川千』のうどんと、『セルフうどん まいぶん』のうどんのモチモチ感はほぼ同じでしたし、高松市磨屋町と、高松市南新町の路線価が、大して変わらないこと等、総合的に勘案して、『セルフうどん まいぶん』は、ぶったくりの讃岐うどん店だと、確信しました。
が、そんなこと、顔にはおくびにも出さず、受付のバイトの可愛い女の子に、ぼくは質問しました。
「『まいぶん』って店名は何なのですか。」と。
讃岐弁では「自分のものだ」、という意味で、「わしのぶんじゃ」と言いますので、私のうどん屋さん、といういう意味で「My ぶん」かな、って思っていたのですが、なんと、この店名は、全然違っていました。
うどんの原料の小麦粉の「粉」という漢字を分割すると、米、と、分、になりますので、それをそれぞれ読んで、マイ ブン となったのだそうです。
なんと下らない命名でしょう。粉は、小麦粉だけじゃないのです。片栗粉も粉なのですから、から揚げ専門店でも、「まいぶん」は使える店名です。
香川県は、うどんの聖地だから、粉は小麦粉に決まっている、という、思い上がった、ここのオーナーの命名が、ぼくは気に入りませんでした。
が、気持ちとは裏腹に、とても美味しい夕食だったし、大雨で断水にはならないだろうと思いましたので、私は、気持ちよく、歌いながら歩いて帰りました(笑)。
もちろん、ぼくは、いつも、音楽が頭の中で鳴っているのですけど、今日のぼくは、八代 亜紀の「雨の慕情」のサビ、『雨々ふれふれ もっとふれ』と、能天気に歌いながら帰りました(笑)。
ちなみに、地方分権が騒がれている昨今ですが、高松の場合、水がなくなって断水になったという歴史があるのですから、高知の早明浦ダムの貯水率が低下した時に結成される「香川県渇水対策本部」というものには、県庁や市町村の面子だけでなく、霞ヶ関の外郭団体が割り込んでくるので、常々、けしからぬことだと私は思っています。
ですから、今度の選挙で、香川県から立候補する方は、全員、このあたりを切り口にした地方分権をマニフェストに加えていただきたいと願っています。
掲載写真は、昨日の昼食にいただいた、『黒田屋・田町店』の「野菜天かけうどん・一玉半」(右下が野菜天かけうどんで、左下の天かすと右上のネギ、左上のおろし金に載って来る土ショウガは、すりごま、七味唐辛子、大根おろし共々、無料で取り放題です。)、です。
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