2011年10月15日

速報:ティンプーの夜空にRoyal Weddingお祝い花火

15OCTお祝い花火

今、10月15日ブータン時間、20時過ぎです。19時半頃から今まで30分ほど、ティンプーの夜空にRoyal Weddingお祝い花火が上げられていました。私は、ちょうど部屋の前の踊り場から、大家さん家族と共に見ていました。

本日は、プナカゾンに続き、ティンプーのタシチョゾンでの儀式を終えた国王ご夫妻は、チャンリミタンスタジアムに移られて、ブータン国民へのご成婚お披露目をされました。

お披露目では、学生たちや国立舞踊団の舞踊などいろいろ、お祝いの演出がされていましたが、その中の1つの踊りは、国王もゴの上から衣装を付け参加されていました。それを、父君であられる前国王が、微笑まれご覧になっておられる姿がTVに映し出されていました。

1日中、朝早くからの儀式続きでさぞお疲れの事でしょう・・・それとも、幸せいっぱいで疲れなんて感じていないでしょうか・・・どうぞお幸せに!!



himalaya_tmk at 23:48|PermalinkComments(6)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年10月14日

厳かにRoyal Weddingが執り行われました!!

Thimphu
今、街中は、Royal Weddingモードいっぱいです。

Punakha Zon
そして、10月13日午前8時(ブータン時間)過ぎより、ブータンの各地域にあるゾンの中で一番美しい建築とされている<プナカ ゾン>にて、第五代ブータン王国Jigme Khesar Namgyel Wangchuck現国王陛下のご成婚が執り行われました。

この様子は、ブータンTVでも1日ライブ放送されました。

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(この写真はクエンセル新聞からです。)
お妃様の装いは真っ白なウェディングドレスではありません。民族衣装の豪華なキラを装い、国王殿下も豪華なゴを装い、巨大な曼荼羅の前で仏式により高僧の主導のもと、ご成婚の儀式が行われました。

royalwedding1
(この写真はクエンセル新聞からです。)
ご成婚の儀式の後、プナカゾンの外庭にて宴が催されましたが、この宴をロープで囲った外側にたくさんのブータンの方々がお祝いに集まっていましたが、国王殿下は自らこのロープの外側へ行き、とても気さくにジェスチャー交じりで、ブータンの方々に声をかけられながら、ずっとめぐって歩きたくさんの方々と交流されていました。

この姿がとても清々しく、途中から王妃もいらっしゃると、今度は自然にお2人で指をを絡めて手をつなぎ、同じように今度はお2人でたくさんのブータンの方々との交流をされておりました。

大変微笑ましく、きっと、このお2人は、ブータン国民の幸福のためを考えていってくれるであろう事が想像できました。

このBhutan Royal Weddingは、日本でも紹介されたようですね・・・本日ネット新聞に、写真と共にニュースとなっているのを知ると共に日本の友人からの連絡もあり驚いています。

国土が日本の九州より一回り小さい山国の仏教国であるブータン王国での出来事ですから、それほど日本でニュースになるとは思ってもいませんでした・・・そして、もうひとつ驚いた事に、国王ご夫妻は、来月(詳細日程は、まだ、発表されていません。)初の外遊として日本へ訪問される予定だそうです!!

ブータンロイヤルファミリーが親日家である事は知られていましたが、私はこの訪日のニュースを知り何だかとてもかうれしい気持ちになりました。

ブータン王国自体今後どんどん変化していくであろう事は、周知の事実です。私の在住する首都ティンプーも、次々に新しいコンプレックスが建てられつつあります。国民の生活スタイルも以前と比べ変化しつつあります。国や社会が変化していく事は、ブータンが特別ではありませんし、不思議な事ではありません。

しかし、ブータン王国は世界で唯一国民の幸福を求める事を最優先に提言している国です。今後も良い方向に発展していってくれる事を私は期待しています・・・。

そして、ブータンの人たちと一緒に国王ご夫妻のお幸せを祈ります。



himalaya_tmk at 16:10|PermalinkComments(2)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年09月19日

恐怖感を味わいました・・・

昨日、ブータン時間18時半過ぎ大きな地震がありました。本当に驚きました。日本を離れてから18年近くこんな大きな地震は初めての体験でした。東日本大震災の事が頭をよぎりました。

日曜日でしたから私は、早々と軽く夕食を済ませ、ぐだぐだベッドに横になって本を読んでおりました。

すると、何やらぐらぐらし始め・・・「あれ、もしかして地震・・・」と思いましたが、カトマンズ在住時を含め、今までも大きな地震はありませんでしたから、初めはその内揺れもおさまるでしょうと思っていました。

それが、何と、どんどん揺れが大きくなっていき机の卓上カレンダーや置時計、バスルームの洗面台からシャンプーなど、ばたばた落ちてくるし、建物(私の部屋は3階)は、ギイギイ音がして・・・私は、ベッドからガバッと起き上がり、ただ呆然と読みかけの本を持って立ち竦んでしまい・・・心臓は、どきどきどきどきどき・・・少しパニック症状・・・しかし「あっ!!いけない。どうしよう」と思い、兎に角外に出れなくなるといけないと思い、出口を確保するため部屋のドアーを開けました。そこに上に住んでいる大家さんが、急いで階段を下りて来るではありませんか。

そして、「早く外に出なさい」と言われ・・・その時、自分がとんでもない格好をしている事に気が付きました。休日で寛いでいるところでしたから、かなり年季の入ったスウェットパンツに多少色のあせた、洗いさらした感のある紺色のTシャツ姿・・・でも、着替えている暇は無いので、上にフリースジャケットを羽織り、いつも通勤時に持っていく大きなバッグ(パスポート、ワークパーミットもいつも入っています)を持って部屋を出ました。

私の部屋の前の部屋に住んでいるおばあちゃんも、部屋から出てくるところでした。おばあちゃんは、数珠を手繰りながらお経を唱えておりました。彼女と一緒に下へと階段をおり始めたのですが、ぐらぐらして手すりにつかまらないと歩く事が困難でした。

こちらの建物は、鉄筋が少ないのでもっと大きなゆれがきたら、きっと崩れてしまうと思うと、やっと、落ち着いてきていた心臓が、また、どきどきどきどき・・・こんな恐怖感は初めてでした。雪山でもこんな恐怖を味わった事はありませんでした。しかし、東日本大震災で被災された方々は、これ以上だった事を思うと眩暈を覚えてしまいました。

こちらは、建物が密集しておらず5階以上の高い建物が無いので、大きな被害はなかったようです。電話のラインが一時使えなくなりましたが、不思議なことにネットは使用可能でしたので、日本への連絡をとりました。

近年世界的に思いもよらぬ大災害が起きておりますが、何だか私は、自然に対する人間の傲慢な考えや行動が、突飛な自然現象へとつながっていっているのではと思ってしまいました。



himalaya_tmk at 06:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年09月15日

〜ブータン赴任1周年記念日〜

本日で何と私のブータン赴任も丸1年が過ぎました。

昨年の今日、ダッフルバッグ10個とダンボール箱2個と共に長年住み慣れたネパール/カトマンズからブータン/パロに飛んで来たのです・・・パロもカトマンズも曇りがちな天候でした。

自分の希望ではあったものの・・・実際、長年住み慣れたカトマンズを離れる当日・・・空港で全ての手続きを終えてゲート内に入って搭乗を待つ間・・・新天地であるブータンへの期待感と分かれ行くカトマンズへの寂しさが入り混じって・・・少々感傷的になっていた事を思い出します。

ブータンは、現在、どんどん近代化へと進んでいる過程で、難しい問題点を抱え少し歪みかけてきている部分も見え隠れしています・・・私もこの1年の間に「ブータンでこんな・・・まさか・・・」と言う、思いも拠らぬことに出会った事もありました・・・しかし、ブータンも他国も同様、いろいろな面を持っていて当たり前です・・・私の中での理想を押し付ける事は出来ません。それに、ずっと長い間あこがれて来た国であるブータンですから・・・嫌いになる事はありません・・・そして、ずっと、可能な限り関わっていきたいと思います。

私の就労VISA,ワーキングパーミットも、どうにか赤点を取らずに済み、1年延長されました。また、新しい1年を新鮮な気持ちでスタートさせましょう!!


himalaya_tmk at 05:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年08月14日

五体投地を前に震災復興と母の病気快癒を願う・・・

日本列島は、酷暑の再来と聞いています。こちらは、標高約2300mあり雨季という事もありますが、最高気温20℃を超すことが少なくなって来ました。そして本日は、大粒な激しい雨ではなく、しっとり静かな粉糠雨が降っています。室内でも長袖を着用していないと涼しいと言うよりは肌寒いです。

先ほど、ネパールよりシェルパニブログが5月から更新されていないが、私の母の具合が余程悪くなったのではと心配していると、わざわざSkype連絡が入りました・・・ご心配いただきありがとうございます・・・。

私のブータン在住も9月14日で滞在1年となります。15年強在住したネパール・カトマンズと比べたら、ブータンはまだまだ手探り状態の生活環境です。その上、ブータン独特の国のルールがあり、仕事に関しても工夫が必要で難しくなかなか一筋縄ではいかず・・・などなど・・・あっという間に時間が過ぎ去っていってしまうのです。

そして、いつもながらこのブログ更新が一番最後となってしまいます。

こんな愚痴は、東北大震災で被災された方々のことを思えば、恥ずかしい事この上ない事ですね・・・被災された方々の心の平安を願い私も頑張りましょう!!

実は、昨日、オフィスの帰りの出来事です。1人の僧侶がチャンラム通りを五体投地で進んでいるところに出会いました。
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チベット仏教徒が聖地カイラス山の麓を、五体投地を行い礼拝しながら少しづつ進み巡礼する事は多く知られていますが・・・ブータンでは初めてです・・・このような大通りを五体投地をされている僧侶に出会ったのは・・・もちろん、ゾンや寺院での礼拝や仏足頂礼は目にしていました・・・理論や理屈、主義主張では無く、素直な気持ちで何だか手を合わせたくなってしまいました。

そして、震災地の早期完全復興と母の病気快癒を祈願してしまいました・・・


himalaya_tmk at 18:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年05月24日

緊急一時帰国をしておりました・・・

またもや長期間ブログ更新出来ませんでした。実は、日本へ緊急一時帰国をしておりました。

私の実家は、埼玉の北部なのですが、震災時かなり揺れたようなのです。私も震災当日日本時間の夜中であったのですが、実家と連絡をとりました。その時は兄が電話を取ったのですが、近くで母が叫んでいる声が聞こえたのです。母は何か幻覚が見えているようで「危ないよー!!そんな所にいたら・・・早くこっちにおいでー、駄目だよー」などと電話越しに聞こえてきました。

私は、とうとう来るべき時が来てしまったのかと頭が真っ白に・・・めまいを感じてしまいました。兄が母に私からの電話だと母に変わったのですが、母は私の名前は呼ぶもののかなり興奮していて会話になりませんでした。高齢な母は、激しく揺れた時自宅に1人だったので不安と恐怖でショック症状を起こしたようです。

震災の翌日から私はツアーが始まったのですが、気持ちの切り替えが出来ずでした。ツアーが終了し、ティンプーの自室に戻った日に日本の兄から連絡が入り、母が緊急入院したとの事・・・全然食事をとらず全然しゃべらなくなってしまい、身体もぐったりと言う状態になってしまったので、夜、救急車を呼び緊急入院になったとのことでした。

もともと6月には、例年通り一時帰国を予定していたのですが、急遽一時帰国を早めることになりましたが、こんな時、パロから出るフライト予約が取れず・・・バンコク、コルカタ、カトマンズとことごとく満席・・・4月20日に21日のカトマンズ便にキャンセルが出たとの情報で、直ぐに予約発券、それに合わせてカトマンズー⇒バンコク⇒成田とTGに予約を要れ同時発券・・・あわただしい帰国となりました。



himalaya_tmk at 18:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年04月03日

雨にも負けずCharity Concert for JAPAN<A Helping Hand>

チャリティコンサート雨天順延1チャリティーコンサート雨天順延2








ここ1週間ティンプーは、曇りがち時には雨模様とはっきりしない天気が続いています。先週の日曜日も雨が降ったり止んだりの状況でした。そんな中、東北地方太平洋沖地震で被災された方々を支援しようと言うチャリティーコンサートを、ブータンの日比谷野外音楽堂(?!)ではりませんが、各種イベントが行われるクロックタワー広場で開演されようとしていました。

しかし、運悪く開演時間になって雨足が強くなってしまいました。それでもたくさんの人達が開演を待っていましたが、30分ほど過ぎた頃、コンサートを来週に順延しますと言う司会者からのアナウンスがあり、昨日、そのコンサートが無事行われました。昨日も終演頃になって、少し雨がぽつぽつ降り出してきましたが、3時間に亘るチャリティーコンサートは無事終了する事が出来ました。

Miss.Bhutanミス・ブータンの方々も参加され「地震と津波で大変な状況になっている日本のために、私たちも応援しましょう。」と呼びかけていました。




音楽学校の生徒募金に回る生徒






観客子供たちによる合唱や子供たちが覚えたての日本語で「がんばれ!!がんばれ!!」の掛け声・・・少々涙腺が緩んでしまいました。



Bhutan BandBhutan Singer





プンツォリンからオーディション参加ブータン協会北海道








このチャリティーコンサートは、プロの方、アマチュアの方が一緒に参加され構成されていました。中には、北海道に住んだことのあると言う方が「とても日本の事が心配です。頑張って欲しい」とコメントし、日本語で<涙そうそう>を自分でギター演奏し歌っていました。他に<Let It Be>を日本の応援用に歌詞を変えて歌われていた方もいらっしゃいました。

スペインギター演奏フルート演奏





JAICAメンバーブータン在住の方々も参加されておりました。フラメンコギターやフルートの演奏、そして、JAICAの方々も<上を向いて歩こう><ふるさと>を披露されておりました。またまた、日本の曲を聴いて涙腺が崩壊しそうになってしまいました。「いったいあなた何しに来たの?」と言われそうなくらい、自分の世界に入り込んでいました・・・。

それにしても、このチャリティーコンサートは、心のこもった手作り感があり、日本への暖かい気持ちがとても感じられました。私も心から<ありがとう!!>を言わせて下さい。



himalaya_tmk at 06:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0)ブータン生活編 

2011年04月01日

何と不甲斐無さの上塗り・・・子供じゃないのに知恵熱か?!

まったく知恵も無いのに知恵熱よろしく発熱してしまいました・・・持病の扁桃腺炎の発症です。いつも季節の変わり目に出てしまいます・・・その上、歯ごたえのあるザウ(炒り赤米)を食して、一緒に奥歯の詰め物を食べてしまい久しぶりに歯痛も発症+頭痛+消化不良も手伝ってかお腹の具合も下降気味・・・と、いささか、泣きっ面に蜂症状でした。まだ少々頭がボーッとしているものの(これはいつもの事かもしれません・・・)しぶとく復活・・・本当にもう何してるの!!と言う感じですね。

あまりにも大震災の被害が甚大でどうしてよいのやら・・・今の自分にいったい何が出来るのかと答えが出せないまま、無理やり自分自身を突き詰めていました・・・一種のパニック症状を起こしていたかもしれません。持っている能力以上のものを出そうと思っても出るわけありませんでした。「下手な考え休むに似たり」ですね。基本は、まず、自分自身の生活をしっかりさせなければ逆に迷惑な話、本末転倒でした。

そして、ボーッとしている頭の中で閃きました。無理なく今の自分に出来ること・・・震災で傷付いた心がほんの少しでも癒えるようなものが、ブータンから伝えられないかと考えました。

私は、カトマンズからブータン・ティンプーに移って生活を始めて半年になりますが、勝手にブータン神話を思い描き、思いっきり大きな理想像を持ってやって来ました。ブータンとて他の国と同じく、それなりに問題を抱えている事もそろそろ見えても来ました。そして、この半年の間に私の中のブータン神話が崩壊しそうな出来事にも遭遇したりもしました。しかし、まだまだ引き付けて離さない暖かな人情やこれまた心を引き付けて離さない素朴な自然が存在しています。私自身、現在、これらの人情や自然に大いに癒されているのです。

この癒し空間を私の拙い文章と絵(写真)でお伝え出来ればと・・・1mmの1万分の1でも、ほんの少しでも、心が暖まっていただければ私も幸い・・・と、ボーっとした頭の中で考えました・・・とにかく、初めにこのふわふわした状態を、心身ともにシャキッとさせてから実行に移して行きたいと思います。



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2011年03月29日

・・・なれど不甲斐無い自分

日本では、大変な事になっていると言うのに・・・日本から遠く離れ安全圏にいて何も出来ない無力感に襲われているだけの自分・・・緊急時にあっても秩序を失わず冷静な行動が取れる日本人の国民性は、世界各国から絶賛を浴びている誇らしい国民性・・・その同じ日本人であるはずの自分なれど、とんでもなく不甲斐無い自分をここずっと持て余しています。

大震災で亡くなられた方々、被災された方々、福島原発で命がけの作業をされている方々、早々に各方面への援助サポートを開始された方々の事を考えたら、こんな自分自身が情けない・・・何だか私は、こちらにいて後ろめたさを感じてしまいます。みんな大変な中頑張っているのに・・・私は、安全圏にいて何も出来ない無力感・・・頭が重くて気分が沈んでしまいます・・・逆に回りのブータンの人たちに慰められてしまう不甲斐無さです・・・。

私自身は、日本を離れ長い間たくさんの人たちに助けてもらいながらの生活をしています。震災当日から始まったツアーにおいても2人のメンバーのサポートあってツアーが成功したも同様です・・・いつも自分はいろいろな人たちの助けを受けて生活しているのです。今、このお返しをする時なのではないかと考えているのですが・・・いったい今の私に何が出来るのか・・・模索しています。

ブータンでは、国王が震災の次の日に1000個の灯明を灯し日本のために祈って下さいました。そして、たくさんのブータンの人たちが、日本のために祈っていてくれます・・・私もそのブータンの人たちに混じって祈ります。


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2011年02月27日

春の陽気になったのに・・・

aa1adcd7.jpg皆さん、あきれていらっしゃるかと思いますが、どうしてもこのブログがいつも更新が後回しになってしまいます。どうか、長ーーーーーい目で見ていただけたら幸いです(都合の良い事を言っておりますが・・・お許しを・・・)。

こちらは、2月3日<Losar / Iron Female Rabbit Year>にブータン新年を迎え、一時春の陽気になり気温もマイナスから抜け出したのです。しかし、寒の戻りと言うかまたもやマイナスに戻ってしまいました。

私は、早々に春モードにして気分転換を図ろうと、冬物グッズを全部整理してしまったのです・・・が、我慢出来ずにまた暖かグッズを引っ張り出してしまいました。考えてみたら、ここは標高が高かったのですよ・・・3月中旬にならないと春の陽気は安定しなかったのです・・・。

そろそろ暖かくなり始めたと言う知らせが入って来た、ここより標高が約1000m低いカトマンズで生活していた時も、やはり本来の春らしさは3月過ぎであった事を思い出しました。いくら気分転換をしようと思っても、季節は自分の思い通りになるものではありませんでした・・・いつもならスローモードの私なのに、今回少々せっかちな行動でした・・・。

何故、こんなせっかちな気分転換をしてしまったのか・・・最近はPCの前で時々独り言を言いながらの引きこもり状態での仕事が続いています・・・ネパールにいるときの仕事パターンとしては、もちろん、オフィスワークでPCの前での仕事もしていましたが、トレックシーズンに入ると必ず山へ芝刈りに(?!)ではなくて、トレックツアーで山に入っていましたから・・・仕事にメリハリがあったのです。

それが、ここずっと外に出る仕事が入っていませんから、冬眠から間違って早く起き出してしまった熊のような行動となってしまったようです・・・でも、3月チョモラリトレック行ける事になりました!!これで、はっきりくっきり冬眠状態から抜け出せます。うれしいです!!思いっきり清々しい空気を感じて来ます!!

こんな能天気な事を言っていますが、私は、長年素晴らしい自然に支えてもらいながらの仕事をしてきました。そして、いつも自然に対し尊敬の念と共に脅威を抱いております。この度のニュージーランド大地震災害に対しては、どう表現したら良いのか、私にとっても他人事ではありません・・・本当に自然の脅威に胸のつぶれる痛みを感じています。今後の捜索の成功と奇跡、被災された方々の回復を心から念じ祈っています。

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2011年01月29日

里帰り?!のカトマンズにて・・・

シンガポールのペリカン会議にカトマンズ経由で行き、復路もまたカトマンズ経由パロと言う空路をたどりましたが、帰路は、カトマンズに1週間程度滞在しました。ブータンへの赴任時の引越しは慌しく行われたものですから、大事な登山グッズやブータン資料など、あっちこっちに散らばってしまい、この機会に荷物探しも兼ね、ブータンオフィスのボスより1週間の時間をいただきました。

KBflightKTMPBHパロ⇔カトマンズ間のフライトは、45分・・・1時間足らずです・・・とても近いし、まるでマウンテンフライトをしているようです。カトマンズでマウンテンフライトをした時より、エヴェレストが間近に迫っていました。

因みに、カトマンズからブータン観光を予定されている方は、チェックイン時にどうぞ左側のシートをご希望下さい。天候がよければ迫力のヒマラヤ山脈が堪能出来ます。勿論、パロからカトマンズに戻る時は、右側シートを・・・。

カトマンズでは、荷物探しと共に、久しぶりに日本語会話が思いっきり出来ました。カトマンズは、やはり在住日本人の方が多いですね・・・。ブータンは、在インド日本大使館管轄なので現地に日本大使館がありません。そのため、ある程度JICAオフィスが相談窓口となるとの事でしたので、オフィスにご挨拶に伺った以外、観光関係で活躍されている在住日本人の方々とメールにてご挨拶をさせていただのみです。

そのため、未だに日本の方と話せる関係が出来ておらず、ほとんど日本語を話す機会がありません。ですから、カトマンズでは本当に久しぶりに自己主張(?!)が思いっきり出来たような感じでした。

Kato Tokiko MsKato Tokiko Ms2






そして、こちらに戻る前夜<ラム ドゥードゥル>にて、日本人会主催の加藤登紀子さんのコンサートが催されされました。加藤さんは国連関係のお仕事でお見えになっていたようです。風邪気味で声を出す事がつらそうでしたが、ネパール人演奏家(タブラー、サーランギ、マーダル、ギターなど)の方たちとセッションなど、初めてのネパールに感激されているようでした。

加藤さんの歌われている日本語の歌詞が、何故だかじーんと心に響いたのです・・・申し訳ないことに、私は今まで彼女の曲を聞く機会があまりありませんでした・・・でも、この夜の加藤さんの唄う歌にじーんときてしまったのでした・・・勿論、初めから彼女の歌がすばらしいものなのですが・・・多少私の年齢的なものもあるかなー・・・それと、何だかんだ日本を離れている時間が長くなったせいもあるかもしれません。離れてみて初めて日本の良さを実感する事と一緒なのかなー・・・。

ちょっと、感傷的になってしまったカトマンズの夜でした・・・。

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2011年01月27日

火傷の皮膚再生より難しいブータン営業?!その3

おかゆを渡してくれたスタッフのおばちゃまも驚いた事と思います。直ぐに厨房から外に出てきて私を厨房の中の水道に案内してくれ、おかゆを流しボールに氷をいれて左手を冷やしてくれました。

その頃になって、私も落ち付きを取り戻し、真っ赤になった左手のヒリヒリ感が現実のものとなって来たのでした。スタッフも時々火傷をするのか、そのお店にあった油ぎった塗り薬をたっぷり塗ってくれ、新しいおかゆとサービスの飲茶2品がテーブルに用意されたのですが、それまでの食欲が落ちてしまっていました・・・勿論、折角なので完食しました・・・。

この火傷から約2週間経ちました。本当に人間の再生能力には驚きです。途中プクプクに水を持った水泡がつぶれ汚い茶色の死んだ皮膚になり、痒みが出てきたと思ったらその皮がむけて・・・多少色の違いで火傷跡がわかりますが、ほとんど新しい皮膚が再生されされました。

パソコンのキーボードを打ちながら、ふと左手に目がいって、こんな事に1人関心していたところ、新しいメールが入りました。なんと、3月チョモラリトレック予定のメンバー2人のキャンセルのお知らせ・・・残念・・・。

ブータン営業は、本当に難しい・・・火傷の皮膚再生のように簡単にはいきません・・・良い所なのになーブータンってと思いながら、次の対策を考え始めた本日でした。


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2011年01月26日

火傷の皮膚再生より難しいブータン営業?!その2

順番を待っていたおいしそうな中国おかゆが目の前・・・もう、頭の中は、おいしそう、おいしそうと駆け巡っていました。お盆に出来上がったばかりの中国おかゆを乗せてもらった瞬間、後ろからぶつかった人がいたのです・・・お盆を持つ右手が揺るぎ、おかゆをこぼさないように体制を立て直そうとしたのですが、一瞬にして熱々おかゆが入ったどんぶりが傾き左手にかかってしまったのです。

私は、心の痛みには弱いのですが、肉体的な痛みにはとても我慢強い方なのです・・・おかゆは手の甲にくっついて直ぐに離れないものですから、熱さが一瞬で終わらず・・・それでも被害は最小限に止めようと傾いたどんぶりが乗ったお盆を落とさないように台に乗せて、おかゆの付いた左手を思い切り振り下ろすまで、熱さというか痛さと言うかが続いたのです。

話すと長時間のようですが、たぶん一瞬に近かったと思います。私は左手を振り下ろし際大声で「オーーー!!マイ!!ゴーーーッド!!」と叫んでいたのです・・・今、思い出しても恥ずかしい、大赤面行為です。でも、なぜ「オー・マイ・ゴッド」だったのかは不明です???

昼食時間帯でしたから、地元の方々が大勢いました。私は、熱さと痛さと空腹(?!)で状況は把握出来ませんでしたが、あのフードコートをこだまするような大声に、皆さんの視線が私に釘付けになった事は確かでしょう・・・う~ん、それにしても恥ずかしい・・・。



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2011年01月25日

火傷の皮膚再生より難しいブータン営業?!その1

例年通り・・・と言っても、今年は、ネパール担当ではなく新たにブータン担当として、立場が変わってのペリカン会議参加でした。会議開催地のシンガポールへは、懐かしい(離れて4ヶ月程しか経っていませんが・・・)カトマンズ経由で・・・そして、こちらも懐かしいネパールオフィスのボスと私の後を引き継いだネパーリースタッフと共に同じフライトにてシンガポールへ向かったのでした。

世界各国から会議参加されたオーナー及び担当者から、収益上昇、集客のためのいろいろな取り組みにおいて成功例や難しさなど発表されました。現在、各国内での競争もさる事ながら、国際的にもインターネットビジネスが激化している現実を、世界で82店舗を展開している<ペリカントラベルネット>として、これをどう利用し持続的に活性化させていくかをはじめシステム関連などたっぷりと頭に叩き込まれ、今年1年で少しでも結果を出せるようにと・・・ふう、会議はトレックより疲れるものです?!

この会議が終了しほっとした次の日の昼食に私は、フードコートにて飲茶を選びました。えび蒸し餃子、ほたてシュウマイに中国おかゆ(揚げパン付き)・・・普段食べれない海物ばかりを選んでみましたが、少々食べ過ぎでしたか?!・・・この時です、会議の疲れで反射神経も鈍っていたのか、出来立て熱々ごま油使用の中国おかゆがこぼれ、左手甲親指付近に火傷をしてしまったのです・・・。



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2011年01月03日

仕事はじめ・・・ブータンも今年は<兎年>

1月2日ティンプーブータン暦






ティンプーの元旦は、雪模様の寒い新年の幕開けとなりました。しかし、昨日2日は、一転雲無き快晴・・・真っ青な空となりました。そして、本日1月3日・・・私の仕事始めです・・・と言っても、周辺ではただ単なる週の始まり普通の月曜日なのです。

ブータン暦では、2月3日が今年の元旦となっています・・・何と、ブータンも今年は<兎年>・・・カレンダーの英訳を見ると<IRON FEMALE RABBIT YEAR>となっているのです・・・???・・・兎に角、兎年には間違いありません!?

<兎>と言うと軽やかな感じを受けますが・・・IRON FEMALE RABBITと言うと、強そうな女性を象徴しているような感じがしてしまいます?!鉄の女性と言われたサッチャー女史を思い出します(古いですね・・・)。新年早々、頓珍漢な事を言ってしまいました。時間を見てなぜ<IRON FEMALE RABBIT>なのかを調べてみます。もしかしたら、目からうろこがはがれるかもしれませんので・・・。でも、既にご存知の方がいらしたら、どうぞ教えて下さい。

himalaya_tmk at 19:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ブータン生活編