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私のホームページ「K.OKADAワールド」

は、四国高松在住の私、作曲家、兼、ピアニストの岡田克彦の世界です。ここの併設ブログは、音楽、四国の温泉と、香川県のさぬきうどん、四国のグルメ、景勝地、温泉等、
それらに加えて、私の母・岡田直子が2006年9月19日に他界したことから痛感した、人間の無常観に基づく社会観察や人生観、ウェブの限界等を中心に書いてゆくことにしています。

香川県の方言・讃岐弁

『スウィートポテトなんて怖くない』・・・・・百聞は一見にしかず5

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さて、最近感動した、ぼくの勤務している会社が経営コンサルタントを入れて指導している、香川県三豊の高瀬町にあるJA香川県産直店「たかせふれあい産直店」を視察した際に、店員よしえさんと、杖をついたおばあちゃんのお客様たまさんの対話をご紹介しましょう。


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よしえ「いらっしゃいませ。」

たま「ごめんください。どっしたんな。合田さんのチーズケーキないんな。」

よしえ「へぇ。合田さんのぶんは、もう今日は売れてしもうたんじゃ。ごめんのう。」

たま「ほーなー。ほんだら、どなんしようかのう。」

よしえ「隣のぶんどうなぁー。畑田さんのスウィートポテト、これも美味しいんで。」

たま「スウィートポテト・・・・・。スウィートポテト・・・・・。スウィートポテト言うてなんなあ。」

よしえ「さつまいものぶんじゃあ。」

たま「スウィートポテト・・・・・。さつまいものぶん・・・・・。さつまいものぶんなぁ・・・・・。」

よしえ「買いまい。買うときまい。美味しいで。」

たま「ほーなー。ほんだら分けてもらうわ。」

・・・・・(レジが終わった後)

よしえ「有難うございます。」

たま「有難う。また来るけんのう。」

よしえ「また来まいの。今度はもうちょっと早う来て、合田さんのぶん買いまいの。」

たま「へぇ。そなんするわ。」

よしえ「有難うございました。」

たま「ご親切に有難う。」


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・・・・・さて、この一連のさぬき弁の対話の中で、特筆に値することは、店員のよしえさんがお客様のたまさんに、「買いまい」「買うときまい」「来まい」と4回も命令していることです。さぬき弁の中でも特に「・・・・・まい」という命令形は、特筆に値するもので、これがなかったら、会話の相手を動かすことが出来ないこともありますが、この例では、それが一番端的に現れています。

もし、この「買いまい」「買うときまい」が正しい敬語の「ご購入下さい」「お買い上げ下さい」になっていたら、たまさんは、まず、スウィートポテトを買わなかっただろうということは明確ですし、「来まい」が正しい敬語の「お越し下さい」「ご来店下さい」となっていたら、果たして次回ご来店いただけるのかどうか、はなはだ疑問なのです。

なぜならば、「・・・・・まい」というさぬき弁は、命令しながら、その行動を励ますような働きがあるからなのです。

この対話においては、たまさんは、生まれて初めて耳にした「スウィートポテト」がどんなものなのか不安になっているのですから、ただ「ご購入下さい」とお願いしただけでは購入行動に移っていないと思うのです。従って、このケースでは、よしえさんの言った「買いまい」「買うときまい」が、讃岐人どうしのさぬき弁会話においては、

『スウィートポテトなんて怖くない。』と、たまさんを励ます効果があるのです。


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・・・・・このあたりの地方都市ならではの方言のよさというものは、ウェブ空間では表現不可能だろうと思っています。というのも、方言は、その地域に住んで暮らして来た人々が長く刻んできた時間や歴史、気候、風土、太陽の光の強さ、平均気温、湿度等と不可分だからなのです。

『知識』なんて、誰でも勉強すれば身につけられます。
でも、『感受性』に基づく、相手に対する思いやりやバリアフリーな生活態度は、ただの知識習得の勉強だけでは身につかないものなのです。

ご高齢のたまさんは、生まれて初めて「スウィートポテト」という言葉に出会ったようで、それを買うためにお金を使うことではなく、それを口に入れることを怖がっているのですから、ここでの、店員のよしえさんの、

「買いまい。買うときまい。」

と、たまさんの知識不足を思いやって知識習得を励ましていることは見事な応対なのです。(だから、最後にたまさんが「ご親切に有難う。」と店員のよしえさんに言ったのは、自分を励ましてくれたことに対する御礼なのです。)

ここで、東京のように、
「ご購入いただけませんか。」なんて質問しながらお願いする言葉は、全くナンセンスだし、
大阪のように、
「買うてくれはるんなら、お勉強しときます。」なんて金額に全て持ってゆく即物的な応対は、全く人間性無視の、さぬきでは嫌われる応対なのです。


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以上のぼくの書いたことをお読みになっても、この対話が繰り広げられた現場にいた人でないと何も伝わらないでしょう。

ウェブ上においては、ローカル色を出そうと、方言でホームページを作っている人達もいるようです。それは、その地域在住の仲間達が見るだけのサイトとしては重要なので、どんどん増えていけばよいと思います。

・・・・・が、ぼくのハンドリングしているテーマが、音楽というインターナショナルなものなので、このあたりの問題は悩ましいことなのです。

『百聞は一見にしかず』なんだから。


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掲載写真は、高松市の風景から、『瀬戸内海・高松港沖からの屋島の眺め』、です。が、このあたりの美しい風景は、讃岐うどんの麺、共々、実際に高松でご覧にならないと本当には感知出来ないと、思っています。




「まるいち・郷東店」・・・・・驚きの、『かけうどん・1玉』100円キャンペーン5

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晴れた日のお昼御飯に、私は、自転車に乗って、うちから2キロくらいの、浜街道に面した、「まるいち・郷東店」まで、うどんを食べに行きます。瀬戸内海の海の音が聞こえるので、とてもいい気分なのです。



近所の、ぶっかけうどんの美味しい「はまかいどう」等は、讃岐うどん店の常で、休日はお休みなのですけど、チェーンのセルフ店の「まるいち」は開いています。



また、高松市内にたくさんある、坂出市からやって来た「まるいち」の支店中、「まるいち・郷東店」だけは、夜7時までやっているので、便利なのです。



びっくりしたことは、今年のお盆の期間中から、『かけうどん・1玉』100円キャンペーンが始まったことでした。これまで、『かけうどん・1玉』190円なのに、値下げしたのです。しかも、ここは、「はなまる」と違って、うどんが素晴らしいのです。(ちなみに、とてもうどんとは言えないものを提供している「はなまる」は、消費税がつくので、『かけうどん・1玉』105円もするのですよ〔笑〕。)



いつ行っても、高松市の老若男女の皆様は、嬉しそうに、「まるいち・郷東店」の、『かけうどん・1玉』100円に、いろいろトッピングしたり、おでんを取ったり、おにぎりやチラシ寿司などを、食べています。



が、私は、この店で一番美味しいものは、『かけうどん』ではなく『ぶっかけうどん』で、且、ゴボウの天麩羅が美味しいことを知っていますので、いつも、『ぶっかけうどん』をいただきます。



『ぶっかけうどん』についても、夏は、『夏の冷たい特別かやくぶっかけうどん』(1玉・250円)等をやっていますし、冬場は『しっぽくうどん』もやっていますので、いつも顔見知りのおばちゃんにそれを頼んだら、ニコニコと笑顔で出してくれます。また、天麩羅類はすべて、お昼の混雑が終わった午後1時半以降は、言えば、揚げたてを出して下さいます。



『夏の冷たい特別かやくぶっかけうどん』(1玉・250円)は、冷たいぶっかけうどんに、細切りのお揚げを甘く炊いたもの、梅干と、鳴門ワカメが載っているのですが、梅干の種を取って叩いてくださっていて、その酸味と、細切りのお揚げを甘く炊いたものとのハーモニーが、最高です。



また、「まるいち」の『カレーうどん』は、全く辛くなくて、小麦の香りの方が強い『カレーうどん』として有名ですが、『肉うどん』の味付けは、昔ながらの讃岐風のものになっています。



高松市内にある、セルフサービス讃岐うどんチェーン店でも、『まるいち』『愉楽家(ゆらくや)』『こだわり麺や』は、うどんが素晴らしいです。



食わず嫌いはいけないので、チェーン店を一括否定してはなりません。全て食べに行って、美味しくないところは美味しくないと判断すればいいのです。



ちなみに、私などは、『はなまる』や『はすい亭』にも、それぞれ数回食べに行って、一度も美味しくなかったので、県外の友人にも、『はなまる』と『はすい亭』にだけはうどんを食べに行かないようご案内しています。



この程度、うどんが好きでない人に、讃岐うどんを語る資格はないと、私は思っています。



私の大好きなクラシックピアノ曲も同様です。私は、リストの作品は大体嫌いなのですけど、超絶技巧練習曲12曲は全て若い頃演奏してしてみて、この10番のヘ短調が傑作だったので、リストを全否定してはいません。



演奏もせずに、ごたくを並べる、音楽評論家風情は、社会のゴミだと思っております。



掲載写真は、「まるいち・郷東店」の、『肉うどん』、です。



たまに、たくさん食べたい時には3玉頼んだりするのですけど、そういう時には、行きつけなので、おばちゃんが、コテコテの讃岐弁で話しかけて来るのですよ。



「あんた、また3玉も食べるんな。また太るで。」



「かまんでないんな。美味しいんやけん。」



「有難うございます。」



「ショウガとネギは、食べる途中で、また、追加するけんの。」



「へぇーへぇー。ようけやけん、きぃーつけてテーブルまで持って行きまぁせ。」



「はい。わかりました。ほんだけど、今日も、お客さんで混んだんな。」



「ほんまにのう、お客さんが多いんじゃ。有難いことです。」



「でも、疲れたでしょう。お店がすんだら、はよぅ、帰って、ゆっくり寝まいの。」



「ありがとう。あんた優しいのう。」



「おばちゃんも、息子さんおるんやろ。優しいんちゃうんな。」



「いーーーや。息子は結婚して東京に行ってしもうて帰ってきませんがな。放りっぱなしですわ。」



「ほーなー。ほんだら、ご主人様と仲良うに長生きしてぇたの。」



「ありがとう。」



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この対話は、讃岐弁だからいいのですよ。もし、共通語にしたら、次のように、なっちゃいますね。



「お客様は、また、3玉もお召し上がりになるのでございますか。そんなにたくさんお召し上がりになりますと、お肥えになりますから、お気をつけくださいませ。」



(ここで、既に、客の私は、怒るかもしれませんね。でも、我慢して続けましょう。)



「何玉注文してもかまわないじゃないですか。ここのうどんは美味しいのですから。」



「私共のうどんをお褒めいただき恐縮でございます。どうも有難うございます。」



「ショウガとネギは、うどんの量が多いので、食べる途中、追加させていただきますが、よろしいでしょうか。」



「結構でございますよ。うどんの量がたくさんでございますので、お気をつけて、お席までお持ち下さいませ。」



「はい、わかりました。ですけど、今日も、お客様が多くいらっしゃったのですか。」



(私の感覚では、東京の言葉では、このような質問は、個人情報保護法に抵触するので、失礼になると思いますので、次のようになると思います。)



「お客様が多いか少ないかというご質問でございますが、そのようなご質問は、お受けいたしかねます。」



従って、上述のような、讃岐弁の会話には絶対にならないのですね。



どっちでもいいのかもしれません。しかし、共通語の対話は、大変に殺伐としてしまいますから、食欲は半減すると私は思うのです。





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